宇宙海賊キャプテン茉莉香 -銀河帝国編- 作:gonzakato
茉莉香たちの高校生活も、あとわずか。
やがて、広い海に出て行く彼女達をめぐって、いろいろなことが動き出します。
茉莉香は、大学入学の準備を兼ねて帝都で買い物をしつつ、チアキに課された「罰ゲーム」をすることになりました。テレビ放送でうっかり「チアキちゃん」と言ってしまった罰ゲームです。でもその内容は、・・・・
茉莉香は、まだ、なかなかハッキリと自分の進路を決められません。まだ、十八歳です。
一方、グリューエルの将来をめぐる陰謀がめぐらされていきます。
彼女は、海賊界の超大物・マリア・レオニーニから、秘密のカードをもらい、心をひかれていきます。
そして、グリューエルも、王女としての自分の進路について考えます。遠征で銀河聖王家のアレックス王子に出会ったことが、迷い始める切っ掛けになりました。
もちろん、彼女の海賊ショーの様子も書きました。
23ー1 帝都クリスタルシテイ
遠征終了後の、ある日の午後、茉莉香は、弁天丸に乗って久しぶりに帝都を訪れた。メトロポリタン空港につくと、モーガン家のリムジン車が、茉莉香を迎えにやってきた。
今日の茉莉香は、少しおめかししたドレス姿である。もちろん、これはマミの最新作である。
「ギルバートさん、どうもすみません。本当は、私の方からお迎えに行かなければいけないんですが・・・。」
今日は、ギルバートも私服であり、車の運転も執事に任せ、リムジンの後部座席に座っている。二人は、並んで座った。
「お気になさらないでください。それにしても、茉莉香さんは、コミューター車の運転免許をまだ取っていらっしゃらなかったんですね。」
「いやあ、高校生になってから、忙しい日々が続いていたもので、教習を受けるヒマが無くて・・・。」
「そうですね。大活躍でしたからね。」
「ナハハハ・・・・。」
茉莉香は、照れ笑いしつつ、こう言った。
「さて、今日は、ギルバートさんの日頃の献身に感謝申し上げるために、心ばかりのお礼を差し上げたいと思います・・・と。」茉莉香は本日の口上を述べた。
「はい、ありがとうございます。
それにしても、これが本当にチアキ様からの罰ゲームなんですかぁ。」
「ナハハ、そうですねえ。私にも、なぜこれが罰ゲームになるのか、サッパリわかりませんがねえ。」
茉莉香も軽く相槌を打った。しかし、罰ゲームに関する本当のことはギルバートには言えなかった。というのも、罰ゲームの本当の内容は、『ギルバートの前で、帝都に暮らす大人の女性を演じること』だったからである。これでは、恥ずかしくて彼に言えるわけがない。
そのために、茉莉香は、グリューエルとチアキから徹底的に様々なマナーや、帝都の有名店での客としての振る舞い方を教えられた。それは、茉莉香が新学期から帝国女学院大学のお嬢様たちに交じって帝都で暮らすためにも、必要なことではあった。そして、その成果を試すため、ギルバートとともに帝都のセレブご用達のお店を一回りするのが、罰ゲームの具体的内容だった。その際にギルバートに日頃のお礼もしようと言うのだった。
もちろん、チアキとグリューエルの真意は、マナー習得を口実にして、茉莉香をギルバートとデートさせることだった。罰ゲームと称して、煮え切らない茉莉香の背中を押してみようと思ったのだった。
茉莉香は、グリューエルが書いたメモを見ながら言った。
「それで、まずは、洋服屋さんですね。
運転手さん、グリーンガーデン通りのニュー・イングランド洋服店へお願いします。予約を入れてありますから。」
「承知しました。」
この店は帝都でも最高級の紳士服店のひとつであり、モーガン家の男性がよく利用する店である。この紳士服店へ来たのは、日頃のお礼として、ギルバートにオーダーメイドのスーツを一着、プレゼントするためである。もちろん、茉莉香は、事前にグリューエルから男性のスーツの見立て方について、講義を受けている。
茉莉香とギルバートは、店主の出迎えを受けて応接室に通され、鏡の前でスーツの生地選びから取り掛かった。店主の軽妙な話術にも助けられ、茉莉香にとっても、楽しいひと時だった。
その後は、二人で、茉莉香の大学入学後の生活に必要な、鞄、アクセサリー、靴など様々な品物を買い揃えるため、いくつかの店を回った。どの店も、茉莉香に対して、最高級のもてなしをしてくれた。
更に、二人は、同じグリーンガーデン通りにある、シャネル洋服店本店に行った。女子大の入学後に着る茉莉香のスーツを注文するためである。
店の入り口でコッキー・シャネル本人が出迎えてくれた。
「ようこそ、茉莉香さん。当店へのお越しを心から歓迎いたします。
どうぞ、こちらのお部屋へ。」
「ど、ど、どうもありがとうございます。」
茉莉香は、緊張していた。豪華な本店のたたずまいと、それにも負けずにオーラが輝くコッキー・シャネルの雰囲気に圧倒されたからだ。
そのころ、この店に別のカップルが乗ったリムジン車が近づいていた。
しかし、二人の乗った車は、店の玄関前に横付けできなかった。前方を見ると、リムジン車とそれを取り巻く帝国の紋章をつけた数台の警備車両が店の前を占拠していた。
「お姫様がご来店されているのでしょうかねぇ。
