魔法ニンジャ活劇   作:ダニール

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第六話

 第六話

 

 

 この三人は、案外相性がいいのかもしれない。

 

 何がって戦闘の話だ。

 

 後衛のなのはが射撃や砲撃で牽制、その間に俺が近接し、相手の動きを止める。一度近づいてしまえばよっぽど逃がさないし、飛行もさせない。無理にでも突破しようとすればユーノ君のバインドがある。

 

 なのはの射撃はまだ狙いや制御が甘いが、前衛にいるのは他でもない俺なので、誤射する心配もない。寧ろ俺にかまわず撃てと言っているくらいだ。

 

 贅沢を言えば、もう一人前衛が欲しいところだが、無い物ねだりをしても仕方ない。

 

 話し合いから数日後に発動を確認。なのはとユーノ君を背負って郊外の神社までダッシュ。そして戦闘となったが、大して苦戦はしなかった。

 

 そんなわけで、羽の生えた虎のようなモンスターを退治し、ジュエルシード封印。

 

 一昨日なのはの小学校で見つけたのでこれで六つ目。残り一五個。

 

 まだまだ先は長いが、幸先はいい。よっぽどずば抜けて強力な個体が出てこない限りこの戦法で封殺出来るはずだ。

 

 それもこれもなのはの魔法適性に助けられている所が大きい。彼女の能力の高さは、ほんの数日前魔法を知ったばかりとはとても思えない。

 

 三年経っても殆ど進歩しない我が身と比べると泣けてくる。

 

「……どうしたの? エンダー君」

 

「世の中の不平等さについて、考察を巡らしてた」

 

「?」

 

 よくわからなそうな顔をするなのはに、何でもないよーと手を振る。ユーノ君はどういう意味なのか察したようで、困ったように苦笑していた。

 

「とにかく無事にすんだのは、良いことだ。今後もこうありたい」

 

 全くだと頷く二人。

 

「それにしても、エンダーの動きも凄かった。とても強化をかけていないとは思えない」

 

「……役に立ってた?」

 

「ええ。もちろん」

 

「良かった」

 

 最初の話し合いでアリシアと会話した時に、「お兄ちゃんはいなくても良かったんじゃない?」と言われたことには胸を抉られた。慌ててなのはとユーノ君がフォローしてくれていたが……。実際その通りかもしれないことがなお悪い。

 

 お兄ちゃんの威厳は時を経るごとに擦り減っている。名誉挽回せねば。

 

「エンダー君の動き、カッコ良かったよ。刀を使っていることとか、ウチのお兄ちゃんみたい」

 

「……いつか会いに行こう。君のお兄さんに」

 

 もしかしたら本物の忍者なのではないか、と最近疑っている。よく修行とかしていると言うし。

 

 なのはが日々の訓練を苦にしないのはそういった家庭の影響があるのかもしれない。

 

「よし! 今日のところはこれまでにするか。そろそろ日も暮れるしな」

 

 はーい、返事をする二人。

 

 ユーノ君も結界を解いたし、俺もバリアジャケットを解除……

 

「! 危ないっ!」

 

 上空から微かに射出音――近くのなのはを抱えて飛び退く。

 

 直後、無数の魔力弾が撃ち込まれて来る――攻撃だ。

 

 着弾の衝撃で煙が舞う――目くらましか、敵が把握できない。だが俺の強化された感覚は、高速で落下してくる物体の存在を知覚していた。

 

 なのはを抱えたまま更に飛び退く。

 

 直後、そこに高速で“何か”が突っ込んできた。

 

 直撃したら一溜まりもなかったであろう衝撃だ。念のためもう一つ間を開ける。

 

「エンダー君っ!? 何がどうなってるの?」

 

「分からん。が、敵だ。構えて。ユーノ君は再度結界を」

 

 混乱するなのはに指示を出し後ろに下がらせる。ユーノは再び封時結界を張る。

 

「魔力反応……魔導師? こちらに攻撃を? なぜ?」

 

「それも分からん。分かるのは穏やかな相手じゃないってことだ」

 

 管理外世界で、結界も張らずに、全くの不意打ちを仕掛けてくる魔導師。

 

 全くの想定外だ。

 

 デバイスを引き抜き、煙の中へ目を凝らす。

 

「まずはお顔を拝ませてもらおう、か……?」

 

 土煙が晴れたところから出てきたのは……巨大な金属板――盾か?

 

 高さ1.5メートルはありそうな大盾だ。縦長の長方形で、中心にコアらしきものが金色に輝いている。

 

 ――デバイス?

