宇宙海賊キャプテン茉莉香 -銀河帝国編-   作:gonzakato

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 ついに、茉莉香達の卒業式の日がやってきます。
 卒業式は、女王陛下がご臨席の下に、おこなわれました。
 その後、ウルスラが婚約者を連れて、学校内を案内して、歩き回ります。これは、久しぶりに行われるという、白凰女学院卒業式の日に行われる「伝説の儀式」、通称「パレード」といわれるものです。どんなことになるのでしょうか。
 これに対して、チアキは大変不機嫌になって、回りを困らせますが、その結末は。
 更に、卒業式の日のメインイベント、懇親会とダンスパーティが、行われます。
 聖王家の王子様まで出席するというので、お嬢様達は気合いが入っています。
 茉莉香も華やかに踊るのですが、その結末は?

 前章の最後に投稿した卒業式の前半部分を、この章に移して「27の1」節として、ひとまとめにしました。
 前の章を読んで頂いた方にはお詫びします。
 


第二十七章 卒業

27-1 白鳳女学院(海明星)

 

 卒業式の日は、快晴だった。

 この日、午前に、まず中等部の卒業式が行われた。グリューエルが卒業したが、中等部の生徒は卒業しても高等部へ進学するのが大半なので式典は簡素だった。

 続いて、午後に高等部の卒業式が行われた。

 

「只今より、白鳳女学院高等部の卒業式を行います。卒業生、入場。」

 教頭先生の開式宣言で、卒業生がひとりひとり講堂に入ってきた。

 茉莉香も、チアキも、サーシャも、ウルスラも、リリイも、ハラマキもいる。一つ変わったことと言えば、チアキがセーラー服をやめて、みんなと同じ高等部の制服を着ていることだ。チアキは、みんなと同じ服を着て記念写真に写りたかったので、そうしたのだった。

 しかし、講堂内の雰囲気は張りつめていた。父母席の一番の上席に、周りを屈強な女性たちに囲まれ、校長と並んで一人の女性が座っていたからだ。もちろんその人は、チアキの母、銀河帝国のアン女王だった。

「卒業証書、授与。」

 檀上に立った校長から、ひとりひとりに、卒業証書が手渡された。

 チアキが卒業証書を受け取ると、女王はうんうんと肯いて、嬉しそうだった。

 茉莉香は、卒業証書を受け取ると梨理香の方を見て、微笑んだ。茉莉香と目を合わせた梨理香も、微笑んでうなずいた。

 その後、校長や来賓の祝辞があり、型どおりの卒業式は、滞りなく終了した。

 

「ああ、終わった。終わった。あっけないなあ。」

 短い最後のホームルームと記念写真撮影を済ませて、ヨット部の部室に集まってきたヨット部員たちに向かって、ウルスラが言った。

 ヨット部の卒業生は、休憩の後、着替えて夕方からの謝恩会とその後の最後のダンス発表会に出席する予定である。

「ねえ、チアキちゃんはこれから謝恩会まで、どうするの。何か予定はあるの?」

 ウルスラが聞いた。

「別に何も・・・私は・・。」

 チアキはそっけなく答えた。

「ふーん。女王陛下は?」

「母上は、謝恩会にはちょっと出たいと言っていたけど、今、別室でいろんな人と会っているのかなあ・・・。この星には初めて来たそうだから。」

 

 その時、ヨット部の部室の扉がノックされた。

 ドアを開けて応対に出た一年生が、うわーと黄色い歓声を上げて、言った。

「ウルスラ先輩。お客様です。」

「あ、来てくれたのかな。今、いくよ。」

 ドアの向こうから、帝国軍の制服姿のブラウン中尉が恥ずかしそうに、顔をのぞかせた。

 ウルスラは、彼の腕をとると、並んで部室のみんなに言った。

「改めて、紹介します。私のダーリンです。」

「お久しぶりです。」

「このたびは、おめでとうございます。」

 皆が次々にお祝いを言った。

「じゃあ、ダーリン、卒業式にせっかく来てくれたのだから、私の学校を案内するね。

 みんな~~~、謝恩会の始まる時間までには戻るからね・・・。」

 そう言うと、ウルスラは彼を連れて、上機嫌で行ってしまった。

 

「うわー、ついにウルスラの『パレード』が始まるよ。チアキちゃん。」

 茉莉香が言った。

「なぜ、私の名前を呼ぶのよ。私は関係ないわよ。」

 チアキは早くも機嫌を悪くしているようだった。

「先輩。それって、婚約した卒業生がやるという『伝説の儀式』ですかぁ?」

「本当にやるんですね。」

 一年生たちが言った。

「そうだよ。ウルスラは、その気だよ。

 生徒会の子たちに、その準備をしてほしいと言ってたよ。」

 茉莉香が答えた。

「『パレード』には、後輩の私たちにも役割があるのよ。

 さあ、みんな、ブーケに、クラッカーとかの用意はいいかな?