スージーさん、仕方ありませんね。ここで降りて、少し歩きましょう。
もうすぐ予約の時間ですからね。」
「そうですね。」
銀河テレビのキャスター、スージー・リットンは、車の運転手にドアを開けてもらい、路上に出た。有名人なので、たちまち通行人や観光客の視線が、彼女に集まる。スージーは、連れの男性にエスコートされながら、シャネル洋服店本店に向かって歩き出した。
『ようやく、ここまで来たわ。
田舎の高校生だった頃にテレビで見て憧れた、聖王家御用達のこのお店の客になるのが、私の一つの目標だったのよね。』
スージーは、喜びにあふれて、店のドアを入った。
そこには、この店の三番目のデザイナー、キャサリン・カトーが出迎えていた。
キャサリンは、最近メキメキ売れてきたデザーナーであり、彼女も聖王家御用達の栄誉に輝いていた。それは、フランソワ・シャネルが、チアキの注文を独占せず、かといって娘のコッキーに譲らず、店の有力デザーナーにも王家からの仕事を担当する機会を与えているからでもあったが、キャサリンの実力、努力は、シャネル母子も認めていた。
一方、スージーも、持ち前の美貌だけでなく、努力の人だった。田舎の普通の家庭で育ちながら、自分の力だけで、銀河テレビのキャスターという競争の激しい世界を勝ち抜いて、トップの座を維持してきた。もちろん、彼女は、『あの星の高みまで駆け昇る』という、強い上昇志向と固い意志の持ち主であった。
その彼女の最終目標は、玉の輿。銀河系の名家の嫁になることだった。
そもそも、銀河テレビのトップ・キャスターともなれば、いろいろな男性からお誘いがある。縁談も数えきれないほど持ち込まれる。しかし、スージーは、一切無視していた。
正確に言うと、次のような難題を出して、相手を追い払っていたのである。
『わたし、シャネル洋服店本店で、聖王家御用達のデザーナーに、ドレスを作ってもらうのが少女時代からの夢なのよ。
来週にでも、予約を取って下さるかしら・・・。』
要するに、最近はどんなにお金を積んでも新しく担当デザイナーになるのは不可能と言われるシャネル母子に、無理を言える程のコネクションがないとお断りだというのである。
しかし、先週、銀河テレビ副社長のクラーク・ケントが持ってきた縁談の男性は、ついに難関の予約をとってスージーにデートを申し込んできた。デザイナーはキャサリンであったが、スージーが喜んだのは言うまでもない。スージーにとって、自分の力で聖王家御用達にまで登り詰めたキャサリンは好ましい存在だった。
その男は、銀河テレビのオーナーである大富豪ウオーターメロン家の三男、ジョージ・ウオーターメロンだった。
茉莉香は、本店で3着のドレスを注文して、店を出た。
グリューエルとチアキからは、とりあえず春物(はるもの)を十着注文するように言われていたが、茉莉香にはこんな高い服を十着も一度に注文すると言う二人の感覚はまだ理解できなかった。さすがに、いつも制服一着で済ませていた高校時代とは違うだろうとは思っていたが・・・。
「運転手さん、えーっと、最後の目的地は、レストラン・ヌーベルフランセイーズですね。」
「承知しました。」
レストラン・ヌーベルフランセイーズは、帝都で一番の高級料理店だった。
ここでも茉莉香は支配人から心のこもった言葉を掛けられ、楽しい時間を過ごしていた。ただし、今日の茉莉香は、私服のドレス姿であり、海賊服でも、帝国軍の制服でもなかったので、店に入っても他の客の注目は集めなかった。
その後、この店に二人の客が現れた。スージー・リットンとその縁談相手の男、ジョージ・ウオーターメロンだった。
スージーはここでも店に入るや否や、他の客から注目を集めていた。
『実物は、テレビで見るよりも、はるかにきれいな人なんだねえ。』
そういうつぶやきが聞こえそうなほど、今日の彼女は、美しかった。そういう彼女をエスコートしてきたジョージは本当に嬉しそうだった。
スージーは上機嫌で、店の客をこっそり眺めていたが、その中にギルバート・モーガンと茉莉香がいるのに気が付いて、驚いた。
「あの二人、こういう関係だったの。ふーん。」
スージーがつぶやいた。
「ああ、ギルバート・モーガンがいますねえ。彼とは、久しぶりですね。
それに、今日は、二人連れで来ていますねえ。驚きました。」
スージーの目線を追って、ジョージが言った。
「モーガンさんをご存じなんですか?」
「ええ、帝国第一高校の同級生ですからね。」
「そうなんですかぁ。」
実は、まだスージーはギルバートには未練たっぷりだった。自分が会ったセレブの家系の未婚男性の中でも、ギルバートは飛びぬけてスゴイ人物だと思っている。ジョージを見ても、ギルバートと比べてしまう始末だった。
「そうか、この前の遠征のテレビ中継で、ご一緒だったんですね。
私、遠征のテレビ中継で、あなたがアナウンスするのを見ていました。すべて、台本無しのアドリブだったんですよねえ。すごいなあって、父も母も感心していました。」
「ありがとうございます。」
「それにしても、今日のギルバートは、珍しいことに女の子連れか・・・・。
女の子と言えば、確か、彼は、遠征のテレビ中継に出演していたキャプテン茉莉香の秘書官ですよねえ。」
「その茉莉香さんだったら、彼の前にいますよ。」
「ええ!?
