魔法ニンジャ活劇   作:ダニール

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アナザーエピソードⅢ

 アナザーエピソードⅢ 五百年後の昔

 

 

 部屋の扉が開いた。入って来たのはこの部屋の住人の一人である少年。

 

「やぁ。一体何の呼び出しだったんだ?」

 

 その彼に、部屋に置いてある二段ベッドの上段からもう一人の住人が声をかける。

 

「い、いや……何でも……」

 

 明らかな挙動不審さで返答する。よく見るとその少年の顔色は真っ青で、心ここにあらずといった風貌であった。

 

 不審を通り越し何かあったのだと確信した彼は、ベッドから飛び降り少年の正面に降り立つ。そしてポカンとしている少年の握りしめている端末を奪い取る。

 

「あ! あ、ちょっと待ってくれ! それは……」

 

 慌てて止めに入る少年を無視し、そこに表示された情報を目にする。極短い文書であった。

 

「特殊処置の被験者として選抜……? おいこれは……」

 

 彼は振り返ってルームメイトに問いかける。当の少年はがっくりと肩を起こし、どうしようもなさそうに首を振る。

 

「……さっき上官に呼び出されて、それを渡されたんだ。僕は志願してないって言ったんだけど、“そんな筈は無い、お前のIDで登録があった。決定事項だ”って言い切られちゃって……」

 

 少年は絶望したように声を絞り出す。少年がそんな登録をしていないのは彼にも分かっていた。そんなことする訳がない。黙ってもう一度端末に目を落とす。“特殊処置”。曖昧な表現だが、それが何を意味しているのかは軍に所属している人間には明白だった。

 

 現在地球は滅びかけている。何故そうなったのか彼は詳しく知らなかったが、とにかく厳然たる事実としてそうなのだ。地球の資源はほぼ底をつき、人口分のエネルギーを生産することさえ出来なくなっていた。

 

 それに対し様々な対策が取られているのだが、この“特殊処置”もその一つである。簡単に言ってしまえばより少ないエネルギーでも生きていけるように人間を改造しよう、という計画である。軍が主導して行っているこの計画は、当初は志願者を募って行われていたのだが、今では志願する人間などいなくなっている。理由は簡単だ。“生きて帰って来たものがいない”。被験者として連れて行かれた者は皆、二度と彼らの前に姿を見せることは無かった。

 

 そして軍の方はそれでは困ると判断したらしい。その為強硬策に打って出た。登録した筈の無い人間が、何故か登録されている。彼は吐き気を覚えた。

 

 少年はベッドに腰掛け、呆然としている。少年には家族がいた。母親と妹だ。彼女らを養うために軍に入った。その結果がこれとは。たった数分の内に何十年も年を取ったような疲労を感じる。無意識のうちに涙が零れた。

 

 そんな少年の姿を見て、彼は決心する。一旦部屋を出、個人用通信機を手に取り、ある場所にかける。暫く話をし、切る。そして手に持っていた端末を見て頷く。

 

 再び部屋に入り、俯く少年に端末を差し出す。

 

「ほら、人違いだったとさ」

 

 何のことか分からずのろのろと端末を見た少年は、その瞬間衝撃で固まった。

 

 そこに書かれている名前が、自分のものではなくなっていた。それだけなら喜んだだろうが、しかし代わりに表示された名が、今自分の目の前にいる、ルームメイトであり親友でもある彼のものとなっていた。

 

「あ……え、え……?」

 

 衝撃は混乱へと変わり、少年の頭をかき回す。口をポカンと開けたままの少年を無視し、彼は荷造りを始める。

 

「…………どうして?」

 

 少年はようやく、それだけを口にした。

 

「ん、ああ。軍としては人員が欲しいだけなんだからな。“もしかして同室の自分と間違っていませんか?”と言ったら、あっさり変更してくれたぞ」

 

 背を向けたまま、何でもないように答える。その姿に、少年はむしろ怒りが沸き起こってくる。

 

「何だよ、それ……、間違いな筈ないだろ! こんな、あいつらが勝手に決めたことに! 死にに行くんだぞ! 俺の代わりだなんて、お前は何考えてるん……」

 

 混乱から変化した憤りをぶちまける少年の顔面に枕が飛んでくる。少年はその勢いでベッドに倒れ込む。

 

「うるさいやつだな。ここは喜び感激する場面だろ」

 

 彼は呆れたように言い、まとめ終わった荷物を担ぐ。元より私物は少ない。カバン一つで充分だった。

 

 彼は少年の前に立つ。顔に枕を乗せたまま、動こうとしない。

 

「お前は生きて家族を守らなきゃいけないだろ。俺は天涯孤独だったが、お前のお袋さんには世話になった。妹さんも懐いてくれた。恩返しの一つでもしようかな、って気にもなるさ。それにお前のようなひ弱な奴じゃあ、成功する処置も成功しないしな」

 

 そう言って彼は手に持っていた物を少年に向かって放り投げる。それは少年の腹に当たり、その痛さに思わずうめき声を上げる。枕をどかして見てみると、そこには黒塗りの鞘に納められた日本刀と、二つ折りの小さな端末が乗っていた。この時代に珍しい日本刀は彼の両親の形見であったもので、端末の方は……

 

「帰ってきたら返して貰うからな。失くすなよ」

 

