魔法ニンジャ活劇   作:ダニール

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第八話

 

 第八話

 

 

 夜明け前、海鳴市の中心街の中でも一際高いビルの屋上に、その男はいた。

 

 年齢は50前後。身長は170程とさほど長身ではないが、その姿勢の良さが実際以上に男を大きく見せている。服で隠れており一見細身に見えるその身体は、その実鍛え上げられた筋肉質なものであった。黒い髪を短く刈り上げ、皺の深く、険しい面持ちの中にも思慮深さが感じられるその姿は、見方によっては軍人にも政治家にも見える。

 

 眼下の海鳴市を見下ろすその瞳に渦巻く感情は、重く暗い、形容のし難いものであった。

 

 暫くして、ふと顔を上げる。

 

「先ほどは失礼した。私の連れに代わって謝罪しよう」

 

「……ちょうど体重が気になっていてね。ダイエットの必要を感じていたんだ。気にしなくとも結構」

 

 屋上の影になっている部分から、一人の男が姿を現した。エンダーである。なのは達を送り届けた後ホテルには帰らず、そのままここに来ていた。

 

 気配を消して忍び寄ったつもりだったのだが、察知されていたらしい。

 

 そのまま歩み寄り、男の隣へ並ぶ。そして自分も町を見下ろしてみる。寝静まった、空虚な町だ。

 

 そのまま縁に腰掛ける。

 

「何を見ていたんだ」

 

「ここに無いものをな」

 

「哲学的だな」

 

 エンダーは男を見上げる。男は相変わらず眼下に視線をやっている。

 

「それで? 俺に話があるんだろう」

 

 先ほどの戦闘終了時、男が念話で呼び出したのだ。

 

「そうだね。君も、私に聞きたいことがあるだろう」

 

「……あぁ。それを聞かせてくれると?」

 

「条件しだいでな。リーダー」

 

 そこで男も隣に腰をおろし、ようやくエンダーの方を向いた。その顔に浮かぶ表情は、やはり読めない。

 

「今はエンダーと名乗ってる。リーダーは止してくれ」

 

「それは失礼した。ではエンダー、私のことはゴーストと呼んでくれたまえ」

 

「ゴースト……」

 

 やけにしっくりくる。

 

「念のため確認しておくが、俺はあんた達の仲間なんだよな」

 

「同じ目的を持つ者同士、と言う意味ならそうだ」

 

「同じ、目的……」

 

「そうだ。……俄かに信じがたいが、もしかして君は記憶をなくしているのか?」

 

「……そうだ」

 

 隠していても仕方ない。

 

「いつから?」

 

「目が覚めた時から」

 

「そうか……」

 

 興味深げに頷くゴースト。

 

「そうじゃなかったら、最初にあった時に俺から接触を図っているだろう」

 

「いや、そんなことはないだろう」

 

「何故?」

 

「君と我々は確かに共通の目的を持って送り込まれてきた者だが、一緒に来たわけではない。君は我々が来たことを知らないのだ」

 

「…………」

 

「まず君が送り込まれた。その後に彼女――フェイトが使い魔とともに、そして最後に私だ。これは当初の計画外の増員だったため、先鋒の君は私たちの存在を知らない。」

 

「……何故そんなことを」

 

「それを知りたければ、私と来るんだ」

 

「…………」

 

 ゴーストの出した条件は、予想通りのものであった。

 

「あんたに着いていけば、全てを教えてくれるのか。俺が忘れていることを全て。自分がどこから、何のためにジュエルシードを集めて、どうしてこんな身体になっているのかも。その全てを知っていると?」

 

「あぁ、全てだ」

 

 確信を持って頷く男。全ての答えが目の前にあった。探していたものがついに見つかったのだ。

 

 それを知って、自分がどう変わるのかは分からない。だがそれで二度と、自分の知らない自分の秘密のせいで他人を傷付けることはなくなる。この地球まで来たのはそれが目的だったのだ。だが――

 

「残念だが、断ろう」

 

「……そうか」

 

 ゴーストは、その言葉に驚きを見せなかった。意外そうでも無く、むしろ納得したようだった。

 

「あの子達か」

 

「あぁそうだ」

 

 ゴーストの指摘は的を得ていた。あの二人を裏切ってまで知りたいと思わなかった。特に悩む必要もなく、そう答えが出た。

 