あ、あのコがそうですか!制服じゃないからわかりませんでした。
なるほど、そうですか。
でも、そうだとすると、あの二人はなかなか面白いカップルですよ。」
「どうしてですか?」
「海賊伝説のある家の息子に、本物の海賊の娘ですよ。
お話が、出来過ぎていますね。 ハハハ・・・」
「海賊伝説?」
「そうです。彼の家に行くと、玄関ホールに高さ三メートルくらいの、表面が擦り減った銅像があって、これが帝国海賊だった御先祖なんだそうです。千年前の話ですがね。」
「でも、今は、投資銀行を経営されているのでしょう。」
「表向きはそうです。
でも、高校時代の噂では、あの家は裏で何かヤバイことをやっているのではないかと言われていました」
「ええ!?」
「実は、成績優秀でスポーツ万能のギルバートが、帝国大学ではなく帝国軍士官学校へ進学すると聞いて、同級生はみんなびっくりしたんです。
その理由を聴くと、モーガン家では、昔から同世代の中で最も優秀と認められた者が士官学校へ進み、帝国のために働くように求められるからと言うのです。
もちろん、彼は、一族の人たちからその義務を果たすように指名されたことを誇りに思っていると言うのです。」
「軍人を本業と考える家系なのでしょうか?」
「そうではないと思います。
高校の先生たちの話では、士官学校に進んだモーガン家の若者は、みんな、定年まで勤めず、将軍に出世する前に帝国軍を辞めて、隠居してしまうそうです。」
「どうして、隠居するんですか?
それに、若くして軍を退役すれば、その後に、経済界で活躍することもできるでしょう。」
「そうなのです。
だから、噂では、隠居は表向きの話で、本当は大切な理由がある。例えば人に言えない裏稼業を継ぐためだろうというのです。その準備として軍人になるのだという訳です。」
「では、民間軍事会社でも運営しているのでしょうか。」
「そこまで、わかりません。
まあ、高校生のいい加減な噂話かもしれませんが・・・。
まさか、いまだに海賊をやっているわけじゃないでしょうけど・・・・。」
ジョージは、冗談のつもりでそう言って、笑った。
帝国海賊について、とりわけモーガン家など海賊八氏族の当主が、晩年はガーデンキーパーとして銀河聖王家に仕えていることは、今でも王室機密である。だから、国民はみんな、帝国海賊は伝説だと思っている。
「そうですよねぇ。いまだに海賊なんて・・・。」
スージーも笑った。
しかし、スージーは、ギルバートと茉莉香の間にある『知ってはならない、危険な秘密』に自分も触れそうになった気がして、冷や汗が出た。
遠征の際に目撃した二人の様子から、きっと秘密があると思っていたからである。それも単なる「男と女」の間の秘密というよりも、もっと、「危険な秘密」があるのではないかと思っていた。
彼女も、危険を察知する勘が鋭いのだ。
銀河帝国は普段は爪を隠しているが、知ってはならない秘密を知った者には専制国家として本性を現し決して容赦しないというのが、マスコミ業界の常識であったからだ。
実際、あの遠征のテレビ中継では、副社長クラーク・ケントが、突然、カメラで写すのを避けるよう指示する場面がたびたびあった。また、自分の乗った軍艦(グランドマザー)には、なぜか、チアキ姫と茉莉香の友人らしい二人の女の子が乗船していたが、副社長は二人を存在しないものとして取材するように指示していた。
それらは、銀河帝国の危険な秘密に近づかないためにカメラを遠ざけたとしか、思えなかった。むしろ、現場でその判断をするために、副社長が、わざわざディレクターとして遠征に同行してきたのだろうとも思った。副社長クラーク・ケントは、「パーマン」というあだ名がつくほど残念な男性だと女性たちの間では定評があるが、危険を察知する勘は極めて鋭いと業界では定評があったからだ。
「ところで、スージーさん。お願いがあるんですが・・・。」
「なんですの?」
「いやぁ。突然ですみませんが、実は、今夜、私の家で母の誕生日を祝うパーティが予定されているんですが、宜しければご一緒に行っていただけませんか。」
「ええ!? よろしいんですか?
ご招待もいただいておりませんが。」
「かまいません。あなたさえよろしければ、お客様ではなく、私のパートナーとして一緒に出席していただきたいのですから・・・・・。」
「パートナー・・・・
でも、私、今夜、パーティにおじゃまするようなドレス姿じゃありませんし、・・・」
ウオーターメロン家の広大な屋敷で行われるパーティならば、たいそう華やかであると思われたので、今の服では少し気後れしそうだった。そんなことなら、あらかじめ言って欲しかったと言うのが、正直な気持ちだった
「大丈夫ですよ。
副社長に頼んで、あなたがテレビ出演の時、いつも担当しているスタイリストやメーキャップ・アーティストたちを我が家に呼んであります。
もちろん、ご存じのキャサリン・カトーが、あなたのために心を込めて用意したパーティ・ドレス、アクセサリーや靴なども我が家に届いているはずですよ。
今夜は彼女が『魔法使い』の役を演じてくれます。」
「ええ! そこまで準備して頂いているんですか。」
「はい。
実は、先ほども母から、早くあなたをお連れするようにと催促のメッセージが届いていまして・・・・。
いかがですか、スージーさん。」
「・・・・・・・
はい、喜んで。」
スージーは、迷うことなく、しかし、少し恥ずかしそうに振る舞って、ジョージと進む道を選んだ。
スージーの目の前に二つの道があった。ウオーターメロン家に続く道は、彼女の念願を実現する道だった。もう一つの道、つまり正体不明の素敵な男・ギルバートを独りで追いかける道は、今、閉じられた。
スージーとジョージの二人は早々にレストランを後にした。
やがて、茉莉香たちもレストランを出て、歩道に降り立った。夜風が心地よかった。
「スージーさんが、来ていましたね。
彼女、とてもうれしそうにして、帰って行きましたね。」
茉莉香が言った。
「連れのジョージも、とてもうれしそうでしたねえ。」
「あの二人、うまくいくと良いですねえ。」
「そうですねえ。
・・・・・・・・
ところで、茉莉香さん。今日は本当に楽しかったですか?