 それだけ言って、彼は部屋を出ていった。その背に何の声もかけることが出来ず、ただ見送る少年。のろのろした動きで体を起こす。その際手帳が落ち、つい目で追う。少年にも馴染みのあるそれは、預金通帳端末だ。端末に挟まっていたらしい一枚のメモ帳と一緒に拾い上げる。そのメモ帳には、預金を引き出すためのIDとパスワードが書かれていた。

 

 五分間、身動きできずにそれを見つめる。そうしている内にじわじわと、得体のしれない感情が少年を塗りつぶしていった。そしてそれが限界に達した時、少年は部屋を飛び出した。泣きながら、叫びながら、腕を滅茶苦茶に振り回し、理性の欠片も無く走り続ける。

 

 彼に会わなければ、彼に追いつかなければ、彼を止めなければ――

 

 そして意識が闇に飲まれる。

 

 

 

 少年は医務室で目を覚ます。医者に話を聞くと、錯乱していた所を気絶させられ運び込まれたらしい。昨日の出来事だそうだ。

 

 部屋に戻る。少しだけ物の減った部屋。少年の目にはそれ以上に空虚に見える。日本刀と端末が変わらずにベッドの上に置いてあった。刀を手に取り、引き抜いてみる。美しい造詣の刀身に、自慢げに見せびらかす彼の姿が映っているような気がした。

 

 ただ、泣いた。

 

 

 

 彼は戻ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軍の廃棄物投棄所。小雨の降るその中で、何かを探しまわるように動きまわる人影があった。汚染された大気や雨から身を守るため防護服に身を包んだその人物は、あるところでふと足を止め、そこに捨てられていたものを珍しそうに眺める。

 

「何と、これは珍しい……」

 

 その人物は面白そうにそう呟くと、バイザーの中でにんまりと笑みを作った。

 

 

 

 

 

「“エム”! “エム”! おい居るんだろう、こっち来て手伝え!」

 

 しつこく呼びかける男の声にうんざりとしながら、エムが出てくる。

 

「やかましいぞ“アイ”。今度は一体何を拾って……おい」

 

「どうだ見ろ! 生きているぞ! 信じられん生命力じゃないか」

 

「お前ってやつは……」

 

 エムはアイが運んで来たものを目にして、思わず目頭を押さえる。

 

「軍の廃棄物投棄所に行ったんじゃなかったのか」

 

「行ったとも! そこで“この子”を拾ったんだ。おい、生きてるんだぞ。凄いじゃないか!」

 

「“これ”を生きていると言うのか……」

 

 エムは“それ”を見る。少年、らしい。確かに心臓は動いているようだったが自律能力は無く、既に廃人と言っていいような有様だ。身体中何らかの処置の痕が残されており、おそらくそれが原因だろう。

 

「で? これをどうしろと?」

 

「愚かなことを聞くな、エム。面倒をみるに決まっているだろう。ほらほらそこを退け。“エヌ”と“イ―”にも見せてやらんとな」

 

 そう言ってアイはエムを放って、それを背負って奥へとよろよろと進んでいった。その姿を見て、エムは大きく溜息を吐いた。

 

 

 

 ここは都市ドーム内の隔離区画。何らかの要因で、一般市民と居住を共にすることが出来ないと判断された者達が収容される区画だ。人口は少ないのだが、その中の更に人気のない場所に一つの研究所があった。そこにはある事情によりこの区画に放り込まれた四人の科学者たちが住み着いていた。

 

 同じ建物に住んではいるが、滅多に全員揃うことは無い彼らは、今回ばかりはあまりに煩いアイに根負けして一同に会することとなった。

 

 そこでアイは、自らが拾ってきた少年をお披露目する。期待に充ち溢れるアイだったが、周りの反応は冷たい。

 

「ぐ、軍の物を取ってくるなんて不味いんじゃない?」

 

「……“処理”の対象になるぞ」

 

 どもりがちな“イ―”に物静かな雰囲気を持つ“エヌ”。そしてバカバカしそうに首を振るエム。この四人がここの住民である。

 

「おいおい、真理の探究者たる科学者のはしくれともあろう者が、そんなことで臆してどうする? この子は捨てられていたんだ。ならばそれを拾ったところで彼らに文句を言われる筋合いなどあるまい。ほらエヌ、突っ立ってないで彼を見てやってくれ」

 

 アイは同居人の反応を気にせず指示を出す。エヌは渋々少年の元へ行って診てみることにする。

 

 

 

「苦しんでいるな」

 

「当然だろう。重度の薬物中毒だ。もはや薬無しでは生きられん」

 

「ちゅ、中和剤を使うのは?」

 

「中和剤中毒で、今度こそ死ぬな」

 

 容赦ないエムの言葉にアイは落ち込む。そこにエヌが戻ってくる。

 

「どうだ?」

 

「……長くないな。保って、三日だ」

 

 冷酷に告げられる。少年の全身は行われた処置と投薬によって殆ど壊死している。むしろ後三日も生きていられるのが不思議なくらいだと。

 

「ふーむ……。で? 治療法は?」

 

「は? おまえは何を聞いていたんだ。あれは死んだんだよ。助かる見込みは無い」

 

 懲りずに問いかけるアイに対して馬鹿にしたようにエムが応える。

 

「まだ死んじゃいない。で、どうなんだエヌ?」

 

「……方法は、無いと言っていい。肉体の損傷、汚染が大きすぎる。脳の損傷も酷く、義体に入れ替えることも出来ない」

 

「……イ―?」

 

「ぼ、僕はそういうのは専門じゃないから……」

 