 それに、他の下級生たちがどんな歓迎をするか、面白そうだから、早く見に行こうよ。

 ここ数年無かったそうだし、これからも当分ないかもしれないよ。」

 復学したジェシカが、一年生たちを誘ったので、みな興奮して、部室を出て行った。

 

 『パレード』では、校内を練り歩くカップルは、中庭を通る際に、後輩たちから少し手荒な祝福を受けるという「しきたり」になっている。

 その「祝福」の大半は、花吹雪とか、クラッカーとか、シャボン玉の雨とか、お嬢様学校らしく、かわいいものだったと伝えられている。

 しかし、今年のヒロインは、ウルスラである。三年生の一部から「ふろ(バスタブ)の栓」(つまり最低の存在)と影口をたたかれていたウルスラには、どんな歓迎が待っているのか、関心を集めていた。

 

 ウルスラは、ダーリンに学校のあちこちを説明して回り、中庭に差しかかった。

いつの間にか腕を組んだ二人が、中庭で待ち構える下級生たちの前に現れると、歓声が上がった。

「うわーー!」

「おめでとうございます。」

 パン、パンとクラッカーが鳴らされ、飛び出した紙吹雪や紙テープが風に乗って舞った。

 二階の窓から手を振ったり、紙吹雪をまいている下級生もいる。

「おめでとうございます。」

 こういって、大勢の下級生がブーケをウルスラに渡している。

 ウルスラの手には、持ちきれないほどのブーケが贈られたが、いつの間にか後ろに控えたヨット部の一年生たちがウルスラからブーケを預かってストレッチャーに乗せて運んでいた。一年生たちの「パレードでの役割」とはこれだった。

 同時に、金銀のふさが付いたレイがいくつもいくつも、パートナーのブラウン中尉にも贈られていた。

 女子高生にレイをかけてもらって、ブラウン中尉は顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。どうやら、彼は、女の子が至近距離に近づくというだけで緊張しているようである。  

 それを見た、下級生は、「少女の小悪魔」を始めた。

「帝都の乗り物の中で、先輩をナンパしたって、ほんとですか?」

「ねえ、先輩とのファーストキスは、いつ?どこで?」

「プロポーズの言葉は、何といわれたんですか?」

「先輩のことを、なんと呼んでいるんですか?」

「まさか、ハニーなんて言ってませんよねぇ。」

 などと言いながら、レイを首にかける時に、レイから手を離さずに彼にぐっと接近して、ビックと彼を緊張させた。

 さらに質問をして、その答えに困った彼は、ますます恥ずかしがって顔を赤くする。

 少女たちは、彼のこういう様子をみて、目を輝かせ、笑みを浮かべている。

 少女たちは残酷なのだ。

 

「パレード」で男性に贈られるレイにもあだ名があった。

 それは、「結婚のくびき」と呼ばれていた。

 そう呼ばれる意味は、二人が中庭を歩き出すと、すぐにわかった。

 レイにはヒモが結び付けられ、そのヒモには派手な音のするものがいっぱい結び付けられていた。大半は、空き缶だったが、中には、引っ張って転がすとコロンコロンと可愛い音のする幼児用のおもちゃもあった。

 しかし一番目立ったのは、一メートル以上もある、赤や黒やピンクの大きな風船だった。これは、古代のおとぎ話に出てくるような、奴隷の足や首に鎖で結び付けられた鉄球のパロディだと思われた。

 後輩からの「手荒な歓迎」の正体は、これだった。

 ブラウン中尉は軍の制服姿のまま、レイから伸びたヒモを肩にかけて、派手な音をさせながら、引いていった。レイはたくさんあったので、これに結び付けられたヒモを引いて歩くのは実は大変な重労働だったが、そうやって進む二人に、惜しみない拍手と歓声が送られ、中庭の校舎の間にこだましていた。

 やがて、二人は、中庭の反対側の端までたどり着いた。パレードは、そこで終わるはずだった。

 しかし、事件はその時に起こった。

 

「おめでとうございます。」

 そう言って三人の「生徒」が、どこからともなく現れた。

 三人とも顔に仮面をつけている。

 しかも、三人とも白鳳女学院の制服を着てはいるものの、サイズが合っておらず、いかにも胸は窮屈そうで、ミニスカはますます短くなっていた。

 また、三人は背が高く、その鍛え抜かれたアスリートの体つきは、周りのお嬢様の生徒たちと全く違っていた。しかも、その髪型は、派手な金髪のツインテールが二人、腰まで届く長い黒髪が一人と言うもので、これはコスプレ用の「かつら」であることは明白だった。

 だから、どこからみても、彼女たち三人は、「ニセの生徒」だった。

 三人は、それぞれ、右手に大きな赤い薔薇のブーケを持ってウルスラに近づき、ウルスラにお祝いを言って、ブーケを渡した。その後に、

「おい、カレシにも、お祝いだ。」

「そうだ。大勢の美女を差し置いて、女子高生をゲットするなんて、メデタイ奴だ。」

「それ!」

 三人は、ブラウン中尉を取り囲むと、左手に隠し持っていた、白い丸いものを、次々と、目にもとまらぬ早業でブラウン中尉の顔に投げつけた。

 そして、さっと風のように、姿を消してしまった。

 この三人の「ニセの生徒」の正体は、帝国軍の警備の女性兵士以外にはありえなかった。

 本日の白鳳女学院は、女王陛下の来校で厳重な警備が敷かれ、関係者以外立ち入り禁止となっていたからである。校内に入ることができる関係者の中で、警備兵に咎められることなく、そんなことのできる女性は他にはいないはずだった。

 まあ、お祝いだから良いのだろう。しかも祝われる二人は帝国軍人、警備の兵士にとっていわば身内である。校内のあちこちに立ち並ぶ警備の兵士たちは、三人の女性の行動を無視していた。内心、笑いをかみ殺していただろうが・・・。

 もちろん、彼女たちが使った白い丸いものは、クリームパイだった。

 ブラウン中尉は、パイが顔に命中して、顔から制服から、クリームでベタベタに汚されたが、恥ずかしそうにしているだけだった。ウルスラもブラウン中尉にやさしそうに言葉をかけているが、とてもうれしそうだった。

 そこへ生徒会の役員たちが、濡れタオルをブラウン中尉に差し出して、顔をふくように促した。

 