スージーさんと同じくらいに、うれしかったですか?」
ギルバートが突然に聞いた。
「・・・・・・」
茉莉香は即答しなかった。そして、少し考えて言った。
「あのう・・・
確かに今日行ったお店はどれも素敵で、お店の方にも本当に親切にしていただいて、楽しかったです。
それに、今日、私がこういう楽しい時間を過ごさせていただくために、大勢の人に陰で力を貸して頂いているのだろうなぁと思い、感謝しています。
だって、みんな、本当に最高級のお店ばかりで、女子高生の私が電話一本ですぐに予約できる店ではありませんからね。そのくらいは、知っています。」
「そうですか・・・・。」
「でも、私、分かったんです。
帝都の最高級のお店に来たときに私が感じたうれしさよりも、初めて銀河のネックレスの星空を見た時の感動の方が、私には大切だって、分かったんです。
私はこういうお店に来るのを夢見て、広い海に出てきたのではないって、分かったんです。
ごめんなさい。
ギルバートさんに、きょう一日、つきあって頂いているのに、こんなことを言って・・・・。」
茉莉香は、頭を下げて謝った。
「いいんですよ。
茉莉香さんの顔を見てれば、そんな気持ちだろうなぁと分かっていましたから。」
そして、ギルバートは、携帯端末で時刻を確認して、言った。
「この時間なら、まだ間に合います。行きましょう。」
「ええ? どこへ行くのですか?」
「茉莉香さんの行きたいところですよ。」
そう言って、ギルバートは運転手や警備の軍人たちに、言った。
「予定外ですが、今から、帝国軍宇宙博物館に行きます。お願いします。」
「了解しました。」
「ええ!? え~~~~~?」
23ー2 ヨット部の部室(白鳳女学院・海明星)
「それで・・・、その後に、二人で宇宙博物館に行ったの?」
チアキが、少し呆れ顔で言った。
「あんな所に行くって、まるで、小学生の社会見学じゃないの・・。」
先ほどから、ヨット部の部室で、チアキとグリューエルは、茉莉香からギルバートとの「罰ゲーム(デート)」の様子を聞いているところだった。
話を聞いているうちに、他の部員たちも三人の周りに集まってきた。
「ナハハ・・・でも本当に楽しかったなあ。」
茉莉香が言った。
「まずは、玄関ホールに浮かぶ、巨大な銀河系の立体映像をご覧になったんでしょう。」
グリューエルが聞いた。
「なるほど。夜間営業中の宇宙博物館は、旅行ガイドにも載っている、有名なデートコースだからね。
直径二十五メートルの巨大な銀河系の立体映像の下を二人で歩いているときに、プロポーズされるというのが、デートの定番よねえ。」
リリイが言った。
「なるほど、きらめく銀河の星空の下でプロポーズなんて、ロマンチックな場所なんですねえ。」
グリューエルが言った。
「茉莉香、それで、どうだったの?何か進展があったの?」
リリイが聞いた。
「いやあ~~玄関ホールでは、・・・・。
銀河系の立体映像を見ながら、ギルバートさんと、
ここが航海の難所だとか、
この星系には行ったことがあるとか、
ミルキーウエイのゲートステーションは何処に出来る予定だとか、
あれが有名な古戦場だとか・・・、
船乗りの話題で盛り上がったよ。」
「はぁ・・・?」
「まあ、茉莉香さんったら・・・・。」
「もういいわよ。それで、次はどこへ行ったの?」
「えーっと、その次は、展示されている歴代の軍艦の模型や実物大の軍艦のブリッジのセットを見に行ったよ。
ギルバートさんが、一つ一つ説明してくれたんだけど、軍艦の改良の歴史って、面白いんだよねぇ。」
「はぁ・・・?」
「それで、ねえねえ、聞いてよ。
昔の船のブリッジって、びっくりするぐらい狭いんだよ。天井も、立ち上がると私でも頭をぶつけちゃうくらい低いんだよ。」
「はぁ~~~~。それがどうしたの?」
「だって、面白いでしょ。弁天丸とは、ずいぶん違うんだよね~~~。」
「茉莉香、それじゃあ、あなた、軍事OTAKUの仲間入りだよ。」
「ええ!? だって、私、これでも帝国軍人だよ。OTAKUじゃないよ。」
「茉莉香ぁ~~。あなたねえ、女子高生でいられるのも、あとわずかなのよ。
もっと、十八歳の女の子らしいことをしなさいよ。」
「それで~~~、その次は、どこへ行ったの?」
「その次は、ねえ、・・・・・。」
茉莉香は、楽しそうに話を続けた。
『だめだ、これは・・・。』
そう思って、チアキとグリューエルは顔を見合わせた。
しかし、茉莉香は、帝国軍宇宙博物館を出る際に、玄関ホールの銀河の立体映像の下で、ギルバートと交わした大切な会話を、友人たちには話さなかった。
それは、こんな会話だった。
「ギルバートさん、宇宙博物館に連れて行って頂き、ありがとうございました。本当に楽しかったです。」
「そう言って頂けると、私もうれしいです。
・・・・ところで、茉莉香さん、お返事、待っていますから。」
「・・・・
すみません。お待たせして。
