宇宙海賊キャプテン茉莉香 -銀河帝国編-   作:gonzakato

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いよいよ最終章のつもりで書き始めたのですが、お茶会での三人のおしゃべりが長くなってしまいました。女の子のおしゃべりは止まりません。
 おかげで、ラストのエピソードは、次回になります。

 追伸
 ミニスカ宇宙海賊、モーレツ宇宙海賊のファンの皆様!
 昨年12月の終わり頃から、「ミニスカ宇宙海賊」が、KADOKAWAから再出版されたのをご存じですか。それによると、2019年6月に続編が出版されるそうです。
 詳しくは、ネット上の「伝説のスペースオペラ「ミニスカ宇宙海賊」再発進」のページをご覧ください。
 笹本先生だけじゃなく、アニメの佐藤監督や、小松未可子さんも登場してます。メディアミックスの得意な「KADOKAWA」がやる以上、アニメの二期もあると期待してます。



第四十六章 グリューエルの帰国

1 お茶会 (弁天丸船長室)

 

「う~ん。やっぱり、このプレミアム・プリン、何度食べても美味しいよねえ~。」

「本当に、美味しいですわ。

それにこのお茶も、いい香りですわ。」

「そうでしょ~。たくさん持ってきたからね。召し上がれ。」

「差入れ、ありがとうね~、チアキちゃん。」

 

 茉莉香、グリューエル、チアキの三人は、弁天丸の船長室で、チアキが差し入れた紅茶とプリンを味わっている。

 これから、グリューエルがセレニティ星系へ帰国するための艦隊の航海が始まろうとしている。艦隊と言っても、三人の乗った加藤茉莉香船長の弁天丸、チアキ王女殿下の船・ローズアロー2号さらにセレニティ王国の軍艦三隻の、合わせて五隻の艦隊である。

 もちろん、茉莉香、グリューエル、チアキの三人は弁天丸に乗って、一緒に行くつもりである。

しかし、表向きは、グリューエル本人は、銀河聖王家の一員として、チアキの船・銀河聖王家の御用船ローズアロー2号に乗り、弁天丸はあくまで後続に控えた随行艦であると公表されている。

チアキはグリューエルのお国入りに際しては公式のお役目はない。それどころか、公式訪問して仰々しい歓迎行事を設営され、これに笑顔で出席する羽目になるのは、最近のチアキが最も嫌うことだった。したがって、チアキは、『私の船で行く以上私も一緒に行く』と言いながら、お忍びで同行することになった。

そして、それらの護衛を勤めることを名目に、セレニティ王国の軍艦が三隻、随行している。もちろん、重力推進式の新鋭艦である弁天丸やローズアロー2号にはセレニティ軍の警備など必要ない。しかし、軍の船が警備を勤める『形』を取らせて欲しいというセレニティ軍の強い要請の結果だった。

 

「姫様。これから、時空トンネルを展開させて、発進したいと存じます。

つきましては、発進の御指示をお願いいたします。

 トンネルに入れば、三時間ほどでセレニティ星系の外延部に到達する予定でございます。」

 ローズアロー2号の艦長ソフィア・クキが軍用携帯を通じてチアキに連絡してきた。

「了解です。他の船を時空トンネルへ誘導するのも、よろしくお願いね。

 それから、私は航海中、このまま、弁天丸にとどまるから・・・。」

「承知いたしました。」

 チアキは、ローズアロー2号の艦長に発進の指示をだした。

 まもなく、五隻の艦隊は、ローズアロー2号の作り出した時空トンネルに入り、セレニティ星系に向かって亜空間を飛行し始めた。

 

「それでさあ、チアキちゃん。

この間、弁天丸がビック・ホープ号を連れて行った惑星の開発に、銀河帝国が支援してくれることになったの?」

茉莉香がチアキに聞いた。

「そうよ。あの星は、マゼラン星雲方面への航路の中継基地としては、絶好のポジションだからね。

 しかも、例の海図と弁天丸の航海データが手に入ったので、航路局は大喜びよ。」

「よかったなあ。これで、宇宙に、あの人たちの居場所が出来るね。

 平和に暮らせるといいなあ。」

「そうですね。これで、マンチュリア人との因縁の争いも終わりになるといいですね。」

グリューエルが答えた。

「そうね。またひとつ、平和になるわね。」

 チアキは少し沈んだ声で答えた。

「そういえば、チアキちゃん。

 私が、そのお仕事で大学を休んでいる間、チアキちゃんも大学を休んでいたんですって?

 何をしてたの?」

 茉莉香は、微笑みを浮かべながら、さりげなく、M-19019星団付近にチアキを乗せた船もいたのではないかと思い、話題にした。

「ええ!? ゴホン、ゴホン。・・・公務よ、公務。

 王族も、見えないところで結構忙しいのよ。」

 チアキは咳き込みながら何事も無かったかのように振舞った。茉莉香やグリューエルに対しても、この任務は秘密だと考えていた。

「ええ~、なんかヘンなの~。

 じゃあ、グリューエルはどうなの?あなたも、その間、大学を休んでいたのでしょう?」

「そうですね。私も公務で忙しかったですわ。」

 グリューエルも微笑みながら、平然と答えた。

 

 グリューエルも、今回の航海では茉莉香に言えない秘密がたくさん出来た。

 もちろん、マリア・ジュニア・レオニーニとして弁天丸に乗船した者が自分であったことは言えない。それを秘密にしたことで、さらに秘密が増えてしまった。

 実は、グリューエルはM-19019星団からの帰り道に、旧宇宙マフィアの大ボスを務める「グランマ」ことマリア・レオニーニから、自分の後継者にならないかと誘われていた。

