魔法ニンジャ活劇   作:ダニール

12 / 21
第十話

 第十話

 

 

 唐突に莫大な魔力が駆け抜け周囲が結界で覆われた直後、その少女は姿を現した。その姿を見て、警戒する一同。だがそれも、彼女の様子を見て呆気にとられたものに変わる。

 

「フェイト……ちゃん?」

 

 金色の魔導師。ジュエルシードを狙う敵。そして、アリシアそっくりな少女。

 

 ――だが今の彼女を見て、“アリシアとそっくり”などと思う人間はいないだろう。

 

「な、何があったの……? ねぇフェイトちゃん!」

 

「…………」

 

 彼女は変わり果てていた。悲しみを湛えながらも、その瞳は人を引き付ける綺麗なものだったのに、今のフェイトの瞳は真っ暗だった。そしてその目に相応しく、彼女の表情全体も影に沈んでいる。何があったのか赤く腫れあがった頬と、そこにくっきりのこる涙の痕が痛々しい。

 

 そこにいるのは戦うべき敵ではなかった。打ちのめされ、絶望した一人の少女だった。

 

「ジュエルシードを渡して」

 

 フェイトの声、暗闇から響いてくるような乾いた声。

 

「フェイトちゃん! 話を聞かせてっ!」

 

「フェイトっ! 私アリシアって言うの! 私達そっくりだよね? こっち来て、一緒に話そ?」

 

「……渡して」

 

 アリシアの方など見向きもせず、なのはだけを視線に捉えて繰り返す。雰囲気が機械的で、こちらの言葉が届いている感じがしない。

 

「…………」

 

 なのはは真摯な瞳でじっとフェイトを見つめる。少しでも自分の気持ちが伝わるように。だが、まるで届いている気がしない。相手の心は、これまでよりも深い場所に沈んでしまっているみたいだ。構わず喋り続けるアリシアを無視し、なのはを見据えている。

 

 ――言葉だけじゃあ、いけないんだよね。

 

 なのはの心の内に火が点いた。

 

「うぅ……返事してくれない」

 

「とにかく捕縛しよう。俺が「フェイトちゃん!」……なのは?」

 

 先ほどまでとは違う、強い意志を込めた目でなのははフェイトを見返す。

 

「いいよ。私と戦って、フェイトちゃん。それで私が勝ったら、ちゃんとお話聞いてもらうから」

 

「なのは!?」

 

「…………」

 

 その言葉を聞き、上空へ飛んでいくフェイト。なのはの言葉には反応するらしい。既にエンダーでは捉えられない高度だ。

 

「なのは、どういうつもりだ? 彼女と戦う気か?」

 

「うん。フェイトちゃんと決着をつけてくる」

 

 問いただすエンダーに、揺るがぬ意思で応えるなのは。

 

「決着って……。なのは、今の彼女は正気じゃない。それに俺たちはもうジュエルシードを持っていない。戦う意味は無いだろう?」

 

「ううん、あるよ。私はフェイトちゃんと友達になるために戦う。それが私が戦う理由だったから」

 

「理由……」

 

「うん。言葉だけじゃ、解りあえない時もあるって。時にはぶつかってでも自分の意思を貫かなきゃいけない時もあるんだって、私学んだの。戦ってでも、私フェイトちゃんに話を聞いてもらいたい」

 

 折れる気配の無いなのは。アリシアに気付かされるまでもなく、彼女は不屈の意志を備えていたらしい。

 

 エンダーは、ついプレシア達の方を向いてしまいそうな自分を抑える。なのはは自分が止めなければならない。それが曲りなりとは言え責任者の任じて来た自分の役目だ。

 

「彼女は、フェイトは危険なんだ。なのはを戦わせに行くわけには……」

 

 彼女の魔法――あの雷の突進。あんなものになのはを挑ませる訳にはいかない。

 

「お願い、エンダー君」

 

 フェイトを何とかしてやりたいと言う気持ちは分かる。例え記憶に無くとも、例え知り合いでなかったとしても、彼女は自分の仲間だったのだ。想像もできない困難に直面している今の彼女を、助けられるなら助けたい。