 

 少し――いや、かなり異質な形態をしているが、これはデバイスだ。大盾型のデバイス。二撃目はこれが降って来たらしい。

 

 その後ろに人の気配。これの使い手だろう。盾に全身が隠れてしまうほど小柄の――

 

「な……何!?」

 

 驚愕する。

 

 もしかしたら自分は初撃で意識を失っていて、これは夢の光景なのではないかと、一瞬本気でそう思った。

 

 それほどその姿が驚異的で、現実味が伴っていなかった。

 

 盾の影から現れる、大きく二つに結ばれた金色の髪。

 

 マントと、黒を基調とした制服のようなバリアジャケットを纏ったその姿は――

 

 その少女は――

 

「アリシア……ちゃん?」

 

 後ろでなのはが呆然としたように呟く。

 

 俺も開いた口が閉じていれば同じことを言ったろう。

 

 さもあらん。その少女の姿は先ほど通信画面越しに見た、我が妹にそっくりだった。

 

 なのはだけでなく、一瞬俺でも見間違えるぐらいに。

 

 その少女はこちらに向き直ると、半身を盾に隠しながら構えを取った。

 

「ジュエルシードを、渡してください」

 

 声までそっくりだな……と、妙に感心してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴーストっ!! 大変だよ、フェイトが今勝手に……!」

 

「落ち着きなさい。それだけで大体分かったが、とにかく私を絞め殺そうとするのは止すんだ」

 

 部屋の中に急に飛び込み、飛びかかって来た女性は、その勢いのまま男――ゴーストと呼ばれていた――にしがみついた。

 

 自分が男の首を絞めかけていることに気付いた女性は、慌てて離れる。

 

「異性に迫る時は、もっとソフトにすべきだ、アルフ」

 

「ご、ごめんよ……いや、迫るとかそんなんじゃなくて、フェイトがねっ!」

 

「大方私たちに黙って、例の現地協力者に襲撃でも仕掛けたんだろう。頭の痛い話だが、予想できたことだ」

 

 多少落ち着いたが、未だに慌てている獣耳の女性――アルフ――に対し、至って冷静なゴースト。

 

「そうなんだよ、フェイトったら私にも黙って……ってそれより急いで向かわないと!」

 

「その位置、遠いのかい?」

 

「え? ええと……隣町の山の中みたい。変な形の門とかが見える……」

 

 使い魔としてのリンクを通して主人の視界を得るアルフ。その指が門の形をなぞる。

 

「鳥居か。神社だね。隣町――海鳴市で、山中の神社となると……ここか」

 

 地図を取り出し場所を確認する。少々遠い。

 

 走って行くと時間がかかり過ぎると判断し、デバイスを用意する。

 

 その後予め決められていた手順に則り、魔法を発動させる。

 

「……大丈夫なのかい?」

 

「予想出来たと言ったろう。一応対策は取ってある。それにしても、せっかちなお嬢さんだことだ」

 

「ごめんよ。私が止めなきゃいけなかったのに……」

 

「私の監督不行届きだ。君が気にする必要はない」

 

 頭と一緒に耳まで項垂れるアルフを慰める。事実その通りなのだ。

 

 魔法が徐々に形作られる。

 

「……フェイトが頑張りすぎてるのは、フェイトが悪いんじゃないんだよ……。ご主人様は、必死なんだ。自分を追い詰め過ぎているんだよ」

 

「…………」

 

 アルフはつい、自らの愛する主人の擁護をする。彼女の独断専行に、目の前の男がいつも頭を悩ませていることを知っていた。そしてフェイトの行動が、止めようのないどうしようもないことなのも。

 

 男はフェイトや、アルフを責めたことはなかった。彼女が“そう”なのは知っていたし、それが何故なのかも知っていた。哀れに思いこそすれ、責任を被せる気はなかった。

 

「前向きに考えることだ。彼らとの衝突は不可避だった。近いうちにジュエルシードを直接争奪しなければならないのは分かっていた。こちらが有利な形で、牽制できただけ良しとしよう」

 

「うん……でも」

 

「でも、は無しだ。事は既に起こってしまったのだからな。思い悩むのはやめて、笑いたまえ。そうして傍で、彼女を励ましてやることだ」

 

「……うん。うん分かったよ。よしっ!」

 

 パンッと自分の頬を叩き、気持ちを入れ替えるアルフ。

 

「それじゃ私は、フェイトを迎えに行って来るとしますか」

 

「あぁ。気を付けてな」

 

