魔法ニンジャ活劇   作:ダニール

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第十一話

 

 第十一話

 

 

 ゴーレムの群れの中を走る。当初からかなりの数が生成されたゴーレムは、その後も時間とともに増え続け、今や道路がびっしりと埋め尽くされるまでになっている。遠目に見ればその光景は見る者に虫の大群が蠢いている姿を連想させ、鳥肌を立てさせる。更に悪いことにゴーレムの生成条件には限度がないのか、今やそこらにある家屋やビルすらも変形を始めた。完成すれば全長二〇メートルを超しそうな四肢を形成し始めているものまである。

 

 こちらを捉えんと振り上げる腕をかわし、代わりにその頭を踏みつけ跳ぶ。それを繰り返し、もはや人間用ではなくなった道に群がるゴーレムどもを踏み台にして進む。強化された肉体によるその俊敏性を充分に活かし、このゴーレムの密度の中でも前進を止められることはなかった。

 

 果たして何処から探すべきだろうか? エンダーは自問する。偉そうに自説を披露した割に、肝心の彼らの居所については何の当てもない。そろそろ町の中心だが、その“中心”というのも曖昧だ。正直広過ぎる。

 

 これがゴースト達の作戦のなのだとすれば、元々彼らの仲間であった自分もその内容を知っているはずなのだ。しかし例によってエンダーの頭には、失われた記憶によるインスピレーションなどといったものは訪れなかった。このポンコツな頭には最早何も期待出来ない。しかし現状頼れるのもそれしかない。

 

 恐らく――敵が何をしようとしているにせよ、それには広い場所が必要な筈だ。これほどの撹乱作戦を必要とするのだからそうでなくてはならない。そうあってほしい。

 

 この一ヶ月、なのは達と一緒に町を歩き回った記憶を振り返り、頭の中に付近の地図を作製する。その中からそこそこの面積のある場所をピックアップする。その選考基準は完全な勘だが、仕方ない。この町の中心付近は割と発展しており、“広い場所”というカテゴリーでは結構数が絞られるのが救いか。

 

 それからの作業はもう総当たりしかない。ピックアップした場所を近いところから回っていく。近づけば気付く筈だと言い聞かせて。

 

 

 

 それからしばらく経過し、とある学校に足を踏み入れる。その瞬間“当たりだ”と直感した。

 

 その学校には音がなかった。今や町は闊歩するゴーレムの足音や体の擦れる不協和音で埋め尽くされている。それがここに来た途端完全に消え去った。あまりに唐突な変化に、一瞬その原因が分からなかったぐらいだ。そしてその理由は簡潔。この場所にはゴーレムが存在していない。この周辺だけぽっかりと穴が開いたかのように。侵入するまで気づかなかったが、何らかの結界によってゴーレムの侵入や騒音を遮断しているらしい。

 

 一瞬で警戒態勢に入る。急いでいたこともあるが、無警戒に跳び込み過ぎた。物陰に入り、敵の行動に備える――が、攻撃は来ない。

 

 警戒を解かずに、物陰を出て前進を再開する。周囲に気を配るが、人の気配は感じない。その代わり、何かひどく異質な気配が五感を刺激する。例えるなら工場の、何か途轍もなく大きな機械の動作する現場に居合わせているような感じだ。他者を圧倒する巨大さ、複雑さで、機械的に淡々とその役割を果たしていく。とても立ち向かう気など起こさせない、下手に手を出せば容赦なく食いちぎられる。そんなプレッシャーが、この空間を支配していた。

 

 校舎を通り過ぎ、グラウンドを視界に収められるようになる。

 

「これは……一体……?」

 

 それを目にした瞬間、呆気に取られる。暗闇に包まれた校庭には、しかし不気味に輝く魔法陣が展開していた。その光景はあらゆる意味で普通ではない。まずその巨大さ。大きめのグラウンドの殆ど全てを覆いつくすほどの規模だ。そしてその複雑さ。巨大な魔法陣全体に余すことなく術式が書きこまれている。一体何層、何工程に及ぶものなのか。エンダーでは全く把握出来ない。

 

 果たしてこの魔法陣が発動した際、どのように動作するものなのかも分からず、その威容に圧倒される。そんな風に貴重な数秒を無駄にし、ようやくエンダーの目はその陣の中心にある物を捉えた。小型のスーツケースらしきもの――その中にはジュエルシードが格納されている。

 