「なるほど、君らしいな」

 

 僅かに頬を緩め、懐かしそうな顔をするゴースト。

 

「俺らしい? あんたは、俺の事を……?」

 

「さぁ、どうだったかな。どうしても知りたければ、教えんでもないが」

 

「仲間になれば?」

 

「その通り」

 

 じゃあいらないよ、と手を上げる。

 

「その話全部、あんたをとっ捕まえた後でゆっくり聞かせてもらう」

 

「なるほど、そう来るか」

 

 これは手強いと笑うゴースト。

 

「……もう一つ聞きたい。これは多分その条件に引っかからないと思うんだが……あんた達は、最初から俺の事を知っていたら戦闘をやめたか?」

 

「いや、そんなことはないだろう。我々にはあれがどうしても必要なのだ。君が記憶喪失だろうと、敵対しようと、交渉の余地はなかったな」

 

「そうか……」

 

 ほんの少しだけ、胸の重りが取れた気がした。自分が顔を隠していたせいで、なのは達を余計な戦闘に巻き込んだのではないかと気にしていた。

 

 そんなエンダーを、不思議に温かな目で見るゴーストだった。

 

 その後、お互い無言になる。エンダーは聞けることは聞いたし、世間話をするような関係でも無い。

 

 どちらともなく立ち上がる。

 

「……そういえばあのフェイトって子は……いや、大丈夫だったのか? 随分気にしてそうだったが」

 

 一瞬アリシアとの関係を聞きそうになったが、思い直す。その代わりに少女の様子を尋ねる。去り際の表情は悲痛を極めていた。

 

「今休ませている。使い魔のアルフがついているが、芳しくない」

 

 自分も悩んでいると言うように溜息を吐く。

 

「そうか……」

 

「君のところの、なのはさんと言ったか。随分あの子を気にかけてくれているようだ」

 

「あぁ。彼女なら、何とかしてくれるんじゃないかって思ってる」

 

「期待しているんだな」

 

「そうだ」

 

 なるほど、と呟く。

 

「それなら、私も期待させてもらおうかな」

 

 その瞬間太陽が顔を出し、屋上を照らす。

 

 少し目を細めたその瞬間に、男は姿を消していた。

 

 辺りを見渡す。気配も感じない。

 

「本当に、幽霊みたいな男だな」

 

 そう呟き、暫くの間その場で日の出を眺め続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、エンダー君のバリアジャケットってアリシアちゃんが考えたんだよね?」

 

「ん? あぁ、そうだね」

 

 戦闘のあった翌日、ゴーストとの密談のあった日の夕、ジュエルシード探索中になのはがそんなことを聞いてきた。

 

 現在三人は海鳴臨海公園で、屋台で買ってきたクレープをパクついている最中である。

 

 日が傾き、オレンジ色に染まっていく穏やかな海を見ながら、ベンチに腰掛けクレープを食べる姿は実にのどかである。

 

 こんなにのんびりしていていいのかと思われるが、大して気にしていないエンダーである。

 

 昨日の今日でなのは達にあまり無理をさせたくない、というのと、これ以上足で探しまわるのは効率が悪いと判断したからである。

 

現時点でこちらには九個のジュエルシードがある。さらに、敵は最初からジュエルシードを狙って行動を起こしているのだ。残りの十二個の殆どは既に取られていると考える方が自然であった。

 

 さすがにそろそろ時空管理局が来る頃合いだし、とにかくそれまでは敵の襲撃に備えて体を休めていた方がいい。そう考えていた。

 

「それがどうかした?」

 

「ううん。どうって訳じゃないんだけど、凄く似合ってるなって思ったの」

 

 ユーノにクレープを分けながら、なのはがそう言う。

 

「似合ってる、のかな。正直自分ではよく分からない」

 

 傍から見たら不審者な気がするが。

 

「うん。それにね、それを考えている時、アリシアちゃんが凄く頑張ったんだろうなっていうのが分かるの」

 

「…………」

 

 確かに、熱中していたが。

 

「そういうの、凄いなって思うの。私、誰かにそういう形の残るプレゼントって、あまりしたことないから」

 

「……なるほど」

 

 なのはは“アリシアからの”という部分に関心を持ったらしい。

 