 飛び去っていくアルフの姿を見送る。内心で溜息を吐く。

 

 どうにかしてやらねばならない――そう思いつつも、中々その方法が見つからなかった。

 

 自らもまた無力感に苛まれていると、準備が完了し、魔法が施行された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジュエルシード? ……あなたも、ジュエルシードを探してるの?」

 

「…………」

 

 後ろに下がった筈のなのはが、つい前まで出てきて、アリシアそっくりの少女に話しかける。少女の返答は、沈黙。要求の後の交渉をする気はないようだ。

 

『埒が開かないな。とにかく、敵対していることは間違いない。攻撃しよう』

 

 念話で二人に話しかける。初見のショックからは立ち直っていた。結局は似ているだけの別人だ。攻撃することに躊躇いはなかった。

 

『そんな……あの子を傷つけるなんて』

 

『いや、怪我をさせるつもりはない。捕縛して、話しを聞きたいんだ。バインドはユーノ君に任せる。俺は前で撹乱。なのは、魔法はスタン設定になっているか? ……よし。行くぞ』

 

 躊躇するなのはだったが、スタン――非殺傷――設定なら相手を傷づける心配は――あまり――ないのだと理解し、デバイスを構える。

 

「先に警告しておくぞ。こちらには話し合いに応じる用意があるんだがそちらには……ないんだな」

 

 説得を始めた途端に、デバイスに魔力が集中するのが感じられる。問答無用だ。

 

 ――ならこちらも、行くぞ

 

 踏み込み、一気に距離を詰める。相手の驚く気配が感じられる。

 

 盾を構えている方向へ、視界に入り込まないように潜り込む。そのまま背後に回る――と見せかけて、ジャンプ。頭上を跳び越し、後ろを取る。

 

 相手の認識から完全に消えたはずだ。デバイスを構え―― 一応峰で――少女を打ちすえる――弾かれる。全方位バリア。

 

 一端距離を取ると、そこになのはからの射撃が入る。盾の前面に直撃したその攻撃を、少女は易々受け止める。

 

 ――なのはの射撃を、簡単に受け止めるか

 

 威力的にはAランク以上に相当する魔力弾を、ただのバリアだけで防ぐ。あの大盾型デバイスの特性だろうか。

 

 盾越しにダメージを入れるのは至難だ。狙うのはやはり背後。

 

 そう思い、もう一度飛びこむ。

 

 すると、少女を軸にしてコマのようにぐるっと盾が回転した。分厚い金属板の質量を無視したかのような急制動だ。

 

 刃は盾に衝突し――完全に防がれる。結構な力を籠めたはずだが、欠片の衝撃も少女には届いていなさそうだ。

 

『ユーノ君、バインドは?』

 

『駄目だ……よほど強力な魔力阻害がかかってるのか、全然バインドが形成できない』

 

 すると魔力でスタンさせるしかないのか。この守りを突破するのは骨が折れそうだ……とそこで異変に気付く。

 

 デバイスが離れない。何らかの力で盾の表面に吸いつけられているようだ。

 

 しまった―――そう思った直後、辺りを閃光が埋め尽くす。咄嗟にデバイスから手を離し、飛び退く――逃げきれない。

 

 彼女を中心に範囲魔法が炸裂する。電撃の魔力変換によって構成された魔法が全身を嬲る――バリアジャケットとナノスキンによって持ちこたえる。

 

『エンダー君、大丈夫!?』

 

『何とか……っと』

 

 盾に貼りついていた俺のデバイスが、弾かれたように猛スピードで吹き飛んできた。慌ててキャッチ。態々どうも、と軽口でも叩こうかと思ったが、現状にそんな余裕はなかった。

 

『……しまった』

 

 つい念話で呟いてしまった。俺が離れたことで余裕が出来たのか、少女は飛行魔法を発動させていた。現在空中10メートルほど。

 

 届かせるだけなら出来んでもないのだが、間違いなく迎撃されるだろう。そうなると、空も飛べず、射撃魔法も使えない俺には打つ手がなくなる。

 

 こうなるともう負けたようなものだった。退却を――

 

「っ! なのは!? だめだよ!」

 

 急なユーノ君の声に振り返ってみると、そこには自らも飛行魔法を使い空へ上がるなのはの姿があった。

 

『なのは、無茶だ! 空に上がられると援護できない。引くんだ!』

 

『ううん、大丈夫。私もやってみるから。あの子を止めてみるから』

 

 そう言って単独少女に向かうなのは。相手の方も、なのはをターゲットに定めたようだった。

 

 ――ええいくそ。何でもいい、何かないのか?

