宇宙海賊キャプテン茉莉香 -銀河帝国編- 作:gonzakato
チアキは、茉莉香とグリューエルにこの話を聞かせます。
話を聞いたグリューエルは、マリア王女の王族の中で孤立した境遇に、共感を覚えます。
そうはいっても、女子大生になった三人は、大忙し。
その中で、チアキはグリューエルに自分の気持ちに正直になれと言います。
さて、その結末は・・・。
グリューエルの恋は、第23章「茉莉香とグリューエルの進路」の続きです。
7 「海賊」たちの母船
海賊たちの母船と運搬船は、亜空間を飛行して、恒星系SS-56008から一光年ほど離れた宇宙空間にタッチ・ダウンした。
「よし、どうやら振り切ったな。」
長老ジャコモはそう言い、ブリッジのデーヴィット船長は、だまって肯いた。
「あ、船長。後方にプレ・ドライブ反応があります。船が出てきます。」
「ええ! まさか、追いかけてきたのか?」
まもなく、母船、すなわち海賊船の後方に、一台のシャトルが現れた。
「こちら、宇宙大学考古学調査隊の連絡シャトル、パイロットのアンナ・フェリーニです。
デーヴィット船長、そちらの船に乗船の許可を求めます。」
「だめだ。帰れ。」
長老ジャコモが言った。
「ジャコモさん。聞いてください。
マリア主任は、そちらが許可しないなら、力づくでも乗り込むとおっしゃっています。
失礼ながら、貴艦の現状では、体当たりの強襲上陸を受けると船体に重大なダメージが発生するのではないでしょうか。
私どもはあなた達やご家族のみなさんを傷つける意図はありません。
マリア主任がデーヴィット船長との面会を求めているだけです。」
アンナが言った。
「今度は、脅してきやがった。アイツ、本性を出してきたな。」
「もういいわ。
向こうが本気なら、この船では抵抗できないわ。
これも、サンタ・マリア号と名付けられたこの船の運命なのかしら。」
彼女は、この船のドアに銀河聖王家の王族に対する自動認証機能がついていることを知っていた。
250年前に、この船が当時最高の豪華客船として作られたときの進水式には、聖王家の王女様をお招きして、彼女により盛大に支綱切断(しこうせつだん)の儀式が行われたという。
その時、王女様の異例の行幸を喜んだ船のオーナーが、この船のドアに、軍艦のような自動認証機能を付けたという。
『王女様、いつでもこの船にお越しください』と。
これをいたく喜んだ王女は、この船に自分の名前を与えたという。
『サンタ・マリア号』の誕生である。
250年後、その機能により、船のコンピューターは聖王家の末裔であるマリア王女を認識し、ドアを開けたのだった。もちろん、進水式に臨席したマリア姫とは同名だが別人である。
「その後、移民船に改造されて、そして私たちの船になってもその機能が残っていたのね。
でも、デーヴィット、貴方の立場は分かっているでしょう。」
黒い喪服姿の老女が言った。
「はい。お母様。自分の立場は十分、承知しています。」
やがて、ドッキング・ブリッジが二つの船を結んだ。
そして、マリアとアンナの二人は、ドッキングブリッジを通り、海賊船のドアの前までやってきた。
ドアの前に立った二人に、海賊船の内部から声が聞こえた。
「私は、この船に乗る民(たみ)の族長を勤めております、テレサと申します。夫亡き後、族長を勤めております。
最後のお願いを申し上げます。
この船は、お嬢様にお乗りいただける素性のものではございません。
どうか、そのことをご賢察いただき、お帰り下さい。」
「おっしゃりたいことは、わかります。
でも、私は、デーヴィットに会いたいのです。会って、言いたいことがあるのです。
ドアを開けてください。」
「そうですか・・・。
では、仰せに従います。
しかし、船のドアは、お嬢様自らお開き下さい。そして、お嬢様の御意志でお乗りください。
この船には、お嬢様に乗船の許可を差し上げることができる者はおりません。
そして、それは、はるか昔にこの船が名づけられた時から決まっていることです。」
「テレサさん、私はあなたの船の歴史は知りませんが、お話は分かりました。
