魔法ニンジャ活劇   作:ダニール

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アナザーエピソードⅡ

 

 

 アナザーエピソードⅡ 地球での日々

 

 

 謝罪の極み

 

 

 謎の感覚に誘われて海鳴市に到着した時、既に地球へ来てから二日が経過していた。

 

 そろそろいいのではないか、とエンダーは考えていた。そろそろ、もうそろそろあの二人も許してくれるのではないかと。ほとぼりも冷めたのではないかと。

 

 あの二人とはもちろんテスタロッサ親娘。出がけの際の一連の流れでその気分を居たく害したであろうお方たちだ。

 

 特にアリシアに至っては、急な単身赴任の決まった夫とそれを引きとめようとする妻のようなやりとりが行われた。結果的に夫は妻の反対を押し切り勝手に出て行ってしまうのであった。……あくまで例えである。

 

 なおリニスを人数に入れていないのは彼の甘さと言うか何と言うか。彼女は分かってくれているだろうという都合のいい解釈をしているのだが、実際彼女の心中はどうなのか……。

 

 まぁとにかく、そろそろ謝罪のしどきである。一応到着の報告は入れてあるのだが、これ以上放っておくと本当に帰る場所がなくなりそうだ。

 

 さてどうしようか。どうやって誠意を見せようか。通信画面越しに謝意を伝えるのは結構難儀ではなかろうか。普通に謝るだけでは芸がない気もする。

 

 そんなことをぼんやり考えながら海鳴市を練り歩いていると、そこで衝撃的な光景に出くわすことになる。

 

「結衣子ーー!! 申し訳なかった! 俺が悪かった! 言い訳のしようもない! すまないと思っている! ごめんなさい! 謝罪します! 許してください! どうかお願いします! ワザとじゃなかったんです! 偶々です! 信じてください! 深い事情があったんです!」

 

 海鳴にある商店街の一画から、何やらとんでもない大声が聞こえてきた。と言うか偶々なのか深い事情があったのかどっちなんだそれ。

 

 そちらを見やると、一人の男が女性に対して頭を下げているのが見えた。

 

 驚きなのはその男の頭の下げ方で、地面に膝をついて頭をこれまた地面に擦りつけて謝罪をしていたのだ。文字通り擦りつけていた。ズリズリと。アスファルトに。

 

 何とも情けないというか、潔いというか、もう悲哀というか勇気すら感じられるその姿。やっている男はもちろん、謝られている女性すら既に見世物と化していた。迷惑そう、というか困惑している。

 

「ちょっと、やめてよ。こんな所で……ほら、あっち行こう」

 

「いや! お前が俺を許すまで、俺はこうして謝罪を続ける! 結衣子ーー!! すまなかったーー!!」

 

 結衣子と呼ばれた女性は周囲の視線に耐えきれず、早くこの場を離れたがっているが、男は梃子でも動きそうにない。

 

 何度も自分だけ去ろうとするが、その度に男が女性の名前を叫ぶのでその度に引き返す。

 

「分かったって、もう分かったから。だから早く頭を上げて!」

 

「許してくれるのか」

 

「もういいって。許すから」

 

「本当か」

 

「うん」

 

 そこでようやく男は頭を上げ、立ち上がった。

 

「悪かったな。あまりの自責の念に堪えかねてついこんな真似をしてしまった……。迷惑をかけたな、結衣子」

 

「……もういいのよ。とにかく私はこれから美容院に行かなくちゃいけないんだから、もうついてこないでよね」

 

 そう言って女性は足早に遠ざかって行った。

 

「やれやれ、これで結衣子は一安心、っと。次は洋子と真子と……」

 

 そう言って立ち去ろうとする際、目が会ってしまった。

 

「何だガキ。見せもんじゃねぇんだぞ、失せろ」

 

 不快そうな顔をして、しっしっと手を払う男。割と二枚目な顔立ちだ。

 

「いや、あの……血、出てますよ」

 

 額を指さす。先ほどの顔面擦りつけで切ったのか、結構出血していた。

 

「おっと。古傷が開いちまったか」

 