 大げさに首を振って回答を拒否するイ―。アイは大きな溜息を吐く。そして同居人達を呆れたように見回す。

 

「君達は……正気か? もしかしてまだ眠っているのか? おい、その肩の上に乗っかっているものの中身は正常か? 地球上で最も優秀な人間達が雁首揃えているというのに、どうしてこんな子供一人助ける方法が見つけられないんだ? なあおい?」

 

 エムに指を突きつける。

 

「ナノマシン工学の専門家」

 

 次はイ―。

 

「エネルギー工学のスペシャリスト」

 

 そしてエヌに。

 

「人体改造手術技術者の第一人者」

 

 天井を見上げ、大きく腕を振り回す。

 

「大層な肩書ぶら下げておきながら出来ることは雛鳥のように“出来マセン出来マセーン”とさえずるだけか?」

 

「……元、だ」

 

 エヌがぼそっと口にする。

 

「俺たちはとっくに現場を追われた身だ。……そんな肩書に意味は無い」

 

「心まで錆び付いたか」

 

 アイは痛烈に皮肉る。そしてもう一度彼らを見回す。今度は失望と侮蔑を込めて。

 

「……いいだろう。ここにいるのはどうやら本当に役立たずばかりだったようだ。この子のことは私一人でやろう」

 

 捨てられるべきなのはお前達の方だったな、と呟き少年を乗せたベッドを押し、移動させようとする。そんな彼に対しエムが困惑した、されども何とか言い聞かせようとアイに話しかける。

 

「アイ、一体どうしたと言うんだ? 仲良しこよしって訳じゃあないが、私達は今まで波風立てずにやってきただろう? どうして今回に限ってそんな風になる? 何故だ?」

 

「それは君達にまだ人間としての良心が残っていると期待していたからだ」

 

「お前はこれまでも色んなものを拾っては直そうとして失敗してきただろう? それと何が違う?」

 

 アイはゆっくり振り向く。そこには今までエムが見たことも無いような感情が浮かんでいた。

 

「この子は物じゃない」

 

 それだけ言うと、アイは少年を寝かせたベッドとともに部屋から出ていった。

 

 その場には、何か鋭いもので胸を一突きにされたかのように表情を歪めた三人が残された。

 

 

 

 

 

 二日後。建物内にある大きな研究室の一つで、少年の治療が行われようとしていた。

 

 延命装置に繋がれ今や深い昏睡状態に陥った少年を前にして、アイは深呼吸する。正直、自分に上手く彼の治療が行えるとは思わない。この二日間必死になって勉強したが、この手の技術は門外漢なのだ。だがやらねば少年は助からない。

 

 心を落ち着かせようともう一度深呼吸をする。そして覚悟を決め、いざ治療を開始せんと装置に手を伸ばした時――突然部屋のドアが開け放たれた。そして運び込まれてくる様々な機械。そして馴染みの三人。

 

 勝手に入ってきて次々に作業を進める彼らをアイは唖然として見つめる。

 

「君達、これは一体……?」

 

「エヌ! 後どれぐらい保つ?」

 

「……五時間だ」

 

「時間が足りないな……。まず延命処置からだ。イ―! 電源を繋いでくれ」

 

「り、了解」

 

 アイの疑問を全く無視して彼らは何やら複雑そうな装置を少年に繋いでいく。何時の間にやら部屋の隅まで追いやられてしまった。何が起こっているのか分からないので手も出せない。

 

 

 

 五時間後。

 

「良し、まだ生きてるな。一先ず時間を稼ぐことには成功したか」

 

 エムが安堵の溜息を吐く。

 

「……皆さんお忙しいようですが、もし宜しければ是非今ここで何が起こっているのかお教え願いたいんですがねえ」

 

 恨みがましい声。結局部屋の隅で何もさせてもらえなかったアイのものである。そんな彼に今気付いたというようにエムが目を向ける。

 

「ああ居たのかアイ。そうだお前の治療計画を見たが、あれじゃあ最初の十分でこの子はあの世行きだったぞ」

 

「放っておいてくれ。……で? 一体何をしているんだ?」

 

「見てわかるだろ。治療だよ」

 

「何故急に?」

 

「それは……」

 

 エムは決まり悪そうに顔を背ける。

 

「……私の気まぐれに、理由などない」

 

「……ふーん、ほうほうほう。そうだったのか、へー」

 

 一転、気味の悪いニヤニヤ笑いを浮かべてアイが近づいてくる。露骨に嫌そうな顔をするエム。

 

「気まぐれね。いい言葉だ。それで? プランは練って来たんだろうな、君達?」

 

「ああ……エヌ」

 

 声をかけられたエヌが、隣の机の上に図面を引かれる。昔ながらの手書きだ。

 

「……まず、彼を元通りの身体に戻すことは不可能だ。再生処置で新たな肉体を生成する時間は無いし、前にも言ったが汚染がひどい。これでは全身を作りかえるしかない。脳以外はほぼ全てだ」

 

「どうやって?」

 

「私のナノマシンを使う。今の肉体にナノマシンを注入していき、変質させ既存の肉体の修復と入れ替えを行う。骨格や血液に関して別の処理が必要だが、とにかく身体に関してはこれで問題ない」

 

「君のナノマシンは馬鹿食いだったが、エネルギーはどうする?」

 

「ぼ、僕の反応炉を使用するよ。生体活動から生じる微細な運動を増幅させ、多量のエネルギーに変換するシステムだよ。理論上は充分賄える」

 