 反射的に一歩踏み出す。何が起こるにせよ、それにはまだ時間がある。止めなくては。だが、その足が二歩目を踏むことは出来なかった。

 

「やあ、エンダー」

 

「……ゴースト」

 

 いつの間にか、否、文字通り瞬き一つの間にその男はエンダーとジュエルシードとの間に立ち塞がっていた。抜き身のデバイスを構え、鋭い殺気でこちらを威圧している。

 

「まさかこうまで早く特定されるとは思わなかったな。まさかと思うが、記憶が蘇りでもしたのかね?」

 

「生憎そんな気配はない。これは俺の推理力の賜物さ。さあゴースト、いい加減観念しろ」

 

 余裕を装い軽口を叩いて見せながら、その視線はゴーストから一瞬も離さず、何時どのような行動に出られても対応できるように全神経を緊張させる。過去の戦闘経験から言えば、ゴーストを抜いて後ろのジュエルシードを奪取するのは容易な筈だった。しかしエンダーは動けない。目の前の男から、かつてない程の力が満ち溢れているのが感じられるのだ。気を抜けば、その瞬間骸となって転がることになるのは自分だろう。

 

「そう急かさずともいいだろう。折角だ。何が起こるか、君もそこで見ていくと良い。何、大したことは起こらん。ピカッと光って、それだけだ。誰にも迷惑はかけんよ」

 

 ゴーストは欠片も油断を見せず、その姿に不釣り合いなのんびりとした口調で話しかける。時間稼ぎのつもりか。

 

「大したことはない、という謙虚さを見せる人間ほど、自分に自信があるものだ。何が起こるにせよ、それを見届ける気にはならないな」

 

 静かに腰を落とし、跳躍に備える。最大限の力を発揮するために胸部内のリアクターが出力を上げ、発生したエネルギーが体内を循環する。そして戦闘態勢に入ったことを全身のナノマシンが感知し、巡るエネルギーを得て体の各部で活性化する。たび重なる実戦の中で、エンダーは自らの身体の機能をコントロールする術を習得し始めていた。

 

 それに対し微動だにせず待ち構えるゴースト。互いの緊張感はいや増すが、その姿勢から余裕は薄れない。こんな状況でなければエンダーも撤退を考慮するほどの自信である。だが今は己の性能を信じて進むしかない。

 

 前触れもなく踏み出す――と見せかけ、手の中にある物体――小石――をゴーストに向かって弾く。弾丸のようなスピードで、狙い違わず相手の顔面へ突き進む。そこから一瞬後向かって左側へ走り込む。まるでカタパルトから射出されたかのような急加速で、敵の間合いの外を抜けて背後に走り抜ける。

 

 エンダーにはまともにゴーストとやり合うつもりは無かった。現状自分にはデバイスもバリアジャケットも、あの途轍もない切れ味のデバイスに対抗する術もない。そして何より相手の、攻撃を無力化する仕組みの当てすら結局つけることが出来なかった。これでは勝てる見込みなどある筈も無い。だが今の目的は陣中心のジュエルシード確保のみ。それさえ出来れば勝ちだ。

 

 その直後、全身のあらゆる感覚が危険を告げる。思考より早く体が回避行動を取る。一瞬前までエンダーの胴のあった場所をゴーストのデバイスが一閃していた。

 

 ――追いつかれた――!

 

 ゴーストが前方に回り込み追撃を仕掛けようとする――返す刀で再び胴。エンダーの動きに負けず劣らずの速度。振るわれるデバイスを間一髪で避け、後退する。相手は追ってこず、静かにこちらを見据える。ジュエルシードからは最初より離されてしまうことになった。

 

 内心冷や汗が流れる。奇襲をかけたにもかかわらず、ゴーストは完璧に対応して見せた。それも今までとは比較にならないスピードで。

 

 ゴーストを無視するのは無理だ。即座にそう悟る。先ほどの一撃を回避できたのは偶然でしかない。再び奴に背を向けるようなことがあれば、二度も幸運に恵まれることは期待できない。

 

 ――倒すしかないのか? 一体どうやって?