 そう言って持っていたバッグから治療用具一式を取り出し、その場で手当てし始めた。

 

「……あの、さっきは何をしてたんですか?」

 

「何って……謝罪だろ。謝ってんだよ」

 

「謝罪? 脅迫じゃなくて?」

 

「その二つって、何か違うのか?」

 

 不思議な顔して聞き返される。

 

「……随分、その、画期的な謝罪方でしたね」

 

「画期的? 伝統的と言え。土下座だぞ、土下座」

 

 ドゲザ……あのポーズの事だろうか。聞いたことない言葉だ。基本この国の言葉は理解できるエンダーだが、偶に聞き覚えのない単語が存在する。

 

「ん? ガキ、お前よく見ると……何だか謝罪が必要そうな顔してんな」

 

「え? どんな顔ですって?」

 

「誰かに謝りたそうな顔だよ。自分が悪いと分かっているが、どうやってその気持ちを表そうか悩んでるってヤツだ」

 

「…………」

 

 悩んでいたのは確かだが、そんなピンポイントに分かるものか?

 

「不思議に思うんじゃねーよ。俺ぐらいになると、わかんだよ、そーゆーの。気配っつーのか。まぁ蛇の道は蛇ってとこかな」

 

 頭に包帯巻きながら自慢げに話す男。それがすごいことなのかはいまいち分からない。

 

「ちっ、仕方ね―な。悩める子羊を放っておくほど、俺も鬼にはなれね―ぜ。おいガキ、お前名前は?」

 

「は?……エンダーですけど」

 

「よしエンダー。今から俺の事は師匠と呼べ」

 

「え、師匠?」

 

「そうだ。お前に知恵と技術を授けてやる。ついてこい」

 

 そう言って持っていたカバンをこちらに放り投げると、さっさと歩いて行ってしまった。

 

 どうしようか悩むエンダーだったが、カバンを持っているわけにも放っておくわけにもいかないので、仕方なくついていくことにした。

 

 

 

 暫く歩いて、住宅街に来る。

 

「よし、時間ピッタリだな……エンダー、中からネックレスを出せ」

 

「中から?」

 

「カバンの中だよ、ほら急げ」

 

 渋々従って、カバンを開けてみる。その中身は、何と言うか雑多というか脈絡のない物達で溢れていた。

 

 その中からネックレスを探す。

 

「……二つありますけど」

 

「え? えーっと……そうだ、銀でできた方。こう、中心にガラス玉の付いた」

 

 言われた方を差し出す。男はその場でそれを身に着ける。

 

「よし、準備オーケーだ。お前はここで待ってろ」

 

「何? というか何しに行くんですか?」

 

「見てりゃ分かる。決して見逃すんじゃないぞ」

 

 そう言って髪を撫でつけながら歩いて行った。正直意味が分からなかったが、とりあえず見送る。

 

 すると向こうの方から一人の女性が歩いてきた。旅行用のキャリーバッグを引いている。その人はこちらから向かっていく男を見つけると、傍目に分かるほど表情を硬くした。

 

「洋子! 洋子じゃないか! 奇遇だなあこんな所で会えるなんて。丁度話がしたいと思っていたんだ。これはもう運命としか言いようがないな! ほら、荷物持つよ。渡して」

 

 彼女を見るなり声を上げて接近していく男。そのままカバンを奪い取りに行くが、拒否される。

 

「……あなた、どの面下げて私の前に出て来れたの。自分が何をしたか分かってるんでしょうね」

 

「当然分かっているとも! この一週間は心苦しさで本当に見が裂ける思いだった。一刻も早く君に会いたくてしょうがない僕の思いが天に通じたおかげで、あの日から家を開けてしまい何時帰るとも知れなかった君と、今日ここで出会うことが出来たんだろう。……ところで、パリ楽しかった?」

 

「……あなたはっ! 私がっ! どうして有給まで使って旅行したのか分かってないの!? あなたと可能な限り離れたかったからよ! あんな酷いことしておいて、二度と顔も見たくなかった! 向こうに永住したいと思ったぐらいよ!」

 