「発電量は?」

 

「す、推定出力は、これぐらいかな」

 

 イ―の差し出す端末を覗き込む。

 

「……戦艦でも動かすのか?」

 

「足りなくなるよりはいいだろう」

 

 肩をすくめるエム。それもそうかと納得するアイ。ちなみに反応炉製造には地球上にそうない希少な金属が必要だったのだが、そこに突っ込む者はいなかった。

 

「で? 私は何をすればいいんだ?」

 

「お前は雑用だ」

 

 

 

 

 

 治療から数十時間が経過した。薄氷を踏むような際どさで作業している彼らだったが、遂に足元にひびが入る時がやって来た。

 

「ま、不味いよエム。反応が弱まってる」

 

「ちっ、何が原因だ? エヌ?」

 

「……拒否反応が出ている。一部臓器がナノマシンに適応しようとしない」

 

「どうする?」

 

「……強行突破しかない。一度装置を切り、彼の反応を止める。その時に抵抗の無くなった臓器を取りかえ、蘇生させる」

 

「まるで手品だな。よしタイミングを計ろう……アイ? 何してるんだ?」

 

「装置を切るのか? これだな? 切ればいいんだな? なあ?」

 

 いつの間にかアイは少年の命綱である装置の前に立ち、電源レバーに手をかけていた。アイは長時間の手術のストレスと、イ―の“反応が弱まっている”の一言で、完全にパニックになっていた。今にも電源を落としそうなアイを三人が必死で止める。

 

「ま、待てアイ。まだ代わりの臓器が出来てない。もう少し待つんだ」

 

「まだか? まだなのか? もういいだろう?」

 

「待て、待て! アイ。頼むから……」

 

 まるで人質を取ったテロリストに対するように慎重に説得をこころみる。状況としては間違っていない。必死の呼びかけの甲斐あって、アイは徐々に正気を取り戻し始めた。

 

「さ、そこから手を離すんだ。……オーケー?」

 

「ああ。オーケー!」

 

 何故かそこだけテンションが上がり、アイは勢いよく頷くと同時にレバーを下ろした。瞬間時間の止まる三人。部屋には少年の心肺が停止した事を知らせるブザーが鳴り響いた。

 

「? 何だ、何の音だ?」

 

 そう言って身体を起こしながらレバーを引き上げるアイ。装置に再び電源が繋がる。すると――

 

「……は、反応あり、反応あり! 生き返った!」

 

 イ―が知らせる。何がどうなって無事にいったのか分からないが、とにかく少年は一命を取り留めた。安堵のあまり脱力するエム達三人を、アイが見回す。

 

「何だ君達もうバテたのか? 情けないなぁ全く」

 

 呑気にそんなことのたまうアイに、一番大柄なエヌが歩み寄る。彼はそのままその憎たらしい顔面をぶん殴った。鼻血を出して崩れ落ちるアイ。それ以降は床に寝そべったアイを踏みつけたり蹴っ飛ばしたりしながら手術を続けることとなった。

 

 

 

 

 

 数週間後。数百時間にも及ぶ手術――改造により、遂に少年の身体を再生することに成功した。

 

「終わった……な」

 

「……ああ」

 

「…………」

 

 三人は疲労のあまり喋ることさえ億劫になりながらも満足げに、手術台に横たわる少年を見つめる。規則正しく胸を上下させる彼は、今は眠りについているがその表情は穏やかで、モニターに表示されるバイタルにも異常は無かった。完璧だった。

 

「ふあぁーあー……。やれやれ週の始めは何故こんなに起きるのが大変なのかね。面倒な社会生活とはおさらばした筈なのにな。……ん? どうした。もしかして終わったのか」

 

 大きな欠伸をしながらコーヒー片手に入室してくるアイ。座り込む彼らとは対照的に呑気この上ない姿だったが、今回限りは深い達成感に浸っている三人の気分を損ねはしなかった。

 

「そうだ。全て問題ない」

 

「流石だ友よ。君達は間違いなくこの星で最も優秀な人間だよ。一見不可能に見えることを可能に変える。科学者の本懐じゃないかね」

 

 アイは珍しく混じりけなしの称賛を彼らに送る。満更でもなさそうに受け取る三人。彼らの間にかつて無いほど穏やかな空気が流れる。偶には悪くないなと思い始めるエム、エヌ、イ―。アイが少年の傍らに歩み寄り、その顔をまじまじと見つめこう言うまでは。

 

「まだ若いが、中々男前じゃないか? “アイ”よ」

 

「「「…………何?」」」

 

 今にも眠ってしまいそうだった三人が、その一言で同時に覚醒する。

 

「おいアイ……いまその子のことをなんて言った。気のせいか“アイ”って呼んだ気がしたんだが」

 

「その通りだよ。この子も名前が無いと不便だろう? 元の戸籍は抹消されていたし」

 

「……何故アイなんだ」

 

「私が拾って来たんだからな。私の息子ってことだろう。だから“アイ”だ」

 

 当然だろうと言うアイに対し、他の三人が猛反発する。そしてそこから泥沼の口論へ発展していく。

 

「ふざけろ! お前は本当に拾ってきただけだろうが。手術中足手まといにしかならなかったくせに息子とは笑わせる。いいか、この子の身体はその大部分が私が発明したナノマシンで構成されているんだぞ。むしろ私の息子と言う方が相応しい。名前は“エム”だ!」