「さあーっ。本日のメインイベント、ブーケ投げ、はじめますよ。」

 生徒会役員が声を上げた。

 その声を聴いて、生徒たちが一斉にウルスラの前に集まってきた。

 ウルスラは、それまでにもらった沢山のブーケとさらに自分が持ってきたプレゼント用のブーケを、ヨット部の一年生から少しづつ受け取って、それを生徒たちの人だかりの上に放り投げ始めた。

「うわー。」

「キャー。」

 みんな大騒ぎして、ウルスラが投げたブーケを取り合っている。

 結婚式の後の花嫁のブーケの奪い合いのようなものだ。

 これをやるために、みんなが、沢山のブーケをウルスラにプレゼントしたのだ。ウルスラの幸運を分けてもらうために。自分にも必ずブーケの幸運が授かるように。

 いつのまにか、先ほどの「ニセの生徒」三人組もブーケ投げの人だかりの中に加わっている。

 もちろん彼女たちは、抜群の身体能力と気迫で高々と飛び上がり、お好みのブーケを素早くゲットして、姿を消してしまった。

「やはり、こういう奪い合いの力比べでは、大人の女性(ひと)には、かなわないわね。」

「あの人たち、切羽詰まった気迫があったわよね。」

「いったい何歳なのかしら。ウフフフ・・・・。」

「それを言うなら、カレシ・イナイ歴28年とか・・・。」

「アハハハハ・・・・。」

 口の悪さでは、女子高生たちも負けてはいなかった。

 

 

27-2 ヨット部部室(白鳳女学院)

 

「ただいま~~~。」

 『パレード』を終えた、ウルスラが一年生たちと部室に帰ってきた。

「みんな! ありがとうね。おかげで、無事終わったよ。」

 ウルスラが、手伝ってくれたヨット部の一年生にお礼を言った。

「いえ、いえ、先輩。どうも。」

「お二人を見ていると、やっぱりお幸せそうですね。うらやましいなあ。」

 一年生たちが、口々に言った。もちろん、みんな、ゲットしたブーケをしっかり握っている。

「校内テレビで中継されていたけど、なかなか派手なパレードだったわね。

 ところで、『ダーリン』は、一緒じゃなかったの?」

 リリイが聞いた。

「服をきれいに拭いた後、食堂へ行くと言ってたわ。

 懇親会のお客様が集まり始めているから、ごあいさつをすると言ってた。」

 ウルスラが答えた。

 

「ねえ、チアキちゃん。ハイ、これ。」

 ウルスラが、碧いバラの花で作られたブーケをチアキに手渡した。

「え! 私に?」

「そうだよ。チアキちゃんにプレゼントするために、用意してきたんだよ。」

「私は別に、予定はないけど・・・・。」

 そう言いながらも、チアキは、少しうれしそうに顔を赤くして、ブーケを受け取った。

「さあ、先輩方。

 そろそろ着替えて、用意を始めないと、懇親会の時間が迫ってきますよ。」

 ナタリア部長が言った。

 

 ナタリアがそう言った時、実際には懇親会とそれに続くダンス発表会の始まる時刻までには、2時間以上時間があった。

 支度を急ぐには、まだまだ早い時間のはずだった。

 しかし、「女の子の支度は時間がかかる」といわれる

 実際、そのとおりで、ヨット部の三年生を中心に一年生、二年生を含め、今日のドレスやアクセサリーについてお互いに見せ合ったり、誉め合ったり、ワイワイと楽しくおしゃべりしながら、着替えの「用意」をしているつもりだったが、何もしないうちに、いつの間にか1時間半が経過してしまった。

 

「ヤバイ。急がなくちゃ。」

「メイクも、しなくっちゃ。」

 

 みんなが、バタバタと急いで用意を始めた。

 そして、茉莉香は、着付けをグリューエルに手伝ってもらい、白く輝くドレスを着て、みんなに見せた。虹のような輝きを放つシルク生地で作られた白いドレスを着た茉莉香は、頭にグリューエルから借りたダイヤモンドのティアラをつけ、首にはチアキから借りた三色の宝石をちりばめたネックレスをつけている。

 その姿は、18歳の若さに気品が加わり、そして本当に輝くように美しかった。

 

「これ、マミに作ってもらったドレスだよ、どう? みんな?」

「うわー、すごい。」

「先輩、素敵です。」

「やっぱり、茉莉香さんですわ。想像していた通りの、ロマンチックなお姿ですわ。」

 グリューエルが言った。

 今日の彼女は、自分は中等部の卒業生なので、高等部卒業生の懇親会にもダンス発表会にも出ないつもりだった。しかし、茉莉香の晴れ姿を一目見るために、わざわざ居残っていた。

 

「本当に、お姫様みたい・・・。うっとりです。」

 一年生たちは、目を輝かせ、ぽーっとなって、茉莉香のドレス姿を見ている。

「ナハハハ・・・。そういうのに憧れているわけじゃないんだけどね・・・。」

 

 ヨット部の他の三年生たちも、これまでのダンス発表会で見せたことのない、新しいデザインの白いドレスと派手なアクセサリーで、目いっぱい着飾っている。

 みんなは、今日のために、またドレスを新調したようだ。

 しかも、今日は、全員、頭にティアラをつけている。

「みんな、ティアラをつけているんだね。」

 茉莉香が言った。

「そうよ。茉莉香がティアラをつけると聞いたからね。

 最後の懇親会とダンス発表会だから、何か一つ、今までにない、何か楽しいことはないかなぁと考えていたところだったのよね。

 茉莉香のティアラの話を聞いて、これだと思ったわけよね。」

「ヨット部の私たちだけじゃなくて、他の三年生も、今回はティアラをつける子が大勢いるらしいわよ。」

「そうよね。これって、とてもきれいだものね。」

 

 ヨット部員たちは、ようやく着替えのめどがついたと安心し、また、みんながお互いのドレスを誉めあっていた。

 しかし、この時に、彼女らは大変なことに気が付いた。

 

 チアキが、ドレスに着替えず、学校の制服のままでポツンとソファに座っていたのだ。

 

「え~~~!

