宇宙海賊キャプテン茉莉香 -銀河帝国編-   作:gonzakato

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 銀河帝国の中央に進出した茉莉香と弁天丸は、着実に力を発揮していきます。そして、コンピュータ上の演習で、茉莉香は帝国軍第一艦隊を破ってしまいます。
 相変わらず元気な茉莉香ですが、彼女には、以前から疑問がありました。
 千年前から、表向き海賊行為を止めている「帝国海賊」たちが、その後、千年もの間、どうやって海賊としての誇りや力を維持することができたのかと言う疑問です。
 また、自分と比べてみると、茉莉香は高校一年生まで自分が海賊の娘だと知らずに育ったのですが、帝国海賊の子供達はどうやって育ったのかという疑問です。
その秘密を、ギルバートに尋ねると、彼は帝都のモーガン邸に茉莉香を招きます。
モーガン邸で茉莉香は帝国海賊の歴史を実感すると共に、ギルバートのおばあさんから大きな赤い宝石をプレゼントされます。
 またまた、その意味も分からず、受け取った茉莉香ですが・・・。


第十四章 海賊の力 茉莉香、帝国軍を破る

14-1 弁天丸

 

 弁天丸は、ミルキーウエイ計画のテストのため、時空トンネル内を航行していた。弁天丸は、重力推進機関を持っていないが、時空トンネルのゲートを経由して、時空トンネル内に入っている。

 今、ブリッジの立体スクリーンには、電磁波によるレーダーの映像の代わりに、重力波に対応した時空間ナビゲーション・システムの映像が投影されていた。

「この時空ナビって、すごい発明だねえ。少尉たちが開発したんでしょう。

 こいつがあると、いま、時空トンネルのどの辺を、どこに向かって飛んでるか、すぐわかるのね。」

 クーリエが言った。

「クーリエさん、正確に申しますと、時空トンネル内は時間の流れを含めて四次元ベクトル空間であり、それをわかりやすいイメージ映像で表示しているだけで、三次元空間としての位置を表示しているわけではないんですが・・。」

「ブラウン少尉、そういう正しい説明はいいから・・・。」、

「俺もこいつには驚いたよ。

 通常空間では、どこを飛んでいるか常に正確に分かるんだよね。

 これまでは、超光速跳躍の時には、通常空間へ復帰した位置の座標を、事前の計算予測値と周辺の星座とを照合して、コンピューターが再計算していたけどなぁ。

 でも、これでは大昔の天測航法の原理と同じで、進歩していないんだよな。

 これに対して、時空ナビは、銀河系の中心などの高重力源からの重力波を感知して、位置を測定する仕組みだってねえ。すごいねえ。」

 ケインも感心した声で言った。

「ではそろそろ、テスト開始の秒読みです。

 10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0。

 時空トンネルへのエネルギー供給停止。

 弁天丸、通常空間へ射出されます。」

 ドーンと言う衝撃波を発しながら、弁天丸は通常空間へ出た。

「時空ナビゲーター、正常に作動中。現在位置、計測開始中。」

 突然、時空ナビの警報が鳴った。

「重力の異常傾斜を確認。

 現在位置は、B-52ブラックホールの要警戒重力圏内だ。」

「ええ? 大丈夫? 事前の予定よりかなりブラックホール寄りにタッチダウンしたの?」

 茉莉香が言った。

「そのとおりよ。時空ナビの位置データを確認したわ。これは、かなりヤバイ距離よ。」

 クーリエが言った。

「全速力でも逃げ切れるかしら・・・推進剤が持つと良いけど。」ルカが言った。

 その間にも、警報は鳴り続けている。

 それどころか、ブリッジの照明も点滅して、非常事態を警告している。

「ええい~~。ぶちぶち言わないの。

 ブラックホールと正反対の方向に、超光速跳躍。大至急。」

 いつも通りてきぱきと、茉莉香が言った。

「おもしろいねえ、船長の言うことは。ブラックホールの近辺では、超光速跳躍は危険だというのが常識なんだけどね。正反対の方向なら大丈夫だろうってかぁ・・・フフフ」

「超光速跳躍、セットしたわ。」

「弁天丸、飛びます。」

「了解。」

 