 

「え、エムのナノマシンは僕の反応炉あってのものじゃないか。反応炉は謂わば彼の心臓だよ。だったら僕の子供と言う方が……」

 

「……計画を立てたのは俺だ。お前たちは些末なことを気にしすぎる。全体像を描いた人間こそが親と呼ぶにふさわしい……」

 

「だからそれは全部私が拾ってきたから!」

 

「お前は黙ってろ!」

 

「――――!!」

 

「――!」

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 一時間後。そこには息を荒くして座り込む四人の姿があった。先ほどまでの穏やかな空気は跡形も無かった。醜い争いの痕だけがあった。

 

「……分かった。オーケー。ここまでにしよう。そんなに君達に譲る気が無いと言うなら、もう全員分をつけてしまおう。エムと、私と、エヌと、イ―だ」

 

「……エム、アイ、エヌ、イ―。MINE(私の息子)か。いいんじゃないか」

 

「ぼ、僕も賛成」

 

「……いいだろう」

 

 全会一致となった。正直これ以上争う気力が無くなっただけだが。そして決着がつくと、彼らは全員床に崩れ落ち、そのまま眠りに落ちた。約一名気絶した。限界だった。

 

 中央のベッドでは、“マイン”と名付けられた少年が眠っている。何の不安も無い寝顔で、ただ目覚めの時を待っていた。

 

 

 

 

 

 一週間後。研究所では四人の科学者と、新しく加わった少年が暮らしていた。少年は無事覚醒し、ここの家族として迎え入れられたのだった。

 

「おい、マインは何処に行った?」

 

「か、彼ならアイの部屋だよ。呼ばれて行ったみたいだけど、何か用?」

 

「いや……そういう訳じゃないんだが」

 

 少し話がしたかっただけ、とも言いにくくエムは言葉を濁しながら席に着く。そこはいわゆるリビングに相当する部屋だが、今までは誰も使わず埃をかぶっているだけだった。それがマインが加わってからは、四人とも特に用がない限りはこの場所に集まるようになっていた。理由を話したことは無いが、多分全員同じだろう。

 

「それでアイの奴は今度は何の話をしているんだ? マインに変なこと覚えさせられると困るぞ」

 

「え、えっと……。確か今日は、“良心と爆弾”の話、とか言っていたかなぁ」

 

「なんだそれは?」

 

 分からないと言うイ―。エムは諦めたように首を振る。

 

「あ、アイもよく毎日話す内容を考えるよね」

 

「舌だけは回る男だよ」

 

「……あいつは飛んでくる銃弾でも、説得して思い止めさせられると信じているからな」

 

「早く実践してくれないかな」

 

 そんなことを話していると、部屋のドアが開き少年――マインが入ってくる。

 

「おおマイン。話は終わったのか」

 

「はい。ドクターエム」

 

 無表情に頷くマイン。

 

「アイはどんな話をしたんだ? 変なことなら聞かなくていいからな」

 

「いえ、とても素晴らしく感動でき、ためになる話でした」

 

「……本当か?」

 

「そう言えと言われました」

 

「今後一切あいつとは喋るんじゃない」

 

 全くあのアホは……と三人とも呆れる。それをぼうっと見つめるマイン。その表情にはやはり感情は表れない。

 

「……マイン、不調は無いか?」

 

「いえ、ありません。ドクターエヌ」

 

「そうか、少しでも異変を感じたらすぐに知らせるんだぞ」

 

「はい」

 

 エヌが表情には出さないが心配して声をかける。現状何とも無いとは言え、マインの身体は過去に無い施術を受け生き返ったばかりなのだ。経過を注意深く見守る必要がある。

 

「他に何か用がありますか?」

 

「いや、大丈夫ならいいんだ」

 

「分かりました。……ドクターイ―、昨日装置の移動を手伝ってくれと言われましたが」

 

「あ、ああそうだったね。新しく設置したんだけど重くてね。マインに手伝ってほしかったんだ」

 

「分かりました。行きましょう」

 

 そう言ってマインとイ―が部屋から出ていく。エムとエヌはそれを見送る。

 

「……カウンセラーが必要なのかね」

 

「…………」

 

 少し表情を暗くして、エムが呟く。目を瞑るエヌ。マインの身体は、現状不自由なく機能している。だが心はそうはいかなかった。軍の実験によって破壊しつくされてしまった彼の精神だけは、手術後も元通りにはならなかった。少年は基本無表情に指示を待つことしかしなかった。歯がゆい思いをしながらも、さすがにこの問題だけは打つ手を見いだせずにいた。

 

 だが例え機械のような反応しかせずとも、マインは彼らの息子だった。その思いだけは、全員が共通していた。

 

 

 

 

 

「マインの事が軍に知られた? 一体どうして?」

 

「……分からん。今朝急に通達が来た。マインを引き渡せとな」

 

 マインが拾われてから一年後。どうやってか、その存在が軍に知られることになってしまった。彼らはマインの引き渡しを要求してきた。

 

 廃棄物とは言え元々軍の物だったのだから妥当と言えなくもないが、今更そんな戯言に頷く彼らではなかった。

 

「きょ、拒否したら?」

 

「……強引に踏み込まれて、攫われるだろう」

 

 いかに優秀な頭脳を持つ彼れと言えど、軍からマインを守り通す術は持たなかった。下手すれば自分たちも処理の対象になる。いや、マインを守るためならそれでも構わないが、実際は犬死するだけだろう。

