宇宙海賊キャプテン茉莉香 -銀河帝国編-   作:gonzakato

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 白凰女学院ヨット部は、加藤茉莉香船長のもとで、今年も練習航海に出かけます。
 しかし、今年は、新しく顧問となった女性教師クリス先生の提案で、超光速飛行の出来るブースターを装備して、学校を休んで、はるばる、核恒星系の宇宙大学や銀河帝国の帝都見物にでかけようとします。
 そして、超光速ブースターを装備するため、修理船にドッキングするのですが、そこで思わぬ危機に直面します。宇宙マフィアの艦隊が、オデット二世号を襲ってきたのです。
 なぜオデット二世号は襲われるのか、互いに信頼し合って危機を乗り切るため、クリス先生と部員達は、ひとつひとつ、その理由、つまり自分達の秘密を告白していきます。
 オデットⅡ世号を収容したオンボロ修理船の正体は?
 新しく顧問となった女海賊教師の正体は?
 そして「裏で何をやっているか分からない娘(コ)だらけ」のヨット部員の秘密は?
 やがて、少女達は、銀河帝国聖王家の王位継承争いに巻き込まれていきます。
 今回はその第一回です。



第三章 練習航海1 海賊教師の正体

3-1 弁天丸ブリッジ

 

 ダンスパーティから一週間後に中間試験が行われた。

 試験の翌日、弁天丸のブリッジにいるミーサは、茉莉香との定時連絡をした。

「それで中間試験が済んだので、いよいよ明日から練習航海に行くの?」

 ミーサが言った。

「そうなのよ。お仕事の予定、いまのところ何とかなるわよね。

 私、部長だからオデットⅡ世号でも船長でしょ。だから、練習航海には必ず行かないとねえ。だから、ミーサ、お願いね・・・。」

 茉莉香が言った。

「確かに、いまのところ、どうしても船長がいないと出来ない仕事はないから、いいけど。

 それで、練習航海はどこに行くの?

 ちゃんとフライトプランを弁天丸に送ってね。まさか、2年前みたいに、変なヤツラの船に襲われたりはしないだろうけどね。

こちらだって船長の安全確保も大事なんですからね。」

「フライトプランは、後で送るよ。ざっというと、・・・

 まず、海明星の軌道を離脱して、外惑星の縞白星(しまのしろぼし)へ向かいます。その間、一年生に船の操作の実習や、太陽帆修理のための船外活動の訓練をします。

 それから、縞白星の軌道上のリング地帯でも、船外調査活動の実習の予定かな。

 そのあと、業者の人の船が運んでくる超光速ブースターを装備してもらい、核恒星系にある宇宙大学へ見学に行きます。これが航海の目的地です。

 それから、帰りに、帝都クリスタル・スターに寄って、観光して、遊んで、お土産買って、帰ってきます。」

「宇宙大学ですって!茉莉香、宇宙大学に興味があるの。」

「イヤー、進学したいというわけでは無いんだけど、一応見てみたいというか、帝都もこの目で見てみたいというか・・・。」

「それで、ヨット部の高校生だけでそんな遠くまで行くの?

 顧問の先生はついて行くんでしょうね。」

「うん、大丈夫。ついて行ってくれる。」

「まあ、それなら大丈夫かな。他に何か変わったことはない?」

「うん、ないよ。じゃあね。」

 茉莉香からの手短な通信が切れた。

 

「大丈夫?

 顧問の先生って、あいつよ。きっと。

何も聞かないのね。」

 クーリエが心配そうに言った。

「大丈夫でしょ。船長が自分で決めたことだし。相談や手助けの必要があるなら、言ってくるでしょう。信じて待ちましょう。」

「しかし、当面たいした仕事はないから、船長の護衛のために、オデットⅡ世号を追跡して帝都方面まで行った方が良いだろう。この界隈ならともかく、核恒星系となると緊急事態になってもすぐに行けないからな。」シュニッツアーが言った。

「それはそうね。仕事の日程をやりくりして、茉莉香の練習航海にこっそりついて行きましょうか。」

 

 

3-2 オデットⅡ世号

 

 中間試験後、白凰女学院宇宙ヨット部一行は、練習航海に出発する。

 茉莉香は、中継ステーションの専用ドックに一年生を案内して、言った。

「さあ、これが私たちの練習船、オデットⅡ世号よ。」

「わあーー。大きい。」

「カッコイイ。」

 一年生達の歓声が響いた。

 

「それにしても、広いな。こんなサイズの有酸素ドックは久しぶりだなあ。」

 クリス先生は、懐かしそうにつぶやいた。

「おまけに、このドック内は、無重力かあ。それなら、あれをやってみるか。

 おーーい。一年生、ドックの中に入って、私のそばに集まれ!

 それから、上級生は先に乗船して、出港準備だ。物資補給のスケジュールもチェックしろ。」

 クリスがそう言って、先にドックの中に入った。

「先生! 宇宙服に着替えなくていいんですかあ。」

「制服のままでかまわない。集まれ!」

 さすがに、今年の一年生は宇宙ヨットの経験者が多いというだけあって、無重力空間をさっと飛んで、クリスに近づいてきた。

「よく聞いてくれ。このドックの巨大な無重力空間を利用して、正確な編隊飛行をする訓練を行う。

 このような大きな無重量空間では、何の道具も使わずに自分の力だけで渡り鳥のようにきれいな編隊飛行をするのは、意外と難しいのだ。

 スペースコロニーなら幼児のころから遊びとして始めるが、それは船乗りとしても初歩の初歩だ。でも大切な訓練だぞ。

 まずは、編隊飛行を一回やってみよう。自分達の思うように飛んでみろ。

メリー・ランバート。お前が、中心になって、先に飛べ。」

「はい、先生。」

「では、天井に書いてある、あのBの文字の方向に向かって飛びます。いいですか、行きます。」

 一列に並んだ10人の制服姿の一年生が、中央のメリーに続いて、その両側の生徒、さらにその両側の生徒と順に飛んでいき、雁型の編隊をつくっていく。

 上手く、編隊飛行が出来た様に見えた。

 しかし、天井までかなりの距離があるので、次第に飛んでいる方向が違っているのが露わになってくる。体が接近したり、離れていったりする者が出てきた。速度もわずかに違いがあったため、遅れたり、前に出てしまう者もいる。

 そうして、編隊の隊列は乱れていく。

 なんとかしようと、何人かが、手足をバタバタし始めた。しかし、水泳のように急に激しく手足を動かしても、飛ぶ軌道や姿勢は急に変わらない。

 そうやって皆が焦り始めた頃に、天井に到着した。

 

 後を追って、クリス先生が飛んできた。

「どうだ、意外と難しいだろう。

 宇宙船のように随時、推力の調整が出来ないからな。

 最初のジャンプ一回だけで皆が同じ軌道で飛ぶには、みんながお互いの力を知った上で、合わせる気持ちを持つことが必要なのだ。遅い者に合わせることも大切だ。

 今度は、手をつないで編隊飛行をやってみよう。

 ところで、スペース・ディンギーで実際に宇宙を飛んだことのあるものは手をあげて。」

 数人が手を上げた

「おお、半分ほどいるなあ。

 ディンギーの編隊飛行も同じようなものだろう。思い出せ。

今度は、ジェシカ・ブルボン。お前が中心になって、手をつないで飛んでみろ。両端の部員がオデットⅡ世号にぶつからないように注意して、進路を選べ。」

「はい、先生。

 では、皆さん、あちらの地上のAの文字を中心に、皆さんの位置に応じて、左右1メートルずつ目標をずらしてください。

 次。しっかり手を握って、腰を落として、三つ数えたら一緒に飛びます。一緒に数えてください」

「1、2、3、GO!」

「わあーーー」

 今度は手をつないでいるためか、皆が一体となって飛んでいく。

「なかなか飲み込みが早いな。

 では、次は、一年生に、フリーフライト・チェックを教えるか・・・。」

 

 オデットⅡ世号のブリッジでは、2、3年生が忙しく機器の点検をしている。

「茉莉香、一年生が、クリス先生にしごかれてるよ。」

 ブリッジのモニターに映った一年生の編隊飛行をみて、リリイがつぶやいた。

「一年生もなかなかやるじゃない。私たちも、負けてられないわよ。上級生ってとこ、見せないとね。」

 船長席に座った茉莉香が言った。

「船長、一時間後に業者の人が食料を配達してくれます。これを積み込んだら、出港準備完了です。」

 チアキが言った。

「了解しました。でも、私のこと、『船長』って言ってくれるの、チアキちゃんだけだよ。ありがとうね。」

「だから、船長。『ちゃん』じゃない!」

 

「こちら、白凰女学院練習船オデットⅡ世号、船長の加藤茉莉香です。中継ステーション聞こえますか。出港許可を申請します。」

「こちら、中継ステーション。キャプテン茉莉香、今日は弁天丸じゃないんですね。」

「ナハハハ、今日はヨット部の部長ですから・・・」

「それでは、オデットⅡ世号、出港を許可します。よい旅になりますように。」

「ありがとうございます。行って参ります。」

 

「では、オデットⅡ世号、出港します。」

「了解。

 ・・・ドックの減圧完了を確認。

 ゲート開放。

 ・・・開放確認。」

「エンジン点火。

 ・・・点火確認。

 出力安定。」

「微速前進。・・・」

 

「いま、中継ステーションの管制エリアを抜けました。」

「たう星の第二宇宙速度を、突破しました。」

「では、マストを展開してください。」

「展開確認。計器、オールグリーン。」

 

「茉莉香。今回は順調に開いたわねえ。

 そういえば、一年生の時は、ビックリしたよねえ。いきなり、警報が鳴るんだもの。」

「そんなことがあったんですか?」

 リリイは一年生に、自分達が初めて航海した時の出来事を話した。

 

「さて、もう大丈夫。ここまでは無事に来たかなあ。やれやれ。いつものことだけど緊張するね。」

 茉莉香は、手で顔を扇いで一息ついた。

 そして、表情を正して言った。

「えー、オホン!