 

 だがなのはだけに任せるのは駄目だ。もう無理やりにでも止めなければ……

 

 と、そこでエンダーの手を掴む者がいた。

 

「お兄ちゃん、私からもお願い。なのはちゃんを行かせてあげて」

 

「アリシア……」

 

 エンダーの手を抱え込み、真剣に頼んでくるアリシア。当惑する所に後ろから肩に手を置かれる。

 

「エンダー。ここは行かせてあげましょう。なのはさんになら、彼女を説得できるかもしれないわ」

 

「テスタロッサさん。でも……」

 

『なのはさんの事は私が見ておくわ。危なくなったら介入する。それでどう?』

 

 エンダーだけに聞こえるように念話を使うプレシア。確かに自分が見ているよりはずっと安心だろうが。

 

『これは俺の……』

 

『自分の手に余る時は、他人を頼るものよ。意地を張るのもいいけど、それで状況がもっと悪くなったら本末転倒でしょ。それに、子供の責任は保護者の責任でもあるんだから』

 

『…………』

 

 ちょっと呆気に取られる。俺が子供なのは見た目だけ……いや、彼女からしたら大して変わらないか。容赦ない子供扱いについ気が抜けてしまう。

 

 ――期待、か

 

 大きく息を吐く――胸の中の複雑な気持ちを吐き出すように。そしてなのはを見返す。

 

「……確かに、なのはなら何とかしてくれるかもな」

 

 首を振り、苦笑しながら言い、首から下げていたペンダントを外してなのはにかけてやる。

 

「これは?」

 

「通信デバイス。まぁ御守りみたいなものだ。持っといてくれ」

 

「うん。ありがとう、エンダー君」

 

「礼なんていらないよ。……それじゃあなのは。彼女を、フェイトを頼む」

 

「任せて! それじゃあ、行ってくるね」

 

「気をつけて、なのは」

 

「頑張ってね、なのはちゃん!」

 

 ユーノとアリシアの激励を受け、なのははフェイトを追って上空に飛び立っていった。凛々しく、力強く。

 

「…………」

 

「お兄ちゃん。なのはちゃんなら、大丈夫だよ」

 

「……信用してる。でも心配しないって訳じゃない」

 

 一回深呼吸して、気持ちを切り替える。

 

「さて、それで俺たちはどうする?」

 

「さっき管理局から通信があったわ。今の状況と、応援の要請」

 

 プレシアが、突如発動したジュエルシードとそれを抑えるために管理局が結界を張ったこと、人手が必要なので助けを求めてきたことを説明する。

 

 ジュエルシード発動とともにフェイトが襲ってきたことも考えて、これは明らかに敵の作戦だ。だがそれがどういうものなのかは、管理局同様エンダー達にも分からなかった。

 

 とにかく現状の最優先事項は、発動したジュエルシードの封印である。アースラから位置情報も送られてきていた。

 

「で、どうするのリーダー?」

 

 試すような、ちょっと面白そうな顔をしてプレシアがエンダーに問いかける。

 

「……テスタロッサさんとアリシア、リニスはここで待機。俺とユーノ君で封印に向かうと言うのは?」

 

「勿体なさすぎるわよ。リニスも連れて行きなさい。私はここでアリシアといるから」

 

「大丈夫なんですか」

 

「私を誰だと思っているの。余計な心配よ」

 

 そう言ってプレシアは軽く腕を振るう。そこからイカヅチが飛び出していき、まだ遠く離れていた位置にいるゴーレムを直撃する。そのまま炸裂弾のように爆ぜた魔力が爆心地付近のゴーレムをまとめて消し飛ばした。

 

「……みたいですね。よし、じゃあ俺たち三人でジュエルシードの封印に向かう。管理局から遠い場所から回っていこう」

 

「分かりました」

 

「では急ぎましょう」

 

 ユーノとリニスの了解を受け、三人はその場から走り去っていく。

 