今、私は、私の意志であなたの船に乗ります。」
そう言うと、マリアはドアのキーを押した。
少しの間をおいて、ドアが開いた。
ドアの向こうには、黒い喪服姿の老女がひざまづいて、頭を床に着けていた。
「テレサでございます。
船長室は、こちらでございます。」
老女は、顔を上げると、船の奥を指差した。
そして、マリアとアンナの二人は、ジャコモに先導されて船長室に向かって船の中を歩き出した。
その途中、あちこちのドアの陰や廊下の角から、大勢の男女や子供たちが二人の姿を覗いて(のぞいて)いた。女たちの中には、両手を合わせて祈っている者もいた。乗員たちの中は、自分たちが銀河帝国に捕獲されたのかという不安が広がっていたからだ。
やがて二人は、船長室の前までたどり着いた。
「こちらです。」
ジャコモに促されて、二人は船長室に入った。
「やあ。いらっしゃい。」
船長室の応接椅子から立ち上がったデーヴィット船長は、二人に対して何事もなかったように声をかけた。
これに対して、マリアも何事もなかったような挨拶を返そうとした。
しかし、彼女の心の中に、いろいろな思いが同時に湧き上がった。自分を騙して船から追い払った非礼な振る舞いに文句を言いたかった。他方、船長が行方不明と聞かされてどれだけ心配し、つらい思いをしたか、聞いてほしかった。
このため、彼女は興奮して言葉に詰まってしまった。
やがて、マリアは、叫んだ。
「なぜ、私に会おうとしなかったの。
バカ、バカ、バカ~~~。デーヴィットのバカ~~~!」
そう言って、応接セットの机の上にあった小物や椅子のクッションなどを手当たり次第にデーヴィット船長に投げつけ始めた。
「バカ、バカ、バカ~~~。
あなたが行方不明と聞いて、私がどれだけ心配したと思っているの。」
マリアは、あいかわらず船長室のものを次々と手に取っては、デーヴィット船長に投げつけている。ついには涙を流しながら、投げ続けている。
「シャトルであなたを探しに行っても見つからないので、あなたが死んだかもしれないと思って、私がどれだけ悲しい思いをしたと思っているの。
バカ、バカ、バカ~~~。」
それに対して、デーヴィット船長は、何も言わず、投げられたものを受け止め続けていた。
「あんな嘘をついてまで、私から姿を隠すなんて・・・。
私のことを何だと思っているの・・・。」
マリアは、投げるものが無くなると、船長につかみかかろうとした。
しかし、船長に優しく肩を抱かれると、彼の胸で激しく泣き始めた。
この時、船長室には、長老ジャコモ、従者のアルベルト、アンナ、そして遅れてきたデーヴィットの母・テレサがいた。また、船長室の空いたドアから大勢の人がのぞいていた。
テレサは、二人の様子を見ていたが、船長が「すまなかった。」と優しく答えて、マリアの肩を抱いたのを見て、小さく首を振った。
そして、テレサは、他の人に部屋を出るように促し、自分も部屋を出た。そして、船長室のドアを閉めてしまった。
8 チアキの私室(帝都クリスタルスター上の銀河帝国の王宮)
「・・・と、まあ、私がお姉さまから聞いたのは、こういう話よ。
こうして、マリア王女は、宇宙マフィアの大ボスの息子、デーヴィット・レオニーニと結婚したのよ。
そして、私たちが会ったレオニーニ家のグランマがその子供、サーシャがその曾孫(ひまご)に当たるという訳よ。」
チアキは、グリューエルと茉莉香にマリア王女の話を明かした。
二人は、帝国女学院の授業が終わってから、チアキから大事な話があるからと言って呼び止められ、チアキと一緒に王宮までやってきたのだ。
「チアキちゃん、こんな大事なこと、私たちに話しても良かったの?」
茉莉香が言った。
「良いのよ。
母上も、そろそろ二人に話しておいた方が良い頃だとおっしゃってたわ。」
「それって、どういう意味なのかなあ?」
茉莉香が聞いた。
「私が、知る訳ないでしょ。茉莉香、心当たりがあるんじゃないの?」
チアキが言った。
「う・・・ん。心当たりねえ・・・。」
茉莉香は、女王からチアキの海賊ショーの事情を聴かれた時のこと思い出したが、チアキにかかわることなので言えず、わからないふりをした。
