魔法ニンジャ活劇   作:ダニール

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アナザーエピソードⅠ

 

 

 アナザーエピソードⅠ ある日のテスタロッサ家

 

 

 未来への展望

 

 

 ある日テスタロッサ家のリビングで、何か難しげな顔しながら端末いじっているアリシアを発見した。

 

 この子がこんな風にしているのは珍しい、と思いながら暫く眺めていたのだが、彼女の悩みは一向に解決しそうにないので声をかけてみる。

 

「アリシア、何してるんだ? 難しい顔して」

 

「あ……お兄ちゃん」

 

 困ったような顔して振り向くアリシア。どうやらこちらに気付いていなかったらしい。

 

 ますます珍しい。

 

「ちょっと知りたいことがあったんだけど、どうしても見つからなくって……」

 

 端末をポチポチクリックしながら答える。

 

 俺はこの時点で微妙にいやな予感を抱いた。

 

 アリシアの持っているユーザー権限だと、閲覧できるページは限定される。要するに“教育に不適切”な内容は意図的にも偶発的にも出てこないようになっているのだ。

 

 幼少用の制限とは言え、学術的な内容に関しては非常に広い自由度があるため、このくらいの年の子の好奇心を満たすのは簡単なはずだが……。

 

「…………」

 

 そっかー大変だな、じゃ……と切ってしまっていいのか一瞬考えたが、その時既に、彼女は“知ってそうな人に聞けばいい”という非常に合理的な答えに到達していた。

 

「赤ちゃんの作り方が知りたいんだけど、お兄ちゃん知らない?」

 

「…………あー、あぁ。そう言う話か。えーっと……」

 

「赤ちゃんの話はたくさんあるのに、どうやって生まれてくるのかは見つからないの。 どうしてかな?」

 

「うーん、えー……ちなみにどうしてそんなことが気になるんだ?」

 

「えーとね。前に母さんと約束したの。何か欲しいものはない? って聞かれたから、妹が欲しいって」

 

「……そっかー」

 

「前はよく一人でお留守番してなきゃいけなかったから、一緒に遊ぶ妹が欲しいなって。今はお兄ちゃんがいてくれるから寂しくないけど、でも母さんはきっと、約束守ってくれるから。……もし大変な事だったら、私もお手伝いしないとって」

 

「…………」

 

 いい子だなあ、ホント。そこで“自分も助けよう”なんて発想、中々出てこないぞ。

 

 で、だ。どう答えよう。

 

 お母さんに直接聞いたら? とはしたくないなあ。上手くごまかせればいいけど、アリシアのこの気づかいを知っちゃったらテスタロッサさん衝撃受けるだろうし。

 

 彼女が適当な嘘でその約束したとは思わないけど、今の段階で再婚相手の目星がついているとは考えにくい。

 

 俺が正直に教えるとか? ……どうなんだろ。“そういう行為”自体は珍しくもないし、世の中の子供は皆そうやって生まれてきてるんだから、禁忌って話でもない。ごく真面目に説明すれば問題はなさそうに思える。

 

 でも世間一般的には“何となくダメ”にカテゴリーされやすい。だからこそアリシアの端末に表示されないんだろうし。

 

 それによく考えれば、相方――男、この場合は父親――の不在も気になる。詳しい事情は知らないが、テスタロッサさんは離婚しているため、アリシアは結構幼い時期から父親を知らずに育っている。そこに、赤ちゃん作るには父親必須なんだよという情報を加えた時の反応が予想できない。

 

 ……正直に話すのは二重の意味で地雷かも知れない。

 

「…………」

 

 期待に満ちた目で見つめられる。これ以上黙っているわけにはいかない。

 

 仕方ない。どうにかして俺がごまかそう。

 

 

 

 それから何とか核心に触れないように話題を転換し、赤ちゃん作るにはすごい長い時間が必要なんだよー、手助けが必要になったらお母さんから頼んで来るよー、とか予防線を張りながら、今日のお昼ご飯の話とか、リニスが元気出る方法とかに話を逸らし、この場を凌いだ。

 

 しばらく後、テスタロッサさんが帰って来た時、アリシアにニコニコしながら、お手伝いが必要になったらすぐ教えてね、と言われて、よく分からないなりに笑顔で了承するテスタロッサさんの姿があった。

 

 その様子に和みながら、いつかアリシアの妹を、この風景に追加してやってほしいな、とひそかに願うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイトしようかな

 

 

 机の上に近くの商店街に置いてあった求人チラシを広げる。ある日、バイトでもしようかな、と思い至り、適当に集めてきたのだ。。

 

