宇宙海賊キャプテン茉莉香 -銀河帝国編-   作:gonzakato

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 宇宙海賊キャプテン茉莉香、いよいよ最終章です。
 茉莉香は、帝都に出発します。
 見送りには、いろいろな人々が現れます。
 茉莉香の前に、父、加藤ゴンザエモンも、見送りに現れます。
 そして、帝都では、茉莉香を待っている人もいます。


第二十八章 出航の日

28-1 加藤茉莉香邸(新奥浜市・海明星)

 

 卒業式の次の日も、空は青く、少し肌寒いが、空気はすがすがしかった。

この日、茉莉香は、自宅を朝早く出て、私掠船免状に関する住所変更の手続きと帝都へ引っ越す挨拶のため、海明星行政府の関係するお役所を回った。

 

 三年前、初めて海賊船の船長になるときには、ミーサに連れられて、訳も分からず、いろいろな所に引っ張りまわされたという記憶しか残っていない。

 しかし、今日は、警備の女性兵士は随行しているが、ミーサはいない。お役所は、自分一人で回っている。しかも、行先の部署も、日頃いろいろな関係で接触があり、担当者も、顔なじみになった人が多い。

 やはり、この三年間の違いは大きい。だから、茉莉香の姿を見つけると、役所の人たちから、声がかかり、みんなが笑顔を向けてくる。

しかも、どこに行っても、茉莉香の扱いが違う。お役所にしては、最上級の対応と言ってもよかった。

 それには、海明星行政府なりの理由、思惑があった。

 

そもそも、茉莉香は、帝国海賊の免許をもらった時に、海明星行政府の私掠船免状を返上しようとした。

 しかし、行政府は免許の返上を認めなかった。私掠船免状という彼女との唯一のつながりを維持しようとしたのである。

 しかも、私掠船免状を維持してもらうため、免許には、帝国海賊としての弁天丸の行動に一切制約をつけず、帝国海賊としてのいかなる行動も、私掠船免状の免許条件に適合した行為とみなすという破格の条件までつけられた。

 なぜなら、行政府にとって、加藤茉莉香が、帝国海賊の免許をもらい、キャプテンになったこと以上に、たった17歳で帝国軍の大佐、しかも第一艦隊の司令官である第一王女の副官という、公式の世界で王族並みの破格の処遇を受けたことが、衝撃だったからである。第一王女は、銀河帝国の第一順位の王位継承者であるため、茉莉香は、今後、銀河帝国の中枢への影響力を強めていくのは間違いがないと思われたからだ。

 このため、彼女とのつながりを維持することは海明星にとって大きな利益になると考えたからだ。

 そもそも、銀河帝国にとって、海明星は辺境の星のひとつに過ぎず、これまでまったく注目する理由もない存在に過ぎなかった。だから、これを機会に、良い意味で海明星に関心を持ってもらいたかったのである。

 

「いやあ、キャプテン茉莉香、ご卒業おめでとうございます。

 いよいよ、帝都へ上京されるのですね。」

「はい。これからもよろしくお願いします。」

 

「今日は、例のコッキー・シャネルの軍服姿ですねえ。

実際にお召しになっているお姿を、初めて拝見しますが、良くお似合いですねえ。」

「いやあ、そう言われると、恥ずかしいですねえ。」

 

「帝都へ行っても、私たちのこと、忘れないでくださいよ。」

「もちろんです。この星は私の生まれ故郷ですからね。」

 あちこちから、茉莉香に声がかかり、茉莉香が丁寧に挨拶をした。

 

 この日、茉莉香は帝国軍の大佐の制服を着て、お役所を回ったのだ。

 女子高の制服は、もう着られない。四月からは女子大生になるが、女子大は私服で制服がない。だからといって、いきなりキャリア・ウーマン風のミニスカ&スーツ姿で行くのも、恥ずかしかった。もちろん海賊船の船長服も、イメージに合わないと思われた。

 結局、警備隊の服を見て、自分も帝国軍の制服を着ていくことにしたのだ。

 

 

 その日の午後になって、茉莉香は自宅に帰った。

 明日の出発の用意をしていると、ブルック王国のバレンシア王女から電話が入った。

 

「いやあ。茉莉香、昨日はありがとう。

 弟たちも、『茉莉香さんと踊った』と、大喜びだったよ。

 それに、弟たちは、海明星の人たちからも、ずいぶん歓迎されたようだね。」

「ありがとうございます。」

「ところで、なあ、茉莉香。

 新しい弁天丸の話も聞いたよ。弟たちも新しい弁天丸に乗りたがっていたよ。」

 少し真剣な表情で、バレンシア王女は話し始めた。

「その話も聞いた上で、もう一度、貴方に確かめたいのだけど・・・。

 というのも、我王国は出来たばかりで、今がその基礎を固める大切な時期だ。

 この時期に、弟の一人と言えども、国を出て船乗りになるようなことは、認めたくない。

 これは、私だけでなく、父、国王も同じ意見だ。

 そこで、茉莉香。あなた、ブルック王国に来る気はないか?

