第三話
「お兄ちゃん、凄い! ニンジャみたい、ニンジャ!」
アリシアが大喜びしている。その横でちょっと呆れ顔しているのがテスタロッサさん。その前で風船を片手に困り顔しているのが俺。
「もう一回、もう一回やって! 今のビューンて跳ぶの」
場所はミッドチルダのとある地方の大通り。よく買い物に来る所だ
周囲には結構な数の人間がおり、少なくない人数が、こちらに注目している。
きっかけは些細なことである。三人で買い物に行った時、アリシアが何かのマスコットの着ぐるみから風船を受け取ったのである。彼女は喜んでいたのだが、ちょっと気を緩めた瞬間、風船は手元を離れ飛んで行ってしまった。
あっという間に何メートルも上空へ浮かぶその風船を見て俺は“まだ届くな”と直感し、それに従うように地面を蹴った。
直感に違わず風船をキャッチし、綺麗に着地を決めたのだが、その時の二人の顔見て、自らの失敗を悟った。
「今、何メートル跳んだんだ?」
「すげえ、魔法か?」
周囲の声である。控え目に言っても人間の跳躍力ではなかった。
「……魔法です」
「……通じるとでも?」
「ないですよね」
魔法のプロフェッショナルに対して愚かな真似をしてしまった。
「いいわ、もう用は済んでいるのだし帰りましょう。話はそれから聞くわ」
「はい、了解です」
肩を落とし後に続く。ひっついてくるアリシアは無視だ。
さて、どう説明したものかな……。
俺がテスタロッサ家に引き取られてから既に三年が経過していた。なんだかんだで今までずっとお世話になっている
その間必ずしも万事順風満帆とはいかなかったが、それなりに平穏で、幸せと言える生活を続けていた。
当初は色々気を使ったが、今ではお互い自然体で過ごせている、と思う。それもこれもアリシアの天真爛漫さに助けられての事だが。彼女は俺を本当の兄のように慕ってくれている。その気持ちに何度救われたことか。
そんな生活の中でも、彼女たちに隠していることがあった。俺の身体についてである。
三年前、病院にいる間から気になっていた問題なのだが、外に出て、これが想像以上に深刻な問題なのではないかと思わずにはいられなくなった。
とんでもないスピードで走れる、全くと言っていいほど息切れしない、スチール缶を片手でコインのように潰せる、一週間睡眠せずに平気だった、思いっきり殴った木がへし折れた……などなど。
周囲にばれない範囲で隠れて色々やってみたが、そのほとんどで自分が人外級の能力を持つことに明らかになったのだ。
それだけでなく月日が経つことで、また別の問題も浮き彫りになっていた。俺の見た目である。
当時十代前半だったのなら、現在は最低でも中頃のはずである。それなのに俺の見た目は全く変化しなかった。身長も1ミリも増えていない。成長期のはずなのに。
周囲には、冗談交じりに、全く身長が伸びない、早熟なのかなとか、そのうちアリシアに抜かれるかも、と語っているが、いつまでごまかせるか……。
そしてそれら全てを、異常だ、と認識しながらも、当然だ、と受け止める自分がいた。
これらを知られるのはさすがにまずいと、ひた隠しにしていたのだが……それも今日までのようだ。
「お帰りなさい、プレシア、アリシアお嬢様、エンダー」
「ただいま! ねえリニス聞いて。お兄ちゃんってニンジャだったんだよニンジャ!」
「? エンダーがニンジャ、ですか」
「今から説明するわ。とにかく、荷物をしまっておいて」
帰った俺たちを出迎えてくれたリニスは、唐突な話に不思議そうだ。さもあらん……。
ちなみに俺の名前はアンドルー・アヴェンタ、と三年前決まったはずだが、基本的に“エンダー”で通っている。