 なのはの友人と言ったらアリサにすずかであるが、その二人は本物のお嬢様なため、何かプレゼントを渡す時には、少し気後れするのを感じていたのだった。プレゼントには金銭的価値が重要なのだと考えている訳ではないのだが、何にすれば喜ばれるのかがいまいち掴めていなかった。

 

 結果的になのはのプレゼントは、実家の喫茶店のお菓子詰め合わせなど、そういうものが多くなっていた。

 

 だからこそ、アリシアのように自分で服をデザインして渡すと言う行為が、途方もなく凄いものに感じられてしまうのだった。自分では家族相手でも、服の贈り物なんて出来そうにない。

 

 その話はエンダーにとっても目から鱗であった。今までこのニンジャ装束は、単にアリシアの趣味が高じたものとしか認識していなかった。

 

 確かに考えてみれば、他人に服のプレゼントというのは結構難度高い気がする。例えそれがコスプレニンジャ衣装であっても。とても自分は代わりにアリシアの服を見繕ってやることなど出来そうにない。

 

 渡された時の態度もおざなりだった。お礼も碌にしていなかった気がする。

 

 傍にいたリニスが少し責めるような視線を向けていたことを思い出し、今更ながらに後悔するエンダーであった。

 

 とりあえずそのことは後で考えるとして、今はなのはのことだ。

 

「それで? なのはは誰かに贈り物をしたいのか」

 

「うーん……どうなのかな。まだ、良く分かってないんだけど、そういうのが仲良くなるきっかけになったりもするんじゃないかなって」

 

 誰と、とは聞かなくとも分かる。フェイトという少女だ。なのはは彼女と友達になる方法を常に模索していた。

 

「……現状敵対している相手にプレゼントは難しいな。そもそも受け取ってもらえる可能性が低い」

 

「そうだよねー……」

 

 落胆するなのは。

 

 相手が受け取ってくれ、一番喜ぶモノと言ったら、この場合悩まない。ジュエルシードだ。

 

 だがそれで仲良くなれるかと言ったら、なれないだろう。単に都合のいいヤツ扱いされて終わりだ。

 

「まぁともかく、もし何かプレゼントするとしたら、それは思い出になるようなものが良い」

 

「思い出……」

 

「あぁ。記憶に残るってことが、どんなものより価値があるってことに振り返って気付く」

 

 記憶のない自分が言うと、説得力があるのかないのか分からないな、と思う。

 

 なのはは真面目に受け取ってくれたようだが、頭の片隅にでも置いておいてくれればいいと思う。

 

 そんな彼女を見ていて、ふと思う。自分が、敵対している彼らの仲間だったと言うことを教えた方がいいのか、ということを。

 

 なのは達には、自分の目的も、記憶喪失だということさえ伝えていない。説明が面倒だったし、大して必要性も感じなかった。それで罪悪感を感じることもなかった。

 

 しかしこれ以上秘密を増やすのはさすがにどうだろうか。今回のは二人にも直接関係のあることだ。例え自分には、役に立つ記憶が何一つなかったとしても。

 

 こんなことなら記憶のことも話しておけば良かったと後悔する。今の段階で打ち明けると信用をなくしそうだ。

 

 表情に出さずに悩んでいると、ユーノからジュエルシードの反応をキャッチしたとの報告があった。まだ確保されていないものがあったらしい。場所は工場区画だ。

 

 一先ず悩むのは後にして、三人で現場に急行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れの工場区画。そこで一人の男――ゴースト――と遭遇した。

 

「やあ。やはり来たね」

 

 予想していたようで、驚く様子もなく挨拶をしてくる。

 

「あの! フェ、フェイトちゃんは……?」

 

 なのはの質問。この場にいるのはこの男だけだ。他の二人の気配は感じられない。

 

「彼女は今休んでいるよ。前回の戦闘の負担が大きかったみたいでね」

 

「そうですか……」

 

 落ち込むなのはだが、すぐに気持ちを切り替える。

 

「あなたは、やっぱりジュエルシードを諦めてはくれませんか?」

 

「……私たちはどうしても、譲れないのだよ」

 

 一瞬ゴーストがこちらに視線を向けるが、軽く肩を竦める。――彼女にはまだ話していないんだ――

 

「……どうしても、戦わないといけないんだね」

 