 弁天丸の船長はやめなくても良い。

 こちらに腰を落ち着けて、王国のために働いてくれないか。

 もし、お前さえよければ、弟たちの誰かと結婚して欲しい。お前の夫が次期国王、お前がその妃だ。二人で王国を継いでほしい。これは父の望みでもある。

 私たちはそう思っている。

 そこで、お前の気持ちを聞かせてほしいんだが・・・。」

「王女様、せっかくですが、私の気持ちは既にお聞きになっているとおりです。

 私は、船乗りとして生きていきたいと思います。」

「そうか・・・。」

「ごめんなさい。

 それに、もう約束したんです。」

「ええ!? 婚約したのか?」

「いえ、いえ・・・そっちの方じゃなくて・・・。ナハハ・・」

 茉莉香は、顔を赤くした。

「じゃあ、どういう『約束』なんだ?」

「私、チアキちゃんや女王陛下と約束したんです。

 これからもずっと、チアキちゃんのそばにいるって。」

「・・・・そうか。わかった。

きっと、そうだろうと思っていたよ。

私の方こそ、茉莉香が言いにくいことを聞いて、すまなかったね。

 弟たちにも、父が自分の意向を伝えなくてはならないから、その前に、私からあなたに直接確かめたかったんだ。

 だから、弟たちがあなたに贈った『白百合』の話は、たぶん、これでおしまいだ。」

「ごめんなさい。ご期待に応えられなくて。」

「気にすることはないよ。」

バレンシア王女は、すっきりとした表情で言った。

 

「ところで、茉莉香。4月からよろしくね。」

「ええ!? 何のことですか?」

「4月から、私とクリスティアも、帝国女学院の女子大生になることにしたのさ。」

「ええ~~~!!」

「あはは・・・。そんなに驚くことはないだろう。」

「はあ、その訳をお聞きしてもよろしいですか?」

「いやあ・・・、話は、昨年末の大みそかの夜のことだ。

 私は仕事を終えて、夜遅くに自分の部屋で、一人で酒を飲んでいたんだ。

 それで、ちょっと誰かと話したくなって、クリスティアのヤツに超光速通信で電話したのさ。

 そうしたら、アイツも王宮の自分の部屋で、仕事を終わった後、一人で酒を飲んでいたのさ。」

「ええ! そんなことがあったんですか?」

「ああ。

それで、お互いの近況を話していくうちに、

『こんな夜に、こんな良い女が、一人で酒を飲んでいるのは、なぜか?』

という話になってなあ・・・・。」

「ハア・・・。」

「その原因について、あれこれと二人で話していると、

 クリスティアが、お前たちの女子高、白鳳女学院に女性教師として潜入したときの話を始めたんだ。

あの時は、本当に楽しかったと言っていたよ。

 特に、女子高生の振る舞いを間近で見て、

『なるほど、女の子と言うものは、こういうものか。』

と、わかったと言うのだ。」

「どういう意味ですか?」

「いやあ、お前も知っての通り、私もクリスティアも、家庭の事情で子供の頃から大人に交じって働いて、学校には行かず、教育はすべて通信教育だったんだよ。」

「はい、伺っています。」

「だから、私たちがこうなったのは、女子高にも女子大にも行っていないため『女子力』が足りないからだと分かったんだ。」

「はあ・・・・。」

「あのなぁ。クリスティアがこう言ったんだ。

 

『オトコに関して、自分は、妹のチアキに差をつけられている。

これは、女子力の違いが原因だ。』

 

それに、彼女は、その女子力については、先日、チアキの船に乗って、チアキの寝室を見た時に、自分との違いに、改めて衝撃を受けたそうだ。

チアキの部屋は、女の子らしい、可愛いものが所狭しと並び、いかにもおとぎ話に出てくる御姫様の部屋のようだったそうだ。

それに比べれば、機動空母グランドマザーの自分の部屋は、帝国軍参謀本部の執務室のようだと思ったそうだ。

そして、クリスティアが言うのには、

 

『チアキの女子力は、あいつが小さい頃から、お嬢様の通う学校に通学して大切に育てられたから、身に着いたのだと思う。

 それに対して、自分は子供の頃から、孤児院で大人に交じって働き、今は銀河帝国で男たちに交じって母上に代わって働いている。

 だから、女子力が身に着かないのだ。』と。

 

 まあ、この点は、私も同じような育ちでなぁ、大いに共感するところがあるんだ。

 私も、子供の頃から、父や、元海賊のヤツラと一緒に、惑星開発の仕事をしていたからな。

 私には、『お嬢様』扱いされた記憶はないよ。

 むしろ、私は、女の子だからとバカにされまいと頑張ってきたから、男以上に乱暴に振る舞ってきたさ。自慢じゃないが。」

 バレンシア王女は、自分の思いを一気に語った。

 

「はあ。クリス様のものすごい働きぶりは、私も知っていますが、王女様も同じお立場だったんですね・・・。」

「その点、お前は、海賊の娘と言っても、海賊稼業と関係のないところで育ち、お嬢様学校に通っていたわけだろう。

 だから、うちの弟たちが気に入ったわけだ。」

「はあぁ・・・。」

 茉莉香は、余計な反論はせずに、話の聞き役に徹することにした。 

「そこで、だなぁ・・・、

 私たちが学校に通うとしても、さすがにこの歳では女子高生は無理だろうが、女子大生なら、まだ十分イケるだろうと思ったのさ。

 幸い、グリューエルが女子大に入ってから、惑星開発学を勉強したいと言うので、特別ゼミナール、それも大学院レベルの最高級のものを新たに開設すると言う話を、クリスティアから聞いたんだ。

 やっぱり、三年も飛び級する天才少女は、言うことが違うねえ。

 それに、グリューエルの意向を知った女王陛下から教授の人選に指示が出ていて、銀河系中の各分野から本当にすごい人たちが集められているそうだ。

 そこで、そのテーマなら私も興味があるし、そのゼミナールで学ぶと言う名目で、大学院生として、帝国女学院に入ればいいと思ったのさ。

 結局、その夜のうちに、 

『婚活の為だと言って、面倒な仕事は親に押し返して時間を作り、二人で女子大生になろう』

 ということで、意見が一致したのさ。」

「そうなんですか。では、こちらこそ、よろしくお願します。

 ナハハハ・・・。」

 茉莉香は、そう言って愛想笑いするのが精いっぱいだった。

 

 茉莉香は、酔っぱらってそんな大切なことを決めて良いのかと思った。

 いや、そもそも、女子大生になりさえすれば『女子力』が身について、問題がすべて解決するという「二人の意見の一致」自体が、大きな間違いなのだが・・・。 

 しかし、これまで忙しく働いてきた二人には、もっとゆっくりと過ごす時間が必要なことは間違いではないと、茉莉香も思った。

 