 その場に残るプレシアとアリシア。アリシアはなのはに持たせたものと対になるペンダント型通信デバイスを握りしめ、祈るように目を瞑っている。単身戦いに挑んでいったなのはの事を応援しているのだろう。果敢に攻め立てる少女の姿が、プレシアにも見えていた。

 

「……ふぅ、全く。あの子といると退屈しないわね」

 

 呆れ交じりに、けれどもどこか楽しげに呟く。遥か彼方の管理外世界までやってきて、こんな大事件に巻き込まれるなど、想像もしていなかった。そんな現状に何故か愉快なものを感じてしまうプレシアだった。少なくとも、企業で研究に没頭していては得られない経験だろう。

 

 そのプレシアの目が鋭くなる。こちらを補足したゴーレムの集団が押し寄せてくるのを補足したのだ。十や二十ではきかない形も大きさも様々な人形が、ただこちらを圧し潰さんと壁のように迫ってくる。その光景は見る者に絶望を与えるに充分だ。

 

「あら? まさかそれだけの数で私に挑もうと言うのかしら」

 

 低く、威すように口にする。無防備なアリシアを守りながら、そしてエンダーに言った通り万が一の場合にはなのはの方にも加勢できるよう目を配りながら、プレシアはそれでも余裕を崩さない。

 

 彼女の手にデバイスが握られる。そこに瞬間的に膨大な魔力が充填される――大気中に火花が散りだす。つい高揚する自分がいるのを自覚する。今日この瞬間だけは、病身のことは忘れよう。

 

「さぁ、来なさい。大魔導師と呼ばれた者の力、とくと思い知るがいいわ」

 

 本気になれば都市一つを消し飛ばせてしまうとまで言われる高ランク魔導師。その一切手加減の無い一撃がゴーレムの集団に叩き込まれた。着弾の一瞬、感情の無い筈のゴーレム達の動きが一瞬止まる。まるで絶対的な力の差に全てを諦めてしまったかのように。

 

 閃光――そして爆音。逃れる術のない莫大な魔力の奔流に、全てが呑み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴーレムがひしめく町の中を、エンダー、ユーノ、リニスの三人が駆け抜ける。

 

 ユーノがバインドで周囲のゴーレムの動きを阻み、エンダーとリニスが斬り込み進路上のゴーレムを粉砕していく。

 

 エンダーが先行して敵の注意を引きつけ、リニスが魔力弾で最低限の相手を打ち抜いていく。

 

 殴る。蹴る。殴る。蹴る。

 

 現在エンダーはデバイスを持っていないので、完全に生身にままで戦闘に参加している。だがゴーレム相手ならそれでもまるで問題にせず、その肉体のパワーで圧倒していく。ここまで来ると流石にユーノもエンダーが異常だということに気付くが、その確信は呑み込んだ。今は他ごとに気を取られている場合ではない。魔法の制御に集中しなくては。

 

「一つ目に近づいてきましたね」

 

「……そうだな」

 

 少し上の空で返事をするエンダー。その様子に心配になるリニスだったが、そんな時でもエンダーの動きは欠片も乱れない。プログラムされた動作に従っているかのような正確さで敵の攻撃を避け、粉砕していく。

 

 暫くして一つ目のジュエルシードの発動している現場に到達する。まず周囲を掃除してから、ユーノとリニスによって封印処理。これで残りは三つ。近い内に管理局がもう一つの封印を行うだろう。

 

「…………」

 

 町のあちこちでジュエルシードが暴走し、巨大な魔力の柱が発生しているのが見える。それをじっと見つめ、エンダーは考える。何故敵はこんなことをしたのだろうか、と。

 

 これは間違いなくあの男――ゴーストの仕業だ。だがジュエルシード集めを目的とする彼らがどうしてみすみす相手に取らせてしまうようなことをするのか? ジュエルシード周辺に罠が仕掛けられていることも考えられ警戒していたが、特にそのようなものは見つからず、比較的容易に封印を完了した。

 

 このジュエルシードは、最初から取らせるためにあったのではないか。そんな考えに辿りつくのも寧ろ当然だった。その理由は? ぱっと思いつくのは、時間稼ぎ、何か他の目的から目を逸らさせるため……。

