魔法ニンジャ活劇   作:ダニール

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第五話

 

 

 

 第五話

 

 

 その日、エンダーは珍しく時空管理局本局にやって来ていた。仕事の為ではない。友人であるユーノ・スクライアがここで来ていると聞いて、様子を見に来たのである。

 

 彼の勤務場所(仮)である無限書庫に訪れる。そこで久しぶりの再会を二人で喜び、エンダーがお土産として持ってきた甘味を平らげる。その際無重力空間での飲食がどれだけ難しいかを身を持って実践することとなった。

 

「しかし初めて来たけどとんでもない所だなここ」

 

 クリームやらなんやらでベタベタになった顔を拭きながらエンダーは感心したように、呆れたように漏らす。“無限”の名に恥じず、周囲には見渡す限りの本棚とそこに詰まった本。空間自体も恐ろしく広く、ガイドがなかったら苦労せず迷子になれるだろう。全体的に暗く、上も底も全く見えない、そんな場所にぽつんと浮かんでいる。そのくせ謎の圧迫感というか、息苦しさを感じさせ、高所恐怖症と広場恐怖症、そして閉所恐怖症と暗所恐怖症まで同時に味わえる、人によっては悪夢のような場所だ。

 

「トラウマになりそうだ……」

 

「凄い所だよ。間違いなく管理局の中で最も重要な施設の一つだろうね。長い間整理が滞っていたのが残念だよ」

 

「そうかい」

 

 ユーノにはこの不気味さなど大したことではないらしい。さすがはこの年にして遺跡調査の責任者を任されるだけある。エンダーは素直に感心した。

 

「ユーノ君、ここで働くって?」

 

「うーん、まだ決めかねてるかな。是非にと誘われてはいるんだけどね。でもそうなるともう遺跡調査には加われなくなっちゃうだろうし……」

 

「ここがそんな魅力的かね。正直気が滅入りそうだが」

 

「名誉な仕事だと思うよ。探せばどんなことだってちゃんと出てきそうだ。流石に未来の事はないと思うけどね」

 

「へえ……」

 

「あっ、ごめんエンダー。記憶の事……まだ戻ってないって」

 

「え、ん? いやいや気にしてないよ。そのぐらいで」

 

 エンダーが未だ取り戻していない記憶の事を気にしていると思ったのか、ユーノは未来の話を振ったことを申し訳なさそうに謝罪する。対するエンダーは、そんなこと全く念頭になかったため困惑しつつも笑って流す。その裏で疑問に思う――自分は何時から記憶の事を気にしなくなったんだろう、と。

 

「それにしても、何でも出てくる、ねぇ……」

 

「うん。何か調べたいことでもある?」

 

 知りたいことは山ほどある。が、いくらなんでもここから今エンダーが追っている連中の情報が出てくるとは思えない。と、そこで一つ思いつくものがあった。

 

「闇の書ってどうかな」

 

「闇の書? 聞き覚えはある気がするね。どこで聞いたの?」

 

「いや、ちょっと小耳にはさんだだけだよ」

 

 先日、麻薬組織のボスと名乗る男が口にしたものだ。あの時はあっさり流されてしまったので気にしなかったが、もしかしたら何らかのヒントになるものかもしれないと思ったのだ。そう考えるエンダーの前で、ユーノは情報ウィンドウを開いて検索をかけてみる。

 

「……いくつかニュース記事が出て来た。これによると――闇の所はロストロギアだって! それも第一級捜索指定がされている危険物だ」

 

「ロストロギア……。ジュエルシードみたいな物か」

 

「過去何度も暴走を繰り返しては、周辺に甚大な被害を及ぼしてきたらしい。その度に多くの犠牲が出てる。一番最近の記事は十一年前のものだね。この時の犠牲者は一人だけだったみたいだけど……あ」

 

「どうした?」

 

 記事を読み進めて行ったユーノが、何かを見つけたように声を上げる。何があったと問いかけるエンダーに、彼は少し困ったような顔をしてその記事をエンダーに回してきた。

 

「ロストロギア、闇の書の暴走……次元空間航行艦船エスティア大破……この事件における被害者は、時空管理局所属クライド・ハラオウン提督一名……」

 

 クライド・ハラオウン――ハラオウン?

 

「この人ってもしかして……」

 

「うん、間違いないと思う」

 

 ユーノが重々しく頷き、一枚の写真を見せる。それは、そのクライド氏の葬儀の様子を写したものらしく、大勢の喪服を着た参列者が並んでいる。そしてその中央にいるのは――

 

「リンディさんに……隣の子はクロノ、か?」

 

 流石に十一年前ともなるとクロノの姿は面影を見つけるので精一杯だったが、リンディのことは容易に確認できた。どちらも沈痛な面持ちで顔を伏せている。間違いなく、この事件で亡くなったクライド・ハラオウンとは彼女の夫、そしてクロノの父親なのだろう。

 

 しばし、気まずい空気が間に流れる。軽々しく掘り返してはいけなかったものを探し出してしまったような罪悪感がある。クロノの父親については、疑問に思いこそすれ聞いたことはなかったのだが。

 

 重くなってしまった空気を何とか盛り返し、その後しばらく雑談した後、エンダーはお暇させてもらうことにする。その際記事のコピーを貰っておくことにした。何かの役に立つかもしれないと。

 

「それじゃ、また今度。こんな所で長い時間過ごすのは体に悪そうだからね。休みが出来たら地球に遊びに行くと良い。クロノが肩身の狭い思いしてる。喜ぶよ」

 

「そうだね、必ず。……エンダーは大丈夫なのかい? その――」

 

「おっと、“疲れてるように見える”とは言わないでくれ。もう耳にタコが出来る」

 

