魔法ニンジャ活劇   作:ダニール

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第二話

 

 

 第二話

 

 

 管理局地上本部。ミッドチルダの中心、クラナガンに存在する巨大な建物。時空管理局の地上部隊の本部。ひっきりなしに人が出入りするその建物のロビーで、エンダーはソファーに腰掛け人を待っていた。

 

『……ですので我々も今回新たに対策本部を設置し、早期の事件解決に向けてよりいっそうの努力を……』

 

 設置されたテレビには今朝のニュースが流されていた。内容は最近ミッドの至る所で問題となっている麻薬売買の話だ。どうもエンダーの知らない所で、いつの間にかかなり話題になっていたらしい。

 

 話題となっている対策本部とは勿論エンダーが先日配属されたチームの事である。本格的に活動を始めるのは来週からなので、この週末以降はまとまった休みを取ることは難しくなるだろうと先輩に警告されていた。

 

 エンダーとしてもこれは運が良かった。今日だけはどうしても休暇にしなければならなかったのだ。

 

『……必ず、早期にこのミッドから麻薬の脅威を取り除くと約束いたします。決して、あなた方を危険には晒し続けるような真似は致しません』

 

 どこかで見たような、厳つい顔をした管理局のお偉いさんが熱弁を振るっている。

 

 それをぼうっと眺めていると、奥から見知った二人組が歩いてくるのを発見した。彼女達は人を探していくかのように辺りを見回している。エンダーは立ち上がり、軽く手を振りながら彼女達に近づいていった。向こうもすぐに気付いたようで、安心したような表情を浮かべて駆け寄ってくる。

 

「リーダー!」

 

「それは止してくれと言ってるのに。……ともあれ久しぶり。フェイト、アルフ」

 

 長い金髪を左右で大きく二つに結んだ少女と、その少女に並んでいる活発な印象を受けるセミロングの女性。綺麗に着飾ったその二人の女性は、他でもないフェイトとアルフであった。今日は彼女達が晴れて表を歩けるようになる日であり、エンダーは彼女達を迎えに来ていたのである。

 

 

 

 前回の事件の結果、フェイトは不起訴処分となった。起訴しようとするには問題が多すぎたのだ。

 

 何せ彼女は幼く身元も不明で、また明確に管理局に敵対したと言う事実がもなかった。しかも口を開けば出てくるのは未来からタイムスリップしてきたなどという“与太話”ばかり。おまけに身体検査の結果洗脳と薬物の使用の形跡まで見られたとあっては、とても裁判などしようがなかった。

 

 それでも四ヶ月も彼女達が拘束されていたのは、彼女を利用していた人物ゴーストの行方、身元、そして紛失したロストロギアジュエルシードの在り処がいつまで経っても分からなかったこと、完全に“正気”を取り戻したのかの確認のため、そしてフェイト達が今後管理局での奉仕を希望したこともあってその為の教育をせねばならなかったこと、などの理由があったためである。

 

 そういう訳で色々と手間取ったが、彼女は無事全てのテストにパスし、今後の居場所も確保されたので、こうして本局から解放されることとなったのだ。

 

「それじゃあ行こう。君達の新しい家に」

 

 

 

 

 二人を連れて町を歩く。テスタロッテ家のあるアルトセイム地方まではレールウェイを使って移動するため、駅に向かっているのだ。

 

「…………」

 

「……アルフ。そんなに警戒しなくても大丈夫だって」

 

「あ、う、うん。分かってはいるんだけど、ついさ」

 

 エンダーの後を着いてきながら、アルフはフェイトにピッタリ寄り添った状態で周囲に鋭い視線を飛ばしまくっていた。あまりに剣呑なので、その内職質されそうだとエンダーが止めに入る。まあ不安に思う気持ちは分からないでもないが。

 

「フェイトも。そんなに委縮しなくて良いんだぞ」

 

「は、はい。リーダー」

 

 首を竦めるようにして俯きがちに歩くフェイトに声をかける。が、あまり効果は無かったようで、ますます伏し目がちになってしまう。

 

「やっぱりこっちは戸惑う?」

 

「はい……。人が多くて、その……視線を感じますし」

 

「視線かぁ……」

 

 こういう人ごみには慣れていないらしい。視線というのも彼女が過敏に反応しているだけで、実際は道行く人はこちらの事など気にも留めていないものだが。

 

「……?」

 

 いや、そうでもないのか。今すれちがった男性は、エンダーの後ろの二人を目にすると軽く目を見張って見せた。注意深く周囲を観察してみると、そういう反応を示す人はそれなりにいる。

 

