魔法ニンジャ活劇   作:ダニール

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第二部 シャドウナイト
プロローグ


 

 

 プロローグ

 

 

 警告。あなた方は監視されている。待ち伏せの可能性あり。警戒を。

 

 影の中より

 

 

 

 新暦67年。時空管理局地上部隊隊舎の一室にて、ゼスト・グランガイツは思案に耽っていた。理由は自らの端末に送られてきた一つのメッセージだ。差し出し人も何も書かれておらず、返信も不可能な完全に匿名な状態で送られてきたその内容は、今の彼には到底無視できるようなものではなかった。

 

 彼が引きいるゼスト隊は、現在戦闘機人と呼ばれる存在の調査を行っている。

 

 戦闘機人とはいわゆる人造人間のことであり、人間と機械のハイブリッドだ。彼らは魔導師に代わる戦力として研究が進められてきたが、抱える倫理的問題により現在では法律で禁止されている。

 

 しかしここ数年ほど前から、何者かによって戦闘機人の研究が再開されていることが判明した。それもかなり本格的に。彼の部隊はその実態をつかむために奔走し、明日もまたミッド郊外にて発見された研究所の調査に向かうところだったのだ。

 

 彼はもう一度画面に移された文章を見つめる。“監視されている。待ち伏せの可能性”。

 

 監視――その言葉はゼストにはいやに実感を伴っているように見える。実際彼はしばらく前から、何処からか誰かに見られているという感覚を背筋に感じていた。このような職業だ、そのようなことは珍しくも無いと放っておいたのだが、今となってはその視線にはこれまでにない暗く重い感情が込められていたように思えるのだ。

 

 一つ溜息を吐き、もう一つのウインドウに表示されている画像を見る。そこには何処かの建築物の見取り図が表示されていた。それが、ゼストにこのメールはただの悪戯ではないと確信させたものだった。メールに添付されてきたそれは、まさしく彼らがこれから調査に向かおうと考えている研究所の物だった。果たしてどのようにして手に入れたのか。彼ら管理局ではついぞ発見できなかったものだというのに。とにもかくにもこの相手はゼスト隊の作戦内容すら完全に把握しているということになる。

 

 椅子の背もたれに体重を預け、目を瞑る。罠だろうか? しかしその意図が読めない。どのような理由があれば待ち伏せすることを予め教えようとするのか。この見取り図が偽物の可能性? 当然完全に信用はしない。牽制か? 時間稼ぎの為の。……やはりしっくりこない。これが敵からのものだとすると、そのメリットが薄すぎる。では味方なのか?

 

 しばらくその可能性を頭の中で転がしてみるが、結論は出なかった。目を開ける。再び謎のメールが目に入る。その時、そのメールの送り主に引っかかりを感じた。

 

 “影の中”。名前はそうなっている。本名の訳は無いと無視していたのだが、その“影”という単語に引っかかったのだ。影――シャドウ――

 

 

 ――シャドウナイト。そう、そんな名前だったか。一年ほど前からミッドチルダに突如出現し、夜の街を騒がせている者の名は。

 

 その男――だと思われる――は黒衣に身を包み刀を背負い、夜になると何処からともなく現れ犯罪者を痛めつけ捕縛していく自警市民で、その過剰な暴力の繰り返しにより今では管理局からも半ばお尋ね者となっている。その実態は謎に包まれており、今に至るまで接触者はいない。彼の名、シャドウナイトも本人が名乗っている訳ではなく、陽を嫌い影に生きるその姿にヒーロー性を見出した一部の市民が勝手に名付けたものが広まっているだけである。他にも吸血鬼だとかクモ人間、コウモリ男などと、二つ名に事欠かない。尤も彼の部下である女性に言わせれば、あれはニンジャというものらしいが。

 