「だが君は帰って来た。僕に会うためにね」

 

「仕事があるからよ!」

 

「つれないな。しかし旅行と言うと……あの時を思い出すね。君と僕とで出かけた……覚えているだろう? 二人でペアになったネックレス買ったよね。中心にダイヤのついた。ほら、今日も着けているんだ。少しでも君を身近に感じられるようにと思って」

 

 襟を開けてネックレスを見せる男。その為に付けたのか……。しかし女性に受けは良くなかったようで、ちらりとそれを見ると、

 

「それ、売りに出したらついてるのはただのガラス玉だって言われたわ」

 

 と冷たく言われた。

 

「そうだったのか……。なるほど、宝石の価値はそれを身に着けている人によって変わるとは本当だったんだな。君が着けていたこのネックレスは、たとえ唯のガラス玉だったとしても、その輝きはまさしくダイヤそのものだった」

 

 転んでもただでは起きないというか、よくそう出まかせばっかり口にできるなこの男は。

 

 そんな奮闘も空しく、女性は近くの住宅に入っていこうとした。彼女の家らしい。……奇遇もへったくれもない。

 

 そのまま男を顧みずに、玄関の扉を閉めようとする女性。その瞬間男が取った行動は、驚くべきもののようで、その実予想できたものであって、それでもやはり驚くべきものだった。

 

 神速のスタートダッシュを決め、今にも閉じられそうになっている玄関に肉薄し、その勢いのまま両膝でスライディングし、閉じられようとしている扉の間にその身を割り込ませ、そしてそのまま――

 

 土下座した

 

 一瞬の早業であった。押し売り訪問販売員も思わず戦慄するであろうその動きの淀みなさはまさしく早打ち。

 

 クイックドロウ・スライディング・ドゲザ

 

 後の展開は態々描写する必要もないだろう。

 

 近所迷惑になりそうな大声で謝罪を始める男。

 

 慌てて黙らせようとする女性。

 

 岩のように不動の男。

 

 警察呼ぶとか呼ばないとかの押し問答が五分ほど続けられたのち――

 

「やれやれ。ま、ざっとこんなもんだな」

 

 やりきった顔して男が許して(?)貰って帰って来た。

 

「…………」

 

「なんだ? ネッシーでも見たような顔して。あれ、ネッシーっていなかったんだっけ? じゃあイエティか。でもあれは雪山だよな。……ツチノコ?」

 

 何の事かは知らないが、珍獣見たような顔と言えばその通りである。

 

「……さっきのは何だったんですか」

 

「何って、謝罪だろ」

 

 何を見ていたのかと逆に聞かれる。そのまま着けていたネックレスを外し、近くのゴミ捨て場に放り込んだ。

 

「……思い出の品では?」

 

「いいんだ、それは。もう役目は終わった」

 

 顧みない男。

 

 何となく拾って、カバンに突っ込んでおく

 

「ガラスをダイヤって言い張ってもそれはガラスですよ。あれを謝罪と呼ぶのは無理がある」

 

「分かってないなぁ、エンダー少年は。あれが大人の謝罪ってヤツなんだぜ。……っと、時間が押してるな。次行くぞ、次」

 

 時計を見て走り出す男に従う。もう毒を食らわば皿までだった。

 

 

 

 とあるオフィスビルに到着する。そこで男はカバンから出したスーツに着替える。ヨレヨレのスーツでも、顔がいいとそこそこ“きまって”見える。憎たらしいことに。

 

 そして男はそのビルに、俺を置いて、さも当然のような顔して入って行った。……仕事場にまで押し掛けるとか、最早悪夢である。

 

 長くなりそうだったので、近くの本屋で時間を潰す。良いお土産でも見つけよう。

 

 

 

 30分後、男が出てくる。頬に大きな紅葉マークがついていたが、目標は達成したらしく、満足げだ。

 

 一息つこうと自販機の隣のベンチに座り込む。

 

「一応聞くけど、あんた何したの?」

 

 もう敬語を使う気もなかった。

 