 みなさん、いよいよ、白凰女学院宇宙ヨット部の練習航海が始まります。

 まず最初に、『ヨット部の歌』を歌いたいと思います。

 ウルスラ、お願い。」

「では、皆さん、今回は遠くまで行くので、歌詞の3番4番でいきますよ。

 せえーのー」

 

見送る人に手を振れど 古い世間に未練無し

たう星系に背を向けて 星の海原ひた走る

広い宇宙の 旅行く先に どんな出会いが待つのやら

われら、船乗り、白凰、ヨット部

まだ見ぬ 人々よ 今、往かん

 

港離れて幾光年 見慣れた星座今はなし

まだまだ船は道半ば はるか海原漕ぎ出さん

広い宇宙の 旅行く先に どんな世界が待つのやら

われら、船乗り、白凰、ヨット部

まだ見ぬ 星々よ 今、往かん

 

われら、船乗り、白凰、ヨット部

まだ見ぬ 星々よ 今征かん

 

「えいえいおーー!」

 

「続きまして、船長として、皆さん、特に一年生に皆さんに、ひとこと申し上げます。

 いまから私たちは、同じ船に乗って宇宙を航海します。

 同じ船に乗ると言うことは、生死を共にすると言うことです。」

「ええー、生死を共にするだってえ・・」

「チョット大げさ・・・。」

 一年生が小さな声で言った。

「みなさん、大げさでも、なんでもありません。これは、宇宙旅行では本当のことです。

 では、そういうときは何が一番大切か分かりますか。」

「・・・・・」

「それは、信頼です。

 そのためには、船の運航の安全に関わる重要な情報は皆が共有することが必要です。

 早い話が隠し事は無しってことね。

 私はそういう方針で船を運営しますから、皆さんも協力してください。」

「はあーい!」

「それから、一年生は、担当部署の出港の手順をもう一度確認して下さい。

 上級生は、一年生がちゃんと覚えているか確認してください。」

「はあーい!」

 

「あのーー。茉莉香先輩。今度の航海で、機会があったら、サイレント・ウイスパーに乗ってもいいですか。私、操縦マニュアルを読んで、勉強してきたんです。」 

アイ星宮が、遠慮がちに小声できいた。

「もちろん、いいよ。でも、アイちゃんはまだ操縦したことがなかったっけ。

 そういえば、いままで、ほとんどサーシャか、チアキちゃんが乗りまわしてたのかなあ。アイちゃん、遠慮しないで、乗ってね。」

「うわー!ありがとうございます。ナタリアも一緒に乗ろうね。」

「部長!ありがとうございます。」

 

「今、何て言った? サイレント・ウイスパーだって?」

 いつの間にか、クリス先生がブリッジに来て、皆の後ろに立っていた。

「ヨット部に置いてあるとは聞いていたが、あれは最新型の軍用機で操縦や電子機器の操作もなかなか難しいぞ。

 それを実際に乗り回している女子高生がいるとは驚いたなあ。

 てっきり、茉莉香が弁天丸との連絡用に使うだけかと思っていた。」

「ナハハ・・・。恥ずかしいんですが、私はあんまり乗ってなくて・・・。

 でも、そんなに難しいんですかぁ。

 チアキちゃんやサーシャは簡単そうに乗り回してましたけど。」

 茉莉香が苦笑いした。

「私は海賊の娘ですから、武器の扱いには慣れてますよ。

 ・・・ねえ、そろそろ、先生も私たちに、もっといろいろ教えてくださっても、いいんじゃないですか。」

 クリスが、何食わぬ顔で関心しているのを見て、少し腹を立てたチアキが、ついに言った。

 

 クリスがニヤリと笑って、何か言いかけたときに、通信機の呼び出し音が鳴った。

「クリス先生。至急の通信です。発信人は、ヒュー&ドリトル星間運輸所属・出張修理船『おれのばあさん21号』船長ミッキー・ハヤマさんです。

 どうしますか。」

「チアキ。悪いが、その話はまた後でさせてもらう。

 サーシャ、私の部屋へ通信を回してくれ。」

 そう言って、クリスは、足早にブリッジを後にした。

 

 クリスの姿が見えなくなると、皆が一斉に笑い出した。

「アハハハ・・・・。おれのばあさん号、だって。変な名前。」

「それに、21号で『ばあさん』は、ないよねえ。70号くらいなら良いけど。」

「私としては、35号を超えると、ばあさん号の仲間に入ると思うんだけど。」

「アハハハ・・・。」

「あいかわらず、リリイは厳しいねえ。17号からみれば、2倍以上だものね。世間じゃ、35号なんて、まだ若手なんだろうけど。」

「それにしても、ミッキー船長って、21号なのかなあ。55号だったりして。」

「アハハハ・・・。それ面白い問題。わたし、おもしろいから、21号に一票いれたい。」

「それをいうなら、クリス先生は、本当は何号かって問題もあるよ。」

「大学卒業したばかりの23号っていうけど、うちの学校の先生紹介のプロフィールは、当てにならないからね。」

「そうそう、校長なんて、もう何年も年齢が変わってないって言うしね。」

「おお怖い。さすが魔女。」

「ハハハ・・・・」

 

「だめ。会話が聞こえないわ。ガッチリ暗号化されてる。いろいろ試してみたが、全くだめ。どんな方法で暗号通信しているのかしら。もう、あきれるわ。」

 クリス先生の通信を盗聴しようと試みていたチアキが、ぼやいた。

「ねえ、メリー。クリス先生の本当のこと、アンタ知ってるんでしょ。」

 チアキは、通信担当で自分の補佐をしているメリー・ランバートに言った。

 「私は何も知りません。・・・・」

 彼女は、そういって、黙ってしまった。

 

 チアキはますます腹が立ってきて、遂に言った。

「だいたい、このごろみんな変よ。あの女に良いように手なずけられて。

 あいつの正体知っているの?」

「チアキさんこそ、どうして、そんなにお怒りになっておられるんですか。」

「茉莉香。グリューエルには、海賊狩りのことは詳しく話してなかったの?」

「まあ、営業上のことだから、詳しくは・・・。」

「そうかあ。茉莉香、もうみんなに話すからね。一年生は何も知らない訳だし。」

「そうね、同じ船で航海に出た以上、隠し事は無しと言ったばかりだしね。」

 

「上級生は覚えているでしょうけど、昨年度の学年末試験の前に、ここいらの海賊達が海賊狩りに襲われて、十数隻も船が沈められた事件があったのよ。

 そして、私たち私掠船免状の海賊達は共同して、海賊狩りの船と戦って勝った。

 グリューエルたちも、オデットⅡ世号で応援に来ようとしてくれたね。」

「そうでしたね。私たちが戦場にたどり着く前に、戦いは終わってしまいましたけど。」

「その海賊狩りの船の名前は、『機動戦艦グランドクロス試作α号』といってね、その艦長はクオーツ・クリスティアと名乗っていた。

 つまりクリス先生だったのよ。」

 

「うそです。クリス先生がそんなことする訳、ありません。

 あんな優しい人がそんな海賊狩りなんて・・・。」

 メリーは泣きだした。

「メリー、貴方や貴方の幼い兄弟姉妹(きょうだい)たちには気の毒だけど、本人に間違いないわよ。

 しかも、あの女は、自分こそが本物の海賊で、私たち私掠船免状の海賊はショーのような営業をしているだけで、本物の海賊では無い。

 無用のものだから無くなってもいい。

 だから私掠船免状の海賊を相手に戦艦の性能テストをするんだとまで、言っていたわよ。」

 チアキが言った。

 

「その話、ほんとうですか。信じられません。」

 グリューエルも驚いて、聞き返した。

「本当よ。私もチアキちゃんと一緒だったから、聞いてる。

 でもね、海賊狩りの後始末については保険組合を通じて和解交渉が進んでいるので、心配いらないわ。

 クリス先生はもう敵ではないわ。」

 茉莉香が言った。

「茉莉香、私が言いたいのはそういうお金のことではなくて、どうしてあんな事をしたヤツを許せるのかという・・・」

 

 その時、警報サインが鳴った。通信席のサーシャが言った。

「前方にプレドライブ現象確認。船がタッチ・ダウンしてくるようです。

 ・・・トレスポンダー取れました。

 船籍、銀河帝国。船名、ヒュー&ドリトル星間運輸所属・出張修理船・俺のばあさん21号。」

 船長の茉莉香が驚いて言った。

「ええ!? 修理船とのランデブーの予定は、明日だったでしょう。

 間違えたのかしら。」

「船長、通信が入ってます。発、おれのばあさん21号船長ミッキー・ハヤマ、宛 オデットⅡ世号船長加藤茉莉香 殿 」

「通信回線開いて。モニターに映像を出して下さい。」

 

 やがて映像が出た。年の頃は20代後半のような若々しく、しかも精悍な目つき、浅黒い肌の若づくりの女性が現れた。

「初めまして。キャプテン加藤茉莉香。

 おれのばあさん21号の船長、ミッキー・ハヤマです。ミッキーと呼んで下さい。」

「こちらこそ、初めまして、キャプテン・ミッキー。私も茉莉香と呼んで下さい。」

「早速ですが、キャプテン茉莉香。

 予定を早めて、今すぐにドッキングして、超光速ブースターのセッティングを始めたいんですが、お許し頂きたい。

 なにぶん、当方のスケジュールが立て込んでまして。

 それに、お互いの利益になる話だと思いますが。」

「・・・そうですね、承知しました。」

「ではドッキングは自動操縦ですよね。誘導します。」

「いやあ、すみません。うちのは手動なので、船のデータも送って下さい。」

「了解しました。ドッキングしたら、工事完了まで、こちらの船にご乗船下さい。

 船長直轄の来客専用の区画へお嬢様達をご案内します。

 他の乗組員は出入りしませんので、ご安心を。重力もありますし、食事とか休憩の設備は充実してますよ。ゲームセンターもありますから。」

 いつのまにか、クリスがブリッジに戻って、船長同士のやりとりを見守っていた。

 オデットⅡ世号は、「おれのばあさん21号」の修理用ドックに着艦し、伸びてきたアームで船体を固定された。

 ドッキングポートが繋がれ、ヨット部員達は相手の船に乗り移った。

 

 

3-3 弁天丸

 

 茉莉香を護衛するため、オデットⅡ世号を監視していた弁天丸だったが、今、ブリッジでは、クーリエが慌てて言った。

「今、オデットⅡ世号が、出張修理船とドッキングしたけど、予定では明日じゃなかったのかなあ。

 それよりも、あの修理船、なんかヘンなのよねえ。フライトプランも、トレスポンダーもちゃんとしているんだけど、どこか嘘っぽいと言うか・・・。

 いま、データベースで得られた修理船の過去の情報と、現実に受信したデータに不整合がないか、自動チェックさせてるんだけど・・・。」

「何やってるの。そんなにおかしいの。」

 ミーサが言った。

「うん。

 あっ、一つ、エラーが見つかった。

 この船、登録はカテゴリーⅡだ。

 さっき、超光速跳躍してきたけど、航海法では超光速跳躍が出来ない種類の宇宙船だよ。」

「勝手に、改造しているの?」

「そもそも、それじゃあ、中継ステーションを正規に出港できるはずがないでしょう。」

「海賊ならともかく、持ち主は、ヒュー&ドリトル星間運輸だろう。プロが、わざわざ、不法改造なんかするのかあ?。」

 百目が言った。

「あ、もう一つ見つかった。

 飛行経路の航跡もおかしいわ。計算結果は、超光速跳躍した距離が1万光年以上で測定不能。出発地の座標も不明、エラーが出てる。」

「1万光年以上だって、ホントかな?