 最近ではメディアでも取り上げられるようになってきており、地上の平和を守る者としてゼストも頭の痛い思いをしている。犯罪者しか相手にしないとはいえ勝手な自警行為は管理局の権威に傷をつけるし、さらにその動向から考えるにほぼ間違いなく管理局と通じているのだ。内通者がいるのか、それとも管理局員が扮しているのか。どちらにせよ近い内に対策を取れと言われるのは確実だった。

 

 彼、なのだろうか。このメッセージを送って来たのは。ゼストは考える。今までこのように彼から接触があったと言う者は聞いたことが無い。犯罪者であるならば、それがテロリストだろうと違法技術の研究をしていた管理局員だろうと関係なく叩きのめしていく人物ではあるが、今回に限って何故連絡を? 戦闘機人との関わりは?

 

 ゼストはもう一つ大きな溜息を吐くとそのメールの内容をプリントし、元のデータは完全に破棄した。そして、一人で考えていても答えは出ない、そう思い部下の元を訪ねるため部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 翌日。ミッドチルダ郊外、人気のない地区にある目的の施設の入口前に、ゼスト隊の姿があった。昨夜の話し合いの結果、作戦決行に変更無しと決まったのだ。理由は単純。これはチャンスだと判断したのだ。罠にせよ何にせよ、この場所には何かがあるのは間違いない。数年に及ぶ捜査によっても戦闘機人事件については未だ黒幕の尻尾すら掴めていない有様だ。不安要素こそあれ、この機会を逃せば次があるかは分からない。その思いが、彼らを作戦実行へと駆り立てた。

 

 だが警戒を怠っている訳ではない。今回はただの施設調査ではなく、ほぼ間違いなく敵の襲撃に見舞われるだろうことを想定して準備がされてきた。集められた十二人の魔導師は全て戦闘能力に秀でた者ばかりだし、各種装備も持ち込んでいる。余程の事態にも対抗できる筈と考えていた。ゼストとしてはもう少し人数とバックアップが欲しかったが、名目上ただの施設調査となっているこの作戦にこれ以上の人員は割けなかった。

 

 因みに例の匿名のメッセージについてだが、ゼストは信用できる一部の部下にのみ、その存在を知らせていた。彼女達もその内容については半信半疑だったものの、敵の罠である可能性は低いということには同意した。

 

 日の高く昇っている中、部隊が施設に侵入を始めた。四人を外に残してバックアップにし、後の八人を二つに分け、正門と裏門からそれぞれ内部の探索を行う。

 

 正門よりゼスト引き入る四人が突入を開始した。その際扉の開いた施設内部が地獄の入口のように見え、ゼストは軽く瞬きをしてその幻影を振り払った。一瞬後、地獄は消え、目の前には放置され埃のたまった施設内部だけが映ったが、一度抱いた不吉な予感までは拭えなかった。

 

 彼らは気付かなかった。施設に侵入を開始した彼らを、密かに監視する目があることを。彼らの一挙手一投足を捉え、噛み砕かんと待ち構える存在がいることを。

 

 だが彼女達も気付かなかった。ゼスト達が侵入したしばらく後、外の局員にも気付かれず、ひっそりと内部に侵入した者がいることに。

 

 

 

 

 

 施設の探索を続ける。予想通り地上階には目ぼしいものは残っていなかった為、次は地下の探索に移る。例の見取り図を信じるなら、この施設は地下五階まで存在する。そしてその情報は正しいらしい。間違いなく本命はこちらだろう。一つ一つのフロアがかなり広いため、探索には時間を要しそうだ。幸い電源はまだ生きていたため、明かりには困らなさそうだったが。

 

 二つあるエレベータにそれぞれの小隊が乗り込み、下降を開始する。階段は見つからず、地下に行く手段はこれしかなかった。ゼスト達は地下一階で降り、もう片方は五階まで下る。上と下から探索し、三階で合流することになる。

 

 

 

