宇宙海賊キャプテン茉莉香 -銀河帝国編-   作:gonzakato

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 弁天丸は、海難救助のためにM-19003球状星団に出発します。ダークマターの海を渡ってたどり着きますが、そこには遭難したという、怪しい船団がいました。そして、弁天丸は、
彼らからの襲撃を白兵戦の末に撃退します。
 そこへ悪名高い、海賊達の登場。茉莉香は緊張しますが、その裏には・・・。

 茉莉香は、多くの人の助けを受けて海難救助の目的を果たします。
 しかし、自分が海賊として一人前に見られるには、どうすれば良いのかと、これからの進路に悩み始めます。 


第四十章 海賊の取引

1 ダーク・マターの宇宙(うみ)

 

「まもなく時空トンネルの出口に到達します。」

 今回の航海で操舵手を勤める、コータロー・モーガンが言った。もちろん彼は帝国海賊モーガン一族のひとりだが、辺境の航海(海賊)経験が豊富なため、今回の航海のためにスカウトされてきた。

「ふーむ・・・。

 M-19003球状星団って、どんな星なんだろうねぇ?」

 茉莉香が言った。

「可視光や電磁波の観測では、ごく普通の球状星団のようですが・・・。

 でも、安全を見込んで、弁天丸の時空トンネルの出口は、M-19003星団の外延部です。

もちろん、航海の最終目標はT-3と呼ばれる褐色矮星の付近でしょうが、いきなりその星を目指すわけにはいかないからです。M-19003星団は海図も無い、未踏の宇宙(うみ)なので・・・。」

 操舵手のコータローが答えた。

「そりゃ、わかっているけどね。」

「船長、今、M-19003球状星団の外延部にタッチダウンします。」

 

 弁天丸は、M-19003球状星団の外延部にタッチダウンした。そして、クルーは、直ちに周辺の星々や宇宙空間で発生している重力波や電磁波を観測し始めた。

「ビー、ビー、ビー」

 いきなり警報が鳴った。

「なに? 何が起こったの?」

 茉莉香が聞いた。

「船長、重力の傾斜が予想と異なった異常値を示しているのよ。」

 航海士のルカが言った。

「へえ~。このあたりを境に重力の傾斜が違うのかぁ。

 初めて見たねえ、こんなところ。」

 三代目が驚いて言った。

「モニターを見ると、このあたりは、まるで山の稜線よねえ。」

 ルカは、重力傾斜を3次元映像で表示したモニターを見て、そう言った。

「興味深いですね。初めて観測される現象です。

 おそらく、銀河系からアンドロメダ星雲を近づけ、大小マゼラン雲を遠ざけているダーク・マターの重力の均衡点がこの辺りにあるのでしょうねぇ。」

 ブラウン中尉が言った。

「なるほどねえ。

 それで、このあたりの宇宙(うみ)は宇宙船(ふね)の航海にとって危険な所なの?

 入ったら抜けられないようなヤバイ宇宙(うみ)とか・・・・。」

 茉莉香が、質問した。

「さすが、船長。

 あくまでも、船の航海にとってどういう影響があるかという実用的な視点から、このあたりの宇宙(うみ)を理解しようとしていますね。」

 ギルバートが、茉莉香を誉めた。

「ナハハハ・・・。

 ギルバートさんにそんなに褒められる、ちょっと恥ずかしいと言うか・・・。」

 茉莉香は、顔を赤くして照れていた。

「なるほどねえ。実用的な視点ですか。

 ・・・・う~む。考えてみます。」

 ブラウン中尉はそう言って、手元のデータを見ながら考え始めた。

 

「船長。M-19003球状星団の観測結果がでるわよ~。」

 クーリエが言った。

「うお~! こりゃ、球状星団ではなくて、まるでヒモ状星団だよ。

 銀河系方面からの観測結果はアテにならないねえ。」

 百目が言った。

「でも、銀河系から見ると、球状星団にみえたんでしょ?」

 茉莉香が聞いた。

「このあたりの空間での重力レンズ効果で、そう見えたのでしょうか?」

 ブラウン中尉が言った。

「う~ん、また難しいことを言わないで・・・。」

 茉莉香が顔をしかめた。

「それで、モニターを見ると、M-19003星団の先は、水素ガスの雲がかすかに続いているのね。

 雲の先をたどると・・・、なるほど、これは、大小マゼラン星雲へ続く道、さしずめ『マゼラン航路』というわけね。」

 クーリエが言った。

「マゼラン航路と気安く名付けないで欲しいわ。

 このルートが、安全な『航路』だとは限らないでしょう。

 慎重に考えないと・・・。」

 ルカが言った。

 

「そうねえ。ルカの言うとおりだわ。

 でもここまで無事たどり着いたのだから、さっそく、海難救助の作業を始めましょう。

 クーリエ、救難信号を発した、マンチュリア軍の新天地移住船団宛てに通信を送ってみてちょうだい。

 彼等は、今、何処にいるのか、様子を聞いてね。」

 茉莉香船長が指示を出した。

 

 

2 疑惑の船団

 

「今、M-19003星団の外延部にプレドライブ反応がありました。

 反応のパターンから見て、時空トンネルの開口部が形成されていると思われます。」

 マンチュリア軍の戦艦「黒い稲妻」号の通信士が、ウイン艦長に報告した。

 

「ええ! 時空トンネル航法が出来る船がやってきたのかぁ!

 それなら、タッチダウンしてくるのは、銀河帝国軍の新鋭艦に違いない。

 全艦、警戒体制を取れ。」

「了解しました。

 あの、今、開口部から船がタッチダウンしてきました。」

「どこの船だ。帝国軍の第七艦隊か?」

「トランポンダーを受信しましたが・・・これは!」

「どうした?」

「あの船は、宇宙海賊船、弁天丸二世号だそうです・・・。」

「ええ! 時空トンネル航法が使える海賊船なんて、聞いたことが無いぞ。

 トランスポンダーの偽装かもしれん、気を許すな。」

「はい。」

「それにしても、どうして、こんな時に、こんなところへ海賊船がやってきたのか。

 この船はヤツラの先駆け、仲間なのか?」

「艦長、弁天丸から交信要請が来ています。」

「よし。通信に出るぞ。相手はたった一隻だ。予定通りの作戦で行く。

 こんな時に、時空トンネル航法のできる船が来るなんて、なんと運の良いことか。

 神に感謝だ!」

 

 やがて、黒い稲妻号のモニタースクリーンに加藤茉莉香船長の姿が現れた。

「初めまして。宇宙海賊船、弁天丸船長、加藤茉莉香です。」

「こちら、マンチュリア軍戦艦「黒い稲妻」号の艦長、エイドリアン・ウインです。

 私どもの救難信号に応えて、駆けつけて頂いて感謝いたします。」

「いえいえ、海難救助は船乗りの義務。当然です。

 まずは、そちらの船の正確な位置を教えてください。

 それから、緊急に対応が必要なことはありますか?