 茉莉香は、電話を終えた後、明日の用意を再開すると、しばらくして、また電話が掛かってきた。

 今度は、ヨット部の先輩、ジェニー・ドリトルからだった。

「茉莉香さん、お久しぶり。

 この間の『最後の女子高生海賊』の興業は、無理なスケジュールだったのに、引き受けてもらって、ありがとう。お礼を言うわ。

 お客さんからは、大好評だったわよ。」

 彼女は、旅行会社フェアリー・ジェーンの社長として、電話してきたようである。

「ありがとうございます。

 プリンセス・アプリコット号のハーレー船長も付き合いの長いお得意様なので、ちょうどよかったですよ。」

「そうね。

 それから、お客様からは、『女子大生海賊の初舞台は、いつか』という問い合わせが、早くもきているわよ。

 弁天丸のスケジュールが詰まっているのは、承知しているけど、そこを何とかしてもらえないかしら?

 船は、同じ、プリンセス・アプリコット号を使うつもりなんだけど・・・。」

「はあ、そういうことなら、スケジュールのどこに挟めるか、ちょっと相談してみますが・・・。」

「ありがとう。持つべきものは、ヨット部の後輩ね。

 ところで、茉莉香さん、いよいよ春からはチアキちゃんと帝国女学院へ入学ね。

貴方は、女子大でもチアキちゃんのそばに居るんだから、これからも、チアキちゃんとエドのこと、応援してあげてね。

 お願いね。」

「もちろんです。

 それに、あの二人、白鳳女学園の卒業式でも、一緒に女王陛下に挨拶していたし、いい感じに進んでますよ。

 結果オーライです。」

「そうね。ほんとに結果オーライね。良かったわ。

 それに、結果オーライは、ヒュー&ドリトル社も同じなのよ。

 貴方も巻き込んでしまった『次期社長争い』は、もう終戦。まったく平和そのものよ。

なんと言っても、エドが聖王家の御姫様と婚約、結婚することになれば、彼を将来の社長、会長にしない訳にはいかないでしょう。

 おまけに、クリスティア王女はあの性格でしょう。

 アイツは、『絶対に』、いえ、『間違っても、結婚できない』と、私も断言できるから、エドとチアキちゃんの子供が王位を継ぐこともありうるのよ。

 だから、私たちも、あの二人を大事にしない訳にはいかないのよ。

 おかげで、私も自分の望み通りの人生を送れるし、叔父のロバートは、チアキちゃんも乗っていた弁天丸を砲撃したことが響いて、刑務所から出てきても会社に復帰できず、引退でしょうね。」

「そうですかぁ。平和になって、よかったですねえ。」

「ところで、茉莉香さん、あなたが帝都の女子大生になると、もうモテモテで、大学生の男の子や大人たちから、いろんなお誘いが来るわよ。パパラッチも盗撮を狙っているわ。 

 注意してね。

 なんたって、弁天丸船長は、人気商売なんですからね。

 まあ、チアキちゃんと一緒にいると、そこは王家がガードしてくれると思うけど。」

「はあ・・・。でも、私、女子大生になったら、ボーイ・フレンドを作ろうと思っているとか、そんな気はありませんから、心配ないかと・・・・。」

「あなたに『そんな気』はなくても、向こうにはあるのよ。そういうものよ、男って。

 気をつけなさい。」

 ジェニーは厳しい口調で言った。

「はあ・・・。」

「まあ、その点は、ガールフレンドの方が安心よね。

 あなたさえ良ければ、紹介するけどね・・・・。」

 ジェニーは、茉莉香の顔を覗き込んだ。

 

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

 二人の間にしばらく沈黙が支配した。

 

 やがて、ジェニーが言った。

「オホホホ・・・、冗談よ、冗談。

 ではまた、帝都でお会いしましょう。」

 そう言って、ジェニーは電話を切った。

『あれは、冗談ではなく、本気だったかなぁ。はぁ~~~』

 茉莉香は、そう思って、ため息をついた。

 

 茉莉香は、電話を終えた後、フェアリー・ジェーン社からの仕事の話をミーサに伝えた。そして、一休みしていると、また電話が掛かってきた。

 今度の電話は、帝国軍の秘話回線を使って、クリスティア王女からだった。

 

「いよっ、茉莉香。卒業おめでとう。

 いよいよ帝都に来てくれるんだね。」

「はい。明日、こちらを出発しますから、ミルキーウエイなら、明日中には帝都に着きます。」

「そうかい。

 それなら、直接会って話した方が、良いなあ。

 こちらに着いたら、一度、私のところに顔を出してくれないか。

 弁天丸船長としてのあなたに、頼みたいことがあるんだ。」

「はい、どのような御用でしょうか。

 今、弁天丸のスケジュールが立て込んでいまして、・・・。

 お差支えなければ、少しだけでも教えて頂けると、スケジュール調整に早く取り掛かれると思うのですが・・・・。」

「まあ、具体的なスケジュールを立てるのはこれからだが、私のプランを具体化する手伝いをしてほしいんだ。」

「その『プラン』って、何ですか? まさか婚約式とか、結婚式とか・・・・。」

「お前、私をからかっているのかぁ?

 チアキと違って、そう言う可能性のある話が、まったく無いから、女子大生になることにしたんじゃないか・・・・。フフフ・・・。」

「いやあ、お許しください。

 バレンシア様からいろいろ話を伺っていたもので、そっちの方のお話しかと・・・。」

「アイツは、茉莉香にダンスパーティのお礼を言いたいと話していたが、結局、そんな話ばかりしていたのかぁ。本当にしょうがないヤツだなあ。

 でも、私は、アイツと違って、遊ぶためだけに女子大に行くわけじゃないよ。」

 クリスティア王女は、少し強がって言った。

「大学院の『惑星開発学』の特別ゼミナールが準備されているのは聞いているかい?