グリューエルも何か心に秘めているようで、黙っていた。
「それにしても、完璧に秘密が守られていたんですね。」
グリューエルが感慨深げに言った。
「今でも、第一級の王室機密だからね。そして、疑惑を抱かれないように、綿密な偽装工作が行われたそうよ。
そのために、マリア王女が、聖王家から脱走しようとして、自分で作ったニセの死亡届まで、利用したそうよ。
公式には、マリア王女は、宇宙大学に入る前に事故で死んだことになっているの。
そして、宇宙大学には、マリア・スミスという一般人の女子学生として、入学したの。」
「お姫様の死亡届なんて、そんなこと、簡単にできるの?」
茉莉香が、不思議そうに聞いた。
「もちろん、そんなの、当時も王室にはバレバレよ。
最初は、王女のワガママとして、そんな死亡届は無視されていたそうよ。」
「そりゃまあ、そうでしょうねえ・・・ナハハハ・・・。」
茉莉香は、苦笑した。
「ただ、宇宙大学には、王室からは何も教えなかったそうよ。彼女が、聖王家の、それも青薔薇家の王女であるということとか・・・。
オテンバ姫、マリア王女の意志を尊重するという建前になっていたらしいけど。」
「それにしても、マリア様は、本当にオテンバさんだったのですね。
王家を脱走しようとするなんて・・・私にはとても真似できませんわ・・・。」
グリューエルは、笑顔で、すこしブリッコ気味の相槌を打った。
グリューエルがこんな態度をする時は、本心は言葉通りではないのだが・・・。
「それには、彼女なりの事情があったそうよ。」
「そうなのですか?・・・」
グリューエルが興味深そうに聞いた。
「そうよ。彼女は小さな子供の頃から、独特のカンが鋭くて、突然、何かを感じて、怯えたり悲しんだりすることがあったそうよ。
そのあと、決まって自然災害が起こって大勢の人が死ぬとか、親しい人が事故や病気で死ぬといった事件が起こったそうよ。」
「予知能力なのでしょうか?」
グリューエルが聞いた。
「そんな『能力』は存在しないと、現代科学では結論が出ているでしょ。
ただ、医者の診察では、自然災害については、彼女は気温、気圧、地磁気、電磁波、雲の動き、音などで、普通の人間には感じ取れないはずの変化を感じて、不安を感じていたらしいわ。
でも、何を感じて、人の死を言い当てたかは、研究されたことがないそうよ。そんな研究は、インチキ科学だからね。」
「そうですね。マリア様は、本当に鋭い感性の持ち主だったのですね。
でも、人の死を預言するような行動は、周囲の方々からは、喜ばれないでしょうね。」
「そうよ。それで、ついたあだ名が『聖王家の巫女(みこ)』。
それも、巫女は巫女でも、死神の巫女よ。つまり死神からのメッセージを託される巫女として、陰で恐れられたそうよ。」
「それじゃあ、他の王家の方々とは、・・・・。」
「そうよ。表向きはともかく、本音では仲間外れにされていたそうよ。
不幸の預言なんて、誰も聞かされたくないからでしょ。
その結果、彼女は、王家に居場所がないと感じて、脱走したと思われているわ。」
「考古学という学問を志したのも、そういう影響があるのでしょうか。」
「そうよ。
過去を研究する仕事なら、自分がこれ以上、忌み嫌われることも無いだろうってね。」
さすがのチアキも、ここまで話すと、少し気分が落ち込んできたようだった。
『王女様は、そんな逆境にもめげず、御自分の道を切り開き、愛を貫かれたのですね。』
グリューエルは、チアキの話を聞いて、胸が締め付けられる思いがした。
こういう話を聞くと、今までの自分なら
『銀河帝国の聖王家と宇宙マフィアのレオニーニ家は、仇敵とも言える関係。
その壁を乗り越え、両家のプリンセスとプリンスが、強い愛情で結ばれたのですね。
きっと、一目ぼれでしょうねえ。
真実は、お芝居よりもはるかにロマンチックですわぁ。』
といって、目を輝かせただろう。
しかし、もうそんな気分になれなかった。
マリア王女は、いまのセレニティの王宮における自分と同じような立場におかれていたと思ったからだ。