 地下五階。ゼスト達とは別のもう片方の小隊は慎重に最深部の探索を行っていた。その小隊にはクイント・ナカジマとメガーヌ・アルビーノという二人の女性魔導師が存在した。彼女達には、ゼストが信用できると思い、例のメールの存在も明かされていた。その為この探索中に敵からの何らかのアプローチがあるとほぼ確信しており、緊張を緩めることは無かった。その二人の雰囲気に影響され、同行するもう2人の局員も軽口は叩かずに黙々と探索を続けている。

 

 彼女達――特にクイントには、戦闘機人事件に対する並々ならぬ熱意があった。それは彼女が元々持っている正義感の為でもあるし、自らの娘達に関する為でもあった。彼女の娘は戦闘機人なのである。ある事件の際に保護した子供を自分の娘として育てているのだ。クイントは自らが子供を生んだ訳ではないが、その子たちを本当の娘のように愛していた。だからこそ、彼女にはこれ以上娘のような存在が違法に造られ、戦闘の為に生かされることを黙って見過ごすことが出来なかった。夫であるゲンヤも、そんな彼女の熱意を汲んで、前線に出ることへの反対を呑み込んでくれた。彼には本当に頭が上がらない。それにメガーヌにも。親友である彼女も一児の母なのに、自分に付き合わせる形になってしまった。

 

 停滞し淀んだ空気の中足を進めていると、一瞬黒い影が彼女達の前を横切る。何者かとデバイスを構える彼女達の先には――

 

「……猫?」

 

 クイントが呆気に取られたように呟く。一瞬彼女達の視線に入ったその姿は、間違いなく猫のようだった。この閉ざされた施設の、しかも地下にだなんて不自然極まる。その猫はすぐさま走り去り、奥へといってしまう。しばらくじっとしていたが、何も起こらないことを確認し、後を追うように歩を進めた。

 

 ふと、クイントは先ほどの猫の色を思い出す。黒――黒猫だった。不吉を運んで来たので無いといいのだが、と内心呟きながら、この階の大半を使う大部屋に足を踏み入れた。

 

「これは……!」

 

 メガーヌが衝撃に声を震わせる。そこにあったのは、幾つものカプセル――培養槽だ。人間が入るぐらいの。

 

「ここは……戦闘機人のプラントだわ。間違いなく」

 

 遂に当たりに辿りついたのだ。この施設は現在稼働していないが、詳しく調査すれば黒幕に通じる手掛かりも発見できるかもしれない。

 

 期待に胸を膨らませ、他の部隊に連絡を取ろうとしたその時――周囲が暗闇に包まれる。

 

 即座に警戒態勢に入る。デバイスに暗視機能を付与して視界を確保し、四人が集まり互いに背後を守る形になる。そこに通信が入る。上の階の小隊からだ。彼らは――

 

『――こえるか? 聞こえるか!? こちらは現在何者かの襲撃を受けている! 気をつけろ、奴らは魔力を――』

 

 切れる。繋ぎ直そうとするが、上手くいかない。阻害されているようだ。彼らは何と言おうとしたのか。魔力を――?

 

「クイント、拙いわよ」

 

 焦りを伴ったメガーヌの声に、クイントは意識を引き戻す。そこでようやく、自らの周囲の状況を理解することが出来るようになった。

 

「これって……」

 

 一体何時からそこにいたのか。“それら”は一瞬にして大群で彼女達を包囲していた。クモのように多脚を持ち、腕には大きな鎌を装備した異形の兵士達。機械の彼らはその感情のこもらないレンズに彼女達を映しながら、攻撃の開始しようとしていた。

 

 それに対し、応戦しようとするクイント達。だがここで更なる衝撃が彼女達を襲う。魔力が練れないのだ。魔力を体外に出して術を構築しようとすると、その構成が解けていってしまう。

 

 AMF(アンチマギリンクフィールド)

 

 クイントの頭に咄嗟にその言葉が浮かぶ。魔力の結合を解除するAAAランクの魔法防御だ。今まで知識としてしか知らなかったそれが、この空間中に展開されていた。

 