 あれは、グリューエルのためだけではないのだ。私もためでもあるんだよ。

 私は、そこで学んだ成果を生かして、一つのプランを作ろうと思っているんだ。」

「何か、新しい惑星開発のプランをお考えですか?」

「茉莉香。私が、何を考えているか、当ててみろ。

 お前の『勘』の良いところを見せてもらおう。

 まずは、場所だね。銀河の何処だと思うかね。」

 

 そう言われて、茉莉香は考えた。

 今、銀河の辺境地域は、開発ブームになっているという。

 その辺境地域と言えば、王女ならば、恩返しのために自分の育ったランバート星系の開発を考えても不思議ではない。

 でも、その答えは、平凡すぎる。

 王女の口ぶりでは、何か、もっと、人を驚かすような壮大なことを考えているはずだ。

 なにせ、彼女は、銀河系を支配する強大な銀河帝国の王位継承者なのだから。

 

 そこまで考えて、茉莉香は『方舟(はこぶね)』という言葉を思い出した。

 その言葉を、茉莉香は練習航海の時に聞いた。それは、古代宗教の神話に出てくる、地上の生き物を大洪水から救った船のことだという。

『そうだ。あの時のようにグランドマザーのことを方舟と呼ぶなら、王女様は方舟を作ることを命じた神様の役割を果たそうとしているかもしれない。

 でも、今時、大規模な移民船が必要なことと言えば・・・・。』

 茉莉香は答えがすぐに浮かばなかった。

『ミルキーウエイの建設により、宇宙移民による大航海時代は終わりを告げるはずではなかったか?

 だから、もう、方舟のような大規模な移民船は必要ないはず・・・。』

 そう考えた時に、茉莉香は、一つのことばが浮かんできた。

 

「王女様、場所は銀河中心の紡錘状星雲、つまり核恒星系ですね。」

「ほう、茉莉香はいつも面白いことを言うなあ。

 その理由を聞かせてくれ。」

 王女は、少し得意げな表情で言った。

「『遷都』をお考えだから、でしょうか?」

「ハハハ・・・。お前は面白いことを言うなあ、いつも。

 その発想は、どうやって思いついたんだ。」

 王女は、笑顔で言った。

「はあ、練習航海の時に、ジェニファー・ブラウンさんが、機動空母グランドマザーのことを、『約束の方舟』とおっしゃっていたのを、思い出したからです。

 ジェニファーさんもおっしゃっていたように、銀河帝国は、赤色巨星レッドクリスタルからの避難体制を常時確保するという負担を負っています。これは銀河帝国の宿命です。

 そして、その宿命から逃れるためには、遷都が一番抜本的な対策だと思ったからです。」

「なるほど、自分で考えて、その結論にたどり着いたのか。

 さすがだな、茉莉香。」

「ええ!? やっぱり本当に遷都をお考えなんですか?」

「そうだ。

 前から、母上は、私が銀河帝国の王となった時に何をするか、ライフワークを今から考えておけと、私に言っておられる。

 遷都は、その問いに対する私の答えだ。

 母上の場合は、アンドロメダ大航海がライフワークだ。

 そのために安心して旅立つことができる条件を整えようと、銀河の辺境宇宙の統一と銀河の中心である聖王家の再統一を図ろうと考えられた。

 その結果、宇宙マフィアは宇宙開拓時代からの『宿命』から逃れることができた。

 では、私は王になって何をライフワークとするか?

 そこで、考えたのが、お前の言うとおり、銀河帝国をその宿命から解放することさ。」

「なるほど。

 でも、遷都なら、昔から様々なプランが考えられたはずですよね。」

「そうだ。

 でも、どれ一つとして、実現しなかった。

 なぜだと思うかな?」

「う~~ん、費用の問題かなあ、そのために税金が重くなるのは困るし・・・・。」

「遷都の費用なんて、戦争に比べれば安いものだと思うよ。私は。」

「ナハハ・・・。

 では、なんでしょうか?

 可住惑星の資源の豊かさや惑星の自然環境の良さかなぁ・・・」

「今は、宇宙開拓時代と違うぞ、茉莉香。

 惑星の天然資源の豊富さは、帝都に必要不可欠な条件ではない。

 ましてや、惑星の環境改造なんて、今の科学では困難なことではないだろう・・・。」

「ナハハ・・・そうですね。」

「ヒントだ。お前が初めて帝都に来た時に、何を思ったか、思い出してごらん。」

「ええ!? 私が、ですかぁ・・・。」

「う・・・ん、

 そうかあ、星空かぁ。

 チアキちゃんと一緒に、レッドクリスタル星系の星空、銀河のネックレスを見て、感動したんです。

 ここが、銀河の中心。私たち、銀河の中心に来たんだって。

 そうですよね。」

「そうだ。

 新しい帝都には、『ここが銀河系宇宙の中心、銀河帝国の首都だ』と、人々が誇りにする何かが必要だ。

 星空が一番分かり易いが、必ずしも、それに限らないだろう。

 今までのプランは、経済性など、ツマラナイことに固執して、そういう感動がないんだ。」

「そうですかぁ。

 それで、私がどうすれば、お役に立てるんでしょうか。」

「ああ、私と一緒に、ここが宇宙の中心だと言える星を弁天丸で探してほしい。

 実は、遷都の候補となる母星はきわめて多いのだよ。

 つまり、現在の科学技術を前提にすれば、移転費用の経済性、宇宙航路の安全性、寿命の長いスペクトルG型恒星系であることなど、誰でも考えつく帝都の条件を備えた恒星は、核恒星系では、ありふれた星なんだ。

 その中から、『これこそは宇宙の中心』と言う星を探したいんだ。

 期待しているぞ、茉莉香。」

「はい。そういう事でしたら、喜んで。」

 

「ところで、茉莉香。

 先ほどの女子大の話だが、せっかく女子大に行くんだから、女子大生としていろいろ『見聞』を広めたいと思っているんだ。

 そう言う希望を、この間、ジェニー・ドリトルと話した際に相談してみたら、アイツが私たちにふさわしい『友達』を紹介すると言ってくれたんだ。

 それで、私とバレンシアだけじゃ息苦しくなるといけないので、茉莉香も一緒に来てくれると、集まりも華やかになって私も楽しいと思うんだ。

 その時は誘うからな。よろしく。」

「それは、大人の男性方との『集まり』と言うことですか・・・・。」

「そうだけど。何か?