今や、セレニティ王国では、改革の熱がまったく冷め、保守派・王制派が完全に復活していると聞いている。それなら、もはや祖国の王宮には、改革派の自分の居場所は無いのだから。
「ねえ、ねえ。その話、すごい話だねえ。
魚料理のこととか、まるで、実際に見てきたようなリアルな話だね。」
茉莉香が驚いて、そう言った。
グリューエルと違い、茉莉香の表情はいつものように明るい。
「それについては、私も、茉莉香と同じように、疑問があってね。
とにかく、母上は詳しく知り過ぎているのよね。まるで、自分が、その場にいて、すべてを見ていたみたいに。
だから、まだ、何か、私たちに隠しているのよね。」
チアキが言った。
茉莉香が魚料理の話をして、グリューエルは、いっそう胸が締め付けられる思いがした。
自分にとっても、その魚の運命は他人事ではないと思われたからだ。
『氷の下の、暗黒の海に閉じこめられても、生き続ける魚。
それは、宇宙マフィアである自分たちの境遇に似ているとデーヴィット船長は思っていたのだろう。
だから、王女様にその魚の料理を出したのは、自分たちの正体をそれとなく教えるつもりだったのだろう。
そして、王女様は、その話に共感したのだろう。
自分も、同じような境遇だと・・・。』
グリューエルがそんな思いにひたっていると、茉莉香が唐突に言った。
「あっ、いけない。もうこんな時間。
さあ~~、研修の時間だぁ。」
そう言って、茉莉香は背伸びをした。
「わたしもそろそろ・・・。」
グリューエルがそう言いかけた時に、チアキが言った。
「茉莉香。セリフが違うわよ。
『さあ、海賊の時間だぁ』じゃないの!? フフフ・・・」
チアキが笑った。
「違うよ。ひどいなあ。
これからは、大人の女になるためのマナー研修のお時間。
新しい弁天丸の進水式と、お披露目(おひろめ)パーティの日が迫っているからね。
その時までに、お客様に失礼のないように、私も少し大人の船長になっておかないとね・・・。」
茉莉香は、このところ、王宮や銀河帝国の中枢を担う人達と付き合うためのマナー、常識というものを必死に学んでいる。その講師には、王宮の意向で、王宮の元女官長達だけでなく、銀河聖王家白薇家の大奥様、つまりアレックス王子の祖母も加わっているという。
茉莉香は、こういう研修は、自分が大人として弁天丸船長の務めを果たすために必要だと思っているようだが、グリューエルの見方は違った。
『ついに始まりましたわね。
これは、茉莉香さんへの密かなお妃様教育ですわね。
ご本人は、まったく自覚していらっしゃらないようですけど・・・。』
「ホント。この頃の茉莉香は、急に勉強熱心になったのよねぇ。
なんだか、私だけ置いてきぼりになったみたい。」
チアキが言った。
「そんなことないよ。
チアキちゃんの方こそ、公務で忙しくて私たちとお茶するヒマがないじゃないの。」
「それについては、すっかり、姉さまに騙されたわよ。
アイツ、少しだけ、公務を代わって欲しいと言っていたのに、最近はカレシのことが最優先で、結局、私が全部受け持つ羽目になっているのよ。」
「そうかあ、みんな忙しくなったんだねえ。
今にしてみると、部活が終わって、部室やランプ館で一緒にお茶するなんて、本当に楽しくて、貴重な時間だったんだよねえ。なつかしいなあ。」
茉莉香が言った。
「そうだねえ。あのころは、楽しかったねえ。
女子大生になっても、あんなふうに、のんびりとお茶しているヒマがあると思っていたんだけどねえ。」
「ウフフフ・・・。それはお二人がフツーの女子大生ではないからですよ。
では、わたしもそろそろ、お暇(いとま)しないと・・・・。」
グリューエルが言った。
「グリューエルまで早く帰りたがるって、ゼミの予習のためなの。」
「はい。」
「へえ~~。ほんとスゴイ勢いで勉強しているわね。さすがね。」
チアキが言った。
「いえ、そんな。チアキさんこそ、本気の本気で、恐れ入りましたわ。」
チアキも、ゼミでは熱心に勉強している。高校時代とは別人のようだ。
「じゃあ、チアキちゃん。そろそろ行くね。」
「行くって、茉莉香。待ちなさいよ。
あなた、また、その格好でマナーの研修に行くの?