グリューエルがグランマに超光速通信を使って、お礼の連絡をした際の話だ。

「今回のことは、急にお願いしたにもかかわらず、過分のお力添えをいただきまして御礼申し上げます。

本当に良い経験になりました。

 結果は、満点とはいえませんが・・・・。」

「それでもあの一族の末裔が生き残れたじゃないか。未来へ希望が残るベストの解決だよ。もちろん、海賊たちも守ってくれたしねえ。」

 グランマが答えた。

「そう言っていただけるとは・・・。本当に、ありがとうございます。」

「それにしても、今回の働きぶり、さすがだねえ。

エリーナも、あなたが『マリア・ジュニア』として『王者の品格』を示したと興奮して言っていたよ。」

「そんな。過分の評価を頂き、恐縮でございます。」

「それで・・・グリューエル。

 今回は、あなたは、一時の、仮の姿としてマリア・ジュニア・レオニーニを名乗ったわけだ。

でも、私としては、今後は、仮の姿ではなく正式にマリア・レオニーニを名乗ってもらいたいと考えているよ。」

「私が、ですか? 血縁者ではない私に、『大ボス』を継げとおっしゃるのですか?」

「ああ、そうだ。

それに、もともと、アメジーグ族(旧宇宙マフィア)の大ボスの地位は、世襲なんかじゃないのさ。よく言えば、実力者への『禅定』、ハッキリ言えば、力ずくで奪うものさ。

 まあ、返事は今すぐでなくともいいから、考えておいて欲しい。」

「でも、私は、すぐには『殿下(王族)と言う肩書きを捨てて、一人の女として旅に出る』決意が出来そうではありませんし・・・。」

 (第二十三章 茉莉香とグリューエルの進路 参照)

「なあに、王女のままでも、いいのさ。

 アン(銀河帝国の女王)のヤツも、海賊女王を兼ねているじゃないか。」

「はぁ・・・。

それでは、ひとつお伺いしてもよろしいですか。」

「なんだい?」

「あのう・・・、実のお孫さん、つまりサーシャさんは今、その・・・跡継ぎのことをどう考えておられるんですか?」

「サーシャは、私の跡を継ぐ気はないよ。あなたも知っているとおりさ。

 いずれ、ステープル家の次男と結婚するんじゃないかなあ。長男は、クリスティア王女と結婚したし・・・・。」

 (第八章 サーシャの秘密、第二十二章 レオニーニ家の夕食会 第二十九章 弁天丸Ⅱの進水式 参照)

「そうですか。

 私も良く考えて、ご返事したいと思います。」

「ああ、期待してるよ。」

 

 グリューエルは、グランマ(二代目のマリア・レオニーニ)とのそういったやり取りを思い出していた。

 

「う~ん。私に対しては、二人とも秘密が出来たのかなあ~。なんかねえ~。」

 茉莉香は、微笑を浮かべながらも残念そうに言った。

「なにを言ってるのよ。茉莉香。

先に『ヒミツ』を作ったのは、あんたの方よ。

 ウルスラから聞いたわよ。

リリイが『茉莉香は、親友の私に対してもトボケて、本当のことを告白してくれない』とウルスラに愚痴を言ったそうね。」

「だって、リリイったら、なんでも、話を男女のことに結び付けて、

『ねえ、彼とはどこまでいったの?』とか、

『船内の女性乗務員のうわさでは船長の婚約は公然の秘密だよ、本当なの?』とか、

そういう話ばっかり聞いてくるんだもの。」

「まあ、茉莉香さんったら・・・・フフフ」

 グリューエルは微笑んだ。

「はぁ~・・・・もう~~! 茉莉香。

私の言っているのはそこじゃないわよ。」

 チアキは苛立って言った。

「ええ!? 私、隠し事なんか、ないよ~。」

 茉莉香は、少し困惑してそう言った。

「あのねえ、茉莉香。あなた、いつからリリイと『親友』になったの?

 二人の間に何があったの?

 親友の私は、何も聞いてないわよ!?」

チアキは、苛立って言った。

「それはさあ、チアキちゃん。リリイのいつもの『手』というかぁ。

あのコさあ、私たちに何か『白状』させようと思うと、

 『親友の私にだけ、ナイショで言ってごらんよ。

ぜんぶ言うと、気分がスッキリするよ。』 とか言うじゃない。

 それだよ。

 チアキちゃんだって、言われたことあるでしょう・・・・。」

「う・・・ん。そう言われて見れば、そんな気もするけど・・・・。」

「ねえ、そういうことだよ。」

「まあ、そういうことにしておこうかなぁ。今回は。

 それで、茉莉香。彼とはどこまでいってるの?

 ホンモノの『親友』の私にだけは、話しなさいよ。」

「だから、チアキちゃん。私、何もナイよ。秘密なんか。

 それに、チアキちゃんだって、彼とのデートの様子を何も話してくれないじゃないの~」

 茉莉香は、少し反発して言った。

「あのねえ、茉莉香。私と彼が会うのを『デート』だなんて、あなた何か誤解しているんじゃないの?

 だいたい、二人だけで会っていると思っているの?」

「ええ!? 違うの?」

「違うわよ。こっちには傍に、侍従や女官が大勢いるし、向こうにも執事と秘書が3人も傍にいるのよ。

さらに、その周りを両家の警備陣が取り巻いて、警備の人は全部で何人いるか数えたこともないわよ。」

「へえ~。なにそれ。

そうだ、ねえ。チアキちゃんがそうなら、グリューエルがアレックスと合うときも、そうなの?」

 茉莉香がグリューエルを振り向いて聞いた。

「私とアレックス様は義兄妹(きょうだい)ですし、家庭教師をしていただいているだけなのですが・・・。」

 グリューエルは顔を赤らめながら、言葉を続けた。

「私は、小さいころから、何をするにも女官の方に付き添って頂いていましたから・・・。

 それが当たり前かと・・・」

「うわ~! そうなの・・・。私には、そんな生活は、ぜんぜん、無理だなぁ。」

 茉莉香が驚いた。

「だから、茉莉香。さっきの話に戻るけど・・・・。

私は、茉莉香、あなたのことを心配して言ってあげてるのよ。」

「そんな心配、要りません。自分のことは自分で決めます。」

「また、いつもの調子で、のんきなことを言ってる~。

いつまでもそんなことを言っていると、茉莉香の周りから誰もいなくなってしまうわよ。

たとえば、この間の航海でのキャサリンさんの話、ウルスラから聞いたわよ。

茉莉香、知ってるの?