私、自分の気持ちが、まだわからなくて・・・・。
今日のスージーさんみたいに、決断できなくて・・・。」
「それでいいんですよ。
彼女だって、長い間、考えた末に出した結論だと思いますよ。
それに、あなたは、まだ十八才なのですから・・・。」
「そう言って頂けると・・・・。」
そのまま黙って、二人は、頭上に輝く銀河系の立体映像を眺めた。
『何時みても、銀河の宇宙(うみ)は美しい…』
茉莉香は、そう思った。
23ー3 グリューエルの私室(海明星・セレニティ王家の屋敷)
グリューエルは、今夜も、ベッドに入ってから、レオニーニ家のグランマから渡されたカードを眺めていた。このところ、寝る前に毎日眺めて、これを渡された時のことを思い出している。
グリューエルは、惑星ライセのレオニーニ家の屋敷から帰る直前に、グランマに呼ばれて、彼女と二人だけで会った。
その時、彼女はこう言った。
「一人で来てもらったのは、あなただけに渡しておきたいものがあってね。
これは、私たちからのあなたへの友情と期待の証(あかし)だよ。」
グランマは、手元の電子カードのようなものに自筆でサインをして真紅の海賊封筒に入れて、グリューエルに渡した。
グリューエルが封筒を開けてカードを見ると、中から、ヒユー&ドリトル星間運輸の帝都メトロポリタン空港支店が発行した無記名のお客様優待カードが、出てきた。
一見すると、何の関連もないものだったので、グリューエルは驚いた。
「これは、どういうものですか。」
「なあに、海賊船のフリーパスだよ。海賊船なら、いつでも、どこからでも乗って、自由に旅ができるということさ。
最初だからね、その印のようなところに指をのせて、自分の名を名乗ってごらん。そして、パスワードを設定してごらん。」
グリューエルがカードを手に取ると、カードが光を放ち、グリューエルの上半身の立体映像が浮かび上がってきた。
「われは、グリューエル・セレニティ」
「認証しました。
パスワード設定作業を開始します。パスワードを唱えてください。」
カードから、音声が発せられた。
「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム。我は求め、訴えたり。」
グリューエルが、パスワードを唱えた。
「パスワードを設定しました。確認のため、もう一度、パスワードを唱えてください。」
グリューエルは、もう一度唱えた。
「パスワードを確認しました。
パスワード設定作業が、終了しました。」
そのアナウンスと同時に、彼女の上半身の立体画像の下に、次のような要請文が書かれた立体映像が現れた。
その要請文にはこう書かれていた。
海賊協会会員各位
我らの大切な友人である本券の所持人、グリューエル・セレニティを、如何なる航海においても支障なく乗船させ、同人の望む目的地まで送り届け、かつ、同人に必要な保護扶助を与えるよう、関係の諸船長に要請する。
海賊協会理事長 マリア..レオニーニ
海賊協会理事長の名前のところは、手書きのサインになっている。
「生体認証機能があってね、カードが本人と認めると、こういう立体画像が浮かび上がる仕掛けさ。秘密を守るためだよ。
それにしても、なかなか凝ったパスワードだねえ。」
「なにか、魔法使いになったような気がしましたので。」
そう言って、グリューエルは微笑んだ。
「なるほどねえ。」
グランマも微笑んだ。
「それで、このカードの文言を拝見すると、これは、私一人で、旅に出るためのものですか・・・。」
「そうだ。もしも、あなたが、殿下という敬称を捨て、広い海に出て旅をする決心をしたならば、迷わず、海賊船を呼んでおくれ。
このカードには、通信機能もあるからね。
それまでは、このカードのことは、くれぐれも王宮のうるさがたには内緒だよ。」
「確かに、王宮に知れると、取り上げられそうですね。」
グリューエルは、微笑んだ。
「そうだね。
今年であなたも十六歳になるからね。
旅をするには良い年ごろになってきたと思って、これをあなたに差し上げることにした。」
「ありがとうございます。」
「私たちは、全力であなたを応援するよ。
アンは、18歳のときに、殿下という敬称を捨て、一人で旅に出て、女を磨いたんだよ。 あなたも、そろそろ、自分の人生を自分の足で歩きだすことを考えても良い年ごろじゃないかと思ってさ。」
「・・・・・
そうですね。
グランマ。心のこもったものを頂いて、ありがとうございます。
大切にします。」
「ああ、そう言ってくれると、私もうれしいよ。」
グリューエルは、毎晩、このカードを見ながら、マリア・レオニーニとその母親の人生に思いを巡らしている。
レオニーニ家の伝統では、名前の後に、母方の姓、父方の姓を並べて名乗るのが、正式な氏名である。例えば、サーシャの実の氏名は、サーシャ・ケストナー・レオニーニだった。