「ん、あぁ。話せば長くなるんだがな。ちょっと前に、俺が付き合ってる女の一人が、俺が別の女とホテルから出てきたって騒いじゃってな。それが火付けになって次から次に芋づる式に、な」

 

 男の浮気を問い詰めるはずが、思わぬ大漁となったわけだ。実に簡潔で分かりやすい。そして予想通りアホらしい。

 

「ちなみに、何人ほど?」

 

「七人……いや、あいつは分かれたから六人かな。……いや、思い返すとあいつとはまだ続いてたっけな……七、いや八人かな?」

 

「…………それで、今その全員に土下座をしに行ってる真っ最中と」

 

「そうなるな」

 

 大きく溜息を吐く。さっき古傷とか言ってた額の傷も、どうせ以前土下座した時に出来たものなんだろう。

 

「さっきも言ったけど、あれは謝罪なんてものじゃないって。口から出るのは出まかせばかり。通じないとなるとすぐ土下座。そして脅迫。誠意の欠片もありゃしない」

 

「……はぁー、分かってねぇなぁ、お前はよう」

 

 一体何を見てたんだと呆れられる。殺意が沸くな。

 

 そしてちょっと待ってろ、と言って自販機に向かった。

 

 そして帰って来た男の手にはコーヒー缶。それを放って寄こす――ホットだ。

 

「それを俺の顔にかけろ」

 

「…………何か言った?」

 

「だから、その缶の中身を俺にぶちまけろって言ったんだよ」

 

「……何故?」

 

「いいからさっさとやれ、このトンマめ」

 

 いい加減カチンと来て、缶のプルタブを開け、中身を男の憎たらしい顔に向かってぶちまけてやった。

 

「う……うおっおおおおっ!! ぅあっちいいぃぃ!!」

 

 男は蹲って顔を抑え、身悶えする。当たり前だ。

 

「何しやがんだテメェ! おいガキ!」

 

 起き上がってキレ始める男。髪からコーヒーがポタポタ滴り落ちている。

 

「何って、あんたがやれって言ったんでしょうが」

 

 満足した? と聞いてみる。

 

「やれって言われて本当にやるヤツがどこにいんだよ! アホかテメェは! このボケナスがぁ!」

 

 最早ワケが分からない。自分はいつの間にか昼寝でもしていたんだろうか?

 

「はいはい、すいませんでした」

 

「ふざけんなよ! “セイイ”が感じられねえよ、“セイイ”がよぉ! 土下座して詫びろやおい!」

 

 つまり土下座をさせたかったのか。後、“誠意”という言葉が若干棒読みになっている所がこの人の人間性をよく表していると思う。

 

 まったく、やればいいんだろ、土下座を。それで満足するって言うんならさ。

 

 そう諦めてエンダーは膝をつこうとするのだが――

 

「…………?」

 

 何だ……? 体が動かない?

 

「? ……?」

 

 ただ膝をついて頭を下げるという動作なだけなのに、全身がそれを拒絶していた。まるで金属で体を押し固めてしまったかのように、微動だにしない。

 

「これは……一体」

 

「分かったか。土下座の重みが……」

 

 男を見る。先ほどの怒り狂った姿はどこへやら、今の男の表情は、既に一線を越えた先人が、難問に四苦八苦する後輩を見守るがごときだった。

 

「それが土下座の重みだ。土下座とはポーズにあらず。それは心の形なのだ。土下座をするということは、自らの心をへし折ると同義」

 

 悟った表情で語り始める男。いつの間にか引き込まれている自分。

 

「男が他人に土下座をするに相応しい場面など、まずない。それは一世一代の大勝負に敗北を喫した時ぐらいであろう。それを曲げてでも土下座しようというのだ。身体が拒絶して当然」

 

 男が手を差し伸べる。

 

「その方法を教えてやろう。迷える子羊、エンダーよ。これをマスターした時、お前は真の謝罪の極みを知るだろう」

 

 その手を取る。

 

「……どうすれば、いいんですか……?」

 

「実践あるのみよ。さあ、ついて来い」

 

 そう言って歩き出した男の後を追う。

 

 

 