 なのはが覚悟決め、デバイスを起動させる。合わせてエンダーとユーノも戦闘態勢に入る。

 

「いくよ、広域結界!」

 

 ユーノが結界を展開した瞬間、周囲のあらゆる物体が、捻じれ、集まり、人型を形作る。

 

 ゴーレム――ただ今回は途轍もない数が生成された。結界中がゴーレムで埋め尽くされている。数で押し潰す気か。

 

「俺はあの男をやる。二人はゴーレムを。なのは、不用意に飛ばないようにな」

 

「うん、任せて!」

 

 そう言って分かれる。

 

 エンダーは、周囲にひしめくゴーレムを殴り、蹴り、斬り、かわしながらゴーストに接近する。

 

 対するゴーストはそれを見ると薄く微笑み、腰に下げたデバイスを鞘から抜き放った。

 

「君相手なら、手加減する必要はないな」

 

 こちらを見据え、そう言う。

 

 その見た目は、通常の刀型のデバイスだ。夕日を浴びた刀身が鈍く輝いている。その光景は、ある種の美しささえ感じられる。だが、それだけだ。

 

 ――抜いた途端に何かが飛んでくるってタイプではないみたいだが……

 

 油断はできない。

 

 辺りで拾ったコンテナの破片を投擲する――シールドに防がれる。

 

 その瞬間に背後に回り込み、斬りつける――直撃。そして離脱。一度様子を見るが、やはりゴーストにダメージはない。

 

 ――あのカラクリを解かないと、まともに戦闘にならないな

 

 どうするか。

 

 一瞬考え、答えを出す――真っ向勝負。相手の底を見てやろう。

 

 今度は相手のの正面に飛び込む。徹底的に相手に張り付き、攻撃をし続ける。周囲を跳び回り、敵の攻撃を全て紙一重で避けながら、攻め続ける。

 

 その全てを食らいながら、意に介さず反撃を続けるゴースト。

 

 想像以上の異様さに、さすがのエンダーも怯む。そしてゴーストは、その隙を逃さなかった。

 

 ゴーストのバリアジャケットの裾から、高速で何かが飛び出してくる。

 

 不意を突かれ、反応の遅れるエンダー。伸びてきたものは、忍ばせていたゴーレムの腕の部分であり、エンダーの左腕を掴みとめる。

 

 すぐさま振り払うが、その時には既にゴーストのバインドがエンダーの両足を繋ぎとめていた。

 

 振りかぶり、斬りかかってくるゴースト。回避は不可能――防ぐしかない。

 

 太刀筋は読める。この一撃を防いで、バインドを切り払って離脱する――

 

 

 

 その直後、エンダーは膝をついていた。

 

 一瞬後に、噴き出す血と灼熱のような痛みを認識し、自分が斬られたのだということを理解した。

 

 混乱で思考が乱れる――何故? どうやって? そんなことを考えている場合ではないのは分かっているのだが。

 

 その間に敵が追撃をしようとしている。距離を取らなければ――どうやって?

 

 未だにバインドが動きを封じ、膝までついている。

 

 ギロチンにかけられた死刑囚のように、無慈悲に落ちてくる刃をただ待つことしかできない。

 

 敵を睨み返す――せめてもの抵抗になればと。

 

 その腕が振るわれ――

 

 

 

 ――次の瞬間、いくつもの事が同時に起こった。

 

 まず結界内を、爆音と閃光が埋め尽くした。その正体は、天から降り注ぐ高密度の魔力雷。そしてそのイカヅチは、周囲のゴーレムを一掃していき、瞬く間に殲滅した。

 

 その衝撃で動きを止めたゴーストのもとに降り注ぐ魔力弾。

 

 堪らず後退するゴーストに代わって、エンダーのもとに着地する人影。その女性は一瞬でエンダーのバインドを解除し、庇うようにしてゴーストに向き直る。

 

 そして更に、ゴーストの背後に黒衣の少年が姿を現し、彼をバインドで拘束する。

 

「そこまでだ。こちらは時空管理局執務官、クロノ・ハラオウン。お互い戦闘をやめるんだ」

 

 その少年は、管理局員証を提示しながらそう宣言した。

 

 ジュエルシード探索開始から約一月。時空管理局が到着したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在エンダー、なのは、ユーノの三人は、“アースラ”と呼ばれる次元空間航行艦船に乗船していた。