 改めて自分に着いてくる二人を見てみる。

 

「……二人とも、綺麗だな」

 

「? え、な、なんだい急に。褒めたって何も出てきやしないよ?」

 

「…………」

 

 唐突な褒め言葉に、アルフはうろたえ、フェイトは更に縮こまった。

 

 エンダーは意識していなかったが、実際二人ともかなりの美人さんである。それに加えて今は綺麗に着飾っている。人目を引くのも全く不自然ではなかった。

 

「それはテスタロッサさんから?」

 

 管理局の配給品にしてはお洒落すぎると聞いてみる。

 

「わ、私はもっと地味なので良いって言ったんだけどね」

 

「うん。プレシアさんが、今日はこの服を着て来なさいって。おかしくないかな?」

 

 慣れぬスカートに顔を赤くするアルフと、フェイトがちょこんと裾を持ち上げながら聞いてくる。

 

「全然大丈夫だ。よく似合っているよ」

 

 そう正直に答えると、二人とも安心したように微笑んだ。

 

 テスタロッサ家の三人(エンダー除く)は、この四ヶ月間可能な限りフェイトへの面会の為、本局を訪れていた。週末は必ず泊まり込みに行っていたぐらいである。そのアプローチが実を結び、当初は遠慮していた彼女達をテスタロッサ家に引き取ることに同意させることに成功したのだった。

 

 とりあえずフェイトには、そこらの雑貨屋に売っていた麦わら帽子を被せておくことにした。少し大き目で顔が隠れてしまうが、その方が彼女は安心するようで、以降比較的緊張を解けるようになった。

 

 

 

 

 クラナガンの駅から特急に乗り、ミッドチルダ南部アルトセイムを目指す。これから数時間は電車の旅である。

 

 電車の中での話題は、専らこの世界でエンダーがどのように生きていたのかだった。フェイトが質問してきたのである。

 

 エンダーも快く話をしていたのであるが、効いているフェイトの態度が、真面目というかごく真剣な様子だったのには少し面食らった。

 

 しかし考えてみればその理由も容易に想像がついた。彼女は不安なのだ。今日から彼女は新たに家族の一員となるのだが、上手くその中に溶け込めるかが心配でしょうがないのだ。だからこそ、エンダーという“成功例”の経験談を聞き、そこから上手くやるための秘訣を見つけ出したいのだろう。

 

 少々気負い過ぎな気もするが、彼女自身溶け込もうと前向きなのは良いことだと思うので、微笑ましく見守ることにする。家で待つ三人のことを考えるに、溶け込めないことの心配をする必要はないように思えた。

 

 

 

 しばらくしてエンダーが手洗いから座席に帰ってくると、そこには隣のアルフに寄りかかって眠るフェイトの姿があった。胸には麦わら帽子を抱えて、安らかな寝顔を晒している。エンダーは起こさないように静かに向かいに腰掛けた。

 

「最近よく眠れてないみたいだったから」

 

 今日への不安と緊張で、と言いながらアルフはフェイトの頭を優しく撫でる。慈愛に満ちた動作だった。

 

「ここでは簡単に眠っちゃって。びっくりしちゃったよ」

 

「電車には催眠効果があるからな」

 

 肩をすくめながら応える。彼女の寝顔は本当に穏やかで、無防備に見える。

 

「……慣れてるな」

 

「ん?」

 

「いや、板についてると言うか。フェイトの保護者みたいな」

 

 寄り添いあう二人を見て、そんな感想が浮かぶ。

 

「まぁ、ずっと一緒だったからね。ドクター達が役に立たないから、私がフェイトを支えないとって思ってたし」

 

 アルフは少し照れたような、それでいて誇らしいような気持ちを滲ませる。

 

「こっちに来てから、大変だったんだよ。ご主人様は」

 

「…………」

 

 エンダー達の間で“こっち”とは、この時代の事だ。フェイトが連日必死になって活動をしていたのはエンダーも知っている。どんな顔をして、任務に励んでいたのかも。

 

「その……ありがとうね、リーダー」

 

「?」

 

「管理局でフェイト達の為に証言してくれたり、こうして新しい居場所を用意しておいてくれたり」

 

「……どっちも俺はあまり役に立てなかったんだがな」

 

 謙遜でも何でもなく、エンダーは素直にそう思う。

 

 フェイトが不起訴になったのは単純に今回の事件が起訴に持ち込める様なものではなかったからだ。未だ記憶喪失で身元も不明なエンダーの証言など証拠能力は低い。彼女達がテスタロッサ家に引き取られることになったのだって、別にエンダーが何を言わなくともそうなっただろう。