 

 そうだ、ゴーストと使い魔の女性。彼らはこの期に及んでも姿を現さない。大量のゴーレムと、フェイトだけ。他の二人が姿を見せたと言う報告は管理局からもない。否応なく管理局の目と兵力を引きつけるためにジュエルシードを犠牲にし、その間に目的を達成する。

 

 推論に推論を重ねた上の結論だったが、エンダーには妙な確信があった。それが失われた記憶に関係しているのか、単に救いようのない勘違いをしているのか……。

 

「エンダー、どうしました?」

 

 そんなエンダーに、リニスが少し心配そうに声をかける。

 

「リニス。俺たちが今から次のジュエルシードを目指そうとしたら、どういうルートになる?」

 

「ルートですか? ……それはおそらく海鳴市を一周するような形になるでしょう。ジュエルシードは町を囲むように存在していますし、それに中心付近はゴーレムの密度が高く、進行が困難になっていますから」

 

「管理局もそう考えるかな?」

 

「ええ。現状ではまず間違いなく」

 

 なるほど、と呟く。中心を空けるようにしている訳か。より自分の考えに自信が持てるようになった。そして二人に自分の考えを伝える。

 

「ジュエルシードは囮、と」

 

「多分ね。明らかに怪しいと思わせつつも、無視するわけにはいかない状況を作り出したんだ。本命を隠すために」

 

「だとすると姿を見せない彼らは……」

 

「まず間違いなく町の中心だ。管理局や俺たちが寄り付かない場所で、何かを行っている。それが何かは分からないが」

 

 町の外にいる可能性も考えたが、まず無いだろう。何をするにせよそれは目立つもののの筈だ。管理局の結界によって閉ざされ、内部に大量のゴーレムを生成した状況は、彼らにとって最高のカモフラージュになっている。ここでなら何をしても目立つ恐れはないだろう。木を隠すなら森、という訳か。

 

「だったら、すぐに管理局に連絡しなきゃ……」

 

 ユーノがアースラに通信を取る。要件を伝えるが、町の中心ではゴーレムの数が多すぎて、まともに探査出来ないと言う。それにゴーレム達は管理局の魔導師を優先的に狙うようになっているらしく、とてもそこまで手が回せないらしい。

 

「……間に合わないかもな」

 

 大量のゴーレムはジャミングの為でもあるのだ。確かめるためには、直接現場に行くしかない。

 

 エンダーは決心した。

 

「リニス、ユーノ君。俺はここで別行動を取る。二人は引き続き発動したジュエルシードの封印を」

 

「エンダーは?」

 

「町の中心だ。直接行って、確かめる」

 

「エンダー!」

 

 抗議の声を上げるリニスを手を上げて遮る。

 

「これが最善だ。町の中心にヤツらがいると言うのはただの想像に過ぎない。もしかしたら本当に何もないのかもしれない。それに比べて暴走したジュエルシードははっきり分かる危険だ。放っておけない。が、それは俺がいなくても構わないだろう。よって二手に別れることにする」

 

 分かりやすだろう? と同意を得ようとする。

 

「何が最善ですか、率先して危険に飛びこむような提案して……。エンダー、あなたは自分が彼らにこだわっているだけです」

 

「かもね。でも、元はと言えばそれが俺の戦う理由だったんだよ」

 

「そんなことは……」

 

「リニス、分かってくれ。何時までもここで言い争っている時間はないんだ」

 

 時間を理由に強引に黙らせる。これまた後が怖い説得方法だが、後の事は後で考えよう。

 

「ユーノ君も、いいかな?」

 

「僕は……」

 

 ユーノは考える。エンダーだけを危険な目に合わせるのは反対だ。考え直して欲しいと思う。だが、エンダーはそれが自分の戦う理由なんだと言った。エンダーが手伝ってくれている理由について、彼から詳しい事情を聞いたことはなかったが、何か深い事情があることは察していた。それが敵対している彼らと関係があるらしいことも今分かった。

 