 みんなして心配し過ぎだよと痛そうに耳を擦るエンダー。おどけた様子にユーノは少し安心する。今日久しぶりに会った時から、何か無理をしているような雰囲気があったのだが、見間違いだろうか。

 

「それと、さっきの事、俺が聞いたってことは黙っておいてくれないか」

 

「分かった。そうするよ」

 

 そうして改めて別れの挨拶をし、エンダーは書庫の出口へ飛んでいく。両手首より魔力糸を射出して上手く引っかけながら、そこら中に浮遊する障害物を避けてスイスイ進んで行く。器用だなぁと感心しながら、ユーノは彼を見送った。

 

 さて充分休んだし、整理の手伝いを再開しようかな、と作業スペースに戻る。その際、先ほどの事がつい気になってしまった。

 

 ――闇の書、かぁ

 

 少し考えた後ユーノは、無限書庫の検索リストに“闇の書”をこっそり追加しておいたのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「エンダー君!」

 

「はいナカジマ曹長、何か御用で……あれ」

 

 日中に隊舎で廊下を歩いていると、後ろからナカジマ曹長に声をかけられたので振り向く――と、エンダーは自分の間違いに気がついた。

 

「失礼しました、ナカジマ准尉。昇進なさっていたのですね。おめでとうございます」

 

 敬礼とともに訂正する。彼女の襟章が変わっており、准尉に昇進したことを示していたからだ。そんなエンダーに、クイントはちょっと困った顔をする――二重の意味で。

 

「そんなに畏まらなくていいのよ? それに今回の昇進は、箔付けというか見栄え重視で与えられたものだから」

 

「はぁ……」

 

 彼女が言うに、この昇進は例の麻薬事件解決の功績を認められてのものだというが、実際には事件解決の分かりやすいシンボルが欲しかっただけだという。結局何が何だか分からないまま終結してしまった事件の体裁を取り繕うために。

 

 終結――とは言っても、今回の事件は本質的には何の解決にもなっていない。ミッドから組織を追い出すことには成功したものの、件の犯罪者たちは未だにどこかに隠れ潜んでいるのだ。まあその事件は今後海の人間が引き続き捜索するらしいので、陸としてはどうでもいいのかもしれないが。

 

 しかしだからこそクイントも居心地悪そうにしているのだ。結局彼女達の捜査では全く事件解決の糸口を掴むことは出来なかったのだから。一緒に捜査に協力していたエンダーもそのことは承知していたが、だからといって「はいそうですね」と言う訳にもいかず、曖昧に濁す。

 

「ま、それはいいんだけれど、同時に私の異動も決定しちゃったのよね」

 

「異動ですか」

 

 さらっと話題を変えるクイント。彼女のこの切り替えの早さはエンダーには気持ちが良い。そして彼女の転属先は地上本部だと教えられる。栄転というやつだろうか。エンダーは祝福した。

 

「それほど大したことじゃないわ。一時的なものよ。他にも部隊の者が何人か一緒に行くことになってるの。ゼスト隊長もね。向こうの部隊と交換する形になるわ」

 

「部隊の交換?……珍しいですね」

 

 そんなことあるのだろうか。エンダーは疑問に思う。個人単位ならともかく、部隊単位で所属を変更するなど。

 

 ナカジマ准尉が言うには、今回のようなミッドチルダ広域に跨る事件が発生した場合、今までのように部隊間での縄張り意識が強い状況では捜査に支障をきたす。そのため今後は部隊同士での交流を深め、広域犯罪に対する協力体制をより強固なものにすることが目的だという。その為の一歩が、今回の部隊交換だという。

 

 理にかなっている……のだろうか。理屈は分かる。確かに今回の事件、余所の部隊との足並みが揃わず、思うように捜査が進まないと感じることはあった。地上部隊は縄張り意識が強いのである。が、その為にそこまでする必要があるのかは、エンダーには判断できなかった。

 

「それで相談なんだけど……」

 

「はい」

 

「エンダー君も一緒に来てくれない? 私達と一緒に」

 

「地上本部にですか? しかし自分は呼ばれておりませんが……」

 

「それは大丈夫よ。エンダー君は嘱託局員で、原則無所属だから。必要があれば自由に移動できるわ」

 

 確かにそうだ。性格には“自由に”、ではなく、“上司に命じられれば自由に”、であるが。前回の事件の際エンダーの上司はこのクイントになっているので、お願いの形をとってはいるもののこれは命令と同義だろう。どうしてもエンダーに移れない事情がない限り、断れないことになる。

 

「でしたら、構いません。お受けします」

 

「良かった。そしたら、異動が始まるのは来週からだから準備しておいてね。エンダー君は何枚かの書類にサインしてくれればいいから早く終わるわ。それからは期日まで休暇ということで」

 

「了解しました」

 

 敬礼し、歩き去るクイントを見送る。彼女が見えなくなった後、エンダーの体がどこからか差し込んできた冷気で震えた。暦は既に冬――地球で言う師走に入ろうとしていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 その翌日、エンダーは時の庭園にいた。一家全員が地球に移住した今、ここに住民は誰もいない。プレシアなどは時折転移装置で帰ってきていたりするのだが、今日は違うようだ。勿論それを確認して来たのだが。

 

 警備の為傀儡人形が歩き回っている中を、認証をパスしながら進む。しかし人気のない屋敷がこうまで雰囲気が変わるとは、エンダーも意外だった。特に、エンダーが今進んでいる場所は屋敷の奥の方であり、廊下の明かりも点けないとほぼ真っ暗である。時折何か――掃除をしている傀儡人形だろう――が暗がりで動く音が反響してくる。はっきり言って不気味だった。

 

 その内に一つの扉につきあたり、ロックを外して中に入る。明かりを点けると、そこには大量の機材の置かれた広い部屋が広がっている。プレシアの研究室である。エンダーはここにある物を取りに来たのだ。