 

 エンダーが地球に行ったりしなければ彼女達がテスタロッサ家と出会うことも無かったのだから、そういう意味ではエンダーのおかげと言えなくもないが、それはもう風が吹けば桶屋のレベルであって、自慢げに自分の功績だなどと言えるものではない。

 

 そもそもエンダーが地球に向かったのは謎の焦燥感に襲われての話である。そしてそれは、今考えてみれば自分に施されていた条件付けのようなものだったのだろう。未来の人間が、エンダーが確実に地球に行きジュエルシードと接触できるようにするために施した。

 

 しかし深く感謝してくれているアルフに対してそんなことを一々説明するのも空気が読めていない気がする。

 

「……それじゃあ、俺の落ち度を帳消しにしてもらおうかな」

 

「落ち度?」

 

「地球で、二人が大変な時に助けになってやれなかったこと」

 

 呑気に記憶喪失になっていたからなと言う。

 

「でもそれはリーダーのせいじゃないじゃないか」

 

「俺がちゃんとしていれば、フェイトだってあれほど傷つく必要は無かったかもしれない。もっと穏やかな方法があったかも。……一度謝っておきたかった」

 

 それに、とエンダーは続ける。

 

「俺は二人の“リーダー”なんだろ。やっぱり、俺に責があるんだよ」

 

 そう言って締めくくり、アルフの表情を窺う。

 

 アルフは少し黙って考えていたが、やがて顔を上げると、少し呆れたような、それでいて可笑しそうな顔をして

 

「分かったよ、エンダー」

 

 そう応えた。

 

 窓の外を見る。都会を離れ、徐々に建物が少なくなってきていた。風景が緑溢れる自然に移り変わっていく。心なしか、時間の流れまで穏やかになったよう。

 

 ――このことは後で、フェイトとも話をしないとな

 

 目的地に着くまで、そんな景色を眺めて過ごした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 数時間後、アルトセイム地方に到着する。結局最後まで寝ていたフェイトを起こし、駅からバスに乗って時の庭園の最寄りまで移動する。

 

 そこから少し歩くのだが、周囲の風景にフェイトとアルフは困惑し始めていた。

 

「ねぇ、エンダー。私達は一体どこに向かってるんだい……?」

 

 既にこの辺りに民家は無く、前には大きな森が広がっているだけだ。遠くの方に山脈が見え実に自然豊かな場所ではある。そしてその奥へ続く道が一本あるが、その先に町があるようにはとても見えない。

 

「どこって、君達の住むところだよ。ほら、もう着いた」

 

 エンダーはどうぞどうぞと言いながら、二人に進むように促す。ここに来て流石の二人も表情を硬くする。からかわれていると思ったのだ。

 

 そんな二人を内心面白がりながら、どう説明しようかと考えていると、道の奥から巨大何者かが姿を現した。

 

「!?」

 

「こ、こいつは一体?」

 

 目を見張る二人。出て来たのは、全長三メートルはある巨大な人形だった。エンダーには分かったが、プレシアの傀儡人形である。

 

 思わず警戒する彼女達だったが、その巨人が二人の前で実に優雅に礼をし膝をつくと、益々訳が分からないとエンダーに助けを求めた。エンダーは愉快そうに笑い「彼が乗せて行ってくれるそうだ」と言うと、おっかなびっくり差し出された手に掴まってみた。その巨人は、大きさに見合わぬ繊細な動きで二人を肩まで持ち上げると、静かに立ち上がり、道の奥へ歩き始めた。それに続いてエンダーも歩きはじめる。

 

 しばらく木々のアーチを潜った後、森を抜ける。明るい陽の光に一瞬目を細め、その次の瞬間視界に飛び込んできたものに、巨人の肩の上で落ち着きなく身をよじらせていた二人も、目を見張った。

 

“フェイトとアルフ ようこそ時の庭園 私達の、あなた達の家へ”

 

 そう書かれた横断幕が広がり、そしてその先に何体もの傀儡人形が二列になって並び、道を作っている。少し離れた場所にある巨大な城まで。

 

 クラッカーや花火が鳴り響き、花吹雪が舞う道を、二人は巨人に抱えられたまま進んでいく。彼女達は完全に圧倒され、言葉も無く固まっていた。

 

 その道の先。城の近くの広場では、一人の少女が笑顔で大きく手を振り、その後ろで二人の女性が穏やかに微笑んでいた。

 

 

 

 