グリューエルも知ってる?」

「いいえ。私はこの間の航海に関する話は聞いていません。

このごろ、キャサリンさんは私の周りにいないものですから。」

 グリューエルは、弁天丸に乗っていなかったことになっているので、知らないフリをした。

「私、知っているよ。

 弁天丸でのキャサリンさんは、今までと違って乗員の女の子たちとも打ち解けて話をしたりして、とても楽しそうだったよ。

 それに加えて、美人で強くて、戦闘でも大活躍したから、男性船員さんたちからもモテモテだったよ。」

 茉莉香が言った。

「それで、どうなったか、知ってるの?」

 チアキが聞いた。

「知ってるよ。

男性たち、特に助っ人の戦士の人たちから交際申し込まれたり、なかにはいきなり結婚申し込まれたりしたそうね。それでキャサリンさんが困って、ギルバートさんに相談してたそうよ。」

 茉莉香は、なんでもないことのように答えた。

「『してたそうよ』なんて、他人事のように言っちゃダメじゃないの。茉莉香。

 その種の相談を女の側から持ちかけるって、どういう意味か分かっているの?

 ねえ、グリューエル。

セレニティの『女性の慎み(つつしみ)』としては、そういうことでしょう?」

 チアキがすこし声を荒立てて言った。

「そうですねえ。

 女性から、ある殿方に、他の男性から申し込まれた交際や結婚の話について御相談するということは、自分に対するその殿方の気持ちを確かめたいと女性の側は願っているからですわ。

 もちろん、セレニティの道徳観から言うと、女性の側から殿方に自分の気持ちをハッキリと言葉に出して伝えるのは、慎みを欠いた行いとされます。

 ですから、その種の『御相談』は、女性の側から出来る最大限のアプローチですわ。」

 グリューエルは、すらすらと答えた。

「ええ~! それって、遠まわしに告白するってことなの?

 どうしてそんなことするの~。

自分の気持ちは素直に表現すれば言いじゃないの~。」

茉莉香が、少し不満そうに答えた。

「そうはしないのが、女性の慎みと言う伝統文化もあるのよ。

だから、茉莉香。

ライバルが現れたのよ、少しは緊張しなさいよ。」

「だって、ギルバートさんだって、何てことない話のように言ってたし・・・。

 それに私は加藤茉莉香だから、加藤茉莉香のやり方ってモノがあるし・・・・。」

「また、そんな、ノンキなことを言ってる~。

 でも、ひょっとすると・・・・

 はぁ~ん・・・

今、気がついたけど、茉莉香、あなた、最近、変ったわよねえ。

なにか『自信たっぷり』じゃないの~

やっぱりね~。

バレバレなのよ、茉莉香! 」

「ええ! チアキちゃん、カマ掛けないでよね。私、何も変ってないわよ・・・・。」

「ねえ、茉莉香。彼と、なんか、あったんでしょ!

 私に話してみなさいよ。

 そっちの話題は、弁天丸では、『公然の秘密』だそうね。」

「だから、チアキちゃん。私、秘密なんか何もないよ。」

「そうなの? ・・・」

「私、ヒトに言えないようなヤマシイことはしていませんよ!なにも。」

「まあ、チアキ様。その辺で、許して差し上げたらいかがですか。

茉莉香さんのお顔を拝見していると、ウソをついているようにも見えませんわ。」

二人のやり取りを見かねて、グリューエルが笑顔を浮かべていった。

グリューエルは、弁天丸進水式の披露パーティでの飲酒と酔いつぶれたための外泊を茉莉香たちに秘密にしてもらっていることもあり、茉莉香の弁護に回った。

(第二十九章 弁天丸の進水式、第三十章 グリューエルの危機 参照)

 チアキは、そう言うグリューエルのスキのない笑顔を見て、言った。

「う~ん。・・・・そうかなあ。

 ・・・

でも、改めて思うけど、こういう話はグリューエルが一番、手ごわそうね。

 『アレックスと、どこまでいってるの?』とかストレートに聞いても、完璧な『カマトト』の笑顔を決められたら、まったく分からないような気がする。」

「そうだね。やっぱり、グリューエルって、すごいんだねえ。」

 茉莉香が言った。

「茉莉香。ナニ、言ってるの。そこは誉(ほ)めるところじゃないわよ。」

「それは、そうですね・・・フフフ。

 もう、茉莉香さんったら・・・。」

「ナハハハ・・・・」

 

「話は変りますが、この間から続いたお二人のお誕生会、楽しかったですわ。」

 グリューエルが話題を変えた。

「そうね。本当に楽しかったよね。

茉莉香も、グリューエルも本当にありがとう。」

「茉莉香さんのお誕生会では、白鳳女学院(高等部)での卒業ダンス発表会のお話で盛り上がりましたね。」

「ナハハハ・・・。あの子達の卒業した帝国女学院(高等部)では、卒業ダンスパーティをやってないのね。

わたし、女子高はみんな、白鳳女学院と同じことをやっているのかと思っていたよ。」

茉莉香が苦笑した。(第二章 卒業記念ダンスパーティ 参照)