 それから先の事は、良く思い出せない。商店街を中心に歩き回り、ほんの些細なことにでも土下座を敢行する強行軍があった気がするのだけど……。

 

 道行く人々に指を差され、笑われ、罵倒される、地獄のような時間だった。

 

 休憩中に「兄ちゃんたちも大変なんやなぁ。何や私も元気出てきたわ。これ食べて、頑張ってな」と言って出来たてのタイ焼きを恵んでくれた女の子がいたような気もしたけれど、それも良く思い出せない。

 

 

 

 それからどうやって師匠と分かれ、滞在しているホテルに帰って来たのかも曖昧だ。

 

 意識がはっきりしたのは、テスタロッサ家の人達に通信機の前で、今日会得した“セイイ”を見せた時、通信デバイス越しに電撃が飛んできた時だった。

 

 呆れるプレシアにリニス。そしてお兄ちゃんが洗脳されてしまったと泣きわめくアリシアを何とか必死でなだめようとして、その日は過ぎていった。

 

 過程はともかく、テスタロッサ家との関係は修繕(?)されたようで、それだけが唯一の救いであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海鳴市の都市伝説

 

 

 最近町に、謎の誘拐犯が出没するらしい。

 

 高町なのはがそんな噂を聞いたのは、ジュエルシード集めが始まってから数日経った、ある日の学校の休み時間である。

 

 きっかけは、最近一人でコソコソしているなのはを心配する友人たちとの会話であった。休みになっても自分たちとの約束を断り、塾も休みがちになっているなのはを、友人であるアリサ・バニングスと月村すずかの二人が追求しに来たのだ。

 

 流石に現状を説明することのできないなのはは言葉を濁すが、その態度がアリサを苛立たせた。アリサがきつい態度ながらも、自分の事を心配してくれているのが分かるため、秘密にしておくのが心苦しくなるなのはであった。

 

 そんな時にすずかが「なのはちゃん、最近は一人でいると危ないかもしれないよ。この海鳴市に、誘拐犯が出てるって話があるの」と、教えてくれたのだ。

 

 すずかやアリサは、自他共に認めるお嬢様であるのでそういう情報に敏感だ。彼女らは基本車で送り迎えがあるが、油断はできない。最近は人を増やし、警戒を強めることにしたのだという。

 

 自分はそんなお嬢様ではないから大丈夫ではないかと思う。それに、実際自分一人で活動しているわけではないのだ。エンダー君に、ユーノ君もいる。万が一ともなれば、自分も魔法を使える。ジュエルシード以外で危険に陥る心配はないと言える。

 

 話によると、その誘拐犯は単独で活動しており、気に入った獲物を見つけると、その怪力で抱え上げ、とんでもないスピードで走りさっていくのだと言う。その速度たるや相当なもので、あっという間に視界から外れて行ってしまうため、人相の確認もできないらしい。

 

 分かっているのは、それが男だということと、あまり背が高くない。そして、攫われているのは、女の子が多い、ということだけであった。

 

 この時点でなのはは、“いやな予感”というものを感じていた。

 

 それが何なのかは、その日の晩、ジュエルシード集めを終了して家に帰り、夕食も済んだ所で明らかになる。

 

 食後の一服。家族団欒のひと時。でも今日の話題は少し不穏だった。

 

「最近この辺りで、誘拐犯が出没しているらしい」

 

 父士郎の言葉。

 

「そうみたいなの。今日お店のお客さんが喋っているのを耳にして」

 

 母桃子の言葉。我が家は海鳴商店街で喫茶店を営んでいる。

 

「あぁ、それ、俺も聞いたな。何でも子供を抱えて、凄いスピードで走リ去るとか」

 

 兄恭也の言葉。彼の情報源は、彼の友人であり、なのはの友達であるすずかの姉でもある月村忍である。

 

「あ、私その写真持ってる」

 

 クラスの中に、遭遇した時写真を撮ってた子がいて、自分も貰って来たのだと語る姉美由紀。

 

 俄かに色めき立つ一同だったが、映りが良くなくて、判別できないんだと語る美由紀の言葉に、落ち着きを取り戻す。

 