 歓迎会開始からしばらく後。椅子に腰かけ受け取ったジュースを飲みながら、エンダーは少し離れた所にいる二人の少女を眺めていた。彼女達は今通信機の画面を覗きこみ、その先にいる少女――なのはと話をしている。会話の内容は聞き取れないが、アリシアはいつも以上にニコニコと笑い、フェイトは少し涙ぐんでいるようだ。さもあらん。初めての友達と、四ヶ月ぶりの再会である。

 

 しかしこうして見ると、アリシアとフェイトが思ったより似ていないことに少し驚いた。顔つきという意味では双子と言っても良いくらいによく似ているが、体型は既に大分異なっている。

 

 フェイトの年齢は、本人の自己申告により九歳――アリシアより一つ下――なのだが、彼女の身長は既にアリシアより高くなっている。彼女が特別背の高い子だと言う訳ではなく、アリシアが平均より大分低いのである。並んで見ると、殆どの人はフェイトの方が年上だと思うだろう。

 

 出会った当初は見間違えるくらいそっくりだと思ったんだけどなぁ、と不思議に思いながらコップに口をつける。

 

「あら、エンダー。どうしたの一人で考え込んじゃって」

 

 そうしていると、近くに寄ってきていたプレシアに声をかけられた。

 

「いえ、ただ俺の時はこんなに盛大に祝ってくれなかったなって拗ねてるだけです」

 

 それっぽく声音を作ってみると、プレシアは可笑しそうに笑った。そのまま近くにあった椅子に腰かけ、エンダーと並ぶ。

 

「アリシアが張りきっちゃってね。今日から妹が出来るんだって。……それとエンダーも寂しがる必要はないわよ。あなたにもプレゼントを用意してあるから」

 

「プレゼント?」

 

「ええ。後でリニスから受け取ってちょうだい」

 

 何だろうか。とりあえず期待しておこう。

 

「……それで、どんな感じですか? 彼女達」

 

「固いわね。まずは“プレシアさん”を“お母さん”にすることが課題よ。……でも、上手くいくと思うわ。二人ともいい子だし、前例もあるわけだしね」

 

 悪戯っぽくこちらを見ながらそう言うテスタロッサさん。勿論、上手くいくだろう。エンダーでも大丈夫だったのだから。しかしそこでプレシアは少し表情を曇らせる。

 

「どうしました?」

 

「……問題が、ない訳じゃあないのよね」

 

 難しそうに言い、背もたれに体を預ける。

 

「……フェイトの学校。どうしましょうかって」

 

「……あぁ」

 

 その一言で大体問題を把握する。フェイトはまだ子供だ。今の内から管理局一本で生きていく訳にはいかない。当然学校に行く必要が出てくるだろう。しかし――

 

「難しいですかね」

 

 ここに来るまでのフェイトの様子を思い出す。人ごみや視線を気にし、委縮しっぱなしだった彼女の姿を。

 

「出来るだけ早い内に決めたいと思ってるのよ。時間を空ければ空けるだけ、馴染むのが難しくなるでしょうし。でもねぇ……」

 

 言葉を濁すプレシア。フェイトの心情に関しては、これまでも頻繁に面会に行き交流してきた彼女の方がよく知っている。その彼女が心配するのだ。

 

「アリシアは学年が違っちゃって目が届かないだろうし。やっぱり学校でも近くでフェイトをフォローできる人が必要だと思うのよ」

 

 溜息をつき、首を振る。

 

「……過保護だと思う?」

 

「いえ、彼女はちょっと特殊ですから」

 

 まずはそれぐらいで良いんじゃないでしょうかと応える。プレシアが既に我が娘のようにフェイトの心配していることが、エンダーは嬉しかった。

 

 しばらくそのまま黙って、庭の様子を眺め続ける。アリシア達はまだ通信機に向かいっぱなしで、アルフはというと、なにやらリニスと話しこんでいた。

 

「それで? 何か考えがあるんでしょう」

 

「……どうしてそう思ったの」

 

「テスタロッサさんなら、何も方法を考えてないとは思えませんから」

 

 多分どうすればいいかは、彼女の中で答えは出ているのだ。今はすこし悩んでいるだけで。

 

 その通りだったようで、彼女は水を一口飲むと、ゆっくり口を開いた。その方法とは、全く意外でもなんでもないものだった。

 

「地球に、ですか」

 

「ええ。あそこにだったら、フェイトを助けてくれる友達がいるから。手続きは面倒だけど、出来ないことじゃないわ」

 

 楽しげに会話する彼女達を見る。確かに彼女だったら、フェイトの力になってくれるだろう。間違いない。

 

「引越しですね」

 

「ええ。でもそうすると今度始めようと思っている事業が難しくなるのよね。まぁそれはいいんだけれども、なによりアリシアが……」

 