「みんな、すごく興味を持って話を聞きたがったのよね。

 そして、茉莉香とグリューエルが踊ったという話を聞くと、ぜひ踊って見せてくれという話になって・・・・。」

「いやぁ、恥ずかしいからダメって、何度も断ったんだけど・・・。ピアノ伴奏もやるからぜひワルツを踊ってみせて欲しいって言われて・・・。」

「そう言いながら、最後には、茉莉香とグリューエルがノリノリで踊っちゃうんだもの・・・。バカウケだったわよ・・・。」

 チアキが笑った。

「茉莉香さん、ステキでしたよ。」

「それで、結局、『見ているだけじゃ、ツマラナイ』って言って、みんなが茉莉香と踊ったのよね。

 やっぱり、茉莉香の男役は、カッコイイよね。」

「その勢いで、チアキちゃんのお誕生会では、王宮の『花の大広間』に入って、王家主催のダンスパーティのまねをして、あの子達みんなとダンスを踊ってしまって・・・。

迷惑かけたというか、ルール破りというか・・・チアキちゃんごめんね。」

「いいのよ。私も踊ったし・・・。

実は、そういうことになるんじゃないかと、あらかじめ『花の大広間』の飾りつけや照明を舞踏会モードにしてもらっていたのよ。

2メートルもある『イマリ』の大きな陶器が、大広間の壁際に並んでいたでしょう。あれは、鮮やかな色彩の花柄の陶器を舞踏会の出席者に見立てた飾り付け、だそうよ。」

 チアキが言った。

「そうだったの~。 」

「そして、茉莉香さんが、帝国軍の制服をお召しになって、『花の大広間』の中央で、ドレス姿のあの子たちとダンスを踊っているお姿、本当に、素敵でしたわぁ。」

「そうね。王宮の女官たちも、私たちが踊っている姿を見て、『姫様らしい、素敵な御誕生会になった』と目を細めて見ていたわ。」

「チアキちゃん、ありがとうね。」

「いや、一応、私のお誕生会だからね。ハハハ・・・

それに、あの子達も、もう少し大人になったら、着飾って王宮のダンスパーティにデビューするのが夢なのよ。

みんな、そういう話がありそうな、お嬢様ばかりなんだから・・・。」

 チアキが、彼女たちの家庭の事情は全部知っているという表情で言った。

「次は、グリューエルのお誕生会だね。

 今年は、私たちに祝わせて欲しいなぁ。」

 茉莉香が言った。

「あら、それは楽しみですわ。」

 グリューエルが微笑んだ。

「グリューエルのお誕生会なら、ヒルデも呼ばないとね。」

 茉莉香が言った。

「それなら、『白鳳海賊団』(宇宙ヨット部の現役・OG)も呼んだらどうかしら。

(第二十九章 弁天丸Ⅱの進水式 参照 )

アイツラも呼ばないと、また、なんだかんだとワル知恵をしぼって、密航してくるわよ。」

 チアキが言った。

「宇宙ヨット部の伝統ですね。昔も今も、その方面のことには、人材豊富ですよね。」

 グリューエルが笑った。

「ええ~~!?

 それじゃあ、今度は、ダンスじゃなくて、海賊ショーをやるというの!?・・・・・」

 茉莉香が驚いた。

 

 こうして、お茶会での三人のおしゃべりは、航海が終わるまで続いた。

 そして、グリューエルは思った。

『こうしてみると・・・私たち三人は、それぞれに、オトナのヒミツを抱えたわけですね。

 まあ、ヒミツといっても、乙女の夢という程度の話かもしれませんが・・・・。

 でも、私たち三人の強いキズナは、未来永劫、変りませんわ。』

 

 

2 お国入り (セレニティ星系、惑星「青の姉」)

 

「グリューエル殿下を載せたシャトルは、アレキサンダー宇宙空港に着陸して、所定の位置で停止しました。

 あ~、たったいま、シャトルのタラップ最上段に、殿下が出てこられました。」

 テレビ放送は、グリューエルの帰国をセレニティ星系全体にライブ中継していた。

 

「この、美しく澄み切った青い空、芳(かぐわ)しい大気。

 あ~あ・・・。

私は、本当にセレニティに帰って来ましたわ。」

グリューエルは、シャトルの昇降タラップの最上段に立って、空を見上げ、深呼吸した。

『さて・・・、

わがふるさとは、大人になった私に、どんな姿を見せてくれるのでしょうね。

 今まで、子どもの私には隠されていたことが、いっぱいあるはずですわ。』

 そう思いながら、グリューエルは、タラップの下で出迎える王族や政治家たちの歓迎の輪に入っていった。

 

それからの3日間、グリューエルは過密なスケジュールをこなした。

 国民の大歓迎のなかで、王宮に入り、大公両陛下に挨拶したものの、ユックリ話し合う時間はなかった。

 そして、次から次へと、決められたスケジュールに従って、大勢の人々、見知らぬ人々との接見をこなしていった。

 もともと、王族の日常の行動は半ば「公務」でもあり、なかなか自分の意思で決められないものだと承知してはいた。かっては自分もそれを当然のことと受け止めていた。しかし、白鳳女学院や帝国女学院の留学時代には自分の意思で行動することが当たり前になってしまったためか、今ではグリューエルはこんな日常を窮屈(キュウクツ)と感じてしまう。

 

「はあ~。窮屈な日々でしたわ。少し疲れました。

でも、決められた日程も、今夜の王族のパーティでおしまいですわ。

それにしても、これまでにお会いした国民のみなさんは、みな、私の人物や思想を見極めようと目を凝らしていらっしゃいましたね。

その背景に、なにか、課題というか緊張を抱えていらっしゃるのがわかりました。

どういうことでしょうか。

セレニティの内政にそんな課題や緊張はないはずですが・・・。」

 グリューエルは、そんな感想を持ちながら、パーティに出席した王族と歓談していた。

 

 なごやかな会話、ほほえましい身の上話、上品なジョーク・・・・表面的には今までと同じような楽しいパーティが続いていた。

 

「グリューエル様、最近、セレニティでは、国民の間にとても人気のある宇宙ツアーがあるのを御存知ですか。」

「何でしょうか。」

「俗に『大航海巡礼ツアー』と言われておりますわ。」

「大航海?」

「そうです。『大航海』とは、われわれの祖先が宇宙移民のために行った航海のことです。

千年前に、故郷の星クリプトン星を出発して、セレニティ星系にたどりついた移民船の航海ですわ。

実際の宇宙ツアーは、超光速宇宙船で移民船のルートを逆にたどって、途中では、かって移民を検討した可住惑星にも寄りながら、最終目的地、クリプトン星の旧セレニティ王国の遺跡を見物するものです。」

「九百年前に滅んだ旧王朝の都市の遺跡ですか?」

「そうです。

今は、山岳地帯の森の中で朽ち果てているそうですが、王城、修道院、城下町の街並みなどの遺跡をめぐるものです。」

「なるほど。なかなか面白そうですね。」

「我が王国のルーツともいえる『聖地』をめぐるので、『巡礼』と呼ばれています。」

「ウフフフ。・・・旅行業者の方たちは、本当に、面白いことを考えるのですね。」

 

しかし、そのような和やかなパーティの中で、グリューエルは強い違和感を覚える事態を発見した。

『なんということでしょうか!