 流石にこの状況は想定していない。魔法の使用が封じられてしまうなど。一瞬頭が真っ白になる。部隊の中には既にパニックを起こしかけている者もいる。自分が抑えなければいけないのは分かっているのだが――

 

 じりじりと距離を詰めてくる異形の機械達。それに対しありったけの身体強化をかけ、拳を握りしめる。そして敵を迎え撃とうと悲壮な決意を固めた時――

 

『動くな』

 

 ――そんな声が、デバイスから聞こえて来た。

 

 

 

 

 

 

「……爆発?」

 

 地下三階に陣取っていた“彼女”は、突然の轟音と震動に不審げに呟く。ピッチリとしたボディスーツを身に纏った長身の美女である。冷たさすら感じるその瞳を僅かに歪め、彼女は自らの仲間に連絡を取った。

 

『クアットロ、何があった?』

 

『分かりませんねぇ。地下五階で突然爆発が起こり、天井が崩落したようです。カメラからの映像も途絶えちゃいましたし、ちょっと状況が掴めませんね』

 

 通信画面の向こうで、眼鏡をかけ、髪を左右で結んだ少女が応える。クアットロと呼ばれた彼女は不思議そうに、また密かに面倒そうに状況を報告する。

 

「不測の事態か」

 

『そうなりますねぇ。つきましてはトーレ姉様、是非下の様子を窺ってきてほしいんですけど……』

 

「いいだろう。退屈していたところだ」

 

 トーレと呼ばれた女性はそう応える。侵入してきた管理局員をクアットロの指揮の下、もう一人の姉妹であるチンクと自分、そしてガジェットドローンの大群によって迎え撃つのが今回の作戦であったのだが、このままでは自分だけ暇になってしまうところだった。折角試験の場が用意されたと言うのに、それではあまりに甲斐が無い。そう思い、下層へのルートであるエレベーターへと向かい始めた。暗い廊下を進む。

 

 その時彼女が“それ”に気付けたのは何故であろうか。戦闘態勢に入った鋭敏なセンサーに引っかかったのか、それとも戦闘機人である彼女にも存在する直感によるものなのか。理由は不明だがその一瞬、確かに彼女は“その存在”を知覚していた。

 

 IS発動。トーレの持つ先天固有技能が、彼女に爆発的な加速力を与える。そのまま、後ろを振り向くなどの愚行に時間を割くこと無く、前方へ自身を打ち出す。

 

 紙一重――まさしくその言葉通りのギリギリさで、振り下ろされた刃は彼女を捉えることなく空を切った。

 

 一瞬の後、素早く反転し相手を視界にとらえようとする。そこで彼女は瞠目する。ISにより引き離した筈の敵がすぐ目の前まで迫って――

 

 振り下ろされる刃に、咄嗟に自らの腕――インパルスブレード――を振るい応戦する。刃が接触しそして――

 

 

 

『チンクちゃん。そっちは放っといて、今すぐ三階に向かって下さらない。どうやらネズミがかかったみたいです』

 

『ネズミ?』

 

 地下一階にて戦闘を続けるチンクは、突然のクアットロの通信に眉を顰める。その間も視線は油断なく敵を見据えている。強い相手だ。AMFの影響下にありながらも、自分と互角の戦いを演じている。槍型のデバイスを構え、負傷した仲間を後方に庇いながら立つその魔導師は、傷ついて尚手強かった。

 

『“シャドウナイト”ですよ。どうやってか紛れこんでいたみたいですねぇ。今トーレ姉様と戦闘中です。不足とは言いませんが、念には念をということで』

 

『こちらは良いのか?』

 

『良いでしょう。どうとでもなります。それにドクターは“彼”にご執心のようですから』

 

 軽口のようにクアットロが言うが、そこには隠しきれない苛立ちと不満が含まれていることをチンクは聞きとった。そしてその理由も察せられた。ドクターが自分たち以上にそのシャドウナイトを気にすることが気に入らないのだ。