 やがて、弁天丸は、平穏な通常空間へタッチダウンした。

「ふう~っ。ちょっと緊張したなあ。」茉莉香が言った。

「さすが、弁天丸ですね。あそこで超光速跳躍とは大胆ですね。」

 銀河帝国の技術士官ブラウン少尉が言った。

「そんなことより、仕事の話をしよう。

 今回、弁天丸が有人機として初めて時空トンネルの非常脱出テストをしたわけだが、やはり緊急排出されてタッチダウンした位置が、事前の予測よりも高重力源の方向にずれるという欠点が残っている。

 前回の無人機のテスト結果からあまり改善されていない。」

 シュニッツアーが言った。

「申し訳ありません。そうなんですよ。

 弁天丸のような船ならともかく、普通の船じゃあ、ブラックホールからうまく脱出できなくて、飲み込まれる場合もありえますね。」

「それは、冗談では済まされない問題だ。

 時空トンネルを民生用に使うには、下手な操縦でも無事に帰還できるような、高い安全性が求められるはずだ。

 こうすれば安全に脱出できるという方法を、時空トンエルのシステム側か、飛んでいる宇宙船の操縦側か、どちらかで考えないといけない。」

 

「ねえー、時空トンネルが崩れて亜空間から飛び出る前に、亜空間から自分で超光速跳躍して好きなところへタッチダウンできないの?」茉莉香が言った。

「それができれば、問題ないんですが・・・。

 そもそも亜空間と言うのは、通常空間と同じような三次元空間ではないのですよ。超光速跳躍によって離れた2点間を飛び移るときに、外の宇宙空間と高速で移動する宇宙船の中の空間とは時間の流れが違っているわけです。

その時間の流れのずれを、宇宙船の搭乗者の意識では、空間を移動していると認識している訳でして、その移動していると感じる空間を亜空間と呼んでいるわけです。

 ですから、亜空間は、いわば人間の頭の中での仮想空間でして・・・・。」

「わけわかんないなあ、その説明。だって、実際に、空間を飛んでいるように感じられるもの。」

「ブラウン少尉、もっと船長に分かりやすい説明を考えておいてね。

「そうですかぁ。この説明は、女子高生どころか、『サルでもわかる』と好評だったんですけど・・・。」

「ええ!・・・私は、サル以下かぁ。

 それにしても、そんな言葉でブラウン少尉を誉めたのは、・・・まさか、ウルスラじゃないでしょうね。」

 茉莉香が少し意地悪そうな顔をして言った。

「え!?・・・」

 ブラウン少尉は、顔を赤くした。

「それより、今回の弁天丸のやり方を分析して、通常空間に復帰後、危険な空間だと分かればすぐに自動的にジャンプする操縦プログラムでも考えた方が、実用的じゃないの。」 クーリエが言った。

「そうですね。今回の実験データを分析して、考えます。」

「それだけじゃなく、時空トンネルのシステム側でも、もっと安全なところへタッチダウンできるように、壊れかかった時空トンネルをコントロールできないのか。

 これが本筋の解決策のはずだが。」シュニッツアーが言った。

「おっしゃるとおりです。その点はまだまだ・・・。

 今回は、加藤大佐がお乗りになる船だというので、安全の上にも安全を確保せよという上からの指示もあって、プログラムをずいぶん改良したつもりだったんですが・・・。」

「帝国軍も、茉莉香がかかわると大変そうね。

 でも、貴方の方も、ここまで宇宙を変える大仕事を成し遂げたなんて、とても立派。ハナマルをあげたいわ。

 ところでウルスラちゃんのこと、聞いたわよ。おめでとう。よかったわね。」

 ミーサが、にっこり笑って言った。

 

「え、え、・・・・」

 ブラウン少尉は顔を真っ赤にして、口ごもったが、一気にこういった。

「ミッキー船長に『思い切って告白しろ』と励まされたんで、いろいろ考えたんですが、『好きです。交際してください。』って言っても、彼女が士官学校に入学すると彼女の気持ちがその後どう変わるか分からないし、やっぱり結論から言うのかなと思って、思い切って結婚申し込んだんです。」