 

 この船こそ、時空管理局の所有する次元空間を渡る船であり、救援要請をキャッチして地球までジュエルシード事件の解決のために駆けつけて来たのである。

 

 地球生まれのなのはからすれば、アニメやマンガの中でしか見ないような存在だったので、もの珍しげに辺りを眺めまわしていた。

 

 また、途中で人間の姿に戻ったユーノに目を白黒させてもいた。本人曰く、人間なのは知っていたけれど、実際に見たのは初めてだったから戸惑ったらしい。

 

 そんなこんなで、黒衣の執務官クロノ・ハラオウンに付いて、この船の艦長リンディ・ハラオウンの待つ部屋まで案内してもらう。

 

 そうして入った、艦長の待つその部屋は、桜が咲き誇り、鹿威しが小気味良い音を立て、茶器が用意してある、何と言うか、日本的な内装を施した部屋だった。

 

 日本的、とは言ってもエンダーは日本滞在中にこんな部屋は見たことなく、観光案内の雑誌で目にした程度でしか知らない。生粋の日本人であるなのはには馴染みのある光景なのだろうか。本人は呆気に取られているようだが。

 

 その部屋の奥で、一人の女性が待っていた。長い髪を後ろでまとめ、次元航行艦艦長の制服を身に纏った女性、リンディ・ハラオウン。彼女はこちらを向くと、穏やかに微笑みかけた。

 

 

 

 

 

「なるほど。事情は呑み込めました」

 

 リンディ艦長にこれまでの経緯を説明した。エンダーが何故こんな管理外世界までやって来たのか、ジュエルシードがどういう経緯でここに落ちて来たのか、ユーノの単身確保に来た訳、なのはへの協力要請、その後のあれこれ……。

 

 話しながら、エンダーは差し出されたお茶とお茶菓子を口にしてみる。本物……に感じられる。

 

 周囲のこのいかにも戦艦に不釣り合いは内装は、光学映像によるものだ。さすがに本物ではない。おそらく日本人であるなのはに気を使ったものと思われる。(それが成功しているかどうかはさて置いて)

 

 だがこの茶器や和菓子は流石にビジョンではあり得なかった。ちゃんと食べれる。

 

 各異世界の食文化を一々船に積み込んでいる訳はないので、これは本当に艦長の趣味なのかもしれない。……その割に随分奇抜なお茶の飲み方をしていたが。

 

「エンダー君って記憶喪失だったんだ……」

 

「そんな事情があったんだね」

 

 なのはとユーノは別のところが気になったらしい。

 

「あぁ、済まなかったな。隠していた訳じゃなかったんだけど、何となく言葉にし辛くて……」

 

 真実とはちょっとずれた言い訳をする。言う必要性を感じなかった、なんて言うと捉え方によっては相手を傷つけるかもしれない。

 

「ううん、いいの。それで、記憶は……?」

 

「結局戻ってないし、手掛かりも掴めてない」

 

 お手上げだよ、と肩を竦めて見る。ジュエルシードを狙う彼らとの関係は、思うところあって伏せていた。

 

「記憶喪失の……。そうか、アンドル―・アヴェンタ。君が……」

 

 後ろで黙って話を聞いていたクロノ執務官が不意に口を挟む。

 

「知ってるんですか?」

 

「ああ。未解決の次元漂流者として何時までもリストに残っているからね。僕達“海”の人間はそういう問題に関わることも多いから」

 

 普通は次元漂流者なんて早期に出身世界が特定できるものなのだが、それが一向に判明せず、また記憶喪失だということで目立っていたんだと言う。

 

 とっくに捜査は打ち切られたと思っていたので、未だに気にかけている人間がいたということに、エンダーは少し驚いた。

 

 説明が終わった後、リンディ艦長から労いとお叱りを受けることになる。

 

 お叱りとは何ぞや、と思わないでもない。なのは達が頑張っていなければ、地球は今頃暴走したジュエルシードによって大変なことになっていたかもしれない。褒められこそすれ、叱られる筋合いはないだろうと。

 

 だが仕方ないことでもあった。

 

 今回は偶々全員無事で、上手くいっていた。だが次は分からない。

 