私の服を貸してあげるから、着替えなさいよ。」
チアキが言った。
実は、茉莉香は、今日も帝国軍の制服姿で大学に通学してきたのだった。研修もそのままの格好で行くつもりだった。
「ええ!? この格好でイケナイの?
大学でも、研修でも、私の制服姿、カッコイイと好評だよ。
それに、毎日、違う服を着ていくほど、私、たくさんの服を持ってないもの。」
「軍服で通学なんて、女子大生には、コスプレみたいで、物珍しいからでしょ。
一応、その軍服、コッキー・シャネルの作だし・・・・。
でも、研修講師の人たちにも好評なんて、ヘンねえ。
茉莉香、誉められたっていうけど、なんて言われたの。」
「ええ、自分で言うの?・・・ちょっとはずかしいけど・・・。
あのね、
『茉莉香さんは、何を着てもお似合いですね』と言われて、誉められたよ。」
「ううう・・・・。茉莉香。
その言葉は、『その服、TPOに合ってない』って意味の皮肉よ。
わかってないの。茉莉香。」
チアキが、頭を抱えて、言った。
「ええ!! そうなの?
ナハハハ・・・。
チアキちゃん、どうしよう。ねえ、ねえ・・・。」
茉莉香は苦笑いして、チアキにすり寄ってきた。
「しかたないわねえ。今日は、私の服を着て行きなさい。
ほら、こっちへ来て。・・・・」
チアキは、茉莉香を自分の衣裳部屋に案内し、着替えさせた。
やがて、茉莉香はシックな紫のワンピースを着て、グリューエルの前に現れた。
「どうかしら、グリューエル?」
「とてもよくお似合いですよ。胸のアクセサリーが可愛いですね。
私としては、ミニスカでないのが、残念ですけどね。 フフフ・・・」
「うん。これで今日は、何とかなるわね。
茉莉香、これからも、ちゃんと着替えて研修に行きなさいよ。」
チアキは茉莉香の衣装を確認して、言った。
「でも、私、そんなにたくさんの服を持ってないよ。」
「だから、前から、たくさん服を作りなさいって、言ってるでしょ。」
チアキは、相変わらず、茉莉香の世話を焼いているようだ。
「でも、チアキちゃんみたいにたくさん作ったら、私の部屋が服でいっぱいになっちゃうよ。」
「だから、私の隣の部屋に住みなさいって、前から、言っているでしょ。
その方が何かと便利だって、言っているでしょ。
服だって、私のものを貸してあげられるし・・・。」
「王宮に住むのは、ちょっと・・・・ねえ。」
「茉莉香、遠慮しないでよね。
なんか余計なこと考えてない? 心配無用よ。」
「それは、今は、考え中ということで・・・
そにかく、今日は、ありがとね。チアキちゃん。
じゃあ、行ってきます。」
いつものように明るい笑顔でそう言うと、茉莉香は出かけて行った。
茉莉香を見送って、グリューエルも席を立とうとしたとき、チアキが言った。
「ねえ、グリューエル。
あなた、我慢しない方が良いわよ。辛いだけよ。
全力で、茉莉香に勝負を挑みなさいよ。」
「私は何も・・・・。」
「何も言わなくても、この頃のあなたを見てれば、わかるわよ・・・。
たとえば、アメリア姫を御覧なさいよ。
アイツ、エドのことをまだ諦めずに、私に勝負を挑んでくるでしょ。
こっちは、関係ないって言ってるのに・・・。
でも、アイツのそういう一途(いちず)な性格と行動は、時々、良いなあって思うのよね。」
「そうでしょうか。」
「そうだよ。
だから、貴方の場合も、きっと、茉莉香もわかってくれるよ。」
「あのう、私は、大学生と言ってもまだ16歳で、あの方にはまだ子供だと思われているのではと・・・。」
グリューエルは視線を落として、自分の胸元を見た。
「自信を持ちなさいよ。
王族の、特に女性の婚約は、一般人よりも早いわよ。
あなたくらいの歳では、早くないわよ。」
「それは、わかっていますが・・・。」
「私はねえ、こう思うの。
あなたが自分の気持ちに正直に振る舞うのも、茉莉香のためだと思うの。」
「ええ!?」