 プレシアが眉根を寄せる。エンダーにも何が彼女を悩ませているかが分かった。フェイトの転入の為に地球へ移住することとなれば、当然アリシアも転校することとなる。フェイトだけ行かす訳は無いし、アリシアだけ残していく訳も無いのだ。住みなれた町を離れ、今の友達とも離ればなれにさせてしまうことが、アリシアの負担にならないかを心配しているのだろう。

 

 正しい答えなど出せそうにない問題だった。もしかしたらプレシアの考えすぎなのかもしれない。フェイトはこちらの学校にも問題無く溶け込めるのかもしれない。下手に環境を変えることが、娘達二人にとって余計に負担になるのかもしれない。でも、もしかしたら……

 

 黙ってしまうプレシアに対し、エンダーも答えに窮する。大丈夫だと無責任に断言できる話ではなかったし、代案を用意することも出来なかった。

 

 その内に、アリシアがエンダーとプレシアを呼ぶので、二人とも椅子から立ち上がる。エンダーはそのまま歩いていこうとしたが

 

「ちょっと待ちなさいエンダー」

 

 そう呼びとめられて、プレシアの方を振り返る。プレシアはエンダーに近づくと、その髪を梳き、頬を撫でる。

 

「な、なんですか?」

 

 突然の事にうろたえる。そんなエンダーをプレシアはじっと見つめる。

 

「エンダー。あなた、少し疲れてるんじゃない」

 

「え?」

 

「ちょっとやつれたように見えるわ。お仕事大変なんじゃない。休みはちゃんと取れているの?」

 

 プレシアの予想外の言葉にエンダーは動揺するが、その内心を押し隠す。

 

「……まぁ、慣れない仕事ですから、多少は疲れもあるかもしれません。でも俺の身体は普通じゃありませんから。慣れてくれば、全然、大丈夫ですよ」

 

「そう……?」

 

「ええ。地上部隊の環境も年々良くなってきてますからね。労働時間の管理もされてますし、そうそう無理な仕事を任されることもありませんよ」

 

 プレシアは尚も納得していなさそうだったが、エンダーが後ろに回り、アリシア達の方へ押していくと、一応この話題をひっこめることにしたのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 その日の夜。寝静まった城の中、エンダーは一人起き、ベランダの安楽椅子に座りながら空間モニターを眺めていた。来週から始まる操作に備え、麻薬問題の資料を読み返してしたのである。

 

 手の中で四つのリングを弄ぶ。エンダーへの“プレゼント”であるこれらのリングは、それぞれが魔力整波装置となっている。エンダーの常時変動するリンカーコアの魔力波長を整え、安定して出力することが出来るようにするためのものである。ここを起点に魔力を放出することで機能するので、両手足首用に四つ渡されていた。

 

 リニスが主導して開発を進めていたようで、未だにエンダーを一人前の魔導師にすることを諦めていないその熱意に、エンダーは呆れながらも感謝していた。

 

 しばらくモニターを眺め続ける。過去に取引があったと思われる場所、考えられる麻薬組織、その規模と戦力、など。

 

 何故今になってこの手の犯罪が台頭してきたのだろうか。ミッドチルダの、しかも管理局地上本部の御膝元であるクラナガンでまで。ミッドにも密輸入品のルートは存在するため、そこを経由して入りこんだのだとは思うが、どう考えてもリスクに見合わない。しかも――

 

 エンダーは取引されている麻薬の種類を表に出す。そこには様々な薬物の名前が記載されているが、中でも強調されて表示されているものが一つあった。その名は“シオライト”。

 

 どこか他の次元世界で生産されている特殊な麻薬で、真っ当な良識を持つ人間ならば名前を聞いただけで眉を顰める代物だ。使用者に絶大な快楽を与え、しかも身体機能の向上までさせる効果を持つが、強力な依存性を持ち、一度嵌ってしまうと回復は絶望的とまで言われる薬物である。

 

 件の組織はこんなものまでばら撒いているのだ。これでは管理局が本腰をいれて捜査を開始するのも当然である。どう考えても長続きするはずがない。どこかの馬鹿が調子に乗って手を広げ過ぎたのだろうか。

 

 まあそういう疑問を考えるのは本職の捜査官たちなので、エンダーが頭を悩ませるようなことではないのだが。

 

 そんなことを考えながらページを捲っていると、ふいに人が近づいてくる気配を感じた。

 

「お兄ちゃん……?」

 

 アリシアだった。暗い廊下から、ベランダに出てこようとしている。反射的にモニターを全てオフにする。

 