 

「ま、マインを一体どうするつもりだろう?」

 

「ばらして、研究用にする気だろう。貴重な成功例だからな」

 

「なんてこった……」

 

 苦々しく呟くイ―。何とかしなければと相談を続ける三人。そこに大きな音を立て、一人の男が飛び込んできた。

 

「よう! どうした君達暗い顔して? エムの料理でも食べたのか?」

 

 アイだった。いつもと変わらず気楽な様子だったが、今の三人に付き合う気は無かった。

 

「引っ込めアイ。今はお前に付き合っている時間は無い。知っているだろう、マインの事を軍に知られたんだぞ。お前も少しは頭を使え」

 

「使ったとも。方法ならとっくに考えたぞ」

 

「…………何?」

 

 意外な言葉にアイを見返す。アイは自慢げに語り始めた。

 

「名付けて“可愛い子には旅をさせよ作戦”だ」

 

 

 

「マインを過去に送る?」

 

「そうだ。残念ながらこの世界にはマインの平穏は無い。だったら違う世界に送ってやればいいだろうと思ってね」

 

「……待て。そもそもどうやってそんなことを?」

 

「私のタイムマシンならば可能だ」

 

「お前の? どうしてお前がタイムマシンなど持っているんだ」

 

「君達も知らない訳じゃあないだろう。私は時空間物理学者だぞ。タイムマシンを開発した一流のな」

 

「「「…………」」」

 

 知らなかった。というかこの男がまともな科学者だったということすら今初めて知った。

 

「……そんなことが出来て、何故この場所に送られた? その技術こそ、世界が欲しているものではないのか?」

 

 エヌが疑問を口にする。その技術さえあればこの滅びかけた世界を救えるのではないかと。こんな所で燻っている場合ではない。それに対してアイは肩をすくめて答える。

 

「役に立たなかったからさ。私のタイムマシンでは現在を変えることが出来ないんだ。“弦の理論”と言うものがあってね」

 

 そう言ってアイは後ろからギターを取り出す。エムの物である。何をと言うエムに対し、説明に使うんだと言うアイ。そしてその弦を一本を残して切り落してしまった。

 

「この弦が我々のいる時間軸としよう。私のタイムマシンで対象を現在から――」

 

 弦の上端を指さす。

 

「――過去に送る」

 

 下端まで滑らせる。

 

「これによって過去は変えられる。弦が弾かれる訳だ」

 

 アイは下端で弾く。間の抜けた音が響く。

 

「その影響は波のように時間軸を振るわせるが、当然端の部分は動かない。つまり現在は変わらないって訳だ」

 

 アイはギターをエムに返す。黙って受け取るエム。

 

「この理論には条件があってね。最低でも五百年は離れていないと飛ばせないんだ。五百年という期間が、起こされた波を収束させる。変えられた歴史を正常に戻してしまう」

 

 と言う訳さ、とアイが手を広げる。

 

「一つ聞いていいか」

 

「何だねエム?」

 

「何故他の弦を切った?」

 

「ああ、一度切ってみたかったんだ」

 

 エムは黙ってアイをぶん殴った。

 

「で、でもそんな許可が下りるとは思えないよ」

 

「……理由が無ければな」

 

 マインを逃がしたいからタイムマシンを使わせてくれなど認められる筈がない。

 

「ふふん、それがあるのさ。地球のエネルギー問題を解決出来るという、奴らが絶対に飛びつく理由がね」

 

 鼻血を拭きながら、アイが不敵に答えた。

 

 

 

 

 

 それから数ヶ月後。遂にタイムマシンが稼働される日がやって来た。

 

 軍や政府の人間の説得も上手くいった。五百年後の地球に存在したジュエルシードと言う高エネルギー体を確保し、月に隠す。そして現在においてそのジュエルシードを発見し、エネルギー問題を解決する。タイムスリップで現在を変えることはできないが、過去に埋められた物を現在で発掘し、そこから未来を変えることは可能なのだ。

 

 正直こんな理論だけで成り立っているような話によく許可が下りたと思う。いやそれだけ世界は追い詰められているということなのか。現在の地球の惨状を思い、少しだけ複雑な気持ちになるドクター達であった。

 

 ケージの中にマインが佇んでいる。彼を過去に送る人間にすることが、ドクター達が出した数少ない条件であった。

 

 マインは暫くの間軍に捉えられていた。この作戦の為の訓練を受けさせるのと言う。何をさせられるのか四人は心配になったが、ざっと確認した限り身体に手を加えられているようなことはなさそうである。だとすれば条件付けか暗示をかけられたのか。何にせよドクター達にはどうしようもなかった。

 

 そんな訳で碌に別れも言えないまま、マインはタイムマシンに入れられることになった。軍に持たされた何らかの装備を片手に相変わらず無表情のマイン。そんな彼を内心心配と寂しさで満たされながら見守る四人のドクター。

 

 装置が唸りを上げ、ケージの中身を過去へ送らんとする。秒読みが終了する直前――

 

「…………」

 

 マインはドクター達の方を向き、微かに微笑みながら手を振った。

 

 ゼロ

 

 その姿は消えてなくなった。

 

 

 

 その日は酔いつぶれるまで飲んだ。

 

 

 

 マインを過去に送り込んだ結果はすぐに分かった。月面からはいくら探してもジュエルシードは見つからなかったという。それどころか五百年後の地球からすらその反応が消えてしまったと。作戦は完全な失敗に終わった。