なぜかって言うと、アリシアが、上手く“アンドルー”と発音できなかったからだ。あんどりゅーとか、うぁんどるーとか、おんどりゃーとか不思議なことになるのである。結果として、“エンダー”なら呼びやすい、ということで定着させてしまったのだ。
……肝心のアリシアはお兄ちゃん呼ばわりすることになったので、意味はなかったと言えばなかったのだが。
十分後、ダイニングに全員――俺、アリシア、テスタロッサさん、リニス――が集合する。
そしてテスタロッサさんが先ほどの出来事について説明した。
「それは身体強化を使ったわけではなく?」
「違うわ。大体エンダーの魔法の師はあなたでしょ。腕前は良く知っているはずよ」
「それもそうでしたね」
「…………」
リニスに魔法を教わるようになってから一年経つが、未だにまともな身体強化すら使えない男がいる。……俺だ。
「とにかく、どうもエンダーは私たちに隠し事があるみたいね。今日、ここで、ハッキリさせておきましょう」
「同感です」
「お兄ちゃんウソつきだったの?」
「…………」
三人の視線が痛い。もはやここまでと覚悟を決める。
「実は…………」
俺の口から語られる衝撃の真実。エンダーことアンドルー・アヴェンタの異常性……。
「…………なるほどね」
「兆候、というか、思い当たる節はありますね」
「数百キロの荷物を一人で抱えてたりしてたわね、そう言えば。見た目も確かに変わってない」
「言われるまで気づかなかったのがむしろ不思議なくらいです」
驚くより納得する方々。
「…………お兄ちゃん、どうして隠してたの?」
「それは……な」
君に嫌われたくなかったんだよ、と冗談を言いそうになる。それはそれで全くの事実なのだが。
だがアリシアはそれだけでこちらの気持ちを察したらしい。
「私、そんなことでお兄ちゃんが怖いなんて思わないよ。だってお兄ちゃん、ずっと優しかったもん」
「…………」
「まあ、アリシアがこう言っちゃったら、責められないわね」
「ふふ、エンダーはエンダーですから」
「……感動で涙が出る」
照れ隠しにそっぽ向く。やれやれ、皆さん優しいこと。
こうして俺がずっと隠してきた秘密は、一家共有の秘密になったのだった。
「それにしても原因はなんなのかしらね」
「やはり、エンダーの生まれに関係しているのでしょうか?」
「未だに記憶は戻っていないから、確かめようがないわね。一度、ちゃんと調べてみないといけないわ。……エンダー、あなたその身体の事で、誰かに相談とか検査ってしてもらったこと、ある?」
「いや、誰にも。こんなこと話せる心当たりは、なかったし」
「そう……良かったと言うべきなのかしら。だとしたらこちらで何とかするしかないわね。そっち方面には、疎いんだけど」
テスタロッサさんが検査に必要そうな機材のリストアップを始める。
「お兄ちゃん、外にいこう。もう一回あのピョーンって跳ぶの、見たい」
「私も興味あります」
「オーケー、表へ出な。腰を抜かせてやろう」
三人そろって庭園に出る。ここの庭園はとんでもなく広い。と言うか、家を含めた敷地全体が、馬鹿みたいに広い。
リニスの誕生に伴って、引っ越しをするか、ということになったのだが、それがここ“時の庭園”である。
初めて見た時の衝撃は忘れられない。家……? いや遺跡? というか城じゃん。正直最初は、敷地の隅に建っている掘立小屋の方に住むのかと思った。平然と城の方へ歩くテスタロッサさんに何度、こっちじゃないの? え、そっちなの? と確認したかしれない。
買い取りやリフォームに幾らかかったのかは恐ろしくて聞いていない。多分目ん玉飛び出るだろう。
そこで俺の超人的能力を披露してみる。今までは影でこそこそしていたから、伸び伸び動けるのは初めてだ。
「お兄ちゃんすごい。今度は壁走るのやって! それから分身と、火を吐くやつと……」