しかし、グランマの直筆のサインは、「マリア..レオニーニ」と書かれており、母方の姓が書かれず、むしろ空白のようにも読める。
しかも、直筆のサイン自体は、グリューエル本人がカードを手に持って、生体認証をクリアしない限り見ることができないように隠されている。
『これは、とても興味深いことですわ。』
グリューエルは、「姓」を持たない女性が存在するのは二つの場合があると考えている。
ひとつは、グランマの母親が父母も分からない無縁の子として育った場合である。旧宇宙マフィアのコミュニティでは、そういうことも起こりうるのだろうか。
もうひとつは、彼女が姓を持たない家系の出身者である場合である。そして、グリューエルの知るかぎり、姓を持たない家系は、ただひとつ、銀河聖王家だけであった。神の子孫を自認する銀河聖王家は、人の家系に属する証(あかし)である「姓」を持たないとされているからだ。
『もし、そうだとすれば、その方は銀河聖王家の王女。グランマがその方の子供なら、サーシャさんは、その方のひ孫・・・。』
グリューエルは、銀河聖王家の秘密の一端に触れた、いや触れる事を許されたことに思い至った。しかし、そのことよりも、彼女はその女性の人生に心引かれた。
『でも、王族である私にとっては、その方がどのような方なのか、
そして、そういう選択をなさった理由の方が関心がありますわ。
結局、その方は、どんな人生を送られたのでしょうか。』
グランマの母親は、どんな人だったのか。
どうして、「殿下と言う敬称を捨て」、つまり王族の身分を自分から捨てて、旅に出たのであろうか。
そして、自分の人生、自分の幸せをつかんだのだろうか。
グリューエルは、知りたくなった。
もちろん、彼女がそう思うのは、これからの自分の人生に対する満ち足りない思いがあるからだ。
この先、自分は、王女として、どのように生きていくのだろうか。
そもそも、セレニティ王宮がいつまで自分に対して、今のような気ままな暮らしを認めるつもりなのであろうか。
母国の政治情勢も耳に入っている。
改革から時が経過し、その熱も冷めると、守旧派が影響力を復活させつつあるという。
海明星への留学は、守旧派にとって、改革派のシンボルである自分を母国から遠ざけるために容認されていたと思われる。
公爵の反乱の際に、自分に第一王女を支援させたのも、仮に女王側が敗北しても、改革派の自分の個人行動として責任を逃れる思惑もあったと思われる。
しかし、これからの帝都への留学は、彼らに、新たな目的で、自分を利用しようとする思惑を生む結果になることも分かっている。
女王側が勝利したことで、女王側に味方した自分を銀河聖王家に売り込んで、セレニティ王宮との絆を深める道具にしようとするだろう。
年頃になった自分に、ある日、王宮からの使者として、侍従が『このうえない、良い知らせ』を持って訪れるだろう。
そして、侍従は、大仰な作法に従って、こう言うだろう。
『お喜びください。大公様の御意により、姫様のご婚約がととのいました。』と。
もとより、王族には結婚の自由など、ないのだから。
これからは、その日がいつ来るかという不安と向き合わねばならない。
『グリューエルよ。お前はそれでよいか?』
この問いに対して、以前の自分なら「イヤダ!」と即答していただろう。
グリューエルは、自分をそう言う人間だと思っていた。
しかし、銀河帝国の遠征に同行し、銀河聖王家のアレックス王子と出会った体験から、自分の中に、そうでない自分もいることに気が付いて、グリューエルは身を震わせた。
自分の心の中で、大人の女としての打算と「分別」を備えた自分と、少女としての夢や理想を追い求める自分が言い争いを始めているのだ。
大人の女としての自分、女性としての豊かな肢体と色香を備えた姿をした自分が、小悪魔のような魅惑的な瞳を輝かせて、嬉しそうにこう言う。
「銀河聖王家にも、アレックス様のように立派な殿方もいらっしゃることを知って、心強いですわ。
私のお相手も、きっと私にふさわしい立派な方に違いありませんわ。
安心して、レッド・カーペットの上を歩いて行きましょう。」
これに対して、少女としての自分、未成熟ながらも凛々(りり)しい肢体と才気あふれる清純な雰囲気を備えた自分が、怒りに燃える目をして、こう言う。
「何をおっしゃいますの。
それでは、貴方は、運命の出会いにより、恋に落ちて、愛を育んで、結ばれたいという、今まで育んできた夢をあきらめるのですか!?」
そして二人は言い争いを始める。
「いつまでも、夢を見ていらっしゃるのね。
そんな殿方、いったいどこから現れると思っていらっしゃるのかしら。
きっと、ある日、窓の外にペガサスに乗ってお迎えに来て下さるとでも信じていらっしゃるのでしょうね。ホホホ・・・。」
「失礼な!
私はそんな子供ではありませんわ。」
「そもそも、恋をした経験もないあなたに、
世間知らずのあなたに、
貴方にふさわしい殿方を探し出し、見極める力がおありなの?