 

 こちらの唯一の優位であったスピードも並ばれた。それ以外の策なると……

 

 魔法陣が唸りを上げ始め、充填された魔力が溢れだす。既に秒読みに入っているようだ。時間がない。

 

「旅立ちだな」

 

「まだ早い……!」

 

 覚悟を決め、敵に対して正面から突っ込む。攻撃が当たらない訳ではないのだ。相打ち前提で相手を弾き飛ばす。打たれ強さ、再生能力ならこちらも負けてはいない。

 

 慌てずにデバイスを上段に構えるゴースト。一瞬でその間合いに入る。寸分遅れずに振るわれる刃。その速度は恐ろしく速く、エンダーの動体視力を持ってしても切っ先が視認できない。視線、肩の動きから刀身の動きを予測する。全神経を敵デバイスに集中する。掌のナノマシンに働きかけ摩擦力を最大にし、迎え撃つように構える。そこに空気すら斬り裂かんと閃光のごとく飛び込んでくる刃――

 

「!」

 

 ――止めた。半ば以上勘によってタイミングを計ったが、賭けに勝った。ゴーストのデバイスをエンダーは両掌によって挟みこみ、全身をばねのように使いその勢いを完全に止めた。真剣白刃取り。

 

 驚愕によって動きの止まったゴーストに向かって、間髪いれず右足の振るう。無防備な脇腹に突き刺さり、その体をくの字に折り曲げ蹴り飛ばす。

 

 ――これで道が出来た。

 

 回転を速めながら唸りを上げる魔法陣に向かって疾走する。既に辺りは放出される魔力で眩く光っている。だがジュエルシードさえ奪ってしまえば――

 

 転倒する。ケースまであと少しというところで。理解が追いつかない。必死に立ち上がろうとするが、脚が縫い付けられたように動かない。脚が一体――?

 

 振り向いてその原因を目にする。自分の右足をゴーストのデバイスが貫通し、文字通り地面に縫い付けていた。ゴーストが投げつけたらしい。

 

 把握した途端痛覚が正常に動作し始める。激痛が脳に流れ込む。とにかくこれを引き抜かなければ――

 

「時間だ。……さらばジュエルシード。我らの世界を頼む」

 

 何処からか厳かな、されども皮肉げな声音でゴーストがジュエルシードに別れの言葉を贈る。

 

 次の瞬間辺りが莫大な魔力の放出と閃光に包まれる。エンダーの視界にオートで閃光防御が機能するが、それでも全く視界が効かなくなるほどの光量だ。何も出来ずに、ただ地面に倒れ伏せていることしか出来ない。

 

 その時結界の外にいた者は見た。どこからか眩いばかりの光柱が発生し、雲を貫き天高く昇っていく様を。

 

 

 

 

 

 そのままどれくらいの時間が経ったのか。再び目が見えるようになった頃には、そこにジュエルシードの姿は無かった。再び暗闇に包まれた校庭だけがあった。

 

 周囲を奇妙な静寂が支配する。その中にあって、ようやくエンダーにも現状が呑み込めてきた。自分は――負けたのだと。

 

 身動き一つせず、その思いを噛み締める。その内にゴーストが近づいてきて、エンダーの足からデバイスを引き抜く。そこに至ってようやく体を起こせるほどに衝撃から回復した。

 

 立ち上がる気力も無く、体を起こし座り込む。そのすぐ傍にゴーストが佇む。その姿からは既に殺気が抜け落ち、デバイスも納刀してある。彼は目を瞑り、余韻に浸っていた。この戦いの勝者は彼なのだ。

 

「一体……どうなったんだ?」

 

 静寂に耐えきれず、エンダーが疑問を口にする。ゴーストの目論見は計画通り遂行されたようだったが、それによって何がどうなったのかは分からなかった。

 

「旅に出たのさ。長い長い旅にな」

 

「旅……」

 

「我らの故郷への、帰還の旅だ。遥か彼方のな」

 

 ――故郷……。ゴースト、いや俺たちの故郷。

 

 ゴーストは混乱するエンダーの隣に座り込み、上空を指さす。

 

「あそこだ」

 

 釣られて上を見上げる。だがそこには何もない。隠された何かがあるようにも思えない。ただ満天の夜空の中、満月が輝いているだけ――月?