 戦う理由。自分のそれは、危険なジュエルシードを封印し、発掘者としての責任を果たすこと。そしてなのはとエンダーには、それぞれに別の理由があった。どんな偶然かジュエルシードを中心にしてそれが重なり合っていたことが、三人が一緒に行動している理由だった。

 

 なのはは単身フェイトに戦いを挑んだ。危険だと分かっていたのに、自分はそれを見送った。それがなのはの戦う理由だったから。それにユーノは信じている。なのはは無事に帰ってきてくれると。

 

 そしてこれがエンダーの戦う理由だと言うのなら、同じ信頼を彼に寄せられるのではないだろうか。その理由がどんなものであるかなど関係ない。彼は一緒に戦ってきた仲間なのだ。

 

「……分かったよ、エンダー。皆で自分の戦う理由の為に戦おう。僕も自分の仕事をする」

 

「ああ。気をつけてな」

 

 目を合わせたまま、軽く頷きあう二人。そんな彼らを見て、リニスは深く溜息を吐いた。そしてエンダーに歩み寄ると、その頭を抱き抱える。

 

「わ、リニス?」

 

「エンダー。くれぐれも、くれぐれも無茶をしないように」

 

 リニスが祈るように言って、エンダーを解放する。

 

「分かってる。ちょっと見てくるだけさ」

 

 照れて赤くなった顔を誤魔化すようにしかめ面をしながらエンダーが答える。その意外な姿にユーノがちょっと笑ってしまう。咳払いをして、真面目な雰囲気に戻す。

 

「……それじゃあ、行くぞ」

 

「ええ」

 

「うん」

 

 一瞬のアイコンタクトでお互いの無事を祈りあいながら、三人は二手に別れた。リニスとユーノは次のジュエルシードの元へ。エンダーは町の中心へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海鳴市に近海の上空。そこで2人の少女が向かい合っていた。白い魔道衣に身を包み、赤い宝玉を備えた杖型デバイスを持つなのはと、黒衣の魔道衣に大盾のデバイスを構えるフェイト。

 

 先ほどまで空中戦を繰り広げていた二人であるが、一旦仕切り直しと距離を開けて睨みあう。

 

 息を整えるなのは。ここまでは何とか互角に戦えている。なのはの技量が上がったのもあるが、フェイトの動きが直線的過ぎることも理由だ。相手は明らかに本調子でない。

 

「…………」

 

 戦闘中ずっと険しい顔をしているフェイト。そこには過去の先頭のような余裕は感じられず、焦りが滲み出ている。

 

「私、強くなったでしょ? フェイトちゃん。いっぱい練習したんだ」

 

 緊張を解そうとなのはは話しかけてみる。フェイトはその呑気な姿に苛立ちが募る。

 

 ――どうして自分の邪魔をするのか。ただ、ただ私は故郷に帰りたいだけなのに……

 

「……どうして」

 

「え?」

 

「どうして、邪魔するの……」

 

 俯くフェイト。表情が見えなくなる。初めてフェイトから話しかけて来たことに驚くなのはだが、すぐに気を取り直す。話しかけてくれたということは、説得の余地があるのかもしれない。

 

「どうしてって……。私はフェイトちゃんの事を知りたいの。どうしてそんなに悲しい目をしてるのかなって。それを何とかしてあげたいし、それに……出来ることなら友達になりたいって思う」

 

 ――悲しむ理由だって? 何とかしてあげたいだって? 一体誰のせいで私がこんな……

 

「フェイトちゃんのしていることは、いけないことなんだよ。ジュエルシードはユーノ君や管理局の人たちの物なんだから。今ならまだ――」

 

 ――いけないこと……? 私の戦う理由がそんな……

 

 真剣な瞳で語りかけるなのはの言葉は、何故かフェイトの胸に響く。だからこそ許せなかった。

 

「……うるさい」

 

「え?」

 

「うるさい! うるさい! うるさいうるさいっ!!」

 

「フェ、フェイトちゃん……」

 

「私が何で戦っているのか知りもしない癖に! 知ったふうに言わないで!」

 