 あいつ、まさか、核恒星系から一気に飛んできたというの。」

「はあ? コンピューターが狂ってるんじゃないの。そんな距離をジャンプできる宇宙船なんて無いよ。

 そもそも、おれのばあさん号のような老朽船では、そんなことはあり得ないよ。」

「そうね。そんなことが出来るとしても、莫大なエネルギーが必要だから、もっとごつい船よね。」

「じゃあ、目の前のあれは、一体何?」

「・・・・・」

 弁天丸のブリッジのクルー達は、モニターに映った『俺のばあさん号』の光学映像を見た。

 それは、どうみても、古いオンボロ宇宙船だった。

 

 

3-4 出張修理船・俺のばあさん21号

 

 「おれのばあさん21号」の内部は、古ぼけた外観から想像できないほど、真新しくそして、広く、最新の設備で構成されていた。

 オデットⅡ世号の一行は、船長の応接室に通された。

 テーブルを囲んでお茶やお菓子が出され、工事の手順や艦内の説明が行われた。工事が終わるまで、ヨット部員は来客専用区画を自由に利用するようにと言われた。

 その後、船内から連絡を受けたミッキー船長が言った。

「エンジニアの話では、オデットⅡ世号が予想より旧式の船なので、工事に時間がかかるそうだ。まあ2日はかかると言っている。

 宿泊スペースもあるから、ゆっくりして下さい。」

「ええー!それじゃ、練習航海の予定が遅れてしまいます・・・」

「茉莉香、心配はいらん。この船でも訓練は出来る。

 さあ、お茶を飲んだら、みんなで『ゲームセンター』へ行こう。」

 

 クリスが「ゲームセンター」という言葉にアクセントをつけて、言った。

 その後、クリスはドアを開けて廊下を進んだ。生徒達も、『ゲームセンター』と聞いて、もう身を乗り出している。

「お嬢、私もお供してよろしいでしょうか。」

「ミッキー、みんな、私の可愛い生徒達だぞ。お手柔らかにな。」

「あはは。分かっております。」

 

 ふたりは、歩きながら親しげに会話していたが、その様子を生徒達が怪訝そうに聞いているのを見て、クリス先生が言った。

「ミッキーは、昔、帝国軍士官学校パイロット科の教官だったんだ。」

「お嬢!昔ではありません。ついこの間までです。

 生徒諸君!改めて自己紹介しよう。銀河帝国内で一番若く、一番美人の船長、ミッキー・ハヤマ21歳とは、この私です。」

「・・・・・・」

「なんだ?拍手が無いなあ・・・。

 ああ、そうかあ。一番若い船長というのは、そこにいる加藤茉莉香が弁天丸の船長になったので、譲ったけどね。

 ハハハ・・・訂正、訂正。」

「ナハハハ・・・」

 その強弁ぶりに、茉莉香も苦笑いするしかなかった。

「・・・・・・・」

 生徒達はやはり言葉が出なかった。

 

「お姉様。帝国軍士官学校パイロット科の教官というと、『ライトスタッフ』といわれる超エリートパイロットですよね。

 あの方、本物でしょうか。」

 ヒルデが小声で聞いた。

「うーーん。クリス先生が、うそをおっしゃっているようには見えませんが、ミッキーさんは、ご自分のことを『一番美人』とか『21歳』とか、おっしゃってましたよねえ・・・・。」

 そんな生徒達の反応にお構いなしに、こっちこっちと言いながら、二人は広々とした船内の廊下を奧へ奧へと進んでいって、奥の部屋の大きなドアを開けた。

 

 そこには、大小様々な宇宙船や重機械の操縦席を模した多数のシミレーターが置かれていた。「ゲームセンター」とは、この部屋のことだった。

 クリスが言った。

「見ての通り、ここは、本来は、長い航海の間に、乗組員が目的地に着いた後の仕事に備えて訓練をする施設だ。

 だから、ここにあるシミレーターは、すべて、本物の船や重機械の操縦を体験できるプロ仕様のものだ。

 一年生は、あちらの大型船のシミレーターを皆でやってみなさい。

 まず、手動での発進の練習、次はステーションへの手動での着艦の練習。最初はモニターのヘルプの指示通りにやってみなさい。慣れたらヘルプを見ずにやってみなさい。  それで、自信がついたら、私かミッキーに言いなさい。パフォーマンスを見てあげよう。合格したら、次は超光速跳躍の練習に進むぞ。

 上級生は、宇宙海賊船弁天丸の操縦も出来るそうだから、お前達も負けるな。」

「やった。よし、がんばろう。」ジェシカ・ブルボンが言った。

「おー」

 一年生達が声を上げた。早くも、一年生の団結は固そうだ。

「上級生は、一年生のようなことは経験済みだから、何でも好きなのをやってみなさい。」

「私のオススメは、あちらの単座の戦闘機シミレーターと、その向こうの惑星開発用人型巨大ロボットの操縦シミレーターだ。

 人型巨大ロボットは、TVで見たことがあるだろう。いずれも乗ってヘルメットをかぶると、実際に搭乗しているような立体映像が見える。

 こいつらのシューティング・バトル・モードの臨場感は、プロ仕様だよ。意味わかるかい。」

 ミッキーが、ニヤリと笑いながら言った。

 これを聞いて、さっそく戦闘機シミレーターにはウルスラが、人型巨大ロボットのシミレーターには、リリイが飛びついた。

「ミッキー、危ないことを教えるなよ。まだみんな、高校生、未成年なんだよ。」

「ちぇえ。わかりましたよ、お嬢。

 敵側のアバターのビジュアルをカワイイのに変えておきますから。アヒルの人形とか、熊のぬいぐるみとか・・・。」

「それから、アイとナタリアは、こちらに来なさい。」

 クリスは、複座の小型宇宙船のシミレーターに二人を案内した。

「ミッキー、この二人はサイレント・ウイスパーの操縦を勉強したいそうだ。シミレーターのモードを調整してやって欲しい。」

「へえー。サイレント・ウイスパーかあ。優秀だねえ、キミたち。たっぷり教えてあげよう。」

 ミッキーは、ニヤリと笑った。そのすごみのある笑いで、アイとナタリアは、ミッキーが本物の鬼教官だとわかった。

 

 その後も、ミッキーはシュミレーター席のヨット部員を順に回って、いろいろと操縦の極意を教えて回った。ミッキーは、正確に生徒達の問題点を指摘し、各人に最適なアドバイスをし、そのパフォーマンスを改善させた。

 彼女の実力をみて、ヨット部員は、たちまち彼女を「先生」と呼び始めた。

 

 その時、一年生のメリー・ランバートが、奧のシートで覆われたシミレーターの方へ走っていくのが見えた。

 クリスが慌てて、後を追った。茉莉香達もメリーを心配して、後を追いかけた。

「メリー、そのマシンは止めなさい。危険だ。乗ってはいけない。」

「ねえさん、これなんですね、例のやつは。

 私もねえさんの役に立ちたいんです。私に出来るか、試させて下さい。」

「だめだ。危険だ。」

「ねえさん。先輩達が、ねえさんのこと誤解してます。

 先輩達が、ねえさんのことを影でなんと言ってるかご存知ですか。」

 メリーは泣いていた。

「分かっているよ。メリー。だから、もう泣くのはよしなさい。」

 

「先生、メリーの気の済むようにさせてあげて下さい。

 大丈夫ですよ。このシミレーターは、それほど危険ではありません。

 それに、私がそばについて見守っていますから。」

 そう言ったのは、サーシャだった。

 メリーが、覆っていたシートをはがした。

 シートの中から現れたのは、丸い透明な球体型のシミレーターだった。その中に、電子回路を張り巡らせた椅子が一つ備え付けられている。

 さっそく、メリーが乗り込んだ。

 

「グランドクロスの操縦席と同じだ。」

 白兵戦でグランドクロスに乗り込んだ経験のある茉莉香には、その正体が分かった。

 茉莉香がそう言うと、グリューエルが緊張した声を上げた。

「例の重力制御推進の新型戦艦の操縦席ということですね。」

 

 その様子を少し離れた所から見守っていたチアキがつぶやいた。

「まったく、サーシャも正体を隠してたのね。

 軍艦製造大手メーカーのステープル重工業の社長令嬢といっても、ただの箱入り娘ではなかったのね。

 グリューエル達もクリス先生の正体を知っているようだし、みんな隠し事ばっかり。

『裏で何やっているか分からない人だらけ』というのは、本当だったわね。」

 

 

3-5 チアキの部屋(俺のばあさん21号船内)

 

「茉莉香。部屋に戻って夕食まで休んでるわよ。」

 そう言って、チアキは船の来客用宿泊区域へ向かった。

「チアキ。夕食が済んだら、船長応接室へ全員集合だ。」

「わかりましたよ、センセイ。」

 チアキは、クリスに背中を向けたまま、片手をあげて答えた。

 

「いったい、このシミレータールームは何のために作られたの。

 そもそも、この船自体も怪しい。外見はあんな小さなボロ船のように見えて、乗ってみると、船の中は移民船並みの巨大な部屋が続いているなんて、空間がおかしい。

 そんな怪しい船をボロ船の出張修理船として登録するのは、トランスポンダーの偽装じゃないの。宇宙航海法違反よ。

 ヒュー&ドリトル星間運輸は、ご立派な会社だこと。あきれるわ。」

 

 チアキは部屋に入るまで、このようにつぶやいて、怒っていた。

 しかし、部屋に入ると、少し気分が違ってきた。

「知らなかったのは私だけかなァ。

 茉莉香もこの頃、少し様子が変だったし。

 ヨット部の友情って、こんなものだったのかしら。なんか、怒るのが、バカバカしくなってきたわあ。 ・・・・・

 そうだ、あいつに電話して事情を聞いてみよう。

 あいつの会社のことだし・・・・

 もっとも、あれ以来一度も返事していないけど・・・。」

 

 チアキは、エドワード・ドリトルに電話した。

 実は、ダンスパーティのあと、エドワード・ドリトルから何度か電話がかかって来たり、メールが来たのだが、チアキは一切無視していた。

 

 エドワードは来客中だったが、しばらくするとTV電話に出てきた。

「やあ、チアキさん。お久しぶりですね。お話しできてうれしいです。」

「ワタクシの方こそ、ご返事が遅れて失礼いたしました。・・・」

 チアキは、丁寧な挨拶とお詫びを言った後、本題に入った。

 しかし、練習航海の事情を話して、「俺のばあさん号」の名前が出たとたん、エドワードの話しぶりが一変した。チアキの話が続いているのに、無理に話を遮って、話し始めた。

「まあまあ、そのくらいで。だいたい事情は分かりましたから。ハハハ。

 私も会社の船の名前をみんな知っているわけじゃないので、調べておきますよ。

 それはそうと、チアキさんは、クリスタル・スターにはいつ頃お着きなんですか。是非、お会いしたいですね。

 詳しい話は、直接お会いして、それからゆっくりと・・・。」

 

 チアキは、

『人の話を遮って、いきなりナンパを始めるわけ・・・。なに、コイツ。』

と思ったが、その時にエドワードの指先が手元の書類の文字を不自然な順序で指さしているのに、気がついた。それは次のような文字だった。

 

T、A、P、P、I、N、G

 

『tapping? この単語の意味は、ええーと・・・。まさか!盗聴。』

 

 ビックリしたチアキは、話を合わせることにした。

「せっかくのお話でございますが、ワタクシはまだ高校生でございますので、殿方と二人だけでお会いするなんて、お母様に知られたら、ひどく叱られますわ。

 いくら、お相手がエドワード様でも・・・・」

 チアキが調子を合わせて話し出したので、エドワードの表情が和んだ。

「チアキさんのお母様って、厳しい方なんですねえ。」

「それが、クリハラ家の伝統と申しますか・・・ホホホ。」

 それからチアキは、通信を切らずに、自分が良家の箱入り娘であるかのような受け答えを続けた。エドワードから、「俺のばあさん号」の正体についてなにか教えて貰えないかと、粘ったのだ。

 

 やがて、チアキの粘りに少し根負けしたためか、にっこり笑ったエドワードが、こう言った。

「ところで、チアキさん。チアキさんのお召しになっている学校の制服、昔の言葉でなんと呼ばれていたか、ご存知ですか。

 セーラー服って呼ばれていたそうですよ。色も濃紺だったそうです。その色のことを、ネービーブルーって言ってたそうです。

 昔、まだ船が惑星の海の上に浮べて航海する乗り物のことを指していた時、その海に浮かぶ船の中でも軍用船の乗組員をセーラーって呼んで、その制服がそういう青色のデザインだったんですってね。そして、海に浮かぶ軍用船の軍隊を海軍、つまりネービーって呼んでたそうですね。だから、制服の濃紺の色をネービーブルーって言うんだそうです。

 帝国宇宙軍のことを、いまでもネービーって呼ぶのは、その名残だそうですね。

 知ってました?」

「エドワード様は何でもご存知ですねえ。

 私は、そういう由来があったなんて、存じませんでしたわ。この制服のデザイン、長い歴史と伝統がありますのね。」

 と話をあわせつつ、チアキは考えた。

『??? いきなり変なことを長々話し出して、一体どうしたのかしら。

 そうか・・・制服の話からネービーの言葉を無理矢理に引き出したってことは、つまりこの船は銀河帝国宇宙軍のものだってことを言いたいのかしら。やっぱり・・・。』

 