「アリシア? どうしたんだこんな遅くに」

 

「何だか目が覚めちゃって。……お兄ちゃんこそ何やってるの?」

 

 そう聞きながらアリシアは寝ぼけ眼でこちらに向かって歩いてきた。そのまますぐ近くまで来ると、エンダーの座っている安楽椅子によじ登ろうとする。仕方なく抱えて、膝の上に乗せてやる。

 

「えへへー、気持ちいいね」

 

 小柄な彼女はエンダーの腕の中にすっぽりと収まってしまう。アリシアは嬉しそうに笑い、頭を擦りつけてくる。

 

 さっさとベッドまで送り届けてこようと思っていたエンダーだったが、その様子と、不思議な心地よさについ後回しにしてしまう。温かい一体感のようなものが、エンダーとアリシアの身体を包んでいた。

 

 少しぐらいなら良いかと思いなおし、アリシアの長く綺麗な髪を優しく梳いてやる。気持ち良さげに、猫のように彼女は喉を鳴らした。

 

「……そう言えばアリシア。昼、髪形変わってたな」

 

 ふと思い出す。いつもはその長い髪を左右で大きく二つに纏めている彼女だったが、今日は少し違った。左右ので髪をまとめているのは同じだが、後ろ髪はそのまま流してあったのだ。それが何と言う髪形なのかはエンダーは知らなかったが。

 

「うん。どうだった?」

 

「あぁ可愛かったよ」

 

 素直に褒めてやると、アリシアは嬉しいような、それでいて不満そうな表情を浮かべる。

 

「何か?」

 

「うーん……私としては“大人っぽくなった”って言ってほしかった」

 

「大人っぽく……」

 

 頭の中で昼のアリシアの姿を再生し、“大人っぽい”要素を探し出そうとする。が、思い浮かぶのは“可愛らしい”というイメージのみだった。残念なことに期待に沿えそうにない。

 

「いいよーだ。私の大人っぽさは、見た目じゃわからないんだから」

 

 そう正直に言うと、拗ねて口を尖らせる。そういった所が、子供っぽくて可愛らしいのだが。

 

 それにしてもどうして急に大人っぽさをアピールしようと思ったのか。……疑問に思う間もなく答えは出た。

 

「お姉ちゃんぶりたいのか」

 

「…………」

 

 アリシアは無言だったが、図星だろう。思わず小さく笑ってしまった。おそらくフェイトより子供に見られることを気にして、少しでもお姉さんっぽくなろうとしたのだろう。実に微笑ましい話だ

 

 笑われたことに気を悪くしてそっぽを向くアリシアを抱え直し、頭を撫でてやる。するとすぐに力を抜き、エンダーにもたれかかってきた。

 

「……ねぇお兄ちゃん。私、ちゃんとお姉さんになれるかな?」

 

「ああ、なれるさ。間違いなく」

 

 彼女なりに真剣に悩んでいるのだろう。不安げなアリシアに、エンダーは断言する。アリシアの明るさのおかげで、エンダーだって溶け込めたのだ。今回だって大丈夫だと、エンダーはそう信じていた。こんな言葉だけでアリシアの悩みが解消されるとは思わないが、少しでも気休めになればいいと思った。

 

「私ね、ちょっと考えたんだ。フェイトの今後のこと。フェイト、学校に行かなきゃならないでしょ。私ね、フェイトは地球の学校に行った方が良いと思うんだ。なのはちゃん達がいるし、その方がフェイトの為だと思う」

 

「そうすると、アリシアも転校になるぞ」

 

「うん。今の友達と別れちゃうのは寂しいけど……でも友達は離れていたって友達だもん。きっと大丈夫」

 

「……そうか」

 

 明日、テスタロッサさんと話をしよう。エンダーは思った。アリシアは自分たちが考えている以上にお姉さんで、妹のことを考えている。そう、教えてやろう。

 

 会話が途絶える。穏やかな星明かりに照らされ、辺りには鈴のような虫の鳴き声が静かに響く。

 

「……お兄ちゃん」

 

 寝てしまったかな、と思っていると、アリシアが小さく途切れ途切れに話しかけてきた。

 

「どうした?」

 

「……お兄ちゃん……大丈夫……?」

 

「……どうして?」

 

「ううん……でも、心配で」

 

「……大丈夫だよ。なんてことない」

 

「私ね、怖かったんだ。……お兄ちゃん、急に家出てっちゃうし。何だか、遠くに行っちゃうような気がして……」

 

「…………」

 

「そんなこと、ないよ、ね?」

 

「……あぁ。ないよ」

 