 そして写真の入った携帯を、まず父親に渡してみた。

 

「うーむ。確かにこれでは分からんなぁ」

 

「そうねぇ」

 

 と残念そうに語る両親。

 

 その後兄の恭也に回るが、やはりよく分からないとのこと。そして携帯がなのはに回ってくる。

 

 なのはは、今日の休み時間に例の噂を聞いたときに感じた予感が大きくなるのを感じながら、その画面に目を落とした。

 

「!」

 

 その瞬間、思わず声を上げてしまわなかったのは奇跡であった。それほどの衝撃であった。肩に乗って、一緒に写真を見たユーノも、内心ひっくり返りそうになっていた。

 

 そこに映った画像は、確かに映りが良くなかった。被写体との距離は離れているし、丁度影に入ってる。また凄いスピードで動いているもの撮ったらしく、ブレが酷い。

 

 個人の判別など、望むべくもない状況であった。

 

 だが、良く見ると、個人を識別する“印”があるのが分かる。

 

 まず背負われている子供だが、これは白い衣服を身に纏っている。……聖祥小学校の女子用制服だ。

 

 そして頭の部分。大きく揺れているため本当に見分けにくいが、そこには左右で結んだ髪の毛があった。

 

 そしてその肩の部分に乗っている白い影。これはフェレットだ。間違いない。

 

 関係者、いや“当事者”にはその写真に映る人物の正体は明白だった。

 

 自分たちだった。

 

「…………」

 

「なのは? 何か分かったのか」

 

 表情を止めて黙りこくる娘に怪訝そうな顔で訊ねる士郎。

 

「う、ううん、そんなことないよ」

 

 そう言って、携帯を閉じてしまうなのは。長く見られていると気付かれそうで怖かった。

 

 しかしまさか、誘拐犯に間違えられているとは……しかも結構噂になっているらしい。

 

 件の写真はジュエルシードを発見、探知した際、もしくは離れた場所の調査をする時、その場に移動するためにエンダーに背負ってもらっている時のものだ。

 

 一刻を争う可能性があるので、現場に急行しなければならないのだが、空を飛ぶのは目立ちすぎる。一々結界で辺りを覆うのは負担になる。ということで、この方法に落ち着いたのだ。

 

 最初はなのはも落ち着かなかった。家族でもない男の人におんぶしてもらうのは初めてだ。……思い返してみれば、家族相手でもあまりしてもらった記憶がない。

 

 事情あってなのはには、幼少時に家族に甘えられた経験が少ない。それは仕方のないことだと理解してはいたが、やはり寂しかった。

 

 現在ではその事情もなくなり、家族もなのはに構ってくれるようになったが……何と言うか、やはり不満はあった。大切にされているのは分かるのだが、その、家族特有の“雑さ”とでも言うのか、遠慮のなさが欲しかったりした。兄恭也と、姉美由紀のような関係が羨ましかったと言えばいいのだろうか。

 

 そういうことをどうやって表現すればいいのか分からず、とりあえず胸に秘めていたのだが、今回の件は計らずともその欲求を満たしてくれることとなった。

 

 猛スピードで疾走する――因みに人並みに自制しているつもりの――エンダーに背負われて移動するのは、慣れてしまえば結構楽しかった。時には塀や、家まで跳び越していくその動きは、――乗ったことないけれど――ジェットコースターのようなスリルがあった。

 

 それに会話も楽しかった。エンダー君は次元世界の話や、テスタロッサ家での生活、住んでいる時の庭園の出鱈目さや、そこでの冒険談を面白おかしく語ってくれたし、ユーノ君も自分が経験してきた遺跡調査の話を、専門家独自の視点で詳しく解説してくれ、探索中も退屈しなかった。

 

 時々お店で買い食いをするのは、ちょっと悪いことをしているみたいで、でも楽しくって、今まで行ったことのない場所の探索は、意外なモノが見つかったりで興味深かった。

 

 総じて言うと、なのははこのジュエルシード探索を楽しんでいた。満喫していた。

 