 

「綺麗だろう。結界越しなのが残念だ。ジュエルシードはあそこへ行ったのだ。この世の誰もが手を出すことのできない別世界に」

 

「な……何? おいちょっと待て。まさかあんた、いや俺たちは月から来た宇宙人って言うんじゃないだろうな!?」

 

 あんまりな展開につい声が裏返る。そんなエンダーに対して思わずといった風に笑うゴースト。その姿は普段の厳格な姿勢に似合わず本当に愉快そうで、彼から全ての重荷が取り除かれたことを証明していた。

 

「いやいや……そういう訳ではない。君もすでに気づいていると思うが、我々は歴とした地球人だよ。ただし、少々変わってはいるが」

 

「変わって?」

 

「ああそうだ。我々は確かに地球から来たが、今いるこの地球からではない。別の地球……と言うのも正確ではないな。正しくは未来の地球、それも五百年先の未来からやって来たのだ」

 

「…………」

 

「信じられないかい?」

 

「いや……分からない。続けてくれ。良ければ」

 

 ある意味宇宙人と言われるより突飛な話だが、驚く気にはならなかった。自分の心が麻痺してるだけなのか知らないが、その言葉を冷静に受け止めている自分がいる。

 

「勿論良いとも。私も今君に話しておきたい。……次の機会があるか分からないからな」

 

「?」

 

 小声で呟くその言葉に問いかけるように見つめるが、穏やかに微笑むだけで流される。そしてゴーストは説明を開始した。全ての発端を。

 

「簡単に説明しよう。今より五百年先の未来では、地球は死にかけている。大地は荒れ果て大気や海は汚染によって毒と化した……何故そんなことになってしまったのかという話は省こう。ちょっと長くなるからね。とにかくその地球ではあらゆるエネルギーが枯渇している状態にある」

 

「枯れる……」

 

「あらゆる手が打たれたが、それも限界だった。もう小手先の技術では挽回不可能なほどに追い込まれてしまったんだ。そして全てをひっくり返すような革命的技術を生み出すためのエネルギーも不足している。他の次元世界からの助けも望めなかった」

 

「次元世界?」

 

 現在の地球は管理外世界なのだが……

 

「ああ。未来の地球は、限定的ではあるが次元世界との交流が行われていた。少数ではあるが地球出身の魔導師部隊も存在したくらいだ。しかしある事情……地球が枯れ果てることになった理由が同時に地球を次元世界から遮断することになった。渡航はもちろん通信も、観測も駄目。我々は孤立無援だった」

 

 ゴーストは首を振る。

 

「滅びるのは時間の問題だと思われた。だがある科学者が唱えた理論が微かな光明をもたらした。その人は言った。“今の時代にエネルギーが無いのならば、ある時代から取ってくればいいだろう”と。時間移動によって過去に遡り、そこから必要なだけの大きなエネルギーを持ち帰ってくればいいのだと」

 

「タイムスリップして取って来ようって? 何と言うかそれは……」

 

「荒唐無稽に聞こえるのは分かる。だが我々にはもうそれぐらいしか出来ることが残されていなかった。成功する確率がどれだけ低かろうと、賭けるしかなかった」

 

 その表情に少しだけ沈痛なものを浮かべるゴースト。タイムスリップなどと言う策に、無茶でも何でも縋るしかなかったその世界の人々の心境は如何なるものなのか、エンダーには想像できなかった。自分は当事者の筈なのだが……。

 

「……タイムパラドックスとかの問題はどうなるんだ? 俺は詳しく知らないが、過去を改変した時点で未来を変えてしまうんじゃないのか? もしくは並行世界が出来るだけとか」

 

「“弦の理論”と言うものがある。それによると、時間移動によって過去を改変したとしても、現代に至るまでにその影響は収束してしまうのだという。その理論に沿えば、過去の改変による影響を考慮する必要が無くなる。そのためジャンプに色々と制限がついているのだが」

 

 実際にその理論が正しいのかどうかは知らないがね、とゴーストは肩を竦める。

 

「とにかくその科学者にはそれを可能とする技術があった。そして目指すべき時代も分かっていた。過去千年間の地球上のエネルギー量変位マップの中に、一度だけ跳び抜けて大きなエネルギーを持つ物質の存在が確認された」

 

「それがジュエルシード」

 

「その通り。詳しい調査の結果、それが五百年前の日本の海鳴市に極短期間だけ存在することが判明した。ジュエルシードの内包するエネルギーは大きく、にもかかわらずそのサイズ自体は小さいというまさに理想の存在だった」

 

 そして、とゴーストは続ける。

 

「そのジュエルシードを確保するための人物が送られることになる。もう言わなくても分かるだろうが、君の事だ」

 

 俺の過去、そして目的がついに明かされた。驚きと言えば驚きだったが、そんなこちらの内心を無視してゴーストは話を続ける。もう独り言のようだ。一先ず明らかになった真実は頭の中に放り込んでおくことにする。

 

「君を送り込んだ結果はすぐに出た。失敗だ。何せ送られてくる筈のジュエルシードは影も形も無かったからね。更に悪いことに君が過去にジャンプした結果、ジュエルシードそのものの反応が五百年前の地球から消えた。何があったのか、君の行動によってジュエルシードが地球にばら撒かれる事件すらなくなってしまったんだ」

 

 エンダーは呆気に取られる。自分のせいで? ついひと月前までミッドチルダから出たことも無かった自分が一体どうやって? 