 チアキちゃん、どうしたの? 着替えは?」

「良いのよ。私は。

 今日は学校の制服でいくわ。せっかく新しい制服を着ているんだから。」

「え~~~!

 チアキちゃん、何を言ってるのよ。」

 みんな口々に言って、心配し始めた。

「今日は、お母様である女王陛下も、わざわざ、おいでになっているのでしょう。

 懇親会では、聖王家の正式なドレスを着て、正装なさらないと・・・。」

 グリューエルが言った。

「あれは・・・ねえ・・・。」

 チアキは、はっきりした返事をしない。

 

 その時、ヨット部の部室のドアがノックされた。

 一年生部員が応対に出ると、メイド服姿の女性たちが心配そうな顔をして、部室の中を覗き込んできた。

「あ~~!

 いらっしゃいました。姫様はこちらです!」

 チアキの姿を見つけた女性が外の方に向かって叫んだ。

 やがて、少し年配のメイド服を着た女性たちが部室に入ってきた。どうやら、銀河帝国の宮廷の女官たちだった。

 そして、彼女らが、チアキに言った。

「姫様。お探ししておりました。

 お召し替えをなさってください。ほどなく、懇親会が始まります。」

「良いのよ、別に。私は学校の制服で出席するから・・・。」

「そんな、姫様。・・・・。」

「良いのよ。心配しないで。」

「姫様・・・・。」

 ・・・・・・

 何度も押し問答が続いたが、チアキは着替えようとしない。

 ヨット部員たちも、ハラハラして見守っている。

 

 なぜなら、チアキは、今日の懇親会でもダンス発表会でも注目の的になるはずだった。

 銀河帝国の王女が、この辺境の星の女子高を卒業するというだけで、この星にとっては 『大事件』だったからだ。

 しかも、一度もこの星に来たことがないと言う女王陛下が、娘の卒業式に出席するために、わざわざ帝都からやってきたという、もうひとつの『大事件』も重なっている。

 

 茉莉香も困って、チアキに何か言おうと思っていたその時、茉莉香の軍用携帯通信機の呼び出し音が鳴った。

「はい。茉莉香です。」

 茉莉香は携帯通信機を取って、返事をした。

「はい!」

 茉莉香の声が緊張したトーンに変わったので、周りのみんなはびっくりした。

「はい。承知いたしました。

 チアキ様に、そのようにお伝えします。」

 

「今の電話は、女王陛下からですか?」

 グリューエルが聞いた。

「そうだよ。

 ねえ、チアキちゃん。陛下からチアキちゃんに伝言だよ。

 遅れていた、エドワード・ドリトルさんが、もうすぐ白鳳女学院に到着されるらしいよ。

 それで、直接、この部室へ来られるそうです。

 だから、チアキちゃんが彼を懇親会場までご案内するようにと、陛下はおっしゃってました。」

 茉莉香は、そう言って、ニコリと笑った。

 

「ええ・・・・・??」

 これを聞いたチアキは、急に緊張し、顔をこわばらせていた。

「どうしよう? グリューエル!?

 どうしよう?

 どうしよう?

 困ったわ。

 エドがこの部室に来るって・・・。」

 チアキは、とても困惑し、どうしたらよいか分かなくなったようだった。

 ひどくあわてて、グリューエルに聞いた。

「大丈夫、間に合いますわ、チアキ様。

 まずは、お召し替えですわ。

 さあ、みなさん、お願いします。」

 グリューエルは、笑顔で、女官たちにチアキの着替えを手伝い始めることを促した。

 

 女官達は安心して、笑顔でうなずいた。

 たちまち、着替えが進んでいき、チアキはパニック状態を抜け出した。

 それを見て、茉莉香が言った。

 

「そういえば、チアキちゃん。

 陛下が、『チアキちゃんの携帯通信機に連絡がつかない』って、おっしゃっていたよ。 今日は忘れてきたの。」

 茉莉香が言った。

「何言うのよ。ちゃんと持っているわよ。

 ・・・・あ!」

「どうしたの?」

「卒業式の最中に呼び出し音が鳴らないようにと、朝から電源を切ったままだった!」

「ああ~~~私と一緒。 チアキちゃんも、やっちまったわね。」

 ハラマキが言った。

 チアキは、さっそく電源を入れて、軍用の携帯通信機をいじりだした。

 そして、

「まあ、エドったら・・・。

 こんなにたくさんメールをくれていたわ・・・。

 グフフフ・・・。」

 と、ひとりごとを言い、微笑んだ。

 機嫌が直っていることは言うまでもない。

 もちろん、ヨット部員は、チアキがエドワード・ドリトル氏のことを、親しそうに名前で呼んだことを聞き逃さなかった。

 

「ねえ、チアキちゃん。ドリトルさんとはどういう関係になっているの?」

 ウルスラが、空気を読まず、みんなが聞くのを遠慮していたことを、チアキに聞いてしまった。

「別に、何もないわよ。

 彼は仕事でこの星に来ていたので、母上が呼んだらしいわよ。

 私は、母上の言いつけどおりに、彼をご案内するだけよ。」

 チアキは、何事もないと、いつものように言った。

「ふ~~~ん。」

 ウルスラは、チアキの言葉通りに受け取って、納得したようだった。

 もちろん、他のヨット部員はそんなチアキの言葉は信じていない。

 

