魔法ニンジャ活劇   作:ダニール

11 / 21
第九話

 

 

 第九話

 

 

 工場地区での戦いのあった次の日の朝早く。の遠見市、その外れ。ビルとビルとの間にあるヒト気の無い通り。ゴミの積み重なった小汚い場所で、良識ある人間ならとても通り抜けようとは思わない所だ。そこにいるのは、生ゴミ目当ての野良猫ぐらいである。

 

 そこに音も無く一人の男が姿を現した。一体どのような隠形か。影が人になったかのように、いつの間にかその場に佇んでいた。

 

 近くにいた野良猫が一瞬顔を上げ男を見上げるが、すぐに興味をなくし食事に戻った。その薄すぎる気配に、警戒する必要無しと判断したのだ。

 

 男はその路地を挟んでいた、片方のビルの非常階段に歩み寄る。そこで何か一言呟いた後、階段を上り始める。

 

 男は、仮住まいとしている四階を通り過ぎ、そのまま屋上まで上っていった。

 

 風雨に晒され、荒れた屋上。人による管理が全くされていない。いや、屋上だけでなくこのビル全体が。

 

 ここは男――ゴースト達がアジトにしている廃ビルである。彼らが“ここ”に来た後、海鳴市の隣にあるこの町の外れに拠点を定めたのだ。

 

 一見普通の廃ビルにしか見えないが、その実ありとあらゆる探査避けの魔法が重ねがけしてあった。一般人でここに近づく者のはいないし、意識すらされない。魔導師であっても難しい。そのため管理局相手でも、暫く発見されることはない。

 

 ゴーストはそこで一人佇み、思案に暮れる。朝日の中にあって、ゴーストの存在感は今にも消えてしまいそうに見える。その姿を誰か目撃できたなら、そこに人がいるのか、それとも朝日の見せる幻影なのか判別できないぐらいである。

 

 その内ゴーストは、デバイスの中に格納されていたジュエルシードを放出し、周囲に並べる。十一個の宝石が宙に浮かんだ。

 

 戦闘の後、一晩中探索を続けた甲斐あって更に一つを手に入れることが出来た。これが現在彼らが保持しているジュエルシードの全てである。

 

 そして恐らく、町に散らばった最後の一つだ。残りは管理局側が持っているに違いない、とゴーストは推測する。例えそうでなくとも、彼らの捜索力を持ってすれば早々に残りを見つけてしまう筈だ。こちらに邪魔をする機会を与えず。

 

 昨日の戦闘を思い返す。あの時介入してきたのは三人だけだったが、その全てが高ランクの魔導師であることは容易に察せられた。こちらの戦力で対抗するのは不可能と見るべきだ。

 

 それは予想の範疇であった。我々が探索を続けていられるのは時空管理局が介入するまで。タイムリミットだ。

 

 考えるべきは今後の“処理”だった。以前より悩んでいた問題なのだが、既に方法は決まっていた。

 

 後は何時実行するかだが――

 

 ゴーストは空を見上げる。そこには昇り始め、町を照らす太陽があったが、ゴーストの意識は夜に跳んでいた

 

 ――今夜は、満月だったか……

 

 日数を計算する。間違いない筈だ。

 

 そして決心した。今夜、決行する。

 

 心が決まった後ジュエルシードを再び格納し、周囲を見渡す。この光景を心に残すように。丘の上に建っているが、さして高いビルではないのでそこから見えるものなど高が知れている。が、ゴーストには関係なかった。

 

 

 

 そうやってかなり長い間、町を見続けていた。日中の間ずっと。既に空が陰りを帯び始めている。

 

 それに気付くとゴーストは深く溜息を吐き、屋上から離れようとする。最後に一度、惜しむように後ろを振り返った。

 

 

 

 四階まで戻ってくる。

 

 ゴーストはその入り口で軽く深呼吸をし、心を整える。その後、中に入っていった。

 

 屋上同様人の手の入っておらず、所々にゴミやラクガキが見られる荒れたビル内を進む。ゴーストのその動きは非常に毅然としており、軍人の行進のような迫力があった。

 

 そして一つの部屋の前に辿り着き、ノックも無しに扉を開ける。生活感の感じられないその部屋には彼の仲間である二人――フェイトとアルフがいた。

 

 突然開けられたドアに、アルフが驚いたように振り向き警戒するが、そこにいるのがゴーストと知ると表情を緩めた。

 

「なんだいゴーストかい……。驚かさないでくれよ」

 

