宇宙海賊キャプテン茉莉香 -銀河帝国編-   作:gonzakato

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 銀河帝国に危機が訪れました。聖王家のアンドレア公爵が反乱を起こしたのです。
 第三艦隊・宇宙マフィア 対 第一艦隊・海賊船 の大艦隊が向き合います。
 しかし、聖王家の争いは、聖王家のメンバー自身で決着をつけると言って、クリス王女はグランドクロスⅡに乗って、出撃します。さらに、チアキとウルスラも各自グランドクロスⅡに乗って、三機編隊で参戦。新戦艦の本当の実力を発揮し大活躍します。茉莉香も弁天丸で大活躍。公爵夫人のご要望で海賊ショーまでやってしまいます。
 戦況を見て、女王は暗殺から自分を救った褒美にサーシャの望みを聞くと言います。これに対してサーシャは隠していた秘密を打ち明け、宇宙マフィアと帝国の和平を訴えます。話を聞いた女王は、マフィアとの和平条約案を明らかにし、帝国とマフィアは停戦します。これにより、戦況は一変し、やがて第三艦隊も降伏します。
 そして、旧ステーションに一人で閉じこもった公爵にクリス王女は話しかけますが、意外にも公爵は、退屈と孤独に耐え、待つだけの人生という王族の心に宿る闇を語り始めます。そして自分と違って、お前には命がけで戦ってくれる妹達がいるといって、うらやましがります。公爵は「冥土の土産」に二人の妹達、つまり茉莉香とチアキに会いたいといいます。
 通信でチアキの顔を見て公爵は納得しますが、茉莉香は「冥土」を「メイドさん」と勘違いしたご挨拶をしてしまい・・・。
 


第七章 公爵の反乱

7-1 海賊宮殿大広間(パイレーツ・キャッスル船内)

 

 パイレーツキャッスルの海賊宮殿大広間は、落ち着きを取り戻しつつあった。

「全艦、戦闘体制だ。まもなく、第一艦隊が通常空間に復帰して、艦隊戦の布陣をひく。

 各船長は自艦に乗船して合流しろ。

 私掠船免状の船長も、自艦に乗船して、第一艦隊後方に待機。指示を待て。」

 帝国海賊の船といっても軍事面では帝国宇宙軍第一艦隊と一体化しており、てきぱきと指示が飛んでいく。

「陛下、ヤマシタ参謀総長からクイーン・オブ・パイレーツに乗船頂きたいという進言が参っております。」

 副将ヴァイシュラ・キッドが女王に言った。キッド自身も、帝国軍では参謀次長ウイリアム・キッド准将と名乗っており、士官学校出身のエリート軍人でもある。

 帝国軍の最高指揮官である女王が、帝国軍全体の旗艦であるクイーン・オブ・パイレーツに乗船するのは当然のことであるが、それは帝国軍全体が戦闘体制に入ったことを示している。

「わかった。今行くと伝えよ。」

 と答えつつ、女王はサーシャに言った。

「サーシャ、礼を言う。お前が最初に気づき、お前の持っていたバリヤーが私を守ったようだな。

 褒美をとらそう。お前の望みを考えておくがよい。何でも良いぞ。」

「・・・・・」

 サーシャは何も言わず、頭を下げた。

 

「さあ、ヨット部員! 私たちもグランドマザーへ戻ろう。

 茉莉香は弁天丸へ乗船しなさい。チアキは私と一緒に来なさい。」

 クリス王女が言った。

「はい。」

 茉莉香とチアキが言った。

 

 茉莉香は、ギルバート・モーガンと並んで何か話しながら、弁天丸に向かっていった。

「あの二人、なかなか良い雰囲気よねえ。」リリイが言った。

「ちょっと、リリイ。何でも男女関係で見るのはおかしいわよ。」チアキが咎めた。

「わかったわよ。チアキちゃんとスカーレットさんは、そういう目で見ないから。」

「私はそういう意味で言ってるんじゃない!・・・

 それに『ちゃん』じゃない!」

 

 

7-2 弁天丸

 

 茉莉香は、弁天丸ブリッジの船長席に立ち、そしてその隣には、ギルバート・モーガンが並んだ。

「みんな! こちらはギルバート・モーガンさん。

 私の・・・・なんだっけ?」

 茉莉香はギルバートを紹介しようとして、言葉に詰まり、恥ずかしそうに彼の方を見た。

「弁天丸のみなさん、はじめまして。ギルバート・モーガンです。

 帝国海賊であるキャプテン加藤茉莉香さんから、その従者に任命された者です。」

「そ、そうでしたね。・・・とにかく、弁天丸を一度見てほしかったので、来てもらいました。

 これから、弁天丸のおもなクルーを紹介します。」

 茉莉香は、一人ひとり紹介した。

「初めまして。帝国海賊でモーガン姓ということは、帝国海賊八長老のヴァルナ・モーガン卿の息子さん、たしか、帝国軍参謀本部にいたモーガン中尉ですね。」

 シュニッツアーが言った。

「その通りです。現在、帝国軍では第一艦隊司令官の軍務秘書官で、加藤大佐付きを命じられています。」

「フフフ、でも、実際は茉莉香の教育係ってわけね、よろしくね。」

 ミーサが言った。

「ええ! そうなの?モーガンさんって、私の先生なの?」

「茉莉香、もうちょっと自分の立場を自覚しなさい。

 あなた、銀河帝国では、聖王家の王族並みに大切にされているのよ。

 でなければ、17歳の女子高生がいきなり大佐になれるわけがないでしょ。」

 ミーサが言った。

「やっぱりそうかぁ。王女様の副官にならないかと言われたときに、チアキちゃんも同じようなこと言ってたなぁ。」

「クリハラの娘の方は、常識があるな。」

 シュニッツアーがにやりと笑った。

 

「えー、お取込み中、失礼します。

レーダーで通常のプレドライブ反応、多数確認。

 たぶん軍艦がタッチダウンしてくるわよ。その数、3千、4千、う~~ん、反応数がどんどん増えて、数えられない。

 トレスポンダー確認、みんな帝国宇宙軍第一艦隊、船名・・・

 うわー、帝国軍の旗艦クイーン・オブ・パイレーツがいるわ。・・・

 あとはもう省略ね。

 戦闘用レーダー放射確認。高エネルギー反応確認。

 みんな本気の戦闘体制よ。」

 クーリエが言った。

 

「なんだ? この艦数の多さは。

しかも、旗艦まで来て、全艦、戦闘モード。

 クーリエ、帝国艦隊か帝国海賊から、俺たちに艦隊行動の指示はきているか。」

 シュニッツアーが言った。

「それなんですが、第一艦隊の後方に待機ということで・・・。

船長、そうでしたよね。」

 モーガンが言った。

「あ、はいはい、忘れてました。確かにそうでした。」

「それで、船長。

 タッチダウンしてくる第一艦隊と交錯しないように、惑星公転面の下から回り込んで、ここから20万キロ離れたこの辺に、私掠船免状の海賊船が集結するようにしたらどうでしょうか。」

 モーガンが言った。

「20万キロ? そんなに後方に下がるんですか?」

「第一艦隊の規模から、そのくらい必要です。

 帝国軍の作戦計画でも、通常、後方に待機する部隊との距離をその位に考えています。

 それで、船長。その旨のご指示と、他の私掠船免状の海賊船にその旨の連絡をすることをご指示いただくよう、進言いたします。」

「あ、はいはい、わかりました。

 ケイン、クーリエ、お願い。」

「了解」

「わかりました、船長」

「ナハハ・・・・

 やっぱり、勝手が違うなあ。

 帝国軍とは演習で敵として戦ったことはあるんだけど、編隊を組んで味方として一緒に戦ったことはないからなあ。」

茉莉香が苦笑した。

「茉莉香、いつも調子でやればいいのよ。

 良いとこ見せようとする必要はないわよ。」

 ミーサは、茉莉香に声をかけ、そしてギルバートの顔を見て笑った。

「いつものあの子は、呆れるくらい、ズル賢いんだけどね、ギルバートさん。」

「承知しております。

 第七艦隊の参謀たちからも、弁天丸はキャプテン茉莉香の代になってから、さらに手ごわくなったという評判を聞いております。

 私も、弁天丸のみなさんにお会いするのを楽しみにしておりました。」

「そう、ありがとう。茉莉香をよろしくね。」

 

 

7-3 機動空母グランド・マザー・ブリッジ

 

 銀河帝国宇宙軍の第一艦隊は、通常空間に出そろった。それらの軍艦は、パイレーツ・キャッスルの両翼に整列し、陣形を整えつつある。

 その後方にクイーン・オブ・パイレーツとグランド・マザーが控え、更にその後方に私掠船免状の海賊達の船が控えていた。

 この時、これと対峙する通常空間に、新たな大艦隊がタッチダウンしてきた。

 グランド・マザーのブリッジでは、クルーが、タッチダウンしてきた艦隊のデータを解析していた。ブリッジでは、すべての席に帝国軍人スタッフが座っていた。マリオたち、ミッキー船長の昔馴染みは、役割を終えたようだった。

 

「トレスポンダー確認、すべて、帝国宇宙軍第三艦隊の船です。

さらに、また、第三艦隊の右舷、30万キロに、プレドライブ反応を多数確認。こちらは、トレスポンダーを発信していません。

しかし、船のエネルギー反応のパターンが一致する船がありますので、以前に遭遇した宇宙マフィアの主力艦隊と推定されます。その数、千隻をこえて増加中です。」

「フン、第三艦隊と宇宙マフィアか。役者がそろったな。」ミッキー艦長が言った。

「艦長、第三艦隊司令官アンドレア公爵名で全艦隊各艦長あてに一斉通信が入ってます。

モニターに表示します。」

 

 やがて、飾り立てた軍服を着た、中年の精力的な容貌の男性が現れ、こう言った。

「諸君、私は大変悲しい知らせを伝えなければならない。

 たった今、女王陛下が賊に暗殺され、すでに崩御されたことが確認された。

 この知らせを聞いて、私は大変な悲しみに暮れておる。

 私は、このような非常事態に際して、帝国の安寧を確保するため、あらゆる責任を果たす覚悟である。

 ついては、まず第一に、私自ら、女王陛下のご遺体の前にはせ参じ、お悔やみを申し上げたい。

 第一艦隊の諸君は戦闘体制を解除し、パイレーツ・キャッスル、クイーン・オブ・パイレーツ及びグランド・マザーは、第三艦隊の船とドッキング体制をとってほしい。」

 

 

 公爵が演説する画像を見ていたクリス王女は言った。

「大芝居を打ってきたな。

 白兵戦部隊を送り込んで、本艦や旗艦を制圧するつもりだろう。

 そんな見え透いた作戦に乗るものか。

 さあ、ミッキー、グランド・クロスⅡの三機編隊を甲板に出してくれ。

 作戦通り、私が出撃する。

 新戦艦の本当の実力を見せてやる。」

 クリスティア王女は、サーシャの顔を見ていった。

「まもなく、第三艦隊が、女王暗殺の犯人だとして宇宙マフィア艦隊を攻撃し始めるだろう。そうなる前に、できるだけ早く、第三艦隊を戦闘不能にする必要があるのだ。

 マフィア艦隊には、非戦闘員である家族も大勢乗っていると聞いている。

 私は、罪もない彼らの家族まで聖王家の権力争いの犠牲にしたくないのだ。

 聖王家の争いは、聖王家の者だけで決着をつける。

 それが私の責任だ。」

 サーシャは、悲しそうな眼をして何も言わず、黙って聞いていた。

 

「私も2号機で行きます。」

 チアキが言った。

「副官ですから、どんな時でも司令官と一緒に戦います。」

「チアキ、お前、単独で操縦できるのか。私の船にいっしょに乗ってもいいのだぞ。」

「いいえ、できます。グランド・クロスの操縦は、ミッキー先生に教えてもらいました。」

 ミッキー艦長は、黙って肯いた。

「チアキ様には、私も御供します。クキ・ファミリーの海賊たちも連れてまいります。」

 スカーレットが、言った。

「クキの白兵戦部隊も連れて行くのか。」

 クリスが言った。

「はい、万全の備えが必要です。」

 

 クリス王女がグランド・クロスに乗って私掠船免状の海賊と行った戦闘の分析から、第一艦隊では、一人で操縦が可能な新戦艦であっても、3隻とも各艦にパイロットだけでなく、ブリッジのサポート要員や白兵戦要員の乗艦は必要と考えられていた。

 

「あのう・・・・・私も3号機で行って良いかなぁ。操縦士は3人いた方が良いでしょ。」 ウルスラが、おずおずと手を挙げて言った。

「ええ!? ウルスラ、プロがやる本物の戦闘だよ。高校生のヨットレースじゃないよ、大丈夫?」

 リリイが言った。

「私も、ミッキー先生に教わってたんだ。先生に言われたよ、パイロットとしての才能があるって。

 だから、大丈夫。

 それに、私の進路についても心配してくれて、推薦状を書いてやるから、帝国軍の士官学校へ進学したらどうかって。

 そこまで評価してくれて、うれしかったなあ。ヨット部のみんなに比べて、私はいつも出遅れて、後ろから追いかけるのが精いっぱいだったから。・・・」

 ウルスラがそう言った。

「ウルスラ、危険だぞ。これは実戦だ。

 確かに、お前には素質がある。トップクラスのパイロットに要求される高度な情報処理能力と、宇宙で生まれ育った子供の持つ無重力下での抜群の運動感覚がある。グランド・クロスのシミレーターの成績もきわめて良い。能力は、お嬢さま達と同等だ。