 遭難した経緯と、そちらの船の現状を教えてください。」

 そう言いながら、茉莉香はウイン艦長の落ち着いた態度に違和感を覚えていた。

 

『この人、なにか、隠しているわねえ・・・・。』

 

「まあ、船団が航海に出発した事情は、加藤船長もご存じと思いますが・・・。」

 ウイン艦長は、事情を長々と説明し始めた。

「・・・それで、目的地を目指して航海していたのですが、我々はこのあたりの宇宙空間で、急に時空トンネルから放り出されてしまいました。

 その原因は、私たちには分かりません。

 なんとか無事に通常空間に戻ったのですが、船の現状を点検すると、故障が発生して修理が必要なことが分かりました。このままでは自力での航海が出来ません。

 そうして困っているところを海賊に襲われました。

 そこで救難信号を出したというわけです。」

「海賊の方はどうしたのですか? 今も交戦中ですか?」

 長い話を遮って、茉莉香が聞いた。

「いや、なんとか撃退しました。

 それから、緊急に必要なことと言えば、船にケガ人や、病人がいて、医者の応援と医薬品の補給が必要です。

 具体的には・・・・。 」

 ウイン艦長は、長い時間をかけて、よどみなく事情を説明した。

「そうですか。では、座標を確認次第そちらに接近します。」

 茉莉香船長は、長い話に嫌な顔一つせず耳を傾け、通信を終えた。

 

 通信が切れてから、茉莉香はブリッジのクーリエに向かって言った。

「ふー。なにから始めようか。・・・

 まず、クーリエ。

 現在までの状況を帝国軍の第七艦隊に連絡しておいてね。」

 その後、茉莉香は顎(あご)に手を当てて、考えながら言った。

「どう思う? 

 遭難したと言うわりには、あまりにも落ち着いていて・・・。

 なーんか、ヘンなのよねえ、あの人たち。」

「やっぱり、何か企んでいるんでしょうねえ。

 彼らマンチュリア軍はまだ銀河帝国と戦争しているつもりでしょう?」

 百目が言った。

「それなら、彼らの狙いは、まずこの弁天丸だろう。

 目的地まで旅を続けるには、船が、特に時空トンネル航法ができるこの船が、ノドから手が出るほど欲しいはずだ。」

 シュニッツアーが言った。

「私も同意見です。

 かれらは、この船を乗っ取るために白兵戦を仕掛けてくると思います。」

 ギルバートが言った。

「そうねえ、気をつけなくては。

 それから、スージー。彼らの中に怪我人とか病人がいると言う話もウソかしら。」

 茉莉香が、ミーサの代わりにブリッジにいるスージー医師に聞いた。

「それは分かりません。

 事前に病気の内容とかケガの部位とかを記述した患者のデータを送ってくれれば、医者としての嘘は見分けられるかもしれませんが・・・」

「その話は、ドッキングブリッジをつなげさせる口実かもしれない。白兵戦部隊を送り込むためだ。」

 シュニッツアーが言った。

「まあ、そうなっても大丈夫ですよ。

 そういう時のためにミーサ先生がいろいろな仕掛けを用意してくれたのは、皆さんご存知でしょう。ミーサ先生の代わりに、私がちゃんとやりますからね。」

 スージー医師が言った。

 

「あっ。交信要請がまた一件。これは、帝都からの秘話回線を使っているわよ。

だれかしら。

 発進人は、メイフラワー・モーガン。宛て名は、ギルバート・モーガン。

 ねえ、この人、お祖母さん? メイフラワーって名前は、もしかして・・・」

 クーリエがギルバートの方を見た。

「お察しの通り、私の祖母ですよ。

 クーリエさん、『二丁拳銃のメイフラワー』というあだ名の女海賊のことを聞いたことありませんか。

 祖母のあだ名です。祖母は、若い時はとてもヤンチャな女海賊だったんですよ。」

「ええ! やっぱり、あの二丁拳銃のメイフラワーなの!」

「クーリエ、知ってるの?

 私、知らなかったよ。」

 茉莉香は初めて聞く話に驚いてクーリエの方を見て、そしてギルバートの方を見た。

「その話は後ほど、ゆっくりと・・・。

 それで、祖母はどうやら秘話回線での通信を望んでいるようですから、通信は私の部屋に回してください。」

 ギルバートが微笑んで言った。

 

 やがて、弁天丸は、M-19003星団のT-3と名付けられた褐色矮星の外延部にタッチダウンした。

「船長、遭難信号を発した船団の存在をレーダーがキャッチしたわ。」

 クーリエが言った。

「うわあ~、船の数が多いねえ。212隻もいると表示されているよ。」

 百目が言った。

「こんなにたくさんの船、いったい、どうやって救助するつもりなの?

 遭難が本当だったら、弁天丸だけでは遭難者の面倒を見切れないわよねえ、船長。」

 ルカが、感情を交えない声で言った。

 

「船長、黒い稲妻号から交信要請です。」

「加藤船長、黒い稲妻号艦長のウインです。

 こんなところまで、駆けつけてくださって感謝します。」

 ウイン艦長が相変わらずの冷静な表情で、モニター画面に現れた。

「いえ、お気遣いなく。

 それで、さっそく救助の段取りをご相談したいのですが・・・。」

 茉莉香も答えた。

「それならば、黒い稲妻号のブリッジにお越しいただくか、そちらのブリッジにお邪魔して、じっくりご相談したいのですが・・・。

 何せ、ご覧のようにこちらの船も多く、それぞれ事情が複雑なもので・・・。」

「そのことなのですが、皆さんは今後、銀河系に帰還されるおつもりですか?

 それとも、このまま旅を続けたいとお考えですか?