 安堵の溜息を吐くアルフ。それを無視してゴーストはフェイトに目をやる。彼女はベッドで横になっている。寝苦しそうだ。

 

「ゴースト、フェイトの様子がおかしいんだよ。ずっと休ませてるのに全然回復しないんだ」

 

 心配そうにフェイトを見下ろすアルフ。その彼女に近づくゴースト。

 

「何が原因なのかもよく分からなくて……ゴースト?」

 

 黙ったままのゴーストを不審に思い、アルフがゴーストに向き直ろうとする。その彼女に向かってゴーストは鋭く腕を払った。

 

 頬を強烈に張られ、弾かれ、崩れ落ちるアルフ。何が起こったのかも分からず、彼女は痛みも感じずに目を白黒させた。

 

「ゴ、ゴースト? い、一体……?」

 

 理解の追いつかないアルフに対し、ゴーストは更に腕を振る。再び頬に衝撃を感じ、その勢いで床に突っ伏すアルフ。

 

 頬に焼けるような痛みが感じられるようになってきた。ここに至ってようやく彼女の頭が正常に働き始める。自分は殴られているのだ。ゴーストに。

 

 それが分かってもアルフの混乱は収まらなかった。何故なのか、そして自分はどうすればいいのかも分からず、体も起こせない。

 

 そんな彼女の姿にゴーストは低く鼻を鳴らすと、アルフにバインドをかけ、無理やり引き起こす。両手両足を固定され、宙に磔にされたような姿になる。

 

 未だ抵抗もできず、されるがままの状態でアルフは前に立つゴーストの顔を見た。その表情は、彼女が今まで見たこともないものだった。冷たく、不動で、酷薄だった。

 

「……昨日、時空管理局が来た」

 

 部屋に入ってから初めてゴーストが喋る。その声すら普段と違っている。鋭く、容赦ない。

 

「そ、そうだったのかい……」

 

 あまりの変貌ぶりに、相槌を打つことしか出来ないアルフ。それが原因なのだろうか? 管理局との接触が、ゴーストを苛立たせているのか……? 

 

 はっきり言って彼女は怯えていた。今のゴーストの姿は、彼女達のよく知るそれとは別人だった。怒りに満ちた表情でも無く、特別声を荒げたわけでもないのに、アルフはゴーストが恐ろしかった。

 

「そんな時に、お前は何をしていた?」

 

「わ、私は、フェイトの看護を……」

 

「黙れ」

 

 ゴーストがアルフの言葉を遮るように、腰のデバイスを引き抜き腕を振るう。アルフの頬に赤い線が走り、血が染み出す。

 

「ゴー、スト……?」

 

「これを見ろ」

 

 ゴーストは格納されていたジュエルシードを放出する。

 

「いくつある? 数えてみろ」

 

「じゅ、十一……」

 

「そうだ。たった十一だ」

 

「痛っ!」

 

 今度は腕を斬られる。

 

「残り十個は管理局の元だ。最初からヤツらが来るまでがタイムリミットだと言っていた筈なのに、何をそんなに呑気にしている? 何故役立たずのお守りで時間を浪費する?」

 

 言いながら、ゴーストは無造作にデバイスを振る。その度に刃で体を撫でられ、切り裂かれ血を流すアルフ。ただひたすら無表情のゴースト。

 

「ゴースト……どうしちまったんだよぉ……」

 

「ジュエルシードの探索も満足に出来ない」

 

 弱々しく訴えかけるアルフを無視して斬る。

 

「こちらの指示も聞かない」

 

 斬る。

 

「素人同然の魔導師を下すことも出来ない」

 

 斬る。斬る。斬る。

 

 磔にされ抵抗できないアルフを、なます切りにする。既に彼女の体はズタズタで、床には血だまりが出来ている。痛みに呻くアルフ。

 

「私がいけなかったのか? 甘い顔をしていたからつけ上がったのか? こうやって痛い目を見せなければ覚えないと言うのか? ふん、痛みでしか律することが出来ないとは、まさに獣だな」

 

「…………」

 

 既に言葉も発せないアルフの喉元に切っ先を突きつける。

 

「どうなんだ? いっそ死んだ方が、良いか……?」

 

「……ゴースト……? 一体何を……」

 

 その時、困惑した声が響く。フェイトだ。

 

 フェイトはアルフとのリンクから送られてくる感覚に異常性を感じ、意識を覚醒させた。そして目の前で繰り広げられている光景に戸惑う。仮とは言え自分たちの住処で、凄惨な拷問が行われているという事実を正しく受け止めることが一瞬出来なかった。