「えっ・・・!!」茉莉香が驚いて声を上げた。

「そうしたら、彼女は即答で、OKだったんです。

うれしかったなあ。

もちろん、今は婚約だけで、正式に結婚するのは彼女の士官学校卒業後にするつもりですが・・・。」

「ええ~~~~~~~!」

 茉莉香は、さらに驚いて大きな声を上げた。

「あら、そこまで話が進んでいたのね。

 私は、ウルスラちゃんの帝国軍士官学校の入試合格おめでとうって、言ったつもりだったのよ。家庭教師、ご苦労様ってね。

でも、よかったわね。おめでとう。」

 ミーサが、驚いたふりをして微笑んでいる。

「しまった。加藤大佐は、ご存じなかったんですか。引っかかったなぁ。

 彼女から、白鳳女学院高等部卒業までは言うなと口止めされてたんですけど・・・。

 彼女に怒られます。どうしましょう・・・。」

 ブラウン少尉は本当に困った顔をして、ミーサに助けを求める眼差しを向けていた。

 

「大丈夫よ。

 女がこんな良い話を黙っていられるはずはないわ。

 友達より先に婚約や結婚が決まったなんて、一生で一番良い自慢話なんだから。

 船長が今度学校に行くときには、学校中みんな知っているわよ。」

 ルカが、冷静な表情で言った。

「私もそう思う。フフフ・・・」クーリエが言った。

「でも、みんな、びっくりするだろうなぁ。・・・。ウルスラが婚約の一番星になったんだからねえ。」

「茉莉香、笑ってる場合じゃないわよ。あなたは卒業までにどうするの。」

「ええ・・? 私? だって私は何も『お話』は来てないし・・・。」

 

14-2 加藤邸(海明星)

 

 海明星に帰った加藤茉莉香は、日課となっているギルバートからの講義を聞いていた。もちろん、講義は、超光速回線で海明星にいる茉莉香と帝都にいるギルバートとを結んで行われる。今日のテーマは、帝国軍の軍事演習の進め方である。

 帝国軍の軍事演習の進め方は、第一部として、まず、コンピューターシミレーションで軍事演習の様々なシナリオを検討して、第二部では、決定したシナリオをもとに、実際に艦隊を動かして軍事演習を行うというものである。

 近々おこなわれる軍事演習では、茉莉香は第一部から第二部まで帝国軍参謀本部の作戦司令室で軍事演習に参加する予定である。第二部では弁天丸も標的船を務めることになっているが、その際の船長役はミーサに任せることにしている。

 これは、一度、帝国軍の軍事演習を帝国軍の側から見る経験をしてほしいというギルバートのアドバイスを受けたものだ。

 

 講義が終わった後は、いつものように帝国海賊の話になった。

「それで、帝国の独立戦争が終わって平和になった後は、宇宙海賊さんたちはいろんな仕事について生活していったといわれますけど、それぞれの生きる道をどうやって見つけたのですか。モーガン家は、なぜ金融業を選んだのですか。」

「それはいろいろな事業を行った結果でしょうね。最初から金融業だったわけではありませんよ。

 最初は、やはり辺境宇宙での資源開発でした。それで成功して、稼いだお金やほかの人の金をもとに、自分の資源開発だけでなく他の会社の資源開発事業も応援したりして、次第に投資信託銀行業というか、金融的なところが大きくなっていったんです。そこを我が家が受け持ったということです。

 だから、今も、一族の中には辺境宇宙の資源開発をやっている家や、船を持ちつづけるために運送業や警備業をやっている家もありますよ。

 船を持つ家の営業の実態は、たぶん茉莉香さんの弁天丸と似ているでしょう。」

「その辺は、そうでしょうね。

 でも、それぞれの仕事についても、昔の海賊としての意識を今も持ち続けることができた秘訣と言うか、秘密と言うか、そこが今一つピンと来ないんです。」

「つまり、それだけ実業をやっていれば、いつのまにか普通の実業家になってしまうだろうということですか。」

「そうですね。そういうことでしょうか。」

「それなら、一度、私の家にお越しください。母や祖母も、前からあなたに会いたがっていますので、ちょうどいい機会です。

 私の家には先祖の歴史とその思いを伝えるための仕掛けがいっぱいあります。これがあるから、我家は海賊としての誇りを受けつぐことができたともいえるんです。

 私の家を見れば、モーガン家が宇宙海賊として千年続いた秘密を納得していただけると思いますよ。」

「やっぱりモーガン家にお邪魔する必要があると・・・ううむ。」

 