 だが、お前には、ここで戦う動機がないだろう。

 実戦の極限状態では、戦うための強い動機があるからこそ、必ず生きて帰るという強い意志が生まれるのだ。

 だから、今は思いとどまりなさい。

 実戦にでるのは、士官学校を卒業してからでも遅くはない。」

ミッキー艦長が言った。

 

「戦う動機なら、あるよ、ミッキー先生。

 私、サーシャのために戦うよ。

 さっき、クリス先生がサーシャに話しているときに分かったんだ。

 事情は分からないけど、あの船にはサーシャのとても大切な人たちが乗っているんだよね。サーシャの悲しそうな顔を見て、分かったんだ。

 私ねえ、生まれてからずっと、父と母と一緒に、オンボロの宇宙輸送船の中で暮らしてたんだ。

 でも両親は私に女の子として良い教育を受けさせたいと思って、経済的にも無理をして白鳳女学院の中等部に入れてくれたんだ。

 だから、中等部に入るまでずっと通信教育で、私は学校に行ったことがなかったんだ。

 そんな育ちだったから、中等部に入った直後は、ほんとに変わり者で、言葉づかいもお嬢様育ちのみんなと違ってたので、何を言っても笑われたり、クラスで仲間外れにされたりしたんだ。あのころは、本当につらかったよ。

 でも、サーシャだけは違ったんだよ。笑顔で私を見てくれて、私を友達だと言ってくれた。言葉遣いや、学校生活の決まりも、私に分かるように教えてくれた。

 今の私があるのは、みんな、サーシャのおかげなんだ。ヨット部も、サーシャが入りたいというから、私も入ったんだよ。

 だから、私は戦う。

 サーシャにあんな悲しい顔をさせるような奴は、許せないんだ。」

 ウルスラが、強い決意を秘めた眼差しで、言った。

 

「そうか。それなら、ウルスラ、パイロットは他人の命まで預かっている事を忘れるな。だから、絶対に生きて帰るのだ。覚悟はいいな。」

 クリスティア王女がそう言うと、ウルスラが黙って肯いた。

 

「それから、今回の戦闘は、亜空間と通常空間のはざまで行う、プロのパイロットでも未経験の新しい戦闘方法だ。

 しかも、3機一組で行う作戦計画だから、ブリッジのスタッフの意見に従って、チームワークを守って、船を操縦すると約束できるか。」

 クリスティア王女が言った。

「わかってます。シミュレーターの練習でも、ミッキー先生にそこは厳しく言われてました。」

「わかった。では、各自乗船を開始。ミッキー、司令部に連絡して出撃許可をもらってくれ。」

 クリスティア王女ら一行は、あわただしく出て行った。

 

 一行を見送ったミッキー船長は、サーシャの方を見て、言った。

「サーシャ、みんな無事に終わると良いなあ。そうだろう。」

「それは、そうですね。でも、チアキちゃんやウルスラまで出撃させて、何もかも、貴方たちの思い通りに進んでいますから、みなさん、本当に気分がいいでしょうね。

 そこで、一つ、教えてほしいのですが、女王陛下を狙撃した犯人たちは、その後、どうなりましたか。」

 サーシャが言った。

「それは気になるだろうね。狙撃手の男は、白兵戦で取り押さえられたが、既に毒を飲んで死んでいたそうだ。シンガリで、盾になったわけだ。

 だから、他の男女二人は船外に逃げたそうだ。

 彼らは、ステルス機能のある小型機で、しかもエンジンを切って慣性航行で飛んでいると思われるので、この近くの宇宙空間にいるはずなんだが、まだ見つけられないそうだ。

 我々も本気で二人の命を狙っているわけではない。交渉のために身柄を確保したいだけだ。安心しろ。

 もっとも、今は彼らの捜索どころではない事態になっているのだが・・・。」

 

 グランド・マザーの船体の円筒形の表面甲板には120度の角度ごとに三本の大型戦艦用の滑走路があり、その上には、巨大戦艦グランドクロスⅡと呼ばれる新型機がそれぞれ並んでいる。

 もちろん、パイロットとして乗り込んでいるのは、クリスティア、チアキ、ウルスラである。このほか、大勢のクルーや白兵戦部隊が乗り込んでいる。

 

 1号機のブリッジでは、クリスティア王女が操縦席に着くと、言った。

「リッジウエイ艦長、作戦計画が変わった。

 2号機、3号機にもパイロットが乗船する。」

「承知しましたが、司令官・・・・。」

「大丈夫だ。あの子たちの腕前は、ミッキー・ハヤマが保証済みだ。私も見ている。

 それに、いざとなったら、私が三機をコントロールするから。」

「承知しました。」

「さあ、いくぞ。聖王家の争いは、聖王家の者が決着をつける。

 司令部に発信許可を求めろ。」

「了解。」

 

 2号機のブリッジでは、チアキがブリッジに入ってくるなり、緊張が走った。

 この時まで、チアキについては、『加藤茉莉香のお友達として、王女の副官、そして軍の階級もいきなり中佐になった女子高生』という情報しかなかった。

 それが、いきなり実戦でパイロット、それも帝国軍の新型戦艦に乗り組むというのであるから、艦長やクルーが不安を持つのは当然である。

「ジョンソン艦長、ブリッジのみなさん、チアキ・クリハラです。

 よろしくお願いします。」

 チアキは、操縦席に着くと、そう言った。

 その後、一呼吸おいて、艦の自動操縦機能が起動して、スタンバイ状態になった。

 

『二人の女子高生は、帝国軍パイロットのSクラスの実力がある。それは私が保証する。

 それだけではなく、貴官が艦長を務める2号機に乗る少女は、操縦席の電子装置に触れるだけでセーフティーロックを解除して、グランドクロスⅡを起動できる能力まで備えている。

 艦長。この戦いの意味は分かっているだろう。

 我々軍人は、命令通り、戦闘に集中するのが勤めだぞ。』

 

 チアキの様子を見ていた2号機のジョンソン艦長は、こう言ったハヤマ艦長の忠告を思い出して、さらに緊張した。

「こ、こちらこそ、よろしくお願します・・・。」

 ジョンソン艦長は、チアキに挨拶を返した。

 その時、1号機のクリスティア王女から、通信があった。

「どうだい、チアキ。そちらの様子は。

 司令部の許可が出次第、発進するぞ。」

「はい、司令官。こちらはスタンバイ状態です。」

「チアキは、なんでも早いなあ。もう機動しているのか。感心するよ。」

「司令官、良いんですか。

 これから実戦ですよ。そんなこと言っているヒマがあるなら・・・。」

「はい、はい、分かっているよ。相変わらずチアキは厳しいなあ。

 それで、そちらの用意は良いな。」

「はい。」

 

 通信を終えると、チアキは言った。 

「では、ジョンソン艦長。艦の操縦機能をパイロットに委譲してください。」

「承知しました。」

 クリスティア王女とチアキの落ち着いた、親しげな会話に、次第に2号機のブリッジは落ち着きを取り戻していった。

 チアキは、立体レーダーに敵方第三艦隊の編隊の全容を表示させると、それを前後左右上下から眺めた。これからグランドクロスⅡが行う攻撃を想定したレーダー画像の操作だった。

 チアキの視線の変化に応じて、ブリッジのレーダーに写った第三艦隊の編隊画像がくるくると回転し始めた。

 それを見た2号機ブリッジのクルーは、自分たちの乗った重力制御推進方式の新型戦艦が、いよいよ実戦に投入されるのだということを実感した。

 

 ウルスラは、3号機の操縦席に座り、艦の自動操縦機能を起動させ、スタンバイ状態にすると、目を閉じた。

 やはり、初めての実戦の緊張がずっしりと、彼女に襲いかかってきたからだ。

『こんな時、お母さんは、いつもお祈りをしていたよね。』

 ウルスラはそう思って、祈りの言葉をつぶやいた。

「愛する天のお父様、御名(みな)をたたえます。

 これから始まるしばらくの時間に、

 私に、少しだけ、

 知恵と、

 力と、

 勇気をお与えください。

 この船に乗っている人たちと生きて帰るために。

 あの船に乗っている人たちと、サーシャの願いをかなえるために。

 お願いします。

 これからはもっと熱心にお祈りしますから・・・。

 そして、皆が幸せでありますように。

 ・・・・・・

 神の名において、  

 アーメン。」

 

「アーメン」

 ウルスラの祈りの言葉に、誰かが唱和した。

 見ると、隣に座ったエンジン担当のブラウン少尉と目があった。

 彼はとても緊張しているようだったが、それでも口元だけは微笑を浮かべようとしていた。

 彼に対して、ウルスラは、満面の微笑みを返した。

『そうだ。私は一人じゃないんだ。

 ブリッジでは、このひとを始め、大勢の人たちが私を支えてくれているんだ。

 ミッキーさんも、そう言っていたのを思い出したよ。

 よし。いくぞ~~~』

 ウルスラは、そう思って、いつもの明るい表情を取り戻した。

 

「司令部より、グランド・クロスⅡ3機の発進許可が出ました。」

「よし、発進だ。

 各船独自で亜空間トンネルを形成し、直ちに亜空間に入る。」

「了解。2号機、発進します。」

「了解。3号機、発進します。」

 チアキとウルスラが、元気なことばを返した。

 

 

7-4 弁天丸ブリッジ

 

 こちらは、弁天丸ブリッジ。

「いまのアンドレア公爵さんの通信、何か変だったよねえ。」

 茉莉香が言った。

「変も何も、大嘘じゃないの。女王陛下が暗殺されて死んだなんて。

 おまけに、自分がその後を務めるとはっきり言っているわよ。反乱よ、これは。」

 ミーサが呆れた。

「いやー、そういうことじゃなくて。あの通信は、目の前に来ている第三艦隊の旗艦からの通信のはずだよねえ。

 でも、あの通信は。ノイズが多くて、まるで海賊が使うような旧式の通信機を使って、遠距離から話しているような・・・そんな感じだったでしょ。なぜかなあ?

 演習の時に使わせてもらう帝国軍の情報通信網って、第七艦隊のだって、うちらの海賊船と比べものにならない最新式で、すごくクリアな通信でしょう。

 私、いつも、通信ひとつとっても、帝国軍と海賊には『格差』があると感じてるから思うんだけど、あの通信は、ゼッタイ、帝国軍らしくないなあ。

 クーリエ、変だと思わない?

公爵さんは、海賊船にでも乗って、どっか別のところから通信しているのかなあ。」

 茉莉香が言った。

「なるほど。情報通信網システム、たとえば、ノイズ対策のソフト・ウエアが旧式の船に乗ってるかもねえ。

 確認のため、画像をもう一回再生してみようか。」

そう言って、クーリエが、先ほどの通信の録画を再生した。

 ・・・・・

「やっぱり、茉莉香ちゃんのいうとおり、通信の品質が悪いわねえ。レッドクリスタルからの磁気嵐が最近激しくなってるから、旧式だと対応しきれないのかしら。

 あー、でもログを見ると、弁天丸への通信は第三艦隊の旗艦から届いてる。」

「しかし、それじゃ、通信の品質が落ちるわけないわ。」

「すると、元の画像の通信があって、それを再送信してることになる。元の画像の品質が悪いってことになるかしら。」

「じゃあ、元の画像って、どこから送られてきたの。それとも、あらかじめ作られた録画かしら。」

「録画ならば、ノイズが入ることはないでしょう。」

「でも、帝国軍の通信傍受もすり抜けて、どこから、どうやって通信を送ってきたのかしら。暗号通信でも、電波の発信自体は検知されるはずだし。」

 そのとき、それまで話を聞いていたギルバートが、口を挟んだ。

「あのう、先ほど船長がおっしゃった海賊の旧式の通信機って、なんですか?