 きっかけは特にないが、このままテスタロッサ家のタダ飯喰らいでいるのは、ちょっと気が咎めたのである。アリシアは初等学校に通い始め、リニスが使い魔化したこともあり、俺が四六時中相手したり世話焼いたりする必要もなくなったし。

 

 後、最近めっきり気にしなくなっていたが、色々経験してみた刺激で、記憶が戻ってくるかもしれないし。

 

 さて、どういう方向性で行こうかとチラシに目を落とす。

 

 向き不向きで言ったら、やはり力仕事か。

 

 皆には黙っているが、俺には超人的な身体能力がある。それを駆使すれば、大抵の仕事を労なくこなせるだろう。

 

 だが別に楽して稼ぎたいって話でもないし、そうこだわらなくていいかな。

 

 頭脳労働系は、“要資格“となっている所が多いので、あまり候補に入らない。

 

 やはり一般的な、商店の手伝いだろうか。レジ打ちとか。

 

 山ほどあるし、場所も選びたい放題だ。そう奇抜な仕事もないだろうし、勤務時間も融通がきく。

 

 後、特殊なところだと時空管理局がある。

 

 単なる雑用もあるし、試験での合格が必要になるような仕事もある。他と比べて給金も高めだ。

 

 個人的に結構興味あるので優先度高めだけど、さすがにクラナガンまでは遠いな。この近辺の派出所的な場所なら何とかなるかな?

 

「あらエンダー」

 

「はい、テスタロッサさん」

 

 そんな感じで悩んでいると、テスタロッサさんがやって来た。特に隠すものでもないのでリビングにいたのである。

 

 テスタロッサさんは、基本日中は、城の中にある個人の研究室に籠っていることが多い。今はコーヒーを淹れに来たようだ。俺の分もついでに淹れてもらう。

 

 当初彼女は研究室に簡易台所を付けたがったが、そんなことをしたら部屋から出てこなくなるでしょう、と言ってリニスが却下した。使い魔だけあってテスタロッサさんの習性を良く分かっている。

 

 やがて二人分のコーヒーを持って、俺の向かいに腰を下ろした。すると当然、そこに広がっているものに目が向く。

 

「何を広げているの。……求人誌?」

 

「そろそろ何か仕事でもしようかと思いまして」

 

 受け取ったコーヒーに口を付けながらそう言うと、テスタロッサさんは困った顔をする。

 

「……金銭的な心配はしなくていいのよ? 必要なら、あなたには自由に使えるお金があるのだし……」

 

 俺のお金とは何のことか。

 

 それは例の事故の損害賠償の話である。

 

 テスタロッサさんは例の事故の技術主任として最後の責任を果たすため、今回の事故についての詳細な情報を公開しようとした。悪しき教訓にするためらしい。

 

 会社としてはそれは非常に困るので、なんやかんやと説得を続け、最終的にテスタロッサさんの辞職と、アリシアと俺の賠償金の請求を受け入れることで妥協したらしい。請求額はかなり大きかったし、テスタロッサさんは自らが積み上げてきたキャリアを捨て去ることに躊躇いはなかった。理由は言わずもがなだ。

 

 そして彼女は、あなたの分の賠償金だと言って、なにかとんでもない額の入った口座を渡して来たのだが、受け取り拒否してテスタロッサさんに預けてある。

 

 わざわざ病院でだらけていた俺の代わりに争ってくれたのは非常に嬉しいが、個人的にあんまり被害を受けた気がしない身で、そんな大金受け取るのは気が咎めた。

 

 彼女は相当渋ったが、一時的に預かっておく、ということで了承してくれた。

 

 俺としてはそのまま貰ってしまわれてもよかったのだが、口座を確認する限り、生活費としてどうしても引いておいてくれと頼んだ額が、毎月落とされているだけである。

 

「いや、まあ、別にお金が要り用ってわけじゃないんです。むしろそっちはどうでもいいような」

 

「そう? ならいいのだけれど。それならどうして」

 

「うーん、改めて聞かれると……色々あるかなぁ」

 

 記憶を取り戻すきっかけにしたいとか

 

 平日の日中わりかし暇になっていることとか

 

 この世界の事色々経験したいとか

 

 十代ですでに働きに出ている人たちがいるのに、ただ漫然と世話になりっぱなしと言うのは情けなく感じるとか

 

 つらつらとそんな理由を説明する。テスタロッサさんも一応納得したようだ。

 

「そうねえ……そう言えばあなたってまだ記憶が戻っていなかったわよね」

 

「ええまぁ、自身ほとんど気にしなくなってますけど」

 

 あんまり馴染み過ぎて、不自由がなくなってしまった。

 

「……ほんと、馴染んじゃったわねえ」

 