「……それだけ動けるのなら、身体強化なんて要りませんね。予定を変更しましょうか。攻性魔法に適性がないのは分かっていますから、次はバインドでも……」
「……思った以上に、動ける。それとアリシア、壁走りなんて物理的に無理だよ。分身とか、火は魔法で何とかなるかもしれないけど……。それとリニスは俺に魔法に関して期待しても仕方ないってそろそろ気付いてくれていい」
「たった一年で諦めるなんて、エンダーは意気地がないんですね。大丈夫ですよ、積み重ねていけば、必ずモノになりますから」
「……そっかなー……」
リニスは二年前にプレシアと契約した“使い魔”である。元々はアリシアの飼い猫で、なんと例の事故のもう一人(匹)の生き残りだったというのだが、アリシアや俺ほど元気いっぱいというわけにはいかなかった。徐々に弱っていき、一年後に、息絶えた。
幼少よりの最大の友を亡くしたアリシアの姿が、あんまりに不憫だったもので、“リニスが生き返るわけじゃないけれど”と前置きし、テスタロッサさんががリニスを、使い魔として甦らせた。
人としての姿をしたリニスに当初は戸惑ったアリシアだが、山猫としての姿を見せてやると飛びついていき、号泣しながら“絞め落とし”かけた。
そんなこんなで仲良しになった二人だが、リニスは俺にも、やけに親しげだ。生前特別可愛がってやった記憶はないんだが。理由を聞いても、柔らかに微笑みかけてくるだけである。
そんなリニスは現在俺に魔法を教えることに心血を注いでいる。プレシアの使い魔である彼女は、自身が優秀な魔導師なのだ。
まあ、師匠がどれだけ素晴らしくても、それ以上に俺には才能が無いんだが……。
「うーん、デバイスの補助があればなんとか……」
「バリアジャケットは、私がデザインするよ」
「……勘弁してくれ。……ほら、お二人さん、日も暮れてきたし、家でご飯の準備しよ、ほら」
楽しげな二人の背中を押して城に帰る。
和やかな夕食を済ませ、アリシアと入浴をし、就寝の準備。
俺の異常性が明らかになった直後でも、驚くほどいつも通りだ。いや、アリシアだけちょっとおかしい。
何に影響されたのか、やけにアリシアがニンジャ押しだ。どこかの管理外世界に存在する異能集団って話だが……ヒキョウって場所に集落があって、ニンジャブレードを振り回し、生身で分身したり火を吹いたり空を飛んだりするらしい。――俺にそうなってほしいと言うのか……。
ニンジャって言葉に聞き覚えはあるんだけど、そんな集団だったか? それよりバリアジャケットのデザインが気になる。あんまり変なのにならないよう、リニスに強く言っとかないと……。
翌日ダイニングに行くと、リニスが一人で朝食の準備をしていた。
「おはようリニス。テスタロッサさんは、まだ?」
「はい、エンダー。えぇ、プレシアったら、昨日遅くまで作業をしていたみたいで……」
「一度始めると、やめ時を見失う人だからね。別に急がなくても、俺は逃げたりしないんだけど」
「技術者の血が、騒いでるんでしょう。そろそろ起こしてきますよ」
エプロンを脱いで出ていくリニスを見送りながら、席に着く。テーブルの上に昨晩の作業の結果が残されていたので、端末を引き寄せ、覗き込む。
「……随分大がかりな装置だ。レントゲンに、MRIに、良く分からない魔法的検査装置まである」
検査室の設計図らしいが、これまた遠慮なく大規模だ。
「…………?」
それを見ていると、何か、既視感を感じる。こんなものを以前見たような……。
考えるまでもなく答えが出る。俺の記憶の底は浅いし、こんな機材のある場所なんて限られる――病院だ。あそこで、俺の検査に使っていたヤツがこんな形をしていた気が……。
「…………」
「お兄ちゃん、おはよう。私は起きてたんだけど、母さんが離してくれなくて」