 それをまず教えて頂きたいのですが・・・・。」

 茉莉香船長が、核心を突いた質問をした。

「・・・遭難した以上、もはやマゼラン星雲までの旅は続けられません。

 皆さんの力を借りて、銀河系に帰還するしかないと思っています。」

 ウイン艦長は、静かに言った。

「それなら、あなたは軍人、この船団は軍の艦隊なのだから、降伏を宣言して頂こう。

 軍人は、帝国軍規に従って捕虜として扱われることを保障しよう。

 乗員の救助活動はそれからだ。」

シュニッツアーが言った。

「私たちは遭難者ですから。もう戦闘も何もないですよ、いまでは。」

 ウイン艦長は、苦笑して静かに言った。「降伏」と言う言葉は使わなかったが・・・。

 

 その時、通信用のモニターカメラの視野の外にいる百目が、意味ありげに船長やシュニッツアーに目で合図した。

 船外の宇宙空間において、密かに弁天丸に接近している小型船の存在をキャッチしたのだ。

 彼等は弁天丸がどういう返事をしようと、力ずくで白兵戦を仕掛けるつもりだということが、これではっきりした。

 もちろん、弁天丸では海賊のクルーが対空砲火や白兵戦の用意をして待ち構えていた。

 

 「・・・・」

 一瞬、茉莉香が沈黙し、シュニッツアーを見た。

 シュニッツアーは、敵が対空砲火の射程距離に入ったことを見極めて、船長に合図した。

 これを見た茉莉香は、黙って『攻撃開始』の合図をした。

「撃て。」

 シュニッツアーが戦闘開始を指示した。

 弁天丸の対空砲火が一斉に発射された。接近していた敵の小型強襲艇は、次々と火を噴いている。

「ウイン艦長。お客様が来たようですので、お話は後ほど・・・。」

 茉莉香は、わざとらしく皮肉を言って、通信を切った。

 

 対空砲火は激しく続いているが、敵船の数は予想よりはるかに多かった。弁天丸は、まるで小さなムシの大群に襲われたような状態だった。

 

「え~。いちいち撃墜していては、キリがないわ。

 これじゃあ、いずれ弁天丸に敵が侵入してくるかもしれないわよ。

 ねえ、重力トンネルを前方に緊急展開。T-3の重力圏までショートジャンプよ。」

 茉莉香が言った。

「なるほどね。」

 シュニッツアーが言った。

「みんな、もうわかったでしょう。敵の小型船をみんな時空トンネルに巻き込んで、T-3に突き落とすわよ。

 あんな船じゃぁ、褐色矮星の強い重力圏を突破できないでしょう。」

「時空トンネルの航路セット、完了。」

 ルカが言った。

「ついでに、ジャンプの間、ずっと弁天丸を高速回転させたらどうでしょうか。

 敵の兵隊さんが弁天丸にすがりつけないようにね。」

 操舵手のコータロー・モーガンが言った。

「なるほど。それって、宇宙海賊船の白兵戦対策としては常識よね。」

 クーリエが言った。

 

 

3 白兵戦

 

 人工重力を備えた宇宙船では、船体を回転させても、内部の空間には船の回転で生じる遠心力の影響がない。従って、白兵戦対策としてこういう操船ができる。

 人工重力の無い船でこんなことをやれば、船の中も大変なことになるが・・・。

 もちろん、こんな戦法をとることができるのは、海賊船だけだ。

 帝国軍のような艦隊編成の軍隊では、こんな戦い方はしないとされる。なぜなら、敵の小型船には、味方の小型船つまり戦闘機が発信して戦うからだ。それに、回転しながら対空砲火を撃てば、戦闘機などの味方を誤射してしまうおそれもある。

 

「でも、これって、すがる男を振って、振って、振りまくる女のようね・・・フフフ・・・。」

 ルカがそう言って笑った。

「弁天さまは、たしか女の神様よね。だから弁天丸には、ぴったりの戦法かも・・・。フフフ」

 クーリエもそう言って、笑った。

「さあ~、みんなまとめて、お願い。」

 茉莉香が言った。

 

 加藤船長の指示で、弁天丸は、機体を高速回転させながら、ショートジャンプをした。

 

「船長、まもなく通常空間に出ます。」

「よーし、敵船の運動ベクトルも最大船速でT-3に向けて直進よ。

 さあ、弁天丸、いきま~す。」

 

 弁天丸と敵の小型船は、T-3褐色矮星に相当に接近した通常空間に、かなりの高速でT-3に突入する運動ベクトルを維持したまま、タッチダウンした。

「さあ、機体を180度反転。そして、重力エンジン全開よ。

 T-3の重力を振り切るわよ。」

「アイアイサー!」

 操舵手のコータローが言った。

 

 

 弁天丸は、重力エンジンを全開させて、T-3褐色矮星の強い重力を振り切った。

 もちろん、敵の船も反転して推進剤を全力で噴射した。逆推進を掛け重力圏から離脱するためだった。しかし、敵船には、やや落下速度を落とした程度の変化しか生じなかった。通常の推進剤による航法では十分な加速が得られなかったようだ。 

 結局、弁天丸を襲ったすべての小型船は、T-3褐色矮星に落下していった。

 

「よ~し。うまくいったわ。

 百目、船内に異常は無いよね。」

 茉莉香が言った。

 

「・・・・う~んと、

 船長、残念だけど、警報が出ている。侵入者がいるぞ~。

 振り切られる前に弁天丸に侵入した敵がいるらしい。」

 百目がモニターを見ながら言った。

「ええ~! あんな短時間のうちに侵入してきたの!」

 クーリエが言った。

「じゃあ、お出迎えしなくっちゃねぇ。

 キャサリン、よろしくね!」

 茉莉香は、元セレニティ軍近衛隊のキャサリンに指示した。

 茉莉香の指示を聞いて、キャサリンは無言でうなずいた。

 彼女は、グリューエルの指示により、今回の航海では弁天丸に乗り組んでいる。

 

「ブリッジを目指して敵が来るぞ。合図したら一斉に攻撃開始だ。」

 キャサリンは廊下に出て通路を進むと、待ち構えている守備隊に指示した。

 足音が近づいてきた

「撃て!」

 弁天丸側は、ビーム・ライフルで敵の侵入者を狙撃した。

 ビームは命中したが、敵の進撃は止まらなかった。かなり装甲の厚い防護服なのだろう。

「敵は五人だ。一人もここを通すな。」

「ブリッジを守れ!」

 たちまち守備隊に緊張が走った。

「よし、いくぞ。」

 最初に、キャサリンが斧を持って飛び出した。海賊の猛者たちがそれに続いた。

 艦内の戦いも、最後は対人格闘戦で勝敗が決まる。白兵戦という言葉がこの時代にも死語になっていないのはこのためだった。

「え~い。」

 キャサリンが斧で先頭を行く兵士を切りつけた。

 彼女の振り下ろした斧は、先頭の敵兵士にかなりのダメージを与えたが、敵はまだ抵抗を続けた。すかさず、キャサリンは斧を振りかざして、第2、第3の攻撃を続けていく。

「やあ~。・・・・」

 ようやくキャサリンは敵を倒した。その時すでに彼女の防護服は血まみれだった。

「・・・・・」

 鍛え上げた彼女は息を切らすことなく、無言でまわりの様子を見わたした。

 すると、他の海賊たちも血まみれになりながら戦っていたので、すかさず、手近な戦闘に加勢した。

 こうやって、たちまち三人の敵が倒された。

 この時、格闘戦に加わらず後方に待機していた二人が、廊下を反対方向に走って行った。

「敵は、機関部へ向かった。追撃しろ。」

 さらにキャサリンは無線を使って連絡を取った。

「機関部の守備隊、聞こえるか?