 

 とにかくチンクは了解し、彼らに背を向けないように後ずさりし撤退した。彼らは追ってはこなかった。

 

 

 

 トーレは荒れる自らの思考を力づくで宥めながら、眼前の敵から目を離すまいとした。その左手は無意識に右腕に伸びる。“なくなった右腕”に。

 

 あの一瞬、彼女の腕と敵の刃が交差した一瞬、タイミングが外れ彼女の腕に接触したその刃は、そのまま容易く腕を切り落としていった。抵抗も無く。スーツと強化筋肉、骨格を物ともせずに。現在その腕は敵の斜め後ろに転がっていた。

 

 相手を睨む。天井より奇襲を仕掛け彼女の腕を切り落した敵は、地面に降り立ち不気味に身体を揺らしていた。黒装束に深紅のマフラー、そしてその手には細身の刀身を持つ刀。額当てとマスクで顔を隠し、その燃え盛るように紅く、そして冷たさしか感じない瞳でこちらをじっと見つめるその姿は、間違いなく噂のシャドウナイトだ。

 

 その姿が跳ぶ――予備動作なく。そして高速戦闘用の戦闘機人である彼女をしても捉えるのがやっとというスピードで、こちらに切りかかってくる。自らのISとセンサーを最大限に発揮し、この閉所で敵を迎え撃つ。半ば以上勘で振るったブレードが敵の刃を防ぎ止める。エネルギー刃でなら止められるらしい。だが次々に振るわれる斬撃を全て見切るのは不可能だ。何とか距離を取ろうと、トーレは近くの部屋に飛び込む。後を追う影。

 

 飛び込んだ先で、トーレはそこにある机やら何やらを力任せに入口に向けて放り投げる。それをまるで曲芸かのように地面と天井を跳ねながら、あり得ない動きでかわしていくシャドウナイト。そのダンスが終わると、天井に張り付いたまま再びじっとトーレを見つめだした。蜘蛛か何かのように、四肢をついて天井に張り付くその姿は、トーレの背筋に冷たい汗を流させた。まるで巣にかかった獲物の気分だ。

 

 トーレは考える。ここは場所が悪いと。何とか通路からより広い部屋に場所を移すことが出来たが、この相手には気休めにしかならないだろう。そもそもトーレの性能はその飛行技能と合わさって広場向けだ。壁や天井まで使って跳び回るこの相手とは分が悪い。せめてあの刃が防げれば方法もあるのだが……。

 

 トーレが自らが目覚めてから初めて抱くこの形容し難い感情に苛まれていると、そこに一本のナイフが投擲された。天井の敵めがけて放たれたそれは、相手が直前で地面に落下したことで避けられた。そこに二本目のナイフが飛来する。読んでいたと言うように身体を捻る相手だったが――そのナイフは敵の真横を通り過ぎ様に爆発した。

 

 爆風の直撃を受け、相手は吹き飛ばされる。刀は手から離れ、彼は壁に叩きつけられ、そのまま床に崩れ落ちて動きを止めた。

 

「……チンクか」

 

 部屋に入って来た少女を見、トーレは言う。ボディスーツの上にコートを纏い、ともすれば十代前半にしか見えないほど小柄な長髪の少女。それがチンクだった。

 

「ああ。余計だったか」

 

「いや、助かった。奴は普通じゃない」

 

「……そのようだな」

 

 チンクは切り落されたトーレの腕をちらっと見、視線を吹き飛ばされた相手に移した。さすがにあの近距離での爆発は堪えたのか、その体はピクリともしない。

 

「ドクターは生け捕りが望みだったが」

 

 そう言って近づく。呼吸も止まっているようだ。爆風の直撃した右半身は見るも無残な有様に――

 

「……?」

 

 無残な有様に――なっている筈が、まるで無傷のように――

 