 その言葉を聞くと、アリシアは安心したように微笑み、今度こそ眠りに落ちていった。

 

 暫くしてリニスが戻ってこないアリシアを探しに来たので、彼女に任せる。

 

 リニスが眠ったままのアリシアを抱えて部屋に戻っていくのを見送ると、エンダーは再びベランダに戻ってきた。

 

『そんなこと、ないよ、ね?』

 

「…………」

 

 何故か、先ほどまで穏やかだった星明かりが、今はエンダーの心をチクチクと責め立てているような気がした。

 

「そんなことはない。……ない筈だ」

 

 じっと、夜空を見上げる。挑むように。言い訳するように。その空が白み始めるまで。

 

 結局その晩も、一睡もしなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 二週間後。エンダー達はクラナガンの端近くにある廃屋に来ていた。

 

「……駄目ね。ここもとっくにもぬけの殻か。予想はしていたけど、こうもハズレが続くと少し堪えるわね」

 

 夜逃げしたかのように――実際そうなのだろう――乱雑に荷物が持ち去られた部屋を見て、クイントが呟く。人に聞かせるつもりは無かったのだろうが、その内容はこの場にいる人間全員の内心を代弁していた。

 

 例の、麻薬問題に対する緊急対策チームが設立されてから今まで、彼らは全くと言っていいほど成果を上げられずにいた。

 

 この組織のやり方は徹底していた。これまで何人もの麻薬所持者、売人を捕まえて来たが、その誰もが捕まった時点で繋がりを切られてしまっており、そこから先へ遡れなかった。しかもやっとのことで“上”の拠点を突きとめたとしても、彼らは管理局に目を付けられたことを敏感に察知し早々に拠点を引き払ってしまうため、それ以上の追跡は更に難航した。またどのような方法を使っているのか、既存の密輸品流通ルートから追うことも出来ず事件解決を一層困難なものにしていた。相手は調子に乗った馬鹿なのではないと、局員たちの誰もがも認めざるを得なかった。

 

 クイントはこめかみを押さえる。しかしそんな事情は上のお偉いさんには関係ない話である。ただでさえ「さっさと解決しろ」とせっつかれているのに、この二週間毎回の如く「進展なし」という報告しかできないことで、彼女は非常につらい立場に置かれていた。今度またマッサージしてあげようと、エンダーは同情とともにそう思った。

 

 そういうエンダーは班の情報処理担当である。現場で得られた情報をまとめ、捜査官達に提出することで捜査の手助けをするのである。が、今回は得られる情報が少なすぎて、あまり役に立っているとは言い難い。今だって部屋に残されたパソコンからデータを吸いだしているが、大したものは残っていない筈だ。

 

 

 

 

 その夜、エンダーは相も変わらず自室で仕事を進めていた。昼間得られたデータの分析である。エンダーは班自体はクイントと同じ所に所属しているが、情報処理の仕事は複数の班を掛け持ちしているため、仕事量自体は結構ある。管理局の人員不足が如実に表れている話である。

 

 そんな中でも大抵の仕事が翌日には終わっているその早さから、チーム内でエンダーはかなり重宝されていた。普通ならどこからそんな時間を捻出しているのかを疑問に思うところだが、彼ら自身自分の仕事でいっぱいいっぱいなので、便利だと思いこそすれそこまでは頭が回らなかった。

 

 解析を続ける、が、案の定役に立つデータは残されていなかった。唯一発見されたのは、何らかのデータの破片だった。これがあまりにバラバラにされているため、元の姿が全く分からないのだ。

 

 ――またこれか

 

 エンダーはそれを見て思う。実はこれと似たようなデータが、これまでにも数回発見されていた。敵の情報を得るための貴重な手掛かりになるのではと思われ、今まで何度も復元が試みられていたが、全て失敗していた。しばらくして、そもそも他のデータが完全に抹消されているのに、このデータだけが残されているのは、おそらく本当に価値の無いゴミデータだからなのだろうと判断され、今では見向きもされなくなっていた。

 

「……?」

 

 何の考えも無くそれをぼんやり眺めていたエンダーだったが、一瞬何か、ほんの少し引っかかるものを感じた。一体何だろうとその正体を突きとめようとするが、考えれば考えるほどその答えは頭の奥に沈んで行ってしまう。

 

「…………」

 

 何か、頭の中身を突かれるような不快感を感じる。“これは放ってはいけないものだ”と直感が訴えているような。エンダーは忘れようとするのを諦め、この疑問の追及にかかることにした。

 

 一先ず今までに得られた似たようなデータの断片を全てディスプレイに表示する。全部で六つのデータが目の前に並ぶ。どれもそれぞれ別のデータの断片で、全体像は掴めない。

 