まさか、アナログ式じゃないでしょうね。」

「正解!アナログ式よ。その装置はこれよ。」

 クーリエが足元の通信機を示した。

 

「海賊会議の招集に使う、伝説の機械。このあいだ、百年ぶりに使ったけどね。」

 ミーサがそう言って、茉莉香の顔を見た。

「いやー。あの、その、お聞かせするような話とかじゃなくて・・・・。」

 茉莉香が少し慌てて、話を戻そうとした。

「とにかく、今はその話じゃなくて、公爵さんからの通信品質の話でしょう。

 戦闘中に話題を変えるのは、禁止。船長命令だからね。」

 茉莉香とチアキが歌った『海賊の歌』が、話題になるのを恐れたようだ。その唄をギルバートに聞かせたくないらしい。

 

「アナログ式の古式通信は、はるか古代の方式で、もちろん今では使われていません。だから、帝国軍の暗号通信の解読でも、意外な盲点なのです。

 いきなりアナログ通信を傍受しても、艦隊勤務の通信士のレベルでは対応が難しいんです。有意通信だと認識せず、自然現象の雑音電波と思って見逃したり、アナログの古式だと分からずに、普通のデジタル暗号通信だと思って、解読に時間を費やしたりとかね。

 だから、柔軟なセンスと相当な知識のあるスタッフがいないと、迅速かつ的確な対応が難しいんです。」

 ギルバートが言った。

「それなら、弁天丸は心配ご無用。うちは一流の海賊ですから。・・・ね。」

 茉莉香が急に元気を取り戻して言った。そして、クーリエの方を見た。

「で、・・・ どうなの?」

「う・・・ん。受信記録を取り寄せて、今、見直しているところ。

 なにせ、今晩は祝宴だと聞いてたし、しかも停泊中なのでオフだと思って、私用を入れてたし・・・・。

 だから、リアルタイムで通信をチェックしてたわけではなかったので・・・。ゴメン。」

クーリエは、様々にキーボードを操って作業を続けた。

「う・・・ん、私が席を外してた時には何もなかったみたい。

でも、確かに公爵の演説を放送している少し前から、分からない電波が来ているけど、方向はレッドクリスタルからだわ。

帝国軍は、公爵の演説中だったこともあり、そっちの電波は母星からの太陽フレアかもしれないと思って無視したようね。」

「でも、クーリエは有意通信だと思うんでしょ。」

「正解。フレアの電波とは波形がちょっと違うよね。」

「でも。その方向に船はいないわ。

 その方向で近くにあるのは、惑星ブルー・クリスタルか。青く輝いて、リングをもつ巨大惑星かあ。レッドクリスタル星系の星は、ホント、色鮮やかなだね。」

茉莉香が言った。

「水素、ヘリウム、メタンその他炭化水素化合物で出来た氷の惑星だが、炭化水素類の成分のために青く輝いている。表面温度はマイナス200度くらい。リングの成分も、同じようなものなので、現代では資源としての価値は低い。

 あまり人の近づくところではないな。」

 シュニッツアーが言った。

「人が近づかない空域とすると、隠れ場所には最適よ。

 やっぱり、この大きな星の辺りが怪しいよね。私たちから見て、死角になってるところもあるし。」茉莉香が言った。

「この辺に船はいないのか? 航行記録はあるのか。」

「記録では、いない。」クーリエが言った。

「確か、この星の衛星軌道には昔に倒産して廃棄された、資源開発用の中継ステーションが今もあるはずです。」

 ギルバートが言った。

「それはここね。確かにステーションだったと記録はある。

 ここからは、ブルー・クリスタルの背後にあって、ちょうど、死角の位置に浮かんでる。

 なるほど! 

 こいつに、ここ2、3日の間に観光目的の船が近づいた航跡がある。

 船籍、船名は、えー・・・・銀河帝国、聖王家の御用船キング・ジョージⅧ世号。」

「あやしい。やっぱり、この古いステーションだ。

 弁天丸、行きましょう。」

「了解。」

「え? さっきのアナログ通信を解読しないのですか。」

ギルバートが言った。

「解読しても、結果は予想がついてるでしょう。

 だったら、早く行った方が勝ちでしょ。

 それが海賊のやり方よ。」

 茉莉香が言った。

「司令部にも連絡しないで、行くんですね。」

「そうよ。行先を言ったら、敵に聞かれちゃうでしょ。

 ギルバートさんも、黙っててね。なんたって、貴方は私の従者なんだから。」

 茉莉香はそう言って、ギルバートにウインクした。

「はいはい。だんだん、いつもの調子が出てきましたね、船長。」

 ギルバートはそう言って、ミーサを見た。

 二人の目が合って、ミーサも微笑んでいた。

「ブルー・クリスタルの旧ステーションまで、ショート・ジャンプ。超高速跳躍準備。」

「了解。」

 ルカが言った。

「ええ?この近い距離で、巨大惑星のそばにジャンプするんですか。常識外の運行方法ですね。おもしろいですね。」

「それがいいのよ。相手だって予想してないでしょ。

もし、通常航法で近づいたら、近づくまでの間にジャンプされて、逃げられるだけよ。  それが海賊のやり方よ。」

そう言って、茉莉香は背筋を伸ばして、ギルバートに胸を張った。

「さあ、海賊の時間だ!」

「おおー!」

 

 

7-5 惑星ブルー・クリスタル周辺宙域

 

 第三艦隊も、グランド・クロスの発進をキャッチしたが、その意図が分からなかった。

「超光速跳躍で亜空間に消えた? いったい、何をする気だ。

 もしかして、女王派の聖王家の連中が、恐れをなして逃げ出したのか。

 だったら、この戦いはもう終わりだ。ハハハ・・・

 よし、予定通り、宇宙マフィアの艦隊への攻撃準備をしろ。

 女王陛下狙撃の犯人は、彼らだという一斉通信も、送れ。」

 アンドレア公爵は、上機嫌で第三艦隊に指示を出した。

 

 亜空間に入ったグランド・クロスⅡ3機は、亜空間で立体的に展開し、敵である第三艦隊の右舷下、左舷下と後方下に回り込んで、三方向から狙いをつけた。3機のコンピューターは、通常空間にいる第一艦隊のレーダー・センサーと、亜空間を走る超光速通信でつながっているため、通常空間のようすは手に取るようにわかるからだ。

 

 クリス王女が言った。

「いよいよ戦闘開始だ。作戦は、タッチ・アンド・ゴー。つまり、通常空間に復帰すると同時にビーム砲の一斉射撃、そして直ちに亜空間への離脱だ。

 我々の狙いは、敵の船の下弦後方にあるレーダー・センサー系統の集中部分だ。これを破壊して、戦闘能力を低下させることによって、降伏勧告を受諾させる。

 撃沈が狙いではない。分かったな。」

「2号機了解。」「3号機了解。」

「いくぞ。」

 

 三機のグランド・クロスⅡは、通常空間に復帰すると同時にビーム砲を一斉射撃した。グランド・クロスⅡは、自動照準でビーム砲を発射しているので、多数のターゲットを同時に狙うことができる。しかも、グランド・クロスⅡ各艦の火力は、一隻で艦隊並みの威力があるので、一撃でも敵艦隊に大きなダメージを与えることができる。

 第三艦隊は、グランド・クロスⅡの3艦から、予想外の下方や後方しかも近距離で、ビーム砲の正確な攻撃を受けたため、大混乱した。

 宇宙マフィア艦隊への攻撃を準備しつつ、前方の第一艦隊の動向を警戒してため、全くのスキをつかれたからだった。

 

こうなると、もう宇宙マフィア艦隊への攻撃どころではなかった。

「ひるむな。ミサイル発射だ。グランド・クロス対策はこれだ。思い出せ。」

 ようやく、艦隊司令部の指示が飛んだ。

各艦は、グランド・クロスⅡ3機に向けて多数のミサイルを発射した。グランド・クロスが私掠船免状の海賊と行った戦闘の分析から、重力シールドで守られたグランド・クロスⅡには、ビーム砲よりミサイルが効果的と考えられたためである。

 これに対して、グランド・クロスⅡ3機は、ミサイルが到達する前に、亜空間へ離脱して、通常空間から消えてしまった。

 目標を見失ったミサイルは自爆していった。流れ弾となって味方を誤爆するのを防ぐためだ。

 

「フン、ワンパターンで、芸のない攻撃だな。重力シールド対策として、ミサイルで攻めれば、私を倒せると思っている。

 いつまでも、そんな手が通用すると思うなよ。」

 操縦席のクリスティア王女が言った。相変わらずの負けず嫌いである。

「フフフ・・・聞こえてますよ。司令官様。」

 通信システムを通して、笑い声が聞こえた。

「チアキか。お前、こんな時に笑うんじゃない。」

 そういうクリスティア王女も笑っていた。

「今度は、冷静に行きましょうね、司令官様。私もついておりますよ。」

「ふん。要らぬお節介だ。後で、覚えてろ、チアキ。・・・行くぞ。

 これからが本物の攻撃だ。第二波攻撃、いくぞ。ウルスラもついてこい」

「はい。」

「はい。」

 二人の元気な返事を聞いて、クリス王女は、微笑んでいた。

 

 グランド・クロスⅡ3機の第二派攻撃は、熾烈を極めた。

 今度は、3機が各自でランダムに見えるような角度から、亜空間から通常空間へ、タッチ・アンド・ゴーを何度も行い、第三艦隊への攻撃を繰り返した。もちろん、本当にランダムな角度から撃っているわけではなく、敵の指揮を混乱させるように、緻密に計算された行動である。

 

「ミサイルを撃ってやろうと狙うと、消えてしまう。」

「もう、こんな攻撃には、対応できない。」

「何が何だかわからない。」

 

 第三艦隊のクルーは、じりじりと追い詰められた気分だった。

 しかし、苦しんでいるのは、グランド・クロスⅡ3機のクルーも同じだった。ただし別の理由で。

 つまり、機体の位置が、前後左右にめまぐるしく回転したままで通常空間に復帰するので、復帰したとたんにレーダーやモニターの画像が急に回転する。頻繁に方向感覚を切り替えることを迫られたブリッジの大半のクルーは、次第に船酔いのような気分に襲われていった。

 もちろん、新戦艦のクルーに選ばれている以上、クルーは皆、船乗りとして一流のベテランなのだが、こういう経験は初めてだった。

 これに対して、クリスティア、チアキ、ウルスラのパイロット三人は、平然としていた。宇宙船で生まれ育った子供の持つ独特の方向感覚が、三人には備わっているようだ。

 

「ふう・・・、タッチ・アンド・ゴーはシミレーター通りに出来るけど、射撃の精度がイマイチかなあ。手ブレっていうヤツかなあ、これ。」

 チアキが冷静に分析して、つぶやいた。もちろん、その間にも手を休めず、タッチ・アンド・ゴーを繰り返し、敵艦にビーム砲をかなりの確率で命中させている。

「なあに? 手ブレって。」

 ウルスラが第3号機の操縦席から聞いてきた。戦闘中にこんな会話ができるほど、彼女も余裕があるのだろう。

「いやあ、船から射撃するときに、船が揺れていると照準が狂うという話よ。

写真を撮るときにカメラが揺れると、画像がブレるでしょ。あれと同じよ。」

「なるほど、なかなか命中しないのは、そういうことか。

でも、そういうのは、自動補正機能がカバーしてくれることになっているはずなんだよね。ミッキー先生が言ってたけど。」

「実戦は今回が初めてだから、グランド・クロスⅡの自動補正機能は、今後さらに改良の余地があるってことね。」

「だから、私の命中率がこんなに低かったのかぁ。原因がわかってよかったよ。

実は、私、すこし落ち込んでたんだよ。」

 ウルスラが言った。

「お前たち、そう言うけど、ターゲットはピンポイントであるにもかかわらず、今の命中率は50%をはるかに超えてるぞ。

このスコアは、通常戦闘の命中率と比べても、相当にすごいぞ。」

 クリスティア王女が二人の会話に割り込んできて、言った。

「ええ!? 私、シミュレーターでの命中率は、タッチ・アンド・ゴーでも90%を超えてましたよ。

 それに比べると、こんなの、私のスコアじゃないっていうか・・・。」

 ウルスラが言った。

「まさか、司令官の命中率って、私たちより低いのですか?