 直後、いきなり跳ね起きた相手の鋭い蹴りが飛んでくる。間一髪飛び退き回避するチンク。

 

「チンク! 後ろだ!」

 

 トーレのその言葉に従い身を伏せる。すると背後から、落ちていた敵の刀が勢いよく飛んでくるのをかわすことに成功した。敵は起き上がると同時に腕から魔力アンカーを射出し刀に引っかけ、引きよせ様に攻撃してきたのだ。

 

 チンクは即座に起き上がり、ナイフを召喚し連続で投擲する。回り込むように回避する相手。その先にトーレが待ち構える。振るわれる刀――明らかにスピードが落ちている――を掻い潜り、その腹に強烈な蹴りを食らわせる。堪らず吹き飛ばされる相手に向かって、チンクはISによって爆発物と化したナイフを投げ込む。逃げ場は無い。

 

 だが敵もさる者、蹴飛ばされながらも腰に手をやり、そこから十字型のナイフ――手裏剣――を取り出したかと思うと立て続けに投げ放ち、空中でチンクのナイフを迎撃した。

 

 爆発が両者を隔てる。仕切り直しか、と一瞬気を抜いたチンクの元に、爆煙を切り裂き一つの手裏剣が飛来した。どのような方法か、視認しづらく加工されていたそれは、反応の遅れたチンクの右目に突き刺さった。

 

「っ!!」

 

 慌てて引き抜きナイフを構え直すが、煙の晴れたその場には敵の姿は何処にもなかった。そこには切断され、人一人が通れるぐらいの穴が開いた壁だけがあった。

 

「壁を斬って逃げたらしいな……。チンク、大丈夫か?」

 

「……ああ。右目をやられただけだ」

 

 綺麗に切り取られた壁の穴を見つめながらチンクは応える。右目の機能は完全に喪失していた。

 

 そのまま二人で後を追うべきか思案していると、一際大きい音と揺れが地下を襲った。

 

『トーレ姉様、チンクちゃん。残念ですが引き上げ時ですよ。地下が崩落を始めています』

 

 クアットロの通信。あの侵入者は施設ごと潰してしまう気らしい。手間が省ける話ではあるが、追撃は難しいということでもある。

 

『……分かった。撤退しよう』

 

 一瞬間が開き、トーレが了解する。その一瞬は、あの敵を追撃すべきか否かの判断に使われたのだろう。チンクはその手に握る手裏剣に目を落とす。自らの目を貫いた、血濡れの手裏剣。手が切れるのも構わずそれを握りしめ、いつの日か必ず借りを返すことを誓い、チンクも撤退を開始した。

 

 

 

 

 

 謎の爆発によって施設の地下が埋まる中、ゼスト隊の隊員は全員辛くも脱出を完了していた。地下五階にいたクイント達は、あの爆発によって落ちてきた瓦礫によって動きを止められたクモ達を無視し、天井の穴から四階へ脱出。そこから散発的に襲いかかるクモを身体強化や近接魔法を駆使して何とか蹴散らし、エレベーターシャフトから上階へ向かった。途中の地下一階で、傷ついた隊員を抱えるゼストと合流し、なんとか全員を引っ張り上げ地上に帰還することに成功した。

 

 外の部隊は外の部隊で大変だったらしく、突如出現したクモ型ロボットに襲われ、施設内に引き篭もりながら何とかやり過ごしたらしい。

 

 AMFも解除され敵影も確認出来なくなった中、全員の無事と状態を確認しながら、クイントは地下で聞いた声を思い出す。あの後天井を爆破して敵の動きを止め、逃げ道まで用意して自分達を助けてくれた人の事を。あの人がいなければ自分達は間違いなく壊滅していただろう。

 

 その時ふと視界の隅で動く物を見つけ、そちらを見てみるとそこには一匹の黒猫が歩いていた。先ほどまで命のやりとりをしていた自分達を歯牙にもかけず、呑気に歩き去っていく。それを見ていると自分の緊張も徐々に解れてくる。そう言えばあの地下でも黒猫を見つけたけれど