 そういえば、ジェニーは、

『茉莉香は、同じ年頃の男の子の方に興味があるはずだから、こういうお誘いは嫌がるのではないか』

 と心配していたので、私は、

『茉莉香は同じ年頃の男の子には興味が無さそうだから、大丈夫。』

と言っておいたけど・・・。」

「だからですね・・・。」

 

 茉莉香は、ジェニーがガールフレンドを紹介してくれると言う話をしたことを王女に話した。もちろん、ジェニーの趣味は話さなかった。

「アハハハ・・・・。

 お前は、高校でも女子に大人気だったから、そう言う傾向かと、誤解されたのか・・・。アハハハ。

 私は、『茉莉香は、オジサン趣味、つまり歳の離れた男性の方を好むから、心配無用。』と言ったつもりだったのだけどね。

 ハハハ・・・ゴメン、ゴメン・・・。」

 クリス王女は大笑いした。

「ナハハハ・・・・。

 それ、ちょっとひどくないですかぁ・・・。

 私だって、普通の女の子ですよ、変わった趣味はありませんよ。」

「そうかい?

 16才から海賊船弁天丸の船長の務めを立派に果たす女の子は、『普通の女の子』じゃないと思うけどねえ・・・。ハハハ・・・。」

「それにしても、王女様は、ジェニー先輩とお親しいのですね。」

「ああ、彼女は、チアキとエドワードとのことを心配してくれて、いろいろ話をするようになったんだ。

 まあ、彼女にとっても、政略結婚の圧力が減って気が楽になるんだろうね。

 しかし、アイツの、あのキツイ性格じゃ、まあ普通の結婚は無理だろう。

 しかも、アノ性格が知れ渡っているので、子供の頃と違って、今となっては政略結婚の話をまとめることすら難しいと、私も思うのだけどねえ・・・。ハハハ・・・」

「皆さんは、ほんとに仲が良いんですねえ。」

「ええ!? 

 仲が良い訳ないだろう。あんなヤツらと私が、・・・。」

 そう言いながらも、クリス王女は微笑んでいた。

 

 茉莉香は、電話で三人それぞれの考えを知って、帝都で自分の進む道が少し見えてきたように思った。自分のことを『誤解』しているところもあるが、三人が三人なりに、自分に好意を寄せてくれているからだ。

 それよりも、茉莉香は、グリューエルが大学に入って何を勉強するか、もうはっきりとビジョンを持っていることを知って、驚いた。

 そして、こう考えた。

 

『グリューエルの希望する特別ゼミナールは、女王陛下が帝国海賊の長老たちの話を聞いて勉強してきたのと、ちょっと似ているよね。

 これが、王様になるための教育、帝王学というものかなぁ。

 やっぱり、グリューエルは、期待されているんだろうなぁ。』

 

 しかし、この時の茉莉香は、海賊たちの陰謀を知らなかった。

 グリューエルが、惑星開発学を学びたいと言うのも、海賊たちの誘いに乗る意思があることをほのめかしていることもわからなかった。

「それに比べて、私は女子大で何を勉強したいのだろうか・・・。

 私も、しっかりしないと・・・。」

 茉莉香は、大人の世界という『広い海』に出て行く不安を感じたが、すぐにその不安を追い払った。

「でも、くよくよしないのが、私のトリエだものね。

 さあ、明日は、出発の日。

 加藤茉莉香、行きま~~す。」

 その夜、茉莉香は、夕食を済ますと、早々と床に就いた。

 

 

 

28-2  加藤茉莉香邸

 

 翌日も快晴だった。

 今日は、茉莉香が海明星を出発する日である。

 

「大佐、出発の準備は出来ております。

 荷物も積みましたし、出迎えの車も外に待っていますよ。」

 警備隊長のジェーンが茉莉香に言った。

 今日の茉莉香は、帝国軍の制服姿だった。

「茉莉香。いよいよ出発だね。見送るよ。」

 母の梨理香が、そう言って、玄関ドアに向かって歩き始めた時だった。

 

 ピンポーン、ピンポーン。

 

 ドアフォンが鳴った。

 応対に出た警備隊の女性が、少し困惑して茉莉香のところへ来た。

「お客様はだれ?」

 茉莉香が聞いた。

「あのー、お客様というか、・・・。

 ドアのカメラでお顔を拝見すると、大佐のお父様ではないかと・・・。」

 警備隊の隊員が、すこし自信が無さそうに答えた。

 もちろん、外周の警備を通り抜けて、ドアのところまでたどり着く以上、不審者ではないはずなのだが、意外な人物の登場に驚いているようだった。

 

「私が出ます。」

 茉莉香が答えると、背後から声がした。

「あのロクデナシだったら、家に入れるんじゃないよ。追い返せ、茉莉香。」

 梨理香が、すこし尖った口調で言った。

 そして、彼女はリビングの奥に引っ込んでしまった。

 

 茉莉香は、ドアまで行って、モニターに映った男性の顔を見た。

 自分と同じ、赤毛、碧眼、そしてその目鼻立ちは、どこかで見たような形で、なつかしいような・・・。

 

『この人は、「鉄の髭」としては常に仮面をかぶり、素顔を茉莉香に見せたことは無かったが、素顔はこうだったのかぁ。

 でも、今は、仮面をつけていないのは、なぜだろうか・・・。』

 