 

 そしてそれはすぐに見つかった。作業台の一つに置かれている物――日本刀……型のデバイス。ゴーストより預けられたアダマンチウムブレード・デバイスだ。

 

 そっと持ち上げ、慎重に鞘から抜き放つ。通常のカタナ型デバイスより、暗く深い色合いをした刀身が鈍く輝く。その光に見惚れる。それに手に持った時のこの馴染み様。この感触はやけにしっくりくる。暫くその手触りを楽しむ。これはエンダーを不思議と懐かしい気持ちにさせた。

 

 近くにある金属の塊――廃材、重さからして鉄だろう――それを掴み放り投げる。そして落ちて来た瞬間を狙って、手に持ったカタナを振り切る。廃材は床に落ちた――二つになって。

 

 切断面を見る。驚くほど滑らかだ。そしてこれを切断した時の感触――意識しなければ気付かなかったぐらいの抵抗。それほどあっさりと鉄の塊を両断した。

 

 プレシアのテストでは、試験にかけたあらゆる金属を容易に切断してしまったその切れ味。そして調べてみても、既存の分子間力とはまるで違う謎の力場によって分子が固定されているということしか分からなかったこの金属。結局彼女は解明しようとするのを諦め、匙を投げた。真面目にやったら一生を費やしそうだと。

 

 デバイスとしての性能も特徴的だ。元々容量は多くないのだが、登録されている魔法は全てディスコネクト――魔力切断――系のものだ。残りのリソースは全て動作高速化に当てられており、本当単純に対象を“切り裂く”ことしか考えていないデバイスになっている。

 

 呆れればいいのか納得すればいいのか判断に困る程の潔さだが、エンダーには好都合だった。他に山ほど入っていてもどうせ使えない。

 

 納刀し――当然鞘にも同じ金属で加工がされている――改めてそれ見つめる。前回管理局から逃走する羽目になったが、流石に余裕で逃げ切れる、という訳にはいかなかった。あわや、という場面が幾度もあり、結果としては運に助けられたようなものだった。彼らと戦うつもりなどないが、このデバイスは逃走にも役立ってくれるだろう。

 

「……?」

 

 そんな自分の思考に一瞬不審な物を感じる。何だろうと考え直してみるが、特に思い当たらない。頭を振って忘れることにする。大したことではない。そうに決まっている……。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 暗転――そして覚醒。衝撃によって失った意識は、再びの衝撃によって強引に引き戻された――苦痛とともに。

 

「ぐっ、うぅ……」

 

 地面にたたきつけられたダメージで息が詰まる。視界が赤く染まり、まともに身動きも取れない。無様に体を震わせるのが精一杯だ。手にはデバイス――のなれの果てが握られているが、もう役に立たないだろう。敵によってコア部分が切り飛ばされてしまったため、残されているのはただの棒きれだ。

 

 自分は負けたのだ。彼女――フェイト・テスタロッサ――は、そう理解した。

 

 

 始まりは突然だった。その日、いつものようにフェイトは、義姉のアリシアと使い魔のアルフとともに通信デバイスを使って友達のなのはと夜のおしゃべりをしていたのだったが、そろそろおやすみと切ろうとした直後、突然なのはの周囲に結界が展開されたのだ。突然の襲撃。タイミングの悪いことにその日は家に彼女達しか居らず、他に助けも求められなかった。

 

 友達の危機に居ても立ってもいられず、アリシアには家に残るよう伝えてから、アルフと二人で外に飛び出す。そのままデバイスとバリアジャケットを展開し、飛行して駆けつけようとする。今自分が手にしているのは、愛用していたバスティオンではなく、管理局より与えられた官給品なのが心もとなかった。

 

 しかしなのはの元には辿りつけなかった。家を出た直後、フェイト達の周りにも結界が展開され――“彼女”が襲ってきたのだ。更に途中から乱入してきたもう一人の敵によってアルフとは分断されてしまい、フェイトは一人で彼女に立ち向かったのだった――が、まるで歯が立たなかったのだ。こちらの攻撃は良いようにあしらわれ、敵の強烈な一撃によって自分は地に伏せている

 

 

 痛む体を何とか引き起こそうとする。力が入らず、まるで思ったように動かない。なのはは無事だろうか? アルフは?

 

 そんな二人の身を案じるフェイトの前に、“彼女”が降りて来た。顔を上げて相手を睨む。後ろで一つに纏めた長髪を靡かせ、迷いのない鋭い視線でこちらを見つめ返している。長髪を後ろで纏めた、非常に凛々しい顔立ちをしている美女であり、こんな状況でもなければ憧れの視線でも向けてしまうような、そんな容姿である。しかし今は戦闘中。彼女はバリアジャケットで身を固め、その手には長剣型のデバイスを携えている。尤も、今やその刃は低く下ろされ、すでにこの戦いに決着がついたことを物語っていた。

 

「……すまない」

 

 こちらが体を起こすこともままならないほどダメージを受けているのを見て、彼女は小さくそう呟く。

 

「何……?」

 

「いや、何でもない。謝罪など、馬鹿げたことだな」

 

 自嘲するように呟き、首を振る女性。

 

「あなたたちは、どうしてこんな……」

 

「知る必要はない。答えるつもりも」

 

 そして再びその強い視線でこちらを見つめると、女性はフェイトに向かって一歩踏み出した――

 

「……?」

 

 ――いや踏み出せなかった。その瞬間に、彼女達の間に割って入る者がいたのだ。

 

「アリシア……」

 

 その後ろ姿を見てフェイトは呆然と呟く。その小さな少女は、フェイトの義姉――アリシア・テスタロッサだった。

 

 

 

 