 納得したチアキに向かって、エドワードが意外なことを言った。

「話は変わりますが、チアキさんがなにかご存知だったらアドバイスを頂きたいんです。 実は近々、ある辺境星域へ、星間交易や定期航路開設の交渉に行かなければならないんです。

 でも、そこの惑星開発会社の社長がハードネゴシエーターで、これまで他の星間運輸会社がすべて交渉に失敗しているんです。

 実は、その社長は元宇宙海賊という経歴の持ち主でして、会っただけでも恐怖感を覚えるという人もいる方でして・・・。

 こういう方と交渉をまとめるコツというか、度胸の付け方というか、なにかアドバイスを頂けないでしょうか。」

 

『この人は私が宇宙海賊の娘であることを知っている。』

 と、チアキは思った。

 

 チアキは、いきなり現実に引き戻された気がした。

 というのも「良家の箱入り娘」のお芝居は、チアキにとっても結構楽しかったからだ。 自分がジェニー先輩やサーシャのような立場だったらどんな暮らしをしているか、想像しながら会話をするのは楽しかった。

 そういう生活に憧れが無いといえば嘘になる。

 

『そうはいっても、私に大事なことを教えてくれたから、このまま借りを作りたくはないし、なんとか助けてあげたいけど・・・。』

 

 そこでチアキは、「良家の箱入り娘」のお芝居を続けながら、こう言った。

「エドワード様、そういうことでしたら、ワタクシより、ワタクシのお父さまにご相談なされるとよろしいのではないでしょうか。

 お父さまはお知り合いが多いので、その元宇宙海賊の社長さんについて、詳しい方をご紹介して差し上げることができるかもしれませんわ。」

「なるほど、それは心強いですね。」

「ワタクシからも、お父さまにお話をしておきますので・・。

 どうも、一言、お礼を申し上げるつもりが、長い電話になりまして、ご迷惑を・・・。」

「いえいえ、こちらこそ。楽しかったですよ。いつでもご連絡下さい。」

「ありがとうございます。」

 そういってチアキは電話を切った。

 

 辺境星域にある、宇宙海賊出身の社長がやっている惑星開発会社と言えば、チアキも名前くらいは知っていた。その会社の名は、ブルドッグ宇宙開発株式会社である。

 チアキは、さっそく父のケンジョーに電話して、エドワード・ドリトルからの話を簡単に伝えておいた。

 もちろん、ダンスパーティや「俺のばあさん号」の話は言わなかった。 

 

 一息つくと、チアキはつぶやいた。

「お父さま、お母さま・・・かあ。私の『お母さま』って、どんな人だったんだろう。

 私が赤ん坊の頃に死んだっていうけど、思い出してみると、船長のオヤジからも、副長のノーラからも、クルーからも詳しい話を聞いた記憶が無いのよねえ。

 なんか、いまさら聞けない雰囲気というか・・・・。」

 

 

3-6 船長応接室(俺のばあさん21号船内)

 

 夕食後、船長応接室にヨット部員が全員集合した。

 夕食まで、ゲームセンターでミッキー船長にさんざんしごかれて、

『もう、だめだめ。』、

『死んだ、死んだ。』

 と苦しそうな言葉を連発していたヨット部員だったが、豪華な夕食とデザートで元気を取り戻した。

 皆の表情が和んだところで、クリスが言った。

「落ち着いたところで、オデットⅡ世号で出港したときに出来なかった話の続きをしよう。同じ船に乗るんだからな、隠し事は無しだよな、茉莉香。」

「はい。そう願います。」

「それで、実は、あの時のミッキーからの通信では、私たちのオデットⅡ世号が狙われているという情報が入ったそうだ。海明星周辺でも襲われる可能性があるというので、急いでミッキーが迎えに来てくれた訳だ。」

 

「茉莉香、またなんかやったの?」と、リリーが小声で聞いた

「いや。何もしてないよ。今回は知らないよ。」と、茉莉香も小声で答えた。

 

「狙われているのは、茉莉香ではなく、私だ。

 本当のことを言うと、私が狙われる理由は分かっている。」

「えーー先生も海賊船の船長なんですかあ」

「違うよ。私は、銀河帝国の女王の娘だ。」

「うそー」

「ええーーー!?本当ですか。」

「フン。」チアキは顔をそむけた。

「先生、私、女性雑誌の王室ページは良く読むんですけど、・・。確か、銀河帝国の女王陛下は独身で、お子様はいらっしゃらないと報道されていますよねえ。王女様がいらっしゃるとしたら、これは大ニュースですね。」

 ヤヨイ・ヨシトミが驚いて言った。

「でも、海賊狩りの時は、先生は、帝国海賊と名乗っていませんでしたか。」

 チアキは少し懐疑的だった。チアキは、今でもクリスの事を許す気にはなれないからだ。

 

「そうだなあ。信じられないのも無理はないなあ。それを説明するには、私の生い立ちから話そう。

 私は孤児として育った。その場所は子供に恵まれなかった元海賊の船長夫婦が運営する船で、その船自体が私設の孤児院のようなところだった。

 夫婦は、始めは自分の船で子供を引きとって育てていたんだが、人数が増えてきたので、倒産したランバート星系で、鉱山開発の作業員宿舎として使われていた古い大きな移民船を安く買い取って、そこで暮らすことにしたんだ。私もそこで育った。

 夫婦は、血の繋がらない子供達を、皆、自分の家族として育てた。つまり、私たちは、血のつながりが無くとも、同じ船に乗って、共に泣き笑い、命を分け合って生きる海賊の兄弟姉妹(きょうだい)だと言われて育った。」

 

「私も、そこで育ったんです。」メリーが言った。

 

「大きくなった子供達は、鉱山開発の再開を手伝ったり、船長夫婦の紹介で仲間の船に乗って働いたりして、独り立ちして行った。

 私も大きくなったので働くことになったが、私は、夫婦を助けて、その船に新しく引き取られた小さな子供達の世話をする仕事を選んだ。メリーも私が世話した子だ。」

「クリス姉さんは優しかったんです。私たちに愛情を注いでくれました。

 だから、私は自分の母を知らないんですが、先輩達がお母さんのことを言っているのを聞くと、クリス姉さんみたいなひとかなぁと思うんです。」

 

「それと銀河帝国とどう繋がるんです。話がそれたような気もしますが。」

 相変わらず、チアキは批判的だったが、メリーの話は自分の母親に対する思いと似ているようで、少し共感するところがあった。

 

「そうやって働いて、数年暮らした。

 ところがある日、多数の軍艦がやってきて、私たちの船を取り囲んだ。そして、大勢の人達が乗り込んできた。彼らは船長夫婦を連れて、私たちの所へ来た。

 私は、彼らが小さな子供達を奪いに来たと思って身構えていた。

 ところが、彼らの中から一人の女性が泣きながら飛び出してきて、私に抱きついた。

 驚いている私に、船長夫婦は、この人がお前の母親だと言った。」

 

「その人が銀河帝国の女王と言うわけですか。出来すぎた話ですねえ。

 私、海賊の娘ですから、今までそういう話をする女性を何人も見てきましたよ。

 そう言うヤツは、大抵、オヤジに追い払われてましたけど・・・。」

 チアキは言った。

 

「フフフ、チアキさんらしい面白いお話ですね。

 でも、この方は本物の王女様ですわ。私はセレニティ王宮から、王女様をお助けするように言われてましたから。

 皆さんに黙っていて御免なさい。王女様がご自分で身分を明かされるまではと、口止めされてましたから。

 ほら、ヨット部の上級生の皆さんが、クリス先生と始めてお会いしたのは、新奧浜市のあのブティックでしょう。その時、すでに私たちが先生とご一緒していたのは、何故だったのでしょうか。

 それに、本来、フルオーダー専門のあの店に、先生にぴったりのサイズの最高級の服が何十着も揃っていたのも、不自然でしょ。思い出してみると、ご納得頂けるでしょう。」

 グリューエルが言った。

 

「それじゃぁ、あの五月のダンスパーティーをサーシャの家でやったのも、まさか先生のため・・? 私のコスプレ衣装も・・・?」茉莉香が言った。

「フフフ、茉莉香のコスプレ衣装は、みんなのリクエストよ。今度は夏にパーティをやるそうだから、茉莉香の衣装はもっと露出度の高いものになるって、ウワサよ。」

「ええ~~~!それは避けたいなあ・・・・。」

「でも、校長先生は、王女様のためにうちの屋敷でパーティを開催したいとおっしゃったそうよ。うちの屋敷は、なによりもセキュリティが良いからって。」サーシャが言った。

 

「そうだよねえ。学校の食堂よりずっと良いよ。お食事は、肉料理よりもグラブサンドイッチが美味しかったなあ、

 お菓子は、私の好きなマカロンに、チョコレート、クッキー、アイスクリーム、シャーベット、プリン、キャンデー。飴細工も美味しかったなあ。

 ケーキは、ショートケーキに、ティラミス、モンブラン、チーズケーキ、ムース、ザッハトルテ、アップルパイ、・・・」

「ウルスラ、いつまで言ってるの。・・・

 え? まさか、それみんな食べたの・・!

 あきれた。」

「私は紅茶が美味しかったなあ。あれはプリンセス・オブ・エンパイアって最高級品の新茶だよね。・・・

 あ、そういえば、紅茶の名前も王女様になってるのね。」ハラマキが言った。

「それにひきかえ、学校の食堂でパーティやると、サンドイッチ、ポテトチップに炭酸飲料くらいしか出ないらしいね。」リリイが言った。

「いやいや、食堂で開かれるダンスパーティでは、お昼ご飯の余り物も出るというウワサだよ。」ウルスラが言った。

「お料理とか、スイーツとか、紅茶とか誉めてもらってうれしいわ。お母さんが心を込めて準備させてたのよ。」

 

「アハハハ・・・ホント、お前達の話は面白いなあ。退屈しないよ。これだからお嬢が可愛がるわけだ。

 ホントは、結構、深刻な政治の話なんだぜ」ミッキー船長が笑った。

「そうですね。ホント、恥ずかしいですね。ウルスラはもう黙ってなさい。茉莉香、話を元に戻そうよ。」チアキが言った。

 

「では、先生、貴方が王女だとしても、マスコミにどうして公表しないんですか。不自然ですよね。」茉莉香が言った

「それは、銀河帝国聖王家の王位継承争いが原因だ。簡単に言うと戦争が始まることを防ぐためだ。」クリスが言った。

 ミッキーが言葉を継いだ。

「つまりなあ、学校で習ったかも知れないが、銀河帝国の聖王家には、現在四系統の血筋があって、それぞれ、青薔薇家、赤薔薇家、白薔薇家、黄薔薇家と呼ばれている。直系の青薔薇家が本家として代々王位を嗣いでいる。

 ところが、最近は、赤薔薇家の当主になったアンドレオ公爵が増長して、ついには、女王様に対して、跡継ぎが無いのだから自分を皇太子にせよ、つまり次の王位を譲れと要求しているというわけさ。

 アンドレオ公爵は帝国宇宙軍にも人脈を築いており、女王様がこの要求を拒否すれば、武力行使で王権を奪うことも考えているとも言われている。

そういう事情の中で、お嬢の存在が明らかになれば、公爵側は反乱を起こして、武力で決着をつけるしか、王位につく道が無くなるだろう。」

 

「たいへんな戦争になるんですか。」

「ああ。帝国宇宙艦隊同士が争うことになれば、銀河系を二分する争いになり、各星系軍も巻き込まれるだろう。」ミッキーが言った。

「どっちが勝つんでしょうか。」

 ウルスラが遠慮無く聞いた。

「我々には勝つ自信がある。

 しかし、銀河のあちこちで大艦隊同士が正面から争う事態になれば、我々が勝っても帝国内の各星系が戦火の犠牲になるかもしれないだろう。海明星の新奥浜市も破壊されるかもしれないぞ。

 そのような結末は避けたいと思わないかい?