 

 辺りを見回し、投げるに手頃な物を探す。俺の膂力を持ってすれば、ただの石ころでも銃弾のような破壊力を持つ。気を散らさせる程度の役には立つだろう。

 

 と、近くにあった石を拾おうとすると――それが動き出した。

 

「?」

 

 一瞬、岩石に擬態している野生生物なのかと思った――いや、これはただの石だ。

 

 その石はズルズルと、何かに引きずられるように移動し、その内に同じようにして集まって来た石やら土やらと合体し――周囲の物体が集まり見る見る内に大きくなったそれは、全長2メートル程の巨人へと姿を変えた。

 

「…………」

 

 これは……ゴーレムか?

 

 無機物操作を使い、人形を作り出す魔法。かなり珍しいが、そんな技術が存在した筈。

 

 上空の少女を見上げる。どうも彼女の魔法ではないらしい。

 

 するとこれは誰が? いやそもそも敵なのか?

 

 目の前でその腕を振り上げる巨人は敵なのか? それを今にも俺に向かって振り下ろそうとしてくるこいつは敵なのか?

 

 敵に決まっていた。

 

 飛び退く。巨木のような腕が振り下ろされ、大地に突き刺さる。

 

『エンダー、まずいよ。ゴーレムに囲まれている。ざっと数えただけでも十体はいる』

 

 ユーノ君からの念話――危機的状況を知らせるもの。

 

『伏兵がいたってことだ。……ユーノ君はなのはのフォローに回ってくれ。こいつらは俺が相手をする』

 

 何はともかく、第一優先はなのはの安全だ。現状そっちはユーノ君に任せるしかない。

 

 デバイスを鞘に納める。こういう相手には斬撃より打撃だ。

 

 ゴーレムには大抵、動作の中心となる核が存在しているので、そこを破壊する。

 

 ――さぁ、急ぐぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのははエンダーやユーノの制止を振り切り、飛行魔法を使い、単独少女と向き合った。

 

「…………」

 

 相手は警戒している。単身で追ってきたこちらを訝しんでいるのだろうか。

 

 確かに、アリシアちゃんそっくりだ。そう思う。

 

 でもなのはは、既にアリシアとこの少女の違いを発見していた。

 

 アリシアちゃんとは、さっき少しだけ通信で話をしただけだけど、すごく明るくって、お日様みたいな子だなって印象を受けた。黙っている時でもニコニコとして、常に笑顔を絶やさない。エンダー君――アリシアちゃんのお兄ちゃん――に対しては、口では冷たいことを言っているけれど、そんな姿にも愛情と信頼が溢れている。

 

 でも目の前の少女は、そんな明るさとは無縁のようだった。

 

 ぎゅっと引き結ばれた唇に、寄せた眉根、睨みつける瞳。敵意と疑惑でいっぱいだ。

 

 ――でも、それだけじゃない。敵意や疑惑は、もっと他の感情を隠すためのものなのではないかと、なのはは直感していた。

 

 時折揺れるその瞳に、その感情の正体が映っている気がした。

 

 そしてそれが、なのはの気持ちを動かした。

 

「私、なのは。高町なのはっていうの。戦う前に、あなたの名前を聞かせて欲しいの」

 

 アリシアちゃんとは――友達になれたと思う。まだ出会ったばかりだし、あんまりお話も出来てないけど、仲良くなりたいって思うし、アリシアちゃんもそう思ってくれていると思う。

 

 それはアリシアの明るさと積極性に助けられている所が大きい。

 

 元来なのはは、人付き合いに積極的な性格ではない。何十人も友達がいる人たちと比べて、学校で自分が仲良くしているのは、アリサ・バニングスと月村すずかの二人だけ。

 

 その二人にしても、きっかけは自分で作ったが、それから仲良くなれたのはアリサの積極性故だった。

 

 それだけでも自分は満足していたのだけれど、ここに来て、なのはの内面に変化が訪れていた。

 

 エンダー君に、ユーノ君。アリシアちゃんに、プレシアさん、リニスさん。

 

 魔法の存在に、レイジングハート、次元世界……。

 

 たった数日でなのはの世界は、以前からは想像も出来ないぐらいに大きくなった。

 

 そんな、広くなった世界に呼応して、閉まってあったなのはの積極性――我儘と言い換えてもいい――が少しづつ表に出るようになったのだ。

 

 今まで皆から受け取るだけだったその気持ちを、今度は自分から分けてあげたい。

 