 エンダーは飛び起きた。時の庭園の屋敷の居間で、ソファーにもたれかかりながら体を休めていたのだったが、唐突に感じた切迫感に一気に覚醒する。

 

「? アリシア……?」

 

 無意識にその名が呟かれる。全く意味が分からない。だが同時に何の疑問も無い。自分が今飛び起きたのは、アリシアが関係している。今彼女が危険な目にあっている。何の根拠も無くエンダーはそう確信した。

 

 次の瞬間エンダーは傍らのアダマンチウムブレード・デバイスを引っ掴むと、部屋から飛び出す。そして屋敷に備え付けられた転移ポートまで走り込むと、即座に装置を起動させる。転移場所を地球のテスタロッサ邸に設定し、転移を発動させた――が、転移は行われない。表示パネルにエラー表示が出る。“転移先に魔力反応 結界の展開を確認 セーフティー機能により動作を中断”

 

 エンダーは舌打ちすると、すぐさまポケットから端末を取り出し、転移ポートに接続する。

 

「ジークフリート、起きろ!」

 

『はいエンダー様。どうなさいました?』

 

「この転移システムを乗っ取れ。セーフティーを解除して、俺を転送するんだ」

 

『しかし転移先に結界が張られているようです。転移妨害もされていますね』

 

「それが?」

 

『危険です。何処に出るか分かりません。最悪次元の狭間に置き去りにされるようなことも……』

 

「ジークフリート」

 

 エンダーはジークフリートの愚にもつかない推論を遮る。そして静かに、彼にできる可能な限りの冷静さと丁寧さで頼み込んだ。

 

「黙ってやれ。スクラップにしてやるぞ」

 

『了解しました』

 

 一瞬でシステムが掌握される。セーフティーが強制的に解除され、転移が開始される。ポート内部とそこにいるエンダーが光に包まれ――次の瞬間その場から消え去った。

 

『行ってらっしゃいませ、エンダー様。お気をつけて』

 

 誰もいなくなったその部屋に、ジークフリートの言葉が静かに響いた。

 

 

 

 

「…………」

 

「何のつもりだ」

 

 彼女――シグナムは、自らの前に立ち塞がったその少女に問いかける。両手を大きく広げ、その後ろの少女を守るように。

 

「退け。お前では私を止められない。怪我をしたくなければ、退くんだ」

 

「…………」

 

 その金髪の少女――おそらく二人は姉妹なのだろう。非常によく似ている――は、シグナムの言葉に無言で首を横に振ることで応える。その決然とした視線を、こちらの目から一時も離さず。

 

 襲撃に際して、ここには現在三つの魔力反応があることは分かっていた。その内二人はかなりの魔力を保有しており、もう一人は微弱な反応だった。シグナムが狙ったのはその二人であり、三人目はターゲットとしていなかった。たとえ蒐集しても、ほとんどページを稼げないだろうからだ。

 

「命まで奪うつもりはない。大人しくしていれば、すぐに終わる」

 

「だめ。絶対、だめ」

 

 内心で小さく溜息をつく。本当は三人目を狙わなかったのは、無抵抗な相手を叩き伏せるようなことをするのを無意識で忌避していたからなのだとこの時悟った。

 

 騎士の誇りなど捨てた筈なのだがな――そう自嘲し、シグナムは体に力を込め、軽く魔力を放出してやる。彼女からしてみれば大したことのない波動だったが、その少女には充分堪えた。魔力の圧力に晒され、体は凍え、膝は震え、目からは涙が滲みだしている。だがそれでも――少女は屈しなかった。

 

「勝ち目のないのは分かっている筈だ。何故退かない」

 

「アリシア、逃げて……! 私の事はいいから!」

 

「ううん、逃げないよ」

 

 アリシアは、断固として動かない。その人より小さく、頼りなく見える体で、恐怖と無力に震える体で、それでも精一杯の意地を張りながら言い放った。

 

「フェイトを置いてなんていけない」

 

 勝てないことと戦わないことは違うと。

 

「私はフェイトのお姉ちゃんだもん」

 

 だから絶対に退かないと。その思いだけで、彼女は恐怖を克服した。

 

「アリ……シア」

 

 フェイトが呆然と呟く。そしてシグナムの心情も彼女と同様だった。舐めていた――見下していた。戦う力も無い、無力な子供だと。だが大きな間違いだった。彼女は戦える。その意志があった。

 

 シグナムは目を閉じ魔力の放出を止めると、一歩後ろに下がった。そして目を開き、レヴァンティンを正眼に構えて、再び少女――アリシアに視線を合わす――敵意と敬意を込めて。

 

「シグナム」

 

「……え」

 

「ヴォルケンリッターが将、シグナムだ」

 

 そう名乗った。

 

「私は今から、お前を叩き伏せて魔力を奪う」

 

「…………」

 

「悪く思ってくれ」

 

 直後、力強い踏み込み――そしてレヴァンティンを振りかぶり、全く反応できないアリシアに向かって振り下ろす――

 

「アリシアーー!!」

 

 フェイトの絶叫。その刃が少女の体に迫り――

 

 ――その時突然の閃光が当たりを包み込みこんだ。

 

 

 転移特有の浮遊感――落下感。直後に自らの身体に重力が戻ってきたことを感じ、転移が完了したことを悟る――直後、前方から襲い来る強烈なプレッシャーに反応し、エンダーは反射的にその手のデバイスを頭上に掲げた。

 

 

「何っ!?」

 

 シグナムの剣は、突如その場に出現したエンダーのアダマンチウム製の鞘で受け止められていた。エンダーは力づくで押し返し、突然の乱入者に驚くシグナムもそれに逆らわず距離を取る。

 

「リーダー。どうして……」

 

「お兄ちゃん……」

 