 だから、お嬢の存在を公表する前に、アンドレオ公爵側が戦意を失うような圧倒的に有利な状況を作りたいのさ。」

 ミッキーが言った。

 

「その切り札が、機動戦艦グランドクロス、それと、おそらくこの船も切り札と言うわけですね。

 では、先生にお聞きします。

 貴方が王女だとすれば、なぜ、わざわざ自分で海賊狩りを行ったのですか。帝国軍には、グランドクロスの実験ができる優秀なパイロットがいっぱいいるでしょう。

 これは、チアキちゃんだけでなく、私も聞いておきたい事なんです。」

 茉莉香が言った。

 

「それは、今思えば情けないが、あのころの私は虚勢を張って、気の強い、ワガママでツッパリの王女として、暴れていたのさ。

 そして、自分の力をアンドレオ公爵だけでなく、帝国軍全体に見せつけてやろうと思って、勝手に一人で海賊狩りに出たのさ。」

 

「そんな、信じられません。

 ねえさんは、私たちの船ではツッパリの子供達にも優しくて接していたじゃないですか。」

 メリーが言った。

 

「情けないが、ツッパリのあいつらと同じように、私も、不安で押しつぶされそうになっていたのさ。

 考えてもみて欲しい。辺境の船の中で育った私が、母である女王に従って、いきなり銀河帝国に来たわけだ。

 そこに自分の居場所があると思えるか?

 自分が帝国の王位継承者になり、やがて女王として銀河帝国を率いて行けるか、そういう母の期待に応えられるか、不安にならない方が不思議だろう。」

 

「それは、分かる気がします。私だって今、バルバルーサの船長をやれと言われれば、不安で押しつぶされそうな気になると思います。」

 チアキが言った。

「そんなことないよ。私だって出来たもの。チアキちゃんなら大丈夫。」

「はあ?

 いつものことだけど、茉莉香のそういうところ、信じられないわよ。

 天然を通り越して・・・」

 

「そうだろう。

 私も、茉莉香と会って、本当に驚いたよ。

 なんだか、今まで自分が悩んで悩んで、不安に押しつぶされそうになっていたのが、バカバカしくなってきてね。ハハハ」

 クリスが笑った。

「私も、茉莉香さんに会って、そうところ、感じました。

 なにより、茉莉香さんといると、退屈しませんし、ねえ。」

 グリューエルが笑った。

「そうそう、茉莉香のことをネタに話していると、なんか楽しいのよねえ。」

 みんなが笑った。

「なんか、みんなして、私のこと、本当に誉めているんでしょうか・・・・」

 

「まあ良いじゃないか。

 それに、帰ってから母上と改めて話したが、母上が私をとても心配していたことや、私への期待や思いも身にしみて分かったよ。

 死んだと聞かされていた私が生きていると知らされた時の驚き、うれしさ。

 我を忘れて、私の元に飛んできたんだそうだ。

 その衝動に身を任せたお陰で、今、内戦寸前のたいへんな状況になってしまったのだけどね。

 だから、私には母親の記憶がまったく無いんだが、そう言う話を聞いて、やっぱりこの人は私の母親なんだなあと、思ったよ。」

 クリスが言った。

「そういうもんですか、母親って。」

 チアキが聞いた。

「ああ、そうだよ。」 

 

「では、先生は、なぜ白凰女学院に来られんですか。私も、最初に教室で再会したときはビックリしましたよ。」

 チアキが言った。

「それは剣道の稽古の時に言っただろう。

 もう一度、茉莉香の顔が見たくなったから来たんだ。茉莉香が、不安で固まっていた私の心を溶かしてくれたからだ。

 そう思っていると、帝国海賊のある船長が、それなら教師になって乗り込んだらどうかって、手配してくれてね。」

「それで、先生は、帝国が戦争寸前の非常事態だというのに、茉莉香の顔を見ることだけのために海明星へやって来たんですか?」

 チアキが言った。

「それはね、・・・・先生、あの話は秘密にしなくて良いでしょ。チアキちゃんにも関係あるしね。」

「私はかまわないよ。」

「さっき、チアキちゃんが一人で部屋に戻ってしまったときに、先生から言われたんだ。

 帝国宇宙軍で、先生の副官にならないかって。

 先生が王女となるということは、銀河帝国の皇位継承者となり、やがて第一艦隊の司令官になるということで、その副官にならないかって言われたんだ。」

「まあーすごい!」みんなが言った。

「いよっ!マリカ様」

 

「ウルスラは黙ってなさい。

 茉莉香、ねえ、それってどういうことか、意味分かってるの?

 その前に、弁天丸の船長はどうするの?」チアキが言った。

「わかってる、わかってるってえー。

 副官は、帝国軍のことを勉強する見習い士官ポストだって事くらい、わかってるよ。それに弁天丸の船長は、続けても良いって言われてるし・・・。」

「そう言うことじゃなくって、そのポストは、本来王族が就任するものだってこと知ってるの?

 アンタ、女王陛下のこどもなの?」

「いいや、梨莉香さんのこどもだよ。」

「そう言うことじゃなくって・・・。もう、一般人の私たちとしては、そう言う話は喜んでお断りすると言うのが、礼儀作法ってものでしょ。

 茉莉香、分かってないの。」

「ええ?断らなくちゃイケナイの?どうして?」

「もう、しらないわよ。

 先生、今までの慣例を破って、こんな茉莉香が副官になって良いんですかぁ?」

 

「ハハハ、茉莉香らしくて、良いじゃないか。」

「それでね、先生から話を聞いたとき、何か引っかかるものがあって、即答できなかったんだよね。

 それが何か、さっきから先生とみんなが話しているとき、私、分かったんだ。

 ねえ、チアキちゃん、一緒に帝国軍の副官やろうよ。

 帝国軍人の見習いだよ。

 前に、海賊船の船長の見習いをいっしょにやった時みたいに。」

「はあ? 海賊船の船長の見習いと訳が違うのよ。帝国軍の中枢に入るのよ。

 気が遠くなる程、たいへんそうじゃない。」

「だから、チアキちゃんと一緒に行こうって言ってるんだよ。」

「茉莉香、あなた、面倒なことは全部、私に頼ろうって、期待してるんじゃないの。」

「ナハハハ・・・。そんなことないよ。

 出来ることはちゃんと自分でやるつもりだし。

 それにふたり一緒だと心強いし、きっと大丈夫だよ。・・・・・ナハハハ。」

 茉莉香は、苦笑いをした。

 

「チアキ、私からも頼む。一緒に帝国軍に来て欲しい。

 お前が気にする慣例なんか、私はこだわらないよ。

 お前たちは、血の繋がった王族の妹では無くとも、りっぱに私の妹だよ。私はそう思っている。

 ヨット部員みんなも、私の妹だよ。『海賊の妹』ってやつだよ。ハハハ。

 それに、帝国軍の副官を勤めることは、バルバルーサの船長になるかも知れないチアキにとっても、良い経験になると思う。

 ぜひ、来て欲しい。」

「でも、高校を続けられるか、卒業したらどうするとか、いろいろ考えないと。」

「茉莉香にも言ったが、副官と言っても毎日仕事があるわけではないので、白凰女学院高等部は卒業まで続ければ良い。

 卒業したら、帝都へ来てほしい。

 大学へ行きたければ帝都の大学に行かせてあげよう。私と母上から推薦状をだすから、帝国女学院なら入試の心配もしなくて良いはずだ。」

「チアキちゃん、スゴイ!王女様みたい。」

「スゴイじゃないの!これからは『チアキサマ』って言おうかな」

「ハハハ・・・マリカ様に、チアキ様かぁ」

 みんなが口々に言った。

 

「もう、人ごとだと思って・・・。

 先生、せっかくの話ですが、少し考えさせてください。気持ちの整理を付けたいと思います。オヤジにも相談をしないと・・・。」

「わかったよ。良い返事を待っている。

 それから、ヨット部員のみんなにもお願いがある。帝都についたら、上級生が前にやった海賊ショーのような行事があるので、私と一緒に出演して欲しい。」

「ええー? ほんとですかぁ」

「やったーー! また海賊ができるよ。」

 部員達は、その意味も分からず、大喜びだった。

 

 その時、ミッキー船長の携帯通信機が鳴って、通信が入った。

「うん、うん、分かった。すぐ行く。」

 ミッキー船長は、皆に言った。

「敵が現れたようだ。

 さあ、皆さんをこの船のブリッジにご案内しよう。

 これから敵にどう対応するか、お客様である皆さんの意見も聞きたいしねえ。

 お嬢、良いでしょう?」

「船長がそう言うのなら、私はかまわないよ。」

「では、参りましょう。」

 ミッキー船長は、そういうと船長応接室の壁を指さした。

 すると、壁が続いていたように見えていた所からドアが浮き出てきた。

 彼女はドアを開けて、皆をその中へ導いた。

 

 ブリッジは広かった。弁天丸の5、6倍の広さと多数の乗務員席があったが、実際に勤務しているクルーは数名だった。

 そして、ブリッジの中央に船長席らしき大きな席があった。さらにブリッジの側面に、グランドクロスにもあった透明な球体型の操縦席が左右に二席づつ、計四席置かれていた。

 しかし、ヨット部員達が一番驚いたのは、ブリッジの後方、一段高い場所にある席だった。

 そこには黄金で縁取られた玉座が大小2席あった。玉座の背には、赤く輝く日輪の中に七輪の青い薔薇、つまり「奇蹟の薔薇」をあしらった銀河聖王家の紋章がつけられていた。

 「奇蹟の薔薇」は、宋主星のひとつ、地球には天然には存在しなかった青い薔薇の花である。はるか古代、クリスタルスターに着陸した移民団の先遣調査隊が、鮮やかな青い薔薇の花を発見し、七輪の花束にして王に献上したという。

 この花は、赤色巨星に可住惑星があるという奇蹟の中の、さらなる奇蹟として、人々の心を大いに奮い立たせた。

 以来、この故事にちなんで七輪の「奇蹟の薔薇」は、銀河聖王家の紋章とされ、そして、銀河帝国が、この星を首都として建国される契機となったとされる。

 

 その「奇蹟の薔薇」をつけた2席の玉座を囲むように、20席ほどの豪華な赤い椅子が並べられていた。

 当然のようにクリスは小さい方の玉座に座った。ヨット部員達は、玉座を囲む椅子に座るように言われた。グリューエルとグリュンヒルデは、クリスに近い席を勧められたが断り、他のヨット部員と同じ席に座った。

 

 船長席の前に立ったミッキーは、帝国軍の軍服を着て、姿勢を正して敬礼した。

「銀河聖王家王女殿下、セレニティ聖王家正統皇女両殿下、白凰女学院ヨット部のみなさん、あらためて、歓迎のご挨拶をいたします。

 銀河帝国宇宙軍第一艦隊、機動空母グランドマザー試作機へようこそ。私が『艦長』のミッキー・ハヤマ准将でございます。

 主なクルーをご紹介いたします。

 右から、機関担当のチャーリー・チャン大尉、

 パイロットのガルビオ・ガルビス大尉、

 航路担当のジェニファー・ブラウン大尉、

 通信と電子担当のマリオ・フェルナンデス少尉。

 以上でございます。」

 