 

 だが目を覚ましたことでよりアルフの苦痛がハッキリ感じられるようになり、それが彼女の現実感を呼びもどした。

 

「ゴーストっ! やめて! アルフが、アルフが死んじゃうっ!」

 

 身体の不調、そして寝起きでふらつくのを押して、フェイトはゴーストに縋りつく。普段感情を露わにしない彼女らしからぬ必死さだった。

 

 そんな彼女をゴーストは無感動に見据え、振り払う。思わず尻もちを突き、信じられないようにゴーストを見上げるフェイト。

 

「……そうだな。飼い犬の不始末の責任は、その飼い主が負うべきだったな」

 

「! ゴースト、待って! 私ならいいから、フェイトには……」

 

 フェイトに矛先が向かいそうなことを察し、アルフは気力を振り絞り声を上げる。だが言葉の途中で口にまでバインドをかけられ、喋ることも出来なくさせられる。

 

「やめて、アルフに酷いことしないで……」

 

「あぁ、もうしないとも。ほら立ち上がりたまえフェイト」

 

 デバイスを鞘に納めた後、ゴーストはフェイトの首にバインドをかけ、身体を引っ張り上げる。慌てて立ち上がるフェイトだったが、ゴーストが引き上げる位置が高すぎて、つま先立ちになって首が吊られそうになることを防ごうとする。

 

 暫くの間、口を閉じられたアルフの無言の叫びと、フェイトの苦しげな呻き声が部屋に響く。

 

「私は、君たちの役立たずさにほとほと呆れているのだ、フェイト」

 

 そういってバインドを解除する。急に解放されたフェイトは、崩れ落ちそうになる体を何とか持ちこたえさせ、首を抑えながら荒く呼吸する。

 

「役、立たず……」

 

 弱々しく呟くフェイト。

 

「そうだ」

 

 ゴーストは彼女の頬を張る。

 

「精神面が不安定だと聞いていたから、今まで甘く対応してきた。その方が上手く利用できると思ってな。だが、間違いだったようだ」

 

 もう一度、今度は反対の頬を張る。俯き、受け入れるフェイト。唐突に明かされたゴーストの本心に、その表情は暗く、沈んでいく。

 

 ゴーストは気にも留めない。

 

「全く、これでは廃棄処分とされたのも頷ける。彼らの判断は正しかったと言うことか」

 

「……廃棄、処分……?」

 

 その言葉にフェイトが反応した。顔を上げ、何を言っているのか分からないといった風にゴーストを見返す。

 

「そうだ。……あぁ、君は知らなかったんだったな。フェイト、君は捨てられたんだよ。当の昔に。君が元の世界に帰る方法など、初めから用意されていない。それを持っているのは私だけだ。彼らは君を使い捨てにするつもりでここに送り込んだのだ」

 

「…………」

 

 フェイトの表情は動かなかった。だがアルフには分かった。その言葉が、他の何より鋭く、深く彼女の心を突き刺したことを。任務を終え、故郷に帰る。それだけが、彼女の唯一の望みだったのに……。

 

 殴られ、赤くなったフェイトの頬に、一筋の涙が伝った。

 

 そんな彼女に対し、ゴーストは身体を屈めて目線を合わせ、それまでとはうって変わって優しいともとれる声音で語りかける。

 

「フェイト、ジュエルシードを取ってくるんだ。そうすれば、君の願いも叶えられる」

 

「私の、願い……」

 

「そうだ。ジュエルシードは二十一個もあるんだ。一つくらい使ってしまったって、問題はない。君が使えばいい。故郷に帰るために」

 

「…………」

 

 ゴーストはフェイトの心に、言葉を染みこませていく。それを、彼女は受け入れてしまう。他に縋れるものが無かった。

 

「向こうに、君の事を気にかけていた少女がいただろう。彼女から奪うんだ。残りのジュエルシードを、全て。……いいね?」

 

「はい。はい……」

 

「よし、いい子だ」

 

 頷くフェイト。何故か涙が止まらない。そんな彼女に満足げに微笑みかけるゴースト。

 

「では、行くんだ」

 

「はい」

 

 指示に従い、夢遊病者のような足取りで部屋を出ていくフェイト。それを、再び感情の無い冷たい目で見送るゴースト。そして、ふと思い出したようにアルフにかけてあったバインドを解除する。

 

 宙で解放され、受け身も取れずに自らの血だまりに沈むアルフ。痛みで全身が麻痺する。だが、彼女にはそんなことはどうでもよかった。

 

「ゴ―ストォ……!!」

 

 可能な限りの憎しみを籠めて男を睨みつけるアルフ。体さえ動けば、体さえ動けばこの野郎を八つ裂きにしてやるのに……!