「アリシア、嘘つかないの。おはよう、エンダー……どうしたの?」
黙りこくり、画面を凝視し考え込む俺の姿に、怪訝な顔をする。
「テスタロッサさん。この機器なんですけど、俺の体を調べるためのものなんですよね?」
「そうよ。それが?」
「かなり、細かく?」
「一部の大病院で精密検査に使われているくらい……エンダー、もしかして?」
「ええ。……お察しの通り」
テスタロッサさんに話をする。三年前、俺が目を覚ましたあの病院。あそこで、記憶喪失のためと言われながらこの、画面に映っているような装置に頻繁に入れられていたことを。
にわかに雰囲気が張り詰める。
「……記憶喪失については詳しくないけど、つまりは脳の異常でしょ。こんな装置で、全身を、しかも繰り返し検査する必要なんて無い筈よ」
「当時からおかしく思ってたんですけど、その時は言いくるめられて」
「あなたを検査していたのは、あの医者でしょ。良く一緒にいた。……そう言えば彼、あなたが退院して、私たちと暮らそうという話に、凄く渋い顔してたわね」
事実である。当時は、医者としての使命感や責任感から来るものだと勝手に解釈していたのが。
「俺を引きとめておきたかったのか……」
「よっぽど興味深い結果が出たに違いないわ。……今から出れば、昼過ぎには着くわね」
時計を見ながら呟くテスタロッサさん。どこに行くかは、言うまでもない。思い立ったが、吉日だ。
「三十分後のレールウェイに乗りましょ。準備してくるわ」
「……私も準備して、きゃっ!」
「アリシアはご飯食べて学校」
何食わぬ顔でついてこようとするアリシアを抱え上げ、食卓に着かせる。
「母さんとお兄ちゃんだけ、ずるい」
「ずるくなんてない。病院行くんだぞ? アリシアの嫌いな。リニス、よろしくな」
「はい、任せてください。それとお二人には、これを」
バスケットを持たされる。中には軽くつまめる様にした朝食が。
「気がきく。列車の中でいただくよ。ありがとう」
そうこうしている内に着替えやらを済ませたテスタロッサさんと共に出発し、レールウェイに乗りこむ。
「結構、ギリギリでしたね」
「この辺りは本数少ないから、逃したら面倒だったわ。転移魔法が使えればと、いつも思うのだけれど……」
テスタロッサさんがぼやく。可能かどうか、という質問に対しては、イエスだ。転移魔法はかなり高度な魔法に分類されるが、テスタロッサさんほどの魔導師にかかれば、多少コストはかかるものの、充分実用的な移動法になる。
それができないのは、法律で禁止されているから。明白な話だが、そこらじゅう、下手したら次元世界間すらも短時間で渡り歩く転移魔法は、存在からして脅威だ。許可されるのは、作戦行動中の管理局員とか、特殊な場合だけである。
管理局関係の施設や、その他重要な土地、建物は、専用の魔力ジャミングがかかっているほどである。
見つかれば多額の罰金、下手すれば実刑もあり得る。
そのためテスタロッサさんも、転移魔法の使用は、私有地である時の庭園内に限っている。あの広大な敷地を有効活用出来ている理由はそれである。
「それにしても、気になるわね。あの医者。エンダーの身体を調べて、何をやっていたのかしら」
「大騒ぎするわけでも、それをネタに脅迫してくるわけでもありませんでしたからね。俺にも黙っていた」
「独断でやっていた可能性が高いわね。それはそれで好都合だけど……」
「……あの医者が、科学、医学界に衝撃をもたらす発見をしたっていうニュースもありません。あれだけ大仰に検査していたのに、結局、大したものは見つからなかったんですかね」
「名声を一人占めしたかっただけとは限らない。彼は何かを見つけていたはずよ。でなければ、あれだけあなたに執着する理由がない」
「……彼に会えば、それが分かるんでしょうか」
「多分ね。……怖くなった?」