 

 尤もそれは軍や政府にとっての話であり、ドクター達には関係なかった。彼らの心配事はただ一つ。彼らの息子であるマインが過去において平穏無事な生活を手に入れられたかどうかである。残念ながらそれを確認する方法は無かったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから三年の月日が経過する。マインのいなくなったことで研究所も暗くなってしまい、全員が鬱々とした日々を送っていた。そんな彼らにまた突然の通達が舞い込む。なんとあのタイムマシンの作戦を再び決行するのだと言う。そして彼らの元へ一人の少女が送られてきた。

 

「おい正気か? あんな子供を過去へ送ろうだなんて!」

 

 画面を見ながらアイが喚く。そこには軍から送られてきた少女の姿が映し出されていた。長い金髪を二つにまとめた美少女だが、今は無表情に部屋の中のベッドに腰掛けじっとしていた。軍は彼らにタイムスリップの為の教育を施させるために少女を預けていた。

 

「正気も何も……仕方ないだろう」

 

「う、うん……」

 

「…………」

 

 どうしようも無いと言うエム達三人。

 

「仕方なくない! マインの時とは違う。いいか、私達は科学者として人殺しには関与しないよう生きて来た。それは誇りでもある。だがこれはどうだ? あんな齢十にも届かないような子供を単身過去に送りつけ、無茶な任務を任せることが殺人以外の何だと言う?」

 

「……死ぬと分かって兵士を改造し、戦場に送り込んだことはある」

 

「それとこれとは違う」

 

 それとこれとは違う。アイが話題を変える時に使う常套句だったが、今回は誰も反論できなかった。

 

「とにかく、断固断るべきだ」

 

「……それで、あの子はどうなる」

 

「どうなるって……」

 

「役立たずとして、それこそ本当にゴミ箱行きだな」

 

「…………」

 

 冷酷な指摘にアイも黙りこむ。結局、他に道は無いのだった。

 

「あ、あの子の名前は?」

 

「……フェイト。プロジェクトF.A.T.E からフェイトだそうだ」

 

 何て愛の無い名だ、とアイが余計に憤る。

 

「プロジェクトF.A.T.E ?」

 

「……ああ。過去に次元世界で行われていた人造生命の研究らしい。マインが失敗したのは彼が魔力を持たなかったためだと奴らは考えたらしい。そこで、このプロジェクトの模倣によって誕生した高ランク魔力持ちのフェイトを次の生贄に選び出したんだと」

 

 エヌの説明を聞きながら、エムは端末を弄る。

 

「それと面白いことがある。彼女を作成する際、その遺伝データは過去に行われた実験のコピーを使用したんだが、そのデータは現在失われている」

 

「マインが?」

 

「だろうな。我らの息子は大活躍したらしい」

 

 過去の変更によって変わってしまった事実は、記憶には残るがデータ上からは消えてなくなる。マインを送ったことによる影響はそういった形で残っている。そんなことに何となく嬉しくなるドクター達だった

 

「ま、それはともかく今後の事を考えんとな」

 

 そう言って彼ら四人は数年ぶりに頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

 

 それから暫く後。ドクターとフェイトの生活は困難を極めた。何せ子供で、女で、しかも心を閉ざしている。この手の相手と付き合うのは彼らに取って初めての経験だった。それとドクター達は暫く彼女と交流する内に、フェイトはマインのように心を失ってしまった訳ではなく、奥底に閉じ込めているだけなのだということを理解した。ふとした瞬間にその扉が僅かに開くことがあったのだ。

 

 だとしても彼らにはそれを開け放つ方法が無かった。こういうことにはとにかく不器用なのだ。

 

 検討を重ねた結果、アイの「子供の相手と言えば犬だろう」という根拠のない言葉に従い、軍の実験動物であった犬(?)をかっぱらってきてフェイトに与えてみた。

 

「おお、今少し笑ったんじゃないか」

 

「ふふん、私の言った通りだろう」

 

「か、彼女は“アルフ”って名前を付けて呼んでるみたいだ」

 

「……良いことだ」

 

 確かにフェイトは明るくなったようだ。とにかくその結果に満足する――少しの間は。

 

「おい! アルフが死んだぞ!」

 

「何!? ……そうかあの犬は弱っていたのか。だからあっさり渡したんだな」

 

「ふぇ、フェイトが凄く落ち込んでるよ!」

 

「……死体から離れようとしない」

 

 何てこったと大騒ぎするドクター一同。その内にエヌが魔導師には“使い魔”というシステムがあるらしいと知り、フェイトに教えてみる。そして少しの間勉強し、彼女は無事アルフを使い魔として復活させることに成功した。珍しいぐらいに喜ぶフェイト。暫くアルフは少女の姿を取っていたが、教育が進むにつれ年頃の女性の姿に定まっていった。

 

 そのアルフは彼女自体が優秀な魔導師となったのだが、ドクター達にとってはそれ以上にフェイトの世話を任せられるということが頼もしかった。

 

 とにもかくにも余裕の出てきた彼らは、次にフェイトのデバイスの開発に取りかかった。とは言ってもこの中にデバイス開発の経験がある者はいない。その為コアは軍から譲り受けたものを使用し、彼らが作るのは専ら外装であった。

 

「さて、どんなものにすべきか……」

 

「や、やっぱり銃かな。対艦砲でも付けておく?」

 