 茉莉香は、そんなことを考えながら、ドアホンの呼び出しに返事をした。

「はーい。どなた様でしょうか。」

「茉莉香かい。

 やっぱり、間に合ったねえ。よかった。

 加藤権左衛門だ。」

 その声を聞いて、茉莉香は、少し緊張して、ドアを開けた。

 そこに、赤毛、碧眼、そしてどこか懐かしい顔立ち、つまり自分によく似た顔立ちの男性が立っていた。

「お、お、お父さんですか?」

「そうだよ。茉莉香。・・・・」

 

 少しの間、二人は黙って見つめ合っていた。

 

 そして、ゴンザエモンが口を開いた。

「いやあ。なんとか、間に合ったね。お前を見送ろうと思ってね。

 今日が、帝都への出発の日なんだろう。

 それから、高校卒業、おめでとう。」

 ゴンザエモンは、茉莉香に向かって静かに言った。

「ありがとうございます。」

 茉莉香は、そう答えるのが精いっぱいだった。

「その帝国軍の制服姿をこの目で見るのは初めてだけれど、本当にお前は立派になったね。お前は、私の誇りだよ。」

 ゴンザエモンが言った。

 茉莉香が、すこし顔を赤くして、その声に応えようとした時、

 

「茉莉香。早く追い返せ。ゼッタイに家に入れるな。」

 

 遠くから、梨理香の声がまた聞こえた。

 もちろん、自分から出てきて、玄関のドアを閉める気はないようだ。

 こういう時の梨理香は、普段の豪放磊落な行動とは違って、どこか可愛げがある。

 

 その声を聞いて、茉莉香は微笑んだ。

 ゴンザエモンも微笑み返した。

 

 そして、茉莉香は、ゴンザエモンの後ろから、警備隊の人たちが様子を見ていることに気が付いた。茉莉香が、家から出てくるのを待っていたのだ。

 茉莉香の表情から、ゴンザエモンも気が付いたようだ。

「茉莉香、皆さんがお待ちかねだ。

 行ってらっしゃい。元気でな。」

 ゴンザエモンはそう言って、横目で家の奥の梨理香がいる方向を見て、そして茉莉香の方を向いて、微笑んだ。

『あとは、まかせなさい。』

 そう言っているように、茉莉香には感じられた。

 

「うん。ありがとう。お父さん。

 ・・・・・

 じゃあ、お母さん、行ってきます。」

 茉莉香は、母親に聞こえるように、少し大きな声で言った。

 そして、玄関から出て、庭を進み、車の前までたどり着いた。

 

「茉莉香、元気でなぁ。

 電話くらい、よこしなよ。」

 

 後ろから梨理香の声がしたので、茉莉香は振り返った。

 玄関の外にでてきた梨理香が、手を振っている。

 

「お母さん、行ってきま~~す。」

 そう言って、茉莉香も手を振った。

 そして、茉莉香が父母二人の様子を見ていると、ゴンザエモンが梨理香に歩み寄って、並んで茉莉香に手を振ったと思ったその瞬間、梨理香がゴンザエモンの脇腹に肘鉄を食らわせた。

 梨理香は、ゴンザエモンの足も踏みつけているようだ。

 しかし、二人は何事もなかったように並んで、茉莉香に向かって笑顔を送り、手を振り続けている。

 

「フフフ・・・

 では、行ってきま~~す。」

 茉莉香は、二人の様子に微笑みながら、最後にあいさつし、警備隊の車に乗った。

 目指すは、シャトルの待つ、新奥浜空港である。

 

 青い空は、どこまでも澄み切っていた。

 

 

28-3 新奥浜空港(海明星)

 

 茉莉香は、新奥浜空港の出発ロビーに到着した。

 すでに白鳳女学院の制服を着た、多くの女の子たちが待っていた。

「うわあーーー。茉莉香様ぁ―――。」

「ステキーーー!」

 少女たちは、帝国軍の制服姿の茉莉香の姿を見つけると、歓声を上げた。

「どうも~~。」

 茉莉香は歓迎に答えて、あいさつした。そして、茉莉香は、たちまち大勢の女の子たちに取り囲まれてしまった。

 茉莉香は、どの子にも笑顔で対応している。

 だから、茉莉香がこの人垣を抜けるのには、ずいぶん時間がかかった。

 

「茉莉香、遅いよ。待ちくたびれたよ~~。」

 ハラマキや、リリイが言った。

「ごめん、ごめん。大勢、来てくれたもので・・・。」

 茉莉香の笑顔がはじける。

 たちまち、ヨット部員たちが茉莉香を取り囲んだ。

「茉莉香さん、帝都に行っても大活躍されるのを、楽しみにしてますね。」

 サーシャが、言った。

「サーシャも、医学部の勉強は大変そうだけど、頑張ってね。」

「茉莉香。帝都に行って、落ち着いたら連絡するからね。

 いっしょにお買いものに、行こうよ。

 それに、帝国女学院にも行って、大学のテキストとかも買わないといけないしね。」

 チアキが言った。

「うん。行こうね。

 それで、チアキちゃんは、いつごろ、帝都に出発するの?」

 茉莉香が聞いた。

「いちおう、明日、出発の予定かなあ。」

 チアキが、少しあいまいに答えた。

「ねえ、茉莉香。帝都に行っても、仲良くしてね。私との約束、忘れないでね。・・」

 ウルスラが、茉莉香の手をしっかり握った。

「大丈夫だよ。それより、士官学校の方、頑張ってね。」

 茉莉香が答えた。

「うん。がんばる。

 それに士官学校の入学式には、チアキちゃんも来賓で来てくれるそうなんだ。

 最初から、心強いよ。」

 ウルスラが答えた。

「ええ? どういうこと?」

 茉莉香はチアキに聞いた。

「母さんの随行よ。

 入学式には、帝国軍最高司令官として毎年、母さんが出席するからね。

 去年は姉さんが随行したんだけど、今年は私よ。

 姉さんは、この春から公務はしないって、言い張っているからね。」

 チアキが言った。

「ああ、あの話ね。」

「そう。

 ホント、女子大に行けば女子力が付くって、本気で思っているのよね。

 もう~~~そう思い込んでるから、間違いに気付くまで、勝手にしろって感じね。

 ホントに、いい年をして、あの二人は、アレなんだから・・・。」

 チアキの愚痴は止まりそうになかった。

 