大公様の御判断に従うのが、よほど確実じゃないかしら。」
「私は、自分の『人を見る目』を信じております。
『真実の愛』を求めるこころを信じております。」
「あらまあ、自信家でいらっしゃるのね。
でも、もうすこし『大人』になられたらどうかしら。
たとえアレックス様ほど立派な殿方でなくとも、とにかく銀河聖王家の王族の妃(きさき)になるのですよ。
セレニティ王家などとは比較にならない権威を誇る王族の一員として、
今まで以上に王族らしい立派な暮らしができますわよ。
それを『イヤダ』なんて、女の幸せをわかっていらっしゃるのかしら。」
「幸せは、富や権力で計るものではありません!」
「何をおっしゃっているのかしら。
あなたは、貧乏した経験も、命懸けで戦った経験もおありじゃないのよ。」
「失礼な!
私は、必要な時には、どんな苦労も乗り越えて見せますわ。
そういう意思と覚悟を、常に持っているつもりですわ。」
「ひとりの少女としての貴方に、そんな力が備わっているとお考えなのかしら?
セレニティの政争で貴方が『力』を発揮できたのも、貴方が王女だからでしょ。
ただの小娘では、誰も相手にしませんわ。」
「そんな嫉妬には、私は負けません。
私は、ひとりの人間として、真剣に国の将来を憂い、自分の意思で行動したのです。」
「もったいないわねえ。
せっかく、クリスティア様やチアキ様に信頼される関係になったのに。
このまま、聖王家の嫁になれば、銀河帝国の宮廷でも重用されるのは確実なのにねえ。
そうすれば、貴方の実力を発揮できるチャンスも得られるのにねえ。」
「そんな誘惑には負けません。
そもそも、コネや人脈で世界を動かせると考えるのは、愚劣な妄想です。
高い理想や清廉な志こそが、最終的に世界を動かすと、私は信じています。」
「ご立派ねえ。ほんと、口だけは・・・。
もう少し、『大人の分別』というものを、お持ちになるべきよ。」
「ご存知ですか?
このまえ読んだ古代の書物に、こういう言葉がありましたのよ。
『分別のある人間は、世の中に自分を合わせようとする。
分別のない人間は、世の中を自分に合わせようとする。
だから、世の中の進歩は、分別のない人間の双肩に掛かっている。』と。」
「あらまあ、理屈だけじゃなくって、皮肉もお上手ね。
それじゃあ、あなたは、本当にグランマの誘いに乗るおつもりなのかしら。
王族の身分を捨てて、ひとりの女として、辺境宇宙を旅してご覧になるといいわ。
あなたに、その決心が出来るかしら・・・。」
「その時が来たら、迷わずそうしますわ。
でも、今は、まだその時ではありませんわ。」
「逃げたわね。」
「私は、逃げてなどおりません。」
「ところで、茉莉香さんはアレックス様とのご縁談をお断りになるつもりかしら。
拝見するところ、王族になりたいという夢を抱いたり、王族としての責任を負う覚悟をしようとなさっている様子ではないでしょう。」
「まあ、ひどい。泥棒猫のようなことをお考えなのですか?」
「失礼ねえ。
貴方だって、もしも、大公様の選ばれたお相手がアレックス様だったら、本当にお断りになるのかしら。
あんな素敵な方、今までお会いしたことがなかったのですよ。
それは、貴方も同じお気持ちでしょう。
女のカンは、正直よ。」
「いい加減にしてください。
私は、茉莉香さんが、ゆっくりと自分の幸せを考えていかれるのを、見守って差し上げたいのです。」
少女のグリューエルは、反撃に出た。
「では、あなたにお聞きしますわよ。
今、銀河系は辺境開発ブームと聞いております。
そして、銀河聖王家の男性にも、退屈な王族の生活に見切りを付けて、辺境宇宙の開発のために王宮を飛び出そうという方が少なくないと聞いております。
もしも、あなたの殿がそうご決心なさったのなら、あなたはご一緒されますか?