 その時、ヨット部の部室のドアがノックされた。

 今度は、すでにドレスに着替えているリリイが応対に出ると、燕尾服で正装した男性が立っていた。

「お久しぶりでございます。

 チアキちゃん、ドリトル様がいらっしゃいましたよ。」

 応対に出たリリイは、ドリトル氏に挨拶すると、チアキを呼んだ。

 

「お忙しいところ、わざわざおいで下さって、お礼申し上げます。」

 チアキが、一礼していった。

 そう言うチアキの声のトーンは、先ほどまでの不機嫌さやその後のあわてぶりを全く感じさせない、完璧な御姫様モードになっている。

「いえいえ、お招きいただき、光栄に存じます。

 では、姫様、参りましょう。」

 チアキは、彼のそばに歩み寄って、部室の中を振り返った。

「皆様、お先に参ります。どうもありがとうございました。」

 チアキはそう言って一礼した。

 

 その時、チアキが来ている白いドレスは、聖王家の女性の正装であった。そのドレスは、肩口や胸元で、バラの花びらのようにカールした布が重なっている、白く輝くロングドレスである。そして、彼女の頭にはダイヤモンドのティアラが、その首には、碧い大きな宝石を小さなダイヤが取り囲むデザインのネックレスが、輝いていた。

「うわ~~。チアキちゃん、きれい。」

 そうやって、二人が並んだ姿は、ヨット部員から、思わずため息が出るほど、素敵だった。

「では、参りましょう。会場まで、ご案内しますわ。」

 チアキは、エドワードの方を向いてそういうと、部室の外の廊下を進んでいった。

 その左手には、ウルスラからもらった碧いバラのブーケを握り、右手は彼の腕を取っていた。

 そして、二人は、いつのまにか部室の外の廊下にひかれた赤いじゅうたんの上を歩いて行った。

 二人の歩く先には、大勢の人たちが両脇に並び、歓声が響き、カメラのフラッシュが光っていた。

「まるで、バージン・ロードみたい。」

 そんな声があちこちから聞こえてきそうな雰囲気だった。

 ヨット部員たちは、部室のドアから身を乗り出して、そんな二人を見送った。

 そして、部員たちは、黙って顔を見合わせ、急いでドアを閉めた。そして、

 

「ウハハハハ・・・・・」

「ああ・・・おかしい。」

 みんな一斉に笑い出した。

 

「やっぱり、彼が来るのが遅れて、イライラしてたのね。」

「それなら、早く来てほしいって、言えば良いのにねえ。」

「そう言えないのが、チアキ先輩の可愛いところですね。」

「でも、チアキちゃんったら、また、やってくれたわね。」

「そうですね。メトロポリタン空港の出迎え事件以来ですね。」

「でも、今度は、彼女から誘ったのよ。

 『招かれた』と彼が言っていたのを、私、しっかり聞いたわよ、ね。」

「そうですね。

 でも、チアキ先輩、本当に嬉しそうでしたね。」

「そうだよね。

 さあ、私たちも行こう。」

 茉莉香が言った。

 

 

27-3 白鳳女学院食堂(懇親会・ダンス発表会の会場)

 

 懇親会場である白鳳女学院の食堂は、寺院の礼拝堂のような、天井の高い壮大な吹き抜けの空間を持つ建物である。

 今日の食堂は、まばゆく輝き、門出の日に花を添えていた。

 ヨット部の卒業生一同は、食堂に入り、建物の内部を見上げて言った。 

 

「うわー。

今日は、これがあの食堂かと思う程、きれいになっているよ。」

「そうね。」

「女王陛下が来ると言うので、急にお化粧直し、したのよね。

 うちの親も、そのために寄付したらしいわよ。」

「うちも、そう。」

「フフフ・・・・そんなに見え張らなくても良いのにねえ・・・。」

 

 そうは言うものの、みな、上機嫌だった。真新しく磨き上げられた建物は、とても気分が良かったからだ。

 懇親会場は人でいっぱいだった。昨年よりもはるかに人が多いという。

 茉莉香たちヨット部の卒業生一行が、そういう懇親会の様子を見ると、チアキとドリトル氏が、左右の人々に挨拶をしながら、ようやく女王と校長が待つ会場の奥にたどり着いたところだった。

 二人は、並んで作法通りの礼を女王にし、その姿を女王はとてもうれしそうに見守っている。

 それからは、茉莉香たちも、女王陛下、来賓の人たちや、各園の校長や先生たちに挨拶したり、他の生徒やその父兄とあいさつをしたり、記念写真を撮ったりと、大忙しだった。ヨット部の卒業生は、人気者が多いせいか、みんな、大勢の人に囲まれていた。

 一時間ほどして、校長の挨拶があり、その後に女王陛下が退出された。

それを合図のように、懇親会は事実上、終了していった。 

 やがて、ダンス発表会の準備が進められた。入場行進のために、卒業生とダンスのパートナーが、会場から控えの間に移動し、食堂ホールの中央にダンスのための空間が空けられた。

 

 

「ご来場の皆様、ただいまより、白鳳女学院高等部の卒業生によるダンス発表会を開催いたします。」

 ダンス部の司会による開会宣言のあとに、校長の短いあいさつが続いた。

「それでは、卒業生の入場でございます。」

 