 茉莉香は即答を避けて、別の話題を持ち出した。

「それからもうひとつ、今までなかなか聞きづらかったことを、聞いていいですか。」

「どうぞ、聞いてください。」

 モーガンは、笑顔で答えた。

「あのう、モーガンさんが帝国軍人になったことも、海賊の家の息子であることと関係しているんでしょうか?」

「そうですよ。大いに関係しています。銀行家の息子なら銀行員になるのが当たり前で、軍人になるとは限りませんからね。

 逆に茉莉香さんにお聞きしますよ。

茉莉香さん、モーガン家が宇宙海賊としての力を保持し続けるためには、なにが必要だと思いますか。」

「船かなあ、・・・あ、そうか、人ですね。」

「そうです。なによりも人材です。一族の中で軍事、武術や航海に精通している人材を常に育てて、維持する必要があるでしょ。

 そのためには、平和な時代では帝国軍とかかわりを持つ、つまり軍人になるのが必要不可欠ということなんですよ。」

「やっぱりそうなんですね。

 私、16歳になるまで自分が宇宙海賊の娘だなんて知らずに育ったもので、その辺のところがよくわからないんです。

 加藤家の伝統と言っても、教えてもらったのはポトフの作り方くらいで、あとはコンピューターに入ったデータだけというのでは、今一つ実感がないというか・・・。

 でも、加藤家のポトフ、とってもおいしんですよ、ヘヘヘ。

 だから、そういう海賊の家の伝統を背負って堂々とやっている人たちって、すごいなぁと思うんです。」

「それなら、なおのこと、クリスタル・スターのモーガン家にお越しください。我が家をこの目で見て頂くと、納得できますよ。

 それから、加藤家のポトフ、いつか必ずごちそうしてくださいね。」

「わかりました、ご馳走しますよ。

 でも、ちょっと恥ずかしいなぁ。ギルバートさんのお母様やお祖母様にお会いするのは。」

「大丈夫ですよ。この間、茉莉香さんは父や私の顔にパイを投げつけたけど、母や祖母から返礼のパイ投げはありませんから。」

「ハハハ・・・。」

 笑いながら、茉莉香は先日のバカ騒ぎを振り返って、恥ずかしさに顔を赤くした。

「ハハハ、今、思い出してもおかしいですね。

 もっとも、あれは、海賊の男たちのバカ騒ぎだと、女たちは昔から呆れてたそうですよ。そもそも、女性は服を汚すのが嫌いですからね。・・・」

 モーガンも笑っていた。

「そうでしょうね。

 でも、私、モーガンさんにまだちょっと怒ってますからね。」

 そう言って、茉莉香はモーガンにアカンベーと、舌を出した。

 

 

14-3 銀河帝国軍参謀本部作戦司令室(帝都クリスタル・スター)

 

 加藤茉莉香は、ギルバート・モーガン中尉の案内で、帝都クリスタル・スターにある銀河帝国軍参謀本部作戦司令室を訪問した。次の軍事演習の予習をするためである。

 帝国軍参謀本部作戦司令室には、巨大な立体スクリーンが備えられている。ここに作戦時には、敵味方の膨大な数の船の映像が映し出される。平時には、帝国軍帝都管制室とリンクした、帝都周辺空域のリアルタイムの船舶運航映像が映し出される。

 

加藤茉莉香大佐が、作戦司令室の概要について、説明を受けていた。

「スクリーンの最前列が司令部の人たち、奥の一段上が、女王陛下や将軍さんの席かぁ。

 こういうところは、グランドマザーと同じだなあ。

 でも、今は、玉座が三つになっているところは違うかなあ。」茉莉香はつぶやいた。

「加藤大佐、つぎは隣の演習室へまいります。」

 指令室では、ギルバート・モーガン中尉は、上官である加藤茉莉香大佐に対して敬語を使っていた。

「あ、はい。では、司令室のみなさん、どうもありがとうございました。」

 茉莉香は敬礼をし、司令室の軍人もこれに答えた。

 

 指令室の隣の演習室には、司令室のものと同じ立体スクリーンがあったが、その両側は敵味方の船団の司令部を模した席が置かれており、真ん中がスクリーンのコントロール担当者の席だった。

 