その覚悟はおありですか?」
「その時が来たら、状況を総合的に判断し、適切に決断しますわ。」
「オホホ・・・。
そんなあなたに、王宮を飛び出して、額に汗して大地を耕す生活が出来ますかしら。
それとも、離婚するのですか?」
「では、あなたならば、そんなことが出来るとおっしゃるの?」
「出来ますわ。
運命の赤い糸で結ばれた殿方と力を合わせて、辺境で二人の王国を築く。
ロマンチックですわぁ。」
二人の論争はいつまでも続く・・・・。
グリューエルの心配はそれだけではない。
茉莉香との幸せな日々はいつまで続くのだろうか、不安に思うときがある。
まもなく、白鳳女学院での楽しい日々は終わる。
そして、茉莉香を追って、帝国女学院大学に通うことになるが、その日々もやがて終わるだろう。
茉莉香が、その先にどういう人生を選ぶか、自分にも予測がつかない。それが茉莉香のおもしろいところだ。
『これからのことを考えると複雑な気持ちですわ。
茉莉香さんがどんな進路を選択しようと、私は、今まで通り、あの人の後を追っていきたい気持ちです。
でも、あの人の後を追えない日が来るかもしれないという予感もありますわ。』
例えば、茉莉香は、女王陛下の念願であるアンドロメダ遠征にも参加するつもりでいるだろう。
では、自分も同行するのだろうか。今回のMー八八〇一星団への遠征に同行した経験から、今の自分では、アンドロメダ遠征では果たすべき役割が無いよう思われた。
なにより、今の自分は、船乗りではないと思ったからだ。
アンドロメダ星雲までの二百万光年を超える未踏の宇宙を駆ける旅路が自分にとってどういう意味を持つのか、今の自分には分からなかった。
『思い起こせば、十三歳の時に、茉莉香さんと知り合って以来、私の生活はずいぶん変わりましたわ。
それまでの王宮の退屈な生活とは比較になりませんわ。
なにより、自分の意志で生きていると言う実感がありますもの。
だからこそ、この先、私の人生をどう描くのかが問題ですわね。』
グリューエルは、思った。
『やがて、自分も大人になる。
その先に、自分はどういう人生を望んでいるのだろうか。』
グランマからもらったカードは、それを考えるように、自分に迫っていると思った。
『それにつけても、
レオニーニ家で演じた、念願の海賊ショー、面白かったですわ。
久々に、血が湧きたち、
自分の居場所を一つ見つけたような気がしましたわ。』
それは、次のようなショーだった。
グリューエルは、彼女の憧れたカリビアンスタイルの伝統的な海賊衣装に身を包み、レーニーニ家の大勢の男女を手下として従えて、堂々と舞台に登場した。
衣装は、小柄なグリューエルの体型をカバーするように、大きく盛り上がった派手な金モールと勲章のようなアクセサリーに溢れていた。
そして、彼女は、観客の前で抜いた太刀を身体の右手側に立てて、構えた。
八相の構えという、余分な力を使わない実戦的な姿勢であるが、立てた太刀がスポットライトに照らされて、ひときわ鋭く白銀に輝き、美しかった。
「誰だ、誰だ。」「お前は誰だ。」という掛け声に応えて、グリューエルは口上を述べた。
『問われて名乗るも おこがましいが
産まれは祖先の移民船 王家の薔薇の泉から
生まれる定めの女の子 十三歳で遊学に
身の生業(なりわい)も白浪の キャプテン茉莉香にあこがれて
海の明星新奥浜 白い凰(とり)の女子高の
泣く子も黙るヨット部に 中学生で入りびたり
密航すれども船降りず 無茶はすれども結果オーライ
わがまま言えども笑顔欠かさず ロマンチィックは座右の銘
イカツイ顔の海賊も オトメが見ればまぁカワイー
此度はヒガンへ大遠征 留守番イヤヨと押し乗って
たどり着いたる 新天地~~~~ 』
そこまで口上を述べると、グリューエルは太刀を頭上に掲げた。
『さあ、さあ、皆様、これなる、セレニティ王家伝来の名刀をご覧あれ。
抜けば玉散る氷の刃(やいば)。その切れ味をご覧にいれまする。
ここに取り出だしたる一枚の白い紙。
これ、この通り、
一枚の紙が二枚、
二枚の紙が四枚、
四枚の紙が八枚、
八枚が十と六枚、
十六枚が三十と二枚、
三十二枚が六十四枚、
六十四枚が百と二十八枚。
これを散らせば、春の落花か、名残の雪か、吹雪の舞とございますう~~~。』
そう言って、グリューエルは切り刻んだ白い紙切れの塊を手に持って、勢いよく、頭上へ放り上げた。
同時に、海賊服に身を包んで後ろに並んだ男女からも、白い紙切れの塊が頭上に放り上げられた。
パーン
白い塊が高く上がったところで、花火がはじけたような音がした。
そして、白い紙ふぶきではなく、五色の色鮮やかな紙吹雪が、グリューエル達の頭上から降り注いだ。
鮮やかなマジック(手品)である。
五色の紙吹雪を浴びながら、グリューエルは最後の口上を述べた。
『儚い(はかない)その身の 境界(きょうがい)も
花の命は短いと 一刻たりとも無駄にせず
春から帝都の女子大生 高校飛ばして後を追い
事件と聞けばどこまでも 船を飛ばして宇宙(うみ)駆ける
恋と冒険、探し求める プリンセス・セレンディピティ(Serendipity)
海賊王女 グリューエル・セレニティとは、このわたし~~~~。』
そう言って、グリューエルは、剣を正眼に構えて観客に突き付け、ドスの効いた声をだした。
『さあ、金目のものを出しな。』
「・・・・・・・」
その迫力に一瞬の沈黙が支配した後、彼女は大きな拍手喝采に包まれた。
『あの時のことは、何度思い出しても血が騒ぎますわ。
王族も、海賊も、太古の時代は似たようなものと言われておりますから、私にもそのような血が流れているのでしょうね。
フフフ・・・・』
元の二十二章は長くなったので、三章に分けました。今回はその二回目。
どうも、登場人物の物語が、勝手にどんどん広がっていくようです
茉莉香とグリューエルの関係と二人が進む航路(みち)について、これまであまり触れていませんでした。そこで、茉莉香が課された罰ゲーム(デート)の様子と、彼女に渡された「秘密のカード」、それにグリューエルの海賊ショーのエピソードを中心に書きました。
グリューエルの心情(迷い)について、更に加筆しました。
その後は、フィナーレ。卒業式を中心に書きたいと思います。
なお、茉莉香とチアキが始めて「銀河のネックレス」と呼ばれる、核恒星系にある銀河帝国の中心、レッドクリスタル星系の星空を見て感激するシーンは、「第四章 銀河帝国」をお読み下さい。
また、茉莉香がモーガン家を訪ねた様子は、「第十四章 海賊の力」をご覧ください。