そっちへ敵が行った。爆発物を持っているかもしれないから、ガンマ線ブラスターを使え。」

 ガンマ線ブラスターは、防護服を貫くガンマ線を放つ最新兵器である。その主な使用目的は、マンチュリアの生体兵器、すなわち人間爆弾の起爆装置を無効化させることだった。

 

 この白兵戦の様子をブリッジのモニターで見守っていたシュニッツアーと百目が声を上げた。

「あ~~~! 伏兵がいた。二人だ。」

「さっきの五人は陽動だったのか。」

「間もなく、こっちへ来るぞ!」

「私が相手をする。」

 そう言って、シュニッツアーが立ち上がった。

 

 その時、ブリッジのドアがブラスターで焼き切られ、敵が侵入してきた。

「動くな、動くと船長の命は無いぞ!」

 二人の敵の兵士は茉莉香にブラスターの銃口を向けて言った。

 かれら二人はすでに防護服のヘルメットを脱ぎ、少し身軽な姿になってブリッジに突入してきた。

 

「あらら~。ノックもせずに私のところに入ってくるとは、ずいぶん失礼しちゃうわよ、ねえ~。」

 茉莉香が、悠然と言い放った。

「何を言うか。船長、手を上げろ。」

「それは、こっちのセリフよ。三つ数えるうちに降伏しなさい。」

 それを聞いた敵の兵士たちの表情が険しくなった。

 銃を突きつけられても茉莉香がまったく怯まないので、むしろ恐怖を感じたのだ。

 たかが「女の子」のはずなのに、この落着きは何だと・・・。

 

「ワン、ツー、スリー!」

 茉莉香はそう数えて、指をぱちんと鳴らした。

 敵の兵士は怯えて、茉莉香に向けて銃を撃った。

 

 すると、茉莉香に向けて発射されたビームが、バチバチとバリアーに突き当たってはじけた。

「バリアーだと・・・そう言う仕掛けか・・・それじゃ直接に人質として身柄を・・・。」

「うん!? なんだあ!? ・・・体が動かないぞ!」

「・・お前たち、おれたちに何をし・た・・ん・・・だ~・・・」

 そう言いながら、二人の敵兵士は気を失って倒れた。

 

「兵隊さん。これは、ミーサ先生特製の神経ガスですよ。

 ・・・と教えてあげても、聞いてないかな? もう気を失っているものね。」

 スージー医師が言った。

「さて、百目さん、換気装置から解毒ガスを流して、空気を浄化してください。

 予め解毒剤を飲んでいない人でも、十五分もすれば、全く影響がなくなるはずよ。」

「了解。」

「それまでは、要注意よ。

 館内放送で、マニュアル通りに退避しているように、伝えてくださいね。」

「了解。」

 百目が言った。

 

4 海賊の登場

 

「さあ~て、船長。次はどうします。

 敵船が嘘をついていたのが分かった以上、報復のために敵船を全部沈めますか・・・。」

 クーリエが言った。

「う~~ん。あの船には、民間人が大勢乗っているのでしょうね。

 だったら、その人たちをなんとか助けてあげたいよね~。

 この宇宙空間にこのまま留まっても、希望はないのでしょうからねぇ。」

「それはそうですがぁ・・・。」

「分かっているわよ。クーリエ。

 弁天丸だけで、あんなにたくさんの船を武装解除することは出来ないよねえ。」

 茉莉香も困っていた。

 

「あ、船長宛てに交信要請が来ました。

 発、宇宙海賊船ブルックリン号、船長ダークマン。

 うわあ~、コイツが出てきたのかぁ。

 船長、気を付けてね。

 コイツは、辺境宇宙で人身売買をやっている悪名高いゴロツキよ。

 おおかた、遭難者を救助すると言う名目で誘拐して、奴隷として売り飛ばすことを狙っているんでしょうね。」

 クーリエが、口をゆがめて言った。

「分かったわ。」

 茉莉香は、ひとつ深呼吸して、モニター画面に映像が出るのを待った。

 

 辺境宇宙でもっとも金になる交易品は、エネルギー資源でも貴金属でも食料でもなかった。古代社会と同じように、もっとも金になる交易品は、奴隷、すなわち人間だった。

 

「お初にお目にかかる。オレは、宇宙海賊船ブルックリン号、船長ダークマンだ。」

 モニター画像には、いかにも悪人風の、目つきが鋭く顔に醜い傷のある老人が現れた。

「初めまして。宇宙海賊船、弁天丸船長、加藤茉莉香です。」

 茉莉香は、緊張しつつ、そう答えた。

「ガハハハ・・・初対面で、もう警戒されているねえ。

 オレは、自分では結構、善人の方だと思っているが、この顔つきでずいぶん損をしているからなあ。 ガハハハ・・・・」

 ダークマンは、見かけによらず、明るく豪快な高笑いをした。

「ナハハハ・・・。」

 茉莉香は、思わずつられて愛想笑いをしてしまった。

「おう、海賊ショーの評判どおりだねえ。

 愛想笑いでも、お前さんみたいなベッピンさんに笑顔を見せてもらうと、ちょっとうれしくなるねえ。

 同じベッピンさんでも、マイラ・グラントのヤツなんか、用件だけ言うと愛想笑いも世間話もなしですぐに通信を切ってしまいやがるからなあ・・・。

 せっかく、おらっちがジョークを言って、笑わせようと待ち構えているのにさあ・・。」

「・・・それで、あのう、御用件はなんでしょうか?」

「おう、それそれ。

 オラッちも、救難信号をキャッチして、救援に駆けつけてきたんだが、お前さんに先を越されてなあ。

 でも、船の数が多くてヤツラの武装解除は大変だろうから、助太刀(すけだち)しようかと思ってなあ。俺の仲間の船も、そのうち、おおぜい、ここいらにタッチダウンしてくるだろうから、手数(てかず)はそろってるぜ。