 簡単な部屋の説明が済むと、ギルバートが言った。

「では、加藤大佐に今回の演習プランをご説明いたします。

 今回の演習は、時空トンネルにテロリストが侵入して帝都に侵攻したときに、これにどう対抗するかがテーマです。テロリストの標的船として、海賊船も参加する計画です。」

「ふ~~ん、テロリスト対策かあ。」

「そうですよ。もう、銀河帝国に対して艦隊決戦を挑んでくる国や組織は、銀河系には存在しませんよ。帝国軍の目下の急務は、時空トンネルの安全確保・治安対策を作り上げることです。」

「そうですね。反乱鎮圧以後、今まで以上に平和な時代になりましたからね。

では、テロ対策は、どういう展開になるんですか・・。」

 

 ギルバートは、予想される五つのシナリオを説明した。

「どうでしょうか、加藤大佐。」

「敵のテロリストの行動は、なんか平凡ですね。これじゃあ、捕まえてくださいって言ってるようなものですね。」

「では、大佐がテロリストなら、帝都をどう攻めますか。」

 ギルバートにそう言われて、加藤茉莉香はニコリと微笑んだ。

「私の考えですか? 知りたいですかぁ。

 う~~~ん。でも、ことばで言うのは、ちょっと、難しいなぁ。

 やっぱり、実際に船を動かしてみないと・・・。」

「そう言うと思いましたよ。

 大佐、ここは何処か、お忘れですか。帝国軍の演習室ですよ。

 ここなら、実際に船を動かすのと全く変わらない模擬戦ができますよ。

「ええ? そんなこと、いきなり出来るんですか?」

「実は、大佐がそうおっしゃると思って、準備は出来ていますよ。」

 今から二チームに分かれて、シミュレーターで模擬戦をしましょう。

 チーム編成も、準備が出来ています。

 Aチームが帝国軍側、Bチームがテロリスト側。

 Aチームは参謀本部のミニッツ大佐が、Bチームは加藤大佐が指揮するということで、加藤大佐以外のBチームのメンバーは私が決めて準備していますが、よろしいですか。」

「いいですよ。」

「では、ご紹介します。

 こちらがミニッツ大佐です。」

「初めまして、キャプテン茉莉香。ミニッツです。」

「こちらこそ、初めまして、加藤茉莉香です。

 ミニッツ大佐、ご高名は辺境の海賊にも伝わっております。今日は、対戦できて光栄です。どうか、お手柔らかにお願いします。」

「こちらこそ。噂に聞く、キャプテン茉莉香との対戦、楽しみにしていました。」

「では、Bチームのみなさん、別室に集合してください。昼食を兼ねて作戦会議です。」

「それから、演習フィールドの情報は、現実の帝国軍防空情報システムのコピー、すなわち帝国の現実そのものと言うことでいいですね。」

「了解しましたよ。一時間後に模擬戦開始ですよね。フフフ・・・」

 茉莉香が笑った。なにか策があるようだ。

 

14-4 軍事演習(参謀本部作戦シミュレーターの仮想空間内)

 

 一時間後、演習が始まった。

 茉莉香が指揮するBチームは、どこから持ってきたのか、おそろいのバンダナを頭にかぶっている。もちろん衣服は帝国軍の制服のままであるが、「海賊チームのしるしが必要」という茉莉香のアイデアだった。皆、けっこう面白がっていた。

 しかし、演習時間で10時間(実際は60分)たっても、帝国軍防空情報システムにおいては、テロリスト側は何も行動を起こさなかった。実際には、Bチームは、なにかいろいろパネルを操作しているが、帝国の防空システムには何も変化がなかった。

 それまでの間、Aチームは待ちくたびれて、何かあるぞという警戒感も薄れていった。

 

 防空情報システムに変化が感知されたのは、演習時間で約24時間後(実際は2時間)であった。

 最初の変化は、小さな海賊事件だった。

 豪華客船が海賊に襲われ、乗っ取られたという情報が入った。

 普通なら帝国軍が出るまでもないので見過ごすところだが、襲われた船を海賊が牽引して超光速跳躍したため、注意を引いたのだ。

 

「さあー、海賊の時間だぁ。」

 茉莉香が掛け声をかけて、Bチームのメンバーは実に楽しそうだ。

 もちろんAB両チームからお互いの様子は見えない。

 