戦闘記録、見てもいいですか?」

 チアキが、いたずらっぽい声で聞いた。

「うるさい! 今は戦闘中だ。

 そこまで言うなら、勝負しよう。お前たちが負けたら罰ゲームだからな。

 そうだなぁ、甘いもの三か月禁止。

 どうだ、チアキ。チョコパフェはお預けだぞ。後で謝っても遅いぞ。」

「上等ですね。私、勝ってしまいますわ。オホホホ・・・」

 チアキはわざとらしい作り笑いをした。チョコパフェお預けと聞いて、怒ったようだ。

「司令官の罰ゲームはどうしよう。チアキちゃん。」

「あれよ、先生が大嫌いだと言ってたヤツ。サーシャの家でやったアレ。」

「ダンスパーティ!」

「そう。女の子らしい、思いっきりかわいいドレスを着て、最低5回は王宮のダンスパーティに出てもらいましょう。陛下もお喜びになるわ。」

「それで、決まり。楽しそうだね。」

「5回は多い。3回にしろ。」

「勝つ自信がないんですか?司令官・・・」チアキが挑発した。

「うるさい。戦闘中の私語は禁止だ。」

 そういいながらも、クリス王女は、微笑んでいた。

「さあ、また行くぞ。」

「はい。」

「はい。」

 

 通常の船なら、通常空間に復帰してから射撃管制レーダーを発信して、その反応から照準を定めて、それからビーム砲を発射する。

 しかし、グランド・クロスⅡのビーム砲射撃は、射撃管制レーダーを発信せずに、通常空間に復帰した直後に、いきなりビーム砲を発射する。そのための射撃管制は、対峙している第一艦隊の管制レーダーのデータを亜空間経由の超光速通信でリンクさせている。正確な位置を特定してタッチダウンができる時空トンネル航法ならではの仕組みである。

 

 とは言っても、実際の船の運航には微妙なずれや振動があり、時空トンネルによる空間の乱れもあって、チアキのいう「手ブレ」が生じると思われる。

 次の第三派攻撃は、さらに難易度が高い。レーダー・センサー系統部分だけが攻撃対象ではない。抵抗を続ける船に対しては、ビーム砲やミサイル発射口も狙うからだ。

 艦が通常空間に留まる時間が極めて短いことと、3機がばらばらに激しく動いているように見えるため、第三艦隊の船はミサイルの狙いが絞れず、ますます混乱した。味方の損傷も増えるばかりで、攻撃に参加できる船も激減してきた。

 

 しかも、グランド・クロスⅡからの攻撃は、圧倒的な優位に立っているにもかかわらず、第三艦隊の船に致命的なダメージを与えないように精密に狙いを定めていた。逆に言えば、明らかに手加減したものだった。

 

 これは、第三艦隊の将兵も気づいていた。

『手加減してくれているならば、いずれ降伏勧告が来るはず。』

『降伏勧告が来るまでは、撃墜されるような無理はせず、撃たれたふりをして戦闘をヤメたい』

 という厭戦の誘惑も忍び寄ってきた。

 疲労と不安と厭戦の誘惑が、艦隊の士気を奪っていった。

 

「ええーい。面倒だ。全方向にミサイルを打ちまくれ。そのうち、向こうの方から当たってくれるさ。」

 軍事面にはまったくの素人のはずのアンドレア公爵の方が土壇場のプレッシャーに強かった。苦し紛れの指示が戦闘の流れを変えた。

 指示に従って、これが最後の攻撃とばかりに、第三艦隊の船から、ミサイルが全方向に、一斉に発射された。

「ああ~。何をやってるの。ホント、面倒なことをするわねえ。」チアキが言った。

「司令官、いったん、引いてくださるよう進言します。

 敵にはもうかなりダメージを与えています。

 それに、そろそろ次のステップに入る時間でしょう。」

 グランド・クロスⅡの1号機のブリッジから、進言があった。

「そうだな。チアキ、ウルスラ、いったん亜空間に退いて、指示を待て。」

 クリスティア王女が言った。

 グランド・クロスⅡの3機は、亜空間に退いた。

 

 その時、ウルスラが叫んだ。

「だめだよ。一部のミサイルがマフィア艦隊の方へ飛んでいく。

 私たちが亜空間に逃げたせいで、あちらの方を追いかけ始めたんだよ。

 ミサイルを撃墜しないと、マフィアの人たちがやられる。それでは、私が出撃した意味がなくなる。

 司令官、お願いです。」

「あんなにたくさんのミサイル、どうやって撃ち落とすのだ。」

「重力波砲を使って一気に吸い込んで、どこかに吹き飛ばします。」

「そうか、大量破壊兵器といえども人助けに使える場合があるのか。重力波砲の初陣としては面白い。

 よし、行け。重力波砲の操作は、手順通り、クルーと一緒に行うんだぞ。ウルスラ。」

「わかってます。」

 

 重力波砲とは、時空トンネルによる強制的空間移動、つまり、時空トンネルで物体を吸い込んで吹き飛ばしてしまう兵器である。重力制御技術により作り出した時空トンネル自体を艦隊戦用の兵器として利用するものである。そして、大量破壊兵器であるゆえに、パイロット単独では発射できないように、操作に制約がかけられていた。

 

「時空トンネルの路線設定が、できました。出口は、近傍の惑星ブルー・クリスタルの周辺空域です。

 敵のミサイルは、惑星ブルー・クリスタルにぶつけます。水素、窒素などが液体で存在する極寒の巨大惑星ですから、ミサイルが爆発しても、問題ありません。

 もちろん、トンネルの重力エネルギーは最小にしていますので、ほかの船まで吸い込むような影響はないと思われます。」

「標的のミサイル群に、照準をロックオンしました。」

 ブリッジのクルーから、パイロットのウルスラに次々と報告があった。

 報告を受けて、ウルスラの3号機は通常空間に復帰した。

「よし、重力波砲、発射。」

 3号機は、時空トンネルを前方に展開した。

 七色の重力のリングが前方に浮かび、激しい光を放って高速で移動して、第三艦隊と宇宙マフィア艦隊の中間を飛んでいたミサイル群に向かっていった。ミサイル群は、リングに向かってらせん状に回転しながら、リングの中にある亜空間のトンネルに吸い込まれていった。

 第三艦隊と宇宙マフィア艦隊も、かなり強い重力で引きつけられたが、推進剤を全力で噴射して姿勢を保った。

 

 しかし、新兵器の発動を目の当たりにして、第三艦隊のクルーは動揺した。

「今のが重力波砲か。すごいな。これをまともに食らえば、艦隊全部が引き込まれ、どこかの空間へ吹き飛ばされるじゃないか。」

「重力波砲を装備しているのは、グランド・マザーだけと聞いていたが、グランド・クロスⅡも装備しているのか。話が違うじゃないか。」

 やがて、惑星ブルー・クリスタルの惑星表面上で爆発があった。

 

 

7-6 所属不明の小型機内

 

 第三艦隊が出鱈目に放ったミサイルのうち、ウルスラの攻撃対象からはずれたものは、大半が重力波の影響で軌道を大幅に乱し、その結果、大半は目的を見失って漂流、自爆した。

 だが、そのうち、一つのミサイルが新しい標的を見つけた。

 その標的はステルス機能を備えた、所属不明の小型機だった。慣性航行で静かにマフィア艦隊へ近づこうとしていたが、機体の近くまで漂流してきたミサイルは、この船の極めて微弱な熱エネルギー反応を見逃さなかった。

 

「ミサイル、着弾まで35秒。」警告のアナウンスが流れている。

「ミサイルに見つかった。せっかく、ここまで戻ってきたのになあ。

 ここで応戦すると、敵にこの船の位置を知らせるようなものだが。ここまでかなあ。」

「レイ、最後まで全力を尽くしましょう。」

「そうだな、ロッテ。まず、ビーム砲で迎撃だ。」

 小型機は、ステルスモードから戦闘モードへ移行し、ビーム砲でミサイルを破壊した。それと同時に、全速力でマフィア艦隊へ近づいた。

 他方、付近を漂流していたほかのミサイルは、動き出した小型機のエネルギー反応をキャッチし、追いかけ始めた。

 これに対して、これまで沈黙を守っていたマフィア艦隊は、小型機を守るためビーム砲でミサイルを迎撃し始めた。

「いたぞ。動き出した。」

 第三艦隊の船で壊されずに残ったレーダーも小型機をとらえた。

「女王陛下を暗殺した犯人に違いない。撃墜しろ。」

「しかし、大半の船で自動照準が破壊されており、ビーム砲が使えません。」

「バカ者! 自分の目で見て打て。

 私は鴨(かも)猟に行ったときは、自分の目で鴨を狙って、古式散弾銃を撃っているぞ。プロのお前らなら光学照準で打てるはずだ。」

 

 軍事面には素人のアンドレア公爵のひとことが、また戦闘の流れを変えた。

 第三艦隊は、目視で小型機を狙ってビーム砲を打ち始めた。

「公爵の奴、とうとう、裏切ってきたか。

 でも、射撃はでたらめだな。よし、あと少しで、艦隊に合流できる。あと少しだ。」

 

 その時、「下手な鉄砲、数打ちゃ当たる」のことわざ通り、小型機のエンジン部にビーム砲が命中した。

 小型機の推進力が落ち始める。ビーム砲も撃てなくなった。

 

「ミサイル、着弾まで15秒。」

 新たな警告のアナウンスが流れてきた。

「間に合わん。これまでか。ロッテ、ほんとにすまなかった。こんな最後になるなんて。」

「レイ、何、言ってるの。私は自分の意思で自分の人生を選んだのよ。宇宙大学の卒業前に駆け落ちしたときにも言ったでしょ。」

「ありがとう。ホントに幸せだったよ。」

「私も幸せだったわよ。

 思いがけないところで、サーシャの姿を見ることが出来たし、もう思い残すことはないわ。」

 

 

7-7 ブリッジ(機動空母グランド・マザー)

 

 小型機が撃墜されて爆発したせん光は、グランド・マザーのブリッジからも観測された。

 サーシャは、何も言わず、映像を見つめていた。

 その時に、クイーン・オブ・パイレーツから通信が入った。

「女王陛下から、サーシャさん宛てです。」

「出ます。」

 サーシャが言った。

 モニターに、銀河帝国の女王が現れた。クイーン・オブ・パイレーツのブリッジで、一段高い位置にある、玉座に座っている。

「今、パイレーツ・キャッスルから脱出した小型機が第三艦隊に撃墜されたようだ。

 脱出した人間の身元は、最後まで確認できなかったが、悲しい結果になった。

 心からのお悔やみを言いたい。」

 女王が言った。

「陛下の御命を狙った者にまで、そのような御言葉をいただき、感謝の言葉もございません。」

 サーシャが言った。

「このような時ではあるが、いや、このような時であるからこそ、サーシャ、お前の願いを聞かせてくれ。

 私は、銀河帝国の積年の課題、とりわけミルキーウエイ計画の推進を通して、銀河系外延部の航路開拓、惑星開発を進めようとしている。

 そのためには、宇宙開拓時代からの課題を一掃するつもりだ。

 その過程では、アマージーグ族の問題も、解決せねばならないと思っている。

 人は、自らの行いに応じて犯罪者としての責めを負うことはあろう。

 しかし、生まれながらにして、親たちの罪を『原罪』のように背負いつづけるという理不尽なことは、あってはならないと、私は思っている。」

 女王が言った。

「ありがとうございます。今、陛下は、一族をアマージーグ族とお呼びくださいました。 そのような温かいお言葉を聞けるときが、ようやく訪れたのかと、本当にうれしく思います。

 しかし、私は、すでにあの一族とは無縁の者でございます。

 私が、一族を代表して、何かを申し上げたり、何かをお約束することはできないでしょう。

 ただ、一族のなかには、こういう願いを持っている者もいたということで、お聞き下さい。」

 そういって、サーシャは語り始めた。

 

 二人の話を聞いていた白凰女学院のヨット部員達は、サーシャの言葉に息をのんだ。

 

「陛下もご存じのように、一族の者は、長い時間、宇宙開拓時代の祖先たちの罪を子孫が背負いつづけるという負の連鎖からどうやって逃れるかという答えを求め続けてきました。

 それには、二つの道があると考えられましたが、意見が分かれ、一方を選ぶことはできませんでした。

 このため、一族は両方の道を同時に求めて生き残ろうとしてきました。

 一つ目の道は、過去と未来を切り離し、「新人類」を作る道です。

 このため、銀河系の文明から遠く離れた新天地で、新たな惑星開発をおこない、過去の歴史を全く知らない子孫を中心とした社会を作り、遠い未来に「独自の文明社会の発見」という形で銀河系との統合を図ろうという道です。すでに目的の惑星を定め、開発を進めています。

 そして、罪に汚れた世代は、子孫のために新天地の繁栄に尽力しつつ、名を偽って歴史の闇に消えていこうとしています。

 これは、宋主星の文明の起源、つまり人類の起源が現代になっても解明されていないことにヒントを得たものです。

 

 人類進化説の言うような、人類が宋主星で発生した証拠となる『ミッシング・リング』の化石はいまだに発見されません。

 逆に、宇宙開拓の結果、太古植民説が有力になっています。

 何万光年も離れた星々に、遺伝的にほぼ100パーセント同一の人類が発見されたからです。だから、新たにもうひとつ人類が発見されても不思議ではないというわけです。

 

 二つ目の道は、過去を歴史として相対化し、現状を認めてもらおうという道です。

 もちろん何らかの犠牲や代償は必要でしょうが、実力により恩赦や免責を勝ち取り、銀河系の中で市民権を回復しようという道です。

 このために、武装船団を組んで銀河系内を海賊と資源開発の旅を続け、あるいは銀河系の裏社会で徒党を組んで非合法活動を行い、実力と富を蓄え、機会を窺ってきました。

 

 お怒りになるかもしれませんが、この道は、帝国海賊の歴史にヒントを得たものです。一族も、帝国海賊になりたかったのです。

 こうやって何百年が過ぎました。

 

 でも、今、この二つの道は危機を迎えていると、私は思っています。一族は力を合わせて一つの道を歩まなければ、共倒れだと思うのです。

 新人類として生きる道は、銀河系近傍の球状星団に複数の可住惑星を発見し、開発を進めてきました。環境や資源の面から、理想的な可住惑星です。そして、この球状星団は、銀河系からは、暗黒物質の雲の向こう側にあるため、その存在と位置は今も知られていません。

 一族はこの星団を「ヒガン」と名付けました。

 ある古代宗教の言葉「彼岸」から名付けたもので、悟りの境地という意味です。同時に、そのような安住の地を得ることは一族の「悲願」でもあるからです。

 また、その手前の暗黒物質の雲を「サンズ」と名付けました。

 その古代宗教の教えでは、人の姿をした死者の魂は、三途(サンズ)の川を渡って彼岸(ヒガン)の地に行くそうですが、三途の川を渡るときに前世の記憶を失ってしまい、やがて魂は輪廻転生するそうです。