 なにせ、マンチュリア軍のヤツラには、用心しないとなあ。ヤツラは、こっちがスキを見せれば、すぐに襲ってくるだろうからなあ。

 だから、弁天丸の美人さんたちを危険な目にあわす訳にはイカンだろう。

 まあ~、危ないことは、俺たちに任せてくれよ。」

 

 茉莉香は、困った。

 確かに手助けは欲しい。しかし、こんな銀河の外延部まで「救援」にやって来てくれた相手は悪名高いゴロツキ。とても、信用できる相手とは思えないからだ。

 茉莉香は、そっと、左隣のクーリエの方をみた。

 もちろん、彼女は首を横に振っている。「断れ」と言っているのだ。

 さらに困った茉莉香は、右隣のギルバー・モーガンの方を見た。

 ところが、彼は、肯(うなず)いて微笑んでいる。「申し出を受けろ」と言っているのだ。

「ええ!? どうしてですかぁ?」

 茉莉香は、思わず声を出してしまった。ダークマン船長との交信が続いているにもかかわらずに。

「茉莉香さん、船長同士のお話に、口を挟んで良いですか?」

 彼は、船長としての茉莉香の立場を尊重して、了解を求めてきた。

 茉莉香は肯いた。彼がなにかの解決策を考えていると思ったからだ。

 

「ダークマン船長。初めまして。ギルバート・モーガンです。」

「おう、話には聞いていたが、モーガン家の若様、メイフラワーの孫がお前さんかい。」

「はい。そうです。

 それで、船長の救援の申し出をお受けするには、条件があります。」

「ほう。なんだい、言ってみな。内容次第では聞いてやらないこともないが・・・。」

「はい。まず、第一に、船長にとっても、海難救助はボランティアですよね。こんな辺境、銀河の外延部の事故でも、それは同じですよねえ。そのことを確認してください。」

「まあ、そりゃそうだなあ。

 ボランティアは、俺には似合わないとみんな言うだろうがねえ」

「では、第二に、海難救助である以上、乗客乗員は全員、安全なところまで送り届けるんですよねえ。」

「う~む。まあ、そりゃあ、そうだよ。

 でも、俺がイヤダと言ったら、あんた、どうするかい?」

 ダークマン船長は、ギロッと目を見開いてギルバートを睨んだ。

「戦いますよ。船長が率いる皆さん方と・・・。

 そして、船長の船は、必ず沈めて見せますよ。」

 ギルバートは、真剣な表情でダークマン船長を睨み返した。

「フフフ・・・。いい度胸だ。

 よし、お前の言うとおりにする。約束は守る。乗客、乗員は全員送り届けるぜ。」

「・・・という訳です。よろしいですか、船長。」

「あ、あ・・・はい。ダークマン船長、ではお願いします。」

 茉莉香がそう言うと、通信は切れた。

 

「おっと、後回しにしていたけど、黒い稲妻号のウイン艦長に、最後通告をしないとねえ。」

 茉莉香は、通信を始めた。

 マンチュリア軍はすぐに降伏し、シュニッツアーが武装解除の手順について相手の軍人たちと打ち合わせを進めていった。

 その後、次々とタッチダウンしてきた海賊船も加えて、荒くれ者たちの船は、40隻ほどになった。これらの船に対して、シュニッツアーが中心になって、誰が、敵のどの船に乗り込むか割り当てが決められた。

 

 弁天丸ブリッジは、ようやく落ち着いた雰囲気になってきた。

「これでいいわ。全艦、戦闘体制を解除。次の指示があるまで休憩よ。」

 茉莉香が艦内に指示を出した。

「ふう~。ようやく遭難者の救済にメドがついたわね。」

「これでひと安心ね。」

 

 しかし、その雰囲気はすぐにかき消された。

「ああ~。大変なことを忘れていたわ。

 神経ガス本体と、皆さんに予め飲んでもらった解毒剤は、胎児に対する安全性がまだ証明されていないって、ミーサ先生から言われていたのよねえ。」

 スージー医師はあわてて言った。

「船長。妊娠の可能性のある女性に、至急、検査をしないといけません。

 ねえ、船長、至急、該当者に連絡してください。」

「ええ!? 該当者と言っても・・・・。

 いったい、『妊娠の可能性のある女性』って、どういう意味なの?

 まさか、あのことを・・・自己申告しろって言うの? 」

 茉莉香は、顔を赤くして戸惑った。

「あ、あ・・・・。なんてことを言うんですかぁ、船長。

 なんでも男女の恋愛に結び付けて理解する女子大生、いや女子高生のレベルで、変な誤解をしていますね。もう~~~」

 スージーが呆れて、言った。

「医者が『妊娠の可能性のある女性』というと、閉経まえの女性全員と言う意味ですよ。

 もう、そんなに顔を赤くしちゃって・・・。

『閉経』って言葉、意味わかりますよね。」

「あ~、はい、わかっています。」

 茉莉香は、ますます顔を赤くして答えた。

「もう~、なぜ、そんなことで恥ずかしがっているんですかぁ。

 困りましたねえ。

 それじゃあ、私が、船長の代わりに艦内放送で言いますよ。良いですね・・・。」

「ああ、はい、はい・・・。」

 スージーは艦内放送で、若い女性は、全員、検査を受けるために医務室に来るように伝えた。

 

「スージー先生、どうもありがとうね~。」

 そう言って、茉莉香は船長席に座って、ほっとひと息ついた。

「いえいえ。

 さあ、医務室に行かなくちゃ。」

 スージー医師は、そう言って立ち上がった。

 そして、茉莉香の方を見て行った。

「ん?・・・・船長、なぜ座っているんですかぁ。医務室に行きましょう。

 船長も検査を受けるのでしょう?」

「ええ!? 私は後で良いから。みなさん、お先に。」

「なに言っているんですかぁ。こういうことは率先垂範。いきましょう。」

「いやぁ、私は別に・・・検査なんか・・・。」

「何、言っているんですか。サア、行きますよ。」

 スージーは渋る茉莉香を引っ張って、ブリッジを出て行った。

 

「あ~あ~。茉莉香ちゃん、何を怖がっているんだか~。」

 クーリエが、茉莉香が出て行った方を見て、微笑んだ。

「興味深い問題ね。そういえば、私たち若い女性も医務室に行かないとね。」

 ルカが言った。

「ええ。でも、その前に聞いておきたいのだけど。

 ねえ、ギルバートさん。船長にどこまで話しているんですか?