 

3-7 機動空母グランドマザー ブリッジ

 

 ミッキー艦長が、電子担当のマリオ少尉に尋ねた。

「敵艦隊の動向は?」

「はい、タッチダウンした船が10隻。トランスポンダーを発信していませんが、宇宙マフィアの艦隊と思われます。戦艦1隻と巡洋艦クラス9隻が、本艦の前方30万キロメートルの縞白星(しまのしろぼし)の軌道付近に集結しつつあります。

 このままの軌道と速度では、本艦との最接近まであと15分ほどです。」

 

 立体画像の宇宙海図に、本艦と敵艦隊の位置が示された。

「では、どう対応するか、弁天丸、じゃなかったオデットⅡ世号船長、加藤茉莉香殿に意見を聞きたい。

 あいつらは貴方の船を狙ってやって来た訳だからね。もちろん、皆さんの安全確保が私の任務と心得ていますが・・。」

 ミッキーは、クルーにも聞こえるように、大きな声で言った。

「ご配慮、ありがとうございます。ミッキー艦長。

 遠慮無く、私の意見を言わせて頂きますと、逃げましょう。

 彼らが追って来られない、安全なところまで、例えば予定のフライトプラン通りの宇宙大学か、銀河帝国の中心まで逃げましょう。」

 

「その理由は?」

「理由は三つあります。」

 茉莉香はすっと立って、三本指をつきだした。

「へえー、三つも理由があるのかい。」

 ミッキー艦長は、微笑しながら言った。

「はい、一つ目は、表向きには、今私たちは、白凰女学院の練習船をドッキングしたヒューアンドドリトル星間運輸の『俺のばあさん21号』に乗っていることです。

 共に非武装の船です。だから私たちは逃げるしかない。あっちもそう思っているでしょ。」

 茉莉香が言った

「いきなり逃げるだなんて、面白いことをいうねえ。ヤツラが追いかけてきたら、どうするんだい?」

「宇宙マフィア艦隊だって、帝国軍と正面から戦う気はないでしょう。

 私たちを追いかけるとしても、帝国軍が出て来ないかどうか、警戒しながら追いかけるはずです。向こうが怖くなって、追跡をやめるところまで逃げれば、こちらの勝ちです。」

 

「それでは、二つ目の理由は何かな。」

「二つ目は、この船なら、安全に逃げられると思うからです。

 なぜって、10隻もの艦隊に狙われてるというのに、先生やミッキー艦長がまったく落ち着いていらっしゃるからです。やっぱり、この船はスゴイ新兵器なんでしょ?

 だったら、防御性能もいい筈だし、足も速いでしょう。それなら、宇宙マフィア艦隊に多少砲撃食らっても、安全に逃げきれると思うからです。」

 

「フフフ、ますます面白いねえ、三つ目の理由は?」

「三つ目は、白凰女学院の練習船であるオデットⅡ世号にとっては、宇宙マフィアの船を10隻も沈めたと言う戦果、戦歴は不要だからです。

 むしろ、そんなものは有害です。恨みをもたれて、私たちが卒業してからも後輩達が宇宙マフィアに付け狙われては困ります。私たちは、あの船を百年後の後輩達にも伝える責任がありますから。

 それに、もう、新兵器のテストは、帝国軍の皆さんに、お任せしますよ。私やチアキちゃんは、海賊船に乗って先生を相手に十分やりましたから。

 お互いに、命がけで・・・ね。」

 茉莉香は、クリスとチアキの顔を見て、ウインクして微笑した。

 

「茉莉香は、面白いね。」クリスが言った。

「フフ、そういう天然っぽいところがね・・・。」キアキが言った。

「ハハハ・・・おい、どうだい、キャプテン茉莉香のウインクは。

 船乗り達のウワサ通りのタマだったねえ。ハハハ・・

 ここまで見に来た甲斐があっただろう?。」

 ミッキー艦長は、グランドマザーのクルー達に向かって言った。

 クルー達も歓声を上げていた。

「今の、艦長とキャプテン茉莉香とのやりとりは、艦内にテレビ中継しました。みんなにウケてるみたいですねえ。」

 クルーの一人、電子担当のマリオ・フェルナンデスが言った。

「ええーー! 私を試していたんですかぁ?そんなあ・・・ナハハハ・・・」

 茉莉香は例の苦笑いをした。

 

「さて、茉莉香のウインクを見てもらったところで、グランドマザーのクルーみんなに発表したいことがある。

 このキャプテン茉莉香と、ここにいるチアキ・クリハラが、私が第一艦隊司令官に就任したときの副官の候補だ。まだ、本人たちから承諾の返事をもらっていないが、みんなも良い返事が貰えるよう協力して欲しい。

 なんといっても、この二人は宇宙海賊の娘で、私にとっても妹のような存在だからな。」

 玉座に座ったクリス王女が言った。

 クルー達は、今度はさらに大きな歓声を上げた。

 

「お話が盛り上がっているところで済みませんが、ビーム砲の威嚇射撃が来ます。回避する映像に切り替えます。

 あと、降伏勧告も来てます。」マリオが言った。

「ハハハ。宇宙マフィア艦隊がまだいたのを忘れてたな。

 もう面倒だから、さっさと逃げる映像に切り替えろ。時空間の波動も、航跡をクリスタルスターまで続けて、何回ジャンプしても先に逃げている形に重力波を放出しろ。予定通りにな。」

 ミッキー艦長が言った。

「了解。」

「どんなに用心深くないヤツでも、追いかけているうちにこれはヤバイと思うだろう。帝国防衛圏の最深部まで突っ込んでいく鈍いヤツは、私も見たことがないからな。」

 

 オデットⅡ世号をドックに抱えた「俺のばあさん21号」が、あわてて超光速でジャンプしていく映像が、モニターに映し出された。

 自分の映像を自分の船のモニターで見ることは通常はあり得ない視角であり、この船は光学映像を操作できるようだ。

 続いて、宇宙マフィアの艦隊もジャンプして消えていった。

 入れ替わりに、海明星の星系軍の艦隊が、戦闘態勢で急接近してくることをマリオが告げていた。宇宙マフィアの艦隊を発見して、スクランブル出動したのだろう。

 

「護衛艦隊ならば、通常3隻から5隻ですから、この船でなければ危なかったですね。」

 ヒルデが言った。

「それに、私、宇宙マフィアがあんな艦隊を持っているなんて、初めて知りました。彼らの軍事力は、星系軍以上の脅威ですね。」

 グリューエルが言った。

「先生、今の話じゃ、この船は、光学映像だけでなく、レーダー映像、おまけに超光速跳躍の航跡まで偽装できるんですかぁ?」

 チアキが言った。

「そうだよ。」

「それだけじゃなく、宇宙マフィアの艦隊からも、星系軍の艦隊からもこの船は見えないんですねえ。

 そんなことができるなんて、私たちは、一体どんな船に乗っているんですか。

 軍事機密かもしれませんが、出来ればこの船の本当の姿を教えて貰えませんか。」

 チアキが言った。

「王女様、かまいませんよね。

 ・・・では、私から、我らが第一艦隊の、副官候補生チアキ・クリハラ殿にご説明しよう。機動空母グランドマザーの本当の姿を。

 おい、立体モニターに、グランドマザーの全体像を出せ。」

 ミッキー艦長が言った。

「了解。」

 モニターに映ったのは、円柱のような物体だった。

 それは、幾何学的な立体のようで、船乗りが愛する船のイメージとはほど遠かった。  円柱の側面に滑走路のような筋が縦に何本もついていた。

 

「なんですか? この幾何学模型のような形は。」

「これじゃあ、大きさがさっぱり分かりませんねえ。」

「クイン・セレンディピティぐらいの大きさではないでしょうか。」

「すると、長さは、2~3キロですか。中継ステーション並みか、それより大きいのですかねえ。これホントに宇宙船ですか。」

「しかし、こんな形で、船として飛べるのが不思議ですよねえ。推進剤の噴射口も見当たらないよ。」

「これが、重力制御推進ってヤツですか。」

「でも、これじゃあ超光速跳躍はどうやるんでしょう。」

「私たちの船はどの辺にいるんですか。確かドックのような所に入ったのはモニターから見えましたけど。」

「そもそも、他の船から見えないって、どんなステルス機能ですか?」

 ヨット部員達は、口々に感想を述べた。

 

「なかなかよく分かっているね。もともと、この船は或る目的のための自走式の宇宙基地として設計されたものさ。その機体を軍用船として使っているからね。大きいはずさ。

 それから、この船が他の船から見えないのは当然さ。だって、我々は今、通常空間にはいないからね。」ミッキー艦長が言った。

「ええー! こんな大きな船が通常空間と亜空間の間を出入りしたら、すごい時空震が発生するでしょう?

 セレニティの黄金の幽霊船、『クイン・セレンディピティ』と遭遇した時なんか、弁天丸は、たいへんな衝撃を受けましたよ。

 でも、この船の場合は、いままで、そんな様子はまったく無かったですよ。」

 茉莉香が言った。

「そういうことも出来るようになったってことだ。キャプテン茉莉香。

 この船は、亜空間と通常空間の間の移動するのに、時空震とか重力の異常をほとんど起こさない。電子戦でも、電磁波だけでなく、重力波も自在にコントロールして放射出来るんだよ。もちろん、重力波は、推進力としても利用する。」

「時空トンネル航法ですか?」チアキが言った。

「さすが、お嬢の見込んだ『妹』だね。」ミッキー艦長が言った。

 

 彼女も、改まった口調から、元のタメ口に戻ってきた。

 そういえば、いつのまにか、彼女もクルーも准将、大尉などという軍の高官にもかかわらず、帝国軍の制服の上着を脱いでしまって、好き勝手な服装で勤務している。

「はあ・・・。でもそれは、宇宙物理学でも、その可能性が予想されていただけで、誰も解けなかった『百年問題』というか、『考えても無駄な問題』とされていたんじゃないんですか。

 ほんとに実現したんですか。ビックリですねえ。」

 誉められて、少し顔を赤くしたチアキが言った。

 

「そういう問題を解いたって人がいるってことだろうね。

 実際乗ってみると、これまでの宇宙旅行を全く変えてしまう、ものすごい発明だと分かったよ。これまでの重力制御というと、宇宙船内の人工重力とか、超光速跳躍をする際の時空震の発生装置くらいだろう。コイツと比べると、そんな現代技術がものすごく幼稚に見えるね。

 超光速宇宙船としても、すごいんだぜ。

 まず、とても速い。この艦なら、ここのような銀河の辺境から核恒星系まで普通の船が超光速跳躍を使っても一週間近くかかるところを、ひとっ飛びで行けるんだからね。

 そして、とても正確に飛べる。タッチダウンの誤差が殆ど無い。今まであんなに誤差修正の苦労をしてたのは何だったんだろうと思うね。

 そして、安全だと言うこと。タッチダウンの時の融合爆発なんて、原理的にありえないそうだ。」

「そんなにスゴイんですかぁ。」ヨット部員が言った。

「ああ、まったくお前の親父さん達の仕事は、銀河系の社会を変えてしまう、スゴイ発明だねぇ。」

 ミッキー艦長はそう言って、サーシャの方を見た。

 

「何がスゴイ発明ですか!