 

 そんなアルフを一瞥しただけで気にも留めず、ゴーストもまた部屋から出ていった。

 

 そこには、血の海で呻くアルフだけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 落ち込んだ様子で大きく溜息を吐く少女――なのは。

 

「なのはちゃん、大丈夫?」

 

「うん……大丈夫」

 

 アリシアの心配に、大丈夫でなさそうに答えるなのは。

 

 なのはが気を落としているのには理由がある。つい先程、なのははアースラに行って今後も戦力に加えてくれないかとお願いに行ったのだ。

 

 結果は却下。なのはなりに必死に自分が戦う理由を主張したのだが、リンディ艦長の正論の前にはなすすべがなかった。あまり食い下がるとレイジングハートを没収されてしまいそうだったので、強く出れなかったせいでもある。

 

 そうして現在、なのはとユーノ、そしてテスタロッサ家はアースラを降り、日の沈む中海鳴臨海公園に集まっていた。

 

「はぁ……」

 

 再び溜息。リンディ艦長のやんわりと、だが容赦ない言葉を思い出す。あの人はなのはの戦う理由に価値なんて無いと、暗にそう言っていた。

 

 敵対している相手と“友達になりたい”と言うのが戦う理由ではそんなに駄目なのだろうか。時空管理局の人たちが戦う理由の方が、正しくて立派なものなのだろうか。なのはには判断できなかった。

 

「……なのはちゃんは優しいんだね」

 

 アリシアが言う。

 

「そう、なのかな? 私にはよく分からないよ。これはただの我儘なんだって、自分でもそう思っちゃうし」

 

「他人のために我儘を言えるのは、優しい証拠なんだよ。あの子の事、何とかしてあげたいんだよね」

 

「うん……。意地になってるのかもしれないけど、やっぱりフェイトちゃんとお話したい。あの子の抱えているものを知りたいの」

 

「うん。だったらさ、どうやって実現しようか、一緒に考えよ。私も手伝うから。後からのこのこやって来た管理局の人たちの言うことなんて、気にしなくていいよ。大切なのは自分の気持ち! そうでしょ」

 

 アリシア自身もフェイトの事が気になっていた。自分にそっくりな容姿を持つ少女。だからなのかどうなのか、彼女の事を他人と思えなかった。アリシアには彼女の悲しみが、苦悩が感じ取れるようだった。どうにかしてあげたい。なのは同様そう思った。

 

「でも、気持ちだけじゃ……」

 

「それだけじゃないよ。なのはには助けがある。言ったでしょ、私も手伝うって。それに母さんも、リニスも、ユーノ君も、後ちょっと頼りないけどお兄ちゃんもいるし。これだけいれば、大抵の問題はすぐ片付いちゃうよ」

 

 胸を張って断言するアリシア。根拠とも言えぬ根拠だが無駄に有り余る自信に、なのはも元気づけられてきた。

 

「そう、だよね。その為に戦ってきたんだもんね。……うん。私、やっぱり諦めない。絶対フェイトちゃんとも友達になって見せるよ!」

 

「その意気だよ。それじゃ、方法を考えよっか。私が思うに、フェイトはきっと母さんが作ったジャム入りの焼き立てパンが大好きだから……」

 

「それは、アリシアちゃんの好きなモノなんじゃ……」

 

 

 

 

 

 気を取り直したなのはと、どこかずれているアリシアの作戦会議が始まった。傍から見ていると非常に微笑ましい画である。そんな光景を、少し離れた所からテスタロッサ家とエンダー、ユーノが眺めていた。

 

「少し、複雑な感じがするな」

 

 エンダーが呟く。

 

「何が?」

 

「素直に引きさがってくれていた方が、良かったんじゃないかって」

 

「今更よ」

 

 プレシアが溜息交じりに応える。実際その通りだ。巻き込みたくないと言うのなら、最初から遠ざけておくべきだった。そのことでエンダーを責めるのも今更だが。

 

「とにかく、私達も今後の事を考えましょう」

 

「考えることありますかね? 俺はなのはが抜けないと言うなら、それに従いますよ」

 