 やっているんでしょう? ダークマン船長たちとの裏取引。」

 クーリエが聞いた。

「わたしも、ダークマンの口から『メイフラワー』の名前が出た時に、ピンときたわ。

 これは、海賊同士の取引があるってね。」

 ルカが言った。

「そうだろうなぁ。だいいち、彼らの到着が早すぎる。

 ここは、普通の超光速跳躍で飛ぶと銀河から何か月もかかる遠隔地だ。だから、彼らは、救難信号を受信する前からここを目指して航海していたはずだ。」

 シュニッツアーがそれに加勢した。

「当然、その目的は、いつのも営業。アレのはずだったよねえ。」

 百目が言った。

「そうでしょうねえ。海賊なんだから。

 それにしても、アイツ、うちの船長の前であんなに善人ぶっちゃって・・・。

 もう、笑い声を出さないようにするのに苦労したわよ。」

 クーリエが言った。

 

 それまで黙っていたギルバートが、弁天丸のクルーに対して言った。

「私は、茉莉香さんに、まだそんな仕事をさせたくないんです。それだけです。」

 まだ、茉莉香には何も事情を話していないようだった。

「そうねえ。・・・気持ちは分かるけど・・・・。」

 クーリエがつぶやいた。

 

 スージー医師は、茉莉香を引っ張って、医務室に入って来た。すでに何人かの女性乗務員が医務室前の廊下に来て、待っていた。

「船長、嫌がってないで、検査を受けてくださいよ。

 みんな、見ていますよ。」

 スージーは、茉莉香を診察席に座らせた。

「検査って、何をするんですか? 注射で血液を採るとか~。」

「子供みたいなことを言わないでください。

 妊娠の検査なら、昔から尿検査と決まっていますよ。

 それと、今回、一番大切なのは、神経ガスの残留濃度検査です。この試薬のスティックを口にくわえて、唾液で濡らしてください。」

「ああ、よかった。注射はないんだぁ。」

 注射の苦手な茉莉香は、ほっと安心した表情を見せた。

「何、言っているんですか。まったく子供みたいですねえ・・・・。

 も~、私は、船長のことを、とても心配しているんですよ。

 私は、リリイからも頼まれているので、船長には継続的な診察が必要だと思っていましたからね。」

 スージーが言った。

 リリイは、弁天丸を下船する際に、医師としてのスージーに対して、茉莉香のことをくれぐれもよろしく頼むと言い残していった。

 その理由として、「早朝に、茉莉香の部屋から男性が出てきたところを目撃した」と打ち明けたのだ。もちろん、それはずいぶん前のこと。弁天丸進水式の翌日のことだった(第三十章「グリューエルの危機」参照)。

 しかし、リリイは、単に「早朝」としか言わなかったので、スージーは、最近の出来事だと受け取っていた。このため、スージーは茉莉香の健康状態に特に注意していた。

 

 やがて、茉莉香が尿検査のために席を外し、そして試薬スティックを持って戻ってきた。

「うん。尿検査の結果は陰性ですね。でも、船長も御存じのように、一度の検査で安心してはいけませんよね。

 それから神経ガスの残留濃度検査の値は、すこし高いですねえ。やっぱり、ブリッジが戦場になったからでしょうか・・・・。

 念のため、船長に関しては、継続的な診察が必要という判定ですね。」

「はい、分かりました。」

 茉莉香が最初に検査をうけることになったため、医務室では、その後に検査を受けるため大勢の「若い女性」が待っていた。

 このため他の乗員に、茉莉香とスージー医師とのやり取りを聞かれてしまった。茉莉香は、そのことをまったく気にも留めず、診察結果を了解して、ブリッジに戻った。

 

 

5 海賊の取引

 

 マンチュリア人の船団の武装解除は、海賊たちの協力によって速やかに終了した。

なぜなら、海賊たちが乗船してみると、船団の乗員の大半はコールドスリープ状態のクローン人間であり、船団の船に乗り組んでいた軍人の大半は弁天丸との戦闘で戦死していたからという。

 その報告を受けて、茉莉香は安堵した。

 そして、次は、弁天丸が、マンチュリア人の船団を、m-8801星団のニューアトランティス星に送り届けることになった。

 それは、乗員のうち被支配階級の人々の多くが出発地である故郷へ帰りたいと願ったからだった。また、ここ(M-19003星団のT-3)からニューアトランティス星までは、銀河の外延を周回すると約6万光年もの距離があるが、時空トンネル航法のできる弁天丸にとって、そんな長距離を船団ごと輸送するのは簡単なことだからだ。

 

「ダークマン船長、お世話になりました。

 弁天丸、出航いたします。」

「ああ。無事な航海を祈っているよ。じゃあなあ~。」

「ありがとうございます。」

「ああ、そうだ。

 お前さん、メイフラワーのヤツから、赤い宝石をもらっただろう。

 良ければ、俺に見せてくれないかなあ。」

「はあ~。これですか。」

 茉莉香は、ポケットから「モーガンの赤」と呼ばれる宝石を取り出して、彼に見せた。

「へえ~、そんなに大きくて光るスター・ルビーなのかぁ。初めて見たよ。

 なにせ、メイフラワーのヤツは、俺がいくら頼んでも、宝石が『ケガレル(汚れる)』とか、『ヘル(減る)』とか言って、一度も見せてくれなかったんだぜ。」

「そうなのですか。」

「ああ、死んだ亭主から贈られた宝石だから、アイツ、とても大切にしていたんだよ。」

「なるほど・・・。

 それでは、弁天丸、出航します。」

 茉莉香は、帝国軍式の敬礼をして、通信を終了した。

 

「では、出航の準備、確認してください。」

「時空トンネルの航路セット、完了。」

「エンジン、異常なし。」

「時空ナビ、異常なし。」

「では、重力波エンジン起動。」

「時空トンネル、開口部発生確認。」

「では、弁天丸、いきましょう。」

 多数の海賊船が見守るなか、弁天丸とマンチュリア人の船団は、亜空間へ消えた。

 