「茉莉香さん、私は、一度、セレニティに帰って、大公様にご報告してから、帝都に参ります。向こうでお会いしましょうね。」

 グリューエルが言った。

「うん。待ってるよ。またこれからも、よろしくね。」

「はい。」

 グリューエルの笑顔が輝いた。

 次々と友人が別れの言葉をのべ、話は尽きなかったが、シャトルの出発時間が迫ってきた。

 

「では、茉莉香先輩。

 最後にヨット部の『エール』で、お見送りさせてください。」

 部長のナタリアが言った。

「そうだね。ありがとう。」

「ヨット部のみんな、集まって。」

 一年生、二年生、卒業生と、ヨット部のみんなが集まって輪になった。

「先輩方、ご卒業おめでとうございます。

 この三年間、特にこの一年はヨット部始まって以来の冒険の連続で、本当に楽しく貴重な経験をさせて頂きました。心からお礼を申し上げます。そして、これから、私たちは、その伝統を受けつぐため、日々練習に励みたいとおもいます。

 それでは、卒業された先輩方の人生が良い航海となりますこと、とりわけ今日帝都へご出発される加藤茉莉香先輩の人生が良い航海となりますことを、祈念して、エールを捧げたいと思います。

 フレ~~~~、

 フレ~~~~、マリカ!

 それ!」

「フレ、フレ、マリカ!

 フレ、フレ、マリカ!」

 ナタリアのリードに合わせて、ヨット部員のエールとそれに続く拍手が空港ロビーにこだました。

「ありがとう。では、卒業生から答礼だよ。」

 茉莉香が言った。

「下級生のみなさん、これまで、ヨット部を支えてくれて、本当にありがとう。

 私たちも、ヨット部魂を胸に、これから、大人の世界という広い海に出て、頑張ります。

 それでは、白鳳女学院ヨット部のますますのご発展とみんなの航海の安全を祈念して、そして、私たちが再会できる日が来ることを祈念して、エールを捧げます。

 フレ~~~~、

 フレ~~~~、ハクオウ!

 それ!」

「フレ、フレ、ハクオウ!

 フレ、フレ、ハクオウ!」

 続いて、拍手が空港ロビーにこだました。

 

 そして、茉莉香は、大勢の女の子たちに見送られて、出発ゲートを越えて、シャトルに乗った。

 

 

28-4 弁天丸

 

 茉莉香の乗ったシャトルは、弁天丸に到着した。

 そして、茉莉香は、警備隊の人と共に、ブリッジに顔を出して、驚いた。

 

「あれえ! どうして、みんな弁天丸に乗っているの?

 さっき、私を見送ってくれたじゃないの!?」

 ブリッジには、リリイ、サーシャ、チアキ、ハラマキ、ウルスラ、ナタリア、アイ、ヤヨイ、ジェシカ・・・・ヨット部の卒業生から一年生まで、もちろん、グリューエルやヒルデも、先ほど新奥浜空港で見送ってくれたヨット部員全員がいた。

「アハハ。私たち、今日は『密航者』じゃないよ。

 私たち、『随行者』だから。」

 リリイが言った。

「ええ!? どういうこと?」

 茉莉香が聞くと、ミーサが答えた。

「ウルスラちゃんのおかげよ。

 この『ブルーチケット』を見なさい。私も、初めて見たわ。」

 

 茉莉香は、ミーサから渡された青い紙を見た。その紙は、上部中央に日輪に奇跡の薔薇という銀河帝国聖王家の紋章が正式に印刷された特別な用紙であり、こう書かれていた。

 

 銀河帝国管下の船長、船主各位

 

 銀河帝国宇宙軍士官学校の新入生である本券の所持人、ウルスラ・アブラモフを、如何なる航海においても支障なく乗船させ、同人を所定の日時までに帝都の聖王宮へ送り届け、かつ、同人に必要な保護扶助を与えるよう、貴殿に要請する。

 また、同人の随行者についても、必要な便宜を与えるよう、要請する。

 なお、以上の要請を果たすために必要な費用については、当校が負担する。

 

               銀河帝国宇宙軍士官学校校長  ジョージ・パットン

 

 これは、船乗りの間では「ブルーチケット」とよばれ、帝国軍士官学校に入学する生徒が、宇宙船に乗って、帝都にある士官学校に赴任するための一種の「切符」であった。

もちろん、目的地の「帝都の聖王宮」とは、女王陛下が臨席して入学式の行われる場所であり、惑星クリスタルスター上にある王宮クリスタルパレスの中でも最も格式の高い場所とされている。

 そして、この切符には、特典がついていた。

 それは、この切符は、士官学校に入学する新入生だけでなく、その「随行者」にも有効なのである。もちろん、随行者には往復の切符となる。

 この切符は、もともとは宇宙船の定期航路が十分発達していない時代に、帝国軍の軍艦が新入生を迎えに行くためのものであった。もちろん、そんな盛大な送迎は、帝国軍の強大さを見せつけようと言う示威行為でもあった。

 したがって、「随行者」とは、本来、入学式に参列する父母を意味した。

 しかし、長年の間に、兄弟姉妹はどうか、祖父母は、親戚は、婚約者は、・・・と議論が重ねられ、次第に官僚主義的な「拡大解釈」が施された挙句、今では「随行者は誰でもいいが、軍艦を使うならば一隻に乗れる人数に限る」ということになっていた。