 王族の中でも一番仲睦まじいと評判だったフローラお姉さま御夫妻が、こんな冷めた仲になっているなんて・・・。

お二人がどんなに隠そうとしても、私には分かりますわ。

 いや・・・・お姉さま御夫妻だけではありませんわ。

 昔は王族の全員が大公様を中心に心をひとつにして団結していたのに、今は、みな、気持ちがバラバラになっていますわ。

 いったい、なにがあったのでしょうか・・・。』

 

 そう思ったグリューエルは、一瞬、驚きと困惑の表情を浮かべてしまった。

それまでは何を見聞きしても完璧な笑顔と作法どおりの振る舞いで、内心の動きを見せずにいたのだが・・・。

その時、父のアブラハム皇太子が声をかけてきた。

「グリューエル。

今夜は外の方が心地よいですよ。いっしょに夜の中庭の景色を楽しみませんか・・・。」

 

 

3 希望の航路(みち)

 

 グリューエルと父のアブラハム皇太子の二人は、中庭を見渡す二階のバルコニーにやってきた。

 周りに誰もいないことを確かめた父は、グリューエルを見て言った。

「どうやら、あなたは気がついたようですね。

 みなの変わりように・・・。」

「はい。お父様。

 そのわけを教えていただいてもよろしいでしょうか。

私が留守をしている間に、王国に何か、あったのでしょうか。」

「どんなことに気がつきましたか? 言って御覧なさい。」

「はい。まず、フローラ姉さま御夫妻には何があったのですか。

 あれほど仲睦まじい御夫婦は他にはいないと信じておりましたのに・・・。」

「そうですか。それに気がつきましたか。

あなたももうすぐ17歳になるのでしたね。もう大人の王族としてその話を聞いても良いでしょう。そのわけを教えましょう。

それは、フローラも自分の子供が欲しくなったからですよ。

それまでは、あの子は、『王族の女は薔薇の泉から生まれた子供を育てるのが定め』と自分で自分に言い聞かせて、自分の気持ちを押さえつけていたのでしょうね。

そして、あの子は、『薔薇の泉の定め』から自分が解放されたことを知りましたからね。

 ところが、夫のフランク伯爵も、フローラの従兄弟(いとこ)に当たる王族。

これがどういう意味か分かりますね。」

「お二人は薔薇の泉から生まれた方、ということは、遺伝子上は実の兄妹(きょうだい)ということですね。」

 グリューエルは二人の苦悩の真実を悟り、低く凍り付いたような声で答えた。

「そうです。

ですから、言いにくいことですが、フローラが自分の子供を産むためには、夫以外の方の子を産まねばなりません。

 では、どうすればよいか、フローラとフランクは愛し合っているがゆえに悩んでいます。

まだ答えが出ていません・・・。」

「それでは、お姉さまの悩みは、私が『薔薇の泉』を壊してしまったことが原因なのですね。

 すべて、私の行いが原因なのですね、なんということでしょう・・・・。」

 グリューエルは、涙ぐんで顔を伏せてしまった。

「そうではありません。

物事には光と影があるものです。

『薔薇の泉の定め』から解放されて、心から喜んでいる王族の女性も大勢います。

それに、これはあくまで二人の問題です。

実際に、解決策はいくつもあるのですからね。

 ・・・

グリューエル、あなたが気づいたことはそれだけですか?」

 父は優しく問いかけた。

 

「あの~、私が子供のころ、どれだけ世の中の真実を理解していたか、今は少し自信がないのですが・・・。

 それでも申し上げますと、以前に王族のパーティに出席したときと比べて、王族の団結と言うか、一体感と言うか、何か張り詰めたものが失われているように感じました。」

「そうですか。それに気がつきましたか。

 もっとも、私は若いときから、パーティで示された『王族の団結』は過剰な演技だと感じていたのですが・・・。フフフ。

それでも、私は、『王族は、非常時には大公様を中心に一致団結できる』と信じていました。王家や王族は、命がけで国民に責任を負うのですからね。

 ですが、新しい立憲君主制の下では、政治の責任が王家から内閣に移ってしまいました。このような世の中では王族たる自分たちが命を懸けて担うものがないと感じられるかもしれませんね。特に王位継承順位の低い王族の中に、そう思うものが増えているようです。

 そういう影響でしょうかね、

王族の団結といっても、もともと『建前』とか『演技』に過ぎなかったのですが、それすら、今までより熱意が冷めているように感じられるのは・・・。」

「それも、やっぱり私の主張した政治改革の結果でしょうか・・・。」

 グリューエルは、また沈んだ表情をした。

「案ずるには及びません。

あなた一人が、何事も自分の行いの結果だなんて、すべてを背負い込むことはありません。」

「そうでしょうか。」

「そうです。程度の差こそあれ、王族は自分の人生に退屈して倦み疲れているのです。

 『こんな、ただ待つだけという、退屈な人生が続くなんて耐えられない』とね。」

「皆さん、そうなのでしょうか・・・。」

「たとえば、あなたがヨセフ(王子)と戦ったときのことを思い出してください。

 あの時まで、ヨセフは学問や芸術などの才能にあふれた人物として人気者でした。

そのヨセフですら、それまでの王族としての退屈な人生に耐えられなくなっていたのです。そのため、貴方に勝って大公の位に就くとまで言って最高司令官として出撃し、あなたと戦ったのでしたね。

 ヨセフは、あなたにもそんなことを言っていませんでしたか。」

(第三十三章 黄金の幽霊船クイーン・セレンディピティの攻防戦 参照)

「確かに、そうおっしゃっていました。」

「古代であれ、宇宙時代であれ、王制を敷く以上、王族にとって、これは避けられない問題なのですよ。」

「そうですか・・・・。

 でも、なにか、少しでも希望のある航路(みち)が示されると良いですね。

それが何か、まだ分かりませんが・・・・。」

「そうなのです。私がグリューエルにお願いしたいのは、そのことなのです。

 貴方の行動で、そのような希望のある航路(みち)があることを王族の皆に指し示してはもらえないでしょうか。」

「しかし、まだ、私には、何を示せばよいか答えが思い浮かびませんが・・・。」

「答えは、急がなくて良いのです。

私たち王族には、退屈するほど、たっぷりと時間はありますから。ハハハ・・・。」

「フフフ・・・。」

 グリューエルもつられて、微笑んだ。

 

 

4 大航海巡礼ツアー

 

「それで、帰りの航海では、その『大航海巡礼ツアー』の星々に寄港して帰りたいとおっしゃるのですね。」

 加藤茉莉香船長が、グリューエルの話に答えて言った。

「そうです。

 セレニティ王国の歴史を学ぶ良い機会になると思いまして・・・。

そのため、巡礼ツアーのコースと同じように、移民船がセレニティにたどり着く前に移住の可能性を検討した、クック星、マーシャル星、ソロモン星に立ち寄って、出発地である旧宗主星クリプトン星にあるセレニティ王国の遺跡を訪ねたいのです。」