 その瞳にどんな思いを隠しているにしても、悪いものではない筈だ。それを知りたい。話してもらいたい。

 

 もちろん、そんなことを論理立てて自己分析したわけではない。ただ―

 

 ――この子と、友達になりたい

 

 それが、高町なのはの偽らざる本心だった。

 

「お願い、名前を教えて。私はあなたと――」

 

 言葉の途中で、少女の魔法が発動する。盾から発射される魔力弾だ。

 

 体が固まって回避もできず、直撃を――

 

"プロテクション"

 

 直前でレイジングハートのオートガードが発動する。障壁に阻まれ、無力化する魔力弾。

 

 安心する間もなく、目の前の少女は次弾を放とうとする。

 

 ――え、えっと、こういうときはどうするんだっけ!? 確か、そう! 動かなくちゃ!

 

 事前にエンダーから戦いの心構え的なものを教えられていた。その時に、戦場ではとにかく動け、と言われていた。止まっていて良いことはない。特に空戦魔導師は、全方位から的になる可能性があるので、動いて的を絞らせないことが重要だと。

 

 飛行魔法を駆使して辺りを出鱈目に飛び回る。そしてその後は――

 

 ――次は……えっと、何だったっけ?

 

 エンダーやユーノが敵の動きを止めるので、そこに向かって攻撃、だ。

 

 ――あれ、でも今は私一人だし……

 

 エンダーは自分やユーノとの連携ありきで戦法を語っていた。彼からしてみたらなのはを一人で敵と戦わせる気など毛頭なかった。……尤も、例えその気があったとしてもこの短期間では身に付かなかっただろうが。

 

 そのためエンダーは、一番大事なことは常に自分かユーノの傍にいて、援護が受けられる状態にしておくこと……と語っていたのだが、なのははまずその部分をすっ飛ばしていた。

 

 この期に至ってなのはは、自分には戦うための覚悟も能力もないことを思い知った。

 

 ――な、なんとかしなきゃ、なんとかしなきゃ!

 

 心とは裏腹に、体は動いてくれない。そうこうしている内に、少女に捉えられた。

 

 "ショットガン"

 

 盾から射撃魔法が発射される。単発ではない。放射状に広がる、散弾のような魔力弾だ。

 

 手を突き出し、防御――"プロテクション"

 

 防ぐ――すぐに次弾が来る――防ぐ

 

 雨霰と降り注ぐ魔力弾。剥がれそうになるバリアに魔力を籠めて持ちこたえさせる。

 

 防ぐ――防ぐ――防ぐ――……

 

 ――ま、まだ終わらないの?

 

 逃げようにも、射撃の衝撃が強すぎて体が動かせない。

 

 既になのはは地面に押し付けられる形で、上空からの攻撃を防いでいた。

 

 ――このままじゃバリアが……

 

 破られる――と思った時、なのはのバリアの前にもう一つ障壁が展開された。

 

 それと同時に敵の少女の周囲に魔力でできた鎖が張り巡らされる。

 

 緑色に輝くその魔法の使い手は――

 

『なのは! 大丈夫?』

 

『……ユーノ君。ありがとう』

 

 間一髪、駆けつけたユーノの魔法によって窮地を脱する。

 

『なのは。あの子は今動けないから、そこに攻撃を』

 

 相手に直接バインドがかけられなくとも、周囲の空間をチェーンバインドを囲ってやれば動きを止めることは出来るのだ。

 

『うん、分かった。レイジングハート!』

 

 "ディバインバスター"

 

「シュート!」

 

 トリガーを引き、魔法を発動させる。なのはの魔力適性に最も適合する、砲撃魔法である。

 

 魔力の奔流は一直線に相手に向かっていく。

 

 対する少女は、慌てもせず、防御魔法を使いもせず、ただ盾を向けるだけだった。

 

 直撃――したのだが、魔力砲は着弾と同時に相手の周囲に広がっていってしまう。

 

 ――防がれてる!?