「弁天丸、巡航速度に達しました。目的地まで約6時間です。」

「と言っても、出口では天測をやって、誤差の修正が必要なんでしょうねえ。」

「しかたないだろう。それが今回の航海の目的なのだからなあ。」

「やれやれ。」

「船長とスージー先生は、もういいわよ。休憩ね。」

 クーリエが言った。

「は~い」とスージー医師が返事をして、自室に戻って行った。

「・・・・・」

 茉莉香は、船長席に座ったまま動かず、黙って何か考えていた。

「船長、どうしたの?」

 クーリエが聞いた。

「うん。

 ねえ、ギルバートさん、ちょっと話があるので、船長室に来てもらえませんか。」

「はい。」

 二人は、ブリッジを出て行った。

 

 茉莉香とギルバートは、船長室のテーブルに向き合って座った。

「ねえ、ギルバートさん。

 私の知らないところで、ダークマン船長さんたちと何か約束をしていたのですか?」

「どうしてそんなことを考えられたのですか?」

「私、この仕事がうまくいき過ぎて『なんか変だなぁ』と思っていたんです。

 例えば、武装解除のために人手が足りないと困っているところに、タイミングよく海賊たちが現れたでしょう・・・。

 でも、ダークマン船長が最後に『モーガンの赤』を見せてくれと言い出したことで、ヤッパリそうかと分かったんです。」

「どうしてですか?」

「だって、なぜ、ダークマン船長は、私があの宝石を持っていることをご存じなのでしょうか。

 きっと、モーガン本家のメイフラワー様から直接、お聞きになったのでしょうねえ。

 ということは、・・・・ 」

「ははは・・・。やっぱり、茉莉香さんは鋭いですねえ。

 かないませんねえ。」

「ええ! 本当なのですか。」

「そうです。

 もともと、ダークマン船長たちの一味は、奴隷狩りのためにマンチュリアの船団を襲おうとしていたのですが、最初の襲撃では撃退されてしまったのです。

 そこで再戦を期して仲間を集め、M-19003星団のT-3に向かっていたのです。

 一方で、マンチュリアの軍人たちも、海賊たちからさらに船を奪おうと狙っていました。

 救難信号も船をおびき寄せて、奪うためでしょう。」

「そこへ私たちがやってきた訳ですね。」

「そうです。

 でも、ダークマン船長たちの一味は、自分たちが先に出発している以上、帝国軍が到着する前に自分達でカタをつけることが可能だと考えていました。」

「そりゃそうですね。普通ならば。」

「しかし、銀河帝国が、弁天丸に救助を依頼したので、形勢が変わりました。

 弁天丸なら時空トンネル航法で彼等より先に目的地に到着しますからね。

 これを知ったダークマン船長は、うちの祖母に探りを入れてきたようです。」

「メイフラワー様は、なんとおっしゃったのですか。」

「祖母は、

『加藤船長の後見人は、海賊女王と八氏族の長。

 だから、加藤船長に敵対するのは後見人が許さないよ。』

と言ったそうです。

 それに弁天丸には、お前たちがどんなに大勢で艦隊を組んでも勝てないと言っておいたそうです。」

「うわあ・・・後見人の睨みって、すごいんですね。」

「いや、いや、ダークマン船長はこの程度の脅しで怯(ひる)むヤツではありませんよ。」

「やっぱりそうですかぁ。」

「それで、祖母は、茉莉香さんは私が『モーガンの赤』を譲った娘だから、彼女を傷つけたら絶対に許さないと凄(すご)んだそうですよ。」

「ナハハハ・・・。それで事情が分かりました。

 メイフラワー様が凄むと、ダークマン船長もすごく怖かったのでしょうね。

 でも、彼も海賊なんだから、それだけで話はつかないでしょう。

 何か、取引というか、獲物を与えたのでしょう。

だとしたら、私、その内容が気になるんです。変なことが入っていないかと心配なのですが。」

「さすが、茉莉香さんも海賊ですね。

 いいでしょう。お教えしましょう。

 彼らの獲物は、『死んだはずのマンチュリアの軍人』と、用済みになった移民船です。

 マンチュリアの被支配階級の人間に手を出さないという条件を守ればの話ですが・・・。

 この条件には、最後までダークマン船長は抵抗したそうです。クローン人間も少しくらいは自分がもらっても良いじゃないかとかね。でも、最終的には了解しました。

 ですから、獲物の件も茉莉香さんの気持ちを傷つけないようになっていますよ。」

「なるほど。安心しました。

 でも、ダークマン船長は、きちんと約束を守ると信用していいのですか?

 かれは、とんでもないならず者だと、クーリエは嫌ってましたよ。」

「この件は信用できますよ。なぜなら、海賊の取引は、一生の長い間、貸し借りを続けるものだからです。

 だから、信用するし、相手も約束を守るしかないのです。」

「なるほど。『海賊の取引』ですかあ・・・・。

 それで『死んだはずの軍人』をもらって、何か意味があるんですか?」

「彼らを海賊の仲間にするんですよ。

『死んだはずの軍人』は、死人ではありませんからね。

 彼らは本物の軍人、プロですからね。海賊たちにとっては、即戦力ですよ。人材獲得が、海賊経営にとってとても大切だということは、ご存じでしょう。

 それに、マンチュリアの支配階級出身の軍人は、銀河系に戻っても行き場がありませんからね。」

「そうですね。・・・。

 でも、この話が私の知らないところで決まっていたなんて・・・。

 私、まだ、海賊の取引では、一人前の船長として扱われていないのでしょうかねえ。・・・

 ちょっと悲しいと言うか、悔しいと言うか・・・。」

 茉莉香は、暗く沈んだ表情で目を伏せた。

「私は、茉莉香さんにまだそんな仕事をさせたくないんですよ。

 汚い話が飛び交う交渉事ですからね。」

「でも、・・・私、海賊なんです。

 海賊船の船長としての私は、あなたの目で見ても、交渉相手として認められないくらい、頼りないのでしょうか。

 そういう、悪い意味でお嬢様扱いされているというか・・・

 そう思われているのかと思うと、私、悲しいです。」

「やっぱり、茉莉香さんはそう思うのでしょうね。

 祖母の予想通りですね。

 ねえ、茉莉香さん。祖母が言っていました。

 茉莉香さんがそう感じるようなら、自分が直接、あなたと話をするからと。」

 

 茉莉香は、船長室から帝都にいるメ―フラワー・モーガンと通信した。

「やあ、茉莉香さん。うまくいったようだね。」

「ありがとうございます。お力添え頂いたことに感謝します。」

「うふふふ・・・。その顔だと、すこし不満なようだね。」

「いえ、そんな、あの・・・・」

「気を遣わなくてもいいよ。あなたの気持ちは良く分かるよ。」

「はあ。あのお~、それでは、お聞きしてもいいですか?」

「ああ、良いよ。」

「あの~。例の取引のことですが、どうして私の知らないところで話をまとめたのですか。

 私って、交渉相手としては頼りないのでしょうか。」

「そのことだが、海賊の取引は一生かけての長い取引だということは、聞いたかい?」

「はい。お聞きしました。」

「それでねぇ、・・・

 うん!? ギルバート、なんでお前がまだそこにいるんだい!?