 続いて、海賊船は豪華客船を連れて、ミルキーウエイのゲートに現れた。人質を盾にゲートを突破しようというのだろう。当然、Aチームからの反撃が予想された。

 Aチームは『テロリストとは取引しない』と言う原則から、人質の豪華客船もろとも攻撃の対象にしようとしたが、Aチームの指揮官ミニッツ大佐は言った。

「待て、すぐに手を出すな。

 この人質船の船名、乗員名簿を確認しろ。」

「確認しました。

 船名 ローズガーデン号

 船籍 銀河帝国

 乗客 公爵夫人エカテリーナ・レッドローズ殿下、王女アメリア・レッドローズ殿下、王女マリア・ホワイトローズ殿下・・・。 」

「うあ~、銀河聖王家の御用船だ!」

 電子戦担当の士官が、思わず声をあげた。

 

 神の子孫を自認する銀河聖王家には、姓(ファミリーネーム)は無い。

 しかし、それでは王家のなかで区別が付きにくいので、女王以外は、慣例的に四家の家名を付して呼ばれる。例えば、青薔薇家の娘であるチアキは、今はチアキ・ブルーローズと呼ばれる。

 

 Aチームの指揮官ミニッツ大佐が、攻撃を控えている間に、海賊船と豪華客船は、ミルキーウエイのゲートに侵入した。

「さすが、帝国軍の皆さんも、銀河聖王家の王族の方々を攻撃するようなことはしませんでしたね。お行儀がいいですねえ。ナハハハ・・・

 さあ、ここからは、私たちは極悪非道のテロリストよ。

 みんな、メガネをかけて。

 さあ、行くわよ。」

 茉莉香が声をあげた。

 それに合わせて、Bチームのメンバーは、全員が黒メガネをかけた。悪者ぶったコスプレのつもりだろう。

 だが、Bチームのメンバーは実に楽しそうに笑っている。

 

「おのれ、テロリストめ。

 人質の船がいるので、時空トンネルを切断して、テロリストの船をブラックホールや中性子星に落としてやることもできないし・・・

 おい、時空トンネルの出口で包囲網を引いて、待ち構えろ。

 通常空間に復帰したところで、重力波砲を浴びせて、客船と海賊船を強制的に引き離せ。

 引き離したところで、一斉射撃だ。

 この借りは『倍返し』だ!

 通常空間への復帰タイミングを狙って討つぞ!

 重力波砲の発射時刻を、カウント・ダウンしろ。」

 

「フフフ・・・出口で待ち伏せかな。そんなこと、お見通しよ。

 機関士さん、マニュアル操作で、重力推進エンジンを始動。

 時空トンネルを分岐して、予定の空間へジャンプします。

 もちろん、客船はトンネル内で解放ね。」

「了解。マニュアル操作で、重力推進エンジンを始動。」

 

「うわああ~~。海賊船が時空トンネル内に客船を置き去りにして、別の空間へタッチダウンします。」

「重力波砲の砲撃を中止!

 客船の保護のために、時空トンネルの航路を維持しろ。

 それから、海賊船のタッチダウン地点を調べろ。

 とにかく、標的となる可能性の高い帝都に非常防空警報発令を進言しろ。

 タッチダウン予想地点に、近くの船を動かして、海賊船を包囲させろ。」

 Aチームのミニッツ大佐は、矢継ぎ早にいろいろな指示を出して包囲陣形を立て直すために動き回った。

「敵さん、あちこち動いてるわね。そうこなくっちゃ。

 みんな、いくわよ。」

「おーー!」

 

 茉莉香の指揮する海賊船は、通常空間に復帰するため亜空間を抜けようとしている。

 しかも、その行き先は、レッドクリスタル星系の帝国軍第一艦隊が駐留する中央基地だった。

 軍艦が集まっているところ、しかも帝国軍最強といわれる第一艦隊の中央基地の前にわざわざタッチダウンするのは、常識的には「討たれに行くようなもの」だが、海賊船には秘策があった。