 正直始めは、ここまで長く、親しい付き合いになるとは思わなかったと、苦笑しつつ語る。同感である。

 

 まだたった一年の付き合いだが、当初はとりあえずひと月という話であったのだ。知らず知らずの間にその期限を通り過ぎていたが、特に話題になることはなかった。

 

 そうなった原因はアリシアの存在だったよなあ、と思いながら、適当に雑談に興じる。

 

 今、引きこもって何の研究しているのかとか、リニスが俺を魔法使いにしたがっているとか、おすすめのバイトってあるかとか。

 

 その内にコーヒーも飲み終わり、テスタロッサさんが席を立つ。気晴らしにはなったようだ。

 

 そのまま退室しようとドアを開けたが、そこで一端立ち止まった。そして、分かっていると思うけど、と口を開く。

 

「もし記憶が戻っても、それでハイさよなら、なんて許さないわよ。今となっては」

 

「…………」

 

「最悪の場合でも、アリシアの気持ちだけは、納得させられるようにしなさい」

 

 それだけの責任はあるわ、と。

 

「……もちろん、分かってます」

 

 言われるまでもなく。そういって親指を立てる。

 

 テスタロッサさんは振り向いて満足げに微笑み、今度こそ部屋を出て行った。

 

 ……さて、バイトを決めるか。

 

 決め手はカンだな、もう。

 

 そう思い、適当なチラシを引っ張り出すのだった。

 

 

 

 後日、調子に乗ってバイトを増やしまくった結果、家にも帰らず連日徹夜で仕事をする事態に陥り、アリシアを泣かせテスタロッサさんとリニスに滅茶苦茶叱られることになるのだが、それはまた先の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔導師目指して

 

 

「ではエンダー。本日の実習を始めます」

 

「…………はい」

 

 ある日の時の庭園にて、今日も今日とてリニスによる魔法の訓練が行われようとしていた。

 

 ふた月ほど前からこうやって、座学と実習を織り交ぜた魔法の訓練が行われているのだ。

 

 彼女も普段はテスタロッサさんの手伝いがあるので、そう頻繁に開講されるわけではないが、時間ができた時はこうやって教鞭を取るのである。

 

「エンダー、覇気が感じられませんよ。目に見える成果が乏しいと、モチベーションが上がらないのは分かりますが、それではより、上達が遅くなります」

 

「あぁ分かってる。やる気がないってわけじゃないんだ。ただ今朝寝不足だっただけで」

 

「そうですか。だめですよ、健康な体も、魔法を使う上で重要な要素なんですから」

 

「情けないと思ってる。以後気を付けるよ」

 

 殊勝な顔して謝る。

 

 実際の話、理由は分からないが俺は睡眠をほとんど必要としない身体らしいので、寝不足で能力が落ちると言うことはない。やる気のなさは、単に自分の才能のなさ故である。

 

 ただ教えてもらっている身で、そんなこと言うわけにもいかない。最初は俺も乗り気だったわけだし。

 

 座学に関しては、非常に興味深く、また面白い。ただ使い方や理論だけでなく、魔法の歴史とか、種類、流行り廃り、その変遷、というように内容は多岐にわたる。

 

 しかし実践となると話は別だ。リニスは大人しそうな外見に反して割と実践派なので、訓練は自然、こちら重視になる。ちなみに座学に関してはアリシアと一緒の場合が多いが、こちらは殆ど俺とのマンツーマンである。

 

 さて、何度も言うようだが俺には才能がない。実践初日で既に身を持ってそれを知った。

 

 単に素質が無いからでもあるし、俺の魔力――要するにリンカーコアに問題があるせいでもある。

 

 俺のリンカーコアの魔力ランクはD~E――これは最大貯蓄魔力と出力によって、大まかに決定される。

 

 このランク自体まず高くないのだが、初歩的な魔法を使う分には不足しない性能であるらしい。ただ問題は、そのランクが安定しないことだ。

 

 D~Eって何かって言うと、DとEの中間ほど、と言う意味ではなく、その間を常に行ったり来たりしている――出力が安定しない――と言うことである。

 

 年齢による変化や、訓練によって増加したり負荷をかけ過ぎて減少することはあり得るが、常時変動し続ける場合と言うのは滅多にないらしく、リニスも首を捻っていた。例として適切かは知らないが、心臓が不整脈を起こしているようなものだと思えばいい。

 

 リニスは分不相応に無理をさせる教師ではないので、きちんとその辺の事情に配慮した計画を立てている。

 

 しかし俺の出来の悪さはそんな気づかいをも無碍にする。

 