 この三途の川の恵みこそ、一族が求めているものだからです。

 でも、惑星開発は今、危機に立っています。ヒガンはあまりにも遠い地であり、現代文明を維持しながら、密かに開発を続けていくには人材も資材も不足しているのです。

 このままでは、文明の水準は徐々に後退し、何千年も後には現代文明は痕跡も残さず完全にリセットされ、移住者の子孫は本当に「新人類」になってしまうかもしれません。それも予定されたことかもしれませんが、大きなリスクと犠牲を伴います。

 

 もう一つの道、帝国海賊のようになりたいという道も困難な道でした。

 もともと銀河帝国と辺境星系との戦乱に乗じて、復権の機会を得るという算段でしたが、平和な時代が長く続き、そのようなチャンスは訪れませんでした。一族が公爵様にお味方してきたのも、彼の野望がそのチャンスと見たからです。

 しかし、一族の中には、非合法活動を続けていくうちに志を失い、本物の無法者に堕落していく者も少なからず出てきました。このままいけば、一族全体が、本物の犯罪集団に堕落していくのではないかと、私は恐れました。

 

 でも、そんな私の思いは一族のリーダーにとっては、前からわかっていることでした。 その解決のため、リーダーが選んだ方法は、現在よりはるかに速い超光速交通システムの開発です。みなさんご存じの『時空トンネル航法』の実現です。これが実現すれば、ヒガンの開発もさらに進むし、一族の船団の運行も有利になると思ったのです。

 その結果、多くの犠牲の下に、基礎的なシステムの開発に成功しました。

 しかし、それを超光速交通システムとして実用化するためには、銀河帝国の最新技術、特に軍事機密とされる高出力転換炉が必要でした。それまでも自力で開発する技術力や資金は、一族にはありませんでした。

 そこで、リーダーは、自力開発をあきらめ、ステープル重工業にその技術を売り、それで得た資金でヒガン開発を進めたり、ヤミ市場で船や武器を買いました。こうして、いままでの二つの道を両方同時に進めようとしたのです。

 そして、時空トンネル航法の開発は、一族にあらたな野望を生みました。時空トンネルは大量破壊兵器、星をも砕く超兵器としても使えることが分かったからです。

 基礎的なシステムを備えた旧式の宇宙船といえども、一種のミサイル兵器として使うには十分です。

 これさえあれば、その抑止力で銀河帝国から一気に政治的独立を勝ち取ることができるのではないか、そういう野望が一族に生まれたのです。

 私は、『そんな野望はいずれ銀河帝国との全面戦争を招き、全面戦争となれば人材、技術そして資源に劣る我々一族は必ず滅びる』とリーダーに訴えました。

 『だから、一族の悲願を実現するには、平和的な手段しかないはずだ』と。

 でも、一族の人々の考えは、公爵様の野望に加担しつつ、銀河帝国の内戦に乗じて事実上の独立戦争を始めるというものでした。

 私はこの流れを押しとどめることは出来ませんでした。

 そして、リーダーは、私を一族から追放しました。

 

 陛下、どうか、このような愚かな一族のものにも寛大なお慈悲を。

 もちろん、罪を犯した者はその罪を償うべきですが、一族の子孫が、女王陛下の光の下、銀河の片隅で、平安に暮らせますように。

 これが私の願いです。」

 サーシャの話が終わった。

 

「サーシャ、よく言ってくれた。約束通り、お前の望みをかなえよう。

 私も、お前たちアマージーグ族の処遇は以前から考えていたところだ。帝国とアマージーグ族は平和条約を結ぶべきであり、その条約内容に関する私の考えはこうだ。

 

 第一に、アマージーグ族の者に帝国の国民としての自由と権利を与え、ヒガン星団に国家としての自治を与える。そのため、一族の者全員に、銀河帝国の国民としてのID登録を命ずる。これにより、帝国は、国民となった一族がヒガン星団の地で平安に暮らせるよう、星団の開発に援助、協力する。

 

 第二に、一族の者には、時空トンネル技術を放棄することを命じる。この技術は、帝国軍が独占し、ミルキーウエイとして利用者に公開するものだ。すみやかにヒガン星団にミルキーウエイのゲートを作り、帝国軍が駐留する。これにより、一族の船は、銀河系の諸星系とヒガン星団の間を自由に短時間で往来することができるようになる。

 

 第三に、一族の者が、祖先の罪や法的責任を負わないことを保証する。

 特に、以上三点が、一族の望みであろう。これは、アマージーグ族と銀河帝国との平和条約に明記する。

 

 第四に、自ら罪を犯した者は、自首せよ。その者は、裁判の上、罪状に応じた刑に服せよ。なお、自首した者への刑罰はヒガン星団に流刑とする。流刑地内の行動に制限は設けない。これにより、優れた人材には、ヒガン星団の開発のために活躍の場が与えられるだろう。

 なお、流刑者が、私の臣下として、銀河系外延部、近隣の星団やアンドロメダ星雲など未踏の宇宙のへの調査に従事するときは、星団を出ることを許されるものとする。

 もちろん、帝国内にある、非合法活動で得た一族の資産はすべて帝国が没収する。一族の船は没収しないが、一旦、ヒガン星団へ集まり、船舶登録を受けることを命じる。そのために、帝国の船が作る時空トンネルを使って、一族の船を送り届けよう。

 一族の船は有効に使うが良い。

 以上の刑罰の特例は、銀河帝国の女王の名において、帝国に帰順した者に対する恩赦として実施する。

 

 第五に、以上の条件に従い、平和条約が締結できるならば、褒美として、一族から帝国海賊の船長を何人か任命しよう。一族のリーダーとして、船長にふさわしい、優れた船乗りを選ぶがよい。

 もちろん海賊船は、相応の武装を許す。これは、海賊女王の名において約束する。

 

 以上だ。サーシャ、どうだろうか、何か意見はあるか。

 これでよければ、一族のものに私の考えを伝えてくれるか。

 お前は一族の者にはいまだに人望があると聞いている。耳を傾けてくれる者もいよう。」

「ありがとうございます。ご承知のような身の上ですが、微力を尽くします。本当にありがとうございます。

 まずは、話し合いのために、一時停戦に同意するように、伝えます。」

 

 サーシャは深々と臣下の礼をして、ミッキー艦長に向き直った。

「艦長、このアドレスに通信を送ってください。認証は、私が・・・・」

 

 

7-8 弁天丸船内

 

 弁天丸は、ブルー・クリスタルの旧ステーション近くの空間にタッチダウンした。

「よし、絶好の位置よ。弁天丸、戦闘体制。照準用レーダー放射。トレスポンダー発信。弁天丸だってこと、教えてあげて。

 それと、第一艦隊司令部に連絡、お願い。」茉莉香が言った。

「了解。

 船長。旧ステーションからアナログ電波が出てる。間違いないわ。」

 クーリエが言った。

「それに、旧ステーションに船が数隻いる。今、トランスポンダーの発信を始めた。

 みんな、聖王家関係の旅客船だ。公爵の船もいる。あわてて、正体を明かしたのね。」

「そのようですね。レッド・クリスタル星系内でのトレスポンダー発信義務違反は、『みなし反乱罪』の現行犯で、船は無警告で撃墜ですからね。

 おまけに、彼らは軍艦でなく、普通の旅客船ですから、武装船である弁天丸を見れば、当然の行動でしょう。」ギルバートが言った。

「弁天丸、公爵の船に接近して。それと、第一艦隊司令部に、戦闘記録送信。公爵の船を発見したって連絡も、お願い。

 それから、シュニッツアー、白兵戦準備。まずは、公爵の船に乗り込むわよ。これは、本気の戦闘だから、油断しないで、完全武装よ。」

「了解。」

「まって、船長。

 えーっと、偽装を解いた船が近づいてきた。トランスポンダーを発信していない。マフィアの船に間違いないわ。」

「戦闘体制。主砲、発射準備。」茉莉香が緊張して言った。

「主砲、照準良し。こちらから先に打つか。」

 シュニッツアーが言った。

「うーーん。おかしいなあ。

 向こうは戦闘モードじゃないよねえ。」

 にらみ合ったまま、緊張が続いた。

 

「あ、船長、グランドマザーのサーシャちゃんから、船長宛てに緊急通信が入ってます。」

「でます。」

 茉莉香が答えた。

 モニターに白鳳女学院の制服姿のサーシャが現れた。

「茉莉香さん、サーシャです。」

「サーシャ、こんな時にどうしたの?」

「理由は後で話します。とにかく、撃たないでください。

 今、貴方の目の前にいる正体不明の船は、もう敵ではありません。いま、帝国と停戦し和平交渉中のために、公爵様の下から引き上げるところです。」

「宇宙マフィアが、単独で停戦に応じたのか。」

 シュニッツアーが言った。

「わかったわ。公爵さんはまだ降伏していないのね。」

「ええ、まだです。」

「サーシャ、これから公爵の船に乗り込むから、またあとでね。」

「茉莉香さん、ご武運をお祈りします。」

「ありがとう。」

 

 弁天丸のドッキングポートのドアの前で、茉莉香は、ギルバートとシュニッツアーら弁天丸の一行と一緒にドアが開くのを待っている。

 茉莉香も、他の皆も、今回の白兵戦では、完全武装の黒い重装防護服を着ている。ほかの者はブラスターだけでなく、斧や蛮刀も手にしている。

 誰も何も言わない。

 どくん、どくん、どくんと、茉莉香には自分の心臓の鼓動が聞こえてきた。

 茉莉香は、隣のギルバートと顔を見会わせた。

「ギルバートさん、私ね、こんな本気の白兵戦って、初めてなんだ。」

 茉莉香は、隣の彼にだけ聞こえるように、小さな声で言った。

「大丈夫ですよ。私が命がけであなたを守ります。」

「ありがとう。従者さんは頼りになるね。ウフフフ。」

 

「敵船に対する電子戦を完了。間もなくドアが開く。ブリッジまでの進路に爆発物はない。」

「了解。」

 間もなく、ドアが開き、一行は公爵の船のブッリジ目指して、突撃した。

 

 ブリッジのドアが開いた。

「ええーーー! みんな逃げだしたの? そんな・・・。」

 がらんとした無人のブリッジに突入した茉莉香は、驚いて声を張り上げた。

 

「残りの船員は既に降伏した。制圧は完了だ。」

 シュニッツアーが言った。

「はい、お疲れ様。お宝さがしの要員を残して早く撤収しなさい。

 王女様とチアキちゃんが旧ステーションに突入するそうよ。

 こちらも負けていられないわ。」

 ミーサが言った。

 

「それはそうと、茉莉香。

 あなた、防護服での会話は、ブリッジにも全部聞こえてるってこと、知ってる・・・わよねえ。

 宇宙服と同じなんだから。」

 ミーサがシラっと言った。

「なかなか、ほほえましい会話だったわ。」

 ルカが言った。

「ク・・・ク・・・ク・・・。」

 クーリエが笑いをかみ殺している。

「ええ~~~! みんな聞こえてたの!? そんな・・・。」

 顔を真っ赤にした茉莉香が、また声を張り上げた。

 

 

7-9 帝国軍総司令部(クーン・オブ・パイレーツ船内)

 

 こちらは、帝国軍の旗艦クーン・オブ・パイレーツの帝国軍総司令部。

 旗艦のブリッジを見下ろす奥まった空間に、全艦隊の指揮命令機能が集中している。中央に大きな立体ディスプレイがあり、戦闘空域の艦隊配置が表示されている。ディスプレイの周りを、一段高い玉座に座った女王と参謀本部の高官が囲んでいる。

 

「宇宙マフィアの船団から、停戦同意の返答がありました。

 船団の戦闘モードは解除され、あちこちに隠れていた船も船団に集結しています。」

 総司令部の担当官が、戦況を報告した。

 

 ブリッジの歓声が、総司令部でも聞こえた。

 必殺の大量破壊兵器をもつ宇宙マフィアの船団が、停戦に応じ、単独で戦線から離脱したとの知らせは、戦闘の大勢が決したことを意味している。

「グランドクロスⅡ1、2号機は、公爵の身柄確保のため、旧ステーションにまもなく突入します。

 王女殿下とチアキ副官は白兵戦の先頭に立つご意向です。

 3号機はグランドマザーに帰還します。」

「公爵の船は乗員がほとんど逃亡し、公爵本人もいなかったと弁天丸から連絡がありました。

 弁天丸も旧ステーションに向かうそうです。」

「陛下、お聞きの通りです。」

 参謀総長のヤマシタ提督が、女王に告げた。

「よし。チェックメイトだ。

 第三艦隊への降伏勧告は、私が行う。私が生きていることを見せてやろう。

 一斉通信回線を開け。」

 