ずばり、核心を突くテスタロッサさん。彼女は、三年間、俺がどこにも自分の身体を調べてもらおうとしなかった、本当の理由を察しているのだ。こちらを見つめるその目は厳しかったが、同時に優しくもあった。ここで、やはりどうしても嫌だと言えば、何も言わずに引き返し、忘れてくれるのだろう。
「……まさか。この時を待ちわびてましたよ」
記憶喪失で身元不明の俺を引き取り、それから三年、一緒に暮らしてきた。その間重大な隠し事を続けてきたというのに、それを知っても責めなかった。
これ以上、彼女たちの厚意に甘えるわけにはいかなかった。
窓から流れる風景を見る。迷いはない。
本当に、今はただ、待ち遠しかった。
午後一時過ぎに、病院付近の駅に到着し、徒歩で向かう。間近に建てられているので、五分で受付まで到着する。
「失礼、……医師を探しているの。三年前、この、アンドルー・アヴェンタを担当してくれていた人で、今日特別に相談があるんだけど……ああいえ、予約はしていません。……はい」
受付で、目当ての医師を呼び出してもらう。身構えさせたくない、それと逃走の可能性があったので、あらかじめ予約はしていない。三年間連絡なしだった“実験対象”が、唐突に会いたいと言ってくれば、警戒もされるだろう。最悪今日は休みと言われる可能性もあったが、その場合何とかして自宅まで乗り込むつもりだった。
「……申し訳ございません。医師は、本日午前中までとなっております。つい先ほど、お帰りになられたそうです」
「そうなの……あっ、エンダー!」
不在の通知をされた瞬間、その場を離れ、駆けだす――当然、セーブして。目的は従業員用駐車場だ。
迷わずに、到着する。俺の入院時の暇つぶしには、病院内探索も含まれていた。案内なしでも、どこに何があるのかは頭に入ってる。
辺りを見回すと、ちょうど一台の車が、駐車場から出て行くところだった。遠目にも窓ガラスから運転者が確認できる――あの医者だ。
「……はぁ、エンダー、急に走りださないでちょうだい。一体何があったの……」
「テスタロッサさん、あの医者だ。今、出て行こうとしてる」
「……いけない、遅かったのね。タクシーを呼ばなきゃ」
「間に合わない、見失う。……俺が追いかけるから、テスタロッサさんは待ってて。連絡入れるから」
「追いかけるって、どうやって?」
「勿論、この足で」
眼下、10メートルほどの所に、対象の車が見える。どうやら町の外れを目指しているらしい。車の数も減ってきた。
ハイウェイに乗られたら厄介だと思っていたが、その心配はなさそうだ。
安堵の息を吐く。
現在俺がいるのは、対象が走る道路に面したビルの屋上である。ここに来るまで三時間ほどかかっているが、俺はその間ずっと建物の屋上から屋上を跳び移って、追跡していた。これぐらいなら、飛行魔法探知にも引っかからないのだ。
……我ながら人間業ではない。
それはともかく、本格的に人通りが減ってきた。自宅に帰るのかと思っていたが、どうもそうではなさそうだ。いくらなんでも、勤務地まで片道三時間以上もかかる場所に居を構えようとは思わないだろう。
その内に、車は倉庫街に到着した。この近辺には、もう跳び移れる建物もなかったので、俺も地面に降りて、慎重に後を追っている。
倉庫の立ち並ぶ中へ車を進ませる医者の男。この辺りは、現在使われていないらしく、人気はまるでない。余計に怪しくなってきた。
その中の奥まった一画。そこに車が止まる。中からあの男が降り、形だけ周囲を警戒して見せ、倉庫の一つに入って行った。
……三十分、そのまま待つ。出てくる気配はない。
「テスタロッサさん、聞こえますか?」
「……ええ、聞こえてますよ。一人で飛び出して行って、こんなに何時間も待たされるとは思わなかったわ」