「うーん……これは原因が他にあると考えるべきですかね。身体強化は魔導師として基礎の基礎なので、どうしても押さえておきたいのですが……」

 

 それでもリニスは諦めなかった。

 

 あらゆる見通しが暗かったが、それでも彼女の熱意が衰えることはなかった。

 

 リンカーコアの異常は仕方ない。

 

 素質のなさは気にしない。

 

 攻撃魔法全般に適性が無いことだって、問題ではない。

 

 むしろ欠点が山積みになればなるほど、その心にはやる気と言う名の薪が継ぎ加えられていくようだった。

 

 しかし今日はそろそろいい時間だ。

 

「あー、リニス。考え中のとこ悪いんだけどさ、アリシアが今朝、オムレツ食べたがっていただろ? 確かウチの卵きらしてるし、夕飯にするならそろそろ買いに出たほうがいいんじゃないかな」

 

「……そう言えばそうでしたね。分かりました、買い物に行きましょう。今日の訓練は、ここまでとします」

 

 訓練中の凛とした雰囲気が溶けさり、いつもの、優しいお姉さんと言った感じに戻るリニス。この切り替えの速さも、彼女の魅力であると思う。

 

「俺も行くよ。財布とバッグ取ってくるから、ちょっと待ってて」

 

 そう言って、城まで駆けだす。

 

 さて、立派な魔導師になれるかどうかは知らないが、せめて彼女の信頼に応えられるよう努力を続けられる人間にはなりたいものだ、と小さく心に誓いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兄妹の日々

 

 

 本日はお日柄よく、今日も今日とていつものようにアリシアを伴って時の庭園探索に乗り出した。

 

 内外合わせてとんでもない広さを持つここは、ただ歩き回っているだけで充分に面白い。未踏破地帯もまだ多く残されているので、とりあえず一通り回ってみようと、暇を見つけて二人で探検に出ている。

 

「今日はあっちの森の中行って見よ。ニンジャがいるかもしれないし」

 

「それはさすがにないと思うけど、でもよさそうだな。地図によると結構大きな池があるらしい。そこを目指してみるか」

 

 うん! と元気よく返事をするアリシアと手を繋ぎ、出発する。

 

 十メートル近くある木々が連立する森の中を、二人でゆっくり進む。差し込む木漏れ日が、この風景にどこか幻想的な色合いを付け加えている。

 

 そんな光景も、アリシアにとっては少し意味合いが違って見えるようだ。

 

「こういう木の間を、飛び回って移動するんだよ。ニンジャって。こう目にも止まらない速さでね。お兄ちゃんもできるんだよね? ……こういう森があるってことは、本当に近くに“ヒキョウ”があるのかも……」

 

「……どうだろうな。やってみたことないから分かんないや」

 

 やってみれば出来そうな気がして困る。

 

「それに、えーっと、そのヒキョウって所。さすがにこんな人里近くにあるとは思えないけど」

 

「分からないよ。ニンジャっていうのは、えっと、しにょ、しのる、し……」

 

「忍ぶ、ね」

 

「そう、忍んでいる人達のことだから、近くにいても気付かれないワザを持っているのかも……」

 

「…………」

 

 今までアリシアに聞いてきたニンジャ像と忍ぶ者が一致しなくて困る。大声で必殺技名とか奇声を叫びながら、日中人前で剣を抜いて戦い始めるとか、正々堂々を信条とする義賊集団とか、正義の味方とか……忍ぶ要素ない気がする。

 

「家にもやっぱり、隠し通路とか、落とし穴とか必要かなぁ。勝手にやったら怒られそうだし、母さんに頼んでみようかな」

 

「あぁ、安心してくれ。その話はこちらから伝えておくから。心配しなくていいぞ」

 

 アリシアが要求したら、テスタロッサさん本当に実現しそうで怖い。

 

 そこらじゅうに落とし穴とか矢が飛んでくる仕掛けとか、ギミック解除しないと入れない部屋とかが出来るのは、正直勘弁してもらいたい。

 

 ただ、この時の俺は知らなかったが、この時の庭園、現在実際に秘密ギミックが実装されていたりする。元から城っぽく作ってあったこともあり、隠し通路とかは存在したのだ。それにテスタロッサさんが手を加え、万が一の時の隠れ場所、逃げ道に使えるように改造し、さらにそこらじゅうに住人を守るための仕掛けが付け加えられている。

 

 もはや魔法ニンジャ屋敷といっても過言ではなかった。

 

 しかしアリシアがここまでニンジャにこだわる理由は何なんだろうか。きっかけは知らないが、俺の身体能力が明らかになる前から、結構話題に上っていた気がする。

 

 最近はそれに俺を重ねようと必死だ。

 

 やはりこの前のあれがいけなかったのだろうか……。

 

 この前のあれと言うのは、俺が壁走りを実践してしまったことである。やってほしいと言うアリシアの要求があんまりしつこいんで、物理学的な説明を交えながら、さあ失敗例を見せてやると壁に向かって走り出したら――

 

 何と成功してしまった。

 

 俺の身体は、然も当然のように壁面を駆けあがっていったのだ。

 

 できたことにも驚いたが、俺の身体が慣れたように動くのにもまた驚いた。これもまた元から持っている能力だったのか……?