 大事なことだからって深刻に、思いつめてやる必要はない、というのがエンダーの考えである。

 

 そんな、見た目より落ち着いて、年上に感じるエンダーのことを密かに、新しいお兄ちゃんが出来たみたい……と、口に出したら色んな方向に波風立てそうな風に思っていたなのはだった。

 

 後日実際に口に出してしまい、拗ねてしまったアリシアを何とかするために奔走するエンダーの姿があったのだが、それは別の話。

 

「最近謝るか機嫌を取るかのどっちかしかしていない……」とはその際のエンダーの呟きである。

 

 

 

 それはともかく家族の話題は、今後どうしようか、ということになっていた。

 

 高町家にしてみれば、小さい女の子が標的になるというのは他人事ではない。対策が必要だった。

 

 とはいえ、なのはが外出する際に常に同伴するわけにもいかない。彼らには彼らの役割がある。

 

 もちろん本当に必要になればそれぐらい実際にやるだろう。誘拐犯には、我が家の可愛いなのはに指一本触れさせるつもりはなかった。

 

 ……が、そもそも現状でそこまでする必要があるのかは疑問が残る。何せ件の人物が誘拐犯と言われているのもただの噂なのだ。実際に誘拐されたという子供がいるという話も聞かないし、警察などから正式に通達がされたわけでもない。

 

 楽観していたせいで実際に被害に遭う、なんてことになっては後悔もしきれないが、今の段階では日常と警戒態勢を分かつラインが微妙だった。

 

「わ、私は大丈夫だよ! 誘拐される理由なんてないし、それに、その人だって、ちょっと事情があってそんなことしてるだけで悪い人じゃないかもしれないし!」

 

 悩み始める家族の前で、必死にフォローを試みるなのは。彼女にしてみたら、いもしない誘拐犯を理由に外出が禁じられるような事態になるのは、非常にまずかった。

 

 そんななのはを見ながら、高町士郎は思う。最近のなのはは少し変わったと。

 

 どこが、とはっきり言葉にするのは難しいが、全体的に雰囲気が変わった気がする。後で聞いてみたところ、妻桃子も同様の感想を抱いていたそうだ。

 

 なのはは最近家族に隠れて何かの活動をしているらしい、というのは分かっていた。当然の話だが、なのはも家族にまで全て隠し通せるわけではなかった。

 

 とは言っても彼らも、まさか我らが愛娘であるなのはが、噂の誘拐犯に背負われている女の子の張本人だとは全く思わなかった。かすりもしなかった。

 

 だが何をやっているにせよ、それが悪いことだとも思えない。なのはの様子は確かに変わったが、その変わりようはいいもののように見える。前より明るくなったし、覇気も出て、活発になったようだ。充実しているのだろう。

 

 いつか事情を話してくれるだろうという信頼もあるし、士郎としては、現状の危険が不確かな段階でその活動をやめろと言いたくはなかった。

 

 そんなわけで高町家の方針としては、なのはに防犯グッズを持たせることと、自分たちが時間が出来た時に町の見回りをする、ということで一応の結論が出た。

 

 密かに胸を撫で下ろす娘の姿を見て、早く家族に打ち明けてくれる時が来るといいな、と思う父士郎なのだった。

 

 

 

 ちなみにその誘拐犯であるが、実際に誘拐されたという子供がそれ以後も出なかったこと、背負っている女の子は毎回同じに見えるということで、事件性は低いと見られて、あまり騒ぎになるようなことはなかった。

 

 またその姿も、ある日を境に見なくなってしまうのだが、何度か追跡を試みた高町親子からは、何やら黒装束の忍者みたいな格好をしていたという証言が得られ、都市伝説化に拍車がかかった。

 

「あの人たちか。気を抜いていたら追いつかれそうだったのにはびっくりした……」とは噂の誘拐犯のセリフである。

 

 結局確保は出来なかったものの、その存在は暫く学生を中心に語り継がれることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある昼の話

 

 

 ある日のこと、町を歩く少年と、その肩に乗るフェレットの姿があった。

 

 当然エンダーとユーノなのだが、彼らはなのはが学校に行っている時にはこうして二人で見回りをしているのだった。

 