「はあ~、弁天丸のほうは、お望みのとおりのコース変更については何の問題もないと思います。

ですが、王女様の御訪問となりますと、外交上の問題はないのか、クリプトン星連邦政府、銀河帝国とセレニティ王国にも話を通して頂かないと・・・。」

茉莉香は、グリューエルに対して敬語で答えた。これは、帰路の航路変更はオフィシャルの問題だという意思表示だった。

「そこは、これから調整しますわ。」

 

 しかし、グリューエルが巡礼コースを旅したいという希望は、実現しなかった。

 グリューエルは、セレニティ政府の外交ルートを通じて日程調整を依頼したが、その結果を伝えるためにわざわざコルベール首相がグリューエルを尋ねてきて、こう言った。

 

「私どもも、外交ルートを通じて、要請いたしました。

今回の殿下の御訪問は、両国の親善を深めるためのもので、それ以外の意図はないこと、

旧王朝の遺跡御訪問についても歴史学に御造詣の深い殿下の勉学の御参考にするためであって他意はないことを、何度も言葉を尽くして、御説明申し上げたのですが・・・。

 クリプトン連邦政府は、殿下の御訪問がいわゆる『聖地回復運動』に無関係なはずがないと譲らないわけでございまして・・・。

 日程を決めるために交渉を続ける時間的余裕も無いため、真に残念ながら、今回は御訪問を見送っていただくしかないと、お詫びに参った次第でございます・・・・。」

「わかりました。皆様の御尽力、感謝します。

 帝都へは寄り道せずに戻ります。」

 グリューエルは答えた。

「恐れながら、殿下は、最近、国民に流行しております『聖地巡礼』について御興味をお持ちでしょうか。」

 

『遠まわしにお聞きになっていますが、この方は、聖地巡礼ではなく、聖地復興運動に関する私の本心を探りたいのですね。

 だから、忙しい首相の身でありながら、自ら私に会いにこられたのですね・・・。

ミラボー国防大臣以上に、この方は油断のならない政治家ですわ。』

そう感じたグリューエルは、いかなる意見も読みとることができない表情で答えた。

 

「今の立憲君主制の元では、王族は政治的発言を控えねばなりません。

 もちろん、そのように受け取られる言動も控えたほうが良いでしょう。

 このお話もそういうカテゴリーの問題なのでしょうね。・・・・」

「はは~。恐れ入ります。」

 コルベール首相は、そう言って引き下がった。

 グリューエルは、その結果を加藤茉莉香船長に連絡した。それを聞いたキアキが、通信に割り込んできた。

 

「きいたわよ。グリューエル。

クリプトン星の連邦政府があなたの『聖地』訪問に強い『懸念』を示したそうね。

いくらなんでも、千年前の話を今頃『領土問題』として気にする方がどうかしているわ。単なる遺跡の観光として平然としてればよいのにねえ~。」

チアキが言った。

「そうですね。

私は、単なる観光だと思っていたのですが、外交上、とてもセンシティブな問題でした。

 自分の至らなさが恥ずかしいです。

 それで、この件についての銀河帝国からのレポート、よろしくお願いします。」

「了解よ、もう頼んであるわ。

まあ、一般人なら何の問題もないんだろうけど、グリューエルは、もはや『ただの女の子』ではないというわけね。」

 チアキが訳知り顔で言った。

「そうですね。私も、このたびの件で思い知らされました。

これからは、自分の行動が人々にどのように受け止められるか、もっと注意します。」

 グリューエルが、肩を落として言った。

 

「じゃあ、チアキちゃんも、アレをやめようよ。外交問題になる前に・・・」

 二人のやり取りを聞いていた茉莉香が言った。

「イヤよ。アレとコレとは、関係ないわよ。」

「ええ!? 何のことですか・・・?」

 グリューエルが心配そうにたずねた。

「いやあ、チアキちゃんがお忍びでセレニティの街を何度も歩き回っているのよ。

 お供は、私だけでね。

一緒にウインドーショッピングして、気に入ったものがあるとそこでお買い物したり、カフェでお茶飲んだり・・・それだけなんだけどね。」

 茉莉香が微笑んで言った。

「うふふふ・・・それなら大丈夫ですわ。」

 グリューエルが微笑んだ。

「ええ!? どうしてなの?」

 茉莉香が言った。

「それは、その、いわゆる・・・『バレバレ』というヤツですわ。

 警備のほうは、セレニティ政府と銀河帝国が打ち合わせて、怠りなく勤めているはずですわ。チアキ様に気づかれないように・・・・。」

グリューエルが微笑みながら、答えた。

「なんだぁ~。それで、安心したよ。ねえ、チアキちゃん。」

「ウウウ・・・・イヤよ、そんなのイヤ! だって、スリルがないじゃないの。

私、もう行かないわよ。」

チアキは、顔を赤くして叫んだ。

「また・・・、そんな、わがまま言って・・・。」

「コレは、わがままじゃない!」

「ナハハハ・・・・。」

 

 その晩、セレニティ王宮の自室で、グリューエルは、「聖地巡礼ツアーと聖地回復運動」に関するレポートを読み出した。レポートは、当事者であるセレニティ政府に依頼することを避け、第三国である銀河帝国からチアキに依頼して取り寄せたものだ。

 それには次のようなことが書いてあった。

 

『当初、クリプトン星の連邦政府は、巡礼ツアーをただの観光客として歓迎していた。

しかし、観光業者が、旧王宮や教会・修道院跡の一部を復元・利用して、ホテルなどの観光客用の施設を作りたいと言い出した事から、問題が始まった。

連邦政府は、旧王朝の遺跡に手を触れることには慎重だったが、経済界に押されて、開発に前向きになった。

これに対して、クリプトン星の宗教界、とりわけ旧セレニティ王国では国教の地位にあった聖十字教会が反発した。彼らは、聖十字教の教会や修道院は跡地といえども神聖な場所であって、これを復元するならともかく、ホテルや観光施設に利用するなど論外だと主張した。