「すいません、追うのに必死で。それに着いた場所も予想外でした」
どうやって追跡したかと、今どこにいるかを簡単に説明する。
「……怪しいわね。廃棄された倉庫街に、医者の男が……。人目を気にしてるって言うのも拍車をかけるわ」
案の定追跡方法には呆れられるが、現在地については、俺と同意見だ。
「それで、これからちょっと中に入って、何をやっているのか調べてみます」
「待ちなさい! 危険よ、相手の本拠地に、あなた一人でなんて。今から私もいくわ。場所を……」
「だめだ、もう暗くなる。これ以上待てない。テスタロッサさんは先に帰ってて。無茶はしないよ」
抗議の声を無視し通信を切り、電源を落とす。
一つ息を吐いて、調子を整える。この先もしかしたら、荒事になる可能性もある。なんとなく、そう直感する。
テスタロッサさんは強力な魔導師だが、本質的に学者タイプだ。彼女が戦闘に参加するとなると、倉庫ごと薙ぎ払うような戦い方になるだろう。それに何より、俺の都合で彼女を戦闘になど巻き込みたくなかった。
本来ならこういう場合、官憲に頼るのだが、目的が目的なため、それも避けたい。
隠れている場所から出て、倉庫の前まで向かう。
とうに使われなくなって久しい、古びた倉庫だ。ただここの倉庫だけ鍵が付けてあるらしく、外からは開けられない。
どうしたものか……と首を捻っていると、ドアの上、ひさしの部分に違和感を感じる。
目を凝らしてみると、影になっているその部分に仕掛けられたものの正体が分かった。――カメラだ。
「……あっという間に見つかってしまったな」
腹を括って、隠れるのはやめにする。大きくノック。
……反応なし
もう一度ノック
……反応なし
振りかぶってパンチ
鉄製の扉が、くの字にへし折れ、内側に吹き飛んでいく。
「お邪魔します」
倉庫の中に足を踏み入れる。天窓から夕日が差し込む倉庫内は、特別これと言って見る物があるわけではなかった。
片隅に何らかの機材が捨て置かれている以外は、だだっ広い、空きの倉庫である。
さてどこに行ったのか、と足を進めると、頭上から微かに音が聞こえた。
振り仰いで見た瞬間――何者かに後頭部を強打――弾き飛ばされた。
そのまま倒れ込みそうな体を丸め受け身を取り、即座に反転。体勢を立て直し、襲撃者に向き直る。
「…………?」
それを人と見間違うほど、俺の目は腐っていない。確かに二本の椀部が左右に張り出し、二本の脚部で自立し、頭部と思われる部位もあるが、それは人と言うには余りにも――機械的過ぎる。
要は人型ロボットなのだろうけれど、おかしな所が一点。よほど人間に近づけたかったからなのか何なのか、そいつの頭部だけは人の頭を模したものになっている。しかし表情はまるで変化しないため、マネキンの頭を乗っけているようだ。
――さっきの攻撃はこいつからだよな。話し合いで解決する余地があるかどうか、悩む必要はなくなったな。
そのうちに更に二体、上空から飛来し、計三体で俺を囲む。こいつらどうやら天井に張り付いていたようだ。どいつもこいつも無機質な顔してやがる。
軽く構える――ごく自然に。
記憶を失っても、人は歩き方を忘れない。呼吸の仕方を忘れない。それは身体の記憶だから。必要な時に、呼び出せる。
足を踏み出すように、息を吸い込むように――ごく自然に、身体が戦闘態勢に移行する。
後はどこまでやれるかだが――それは、
「やってみなければ分からない」
意気込みも十分に、目の前の一体に狙いを定め、足を踏み込んだ――
エンダー(アンドルー)・ウィッギン + ランボルギーニ・アヴェンタドール
= エンダー(アンドル―)・アヴェンタ
優しいプレシア(正確には“アリシア以外に”)を想像するのが難しく、ほぼオリキャラに……3年間で色々あったんです、多分