 まぁ、実質駄弁りながらぶらついているだけなのだが。それでも偶に発動前のジュエルシードを発見できたりするので無駄ではなかった。

 

 そんな彼らであったのだが、今日のフェレットは元気がない。

 

「ユーノ君何かお悩み? 慣れない世界に疲れたとか」

 

「えっ……ううん、そういうことじゃないんだけど」

 

「じゃあ恋の悩み? それはちょっと荷が重いかな……」

 

「そうでもないって! うーん、その、なのはの事なんだけど」

 

「ほう」

 

 恋の悩みでなくなのは関係というと、共同生活の疲れとかそういうのだろうか。

 

 当たらずとも遠からずだった。

 

「なのはなんだけど、僕の事を同い年だと思ってくれていないみたいなんだ」

 

「ほう」

 

 どうもペットとしての感覚が先に来るらしい。それで具体的にどんな不都合があるかは置いておくが、意外と気を使うんだそうだ。

 

 最近はユーノも自分の遺跡発掘者としての体験を語って、暗に意識の変革を求めているのだが、効果は薄いらしい。

 

 エンダーからしてみると、人間の姿になってもあんまり変わらないのではないかと思う。アリシアだって普段気にしてなさそうだし。その年齢の子はそんなもんだろう。

 

 そんな話を続けていると、一つ気になったことがあったので聞いてみた。

 

「そういえば、何でユーノ君ってフェレットなんだ?」

 

「え? 何でって?」

 

「別に犬でも熊でもいいんじゃないかって話」

 

 今更熊になられても困るが。

 

「あぁそういう……。うーん、フェレットになる意味はあるんだけど、フェレットじゃなきゃいけない理由はないかなぁ」

 

 ユーノの変身魔法はスクライア一族に伝わる技術である。そもそも使い魔といった特殊な例を除けば、他の動物に変身するような魔法を使う者は滅多にいない。

 

 まず使おうと思って使える物でも無く、適性の有無で分かれる。その適性も、一部の血統や集団で継がれていくものが殆である。

 

 さらに習得難度が高い。魔法学校にもその手の変身魔法を習得している魔導師は滅多にいないし、独自で学ぶには資料の少なさなど障害が多すぎる。

 

 結果としてこれらの変身魔法は、特定の部族専用の技術となってしまっている。

 

 そしてこれが一族で重宝されている理由は、仕事で便利だからである。

 

 遺跡の発掘、調査ともなると、割と頻繁に崩落などの影響で閉じ込められてしまう場合がある。そんな時小動物に変身できると、僅かな隙間から脱出できたり、最悪逃げ場がなくとも物資や酸素を節約できる。

 

「……という利点があるんだ」

 

「なるほど。理にかなっているな」

 

 感心した。

 

「それにしても、なのはと言いユーノ君と言い、しっかりしてるなぁ……」

 

 俺なんて居候のフリーターだぞ、と思わず愚痴る。

 

「エンダーぐらいの身体能力があれば、管理局の武装隊でもやっていけそうだけど……」

 

 ユーノは本気でそう思う。

 

 エンダーは移動に戦闘にと常に動きっぱなし、なのはがいない昼間だってこうして歩き続けている。それでも疲労一つ見せないスタミナは驚異的である。

 

 戦闘にしたって、近接戦闘能力、運動性は飛び抜けているし、防御魔法は使えないが、素の打たれ強さが異常に高い。

 

 陸戦に限れば、Aランク以上の魔導師とも充分戦える、というのがユーノの見立てであった。

 

 その評価を嬉しそうに、でもどことなく困ったように聞いていたエンダーである。

 

「ま、それは追々考えよう。そろそろなのはの学校が終わる時間だ。迎えに行こう」

 

「そうだね」

 

 待ち合わせ場所に向かって歩き出すエンダー。その肩に乗りながら、何となく、エンダーの秘密に触れたような気がしたユーノだった。

 

 

 

 




アナザーエピソードでは、本編に関係のない超どうでもいい話を積極的に盛り込みたい

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