 二人は、呆然としたように呟く――いや、アリシアの方は少し違う。彼女は安堵の色が強く、何故かそれほど意外そうではなかった。そしてその瞬間になってようやく、エンダーは自分が今守るように抱えているのは自らの妹であるアリシアなのだと気がついた。偶然か否か、まさに事件の起こっているその場に転移してきたらしい。

 

 エンダーは彼女の頭を軽く撫でてやり、後ろに下がるよう指示を出す。

 

「すまないな、道が混んでてね。……アリシアはフェイトを連れて下がるんだ。俺が彼女の相手をする」

 

「うん!」

 

 先ほどまでとはうってかわって元気に頷くと、アリシアはフェイトを支えて、後ろに下がっていく。それを確認すると、エンダーは改めて目の前の女性に目を向ける。彼女はいきなり出現したエンダーを警戒し、その動きを注意深く見極めていた。

 

「お前は?」

 

「彼女達の兄だ。宣言通り、ここからは俺が相手だ」

 

「……良いだろう。お前の魔力も蒐集させてもらう」

 

「出来るものなら。……一応言っておくぞ。退け。出来なきゃせめて理由を教えろ」

 

「悪いが、どちらも出来ない」

 

「そんな奴ばかりだな全く」

 

 エンダーは呆れながら、デバイスを鞘から引き抜き、中段に構える。

 

 対するシグナムは、大上段。彼女は自らに焦らないよう言い聞かせるが、しかし時間は押していた。すでに管理局には察知されているだろう。これ以上の長居はこちらの不利に働く。シグナムはこの男を一撃で沈める決心をした。

 

 カートリッジロード。圧縮魔力の封印された弾丸が、デバイスの中で炸裂――瞬間的に膨大な魔力が駆け巡る。シグナムはその暴れ馬のような魔力を手繰り引き寄せ、押し戻し、巧みに制御する。そしてその魔力を刀身に纏わせると、それは激しい業火となってデバイスを包み込んだ。

 

 気合い一閃。神速の踏み込みとともにその剣が一気に振り下ろす。費やしてきた鍛練と、

数多の敵を葬り去ってきた自信を乗せた渾身の一撃。それが男を完全に捉え――そして次の瞬間、シグナムには何が起こったのか全く分からなかった。

 

 男は無事だ――傷一つない。シグナム自身にも全く手ごたえはなかった。ならば避けられたのだろうが、しかしおかしい。目の前の男は殆どその場を動かなかった。自らの太刀筋は、確実に相手を両断している筈だ。

 

 更に半瞬後、シグナムは目にした――そして理解した。振り切ったレヴァンティンの刀身が――元の三分の二程になっている――切り落されたのだということを。

 

 動揺から一瞬体の固まる敵に、エンダーは構えていたブレードを切り上げる。如何な達人とて、自らの渾身の一撃をかわされ武器まで破壊されてしまっては即座には立て直せまい。腕の一本や二本ぐらいは覚悟してもらおう。そう思ったのだが――なんと、避けられた。エンダーが敵の攻撃から反撃に転じるまでの極僅かな時間で、彼女は距離を離さねばならなぬと判断し、そして出来た――らしい。

 

 空を切ったブレードを構え直し、エンダーは相手を観察する。動揺も混乱も隠し切れていない。それでも戦意は衰えておらず、最大限警戒してこちらを睨みつけている。エンダーの内心に苦いものが広がる。先の一撃で勝負を決められなかったことを悔やんだのだ。敵の一撃――あれはエンダーの予想以上のものだった。そのあまりの速さ、強烈さに殆ど反応できず、辛うじて敵のデバイスを切り落したは良いのものの、反撃に映るまでに間が開いてしまうことになった。結果追撃は避けられ、こうして距離を取られている。

 

 敵はかなりの使い手だ――剣の技量はこちらを凌ぐ。デバイスを破壊して尚、侮れる相手ではない。エンダーは敵を甘く見ていたことを理解し、その評価を大きく上方修正した。

 

 睨みあう。そのまま僅かに後退りする敵。流石に分が悪いと悟ったのだろうか。そのまま退いてくれ、と内心願う。――その次の瞬間、予想外の方向から動きがあった。

 

 突然周囲に人の気配を感じる――それも多い。管理局の応援か、敵の増援か――どちらだと判断しようとする。が、真実はそのどちらでもなかった。目の前の女性襲撃者も同様に気配に気づいたようだが、心当たりもなさそうに眉を顰めている。

 

 エンダーは直後に感じた嫌な予感に従うようにその場を飛び退く。すると先ほどまで自分がいた場所に小さな穴が穿たれる――そして銃声。銃撃だ。撃たれている。

 

 上から――そう思い見上げると、“そこ”にいた。“そこら中”にいた。都市部用のカモフラージュマントを身につけた集団が、周辺の建物の屋上、ベランダに陣取りこちらを手にした銃火器で狙っていた。

 

 果たしてどうして、そして何時から、どうやってこの結界内に侵入してこちらを包囲していたのか。そんなことを考える余裕も無く、エンダーと、その女性魔導師は銃撃に晒されることになる。

 

 飛び交う銃弾の雨を掻い潜りながら、物陰に飛び込む。視界に入っている相手に魔力糸を飛ばし、高所から引きずり落としてやる。飛び道具のなさが悔やまれた。その内に敵がどんどん下に降りはじめる。その内の何人かがアリシア達の方へ向かおうとしているのを目にしたエンダーは、即座に飛び出すとそいつらを殴り倒す。そして彼女達の方へ駆け寄ろうとした――

 

 ――その刹那、重力が消失した。妙な浮遊感の中、周囲の風景が一回転――二回転。直後、鈍器で殴り飛ばされたような衝撃が体を襲い、視界が赤く染まっていく。

 