「……重粒子ビームも捨てがたいが」

 

「剣でもいいんじゃないか。軍のレーザーブレードがあっただろう」

 

 そんな風に兵器談議に花を咲かせる三人にアイが喝を入れる。

 

「馬鹿か君達。彼女にそんな凶悪な武器など必要ない! いるのは身を守る術だ」

 

「つまり?」

 

「盾だよ。強固な盾だ。この世全ての脅威から彼女を護り通すような大盾だ!」

 

 その後も議論を続けるが、最終的にアイの案通り大盾型デバイスとして制作が決定した。まあデバイスとして使うのなら形状はあまりこだわらない為でもあるが。

 

 

 

 そんなこんなでデバイス完成。大盾型デバイス“バスティオン”。

 

「り、理論上は艦砲の直撃にも耐えられるよ」

 

「……本当か?」

 

「さあ、試してない」

 

 試して壊れてしまってももう一つ作る時間が無い。ドクター達は情けなさに肩を落とした。

 

 

 

 そうして予定の日に近づいてきたのだが、ここで更なる問題が浮上する。

 

「おい、アルフをどうするんだ? 彼女だけ置いていくと言う訳にも行くまい」

 

「そりゃあ一緒に連れて行って……」

 

「……上の連中が許さんだろう。人数を増やすとタイムスリップが成功する確率が落ちるからな」

 

「じゃ、じゃあこっそり連れて行けば……」

 

「あの大きさだぞ。無理に決まってる」

 

 どうすりゃいいんだと頭を抱える彼らだったが、何とアルフには小型犬並みに身体を縮めることが出来ると判明。その状態の彼女をバッグに詰め込んでいくことにした。

 

「ば、ばれたらどうしよう」

 

「その時は、これ以上ごちゃごちゃ言ったらタイムマシンごと研究所を爆破するって言ってやる」

 

 その後アイの寝食惜しむ懸命な努力の甲斐あって、タイムマシンの精度を上げることに成功した。それでも確率は60%を上回らず、アイは嘆き続けた。

 

「お前は良くやった。充分だよ」

 

 落ち込むアイの肩を叩き、エム達は励ました。

 

 

 

 そして翌日、タイムスリップが決行された。マインの時のように前日まで軍の処置を受けたフェイトだったが、その影響は一目瞭然だった。

 

「おい見たかケージの中の彼女の顔。私は見ていられなかったよ」

 

「…………」

 

 タイムスリップの直前。彼らは以前のようにその様子を外から見ていたのだが、その時のフェイトの表情は、普段感情を表に出さない彼女をして悲痛を極めていた。一体軍の連中に何を吹き込まれたのか。

 

「マインが力になってくれることを祈ろう」

 

 タイムスリップ自体は無事成功したようだった。先に送り込んだマインの事はフェイトにも教えてある。とにかく彼を頼れと。彼女はマインをリーダーと呼ぶようになっていたが、助けになってくれることを祈る。

 

 

 

 作戦は再び失敗した。二人(正確には三人)を送った時点で時空間は乱れに乱れ、これ以上のタイムスリップは不可能だった。本当に、終わったのだ。

 

 そんな中アイは少し奇妙なことを発見していた。マイン達を過去に送った影響なのだが、何故かそれがそれ以上前の時間軸にまで影響を与えているらしい。所々時系列にずれが生じている。だから何だと言う訳でもないので、アイはこのことは放っておくことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数十年が経過した。エムもエヌもイ―もいなくなった研究所で、最後のタイムスリップが行われようとしていた。

 

「……あんたも、随分物好きだねえ。そんな姿になってまでこの作戦に志願するとは」

 

 ただ一人、延命処置を受けさせられ生き延びているアイが、目の前のケージに入っている相手に語りかける。この場にはこの二人しかいない。

 

 現在地球は滅びかけていた。以前からそうだったが、更に末期的になった。もうこれ以上人口を養うことは出来ないと判断した政府は、その人数を減らすことに決めた。具体的には、殺すか、冷凍睡眠か、電子化されてハードディスク内で漂うか。現在地上に生身の肉体を持って存在している人間は千人に満たないだろう。その大部分は現在月にいる。

 

 目の前の男はその貴重な特権を捨て、自ら進んでその身をデータ化することを選んだ。そうしなければタイムスリップ出来ないからと。

 

「……何故、かね」

 

 問いかけるアイに、その男――データ化する際の問題で自らの名前を失ってしまい、ゴーストと名乗る――は静かに微笑み、腰に下げた日本刀に視線を落とす。

 

「預かっていた物を、返しに行くだけです」

 

「……そうか。良い旅を」

 

 男は消え去った。

 

 彼が無事に過去へ辿り着いたことを確認したアイは、やがて緩慢な動作で装置の電源を落としていく。もう二度と使われることはないと、プログラムも消去した。

 

 全ての作業が終わると、彼は椅子に深く腰掛け、部屋を見渡した。汚れ、荒れ果ててしまった研究所。かつてここに一つの家族があったことなど、もはや想像もできない。本当に、長く生き過ぎた。

 

 彼は机の引き出しを開き、しばらく前からそこに仕舞ってあったものを取り出した。

 

 それは拳銃だった。

 

 まるで初めて目にするかのように、アイはそれをしげしげと眺める。

 

 そして一つ大きく頷くと、中に弾が装填されていることを確認し、それを自らの頭に突きつけるのだった。

 

 

 

 


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