「だって、茉莉香はギルバートとアレックスの二人から結婚申し込まれているのに、相変わらず結論を出さないまま、二人とも弁天丸に乗せようとしているでしょう。」
「そういうことになりますよね。」
「そんなことを何時までもやっていると、最後には二人とも目の前からいなくなって、茉莉香の方が泣く羽目になるわよって、私が言っても、今の茉莉香には決められないのよね。
しかし、グリューエルの気持ちを茉莉香が知れば、茉莉香が自分の気持ちを自覚するキッカケになるかも知れないと思うのだけどね。
どうかしら、こういう考え方は?」
「そんなものでしょうか・・・・。」
グリューエルは、力なく、下を向いた。
今のグリューエルには、そんな大胆な行動をとることは、考えられなかった。
9 グリューエルの私室(セレニティ王国大使公邸内)
グリューエルは、帝都に来てからはセレニティ王国大使公邸と言われる、大きな屋敷の中に自室を与えられている。
大使公邸と言っても屋敷の管理者が外交特権を持つ大使であると言う理由でそう呼ばれているだけである。しかし、帝都に来る王族は、すべてこの屋敷に滞在するのが慣例になっている。そのために、離宮と言っても良いほどの華麗な屋敷となっている。
その自室で、この頃、グリューエルは、帝国女学院のゼミのために、日夜、必死に勉強している。
そのゼミとはもちろんグリューエルの希望で設けられた『惑星開発学』のゼミナールである。ゼミは週二回行われている。惑星開発に関連した、幅広く、たくさんのテーマが取り上げられ、講師はテーマごとにその分野で最も優れた学者や実務家が担当することになっている。だから、テーマごとに講師も次々と変わる。
もちろん、ゼミには、グリューエルだけでなく、チアキ、茉莉香、クリスティア王女、ブルック王国のバレンシア王女も参加している。
しかし、最近、グリューエルとチアキの勉強ぶりが際立っている。
他の参加者の勉強ぶりは、グリューエルが事前に予測していた通りになった。
茉莉香とバレンシア王女は、大学以外にもいろいろと忙しく、予習もままならない有様である。ただし、討論になると、二人とも度胸と言うか、決断力と言うか、なかなか鋭い発言を連発して講師たちを感心させている。
クリスティア王女は、最初は気合が入っていたが、途中から関心が薄れてしまった。理由は言うまでもない。チアキからは、『まさかのイロボケ』と酷評されているが・・・。
ゼミには、予習をして、つまり事前にあらかじめ指定された多くの文献、資料に目を通し、疑問点を整理したうえで、臨むことになっているのだが、グリューエルはそれを完璧にこなしていた。
グリューエルがそこまで頑張るのには、彼女なりの覚悟がある。
『自由な時間が与えられているうちに、出来る限りのことを学んでおきたい。』
彼女は、自分に与えられる『自由な時間』は、そう長くはないと思っている。だから、少しの時間も惜しんで、学んでいた。
しかし、この夜のグリューエルは、夕食後に勉強を始めたものの、途中で資料を読むのをやめて、考え事を始めた。
先ほどのグリュンヒルデからの電話で心が騒いで、今晩は落ち着いて勉強する気になれなくなったからだ。
グリュンヒルデの話では、王制派の人たちは、『薔薇の泉』の再建を、ついに考え始めたという。
『薔薇の泉。
あんなおぞましいものを、また作ろうと言うのですか。
神をも恐れぬ、悪魔の所業ですわ。』
グリューエルは、怒りが込み上げてきた。
あの時、自分は茉莉香の弁天丸に助けられ、祖先の移民船である「クイーン・セレンディピティ」に乗り込んだ。その目的は、『薔薇の泉』を命懸けで破壊することだった。
薔薇の泉、その正体は人工子宮。王家に優れた人材を供給し続けるために、選ばれた受精卵を保存、そして出生させるための大掛かりな装置である。
優れた人材の輩出は王家存続のための必要不可欠の条件だと、教えられてきた。なにより、自分もそうやって生まれてきた。