 

 激流の中で微動だにしない岩のように、少女はなのはの砲撃の掻き分けていた。

 

 やがて魔力の奔流が止まる。そこには先ほどと変わらずに佇む少女の姿があった。

 

 これにはユーノも驚く。自分も全快であればなのはの砲撃を防ぐことも可能だろう。しかしそれは強固な、さもなくば何重にも重ねた防御魔法を必要とする。それだけ強力な一撃なのだ。

 

 それを目の前の少女は、殆どデバイスの強度のみで防ぎきった。これはもはや、正面からでは少女にダメージを与えるのは不可能だということを意味した。

 

 呆気に取られている二人に向かって、追撃を始める少女。

 

 再び散弾の雨にさらされることになる二人。ユーノの防御魔法で持ちこたえるが、逃げられない。

 

『うぅっ……エンダー』

 

『待ってろ』

 

 その一瞬後、空中の少女のもとに猛スピードで飛んでくる物体――ゴーレムの一体。

 

 不意を突かれた少女に衝突し、弾き飛ばす。

 

「二人とも、無事か」

 

 例の忍者装束を纏ったエンダーが駆けつけて来た。どうやら彼がゴーレムを投げ飛ばしたらしい。

 

「助かったよ、エンダー」

 

「ありがとう、エンダー君。……あっ、あの子は!?」

 

 どうしてるのか……ではなく、凄い勢いでゴーレムをぶつけられた少女の無事を思わず心配してしまう。あれはもはや非殺傷とかそんなレベルではなかった。

 

「……無事かどうかって意味なら、無事だ。今退却してる。流石に分が悪いと悟ったらしい」

 

 エンダーはなのはの心配の意味を取り違えなかった。少し呆れた表情をして答えてくれる。

 

 空を見上げても、少女の姿は見えない。もう遠くまで行っていしまったらしい。

 

「そっか……」

 

 良かった、という言葉は胸の中にしまう。我ながら甘いことだと思う。

 

 地面に座り込んだままのなのはの前で、エンダーは大きく息を吐いた。怒られるのかもしれない。多分そうだろう。勝手なことして、ピンチになって、更に相手の心配までしているんだから。

 

「……ごめんなさい」

 

 つい俯く。

 

「いや、謝る必要はない。責める気も、ない。なのははなのはなりに、あの子に対して思うところあったんだろう。それが悪いことだとも思わない。元々無理言ってこっちが手伝ってもらっているんだしな」

 

 それでも彼は優しかった。口に出さないなのはの気持ちを酌んでくれていた。ただ――とエンダーは続ける。

 

「ただ、今後もジュエルシード集めをするなら、彼女――彼女たちとの争いは避けられないだろう。理由はともかく、向こうもジュエルシード狙いだ。そうなった場合、これからもっと危険な目にあうかもしれない。俺たちではなのはを守り切れないかもしれない」

 

 だから――

 

「やめるなら、今だ。寧ろ俺はそうすべきだと思う」

 

 エンダーを見上げる。その目には心配と優しさだけがあった。ユーノも何も言わない。同意見のようだ。

 

 周囲を見回す。少女の魔法によって荒らされた地面がある。

 

 ――あの子は、非殺傷設定なんて、使ってなかったな……

 

 当たれば死んでしまうような、そんな攻撃を自分に向けて放って来たのだ。

 

 自分の思いつきは、戦う目的は、自らの命の賭けるに相応しいものなのだろうか。

 

「……やります」

 

 頭で答えが出るより先に、口が動いていた。

 

「私、あの子にどうしても伝えたいことがあるの。だから、私も戦いたい。誰かのためじゃなくって、私自身のために」

 

 危険とは関係ない。命を賭けられるかも、分からない。これは、ただの我儘だった。

 

 強い意志を籠めて、エンダーを見返す。彼はしばらくじっと目を合わせた後、傍らのユーノと顔を見合わせ、苦笑して言った。

 

「そうか」

 

 そしてこちらに手を差し出してきた。掴み返すと、体を引き上げてくれた。

 

「それじゃ、改めてよろしく。なのは」

 

 立ち上がった後、手を握り合ったまま、エンダーが言う。ユーノも肩に乗って来た。何となく、今ようやく二人の仲間になれた気がした。

 

「うんっ、私、頑張るから。あの子とお話出来るように、頑張るから」

 

 その手をしっかり握り返し、そう返すのだった。

 

 

 

 なのはは、不思議に思っていることがあった。

 

 ニュースでは、多くの国が戦争はいけないことだと、話し合いで解決すべきだと言っている。なのに彼らは武器をたくさん作って、戦争の準備をしているように見える。

 

 なぜだろう、と思っていた。戦争がだめなら、話し合いで解決するなら、軍隊なんていらないではないかと。みんなで捨ててしまえばいいのではないかと。

 

 その答えが今日、解った。。

 

 自分が力を持たなくとも、相手も力を捨ててくれるとは限らないということを。

 

 自分も力を持たなくては、相手と話し合う資格すら得られないのだということを。

 

 

 


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