 

 混乱する思考を無理やり締め出す。得た情報の整理は後でゆっくりやること決める。

 

「原因は不明だったが、未来の人間達はそれで諦めることも出来なかった。彼らは失敗した原因は君が魔力を持っていなかったためだと考えたらしい。……今ここにいる君は何故か魔力素質を保有しているがね。それはともかく彼らは新たに高ランクの魔力素質を持つ魔導師を作り出し、再び過去へ送ることにした。フェイトと、その使い魔アルフだ」

 

 そこで少しゴーストは言葉を切り、眉根を寄せる。

 

「……フェイトの正確な出自は私も知らない。聞く限り、過去に次元世界で行われていた何らかの人造生命研究をアレンジしたものらしいが……」

 

 人造生命の創造……。結局アリシアとの繋がりは不明か。本当にただの偶然なのだろうか。

 

「とにかく、その二度目の試みも結局失敗した。そしてその後、懲りずに最後の時間移動を決行した。その時に送られたのが私と言うことだ」

 

「そして成功した」

 

「そうだな。結局七個しか送ることは出来なかったが、仕方ない。後は未来の彼らが何とかするだろう」

 

 全ての責任を放り投げられ、いっそ清々しい気分だと言うゴースト。

 

「……ん? 待てよ。未来に送るのにどうしてジュエルシードを月に飛ばしたんだ? そもそもタイムスリップしてきた俺たちはどうなるんだ……?」

 

 当然の疑問に突き当たる。まさか月にタイムマシンが眠らせてある訳ではあるまい。それでは俺たちが使えない。

 

「当然、帰る方法はない。これは最初から片道旅行だったのだ。この時代において時間移動の技術を再現することは出来ない」

 

 そんな疑問を前に、ゴーストがあっさりと答える。

 

「それでも帰ろうとすれば方法は一つだ。実に簡単なことだ。五百年、待てばいい。ジュエルシードは月で眠りにつく。未来の世界で、見つけ出されるその日まで」

 

 ジュエルシードが月の何処に隠されるのかはゴースト自身も知らない。ありとあらゆる探査避けがかけられている為、現代では発見は不可能となっている。

 

 自分達の帰還方法が存在しないと言うことには少なからず驚いた。果たして過去……いや未来の自分はそういうリスクを承知の上でこの任務に志願したのだろうか。この地で骨を埋める覚悟を。

 

「長い、さよならか」

 

 ゴーストは黙って月を見上げている。もう話すことは無くなったと言うことか。彼から聞いた情報はどれもこれも正直信じがたい話である。それでもゴーストが“嘘を吐いている”と感じないのは、自分の失われた記憶がこの話を肯定しているからなのだろうか。

 

 それに未来云々が事実ならば自分の身体の謎も解ける。かつてこの身体の異様さに魅せられた医者や、テスタロッサさんでも解析できなかった技術は、未来の産物であったという訳だ。“現代の物とは思えない”と漏らしたテスタロッサさんは正しかったということか。

 

 お互い暫くの間、思考の海に沈む。そう言えば、今後ゴーストはどうするのだろうか、とエンダーは疑問に思う。それにフェイトやアルフも。大人しく縛につくのだろうか。逃走するとなれば、自分は彼を捕まえるべきだろうか……。

 

 さりげなく相手の方を見やったエンダーは、そこで見たものに一瞬自分の目がおかしくなったかと思った。

 

「ゴースト、あんた一体……」

 

 その時のゴーストの身体は、消えかけていた。存在感が薄いとかそういう問題ではなく、彼を通して反対側の景色が透けて見えていた。まるで本物の幽霊のように。

 

 錯覚ではないと唖然とするエンダー。言われて気付いたというように、されども驚いた様子も無くゴーストは自らの体を見下ろし、溜息を吐く。

 

「やはり、ここまでか」

 