 巻き込んでおいて自分だけさっさとやめる気にはならなかった。それにゴースト達との決着は自分でつけたいという思いもある。そのために、彼らと知り合いなのだということを管理局には黙っているのだから。

 

「まぁ、そうなるわよね。私としても、身内の問題は身内で解決したいし。それにあの子の事も知りたいわ」

 

 意味ありげな視線をエンダーに向けるプレシア。彼女とリニスには彼らとの関係を話してあった。フェイトが自分の娘にそっくりだということも、賛成する理由である。外見が似ているだけの筈なのに、何故か他人とは思えない。

 

「私もプレシアの意見に賛成ですね。それに、今更アリシアにやめると言えません」

 

 ちょっと苦笑しながらリニスも同意する。エンダーの事は置いておいても、あのアリシアの姿を見て反対できるような人間はここにいなかった。

 

「ユーノ君はどうする? ジュエルシードの問題なら、後は管理局に任せてもいいと思うけど」

 

 テスタロッサ家のやりとりを、ちょっと不思議そうに眺めていたユーノに話を振る。

 

「僕は……ううん僕も、ここでやめたくない。最初からこの事件に関わっている人間として、最後まで関わり通したい」

 

 少し考え、ユーノはそう答える。エンダー達と一緒に過ごしてきたことで、当初の責任感や義務感は大分落ち着いていた。それでもやはり、この事件は自分が何とかすべきだと思う気持ちは残っている。それに、意地もある。なのはやエンダーがやめる気が無いと言っているのに、一緒に戦ってきた自分だけが背を向けられない。

 

「……みんなして、物分かりの悪い人間が集まっているな」

 

 エンダーも思わず苦笑する。とにかく、全員参戦が決定したわけだ。管理局との関係も考えて、作戦を立てる必要が――

 

 ――その時、莫大な魔力と光が周囲を埋め尽くした。

 

 

 

 

 

「何が起こったの!?」

 

「ジュエルシードです! 複数のジュエルシードが町中で発動した模様。放出された魔力が町を覆い尽くしています!」

 

 突然の緊急警報に、リンディは即座に原因を問いただす。それにオペレーターであるエイミィが応答する。

 

「ジュエルシード? こんなに突然、同時に? いえ、今はそんなことよりも……」

 

 今一番問題にしなければならないのは、町の安全と魔法の秘匿である。ジュエルシードの危険性はその“願いを叶える”という特性だが、ただ内包する魔力を撒き散らすだけでも十分以上に脅威となる。しかも日の沈みかけているとは言え管理外世界のど真ん中である。早急に対処しなければならない。

 

「……エイミィ、発動したジュエルシードの位置をモニターに」

 

「了解」

 

 エイミィがパネルを操作し、前面モニタに町の地図と発動したジュエルシードの位置を表示する。幸いジュエルシードの反応はかなり目立つので、探査に手間取ることはなかった。

 

「すいません遅れました。艦長、状況は?」

 

 そこに黒衣のバリアジャケットを纏ったクロノが入ってくる。

 

「見ての通りよ、クロノ執務官。ジュエルシードが町中で発動してる。早急な対処が必要よ」

 

「ですね。……ジュエルシードの位置、かなり散っていますね」

 

「…………」

 

 確認できたものは四つ。殆ど町――海鳴市を覆うように発動している。偶発的とは思えない。何者かが強制発動させたのだ。恐らく、我々と敵対してでもジュエルシードを確保しようとしている彼らが。

 

 でも何のために? 何故自ら目標を手放すようなことをするのか。ここまで目立ってしまっては、取ってくださいといているようなものだ。……それが目的なのか? 待ち伏せて、罠に嵌める気だと?

 

「艦長」

 

 思考に沈みそうになったリンディを、クロノが呼び戻す。そうだ、今はそんなことを呑気に考えている場合ではない。行動を決め、指示を出さなければ。

 

「……町全体に結界を張り、ジュエルシードを隔離します。その後、部隊を分散。発動したジュエルシードのもとに急行し、これを封印します」

 

「結界ですか? この範囲を……」

 

「私が出ます」

 

 エイミィの言葉に、リンディは即断する。これだけの広さの、しかもジュエルシードから発せられる魔力嵐を抑えて結界を張れるのは、現状自分しかいない。

 

 部隊を分散するのは、正直避けたかった。敵の手の内だという予感が離れない。だが現状は一刻一秒を争う。罠だと分かっていても、乗らないわけにはいかなかった。

 

「予備の兵力をアースラに残しておきます。それと、私が出ている間は指揮権をクロノ執務官に一任します。いいですね?」

 