 父さん達は、アンドロメダ銀河まで大航海の出来る船が欲しいという女王様の夢に答えようとしたんですよ。

 それを、貴方たちは勝手に恐ろしい兵器にしてしまって。

 なにが、機動空母グランドマザーですか。そんなもの、絶対に許せません。」

 サーシャが激しい怒りを込めて言った。

 いつも穏やかで、周りの人を気遣うサーシャらしくない、激しい感情の爆発に、ヨット部員たちは、驚いた。

 

「サーシャ、前にも話したが、どうか分かって欲しい。

 母上も夢は捨てていない。むしろ、そのためにこそ、今は、まず、銀河聖王家と銀河系の再統一が必要だ。

 もちろん、この船を兵器としてみだりに使うことは、私も決して許さないつもりだ。こいつの恐ろしさは、よく分かっている。グランドクロスとは比べものにならない。

 それに、『ミルキーウエイ計画』つまり、このような船で出入り口を管理して、核恒星系から銀河系外縁部の星々まで時空トンネルを張り巡らせ、安全で迅速な宇宙旅行を実現する計画は、お前たちの願いでもあったのだろう。

 そのネットワークを管理できるのは、実際のところ、帝国宇宙軍しかいないのは、お前も、父親も分かっていたのだろう。だから、納得して、この船を我々にゆだねたんだろう。

 すでに『ミルキーウエイ計画』はこの船を使って実証実験に成功し、ゲート基地となる船の量産タイプの研究開発もステープル重工業で進んでいるじゃないか。

 お前の夢は、銀河帝国が必ず実現する。」

 クリス王女が言った。

 

「そう信じてました。

 でも、海賊狩りの話を聞いて、本当に心が凍り付きました。

 だまされたんじゃないのかと。

 開発が難航していた重力制御推進の戦艦が、この船の時空トンネルの技術を応用して、あっという間に実用化されるなんて、思いもしませんでした。

 それに、あんな巨大な戦艦を作るなんて。しかも、試作機が勝手に持ち出されて、海賊狩りの名目で大勢の人たちを犠牲にするなんて・・・。

 やっぱり軍隊は、兵器を持つと必ず人を傷つけるために使うのかと失望しました。

 所詮、私たちステープル家は武器を売る『死の商人』だから、私たちの願いは『きれい事を言っているだけ』と、軽んじられていたのかと悲しくなりました。

 ステープル家は、武器を作って売る家業だからこそ、人の命を救う医学研究や病院への寄付や支援には、とりわけ熱心に取り組んでいるんですよ。

 私たちのそういう思いがおわかりですか。

 今は、とても信じる気になれません。」

 サーシャが言った。

 

「私は、なによりも、サーシャに海賊狩りのことを直接詫びて、分かってもらうために、海明星に来たのだ。どうか、帝国宇宙軍を信じて欲しい。

 この前もヨット部員の前で話したように、あの時、私は自分の思いに囚われ、周りが見えず、自分のしていることの愚かさや、銀河帝国の王女の責任の重大さに、気がつかなかった。未熟だった。

 何度でも詫びよう。」

「・・・・・・・・」

 沈黙が続いた。

 

「王女様。あなたが今、座っていらっしゃる玉座が、この船にある意味をご存知ですか。」

 ジェニファー・ブラウン大尉が、沈黙を破って言った。

「もちろん知っている。

 聖王家の者は、どのように困難な時も常に国民と共にあるという証(あかし)だ。」

 クリスの声は、腹の底から絞り出すようだった。

「なるほど、度胸というか、肝は据わってますね。さすが、アン女王の娘だね。気に入ったよ。」

 ジェニファーの話し方は、タメ口に変わっていた。

 

「先輩。今のクリス先生の言葉は、大人の言葉遣いで、意味がハッキリわからないんですけど・・・・」

 一年生達が小声で、茉莉香に聞いた。

「その意味は、私にもわかるなあ。

 どんなに苦しい時でも、王族は先頭に立って、みんなと一緒に行動するってことよ。

 戦うときはもちろん、危なくなっても自分達だけ先に逃げたりしないって事よ。

 海賊船の船長も、同じなんだけどね。

 ねえ、ヒルデ、そうでしょ。前に貴方の乗った戦艦と戦ったとき、あなたもそう言っていたわよね。」

 茉莉香が答えた。

「そうですね。今思い出すと、ちょっと恥ずかしい気もしますが。」

 ヒルデが答えた。

「でも、あの時のヒルデは、堂々として、本当に立派でしたよ。」

 グリューエルに誉められて、ヒルデは本当に恥ずかしそうだった。

 

「サーシャさん。実は私たち、本当は軍人では無く、民間人なんです。

 昔、ミッキーと一緒に働いていた私の民間宇宙飛行会社の仲間なんです。

 私が社長ね。

 昔、新米飛行士のミッキーが、飛行キャリアと年齢を偽って経験十分の操縦士だと自称してやって来たのを、私が雇ってあげたのよ。うちの会社も人手とお金が足りなかったからね。

 ミッキーは、安月給で良く働き、ここにいるみんなに鍛えられて、一人前のパイロットになったの。

 でも、ガルビオがミッキーの将来を心配したの。いくら家庭の事情で高等教育を受けられなかったといっても、この子の才能は惜しいって。

 そこで、ミッキーは、働きながら皆に勉強を教えてもらって、帝国軍の士官学校の入学試験に合格したの。学費のいらないパイロットの学校はあそこだけだからね。

 そして、ミッキーは帝国軍に入って、ジェネラル(将軍)にもなったの。帝国軍、特にパイロットは、ホントに実力主義だからね、女でも異星人でも実力があれば認められるんだよ。

 とはいえ、サーシャさん。聞いて下さい。私達の方は、銀河帝国のホントにタダの国民です。その国民の声も聞いて下さい。

 帝国宇宙軍、いや帝国軍全体は、女王様の軍隊ではありません。私たちの軍隊よ。国民の国民による国民のための軍隊よ。私たち帝国の国民は、そう思っているわ。

 学校の授業でも習ったでしょうけど、私達のご先祖さまの移民航海は、苦難の連続。スペクトルG型恒星での可住惑星探しが失敗の連続で難航し、移民船の故障にも悩み、精神的、物理的にもこれ以上長い航海は限界かと思われた時にようやく発見した可住惑星が、今のクリスタルスターよね。

 でも、その星は、赤色巨星、レッドクリスタルを母星としていたのよね。

 しかし、もうこの星に住むしか、選択肢は無かったのよ。

 当時はそう思ったのね。それで王室も国民も必死で国作りに励んだのよ。

 その結果は大成功。こんなに良い自然環境と資源に恵まれた星系はそう無かったわ。

 でも、赤色巨星はいつかは大膨張、大爆発、その前に太陽フレアで惑星を焼き尽くすでしょう。

 そこで、未だに正確に予測できないその時に備えて、銀河帝国は30億人の帝都とその周辺星系の星々の国民を移民船に乗せて避難させるという、途方も無く大きい避難準備体制を常に維持しているのよ。

 その実行部隊が、帝国軍よ。帝国宇宙軍の膨大な数の軍艦は、本来、その時に私たち国民が乗るために建造されたのよ。そのために税金を払ってるんだから。

 そして、その避難準備体制を続けるために、帝国の国民は、今も、男も女も2年間の兵役があるの。いざとなったら、誰でも宇宙船の操縦が出来るように訓練するのね。

 愛する家族を守るため、当然だわ。

 私もいざとなったら、うちの子達のために、銃を取って、船に乗るわ。」

 

「あのー、マリオさん。『うちの子達』って、社長のお子さんって、独身男性はいるんですかぁ?」リリイが小声で聞いた。

「独身も、男性もいるよ。ビーグル犬が5匹だけどね。名前は、チャーリー、ルーシー、ライナス、・・・」マリオも小声で答えた。

 

「そこ、黙りなさい。

 そういうことだから、サーシャさん。貴方たちの開発したこの船について、ミッキーから協力を頼まれたときはビックリしたけど、とても嬉しかったの。

 私たち、こんな船が出来るを待ち望んでたんだってね。

 この頃は、レッドクリスタルからの磁気嵐が多くて、通信も乱れるのよね。不安観じている国民もいるの。

 だから、帝都と周辺の星系の国民30億人にとって、この船は約束の『方舟』よ。この船は私たち国民のもの。軍人なんかに好きにさせない。

 まして超兵器なんかに悪用させるもんですか。

 そういう意味では、銀河聖王家の今度のゴタゴタは、報道規制が敷かれてても、口コミで知ってる国民は多いし、赤薔薇家のあの男のやり方には怒ってる国民は多いわ。

 あいつらが銀河聖王家や帝国軍を牛耳ったら、私たちの銀河帝国が変質しちゃうってね。

 だから、あいつらには負けられない。

 どうか、サーシャさん。私たちの帝国軍を、私たち、帝国の国民を信じて下さい。」

 ジェニファーが言った。

「ありがとうございます、ブラウンさん。

 でも、私は、まだ気持ちの整理が付きません。もう少し考えさせて下さい。」

 サーシャが小声で言った。

「サーシャ、また話そう。」クリスが言った。

 

 茉莉香も、チアキも、他のヨット部員も本当に驚いた。

 サーシャや、ジェニファーや、クリス王女の話から、海賊狩りの背後に何があったか、宇宙海賊として飛び回っている「俺の宇宙(うみ)」が全く変わってしまうような、大きな動きが、自分達の知らないところで進んでいたことがわかったからだ。

 「俺の宇宙」は、今までも、そしてこれからも、昔と変わらずに、自分達の前に存在するのだと思っていたのだから・・・・。

 

「あの~~お、おトリコミ中、失礼しますが、さっきから何度も、弁天丸から、オデットⅡ世号の船長、加藤茉莉香さん宛てに通信が入ってますが・・・。」

 マリオが言った。

「ここで話が出来ますか。」

「できますよ。船長席の前へどうぞ。・・・今、通信つなげます。」

 ミッキー艦長が席を譲った。クリス王女も玉座から席を外した。

 その時、モニターに、ミーサが少し怒った顔で現れ、質問を次々ぶつけてきた。

「茉莉香!何度も呼びかけているのに。もう、心配してたのよ。

 それに、いきなりジャンプしたけど、マフィア達に追われて、本当に大丈夫?

 それで、いったい、今どこにいるの?

 マフィアの艦隊が、いきなり、10隻も現れたので、本当に心配してたのよ。」

「いやあ、心配かけてごめんなさい。その点は大丈夫です。こっちは安全です。」

「安全って、どういうこと?亜空間にでも隠れているっていうの?」クーリエが言った。

「ナハハ、こっちは『大船』に乗った気持ちなんですけどねえ。簡単に言うと。」

「・・・・まあ、船長が大丈夫というなら良いわ。ひと安心ね。はあ~。」

 

 ミーサは、ため息をついて、疲れた表情をし、さらに気持ちを切り替えて、言った。

「それと、例の帝国海賊との手打ち式の場所と日程が、決まったわよ。場所は、銀河帝国の母星レッドクリスタル星系の外縁部よ。

 やっぱり、予想通りかなぁ。

 でも、行く以上は、覚悟がいるってことよね。

 船長、分かってる?