だが、それは本当に必要なものだろうか。
王制であろうが共和制であろうが、国民の支持を失えば、いずれ体制は転覆してしまう。
その現実に気が付いたからこそ、自分は王制存続の仕掛けである薔薇の泉を破壊しようとしたのである。自分の命を懸けて薔薇の泉を破壊し、王族の人々に目を覚まして欲しかったのだ。
『私のあの命懸けの戦いは、どういう意味があったのでしょうか。』
グリューエルは、セレニティ王宮の現状にさらに失望した。
『それにしても、セレニティ王家のどこを比べても銀河聖王家にはかないませんわ。
本当にすばらしいですわ。』
今のグリューエルは、どうしても、祖国のセレニティ王家と、銀河聖王家を比較してしまう。
もちろん、その権力や富の大きさが祖国とは比較にならないことは以前から知っていた。
とはいっても、それまで、銀河聖王家は、はるか遠くの存在でしかなかった。
しかし、白鳳女学院ヨット部の練習航海に参加して、公爵の反乱を治めた女王を始めとする銀河聖王家の手際を自分の目で見た経験は衝撃だった。
王族の人材の優秀さ、豊かさだけでなく、王家を支える体制の盤石さ、国民の支持という面でも、祖国とは比較にならないことを思い知らされた。
だからこそ、グリューエルの祖国への失望は深く、大きくなる。
それに反比例して、銀河聖王家への憧れが強くなる。
『チアキさんも、このごろ本気の本気で、勉学に取組み、王女としての公務も担っていらっしゃいますわ。だから、ますます銀河聖王家の王族として輝きを増してきましたわ。
やはり、血は争えないものですね。
素敵ですわ。
アレックス様も、きっとそうなのでしょうね。
初めてお会いしたときに、その輝きに圧倒されましたもの。』
グリューエルはさらに想像をめぐらした。
なぜ、どうやって、銀河聖王家は、あれほど優秀な人材を次々と輩出し続けることができるのだろうか。
自分が目の当たりにした範囲でも、女王陛下とその王位継承者である娘二人の、人間としての能力、資質は本当にまばゆいばかりだ。
一方、セレニティ王国の場合、仮に、薔薇の泉を復活させたとしても、果たして、それにどのよう意義、効果が見込めるのだろうか。
例えば、これまで、薔薇の泉は、銀河聖王家に匹敵するような優れた人材をどれだけ輩出してきたのだろうか。そして、新しい薔薇の泉は、これから、どれだけの人材を輩出することができるのだろうか。
『もっと、銀河聖王家の事情、歴史を知る必要がありますわね。
まだまだ、チアキさんやクリスティア様も知らない秘密があるのでしょうね。』
例えば、グリューエルでも、銀河聖王家の「自動認証システム」が、いったいどういう仕組みなのか、見当もつかない。マリア王女の場合は、250年あとの子孫である彼女まで識別したという。それだけでなく、チアキ王女やクリスティア王女のように、隠された秘密の王女までも識別したと言う。そのような仕組みの正体は、いったいなんだろうか。
一方、セレニティの王族の認証システムの鍵は、公表されている遺伝子IDだった。
それは、グリューエルの遺伝子IDによる認証をクイーン・セレンディピティが受け入れたことから、弁天丸のクルーに薔薇の泉の仕掛けを気づかれてしまう程に、簡単なことに過ぎなかった。
『そのためには、聖王家の方々と、もっともっと親しくなる必要がありますわ。
あの方も含めて・・・。
・・・・
ああ、そうですわ。良いことを思いつきましたわ。
白鴎女学院の卒業記念ダンスパーティの時にお聞きしましたが、あの方が海明星にいらっしゃったのは、宇宙医学会での研究発表のためでしたわよね。
その時、いったいどういうことを発表されたのかしら。
その発表論文に目を通しておく必要がありますわね。
次にお会いしたときのために・・・。フフフ・・・・。』
そう思うと、グリューエルはすこし楽しい気分になった。