 止められなかった。今まで押しとどめていたものが溢れ出ていた。突然の感情の奔流に圧倒されるなのはだったが、今まさにフェイトが自分の本心をさらけ出しているのが分かった。

 

「知ったふうなんてつもりじゃないの。気持ちは、口に出さなきゃ分からないんだよ。私はそれをフェイトちゃんから聞きたくて……」

 

「放っといてよ! 私のためを思うならジュエルシードを渡してよ! どうしてみんなして邪魔ばかりするの!? 友達なんていらないから、だから……あなたはもう堕ちて!!」

 

 絶叫するフェイト。自分の言葉が彼女を追い詰めてしまったことを悟るなのはだったが、後悔している時間はなかった。

 

「バスティオン!!」

 

"ランサ―モード"

 

「!」

 

 大盾が展開する。同時にフェイトは一気に距離を取る。この後来るものの正体を予感したなのはは更に離れる。

 

 大盾――槍に魔力がチャージされていく。大気中に稲妻が走る。やはりあの時一度見た、雷の突進だ。

 

 それを理解した瞬間、なのはも魔法を発動させる。すると周囲の空間からなのはの元へ、魔力が集まってくる。その光景は美しく、幻想的と言ってもいい。大気中にばら撒かれていた魔力が集束しているのだ。集められた魔力はなのはの前に魔力球を形成していく。

 

 自分にはエンダーのように紙一重で回避出来るような運動性はない。完璧に防げるような防御魔法も使えない。あれに対抗しようと思ったら、なのはの最も得意とする魔法、砲撃で正面から打ち勝つしかないのだ。

 

「…………」

 

 レイジングハートの持つ手が震えている。フェイトの魔法の破壊力はとんでもない。自分の力で止められるという保証もない。負けたら――死んでしまうのだ。それは分かっていた筈なのに、覚悟してきた筈なのに、なのはは自分の心に変化が生じたことを察する。

 

 かつてないほどに自分は死の瀬戸際に立っている。ようやく今の自分を守ってくれるものは何もないのだと理解する。動悸が激しくなり、息も上がってくる。平衡感覚も失い、果たして自分がまだ飛んでいるのか、それとも落ちているのかの区別もつかなくなってくる。今更ながらに、なのはは怯えていた。

 

 目をつむる。空気を求めるように喘ぎ、首元を押さえる。すると、その手に何かが触れた。ペンダントだ。戦いの前にエンダーがかけてくれた。縋るようにそれを握りしめる。

 

 すると、そこから何か温かい気持ちが伝わってくる気がした。自分の事を応援してくれている、励ましてくれる、必ず勝てると奮い立たせてくれるような気持ちが。

 

 それがなのはに平常心を取り戻させた。自分は一人ではないのだ。こんな時でも自分を思ってくれる友達がいる。

 

 そうだ。この気持ちを、なのははフェイトに教えたかったのだ。その気持ち一つで、なのはは死への恐怖を呑み込んだ。

 

 目を開ける。その瞳にもう迷いはなかった。デバイスを握る手も確かだ。

 

 ――必ず止める。フェイトちゃんを助け出すんだ。こんなふうに戦わなくたって、苦しまなくたって、助けてくれる人さえいれば、抱えている問題だってちゃんと解決できるって私は信じてるから。

 

「レイジングハート、お願い」

 

"了解、マスター。スタン設定を解除。衝撃設定を最大にします"

 

 非殺傷設定が解かれる。

 

 なのはとレイジングハートには解っていた。現状自分たちの持つ最大火力を持ってしても、あの大盾を貫くことは出来ないということが。魔力ダメージによるノックアウトは不可能なのだ。

 

 だとしたら方法は一つしかない。物理的な圧力で、突進を食い止めるのだ。

 

 お互い一キロほどの距離を空けている。本来はなのはの距離だが、今は気休めにもならない。気を抜けば相手は一瞬で詰めてくるだろう。

 

 魔力のチャージが完了する――殆ど同時。

 

 間髪いれず、なのはは魔法を行使する。

 

「いくよっ! これが私の全力全開! スターライト……」

 