「お兄ちゃーーん!!」

 

 意識を失う寸前、エンダーを呼ぶアリシアの声が聞こえた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 苦痛――想像を絶する

 

 苦痛――生を確認するためのものではなく、死に近づくもの

 

 苦痛――懇願と哀願 どれもが受け入れられず

 

 苦痛――ただただ自分が自分でなくなっていく

 

 解放――破壊

 

 

『君は自分で志願したのだ』

 

『望んでそうなった』

 

『全てを捧げると』

 

 

 自分の体さえ見えない暗闇の中、そんなビジョンを見せられる。ただの映像ではない。自らの身体がバラバラになるような感覚まで伝わる。真に迫った――記憶。

 

 ――見たくない。聞きたくない。知りたくない。

 

 蹲り、目を閉じ、耳を塞ぎ、その全てを遮断しようとする。しかしそのビジョンは頭の中で繰り返されるもの。遮ることも遠ざけることもできない。歯を食いしばる。ただ耐える。

 

 段々と辺りが明るくなってくる。ビジョンも遠のく。覚醒の瞬間――

 

 ――それは爆弾だよ――

 

 ――そんな声が、聞こえた気がした

 

 

 

 

 目が覚めた――久しぶりの感覚。同時に襲いかかる途方も無い虚脱感。暫くの間エンダーは体を動かすことも、何かを考えることも放棄して全身を脱力させる。

 

 十分程して、ようやくその泥のような世界から抜け出す。同時に自分の現在の状況を認識できるようになる。視界――ゼロ。分厚い布製の袋を被せられているらしい。身動き――取れない。頑丈なワイヤーのようなもので、体を柱か何かに縛り付けられている。

 

 記憶を辿る――苦労して。そして思い出す。地球への転移、謎の女性魔導師との戦い、謎の集団の襲撃。現状を把握した。自分は何者かに攻撃され、意識を失っている間に捕らえられたらしい。

 

 体に力を込め、ワイヤーを外そうと試みる――が、失敗する。エンダーの筋力でも千切れないほど頑丈だった。その際左肩に鋭い痛みが走る。どうやら被弾した所らしい。幸い既に傷は塞がっているようだが。

 

 深く溜息。脱出は早々に諦める。少しして、もう一度溜息。先ほどの夢を思い出したのだ。気絶している時ぐらい素直に眠らせてくれてもいいだろうに……。

 

 そう考えていると、離れた所から人の気配が近づいてくる気配を感じる。一人だ。その者はそのまま部屋の前まで歩いて来ると、扉を開けて中へ入ってきた。

 

「…………」

 

 驚いたような、面白がっているような気配を感じる。エンダーが意識を取り戻しているのに気付いたのだろうか。そして少し進んだ後、木の軋む音。目の前にあったらしい椅子に座ったようだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 暫く沈黙。観察されているようだ。時折体を揺すったり足を組みかえるよな微かな音が聞こえる。エンダーは相手の出方を窺った。

 

「……大したもんだ」

 

 話しかけて来た。エンダーは顔を上げ、相手がいるであろう方向を、袋越しに見据える。

 

「余程強力な治癒スキルでも持ってるのか? 生きてたこともそうだが、何とも呆れた生存能力だな」

 

 左肩の事を言っているらしい。呆れと感心が入り混じっている。それからまた暫く沈黙。何やら考え込んでいる。そして溜息。

 

「あんたには悪いことをしたと思ってる。すまなかったよ」

 

「……何?」

 

 突然の謝罪。エンダーは意図が掴めず、思わず聞き返す。

 

「いやね、こんなこと言いたくないんだが……手違いだったんだよ。あんたを撃っちまったのは。人違いといった方が良いかな。こうして攫ってきたのも。あんたを狙う気はなかったんだ、本当に」

 

「…………」

 

「もう一人女がいただろ? 俺が狙ったのはそっち。だっていうのに、部下の奴が勘違いしてな。無関係なあんたを攻撃した挙句、こうして誘拐までしてきちまったって訳だ。……まったく、こんな世界に他に魔導師がいるとは思わなかったぜ」

 

 困るよなあ、と漏らす男。謝っている割に、あまり悪びれた感じはしない。

 

「ならさっさと解放しろ」

 

「そうしたいのは山々だが、連れて来ちまった以上そうもいかなくてね。悩んでる。……まあちょっとお話しようや。何か良い考えが浮かぶかも」

 

「話?」

 

「そ、お話。話すのは好きだよ。聞くのもな。自分の事でも、他人の事でも。侘びと言ってはなんだが、聞きたいことがあるなら言ってくれ」

 

「……なら聞くが、ここにいるのは俺だけか? あの場にいた他の人間はどうなった」

 

「あんただけさ。結局女には逃げられちまった。子供もいたが、興味なかったんでね。あまり長居も出来なかったし」

 

「そうか……」

 

 安堵した。万一の事があったらどうしようかと気を揉んでいたのだ。無事であるなら二人とも管理局に保護されただろう。

 

「他には?」

 

「お前達は何者だ。どうして俺を……いや、あの女を狙う?」

 

「気になるだろうなぁ、当然。だが俺達が何者かっていうのは、答えにくいね。まあよくある犯罪組織さ。取り立てて特別でもない、な。そしてあの女も同じようなもんだ。ただし俺達なんかよりよっぽどあくどいがね。それであの女を狙ってる理由っていうのは、ごく単純な話。復讐だよ」

 

「復讐……」

 

「そ。親の仇ってヤツ。もう三十年以上経つんだけど、ようやく今回チャンスが巡って来たって訳だ。悲願だね」

 

「……随分気の長い話だな。さっさと忘れて、その労力を余所に回せばいいものを」

 