遺跡の復元は、観光業者も反対ではなかった。観光名所となるからである。しかし、それを完全に復元するための莫大な費用は、宗教界も観光業者も負担できなかった。

続いて歴史学者が貴重な遺跡の現況保存を訴えた。観光客もありのままに保存された遺跡を見に来るのだと主張した。

こうなると、連邦政府はどっちつかずの模様眺めを決め込んだ。多額の復元費用の負担を政府に押し付けられることも警戒していた。

こうして、「有効利用」か「復元」か「現況保存」か、旧セレニティ王国の遺跡をめぐる議論は、果てしなく続く不毛の論争に陥ると思われた。

しかし、ある人物が、この論争に超新星級の爆弾を投じた。

その人は、新セレニティ王朝、つまりセレニティ星貴族出身の保守政治家、ベルナール卿である。彼は清廉潔白な政治家として尊敬を集めつつ、惜しまれながら政界を引退し、晩年は歴史研究や執筆活動に専念していた。

そして、彼は、その知見を元に、クリプトン星における「セレニティ王国の復興」を提唱した。彼の主張はこうである。

『クリプトン星の旧セレニティ王朝は、周辺国の侵略により滅んだ。あの星では、旧王朝の血統もすでに途絶えている。

しかし、旧王朝は降伏したわけではない。周辺国が併合を宣言して、そのまま千年経過しただけに過ぎない。これは旧王朝の側から見れば戦争は終了していないことを意味する。

そして、セレニティ星系を治める新王朝の王、セレニティ大公は、旧王朝の王族の子孫である。

したがってセレニティ大公は、旧王朝の正当な後継者として、その権利を行使しその王としての責任を果たすべきである。

祖先の地を侵略者から奪い返そう。』

この主張に対して、セレニティ星系では共感する人々は少なかった。復古主義もここまでくると『妄想』と思われたからだ。千年前の失われた王国は、「旧王朝」どころか歴史上の「古王朝」であり、人々にとって、はるか遠い存在だった。

しかし、クリプトン星の人々の反応は違った。静かな、それゆえに本気の警戒感が生まれた。

『ついに恐れていた亡霊がよみがえった』と。

 そもそも、宇宙の大航海時代になって、クリプトン星の人々は、セレニティ星系の新王朝の存在とその繁栄ぶりを知って大きな衝撃を受けた。

 滅んだ小王国の王族による宇宙移民は失敗して消滅したと思われていたからだ。

 もちろん彼らは、「宗主国」として宇宙移民のために投資をした関係でもないので、セレニティの繁栄から配当を受け取れるはずもなかった。

 むしろ、「旧王朝の滅亡は革命と言う実力行使に過ぎない。だから逆に、新王朝が、その軍事力を背景にして、旧王朝の承継者として、その復活要求を突きつけてくれば、厄介ことになる」という警戒心が生まれた。

 その背景には間違いなくセレニティ星系に対する「劣等感」、あるいは自らの体制に対する「自信の無さ」があった。

 クリプトン星の人々は、自分たちはいわゆる宗主星にあたる歴史ある文明国であり、しかも王制よりも進んだ民主共和制を採用した国家として、セレニティ星系に対しても、他の植民星と同様の「優位」に立てる関係にあるものと考えていた。

 しかし、セレニティ王国の繁栄した姿は、その期待を完全にぶち壊した。

 その後の千年においても、セレニティ星系の発展は目覚しく、現在では、人口、経済力、軍事力などすべてにおいて、クリプトン星の十倍以上の規模を持つ星間国家となっている。

 他方、セレニティの新王朝は、当初は、宇宙移民出発の経緯やその後の旧王朝の滅亡の経緯から故郷のクリプトン星の政府を快く思わず、その存在を無視する方針を採ったと思われる。その方針は、その後の年月を経て、クリプトン星への不快感が薄れていっても継続されていった。

 その結果、両国の外交関係は疎遠なままで、何百年も経過した。双方が銀河帝国の自治国家となった後も、両国の関係には変化が無かった。

そして、銀河テレビの「グリューエルが次期国王に内定」という「スクープ報道」(「第三十四章 王道」参照)以来、クリプトン星の連邦政府は、グリューエルの動向に注目し、神経を尖らせていた。

銀河系の政治の世界では、グリューエル王女は、次期国王と噂されるほどの実力と実績を兼ね備え、国民からの信頼も厚いと評価されていた。

 しかも、グリューエルは、すでに養女として銀河聖王家の王族となっている。

 このため、クリプトン星の連邦政府は、グリューエルの行動は自国の命運を左右するほどの影響力を持つと考えていた。

 そして、突然に、グリューエルの『聖地』訪問の希望を聞いて、クリプトン星の連邦政府は驚愕した。

 もちろん、連邦政府は、グリューエルの訪問により同星の宗教界やセレニティ星系の極右政治家の主張する『聖地復興運動』に決定的な弾みがつくと、強く警戒した。

 そして彼女の訪問希望は、それらの影響を承知の上で表明されたものと考えた。

 ・・・  』

 

 

「なるほど、以前から、クリプトン星の連邦政府は、セレニティや私の行動に対して警戒していたのですね。

 他方、私も含め、セレニティの側は、彼らがどう思っているか、まったく無関心だったのですね。

 それならば、ここはいったん引きましょう。これ以上、彼らを刺激して事態が思わぬ方向へ転ばないように・・・・。

 それに、今のセレニティの立憲君主制の下では、王族の行動が政治へ影響を与える事態は控えねばなりませんからね・・・フフフ。

 私は、セレニティとクリプトン星との千年にわたる外交関係を、もう少し、しっかりと学ぶといたしましょうか・・・。」

 グリューエルは、そうつぶやくと、レポートを閉じた。

 

 その日、グリューエルを乗せた艦隊は、帝都にむけてセレニティ星系を出発した。

 もちろん、グリューエルの王位継承順位について何の変更も無かった。

 

 

5 「民主政治」のジレンマ

 

 だが、グリューエルがクリプトン星訪問の希望を表明し、クリプトン星の政府がこれに応じなかったことは、確実に波紋を広げていった。

 グリューエルが帰国した後のセレニティ政府の閣議では、政治家たちの議論が沸騰していた。すでに、閣議の出席者には世襲貴族はおらず、選挙で選ばれた政治家たちばかりであった。

「姫(グリューエル)は、いったい何をお考えなのですか?