 暫くの間それらと睨めっこをすることになった。じっと眺めたり、順番を入れ替えてみたり、適当にくっつけてみたりする。

 

 そんなことを三十分ほど続けると、エンダーは自分の感じている感覚の正体が、おぼろげながら分かってきた。それは一般的に“既視感”と呼ばれるものだった。データの正体については全く分からないのだが、自分はこれと同じもの、もしくは似たものをどこかで見たことがある。

 

 思わず眉を顰める。エンダーはこの数ヶ月間データやプログラムに埋もれて過ごしてきたのだが、こんなものに見覚えは無かった。頭の中でこれまでの仕事、あるいは私事で触れてきたデータ、プログラムを思い起こし確認して見るが、それでも当てはまるものは見つからない。

 

 “放っておいてはいけない”

 

 頭の中の警告は益々強くなる。それと同時に、エンダーの頭にはある“最悪の考え”が浮かび始めていた。

 

 舌打ちをする。少し考えた後、キーボードに向かっていくつかの指示を打ちこむ。すると、エンダーのパソコンは流されたダミープログラムによって代わりの記録が残されることになり、外からの監視が不可能になる。更に現在接続している他の端末の状態と、隊舎内の監視カメラの映像がディスプレイに表示される。

 

 当たり前だが問題行為である。が、エンダーは別に悪事を働こうと思ってこんなプログラムを作成していた訳ではない。ダミープログラムに関しては、毎夜徹夜で仕事を続けていることが怪しまれないように、代わりの使用記録を流しておくためで、他に関しては皆が眠っている間、更に仕事も無かった時に暇を持て余して作っただけである。

 

 それらにより、こちらの状態を気にするような動きをしている端末や、近くに他の局員がいないことを確認する。それが済むと、エンダーは鞄からある機器を取り出し、パソコンに接続する。特定のある機器と通信をするためのデバイスである。

 

「……繋がったな。ジークフリート、起きろ」

 

 イアピースを取り出して装着し、エンダーは喋りかける。すると――

 

『失礼しました、エンダー様。私、少し“うとうと”しておりました』

 

 そんな、男性の声を模した電子音声がイアピースを通じて喋り返してきた。

 

 これはエンダーが製作した――これも暇つぶしで――支援AI、ジークフリートである。AIなので当然眠くなったりもしない。

 

「冗談はいい、ジークフリート。頼みがあるんだ。今俺がディスプレイに映しているデータを、過去俺が関わったプログラムの記録と照合してみてくれ」

 

『了解しました。…………照合完了。一致するものはありません』

 

「……お前は、このデータを復元できるか?」

 

『出来ません。損傷が大きすぎますし、ライブラリに登録されている如何なるデータとも、一致しません。復元は不可能です』

 

 この瞬間、エンダーはこのデータの正体が分かった気がした。ここまで探して見つからないということは、もう思い当たる節は一つしかない。気分が一気に暗くなる。鉛をコップ一杯飲み干したような重さを、胸のあたりに感じる。

 

 確認しない訳にはいかない。

 

「ジークフリート。ここから、アルトセイム地方の時の庭園、テスタロッサ家のホームサーバーに繋げ。俺のIDとパスワードで入れる」

 

『はい……繋がりました』

 

「そこから、プレシア・テスタロッサの個人用データベースに侵入しろ。パスワードは“私の愛しい娘”だ」

 

『入力……弾かれました』

 

 あれ、と思う。少し考えて

 

「だったら、“私の愛しい娘達”、でどうだ」

 

『入力……侵入完了』

 

 無事入れたようだった。エンダーは思わず苦笑する。すでに対応済みだったとは。

 

 すぐに気持ちを切り替える。

 

「その中で、被験者αの医療記録ファイルを探し出してこのデータと照合しろ。隠しファイルだ」

 

『了解しました。……ファイル発見。照合します』

 

「…………」

 

 固唾を飲んで待つ。結果はすぐに出た。

 

『照合完了。六つのデータ全てと一致する部分を発見しました』

 

 “一致した”。予想通りだった。最悪なことに。

 

 被験者αとは五年前、エンダーの体を検査していた医者が、エンダーに付けていた名前である。まだ自分が、アンドルー・アヴェンタと名付けられる前。

 

 “あの医者”が

 

 その医療記録とは、彼の検査によって得られた被験者の身体に施されている特殊な技術をまとめたものだ。未来技術の。

 

 データの破片は、あの時医者より渡されたものと完全に一致した。

 

 エンダーのデータと。

 

 

 

 

 


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