 銀河帝国の政情も不安定になってきたという情報もあるわよ。」

「分かってますよ。焦げ臭い雰囲気は。

 きっと、仲間になれとか、言われるんでしょうねえ。」

「それを言うなら、『きな臭い』よ。いい加減に覚えなさい。」

 ミーサは、やっぱりまだ機嫌が悪かった。本当に心配していたようだった。

「はあーい。ミーサ、心配かけてゴメンなさい。」

「もういいわよ。あんまり心配かけないでね。私たちもこっそり尾行していたから、船長から連絡が無いのも仕方がないんですものね。」

 

「それで、どんな人たちなんだろうね、帝国海賊って人たちは。ちょっと楽しみだなあ。 でも、まさか、ガイコツ人間とか、腐った死体の幽霊なんかが出て来こないよねえ。ハハハ・・・」

「茉莉香、幽霊が苦手なの?海賊なのにおかしいわねえ。前に幽霊船にも乗り込んだじゃない。フフフ」

「いやー、それとこれとは・・・。ナハハ。

 じつは、『幽霊海賊の秘宝』というホラー映画をこのあいだ、ヨット部の部室で見てたコがいてさぁ・・・。」

「オホン、」

 茉莉香の話を無視して、ミーサが言った。

「それで~、日程なんだけど、オデットⅡ世のフライトプランでは、ちょうどその頃、宇宙大学にいる筈なんだけど、弁天丸で迎えに行こうかしら?」

 茉莉香は、ミッキー船長の顔をチラッと見てから、答えた。

「たぶん、大丈夫かな。送ってもらうから。困ったら連絡するからよろしく。正確な場所の座標と日時をメールで送ってね。」

「了解。こちらも、直ちにレッドクリスタル星系の外縁部に向かうわ。あなたも遅れないでね。なにか、大事な儀式にもご招待があるそうよ」

「はいはい、わかってます。」

 茉莉香は通信を切った。

 

「さあ、もう今夜は遅いから、消灯だ。各自、就寝。

 この船は速いから、今晩中にユニバ星系に着く。宇宙大学本部のある惑星アカデミアには、明日の朝にシャトルで着陸だ。

 入学希望者用の見学ツアーを予約してあるから、早起きしないとね。」

「はい、先生。」

 少女達が返事をするとと同時に、艦長のミッキーが言った。

「グランドマザー、発進。」

 船のモニタースクリーンの中央に七色に輝く光の輪が見えてきた。その輪が広がっていき、その中を船が通過していく様子が映し出された。輪は次々に現れては拡大し、その中を船が通過していった。次第に輪が現れる時間の間隔が短くなり、やがてモニターから光が溢れ、真っ白になった。

 すでに亜空間を漂っていたグランドマザーは、すさまじい勢いで目的地の空間を目指しているようだ。加速度は全く感じられない。

「巡航速度に達しました。約4時間でアカデミア星に着きます。

 ですから、みなさん、通常空間を飛ぶ速度に直していうと、ただいま、時速1万光年です。」

 パイロットのガルビスが言った。

「ええーー! 超光速跳躍を重ねても、弁天丸では核恒星系まで、普通は一週間近くかかるのに・・・。」

 茉莉香が驚いた。

「速すぎるから、到着後、アカデミア星の近くの亜空間で、明日の朝まで停泊ですよ。

 目的地の時間に、こちらが合わせないとね。ハハハ」マリオが笑った。

 

3-8 弁天丸 ブリッジ(たう星系内)

 

 一方、こちらは弁天丸ブリッジ。

「なあに、あの船の大きなブリッジは。茉莉香ちゃん、今どんな船に乗ってるの?

 おれのばあさん号って、確かボロ船だったはずよねえ。」

 クーリエが言った。

「船長の映像の背景に映っていた様子からすると、あれは、帝国軍のハイレベルの軍艦だな。銀河聖王家のメンバーが乗るような船だ。玉座の一部が見えていた。」

 シュニッツアーが言った。

「銀河聖王家のメンバーって、まさか、あいつが聖王家の一員だっていうの?

 帝国海賊の女じゃなかったの。」

「そこまではっきりした真相は、まだ分からないわね。船長はもう、知ってるかもしれないけど。

 どうせ、行けば分かるでしょう。

 弁天丸、出発しましょう。めざすは、銀河帝国の中心、レッドクリスタル星系。

 星系への進入許可も出たしね。

 あそこは、海賊船ではめったに行けないところよ。」

 ミーサは言った。 

 

 

3-9 機動空母グランドマザー 船内(超光速飛行中)

 

 先ほどのやりとりを振り返りながら、ヨット部員は部屋に戻ろうとしている。

「お姉様、先ほどのジェニファーさんの話は、興味深かったですね。

 銀河帝国の底力というか、強さの秘密を垣間見た気がしましたわ。」

 ヒルデが言った。

「そうですね。国民の強い支持があってこそ、銀河聖王家は三千年の統治を続けることができたのですものね。

 それよりも、私は、クリス王女様がおっしゃった『銀河聖王家の再統一、銀河の再統一』という言葉に驚きました。

 銀河帝国は、私たちの知らないところで、大きく動き出していたんですね。例の海賊狩りの船がその新兵器だったなんて、思いもしませんでした。

 それに、私たちが、クリス王女様が白凰女学院の先生として潜入する手助けをセレニティ王室から頼まれたと言うことは、我々の王家はすでに女王陛下の側に付くと決めていたんですね。

 状況を自覚していなかった自分の至らなさが、ちょっと恥ずかしいです。」

「それにしても、茉莉香さんだけでなく、チアキさんまで王女様の副官におなりですか。

 お姉様の言うとおり、あの人たちと一緒にいると、やっぱり予想外の出来事に巻き込まれますね。退屈している暇がありませんわ。」

「そうですわね。まだまだ、面白いことが起こりそうですわ。」

 

 サーシャには、皆、どう声をかけて良いのか、分からなかった。

 この子はいったいどんな重荷を背負っているのか、普通の女子高生には想像ができなかったからだ。

 そんな雰囲気を破って、メリーがサーシャに話しかけてきた。

「シュミレーターの時はありがとうございました。

 私、サーシャ先輩がそばにいてくれたので、とても心強かったです。

 結果は、残念でしたが・・。」

「残念で良いのよ。軍艦のパイロットの適性なんか無い方が良いのよ。

 貴方は医者になるために海明星へ留学してきたんでしょう。

 私も医学部志望なのよ。医学部では一緒にかんばりましょうね。」

「はい。頑張ります。

 でも、先輩は本当にお強いんですね。尊敬してます。」

「それは、ちょっと過大評価というか、恥ずかしいねえ。」

 サーシャは微笑んだ。

 

 サーシャの笑顔を見て、ヨット部員はホットした。

「あ、サーシャが笑った。良かった。

 ところで、ねえ、ウルスラ。さっきのシュミレーターって、ゲームマシンみたいだったけど、パイロットの適性評価も出来るらしいよ。私たち、テストされてたんじゃないかな。

 それで、結果を聞いてみたのよ。私、Aだったよ。ウルスラはどうだった?」

 リリイが、ちょっと得意げに言った。

「いいや、私は、ミッキー艦長からは、聞きたいことがあるから後で話したいって言われた。人前で言えないヒドイ成績かなあ、ハハハ・・・。」

 ウルスラは自信がなさそうだった。

 

 チアキも、先ほどのやりとりを振り返っていた。

「銀河聖王家の王女様や、ブラウン社長のような大人が、これだけ頭を下げて頼むなんて、サーシャは、いったい、どんな秘密を隠していたの?

 そもそも超兵器って何なの。

 ミルキーウエイ計画って何なの。

 そんなの聞いてないよ。

 もう、海賊狩りどころの話ではないわねえ。王女も、ただのツッパリ・ワガママ娘というわけでもなさそうだし・・・。」

 チアキは、サーシャの秘密を想像しながら、部屋に戻った。

 

 部屋に戻ると、チアキは、クリス王女から頼まれた副官就任の件について、父のケンジョーに相談するために、TV電話をかけた。

「どうだい、チアキ、練習航海は。

 こっちは、例の帝国海賊との手打ち式に向かってるところだ。」

「それは知ってる。茉莉香のところへも弁天丸から連絡があったのを聞いてたから。

 それで、こっちのほうは、チョットたいへんな出来事の連続で。相談があってね。」

 チアキは、クリス王女の副官に就任するよう求められている件をケンジョーに話した。

「ええ!? ・・・・銀河帝国の女王の娘が生きていたのか。それは、本物か?」

「本物よ。セレニティ王宮からも身元保証つき。

 それに、今乗ってる帝国軍の軍艦がすごい船で、間違いないでしょう。」

「ふうーん。・・・・そうか。・・・・」

 ケンジョーはしばらく沈黙した後、言った。

「まあ、副官の件は、お前が決めれば良い。

 お前ももうじき18歳だからなぁ。大人として、自分の人生を決める時がきたんだな。

 思えば、あっという間だったかなぁ。」

「何、変なこと言っているの。まあいいわ、反対じゃ無いのよね。

 それから、良い機会だから、一度、聞いておきたいんだけど。」

「なんだい。」

「私の、死んだお母さんって、どんな人だったの?

 名前は?

 写真はあるの?

 考えてみると、今まで、全く知らなかったのよね。自分でも不思議だけど。」

「ああ、お前は、小さい頃のことを覚えていないんだねえ・・・・。

 お前のお母さんも宇宙海賊で、お前が一才になる前に

 『ヤバイ仕事ができたので、行ってくる。片づいたら必ず戻ってくる』

 と言って、海賊船に乗って行ったまま、まだ戻ってこないんだ。

 お前が小さい頃、その話を教えたら

『明日、帰ってくるの』

『今日は帰ってくるの』って、

 毎日、毎日待ち焦がれて、いつも船窓から星空を眺めて暮らしていたのさ。

 それで、こちとらぁ、たまんなくなってなぁ。

『母さんは死んでるんだ』って言っちまった。

 実際、海賊にはよくあることで、死んでるから、帰って来れないんだろうってね。」

「なに、それ。ホントいい加減ねえ。

 で、名前は?写真はあるの?」

「名前は、アンドロメダと名乗っていた。彼女も海賊だから、本当の身元とかは、よく分からない。

 だけど、いい女だったなあ。強く、賢く、美しくて。それで、いつも仮面をつけててなあ。だから、写真はないよ。写真は嫌いだと言ってたんだ。」

「なに、ノロケてんのよ、親父!

 それに、なにが仮面よ。ヒロインが仮面なんて、大昔の『空想科学小説』じゃあるまいし、アナクロもいいところよね。

 で、その後の消息はなにか分かってるの? お母さんを探したの?」

「ほら、あいつも海賊だからさあ、探すって言ったって、どこにいるか分からないわけだ。バルバルーサで待っている方が確実だと思ってなあ。

 向こうからは、いつでもバルバルーサに連絡が取れるはずなんだし・・。

 

 チアキは、話を聞いているうちに父に腹が立ってきた。

 『父も父なら、母も母。なんていい加減なのか』と思った。

「もういいわ。そんないい加減な話はもういいわ。

 それじゃあ、副官のことは、私やってみるよ。

 茉莉香は、広い海に出たくて堪らないんだけど、茉莉香ひとりで行かせる訳にはいかないし・・・。この先の進路も、どうするかまだ決めてないけど、とにかく、茉莉香と一緒に広い海(うみ)に出てみる。」

「ああ、きっとそう言うと思ってたよ。」

 

 ケンジョーは、あっさりと笑顔で頷いた。

 父の返事を聞いて、チアキは通信を終わった。

 母親のことは宇宙海賊としての名前だけしか分からなかったが、親父が今も母親に惚れていることが分かって、チアキはすこし嬉しかった。

 そして、チアキは、自分が小さい頃から船窓の前に立って星空を眺めるのが大好きだった理由が分かった様な気がした。

「宇宙海賊アンドロメダ・・・か 」チアキはつぶやいた。

 

 

 

 




機動戦艦グランドマザーのクルーの名前は、原作者・笹本先生の「星のパイロット」の主な登場人物の名前をお借りしました。
 ただし、主人公のミキが、「年齢不詳の大人」になってからという設定です。

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