「言うね。でもあんたは分かってない。憎しみってやつは時間をおいても勝手になくなってくれたりしない。腐敗してくるんだ。それが臭くてたまらなくてね。そんなんじゃあ忘れられないさ」

 

「……それで殺された親が帰ってくる訳じゃない。復讐を遂げて、得られるのもがある訳じゃあない」

 

 エンダー自身そんな言葉を信じている訳ではないし、説得できるなどとは露ほど思いもしなかったが、時間稼ぎも兼ねて聞いてみる。会話が終わった時自分がどうなるのかについて、あまり良い結果になる見通しはなさそうだったからだ。暫くすれば管理局が見つけてくれるだろうという期待もあった。……それにこの男がどう返すのかにも、少し興味があった。

 

「よく聞くね、そういう指摘。でも見当外れだ。言っただろ? 自分の憎悪が臭くてたまらないって。親を殺し、俺をこんな目に遭わせた奴らがのうのうと生きてるってことを考えると、まるで下水に顔を突っ込んだような不快感を感じるんだ。そいつを消してしまいたいのさ」

 

「…………」

 

「復讐は何かを得るためでも、ましてや死んだ人間をどうこうしたくてするもんじゃあない。ただマイナスをゼロに戻すためにするもんだ。自分の人生を清算するためにな」

 

 言いたいことを言ったらしく、男は大きく息を吐く。この男の見解から特に得るものがある訳ではなかったが、「ゼロに戻す」。その言葉だけは、心のどこかに引っかかった。

 

「その後の予定でもあるのか」

 

「さあ? 自首でもしようか? もしかしたらそういう“選択肢”もあるのかも」

 

 男はくっくっと笑う。愉快そうだった。そしてこの時点でようやく、エンダーはこの男の正体について一つの考えが浮かび始めていた。

 

「あんた薬をやるのか」

 

「……何?」

 

 唐突なエンダーの言葉に、思わずといったように問い返す男。そこには先ほどまでにはなかった“硬さ”が含まれており、正しく彼の隙を突いたことを示していた。

 

「どうしてそう思った?」

 

「いや、別に。ただ“いかれた”犯罪者っていうのはそういうものじゃないのかなって思っただけだ」

 

 僅かな沈黙。値踏みされているような視線を感じる。

 

「……ふん。いや、俺は薬は使わないね。売り物に手を出す気はないしな。それにあれは、頭が鈍る。自分の唯一の長所を潰す気はないね」

 

「売人の方か。失礼。じゃああんたがおかしいのは元からか」

 

「口の減らない奴だ」

 

「積極的に他者の不幸を食い物にしようとするのは充分いかれてる」

 

「……俺達は需要に応えてるんだ。欲しい奴がいるから、それを売る。商売だからな。その結果そいつらが破滅しようが、自業自得だとは思わないか?」

 

「モラルのないセリフだ」

 

「俺のような人間にそのモラルってやつを教え込むより、買い手になってるアホどもに常識を教えてやれよ」

 

 再び沈黙。少しだけ、苛立たしげに体を揺すっているらしい音は聞こえる。何か琴線に触れたのだろうか? 少しして男は大仰に溜息を突くと、椅子から立ち上がる。

 

「……ところであんたのデバイス、随分珍しい金属でできてるな」

 

「……ああ」

 

「鉱物には明るいつもりだったが、世界は広いもんだ。見当もつかないぜ。おまけにすげー切れ味……」

 

 風を切る音が聞こえる。男が、没収したアダマンチウムブレードを振り回しているらしい。暫くして満足すると、納刀し唸る。

 

「是非貰っていきたいが、カタナは俺の趣味じゃないんだよなあ。それにデバイスだと、どんな仕掛けがあるか分からねえし。残念だが諦めるか。まああんたへの冥土の土産にしてやろう」

 

 ほらよ、とデバイスを投げ寄こす。床に座り込んだエンダーの足の上に落下した。

 

「…………」

 

 冥土の土産。意外ではなかった。“ペラペラ喋るのは時間稼ぎか口封じをする前提”。何時かの言葉を思い出す。

 

「殺すつもりか」

 

「……余計なことを喋り過ぎたね。何でだろうな? あんたにあんな身の上話までしたのは。おかげで殺るしかなくなってたぜ。ま、一番簡単だわな。慣れてるし」

 

「……そうか」

 

「悪く思わないでくれよ。世の中、間の悪い時に間の悪い場所にいる奴にも責任がある」

 

「死ぬ前に一つ利口になれた」

 

「礼は要らんよ」

 

 直後に衝撃――袋越しに頭を狙った一発。見事額に命中した。その頭が跳ね上がり、直後に力を失い崩れるエンダーの体。

 

「……変わったやつだ」

 

 そう言って去っていく男の横顔を――エンダーは袋に開いた穴を通して目にした。

 

 

 その一時間後、管理局の救助が到着した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 アースラ内。エンダーは救助された後、アリシアや急遽駆けつけたプレシア、リニスに無事を確認された。その際何故あの場にいたのかの説明も求められたが、適当に誤魔化すしかなかった。その後一通りの治療(を受けるふり)と事情聴取を受け、今はクロノと共に艦内の廊下を歩いている。

 

 エンダーは難しい顔をして隣を歩くクロノに話しかける。

 

「あの女、何者です?」

 

「違法渡航者の一人だろうと見てる。今僕たちが担当している案件だ。次元世界を飛び回っては、そこにいる生物、もしくは魔導師から魔力を抜きとっている」

 

「魔力を……そんなこと言ってましたね」

 

 あの女性に言われたことを思い出す。アリシアからも同様の証言が得られている上に、なのはとアルフは実際に魔力を抜き取られていたらしい。相手はそのグループと見てまず間違いないだろうとのことだ。今その二人は、疲労とダメージで気を失ったフェイトとともに艦内の医療室にて眠りについている。