 

 ――吉兆だったのかしらね

 

 そんなことをぼんやり考えながら、撤収の準備に取りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 研究所近くの森の中。日が暮れ始め、不気味な雰囲気が漂い始めたそこにある一本の木の枝に、一匹の黒猫が座り込んでいた。誰かを待つように身動き一つしなかったその猫は、何かを感知したかと思うと

 

「遅かったね、シャドウナイトさん。寄り道でもしてたの?」

 

 と人間の言葉で喋りはじめた。すると、何処からともなく黒い影が現れ、同じ枝に飛び乗った。

 

「尾行を考慮してね。しばらく様子を見ていたんだよ」

 

 その人影はマスクを外し、肩を竦めるようにして若い男の声でそう答える。

 

「用心深いことで……ってあなたその腕どうしたの!? スーツが吹き飛んでるじゃない」

 

 その猫は、男の右腕部分のスーツが無残に千切れ飛んでいるのを見ると、慌てて詰め寄った。対して、ああこれ、と興味なさそうにその男は腕を見る。

 

「ちょっと甘く見ててね。吹き飛ばされた」

 

「吹き飛ばされたって……“エンダー”?」

 

「もう治ってるよ。ご心配なくアリア」

 

 めんどくさそうに右手をひらひらと振る男――エンダー。その姿に猫――リーゼアリアは内心深い溜息を吐く。彼女達が心配する訳だ。致命傷でなければ傷じゃない、なんて思っているヤツが身内にいるというのはどれだけ心労だろう。しかもこの男はそれに全く気付いてないときてる。

 

「それより、どうだったんだ。研究所のデータは」

 

 話を変え、エンダーはアリアに問いかける。渋々それに応えようとするアリア。猫の姿が溶けて消えたかと思うと、そこには猫耳と尻尾を生やした小柄な女性の姿が代わりに現れていた。彼女は首輪に付いている飾りを外し、起動させるとそれは端末型デバイスに変形した。

 

「ダメ。研究所に残されていたデータは全てコピーしたけど、あんたが探しているものは見つからなかった」

 

 デバイスに表示される情報を眺めながら、アリアはそう口にする。目を閉じ、黙りこんで聞くエンダー。

 

「つまりハズレってワケ。残念でした」

 

「……廃棄された研究所に、何か有用なデータが残されているなんて、期待してなかったさ。今回はあいつらと接触できただけ良しとしよう」

 

「戦闘機人」

 

「ああ。あの男製だろう。収穫はあった。全くのハズレという訳じゃない。」

 

「あっそ」

 

「素っ気ないな」

 

「どういたしまして。労力に見合ってない報酬は嫌いなの」

 

 ツンとそっぽを向くアリア。エンダーは苦笑しながらデバイスを受け取り、ベルトに収納する。

 

「……そういえばエンダー。あなた何時彼女達に会いに行くつもりなの? もう一年は帰ってないんでしょ」

 

「ああ、ロッテが代わりに行ってくれれば……」

 

「エ、ン、ダー!」

 

「冗談だよ。……でも今は駄目だ。あいつらを捕まえるまではな」

 

 そう流しながら、エンダーは枝から飛び下りる。それって何時よ、と呆れたようにもう一つ溜息を吐きアリアも続く。

 

「じゃ、今日は助かったよ。ありがとうアリア」

 

 はいはいと手を振りながら、アリアは転移の準備をする。そして発動する瞬間に

 

「それじゃ、お休みなさいシャドウナイトさん。そろそろ影から出て来なさいな」

 

 と言い残して、光とともに消えていった。

 

「…………」

 

 それを見届けるとエンダーはベルトから一つの装置を取り出し、スイッチを入れる。そしてそのまま感情の読めない表情でじっと暗くなり始めた空を見上げ――やがてその姿もその場から消失した。

 


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