「よーし、通常空間に復帰次第、例のヤツをお見舞いするわよ。

 全船、対衝撃防御。振り落とされないようにね。」

 やがて、海賊船が復帰しようとする空間では、時空震が発生した。

 そこから強烈な重力波が発生し、さらに強力な衝撃波が発生した。

 茉莉香船長は、わざわざ、マニュアル制御で下手なタッチダウンをさせて、時空震を発生させたのだ。

 そもそも、超光速跳躍や時空トンネル航法は、時空震を発生させないようにコンピューター制御されている。そうしないと、大艦隊が編隊を組んで安全に飛行することができないからである。

 茉莉香はそれを逆手にとって、発生した時空震で周辺を取り囲む帝国軍の軍艦を追い払おうとしたのである。

 

 中央基地に集結していた多数の帝国軍第一艦隊の軍艦は、強力な重力波と衝撃波によりコントロールを失い、大混乱に陥った。

 多数の船が完全な非番のため、動力をセーブモードにしていた。これらの船は、衝撃波に吹き飛ばされて、周辺の船と衝突した。

 茉莉香の海賊船を攻撃しようと待ち構えていた船も、想定外の緊急事態に遭遇して、衝突回避に必死になった。

「うわーー!はじき飛ばされる。

 姿勢制御エンジン全開! 現在位置を確保。」

「おい、何してるんだ。逆噴射して現在位置を確保しようとするな。

 かえって、吹き飛ばされた船と衝突するじゃないか!」

「衝突回避のために、急いで加速して散開しろ。」

「それじゃ、敵船がビーム砲の射程外になってしまいます。

 包囲網が敗れて、侵入した敵を討てなくなりますが・・・。」

「かまわん! 衝突回避を優先する。

 敵は一隻だ。再集結してからでも攻撃は間に合うはずだ。」

 

 被害は甚大で、もはやタッチダウンしてきた海賊船を攻撃する余裕は無かった。

 しかし、ミニッツ大佐は冷静だった。

 

 第一艦隊は、時空震の一撃で多数の船が衝突により損傷し、残った船も衝突回避のために散開して、進入してくる海賊船に対する包囲網を解いてしまった。

 このため、艦隊としての戦闘能力を一時的に失ってしまった。

 

「予想どおり、大混乱よね。ウフフフ・・・

 クイーン・オブ・パイレーツの護衛艦も、どっかに行っちゃったわ。

 よーし、このスキに、あそこにいるクイーン・オブ・パイレーツに突撃!

 船をぶつけて! さあ、白兵戦よ。

 いけ~~!!  」

 

 海賊船が帝国軍の旗艦クイーン・オブ・パイレーツに突撃した・・・はずだった。

 しかし、船が接触したと思ったその時、ブザーが鳴って、立体スクリーンに次の文字が表示された。

 

 『GAME OVER』

 

 

14-5 銀河帝国軍参謀本部作戦司令室(帝都クリスタル・スター)

 

「あれ~~~? 私たち負けたの? 

 まだ勝敗はついていないでしょう?

 あと少しで、非番で空っぽのはずの旗艦クイーン・オブ・パイレーツを乗っ取って、帝都へ攻め込めるとおもったのに。」

 

 両手を腰に当てて、ふくれっ面の加藤大佐に、Aチームの指揮官ミニッツ大佐が言った。

「いやあ、お見事でした、加藤大佐。負けたのは私たちです。

 シミレーターは、帝国軍側の勝敗を表示します。

 それに、このシミュレーターは、クーン・オブ・パイレーツにおける白兵戦まで想定してません。艦隊司令部としては、陛下の御命を危険にさらす前に勝敗をつけるのが戦闘のルールです。

 そう言う意味でも、白兵戦に持ち込まれた段階で私たちの負けです。」

「そうなんですか。

 でも、昔から少女マンガですら、『恋愛と戦争にはルールは無い』(どんな汚い手を使っても、とにかく勝てば良い:「勝てば官軍」)っていうのが常識ですよ。」

「そうですね。帝国軍は甘いですね。こんなルールは、実戦では言い分けにはなりませんからね。

 特に、帝国軍にとって今後必要となる、テロ対策のような非正規軍との戦い方は、正規軍同士の戦闘を想定したこれまでの戦い方とは大きく違いますからね。

 シミュレーターも抜本的に改良が必要ですね。報告しておきます。

 それと、今日の模擬戦の結果も踏まえて、演習のシナリオを再検討します。」

「お願いします。」

「それにしても、恐れ入りました。加藤大佐のウワサは、第七艦隊の連中から聞いていましたが、これほどスゴイとは。」

 