 

 後でテスタロッサさんに診てもらったところ、俺が体表に纏うナノマシンが、何らかの作用を発生させているらしく、それで壁から身体を離さずにいられるらしい。

 

 原理はともかく理屈は分かった。

 

 そしてそれ以来アリシアは、俺が本当にニンジャの一員だという考えに、ますます確信を深めることになってしまった。……違うと思うんだけどなぁ。

 

 それはともかくとして、ニンジャはどこかの管理外世界の存在だと言うし、その内皆で旅行にでも行きたいものである。

 

「きゃっ……」

 

「おっと」

 

 そんなことを考えながら歩いていると、アリシアが地面の出っ張りに足を取られて転びそうになる。咄嗟に動き、危なげなく支える。

 

「ありがとう、お兄ちゃん」

 

「あぁ、足元気をつけような」

 

 そう言って抱き起し、再び歩き始める。

 

 敷地内には結構起伏があり、、足場が悪くなっている場所もあるが、テスタロッサさんは基本的に通り一遍の注意をするだけで、アリシアを送り出している。

 

 俺を信用してくれているというのもあるだろうが、それ以上に、この敷地内で滅多な事が起こるとは思っていないのだ。

 

 楽観的なわけでもなく、放任主義なわけでもない。アリシアの安全には、テスタロッサさんの全労力が傾けられている。

 

 例えば、そこにある物体。遠目には岩に見えるが、近くで見るとそれは、何やら大きな人形のようなものが蹲ったものだと気付く。

 

 これはテスタロッサさん製の傀儡人形である。必要な際にはこれが動き出し、自動、もしくは遠隔操作で動き、目的を果たす。一度、ここに引っ越してきてから間もないころにアリシアが迷子になったのだが、しばらくすると傀儡人形に抱えられてキョトンとした顔で帰って来たことがあった。

 

 時の庭園内では、種類が違えど様々なカタチの傀儡人形が、それぞれの雑事をこなしている。

 

 動力源は、昔はテスタロッサさんの魔力だったが現在は、完成し、城の奥に設置された小型魔力炉である。おかげで数も増えた。

 

 他にも色々あるのだろう。こうして歩いている時に、ふと、どこからか優しげな視線を感じるのも、気のせいではあるまい。

 

 活発なアリシアの自由と安全を、最大限確保しているのである。

 

 その内に、開けた場所に出、目的の池に到着する。結構大きく、また深い。

 

 水面に太陽の光が反射し、美しい光景である。

 

「わーっ、すごーい! お兄ちゃん、泳げそうだよ!」

 

 水は綺麗だし、水温も低すぎたりはしないようだ。

 

 オーケーと言うと、アリシアはしっかり準備運動をした後、服を脱いで飛び込んで行った。

 

 誘われたが、服を脱ぐのも面倒くさく、断っておいた。自分が泳げると言うのは、以前城のプールで試したので分かっているのだが。

 

 近くに腰掛けて水筒のコーヒーを飲みながら、はしゃぎまわるアリシアを、ボーっと見つめる。彼女も結構達者に泳げる。

 

 ふと水中に目をやると、水底にも目立たないように傀儡人形が設置されていることに気付く。万事、抜かりなしということだ。

 

 その内に満足したアリシアが池から上がり、身体をよく乾かして服を着せた後、遊び疲れた彼女を背負って、帰途につく。大体いつもこんな感じである。

 

「えへへ、楽ちんだね」

 

「遊び過ぎだ。帰るまでが遠足です。もうちょっと配分を考えましょう」

 

「うん、わかってる……」

 

 毎度繰り返されるやりとり。

 

 そのうちに眠そうに欠伸をして、俺の肩に顔を埋める。

 

「……今度は母さんやリニスとも、いっしょにこれたらいいね」

 

「そうだな。弁当持って、ピクニックだ」

 

「うん……たのしみ……」

 

 そのままアリシアは眠ってしまう。

 

 帰るまでは眠らせておいてやろうと、揺らさないように気をつけながら、ゆっくり、城へと帰るのであった。

 

 

 

 


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