 集められた莫大な魔力が指向性を持つ。より強力な力を求めてなのはとレイジングハートが編み出した集束砲撃魔法。その引き金を、引いた。

 

「ブレイカーー!!」

 

 放たれる魔力の奔流。個人の行使する魔法としては規格外の破壊力をもつ砲撃魔法が、一直線にフェイトに向かう。

 

 それをただ待って見ているフェイトではなかった。一瞬遅れて彼女も魔法"サンダーチャージ"を発動させる。限界まで貯められた魔力を推進力として使い、弾かれたように突進を開始する。その加速力はまさしくイカヅチの如しである。眼前に敵の魔法が迫っていようが関係ない。突き破ってやるとばかりに真っ向勝負を挑んでいく。

 

 そして、着弾。なのはは自分の魔法が狙い違わずフェイトに命中したことを知る。だが、それでも全く気が抜けないことをすぐに思い知る。

 

 前進していた。フェイトは、この途轍もない圧力の波をかき分けて進んでいた。押しのけられた魔力が周囲に拡散していく。速度は大分落ちているものの、全く止まる気配がない。

 

「っくぅ……!!」

 

 その出力を制御する負担になのはは呻く。

 

 まだだ。まだ速い。もっとスピードを落とさせないと……。

 

 既にフェイトとの距離はかなり近づいている。自らが放出する魔力で視界がきかないが、すぐ傍まで迫っている筈だ。喉元にナイフを突きつけられるようなプレッシャーを感じる――気合いで押しのける。大事なのは、知恵と戦術。

 

 後少しで突破される――

 

 ――! 今だ!

 

 なのはは砲撃魔法を強引にキャンセルし、フラッシュムーブ――高速移動魔法で即座に後退する。それと同時に、マルチタスクによって並列して準備をしていたもう一つの魔法を発動させる。

 

"マルチ・プロテクション"

 

 砲撃を抜けて姿を現すフェイト。その前に防御魔法を五重にして展開する。穂先が衝突する。かなり速度が削がれてはいるものの、内包した魔力による攻撃力は未だに健在で、障壁を次々に打ち破る。着実に勢いは殺されていくが、まだ止まらない。

 

 最後の一枚を貫く――これでなのはとの間を隔てるものはない。距離もない。今から他の魔法を準備する時間もない。

 

 勝った。刹那、そう確信するフェイト。だが次の瞬間信じられないものを目にする。

 

「ディバイン――」

 

 なのははレイジングハートを構え、ピタリとその照準をフェイトに合わせていた。そこには既に発射態勢にまで充填されている魔力。

 

 規格外の出力に、なのはのリンカーコアが悲鳴を上げる。まるで体が燃え盛っているかのような激痛が走る。必死で耐える。

 

 なのはが準備していた“三つ目”の魔法だった。ここまでしなければ、フェイトを止めることはできないと読み切ってのことだった。

 

「う、うわぁあぁぁ!!」

 

 叫ぶ。すでにフェイトの魔力は限界まで損耗している。あれを食らったら止められてしまう。

 

 ――いやだ、いやだ! いやだ!!

 

 ここに来て加速するフェイト。残りの魔力を全て注ぎ込んで走る。もう少し。もう少しで――

 

 その切っ先がなのはを捉える――その直前――

 

「バスターー!!」

 

 ゼロ距離で砲撃が発射された。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……うぅ……」

 

 荒く息を吐くなのは。魔力の過負荷によってもう体を動かすことさえできない。飛行魔法の維持がやっとだ。レイジングハートもオーバーヒートし、一時的に休止状態になってしまった。

 

 ――これで、勝ったんだよね

 

 そう信じたい。もう自分に戦う力は残されていない。祈りながら、煙の中に目を凝らす。

 

 フェイトとの激突によって生じた魔力煙が晴れていく。彼女は無事だろうか。ひょっとして怪我をしているんじゃないかと心配になる。

 

「フェイトちゃーん!」

 

 呼びかける。そこに、煙の中から人影が現れる。安堵しそうになったなのはだったが、その姿を見て言葉を失う。

 

「あ、あぁ……」

 

 フェイトがいた。デバイスは失われており、バリアジャケットもボロボロだったが、その瞳に変わらぬ敵意を込めてなのはに向かってきていた。その手には魔力の刃が握られている。

 

 勝ってなど、いなかった。自分は負けたのだ。ゆっくりと近づいてくるフェイトに対し、なのはは身動きもできずにただ呆然とする。

 

 フェイトがその手を振り上げる。死んじゃうんだ、とようやく心が追いついてきた。それが分かっても抵抗できなかった。恐怖も感じず、ただ諦観の中目を瞑り、その時を待とうとする。そこに――

 

 ――なのはちゃん!