 今回の件は、『姫のケアレス・ミス』つまり、姫が、御自身の影響力を過小評価して、クリプトン星の反発を読み誤っただけなのでしょうか?

それとも、本当に、姫は、聖地復興運動を支持されているのですか?

首相は、この件で姫にお会いになったのでしょう。いかがでしたか。」

国防大臣ミラボーが、コルベール首相に問いかけた。

「姫は今回のご訪問断念を了解されたが、それ以上は何もおっしゃらなかった。

 『王族は政治的発言を控えねばならない』と、おっしゃっていたが・・・。」

 コルベール首相は、姫の本音までは聴けなかったという趣旨の回答をした。

「では、われわれはどうしますか。」

「それが難しい。

セレニティの民主政治は生まれたばかりだ。定着したといえるほどの実績はない。

しかも、現在のセレニティ憲法は、統治権が王から議会すなわち民主勢力へ完全に移行したとは言い切れない曖昧なところがある。

この曖昧な隙間を埋めるには、われわれの民主政治がさらに実績を積み上げていくしかない。

したがって、今は、王や王族と真っ向から対立する事態は避けねばならぬ。」

 コルベール首相が言った

「その情勢分析は、まだまだ甘いところがありますぞ。

 われわれは、まだこの国を完全に掌握していません。特に、軍人たちは、われわれよりも、王・王族の動向に注目しておりますぞ。

 私は、先日、軍を代表して、姫のお国入りの際にわが軍の軍艦を使って欲しいというお願いをするために姫にお会いしました。しかし、本当の狙いは、姫が即位すれば姫に敵対した軍人の粛清を行うのではないかと怯える軍首脳の動揺を治めるためでした。

 その結果、姫は、軍が命令に忠実だったことを評価されておられるとわかり、軍首脳部は大いに安心しました。

 その際に分かったのですが、軍首脳部はもう姫と対立する意思はありません。それどころか、次は姫の指揮の下で戦いたいとすら思っております。これまで、バルデン伯爵、次いで、ヨセフ王子の指揮で、姫と戦ってすべて敗北しましたからな。しかも、姫は、いまでは銀河帝国の王族。軍人たちは負ける戦はしないのです。

ですから、姫の命令とあらば、軍は、われわれに対するクーデタも躊躇(ちゅうちょ)しませんぞ。」

国防大臣ミラボーの『クーデタ』という言葉に、閣議の出席者は戦慄を覚え、沈黙した。

・・・・

「皮肉なものですねえ。

姫は、セレニティの民主政治を生み出したヒロインですぞ。

その姫が優れた指導者としての資質を備えるがゆえに、生まれたばかりの民主政治の最大の脅威となっているのですか・・・ハハハ。」

「教育大臣、笑いごとではありませんぞ。

 それでは、あなたの御意見を伺いたいものですな。」

 首相が、ポアンカレ教育大臣をたしなめた。ポアンカレは、政治家になる前は、王立大学の経済学教授であった。

「私は、『神の見えざる手』によってセレニティを導いてもらえばよいと思います。」

「はあ~? 何をおっしゃっているのですか?

今、論じているのは、先生お得意の経済学の話ではなく、政治の話ですぞ。」

他の閣僚たちは、ポアンカレの意図が分からず困惑した。

「私の考えは、政治の意思決定においても、『完全な自由競争』によって、『最適な資源配分』を実現すると言う経済学のセオリーどおりにやればよいということです。

 政府がどの政策が良いと一方的に判断して国を導くことが出来ると考えるのは、身の程知らずというものですな。」

「先生のお説は、政治家の識見やリーダーシップの価値を否定して、ニヒリズムに傾いているようにも聞こえますが・・・。

 それはさておき、先生は具体的にはどうすればいいとお考えですか。」

「われわれの役割は、まず、政治的意思決定における『完全な自由競争』を実現する条件を作り出すことです。具体的には、政策決定の根拠となる情報や、考えられる選択枝を公表して、国民に自由な議論を促すわけです。

 そして次の役割は、国民の議論の動向を観察することです。そこでは、『神の見えざる手』がわれわれの行方を指し示していることがわかるでしょう。

 このような方法こそ、われわれの民主政治にふさわしい選択ではありませんか。

なお、念のために言うと、私はニヒリストではありませんぞ、リアリストですぞ。」

「まあ、先生のおっしゃることを政治家の言葉に直すと、情報を小出しにして国民の反応を探るということでしょうか。手堅い方策ですな。」

 コルベール首相が言った。

「それならば、政策の選択肢の一つとして、『宇宙総合開発計画(素案)』を公表させていただきたい。この前から、多数の辺境惑星を開拓するのは、費用がかかりすぎるから再検討が必要と棚上げになっているプランです

 国民に、わが国を今以上の経済大国とする、平和的な航路(みち)を示したいのです。」

 ローマン公共事業大臣が言った。

「それなら、大航海巡礼ツアーを行う旅行業者からの要望も、開発計画に入れたらどうでしょうか。

つまり、大航海の移民船が移住の可能性を検討した、クック星、マーシャル星、ソロモン星の三つの星で、地上の宇宙空港と、衛星軌道上の中継ステーションを新設する計画を入れたらよいと思います。」

 ミラボー国防大臣が言った。

「それを入れると、クリプトン星を刺激するのではないか?

 軍事施設に転用されるのではないかと、警戒するでしょう。」

 ローマン大臣が疑問を述べた。

「いや。これは、われわれにとっての保険です。

 もし姫が聖地復興運動を支持されていると分かったなら、われわれもその準備をしていたと言えるものが必要ですから。

 われわれも姫と正面から対決するのは避けるべきでしょう。」

 ミラボー国防大臣が言った。

「まあ、それもいいでしょう。

 今はあくまでプランの段階ですから、すべての選択肢を並べることに意味があります。」

 ポアンカレ教育大臣が賛成した。

「それでいきましょう。

 そのうち、姫の本音もわかるでしょう。」

 コルベール首相が閣議をまとめた。

 

 三日後、銀河テレビが、独自スクープ報道として、「クリプトン星の連邦政府が、グリューエル姫の、セレニティ旧王朝の遺跡を訪問したいという希望を拒否した」と報じた。

 

 


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