 このような一見すると太っ腹な解釈が行われるようになった背景には、この切符の要請は、特に辺境の帝国軍の艦船の乗員にとっては、「花の都」の帝都まで公務で出張旅行ができるという、是非獲得したい、オイシイ仕事だからである。しかも、その費用には船の運航経費や自分たちの人件費も含まれているので、随行者が多少増えても往復の船内の食費等の負担が増えるだけで、実際の費用総額としては影響が軽微という事情があった。

 つまり、帝都に行きたい人はみんな乗せるから、ぜひ私たちの船を使ってほしいと言う訳である。

 したがって、この仕事は、民間船でもよいと言う建前にはなっているが、帝国軍の艦船が独占してきた。だから、民間船、ましてや海賊船に依頼が来るような仕事ではなかった。

 

「ウルスラちゃん、よくまあ、弁天丸に頼んでくれたわねえ。」

 クーリエが言った。

「私の場合も、たう星系を管轄する第七艦隊の艦長さんたちから、ぜひ私の船でと誘われていたのだけどねぇ。

 でも、私は、茉莉香の船で行きたいからと言って、断ったんだ。

 弁天丸も、軍艦の一種だしね。」

 ウルスラが言った。

「なるほど・・・。ありがとうね、ウルスラ。

 でも、みんな、私の乗ったシャトルをどうやって追い越して、先に弁天丸に来たの?

 私、中継ステーションでシャトルまで歩いているとき、みんなに追い越されなかったよ。」

 茉莉香が、最初の疑問を改めて聞いた。

「それも、ブルーチケットのおかげよ。茉莉香。」

 チアキが答えた。

「弁天丸までは私の船のシャトルで来たんだけど、中継ステーションに、今日はブルーチケットのお客さんを乗せていると言ったら、茉莉香の乗ったシャトルより先に発進許可をくれたそうよ。」

「なるほど、そうなんだ。

 でも、みんな、帝都に行って何するの?」

 茉莉香が聞いた。

「決まっているでしょ。

 まず、ウルスラの入学式に随行者として出席して、その後、チアキちゃんが王宮見学をさせてくれるって。

 それと、茉莉香とウルスラのお引越しのお手伝いよ。茉莉香のお部屋も、ちゃんと女の子らしいお部屋にしてあげるから、まかせなさい。」

「ナハハハ・・・。あ、あ、ありがとうね。」

 茉莉香は苦笑いして礼を言った。

「まあ、それが済んだら、練習航海の時の続きで、みんなで帝都を見て、食べてまわろうかと思っているんだけどね・・・。

 ちょうど、春休みだから、私たちも時間があるからね。へへへ・・・ 」

 リリイが笑った。

「でも、私の部屋は単身用でみんなが泊まれないよ。どうするつもりなの?

 ずっと、弁天丸に泊まるの?」

「そんなこと、ちゃんと考えてあるから、茉莉香が心配することないよ。

 サーシャの家の、帝都にあるお屋敷に泊めてもらうのよ。」

「なるほど。サーシャ、ありがとうね。」

「いえいえ、お礼を言うのは、私の方よ。

 茉莉香さんのおかげで、私も、本当に晴々した気分で、久しぶりに帝都の家に行けるようになったわ。

 それはね、お母さんも同じ気持ちなの。

 私が、みんなを帝都の家に泊める話をお母さんに頼んだら、お母さんったら、自分も帝都に行きたくなったのよ。

 それで、卒業式が終わった翌日、つまり昨日、先に出発してしまったのよ。

 もちろん、シャネル本店とか、あちこちのお店に予約をいっぱい入れてたわ。

 ウフフ…、おかしいでしょ。

 お母さんも、こんなに晴々した気分で帝都に行ける日が来るなんて本当に幸せだと言っていたわ。

 だから、茉莉香さんに良くお礼を言ってと頼まれたわ。」

「いやあ、その、お礼を言われるのは、私だけじゃなくて・・・・。

 それにしても、私に内緒でそこまで話が進んでいるなんて・・・・ビックリ。

 リリイ、ちょっと・・・アレじゃないの。」

「何、言っているのよ。お相子(あいこ)よ。

 茉莉香だって、『アレ』のはなしを、隠していたじゃないの。」

「ナハハ・・それを言われると・・・・。」

「まあ、私たちが、春休みに気軽に帝都へ見学旅行ができるようになったのも、ミルキーウエイのおかげなのよね。

 ホントに早いから、便利ねえ。」

「そうね。みんな、みんな、喜んでいると思うわ。

 それもこれも、平和になったおかげだからね。」

 サーシャが、遠くを見つめる表情で、言った。

 

「先輩方、お話が盛り上がっているところ、申し訳ありませんが、帝都での『見学先』についてご相談があります・・・・。」

 ナタリアが控えめに言った。

「そうだったね。」

 リリイが答えた。

「だったら、ブリッジではなく、船室か食堂でゆっくり相談した方が良いよ。

 そろそろ、弁天丸が発信するからね。」

 茉莉香がそう言ったので、ヨット部員たちはブリッジを出て行った。

 

「三代目、発進準備は?」

「OK。」

「では、目標は、レッドクリスタル星系、帝都クリスタルシティ。

 弁天丸、エンジン点火。

 ミルキーウエイのゲートまで、全速前進。」

「了解。」

「さあー、弁天丸、いきましょう。」

 

 弁天丸は、広い宇宙(うみ)に向かって、出航した。

 

 




 遂にここまで投稿できました。
 思いの外、大勢の方々に読んで頂いて、感謝です。

 もう少し、あちこちを推敲して、完結としたいので、今回は最終話としての投稿とはしませんでした。
 「モーレツ宇宙海賊」のアニメ第二期、やって欲しいですね。

追伸 
 第23章に、グリューエルが自分の進路について悩み出したところを、加筆しました。
 エピローグ(予定では3番目)に、その結末を書きたいと思っています。
 彼女も、青春させたいと思ったからです。

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