 第三艦隊はじめとする帝国艦隊のモニター画面に、帝国軍総司令官の軍服を着た女王が玉座に座った姿で現れた。

「第三艦隊の諸君、私はこのとおり健在だ。

 私は、先ほどの第三艦隊司令官アンドレア公爵の演説を帝国に対する反乱と認め、帝国のすべての将兵に反乱の鎮圧を命じた。

 

 そして、見ての通り、私は、聖王家の伝統にのっとり、クーン・オブ・パイレーツに乗船し、反乱を鎮圧するため、将兵と共に戦い、生死を共にする覚悟だ。

 第三艦隊の諸君、諸君の船の玉座に聖王家の指揮官はすわっているか。

 指揮官は、諸君と共に戦い、生死を共にする覚悟を示しているか。

 その答えは諸君も知っていよう。

 諸君はそのような指揮官と共に戦う意思があるか。

 

 第三艦隊は、直ちに降伏せよ。応じない者に対しては、いかなる兵器の使用もためらわない。私に戦いを挑む者は相手になってやろう。

 ブルー・クリスタルの極寒の海に沈むがよい。

 

 諸君、もはや勝敗は決した。宇宙マフィアと呼ばれてきたアマージーグ族は停戦に応じた。私は彼らと平和条約を結ぶつもりだ。

 また、我々は、公爵の隠れ場所を発見した。まもなく彼を逮捕する。

 第三艦隊の諸君は、直ちに降伏せよ。」

 

 第三艦隊は、直ちに降伏した。

 女王の言葉が艦隊の戦意を奪う決め手となった。

「われらの指揮官は安全な場所に隠れ、将兵と共に戦い生死を共にする覚悟を示していない。」という艦隊幹部だけが知っていた事実が明らかにされたからだ。

 もちろん、新戦艦グランドクロスⅡの圧倒的な威力を見せつけられたことから、既に戦術的な敗北は明らかで、厭戦気分にとりつかれ、さらに、女王の口からアマージーグ族との「停戦」と「平和条約」という言葉が発せられたことから、戦略的に敗北し孤立したことも理由としてあげられるだろう。

 

 

7-10 グランドクロスⅡ2号機船内

 

 その頃、チアキの乗ったグランドクロスⅡ2号機は旧ステーションに一番乗りを果たそうとしていた。

 すでに電子戦を完了し、チアキは、スカーレットとクキ一族の白兵戦部隊と共に、ドッキング・ブリッジの相手側のドアが開き次第、突入しようと待機していた。

 後から振り返れば、弁天丸からの連絡で、公爵の船から乗員が逃亡していると聞いて、一同には既に勝利の雰囲気が漂っていたのであろう。

 

「敵の艦内は、大半で真っ暗です。艦内の照明が点灯されていないためと思われます。  従って、船内カメラでは旧ステーションの乗降口付近の様子が分かりません。敵艦内の赤外線その他のセンサーも機能していません。

 これが、老朽化によるものか、意図的なものか、原因がわかりません。」

 

 グランドクロスⅡ2号機のブリッジから、良くない連絡があった。

「何、もたついているの。」

 チアキはいらついていた。

「お嬢様。この展開は、危険な感じがします。後ろへ下がってください。」

 スカーレットがチアキに言った。

「旧ステーション側のドッキング・ブリッジのドアが、勝手に開き始めます。」

 白兵戦部隊の隊員が言った。

「ワナだ。

 ブリッジ、ドッキング解除。こちら側の外壁ドアを、閉めろ。急げ。

 みんな、お嬢様を守れ。相手の船の中を撃って援護しろ。」

 スカーレットが矢継ぎ早に指示を出した。

 次の瞬間、旧ステーション側のドアのスキマから、高出力のビーム砲がチアキに向かって放たれた。

 その次の瞬間、グランドクロス側の外壁ドアが閉まり、ドッキングが解除された。

 

「お嬢様!大丈夫ですか!」

「私は大丈夫ですが、ヘルメットが汚れていて何も見えません・・・これは」

 チアキは絶句した。

 あたり一面、血の海だった。

 チアキの防護服も大量の血を浴びていた。

 チアキの前に3人の重装防護服を着た戦士が倒れていたが、2人が腹部をビームで貫かれ、3人目の体でビームが止まったものの防護服が破裂した状態であった。3人とも自分の体でチアキを守ったのだった。

 

「ブリッジへ。

 1号機及び弁天丸に至急連絡せよ。

 ドッキング・ブリッジにワナがある。

 高出力ビーム砲を持った狙撃手が配置されていると伝えよ。

 その次に、司令部に戦闘状況報告。チアキ様は無事だという報告も忘れるな。」

 スカーレットが素早い指示を出した。

「了解。」

「ブリッジへ。

 直ちに、先ほどのドッキング・ブリッジを砲撃しろ。ビーム砲を沈黙させろ」

「了解。」

「あーー遅くなりましたが・・・。旧ステーションの様子が分かりました。

 船内の主要隔壁は総て閉鎖中です。

 先ほどのドッキング・ブリッジには、ロボット兵が配置されています。このほかの乗降口にも総てロボット兵が配置されています。

 しかし、船内には、乗組員や戦闘員というような人間はほとんどいませんが、ブリッジには人間が一人います。」

「電子線担当、よくやった。さあ、ロボット兵の武装解除を急げ。」

「了解。」

 

 ・・・・・・・・

「スカーレットさん。みなさん。私、なんと言ったら良いか・・・。」

 チアキは惨状を見て、言葉に詰まっていた。

「お嬢様、まだ戦闘中です。お気を確かに。

 それに、死んだ兵士はお嬢様のために命を捧げたことを誇りに思っていますよ、きっと。」

「・・・そうですか。戦いは、まだ終わっていないと、気を引き締めないといけませんね。

 ディンギーの操作でも、『ピンチの時は基本に忠実に』って言いますね。基本に忠実な操船をしつつ、落ち着いて状況を観察して、挽回のチャンスをうかがえと、教わりました。」

 チアキが言った

「お嬢さまは、ディンギーの大会で優勝経験がおありでしたね。

 そうおっしゃって頂くと、私も、基本に忠実に、なにか見落としていないか、考えないといけませんね・・・。

 ほぼ無人の船内、隔壁閉鎖、ロボット兵か・・・・。

 そうか、

 おい、毒ガスや生物兵器が使われていないか、ドッキング・ブリッジ周辺をチェックしろ。

 各戦闘員も防護服の気密を点検、維持しろ。

 ブリッジ、聞こえるか!ドッキング・ブリッジの気密を確保し、こちらに通じる隔壁を閉鎖せよ。

 それから、化学兵器・生物兵器対策兵を船外を経由してこちらに派遣してくれ。」

「反応ありました。致死性の有毒ガスが検出されました。濃度上昇中です。」

「床に用途不明のカプセル弾が、いくつか散らばっているのを、見つけました。

 カプセルのなかには、既に割れて液体が出ているものもあります。

 生物兵器の可能性もあります。」

 兵士の報告が続いた。

 

「そうですか。

 もしかすると、化学兵器や生物兵器による攻撃が本筋で、ビーム砲による攻撃は陽動だったのかもしれませんね。

 ビームを防御してひと安心させたところで、致命傷を与える作戦。

 まるで、テロリストですね。」

 冷静になったチアキが言った。

「お嬢様の言うとおりだとすると、敵の狙いは白兵戦に突入してくる聖王家のメンバーの命ですね。

 王家の者は戦場でも常に先頭に立つのが、伝統ですから。」

「そうですね。」

「ブリッジ、聞こえるか!

 こちらは化学兵器の使用を確認した。致死性のガスだ。生物兵器については、目下調査中だ。その旨、司令部へ戦況報告。

 それから、1号機と弁天丸に白兵戦突入を中止されたいと連絡せよ。敵の狙いは王女様と副官の命だと思われる。」

 冷静になったスカーレットが、指令を出した。

 

7-11 グランドクロスⅡ1号機船内

 

 この時、グランドクロスⅡ1号機のブリッジでは、今まさに、旧ステーションへの白兵戦突入のため、クリスティア王女は、白兵戦部隊の待ち受けるドッキング・ブリッジに向かおうとしていた。

「お待ちください、司令官。2号機からの緊急連絡です。

 旧ステーションに乗降口から突入しようとした2号機の白兵戦部隊に罠が仕掛けられていたそうです。

 ロボットの伏兵だけでなく、毒ガスが使用され、生物兵器も使用されている可能性があるため、突入を中止したとのことです。

 このため、1号機と弁天丸も旧ステーションへの突入を中止するようにとの進言です。

 なお、旧ステーションの様子が判明したそうです。残っている乗員は、ブリッジの一名だけと言っています。」

「なに!? 毒ガス、生物兵器? なんという古臭い罠だ チアキは大丈夫か?」

「チアキ副官は無事との連絡もありました。」

「そうか。それはよかった。当艦もいったん突入を中止する。

 それで、旧ステーションに残っている乗員一名とは、公爵本人か?

 私の名前で、連絡を取ってみよ。」

「了解しました。

 あ、旧ステーション周辺に停泊していた聖王家関係者の船が一斉に発進しました。プレドライブ現象確認。まもなく、超光速跳躍に入ります。」

「今頃、逃げ出すのか。司令部に連絡して処理を任せろ。」

「司令官、旧ステーションから返信がありました。モニターに画像が出ます。」

 

 モニター画像に、アンドレア公爵が映し出されたが、その表情は屈折していた。片手に酒の入ったグラスを持っている。

「よう、クリスティア。こちらはご覧のように、一人ぼっちだ。

 一時間ほど前は、このステーションのブリッジには大勢の貴族たちがいて、勝利間違いなしと騒いでおったが、いつのまにか、皆逃げ出しおったわ。

 さあ、わしを捕まえたければ、ここまで来い。」

「そうしたかったのですが、叔父上は、罠を仕掛けてお待ちのようですね。」

「フン、先ほど一機、罠にかかったが、お前の乗った機ではなかったのか。」

「それは、副官のチアキの乗った船でした。

 もちろん、罠は不発。チアキも無事です。」

「フン、つまらん。

 お前さんか、アン女王が罠にかかってくれると相撃ちの一撃になると踏んでいたのだがなぁ。そのために、罠のエサに、私自身を用意したのだ。」

「残念ですね。最後の一撃も空振りでした。」

「副官のチアキといったな?

 そうか、お前は、女子高生二人を副官として連れてきたそうだが、その二人と3機編隊を組んでいたのか。」

「副官はチアキと加藤茉莉香。グランドクロスのパイロットは、チアキともう一人別の高校生です。」

「ふーん。それにしても、戦闘中のお前さんとチアキ達の会話は楽しそうだったなあ。賭けまでやりおって。」

「聞こえてたのですか。」

「あたりまえだろう。腕のいい通信士がいれば、聞こえるさ。しょせん、同じ帝国軍の艦同士だからな。

 それで、俺の見るところ、賭けはお前さんの負けだな。罰ゲームとして、王宮のダンスパーティに最低5回は出るそうだな。あんなに嫌がっていたのに。

 これは、おもしろいぞ。どういう心境の変化だ。」

「別に、心境の変化なんか無いですよ。

 私はあの二人より年上で、いわば姉の立場です。

 しかも、海明星の女子高では彼女らの教師でしたからね。その気になれば、ダンスで何でも彼女たちにお手本を示すことが出来るんですよ。」

 クリスティア王女は、例によって強がりを言った。

 

「そうか、そういう仕掛けか。アハハハ。」

「なにを笑うんですか。」

「いやあ。お前さんの性格が変わった理由がわかったよ。

 お前さんはいいなあ。お前のために命がけで戦ってくれる妹たちがいて。

 だから、楽しそうだ。」

「まあ、あの二人といると、退屈しないことは確かですねえ。」

「そうだろう。私なんか、最初からずっと一人ぼっちだった。

 最後まで、私のために命がけで戦ってくれるヤツなんて誰もいない。

 家族の中ですら、最後まで、私のために命がけで戦ってくれるヤツなんて誰もいない。

 后のエカテリーナは、元々世話好きなヤツで、アンにローズガーデンクラブの会長に任命されてからは聖王家の縁談をまとめるのに毎日大忙し。私のことなど無関心だ。

 娘のグロリアは、洞察力、統率力、人望など女王となる資質を持ちながら、演劇に夢中で、政治や軍事には無関心。やはり、私のことなど無関心だ。

 グロリアが本気でアンと戦ってくれれば、帝国軍を二つに割って互角の勝負に持ち込めたのだがなあ・・・。

 だから、最後も、一人ぼっちになった。

 そうだ、冥土の土産に、お前の副官二人に会わせろ。

 おい、聞こえているんだろう。加藤茉莉香、チアキ。モニターに顔を出せ。」

「はい、チアキ・クリハラです。」

 チアキが、防護服を着たままのヘルメット姿でモニターの副画面に現れた。

「もっと顔をよく見せてくれ。ヘルメットをとって。」

「せっかくですが、いま除染中なので、できません。」

「そうか、でも、分かったぞ。そうか、そういう仕掛けか。」

「何をおっしゃっているんですか・・・・。」

 この時、遅れて、加藤茉莉香が弁天丸の船長服姿で、かなりあわてた様子で、副画面に現れた。

「どうも~~~。遅くなりまして。加藤茉莉香です。ナハハ・・・」

 茉莉香は、お得意の愛想笑いをしつつ、あわてて、会話に割り込んできた。

「いやあ、お土産としてご要望に答えてメイドになってお会いしたかったんですが、あいにく弁天丸には用意していなかったもので・・・、

 すみません。それは、次回のお楽しみということで。

 かわりと言ってはなんですが、こんなものでいかがでしょうか。」

 

「いらっしゃいませ。」

 

 突然、各船のブリッジに、ランプ館の制服を着た加藤茉莉香が、そう言ってお辞儀をしてにっこり微笑む立体映像が、映し出された 

 

「???・・・」

 

 公爵もクリスティア王女も、加藤茉莉香が、なぜこんな映像を突然、見せたのか、理由がわからなかった。

 

「茉莉香!