「了解です。リンディ艦長」

 

 慌てずに、冷静に指示を受け取るクロノ。“アースラの切り札”という名に恥じぬその姿に、こんな時だと言うのに母親として頼もしく、そして不安な気持ちが湧きおこるリンディ。当然そんな内心はおくびにも出さず、艦長の顔のまま、お願いねと頷く。息子と同じ船で働くようになってからそんな事ばかりで、演技にも慣れてしまった。

 

 そんな自分に少し悲しいものを感じながら、話の間に準備を整えた部隊とともに転送ポートに入る。

 

 すぐさまオペレーター達が座標を設定し、転移魔法を発動できる。光に包まれ、アースラから姿を消すリンディ達。一瞬後、彼らの姿は海鳴市から少し外れた空の上にあった。さすがに次元航行艦の転送ポートと言えど、ジュエルシードの魔力が吹き荒れる空間に座標を合わせることは出来なかったのだ。

 

 即座に結界の展開を始めるリンディ。既に町中の人間が、この現象を不審に思っていることだろう。背中に光る翅のようなものが顕現した瞬間、町一つを覆い尽くす結界が完成した。

 

「……っ!」

 

 その負担に思わず表情を歪める。これだけの広さに加え、内側で暴れ回るジュエルシードの魔力を抑え付けるというのは非常に重労働だ。指揮権を移しておいて正解だった。自分は制御から手が離せない。

 

 連れて来た部隊は作戦通り四つに分けられ、各々暴走したジュエルシードのもとへ向かう。全員飛行魔導師だ。町中に点在するとは言っても、そこまで時間はかからない筈――

 

 そんな予想は、唐突に飛んできた攻撃よって淡くも打ち砕かれた。

 

 

 

 

 

「攻撃!? どこからだ?」

 

「下からです! 敵の姿は……何これ」

 

「どうしたエイミィ? 敵は?」

 

 アースラ内。リンディ達を襲う攻撃を分析するエイミィ達オペレーターだったが、その表示された情報に思わず絶句する。そんな彼女達を急かすクロノ。

 

「……ゴーレムです。報告にあった、敵魔導師の作成したものと思われる。……でもその数が……」

 

「数?」

 

 クロノの疑問に言葉で説明するのが難しかったため、モニターに現在の結界内の様子を映し出す。その映像の内容に、流石のクロノも言葉が無かった。

 

「これは、ゴーレムか……? 結界中に……」

 

 そのモニタ―には、結界中を埋め尽くすほどに生成された大量のゴーレムが映し出されていた。一体どれほどの数がいると言うのか。もはや確認は不可能だった。

 

 それらは自らの体を放り投げて攻撃していた。単純な物理攻撃であるため魔法防御で充分防げるのだが、流石に空を制圧せんとばかりに攻撃が飛んで来るとなると、そうも言っていられない。突入した部隊は空中でその集中砲火を浴び、身動きが取れなくなっている。結界を張ったことで、ヤツらが自由に動ける場を作ってしまったというのか……。

 

「いけない。部隊を地上に降ろせ、このままだと言い的だ」

 

「下にはゴーレムの大群が待ち構えていますが……」

 

「このまま撃ち落とされるよりはいい。予備部隊、出撃だ! 彼らの援護をするぞ。エイミィ、僕も出る。指揮は現場で取る」

 

「クロノく……執務官。その、もう一つ問題が」

 

「何だ?」

 

 更なる問題と聞き暗くなる気持ちを奮い立たせるクロノ。それは、結界内に残されていたテスタロッサ家の人たちや例の民間協力者の少女のいる場所に、敵の魔導師が出現したと言う報告だった。出動した部隊から、大分離れている。

 

「…………彼らの事は、彼らに任せる。それと通信を開いておくんだ。可能ならば、援護をお願いしたいと」

 

 苦渋の決断をするクロノ。この状況で彼らを気づかっている余裕がなかった。人手も時間も足りない。彼らの持つ魔法技能を考えれば、むしろこちらが助けて欲しいぐらいなのだ。この際プライドは捨てる。

 

「了解!」

 

「よし。予備隊、準備できたな……出撃するぞ!」

 

 これが敵との決戦になるのだろうか。それともまだ敵のカードは残っているのだろうか。

 

 拭い切れない不安を押し隠し、クロノは戦場へと転移した。

 

 




地の文に力を入れてみる。が、中々上手くいかない。
しっくりくる言い回しを考えるのにも時間がかかる。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。