 

「レイジングハートやフェイトのデバイスにデータが残っている。それを解析すれば、もっと詳しく分かるだろう」

 

「はい」

 

「……ただしもう一つの、君を攫った一味については全く分からない。次元犯罪者であることは間違いないだろうが。現在調査を始めているが……どうにも手が足りなくてね。時間がかかりそうだ」

 

「そうですか……。あの、クロノ執務官」

 

 エンダーは少し迷った後、クロノに対して提案してみる。

 

「もう片方の集団なんですけど……少し私に任せてくれませんか?」

 

「君に? ……何か心当たりでもあるのか? 先ほどの事情聴取ではそんな話は出てこなかったが」

 

「心当たりというほどのものではなくて。ただの勘違いかも。……それを確認したいので、少し時間と機器を貸してもらいたいのです」

 

 訝しげなクロノに、予め用意しておいた言い訳を重ねる。さすがに彼も納得した風ではなかったが、最終的には特別に許可を出してくれた。そこにはエンダーに対する個人的な信頼も少なからずあっただろう。少し心が痛んだ――無視した。

 

「君も、つくづく厄介事に縁があるな」

 

「偶然ですよ。それに曲がりなりにも管理局員ですから。事件は生活の一部です」

 

 真面目くさって言うと、クロノからは苦笑とともに十年早いという言葉を頂いた。エンダーにはそんな彼がもの凄く大人びて見えた。

 

 医務室へ向かって歩く。先ほどフェイトが意識を回復したとの報告が入ったので、事情を聴きに行こうとしていたのだ。そして医務室前に到着すると――

 

「――あ」

 

 

 

 

 フェイトは目を覚ました。直後に目に入ったのは白い天井。見慣れたものではないその眺めに、少しの間ぼんやりとここは何処だろうかと考えを巡らせる。一瞬昔の研究室が思い出されたが、そんな筈はないと思い直す。答えが見つからなかったので首を巡らせてみると、そこには隣のベッドで眠るなのはの姿があった。

 

「あっ――!」

 

 記憶を取り戻す。あの夜なのはが突然襲撃されたこと、自分もまた襲われ、完敗したこと。アリシア――それにリーダー。

 

 慌てて体を起こす。すると、自分のベッドに突っ伏して眠っている少女がいることに気がついた。アリシアだ。近くのケージにはアルフもいた。みんな無事のようだ。

 

 安堵で胸を撫で下ろしていると、アリシアが身じろぎする。

 

「んー……フェイトぉ……?」

 

 寝ぼけ眼を擦りながら身を起こすアリシア。そしてフェイトが起きているのを目にすると、一気にその顔を明るくして抱きついていった。

 

「フェイトっ! 良かったー、目が覚めたんだ。大丈夫? どこか痛いとこない? 私が誰か分かる?

 

「う、うん、平気。大丈夫だよ」

 

 捲し立てるアリシアに、困ったように、照れたように応えるフェイト。そんなフェイトの姿にアリシアは少し冷静さを取り戻し、怪我人の負担になるかもとはっとして、バツが悪そうに離れた。

 

「そうだ。フェイト、なのはちゃんなら大丈夫だよ。なのはちゃんもアルフも魔力を抜かれちゃって気を失ってるけど、眠ってるだけ。すぐに目を覚ますよ。お兄ちゃんも無事だったから。みんな、大丈夫」

 

「うん。良かった……」

 

 明るく報告してくれるアリシアに、フェイトも頬を緩める。そして思い出す。自分は、この目の前の少女に言っておかなければならないことがあったと。

 

「……その、アリシア、ありがとう」

 

「え?」

 

「私を助けてくれて。あの人から守ってくれて」

 

 フェイトの言葉にアリシアは一瞬怪訝そうな顔をするが、すぐに事情を察して笑顔になる。

 

「ううん、当然だよ。言ったでしょ、私はお姉ちゃんなんだって。姉が妹を守るのは当然だもん。……今回は、あんまり、その、役に立たなかったかも、しれないけど」

 

 最後の方は落ち込んだしょんぼりした顔になり、俯くアリシア。そんな彼女に、フェイトは首を振る。今まで感じたことのない感情で、胸がいっぱいになりながら。

 

「ううん、違うよ……ちゃんと助けてくれた。……ありがとう……ありがとう、お姉ちゃん」

 

 そう、言った。言った後で気付いた。“お姉ちゃん”。自分は本当は、ずっとこう呼びたかったのだ。

 

 ふと、頬を熱いものが流れる。それは涙だった。フェイトは自分が泣いていることを理解し、何故だろうと疑問に思った。悲しいことなんてなかったはずなのに。そうしている内にも、自分の胸の中の、嬉しいような、悲しいような、心地良いような、苦しいような、そんな思いがどんどん大きくなって、涙も止まらなくなってしまった。俯いて涙を拭い続けるフェイトを、アリシアは胸に抱きしめ、優しく包み込む。何も言わずに頭を撫でてくれるその温かさが嬉しくて、自らの姉を抱きしめると、フェイトはその胸で静かに泣き続けた。

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 そんな二人の姿を、エンダーとクロノは部屋の外で目にした。

 

「……少し一服してこないか」

 

「……仕方ないな」

 

 やれやれといった風に肩を竦めるクロノ。いつも以上に仏頂面をしているが、それが緩みそうになる口元を押さえるためなのは明らかだった。部屋から踵を返すと、ちょうどこちらに向かってきていたプレシアとリニスに向かい合った。エンダーは静かに、とジェスチャーして部屋の方を指さす。そちらを覗いた二人はすぐに事情を察すると、顔を見合わせて静かに微笑む。そしてエンダー達の後に続いて、そっとその場を離れるのだった。

 

 

 


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