 あなた、もう、はずかしいわよ。

 今、『冥土』をコスプレの『メイド』さんと勘違いしていたでしょう。」

 チアキが言った。

 

「ええ? ええ~~~!!!!!

 ・・・違うの?

 そ、そんな、ナハハハ・・・・。」

 

「そうよ。それに、その苦笑いもやめなさいって、いつも言われてるでしょ。

「私、本当に間違えたの?

 どうしよう、チアキちゃん。」

「う~~! 

 だから、『ちゃん』じゃないって、いつも言ってるでしょ。茉莉香」

「だってえ。チアキちゃんは可愛いから、やっぱり『チアキちゃん』って感じだよ。」

「茉莉香、あなた・・・・。恥ずかしいから、やめてよね。」

 

「ううう・・・。何てことを・・・」

 茉莉香とチアキのやり取りに、弁天丸のブリッジでは、ミーサが頭を抱えていた。

 

「ウハハハハ・・・・」

「アハハハハ・・・・」

公爵もクリスティア王女も、大笑いしていた。

 グランドマザーのブリッジで、事の成り行きを見守っていた白鳳女学院ヨット部員たちも大笑いしていた。

 

「なるほど、これじゃ退屈しないなあ。クリスティア、お前さんはいいなあ。こんなおもしろい妹たちがいて。」

「まあそうですね。否定できませんね。」

「おい、加藤茉莉香。私を最後に笑わせてくれた褒美に、ひとつお前の希望を叶えてやろう。なんでも言ってみろ。」

「はあ・・・。何でも聞いていいんですかぁ。」

「茉莉香、常識ってものが・・・。」

 チアキは心配そうだった。

「公爵様、それじゃ伺います。

 公爵様はどうして反乱なんかしようとお考えになったのですか?

 銀河帝国の王位ってそれほど魅力があるんですか? 

 聖王家の王族というだけでは、不満だったのですか?

 私はこれでも弁天丸の船長として経営者ですから、毎月の給料が払えるよう、赤字にならないよう、毎月、毎月大変なんです。そういう苦労がない王族のみなさんって、良いなあって思う時もあるんです。」

 茉莉香が言った。

 

「ほう。良い質問だ。

 お前、天然かと思わせておいて、実はなかなか賢いな。気に入った。

 教えてやろう、遺言だと思って聞けよ。

 私が、銀河帝国の王位を狙ったのは、ただ、退屈だったからさ。

 私は、本家の青薔薇家と違って、傍流の赤薔薇家の出身、しかも三男坊。王位継承者の順位としては、いったい何番目になるか良く分からない程の存在だった。

 それでも、一応、王族だ。

 王族ってのは、退屈なんだぞ。なにせ、食うに困らないが、何かをする義務もない。だから、大人になったら、毎日何をして過ごすのか、何をして生きるのか、自分で考えないといけない。酒色や賭け事に漏れる奴もいるが、一般人のように学者や軍人になる奴もいる。もちろん、何もしないで順番が回ってくるのを待つだけの奴もいる。

 私は、そのいずれも嫌だったね。もちろん、働く気なんて無かった。

 それで、私が、唯一興味があったことは、私の周りをうろつく人間を観察することだった。観察すると、面白いことに気が付いたね。人は誰しも、心の中に、不満や欲望を抱えているってことに気が付いたんだな。人はそういう気持ちを隠していると言っても良いだろう。

 それで、私がそいつをちょっと刺激してやると、みんな、面白いように走り出していくんだ。欲望に取りつかれてなあ。

 そうやって人を操って遊んでいると、みんなが俺に望んでくるものがあることに気が付いたんだ。

『赤薔薇家の当主になれ』とね。それで、当主になれば、

『銀河帝国の王になれ』とね。みんな、私の栄達に乗っかって、自分の欲望を実現しようって考えてるんだな。

 赤薔薇家の当主になる、銀河帝国の王になる、これは面白いゲームだったね。誰をどう操ればそういう結論になるか、筋書きを考えるだけで退屈が紛れたね。

 じゃあ、お前たちの望みをかなえてやろうと考えたのさ。」

 

「それでは、公爵自身が操られていることになると、お考えにならなかったのですか。」

クリスティアが聞いた。

「そんなことはどうでもいいのさ。もともと退屈しのぎだからな。

 一度はチェックメイトまでいってゲームが詰んだと思ったのだが、先王が帝国海賊に命じて、死んだはずのアンを探させたので、王座は逃げた。

 アンを乗せたあの大艦隊には驚いたね。

 伝説の存在として、まったく形骸化していたはずの帝国海賊が、あれだけの軍事力を保持していたのは、驚いた。

 それで、今度は帝国軍だけでなく、帝国海賊と対抗するために宇宙マフィアも操って挑んだのだが・・。

 

 まさか、死んだはずのお前さんまで生きていたとはなあ。

 クリスティア、お前さんが、海明星とかいうあの娘の住む星に行ったと聞いた時にはあわてたよ。

 でも、お前がその娘たちを乗せて非武装の太陽帆船で航海に出るって聞いたときは、マフィア艦隊を差し向けて、これで勝ったと思ったんだがね。

 しかし、もう少しのところで、新型空母に追い抜かれて、お前さんたちを守られてしまった。

 今思うと、あそこから後手に回り始めたな。

 

 そして、最後の最後に、アンの奴が平和条約の話を持ち出してきた。俺の周りにあんなことを考える奴はいなかったな。面白いことを考える。

 あの和平条約の内容はとても高度なものだ。あれをまとめるには、長い時間をかけた激しい交渉が必要なはずだ。

 してみると、帝国と宇宙マフィアの連中は密かに和平交渉を行っていたのだろうな。そんな情報は私の耳には入らなかった。マフィアのヤツラは二股をかけていたわけだな。ハハハ。

 結局、アンの奴は、宇宙マフィアも手なずけてしまった。

 まあ、そういう話だ。加藤茉莉香。」

 

「はあ。すごい話でしたね。

 でも、庶民の私としては、関連して、もう一つ確かめたいのですが・・・。」

「なんだ、まだあるのか。いいだろう。お前は面白いからな。」

「あのう、庶民の間では、公爵様の反乱の原因は、公爵様との結婚を陛下が嫌って家出して、その結果、婚約が解消されたことに、公爵様が腹を立てたからだというのが常識なんですが、今の話ではそうではないと?」

「茉莉香!ご本人になんてこと聞くの!あんた・・・・。」

 チアキが青くなって言った。

「まあ、チアキ、そう怒るな。答えてやる。

 私とアンとの婚約は、政略結婚でなあ、私も望んだものではない。

 私は、そもそも、学生時代に結婚したい娘がいたのだよ。

 清く正しく美しい素晴らしい娘だった。でも、その娘は、家柄も資産も何も無い普通の家の娘だったので、当然父親らは大反対。その娘に良い縁談を世話して、私から遠ざけてしまった。

 王族には、さっきも言ったように何かをする義務はないが、王族がやってはいけないことはたくさんある。結婚だって制約がいっぱいある。

 そのため、俺の唯一の望みはかなわなかった。

 一方、親戚の聖王家の女達を、私は好きになれなかった。

 『強く、賢く、美しく』が聖王家の女のモットーだそうだが、私にすれば、『気が強くて、ズル賢くて、無駄に美しい』だけだ。

 やっぱり、女性は、気がやさしくて、おおらかであってほしいね。そういう女性であってこそ、美しさにも価値があるのさ。

 その点、アンの奴は、典型的な聖王家の女。特に気の強さでは、ナンバーワンだろう。わしの娘達も気が強くて、小学生の頃から剣を振り回して遊んでいるが、わしの娘、長女のグロリアですら、気の強さではアンにはかなわないだろう。

 だから、形だけの政略結婚といっても、そんな気の強い女との婚約が解消されて、ほっとしたものさ。当時も今もそう思っているよ。

 だから、今回の件と婚約解消とは全く関係がない。これが真実だ。ハハハ・・・。」

「うわーー、大変なこと聞いちゃった。どうしよう、チアキちゃん。」

「ほら、言わんこっちゃないでしょ。茉莉香。だから、・・・・」

 

「ううう、勝手なことを一方的に言われて、母上は怒るぞ、きっと。」

 今度は、クリスティア王女が頭を抱えていた。

 

「まあ、お前たちが心配することはない。もう過去のことだ。

 そんなことより、クリスティア。お前さんは、これからどうするんだい。どんな女として生きていくのかな。王位継承者としてのお前さんの生き方は、銀河系の国民も無関係では無いぞ。

 聖王家の神話のように神の子孫たる万能の王となろうと、果てしない緊張に耐えるか、あるいは、凡庸な王として怠惰や安逸に身をゆだね、退屈に耐えるか、王道も楽ではないぞ。せいぜい悩むことだ。

 さて、私の退屈しのぎも、これで終わりだな。

 今回の反乱の責任も誰かが取らないといけないし、今の話を聞いてアンの奴が怒り狂っているかもしれんからな。ハハハ。

 これから、爆弾でステーションの軌道を変えて、ブルー・クリスタルの海に向かう。だから、俺の体には誰にも触らせない。逮捕になんか、なるものか。

 さようなら、女王陛下。

 さようなら、エカテリーナ、娘達。

 さようなら、帝国軍のみなさん。」

 公爵は、手に持ったグラスを飲み干すと、通信を切った。

 その後、旧ステーションは爆発して、巨大惑星ブルー・クリスタルに落下していった。

 

 この後、女王から、次のような命令があった。

「逃亡した聖王家関係者の船は、帝国海賊に追わせろ。その追跡経費は捕獲した船の積み荷や乗員の所持する貴重品を奪って当ててよいと伝えよ。

 したがって、帝国軍には追跡を禁じ、逃亡した船が救難信号を出すのを待ってから、残された乗員を迎えに行けばよいと命令せよ。」

「やっと海賊の出番が来た。」

 そう思って、私掠船免状の海賊船と帝国海賊の持ち船は、一斉に発進していった。

 

 

7-12 弁天丸ブリッジ

 

「ううう・・・。どうしようかなぁ。陛下にお詫びに行った方が良いかなあ。司令官に相談しようかなあ・・・。」

 その頃、弁天丸のブリッジでは、加藤茉莉香船長が、「余計な質問」をしたために、公爵が女王陛下に対する一方的で身勝手な悪口を言う結果になったことを、ひどく後悔していた。

 その時、茉莉香に、公爵の船に残っていた百目から通信が入った。

「あのう~~~~、船長、お取込み中のところ、済みませんが~~~~公爵様の船におります百目です。至急、船長に公爵様の船まで戻ってきていただけないでしょうか・・・。」

 茉莉香は、何か困ったことが起きたような微妙なトーンの百目の声を聞いて、我に返った。

「百目。どうしたの。お宝探しはどうなったの?」

「それなんですが、・・・・」

「キャプテン茉莉香! ぐずぐず言ってないで早く来なさい。」

 いきなり百目のそばから年配の貴婦人がモニターの画像に現れて、口を挟んだ。

「公爵夫人でいらっしゃいますね。失礼いたしました。船長以下、すぐに参ります。」

間髪を入れずに、ミーサが深々と礼をしつつ、承諾の返事をしたので、公爵夫人は満足してモニター画面から消えた。

「誰? 何が起こったの?」

「いやー、それなんですが、お宝さがしで公爵様の船の中を調べていたら、ご婦人方やお嬢様方が出ていらして『お宝が欲しいなら、船長がちゃんと海賊をしろ』と・・・。それで、『言うことを聞かないと、お前の首を切るぞ』と言われまして・・・・」

 そういう百目の首筋には、モニターの画面でも、真剣のサーベルの穂先が3本も突き立てられているのがハッキリ見えている。

「聖王家のご婦人方? お嬢様方? 電子戦で、乗員はほとんどいないって確認していたじゃないの。どこから現れたの?」

「それがねえ、王族用の区画は最初からブリッジのコントロールが及んでおらず、そこには船内の監視カメラも設置されていないから、電子戦でブリッジを乗っ取ってもわからなかったのよねえ・・・。ほんと、すごい船ねえ。」クーリエが言った。