 先頭は、ダンス部部長のカトリーヌ・クレソンと、銀河聖王家の王子、アレクサンドル・ホワイトローズ殿下のペアである。

 今日のカトリーヌは、本当に美しかった。

 白いドレスに多数の大きなダイヤモンドが光輝くティアラをつけて、まるでお姫様の様だった。聖王家の王子様と踊るため、ずいぶんと気合が入っている。彼女の実家も、プラタナス通りに豪邸をかまえる銀河系の名家の一族であり、今日はお嬢様としての本領を発揮しているのだった。

 その後に卒業生と来賓のペア、そして卒業生と在校生のペアが続いた。

 今日の白鳳女学院の卒業生たちは、どの子も、輝く白いドレスに、ティアラや首飾りなど豪華なアクセサリーをつけて、お姫様のようだった。聖王家の王子様を始め、王子様が四人も出席すると聞いて、みな気合が入っている。

 茉莉香の登場は、かなり後の順番になり、パートナーもダンス部の次期部長である2年生イボンヌ・マルソーだった。もちろん、下級生にも『茉莉香サマと踊りたい』と言う生徒は多いのだが、そこはダンス部が仕切った。

 やがて、全員が登場すると、ホールの中央でカトリーヌとアレクサンドルのペアが踊りだし、会場全体に踊りの輪が広がって行った。

 

「うわ~~。みんな、すごいなあ。

 やっぱり、本物のお嬢様って、感じだよね。」

 踊りながら、茉莉香が、つぶやいた。

「いえいえ、先輩もとても素敵です。本物の『お姫様』のような気品がおありですもの。」

 男装した次期ダンス部長のイボンヌは、嬉しそうに茉莉香を見つめて答えた。

 しかし、他の生徒たちが予想以上に着飾って登場したので、茉莉香は、マミの作ってくれたドレスを着て、グリューエルから借りたティアラをつけ、チアキから借りたアクセサリーを身に着けたお姫様スタイルにもかかわらず、あまり目立たなかった。

「今日は、みんな、本当に気合が入っているわねえ。」

 踊りながら、リリイも、つぶやいた。

「そうよ。私も、うちのおかあさんから、言われているわよ。

『お前も頑張れ、目指せ、お妃様!』、だって。ハハハ・・・」

 ハラマキも、踊りながらそう言って、笑った。

「そうだね。確かに、気合が入っているね。」

 ウルスラも踊りながら答えた。

「ねえ、先輩。でも、ウルスラ先輩が、一番注目されていますね。」

 リリイと踊っている後輩の生徒が言った。

「そうね、どんな豪華な衣装より、やっぱり、『最終兵器』の威力はすごいわね。

 みんな、ウルスラの方をチラ見してゆくよね。」

 リリイが言った。

「アハハハ・・・。そうかなあ。」

 ウルスラはそう言って踊りながら、彼氏の方を見て微笑んだ。

 今日のウルスラは、他の卒業生に比べるとずいぶん地味なドレスで、ティアラやネックレスなどの派手なアクセサリーも付けていなかった。

 しかし、ホール内の女生徒の視線を集めていた。

 その理由は、もちろんダンスのお相手、婚約者ブラウン中尉の存在と、ウルスラの左手薬指に輝くダイヤモンドの婚約指輪のためだった。

 

 やがて、曲が変わり、ペアが交代する場面となった。

「あれ? アレックス王子様、次は、サーシャと踊るみたいよ。

 茉莉香。踊らないの? 彼と・・・」

「良いのよ。

 私、今日も順番決められているから、そのうちね。」

 

 茉莉香に関係する来賓たち、つまりアレクサンドル王子、ブルック王国の王子たち、そしてギルバートは、まずこの星の名家のお嬢様たちと踊るように決められていた。

 彼らも、茉莉香も、そのダンス相手の順番は、聖王家の意向を密かに聞いて校長がダンス部に指示したのであるが、茉莉香は自分ばかりが目立つことにならず、ほっとしていた。

 

 実際のところは、少女たちの浮かれた気分とは裏腹に、政略結婚を狙う有力者たちの思惑から、ダンスのペア選びについて校長に対して希望や注文が殺到していた。その対象としては、聖王家のアレクサンドル王子よりも、むしろブルック王国の三王子たちの方に希望者が多かった。ガードの堅い聖王家より、新しいブルック王国の方に食い込もうと狙っているのだ。 

 それを校長がさばいた。結果は、例えば、アレクサンドル殿下については、トップの入場者とし、その相手は慣例通りダンス部の部長が踊る。あとはこの星の有力者の序列通りという、皆が納得せざるを得ない順当なものだった。なお、チアキ王女については、ダンス・パーティーは欠席の予定と父兄・来賓筋には伝えられていた。

 そう言う事情からも、やはり、少女たちにとって、今日のダンス・パーティは大人の世界への入り口だった。

 

「そう言えば、チアキちゃんの姿が見えないわね。」

 茉莉香が言った。

「チアキちゃんなら、ダンスの始まる前に、『パレード』に出かけて行ったよ。」

 ウルスラが答えた。

「ええ! 『パレード』?」

「彼に学校を案内するんだって、言ってた。」

「ああ・・・そういうこと・・・。

 やっぱり、チアキちゃん、『パレード』をやりたかったんだ。

 素直にそう言えばいいのに・・・。」

 茉莉香は、そう言って微笑んだ。

 

 ダンスは、休憩なしで次々に進んでいった。

 パーティも終盤になって、ようやく、茉莉香が、ギルバートと踊る順番が回ってきた。

 