 さっさと、船長室を出なさい。

私は茉莉香さんと二人だけで話したいと言ったんだよ。」

 

 メ―フラワーは、孫のギルバートを船長室から追い出してしまった。

「さて、茉莉香さん。今度は私から聞こう。

 あなたは、一生モノの海賊の取引ができるためには、どういう条件が必要だと思うかい?」

「はい。それは分かります。

 それは、これからもずっと海賊をやっていて、いずれ、借りを返してもらう機会があるだろうと、相手に信頼されることが必要だと思います。」

「鋭いねえ、そのとおりだよ。」

「それで、わたし、ずっと、ずっと、これからも海賊をやっていくつもりなんです。

 私のその思いは、わかってもらえないのでしょうか。」

「そうだね。

悪いけど、女の私でも、今のあなたに対しては、そう思うね。」

「なぜですか。私、そんなに頼りないですか。

そう思われていると思うと、なんか悲しいです。」

茉莉香は、涙ぐんできた。

「そうじゃないよ。じゃぁ、ハッキリ言おうか。

 それは、あなたには、若い女性の特権、自由があるからだよ。」

「ええ!? 『自由』ってなんですか?」

「自分の運命、人生を、自分の好きなように決められる『自由』さ。

 特に、お前さんの『自由』は、一等星のようにキラキラ輝いて、眩しい(まぶしい)くらいだよ。」

「はあ~? 何の自由ですかぁ。

わたし、いきなりそう言われても、ピンとこないんですが。」

「そうかい。それじゃあ、別の言葉で、もうちょっと具体的に言おうか。

お前さん、この一年の間に、四人の王子様からプロポーズされたんだってなぁ。」

「はあ、もう、その話ならば・・・・。」

「お前さんの気持ちは、聞いているよ。

でも、お前さん、もしもそのうちの一人の話を受ける気になったら、海賊を辞めていたかもしれないだろう・・・。」

「それはそうですが・・・。私、そんなつもりは無くて・・。」

「それは分かっているよ。

でも、お前さんと取引をしようと考える海賊たちは、これからもお前さんの気持ちがずっと同じだとは、思えないのさ。

だって、普通の女の子なら、王族のお妃様になるような良い話を断るはずがないだろう。」

「はあ・・・。」

 

 茉莉香は、そこまで聞くと黙り込んだ。

 そして考えた。

『そういえば、チアキは自分が銀河帝国の女王の娘だと知って以来、そのことを当然のように受け入れて、王女として振る舞っている。

 自分と違い、海賊の娘として育ったにもかかわらず、海賊の娘という過去へのこだわりは無いように見える。

 みんなそう考えるのだろうか。

王族になるということは・・・・。』

 

 しばらく考えた後に、茉莉香は言った。

「・・・・

でも、私は違います。

 私は、父が亡くなって弁天丸の船長候補になったと知らされた時、断ることもできたんです。あのまま、海明星で女子高生やって、そして女子大生になって、普通の娘として暮らすこともできたんです。

 でも、私は、自分の意志で船に乗りました。

私は海賊になろうと思って、父の後を継いで海賊船の船長になったんです。」

「そうかい・・・。やっぱり、お前さんは私の見込んだ通りの娘だったねえ。」

「ナハハハ・・・」

茉莉香は少し照れ笑いした後に、真剣な表情で言った。

「あのう、それで教えてください。

 わたしは、どうすれば海賊船の船長さんたちに、一人前の取引相手として認められるのでしょうか。

女の子だから、女だからダメなのでしょうか。」

「そうさなあ、もちろん、女だからダメってもんじゃないよ。

その答えは、女でも一人前の海賊として一生、生きていく覚悟を誰にでも分かる形で示すことだよ。」

「具体的には・・・結婚とか、そういうことですかぁ。」

「それも、一つの方法だよ。

海賊の子供でも産めば、誰もが認めるだろうがね・・・ハハハ。

 そんなことより、なにより、お前さんは、今、自分の進路について、迷っているだろう。」

「それは・・・・。」

「その迷いが、海賊のヤツラにも見えているんじゃないかなあ。」

「見透かされているのでしょうか。」

「そういう言い方は、嫌いだなぁ。

 お前さんは大事にされているんだよ、あんな荒くれ者たちからも、ね。

 みんな、お前さんが覚悟を示すのを待っているのさ・・・。」

「はあ・・・・。」

「よく考えてごらん。自分のことを・・・

 自分の気持ちに正直に・・・。」

「メイフラワーさんは、母と同じことをおっしゃるんですね。」

「そうかい。私は、あなたのお義祖母さん(おばあさん)のつもりなんだけどね。

・・・ハハハ。」

「ウフフフ・・・。」

 茉莉香もつられて笑ってしまった。

 

 通信を終えた茉莉香は、ブリッジへ向かった。

 茉莉香は艦内の通路を歩いている途中も、先ほどの会話のことを考えていた。

『結婚かぁ・・・・』

『子供を産むかぁ・・・・』

『はあ・・・』

 

 途中で二人の女性乗務員とすれ違ったが、茉莉香は考え事にふけって、気にも留めなかった。考えていたことをうっかり口に出してツブヤいたことも・・・。

 だが、女性乗務員たちは違った。

「ねえ、いまの船長の独り言、聞いた!?」

「聞いたわよ。ハッキリと・・・・!」

「ということは、船長もついに・・・。」

「やっぱり、船長が検査で引っかかった理由は、アレだよ、アレ。」

「そうだね。それに間違いないよ。」

なんでも男女の恋愛に結び付けて理解する女の子たちが、ここにもいた。

 

 やがて、弁天丸は時空トンネルを出た。

予想通り、タッチダウン地点は大きくずれていたが、クルーの懸命の天測によって座標を把握し、再び飛び立った。

そして、弁天丸は、無事、目的地のニューアトランティス星に到着し、海難救助の務めを果たした。

 

 

 




 次回は、グリューエルが銀河帝国の秘密を求めて、動き出します。

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