 そう呟き、立ち上がる。雰囲気が変わったことを察しエンダーも腰を上げ、ゴーストと向かい合う。

 

「……時間移動の話なのだが、本当は君達三人を送った時点ですでに限界だったのだ。時空間の乱れは大きく、もう一人を過去へ飛ばすことなど不可能だった。……生身の人間では」

 

 静かに語り始めるゴースト。

 

「見て分かる通り、私はもう肉体を持った人間ではない。未来において特殊な処置を受け、電子化されたデータの塊だ。こうしなければ荒れた時空間内の移動は出来なかった。そして実体化のためのエネルギーは、既にこの作戦で使い果たしてしまった」

 

 次元転移阻害、通信断絶、ゴーレムの作成、結界の維持、戦闘。その全てを限られたエネルギーに頼って賄っていたのだが、ついに底をついた。

 

 全てを受け入れた男の顔は、この期に及んで穏やかだった。対して苦しげに表情を歪めるエンダー。

 

「そこまでするのか? 未来の連中は」

 

「いや、これは私が志願したのだ。どうしても、とね」

 

「……何だってそんな」

 

 いまいち納得できなさそうにするエンダーを、ゴーストが目を細めて見つめる。そこには、余人には読み取れない何か深い感情が込められていた。

 

 そしてゴーストは、手に持っていた物をエンダーに放って寄こす。咄嗟に掴みとめるエンダー。

 

「これは……」

 

 それはゴーストの使っていた日本刀型のデバイスだった。黒塗りで装飾のない鞘に納められたそれは、見た目に反して未来の技術の産物。一度切り裂かれた胸の痛みが思い出される。

 

「使うと良い。君のデバイスは私が破壊してしまったしね」

 

「いやしかし……いいのか?」

 

 色んな意味で、と問いかける。

 

「あぁ。是非、受け取ってほしい。もう私には必要ないものだし、せめてもの詫びだとでも思っておいてくれ」

 

 肩をすくめ、何でもなさそうに言うゴースト。その間も体はどんどん薄くなっていく。

 

「……ジュエルシードはもう全て封印されたようだ。フェイト達の方も決着がついた。なのはさんには、無理をさせてしまったな」

 

 とにかく彼女達はお互い無事らしい。そのことに安堵するエンダー。もう本当に、全てが終わろうとしている。

 

「そう言えばあんた。あんたがあの子をけしかけたんだろう? 何故だ」

 

 明らかに正気を失っていたフェイト。あれはこの男の仕業だろう。だがエンダーには疑問だった。あそこまでする意図が読め無かった。

 

「そうだ。私が彼女を追い詰めた。どうしても必要だった」

 

 僅かに声に懺悔の念が混じる。

 

「フェイトには時間移動の際、強い条件付けが施されていた。“ジュエルシードを集めなければ、元の世界へ戻ることは出来ない”とね。その思いは、増幅された故郷への思慕と合わさって強迫観念と化していた。……実際には帰還の方法など無いのにね。彼女はこれからもこの世界で生きていかねばならない。そのためにはその条件付けが邪魔だ。だからこそ、荒療治が必要だった」

 

 力ずくででも、その鎖を外してやらねばならなかった。それが自分に出来る最後の責務だった。最終的になのはに頼ることになってしまったことには、申し訳なさを感じていた。

 

 そこまで話すとゴーストは、改めて真剣な表情でエンダーに向き直る。既に輪郭も掴めない。

 

「こんなことを言えた義理ではないが……君に一つ頼みがある」

 

「何だ?」

 

 ゴーストの、世界の為に肉体すら捨ててこの任務に臨んだ男の頼みだった。断る気には、ならなかった。

 

「――、――――」

 

「……分かった。言われるまでも無いさ」

 

 了解する。その言葉を聞くと、ゴーストは本当に、全ての責務から解放された。彼を縛り付けるものは全て、無かった。

 

「あぁ良かった。また君に会えて。ありがとう、――……」

 

 その満足げな微笑みを最後に、ゴーストの姿は消えてなくなった。あっさりと。まるで最初から存在などしていなかったかのように。夜の校庭、その場にはエンダーだけが残された。

 

 結界が町から消えていく。非日常が溶けて消え、まるで夢から覚めるかのように世界に彩りが戻ってくる。

 

 エンダーは空を見上げた。夜闇の中輝く満月を。

 

 そして独り、遥かな未来を思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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