「茉莉香さん、ようやくあなたと踊れますね。うれしいです。

 早く順番が回ってこないかなぁと、遠くから眺めていたんですが、

 やはり近くで見ても、そのドレスやアクセサリーがとてもよくお似合いですね。

 茉莉香さんは、もう女子高生ではなく、立派な貴婦人の品格がおありですよ。」

「いやあ・・・。そんなに誉めて頂くなんて・・・それに、このアクセサリーはみんな借りものなんですけどね。」

 茉莉香は、少し頬を赤くして照れた。

「でも、あなた自身の気品は借り物ではないでしょう・・。

 それにしても、白鳳女学院の卒業記念パーティはすごいですね。」

「いやあ。私もびっくりです。

 特に、今回は、女王陛下や皆さんが来られたので、今までになく派手になったそうです。」

「私も、アレクサンドル殿下まで出席されると聞いたときは、驚きましたよ。」

「そうですね。

 そう言えば、今日はギルバートさんも大忙しでしたね。大勢の女の子と踊っておられましたね。

 いかがでしたか?」

 茉莉香は、すこし意地悪そうな微笑みを浮かべて聞いた。

「ええ? 見ていらしたのですかぁ?

 参ったなあ。

 実はねえ、私はこういうパーティに出席するのは、初めてなんです。

だから、その話を聞きつけて、母や父のところに、私とダンスのペアを組んで欲しいという話がずいぶん寄せられたようですよ。」

「やっぱり、モーガン家ですね。」

「まあ、礼を失しない程度のことは・・・・。

 でも、茉莉香さん。私が今日、このパーティに出席したのは、貴方からご招待いただいたからですよ。ほかの人からのお誘いなら、お断りしていましたよ。」

 そう言って、ギルバートが茉莉香を見つめたので、茉莉香はまた少し頬を赤くして、黙ってうつむいた。

 茉莉香は、自分の胸の鼓動が、いつもより激しくなったような気がした。

 

 曲が変わり、茉莉香は、次々とブルック王国の三王子と踊った。

それまで、三人とも、この星のお嬢様たちに大歓迎され、楽しそうに踊っていた。

 彼等と踊ってみて、茉莉香は驚いた。ちょっと会わない間に、もう三人とも、踊りが上手で、立ち振る舞いやマナーも洗練されて、どこから見ても本物の貴公子になっていたのだ。

 どうりで、名家のお嬢様や父兄たちから、大歓迎されるはずだ。

「ダンスが、本当にお上手なんですね。」

 茉莉香が言った。

「いやいや、茉莉香さんと踊るんだからと思って、私たち、一生懸命、練習したんですよ。

 茉莉香さんの方こそ、アネキが無理やり頼み込んだのにもかかわらず、快く引き受けて頂いて、本当にありがとうございます。ハハハ」

 長男のジョージ王子が礼を言った。

 

 その次に、茉莉香が踊る相手は、アレクサンドル王子だった。

「やっと、茉莉香さんと踊れますね。

 長かったですよ、貴方のところまで来るには・・・。」

 王子は、茉莉香と組んで踊りながら、他の人に聞こえないように小声で言って、茉莉香の目を見つめた。

 

『だめですよ、アレックス。王子様が、そんなことをおっしゃっては・・・・。

 それに、貴方も、カトリーヌや、サーシャとか、この星の名門のお嬢様たちと、楽しそうに踊っていらしたではないですか。』

 

 茉莉香は、そう言って、軽く受け流そうと思った時に、自分の変調に気が付いた。

 声が出ないのだ。

 しかも、ものすごく緊張し、胸の鼓動が激しくなっている。

 そして、茉莉香の頭には、いろんな思いが浮かんでは、すぐに消えた。

 

『殿下が、他家のお嬢様と楽しそうに踊っていたのを見て、私がスネていると思われたら困るなあ・・・。そんな関係でもないんだし・・・。

 危ない、危ない!

 とにかく、私、もう高校卒業だと言うのに、またまた、オバカで、わがままな女子高生を演じるところだったわ。』

 

 また、こうも思った。

 

『これからは、船長として、彼に接する以上、もうちょっと堂々と大人の淑女らしい振る舞いをして、イイトコ見せないと、イケナイわよねえ・・・。』

 

『なんだかんだと言っても、私にも、弁天丸の船長としてのイメージと言うものがあるのよね・・・』

 

 いろいろな思いが頭の中をめぐり、茉莉香は考えがまとまらなくなってきた。

 決断の速さが茉莉香のトリエ(取得)なのだが、今回はそれがまったく発揮できなかった。

 

『なぜ、いつものように、パッと答えが浮かんでこないんだろう?』

 

 茉莉香は焦った。そして、こうも思った。

 

『こんなことなら、グリューエルにもっと聞いておけばよかったなぁ。

罰ゲームの時に帝都でのお買い物や食事のマナーは教えてもらったのだけどねぇ…。』

 

 茉莉香は、すこし後悔した。

 辺境惑星の女子高生と、海賊船の船長と、帝国軍人としてのわずかな経験しかない自分には、王族も出席するような華やかなパーティでの大人の淑女らしく振る舞うにはどうすれば良いか、分かっているわけもないと思ったからだ。

 クリスティア王女からは、チアキと一緒に王宮のパーティにも誘われたこともあったが、弁天丸の仕事が忙しいのを理由に断ったこともあった。今思えば、経験を積む良いチャンスだった。

 

 アレクサンドル王子は、踊りながら次々と優しい言葉をかけてくれるのだが、茉莉香は、大人の女性、つまり淑女として、どう振る舞って良いか分からず、笑顔が曇り、言葉も途切れ、下を向き勝ちになった。

 やがて、曲が終わり、いよいよ最後の一曲、ラストダンスということになった。この一曲は予めペアが決まっていないので、会場内はざわついた雰囲気になっている。

 