 ここで褒めてしまうと、素直に成果を認めてしまうと、また今回のような事件が発生した時に、無鉄砲に首を突っ込んでしまうかもしれない。それは“いいこと”なのだと錯覚してしまうかもしれない。

 

 管理局員としては、正式な訓練も受けていない人間を、何のバックアップも無しに危険に飛び込ませる訳にはいかなかった。厳しく諌めるのも責務だった。

 

 そういう事情が察せられるため、エンダーも甘んじて説教を受けた。

 

「……それで、今後のジュエルシード探索、及び敵対者への対応は私達時空管理局が行います。後の事は私たちに任せて、あなたたちは手を引いてください」

 

 リンディ艦長の言葉。意外ではない。寧ろ予想通りだ。

 

「えっ……」

 

「…………」

 

 驚くなのはに、じっと俯くユーノ。

 

「ジュエルシードと彼ら三人は、僕達が責任を持って対処する。君達は今回の事は忘れて、それぞれの世界に帰ると良い」

 

 と、クロノ執務官。彼ら“三人”、と言う言葉に少し苦いものが含まれているように感じられるのは気のせいではないだろう。

 

 あの時、彼はゴーストを完全に捕縛した。にもかかわらず、あの男は瞬き一つの間にその場から消え失せてしまったのだ。

 

 その場の結界を張っていたユーノもその一瞬で反応を見失ってしまい、追うこともできなかった。

 

 幸いジュエルシードまでは奪われなかったが、クロノ執務官は敵の逃走を自らの失態と受け止めているようだった。

 

「……と言われても、中々気持ちの区切りがつかないかしら? 一先ず今日のところはお家に帰って、ゆっくり考えてくるといいわ」

 

 穏やかに、されどもキッパリとこちらの不満を封じるリンディ艦長。その言葉に、押し黙ってしまうなのはとユーノ。

 

「それとアンドル―さんは、家族の方々がいらっしゃっているわ」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 部屋を出たところで、彼女達が待ち構えていた。

 

「なのはちゃんっ! お話終わったんだ!」

 

 金髪ツインテールを大きく揺らしてなのはに飛びかかっていく少女――アリシア。

 

「わわっ! アリシアちゃん!」

 

 突然の事に驚くなのはだったが、それがアリシアだと分かると更に驚き、目を白黒させる。

 

 そんななのはに構わず、アリシアはなのはに抱きついていった。なのはもようやく理解が追いついたようで、アリシアを笑顔で抱きしめ返した。

 

 それからキャッキャッウフフと次元を超えた友情を育む二人だったが、それを呑気に眺めている訳にもいかなかった。

 

 その後ろにいる二人の女性に向き直る。

 

「テスタロッサさん、それにリニス。どうも、ご無沙汰しております……」

 

 やたらに低姿勢になってしまう。

 

 そんなエンダーを見て、大きく溜息を吐く二人。

 

「私が馬鹿だったわ。この子を一人にすると必ず厄介事に首を突っ込むって分かっていたはずだったのに……」

 

「エンダーはその手のチャンスを決して逃しませんからね」

 

「筋金入りよ」

 

「…………」

 

 自分達に責任があったのではと嘆き、もはやエンダーを責めることもないプレシアとリニス。思わず頬が引き攣る。

 

 二人は分かってない。今回のは事故だったのだ。自分はそれを解決するために身を粉にして働いたのだ。良識ある一般人としてな! ……と言い訳したかったが、心の中だけ留めておく。

 

 実際口に出したらボコボコにされる。心を。

 

 男には時に黙っていわれなき中傷に耐えねばならぬ時もある。……が、何時までもこの間接的イジメに晒されている訳にもいかないので、話題を振ってみる。

 

「あの……結局テスタロッサさん達はどうやって地球まで来たんですか?」

 

 次元空間は未だに安定していなかった筈。

 

「ああそれ。方法はもちろん転移魔法なのだけれど……」

 

 上手く逸らせたらしい。とにかく方法はこうだ。

 

 次元空間が荒れているせいで、ミッドから直接地球まで転移するのは難しい。なので、まず短距離の転移を繰り返し、地球に近い次元世界にまで距離を詰める。その後は、通信デバイスからの経路を頼りに地球までの転移を決行したらしい。

 

「通信デバイス? 俺が持っている、この?」

 