 

 そんな声が――聞こえてきた

 

 そしてなのはの体に魔力が送られてくる。目を開けると、そこには自分の胸元で輝いているペンダントがあった。

 

 ――そっか。助けてくれるって、言ってたもんね

 

 優しく笑う。送られてきた青色の魔力を纏い、なのははフェイトに向き直る。そして自分も手を振り上げ――その頬を叩いた。

 

「…………」

 

 ポカン、とした顔でなのはを見返すフェイト。自分が何をされたのか理解できていなかった。その表情からは、さっきまでの敵意が吹き飛ばされていた。無防備な、年相応の少女の顔だった。手にあった刃も消失している。なのはとアリシアの一撃が、フェイトを捕らえていたものから解放していた。

 

 するとその瞼が落ち、体も力を失う。気力だけで持たせていたのが限界にきたのだ。飛行魔法も解除されてしまう。

 

「あっ! フェイトちゃん!」

 

 慌てて捕まえようとするが、なのはの方も限界だった。体を動かそうとした瞬間飛行魔法が切れてしまい、自分も落下する。

 

 落ち行く中で、なのははフェイトを抱きしめる。決して離すまいと力を込める。あっという間に海面が接近してくる。目をきつく瞑る。もう少しで落ちる――

 

 ――その二人を紫色の光が優しく受け止めた。魔法によって展開された足場の上に、二人は乗っていた。

 

 呆気に取られた後、徐々に状況が理解でき、小さく笑ってしまうなのは。強くなったなんて、思い上がりだった。自分はこんなに人に助けてもらっている立場なのだ。

 

 暗い気持ちはなかった。それは希望だった。

 

 微笑むなのはの腕に中で、フェイトが目を覚ます。

 

「あ……私……」

 

「起きた? フェイトちゃん」

 

「あなたは……」

 

 不安げな視線で見上げてくるフェイト。そこにようやく理解の灯がともった。

 

「そっか……負けちゃったんだ、私」

 

 俯き、呟く。再び悲しみがその瞳を覆う。その悲しみを、なのはは何とかしたかったのだ。

 

 町から離れた海上で、奇妙な静寂が辺りを包んでいる。

 

「ねぇフェイトちゃん。今、何考えてるの?」

 

「何を……? ううん、分からない。ただ、ただ悲しくて」

 

 悲しげに首を振る。

 

「そういう時はね、泣けばいいんだよ。悲しみを全て流しちゃうぐらい。その後で、たくさんお話しよ。フェイトちゃんの悩みを解決するために」

 

「解決……?」

 

「うん。私、フェイトちゃんを助けてあげたい。助けてくれる人がいることは希望なんだって、今度は私がフェイトちゃんにそれを教えてあげたい」

 

「…………」

 

 その言葉が、今までのどんな言葉より素直にフェイトの心を打った。その瞳が徐々に潤んでくる。フェイトを抱きしめるなのは。

 

 決壊した。圧し殺そうとしていた感情が全て、涙という形で溢れ出ていった。縋りつくようになのはに抱きつく。その胸に顔を押し付け、フェイトはただひたすらに泣き叫んだ。

 

 静かな海上に、幼い少女の泣き声が響く。

 

 なのはは空を見上げた。結界越しにでも、そこに満天の星空があるのが分かった。星明かりに照らされながら、なのはも一筋涙を流す。悲しいことは全部、この空にとけてしまえばいいのにと願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あれよあれよという間に2週間が……物語を書くって難しい

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。