「ラストダンスも、ぜひ茉莉香さんと踊りたかったのですが・・・。

 ご気分がすぐれないようですね。

 あちらに座って、飲み物でも頂きましょう。」

 アレクサンドル王子に促されて、茉莉香は踊る人々の輪から出て、ホールの端のテーブルに座った。

 

「お嬢様、お飲み物をお持ちしました。」

 こちらから頼みもしないのに、待っていましたとばかりに、メイド服を着た小柄な女の子が近づいてきて、茉莉香にソフトドリンクを差し出した。

 茉莉香がその子を見ると、黒くて小さい丸型のフレームの眼鏡をかけて、黒髪を三つ編みにしている。

 しかし、茉莉香には、その声に聞き覚えがあった。

「まさか、グリューエル!? そうなの?」

「ウフフフ・・・。さすがですね、茉莉香さん。

 完璧な変装を見破られましたわね。」

「でも、ありがとう。頂くわよ。

 それにしても、その変装は完璧だよ。

 一年生の時に二人で中継ステーションに行った時とは大違いだよ。」

 そう言って、茉莉香は微笑みながら、ソフトドリンクを口にした。

 

「茉莉香、大丈夫?」

 ハラマキが近づいてきた。

「どうしたのよ。急に座ってしまって・・・。」

 チアキがホールに現れ、近づいてきた。もちろん、エドワード・ドリトルが隣にいる。

「いやあ、ちょっとねえ・・・・。」

 茉莉香は、あいまいな返事をした。

 更に、ギルバートとマミも、他のヨット部員たちも次々と茉莉香を心配してやってきた。

 

 そして、少し気分の落ち着いた茉莉香は、自分たちがホール中の注目を集めていることに気が付いた。

 自分たちが踊りの輪の中に戻るのを待っているのだ。

 なぜなら、ここには主賓のアレクサンドル王子だけでなく、チアキ姫までいるのだから。

 茉莉香は、立ち上がって、アレクサンドル王子に近づいて、小声で言った。

「私、まだ気分が良くないので、ダンスは遠慮します。

 それで、アレックス。ここにいるハラマキ、じゃない、原田真紀子をダンスに誘って下さい。

 先ほどから、みなさん、お待ちかねですから・・。」

「はい。わかりましたよ、茉莉香さん。では、あとで。」

 アレクサンドル王子もその場の空気は読めていたようであり、すぐに了解した。

 

「では、原田さん、私と踊って頂けますでしょうか?」

「ハ、ハ、ハイ。喜んで。

 というか、あのう、私、原田真紀子と申します。初めまして、殿下。

 ヨット部では『ハラマキ』と呼ばれています。

 よろしければ、そう呼んでください。」

「そうでしたね。初対面のごあいさつもまだでしたね。

 初めまして。アレクサンドル・ホワイトローズです。アレックスとお呼びください。」

「では、まいりましょう。ハラマキさん。」 

「はい。」

 ハラマキは、嬉しそうに肯いて、二人は踊る人々の輪の中に入って行った。

「ほら、チアキちゃんたちもどうぞ。」

 茉莉香が言った。

 それに応じて、チアキがエドワードを見つめた。

 もちろん、彼が踊りに誘い、二人も踊る人々の輪の中に入って行った。

「ギルバートさんも、そう言う訳で、マミをダンスに誘ってください。」

「わかりましたよ。では、マミさん、お願いします。」

 二人も、人々の輪の中に入って行った。続いて他のヨット部員も戻って行った。

 

 それを合図に、ラストダンスの曲が演奏され始めた。

 みんなが踊り出すのを見ながら、茉莉香は隣のグリューエルに言った。

 

「ねえ。グリューエル。

 さっきから、私が踊っているところを見てたの?」

「はい、そうです。

 ゴメンなさい、黙って見ていまして。」

「いやあ、そんなことは良いの・・・。

 それより、私を見ていて、何か気が付いたかしら?

 今日の私、なにか、変だったでしょ?」

「そうですかぁ・・・。特に気が付きませんでしたけど・・・。」

 グリューエルは、言葉を選んで答えた。

「あのねえ、グリューエル。

 帝都に行ったら、私にも、マナーとか言葉づかいとか、大人の女性として必要なことを もっと教えてね。お願い。」

「はい。喜んで。」

「ありがとう。

 私ね、思ったんだ。

 今、私の持っているものだけじゃ、これからは、足りないって思ったんだ。

 アレックスとギルバートの二人が、私の弁天丸に乗るようになるとね・・・・。

 私、もっと、大人にならないと・・・・。 」

 

 グリューエルは、茉莉香が、ギルバートだけでなく、アレクサンドル王子まで弁天丸に乗ることが決まっているかのごとく、話していることに少し驚いた。

 しかし、その気持ちを表すことなく、いつものように答えた。

 

「私で出来る事でしたら、なんでもしますわ。

 だって、茉莉香さんのためですもの。」

 

 グリューエルは、茉莉香がこれほど迷うのは、知識や経験が不足しているからではないという自分の見立てを、まだ茉莉香に話さないことにした。

 

 




 やっと、卒業式の日まで書き進みました。
 ここまでくると、登場人物が、勝手にしゃべり出し、動き出して、文章が長くなってしまいました。
 しかたがないので、卒業式だけで、既投稿の部分も含めて、一つの章にまとめました。お詫びします。
 なお、チアキの「メトロポリタン空港出迎え事件」は、「第四章 銀河帝国」の冒頭をご覧下さい。

 ラストまで、残り、あと一章となりました。
 キャプテン茉莉香-銀河帝国編- 最後までよろしくお願いします。

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