「わかりました。今すぐ行くわよ、首を切られないように大人しくして、待っててね。・・・」

「あ、茉莉香様だあ。」

「本当だ、茉莉香様~~~~~!」

「あんた、邪魔よ。消えなさい。」

 茉莉香の顔を見ようと、中学生くらいの年齢の、着飾ったお嬢様たちが剣を持ったままモニターの前に集まってきて、百目を追い払ってしまった。

「皆様、宇宙海賊船弁天丸船長、加藤茉莉香でございます。お見知りおきください。そちらの船まで、ただいまから海賊しに参りますの、少々、お待ちください。

 さあーーー、海賊の時間だぁ!」

 茉莉香はそういって、手を振りかぶって、モニター画面の向こうのお嬢様方を指差し、お得意のポーズを決めた。いつもの茉莉香らしい、華やかなオーラが出ていた。

「きやー、カッコイイ。」

「ステキ~~~~!」

「茉莉香様~~~~。」

「茉莉香様は、わたくしを見てくださったわ。わたくしだけを・・・。ああ!」

「シルビア、貴方、その感覚、ちょっとおかしくない?」

「お姉さま、シルビアは最初、いつもこうなんです。そのうち熱が冷めますけど・・・。」

 こうして、茉莉香は先ほどの悩みをどこかに置き忘れ、弁天丸は、気の強い聖王家の姫君たちが待つ公爵の船に向かった。

 

 

7-13 アンドレア公爵御用船の大広間

 

 ほどなく、弁天丸は公爵の船にドッキングし、宇宙海賊船弁天丸船長、加藤茉莉香以下のクルーは、いつもとは勝手が違うと思いつつ、船の大広間に向かった。

 

「ねえ、海賊って何するの。まさか私たちを襲ってくるのかしら。」

「ならば、この剣で戦うまでよ。」

「それにしても、遅いわねえ。」

 手持ち無沙汰に会話を続けるお嬢様たちの目の前が、突然真っ暗になった。

「きゃー!」

「ねえ、ついに来たんじゃないの・・・フフフ。」

 正面の大きな扉が少しずつ開き始める。空いた扉の隙間から、明かりがさし、水蒸気が白い煙となって漂ってきた。

 闇に隠れて、数人の人影が大広間に入り、正面扉の前に整列した。

 そして、中央の人影にスポットライトが集中する。

 もちろんその中心に立つのは、茉莉香であった。

「お待たせしました。宇宙海賊船弁天丸船長、加藤茉莉香です。海賊しに来ました。」

「キャー、茉莉香様!」 

「茉莉香様!!」

「来たー。」

「お母様、私、宇宙海賊を見るの、初めて。」

 大広間には、小中学生くらいの御姫様たちが大勢詰めかけており、黄色い歓声がとぶ。

 茉莉香が海賊の名乗りを上げると同時に、左右に並んだ弁天丸のクルーたちにもスポットライトが当てられていく。

 ぼろぼろの船員服に、派手な色のバンダナ、手に手に大きく輝く蛮刀や古式ライフルを持った船員たち、片手・片目のおとぎ話に出てくる海賊のような姿に扮装した船員、腰に二丁拳銃をぶら下げた女海賊・・・。みな、それぞれに古代からの海賊というイメージを大事にした格好である。それぞれに歓声があがり、興奮が増してゆく。

 とりわけ、シュニッツアーが照らし出されると、歓声に交じって悲鳴が上がった。こういう旧式の宇宙活動用のメタル・ボデイを持ったサイボーグは、核恒星系では珍しいのだろう。

 海賊たちは、茉莉香を先頭に大広間に進み出た。

 そして、いきなり、船員たちが船の天井めがけて、ビーム・ガンを発射した。

 焦げ臭いにおいが、大広間に広がる。

「ひやーー!」

悲鳴とそして歓声があがる。

「いまのは、もちろん威嚇です。船の安全には支障はありません。」

 加藤茉莉香は、大広間の照明を戻すように指示してから、言った。

「では、いつもの注意ですから、よく聞いてください。

 我々の指示に従って頂く限り、皆さんの安全は保障いたします。おとなしくこちらの言うことを聞いていただければ、無事な身体と帝国の中心レッド・クリスタル星系で宇宙海賊に襲われたという、本当に珍しい自慢話を持っておかえりになれます。」

 ここまで、いつのもセリフを言った茉莉香だったが、この後、特にオプションの段取りは決まっていなかった。しかし、これで最後のセリフを言ってしまうのは、なにか物足りない気がして、茉莉香は戸惑った。

 その時、高校生くらいの年ごろの一人の御姫様が、剣を持って茉莉香の前に現れた。剣を持っているが、着ているものは、いかにもお姫様というフレアがいっぱいついたカワイイ黄色のドレスだった。

「お待ちなさい、私はアンドレア公爵家の次女ゴールディアよ。宇宙海賊キャプテン茉莉香、勝負よ。剣を抜きなさい。」

「どうしたのかしら、命知らずの御姫様ねえ。私は本物の海賊よ。どうなっても、知らないわよ。」

 いつもの営業用のセリフをアドリブでアレンジして言いながら、茉莉香は大変なことに気が付いた。二人は、防護服なしで、真剣を抜いて対峙しているのだ。しかも、相手は事前に仕込んだ弁天丸の船員ではなく、素人のお客さん、しかもなんと聖王家の御姫様だった。

『聖王家の御姫様にけがをさせるわけにはいかない。手足に傷を負わせたらどうなる、顔に傷でもつけたら、海賊の方は命が無いかもしれない・・・・。

 一方、この場で海賊が負けるわけにはいかない。負けたらお宝場が頂けない。

 では、どうやって、この気の強いお姫様に負けを認めさせるのか。』

 

 茉莉香が戸惑っているうちに、ゴールディア姫が打ち込んできた。なかなか強い打撃だった。彼女の連続的な打ち込みを、ギリギリでかわしたり、受けとめているうちに、茉莉香はその後の展開がひらめいた。

『そうか、チアキちゃんとクリス先生の剣道の稽古のようにやればいいんだね。』

 そう思いつくと、茉莉香は反撃の機会を窺った。

 そのうち、姫の額に汗が浮かび、呼吸が少し荒くなったように感じられた。

「そろそろ、こちらから行くわよ。さあー、海賊の時間だぁ~~~!」

 そう叫んで、茉莉香は、姫に対して連続的に打ち込みを続けた。姫も頑張っていたが、しだいに受けが甘くなっていった。

 その時、一人の御姫様が二人の間に割って入った。

「はい、はい、お姉さま。貴方はもう三回は死んでますよ。そこまで。

 今までで、三回、茉莉香さんにスキを見逃してもらっていたの、わかってるんでしょ。私と交代してください。」

「チェ~~、見られてたか。」すでに疲れ切っていたゴールディア姫は、舌を出して引き下がった。

「さて、つぎは私、アンドレア公爵家の三女サファイアです。宇宙海賊キャプテン茉莉香、いざ勝負。」

 きりりとした表情で、髪も後ろに束ねた少し少年っぽい印象の姫君が剣を正眼に構えた。着ているドレスは、やや活動的な印象のものだった。

「弁天丸船長加藤茉莉香です。サファイア姫様、この勝負、承りました。では、いきましょう!」

 サファイア姫が打ち込んできた。

『うまい。先ほどの勝負を見抜いただけあって、この子は剣道が上手ね。

 でも、私は海賊よ。この勝負、剣道の試合じゃないんだからね。』

 余裕の出てきた茉莉香には、次の作戦が浮かんでいた。

 二人は、何度も攻守交代を重ねながら、剣を交えた。サファイア姫の額にも、汗が浮かんできた。

「もうそろそろ、いいかしら。」

 茉莉香は、サファイア姫が打ち込んできたところをサッとかわして、体を姫に近づけ、ひじ打ちから腕をとって関節技を決めた。たまらず、サファイア姫は剣を落とした。

「はい、姫様。勝負ありました。」

「うう・・・。茉莉香様は、剣道だけじゃなく、総合格闘技も使ってくるのかぁ。くやしいけど、次は負けないわよ。」

 その後、三人目の姫が現れた。この子のドレスは、三人の中で一番女の子らしいものだった。

「続きまして、私は、アンドレア公爵家の四女シルビアでございます。宇宙海賊キャプテン茉莉香様、いざ勝負。」

 『え? んんん? このコ、剣道をやる気が感じられない!』茉莉香は驚いた。

「ええーいい」

 シルビア姫が剣を打ち込んできたので、仕方なく茉莉香は剣をはじいた。

 すると、剣だけでなく姫の体もはじかれて、バランスを崩し、あおむけに倒れそうになった。

「危ない!」

 茉莉香は姫を支えようと、近づいて、手を伸ばした。

 その時、さっとシルビア姫が身をひるがえして、茉莉香の懐に飛び込んで、茉莉香の胸に強くしがみついた。

 姫は茉莉香の胸に顔をうずめて、こう言った。

「茉莉香様~~。シルビアは茉莉香様の胸に抱かれて幸せでございます~~~。」

「ええ~~~~!!」

 茉莉香はシルビア姫に抱きつかれたまま、呆然と立ち尽くした。

 長い時間が経過したように感じられた。

「はいはい、ショーはこれでおしまい。ゴールディア、サファイア。シルビアを連れて行きなさい。そろそろ、迎えの船が来るから、帰り支度をしてなさい。」

「はい、お母様。」

 二人の姫はシルビア姫を茉莉香から引きはがすと、まだ未練たっぷりのシルビア姫の両腕を抱えながら、去って行った。

 中央に現れたのは、公爵夫人だった。

「茉莉香さん、うちのコたちと遊んでくれてありがとう。

 なかなか凛々しい娘海賊ぶりだったわよ。私も気に入ったわ。

 はい、これ、公爵の部屋の鍵よ。中のものはみんな持って行ってイイわよ。お疲れ様。」

 そう言って茉莉香に鍵を渡すと、公爵夫人も大広間から去って行った。それを合図に大広間に集まっていたご婦人や姫様方が一斉に大広間から出て行こうとしている。

 弁天丸の一行は、いつもと勝手が違い、戸惑っていた。

 

 その時、輝くように美しい女性が茉莉香に近づいてきた。

「初めまして。アンドレア公爵家の長女グロリアでございます。

 このたびは、父の身勝手で皆様には大変なご迷惑をおかけしました。さらに、妹たちの我儘勝手な振る舞い、重ね重ねお詫び申し上げます。

 でもね、弁天丸船長加藤茉莉香さんは、うちの妹たちのあこがれの存在でしたの。そういう妹たちの気持ちも分かってやってくださいね。

 私も貴方に初めてお会いして、妹達があなたに夢中になる理由がよくわかりましたわ。私もあなたのファンになりましたわ。

 どうか、今後ともよろしくお願いいたします。」

「いえ、いえ、姫様にそんな言葉をかけて頂いて身に余る光栄です。こちらこそ、よろしくお願します。」

 そう返事をしたものの、茉莉香は、グロリア姫に見つめられただけで、顔が赤くなり、胸の動悸がする自分に驚いた。

『なんてきれいな姫様なんだろう。これが、本当の聖王家の姫様なんだ』と。

 さらに、彼女が去った後には、甘くて、それでいてさわやかで、まさしく『高貴な香り』としか言いようのない香りが漂っていた。

 弁天丸のメンバーも同じ思いだったようで、みな魂を抜かれたように呆然として、去っていくグロリア姫を見つめていた。

 

 公爵の部屋は、まるで倉庫のように、所狭しと金銀財宝が積み重ねられていた。贈られたまま、開封をしていない宝物も数多くあった。

 弁天丸のブリッジに戻った茉莉香が言った。

「公爵の部屋は、お宝がいっぱい。大儲けだったね。」

「そうね。もらい物ばかりだったから、あまり品の良いものはなかったけど。」

「ミーサは厳しいね。

 それから、グロリア姫にも会ったよ。美しくて優しそうな姫様だったね。本当に宇宙一の御姫様って感じだったよ。」

「え!? グロリア姫に会ったの。」

 何故か公爵家の船の営業に出て行かなかったミーサが聞いた。

「うん、今回のお詫びを言われて、それに私のファンになったって。」

「それで、茉莉香、あなたも本当に彼女を『美しくて優しそうな姫』だと思ったの。」

 ミーサは、すこし棘のある言い方をした。

「そうだけど・・・、なにか?」

 その時、ルカが言った。

「バカな男たちはともかく、船長まで魂を抜かれるとは・・・。船長はもっと女を磨かないといけないわね。」

 クーリエが、ニヤニヤ笑いながら言った。

「茉莉香ちゃん、彼女のあだ名、知ってる?」

「???」

「聖王家の魔女」

「え~~~!!」

 

 一方、公爵家の女性たちが乗ったお迎えの船の中では、グロリア姫がつぶやいていた。

『ふ~~ん、加藤茉莉香、女の子が惚れる、カッコイイ女の子か。

 なかなか面白いキャラクターね。クリスティアのヤツが、あのコを自分の副官にして手元に置いた気持ちが分かるわ。フフフ・・・。

 また会いましょう、茉莉香。




 2016年4月に、クリスティア王女、チアキ、ウルスラが、グランドクロスⅡで出撃する前の様子を、加筆しました。

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