「そうよ。あなたには伝えていなかったけれど、それには少し手が加えてあるの」

 

 なんでも契約者と使い魔のリンクを応用した技術が搭載されているらしい。

 

 使い魔と契約者の間には、ある特殊な繋がりが存在する。お互いが次元を隔てても完全には途切れることなく、魔力のやりとりも可能とする契約の絆だ。

 

 テスタロッサさんはその繋がりを通信技術に応用できないかと考え、不完全ではあるが再現し、試作のデバイスに組み込んでいたらしい。

 

 そう言えば以前デバイス越しに電撃が飛んできたことがあった、と思いだす。何故そんなことになったのかは忘れたが。

 

 彼女達はその糸を辿り、荒れている次元空間を飛び越えて来たらしい。

 

「アリシアまで連れてきて……」

 

「どうしてもって聞かないんですもの」

 

 ちょっとバツが悪そうにするテスタロッサさんと苦笑するリニス。相変わらずアリシアの我儘に弱い。

 

「それと、よく転移の個人使用の許可が下りましたね」

 

「コネがあったのよ」

 

 あまり使いたくなかったけど、と付け足すテスタロッサさん。彼女が技術者時代に気付きあげたネットワークは、今でも有効なものがある。

 

「それで、ちょうど到着していた管理局と協力することになったと」

 

 今更言うまでもないことだが、あの瞬間エンダー達を助けに入ったのはプレシアとリニスである。そのことはちょっと引っかかる。

 

「テスタロッサさん、大丈夫なんですか? 病気なのに、そんなに無茶して……」

 

「無茶と言うほどのことじゃないわ。転移はリニス任せだったし、それに私も短時間なら特に問題は無いのよ」

 

 確かに具合が悪そうには見えないが。

 

「……まぁ、とにかく助かりました。さすがにさっきは危なかった」

 

 斬られた胸をさする。切り口が綺麗だったので、自分自身の再生は早かったのだが……

 

「エンダーのデバイスは、流石にもう使えませんね。修理するより新しく作った方が早い状態です」

 

「…………」

 

 リニスに見てもらっていたが、やはり駄目だったか。

 

 あのゴーストの一撃。あれが何故こちらの防御をすり抜けたのか。答えはデバイスを見れば明白だった。

 

 そのデバイスには、刀身が本来の半分ほどしかなかった。

 

 “デバイスごと”斬られたのだ。殆ど抵抗もなく。

 

 信じられないほど見事な切断面だったらしい。頑丈にできているアームドデバイスを紙のように斬り裂くとは、その斬れ味をどうやって得ているのか……

 

 つい考え込むエンダーに対して、リニスが新たな爆弾を投下した。

 

「そう言えばエンダー? あなたのデバイスの使用記録を見ましたけど……あなた一体何日眠ってないんですか?」

 

「……え? 使用記録? ちょ、ちょっとリニスさん、それは、こう、プライバシーの……」

 

「エンダー?」

 

「はい、すいません」

 

 即座に降伏。でも仕方なかったんだよ、敵を警戒しなけりゃいけなかったんだから、なのはの安全を考えてだね、それに俺は寝なくても大丈夫だし……

 

 必死で言い訳するエンダーを冷たく見据える御二方。逸らした筈の話題に再び戻ってきてしまったことにげんなりする。

 

 さすがに今回は状況が状況なだけにそこまで責められなかったが、問題はテスタロッサ家での自分の立場だ。たび重なる不祥事の発覚によってエンダーのテスタロッサ家でのヒエラルキーは低下の一途を辿っている。そろそろ実家の魔道人形より低くなるのではないかと戦々恐々とする。

 

 だがこれぐらいはまだ序の口だったことをすぐに思い知る。

 

 なのはの家に帰した後でアリシアが「お兄ちゃん、なのはちゃんと随分仲良くなったんだね」と言ってきた時、さらなる嵐が到来したことを悟った。

 

 その日はテスタロッサ家と一緒にアースラに泊まらせてもらうことにして、アリシアの単身赴任中の夫の浮気を問い詰めるかのような(もちろん例え)口撃を、捌かなければならなかった。

 

 どうしてこんなことに……。そう思わずにはいられないエンダーだった。

 

 

 




所々人称の使い方がおかしい気がする……
完全に筆者の力不足です。精進します。

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