 何時の時代も、優れた軍人は現実重視、実力主義のリアリストである。

 ミニッツ大佐は茉莉香の実力を認めて、それを吸収しようとしていた。

「ナハハ・・・。そうでしょうか。思いつくままやっただけですけど・・・。」

「まず、旗艦クイーンオブパレーツが非番の時の安全体制はどうか、今日の結果は深刻です。正規の戦闘では、旗艦での白兵戦に対しては、ユスティアン大帝時代の戦闘経験を踏まえて、作戦計画が決められているというものの、旗艦では、それ以来実戦経験がありませんからね。

 それに加えて、非番の時に本当に乗っ取られていたら、最強の兵器が敵にわたることになりますからね。」

「なはは・・・そんなに大げさに誉めて頂かなくても・・・・。」

「それにしても、時空トンネルの性質を良くご存知ですね。

 人質を連れて入ったのは、トンネルの切断を防ぐためですよね。

 さらに、トンネルの分岐をつくるという技を実行して見せたのは、大佐が初めてですよ。

 しかも、それもこれもクイーン・オブ・パイレーツを武器として奪うためだったとは。」

「いやあ~~。この間、弁天丸で、時空トンネル切断の実験に参加して、もう少しでブラックホールに落ちるところだったんですよ。

 あとで、航跡の精密な解析結果を見せてもらうと、本当に危ないところだったんです。

 それで、私も、クルーもちょっと怒って、ブラウン少尉にいろいろ文句を言ったら、彼も真剣に考えて答えてくれたので、時空トンネルを使うコツがわかったというか・・。」

 

「なるほど。

 では、最初の戦闘までに時間がかかったのは、人質のためですか。ローズガーデン号の存在を良くご存知でしたね。」

「どの船にしようか、迷ったんですが・・・。

 昔、弁天丸でセレニティ星系軍と向き合った時に、こちらに王女様が乗っているとわかると向こうは戦闘モードを解除した経験がありまして・・・。

 ローズガーデン号のことは、個人的に、ナハハ・・・。

 それに、私は、今、極悪非道のテロリストになりきってますからね。エッヘン。

 人質は高く売れるものを選んだ訳ですよ。」

 

 茉莉香は、鼻の下で指を動かして、長くピンと伸びた海賊の髭をなでるような、おどけたしぐさをした。

 これを見た演習参加者の軍人たちが皆笑った。

 しかし、Aチーム指揮官のミニッツ大佐は笑っていなかった。

 

「では、加藤大佐、わざわざマニュアル制御でタッチダウンさせて、時空震を発生させるという戦法は、どうやって思いつかれたんですか?」

「昔、セレニティ王国の『黄金の幽霊船』クインセレンディピティと遭遇した経験からですね。あの船は旧式で、極めて不完全な超光速跳躍しかできず、一時的にタッチダウンするとスゴイ時空震を起こすんですよ。

 それをヒントに、再現してみたいと思ったんですよ。」

「なるほど。でも、時空震を起こす方法をどうして見つけたんですか?」

「都合の良いことに、最新の転換炉のパワーは、黄金の幽霊船の何千倍も強力なので、やんちゃな操縦をすると、意外に簡単に時空震を起こせましたね。

 それに、なんと言っても、私のチームの皆さんは、チョー優秀ですね。

 超光速跳躍の正規プログラムを、時空震を起こすように『不正改造』するなんて、

『初めてなんですう~。』とか、

『一度やってみたかったですう~』と言って、

 自信の無いようなことを言ってたのに、すぐにやってくれましたよ。」

「なるほど。最先端の技術に慣れきっていると、そう言う『やんちゃな』操縦をするという発想が出てきませんね。」

「私の弁天丸は、百年前の旧式の海賊船ですからね。アハハハ・・・」

 

 こうして女子高生っぽく、笑いを取る会話の中にも、海賊船船長としてのキャリアや諸王家との人脈がうかがわれ、その場の士官たちにも、軍人としての茉莉香の、敵に回したくない『怖さ』がうかがわれた。

 

「しかし、加藤大佐、笑い事じゃありません。

 この戦闘結果をみると、これはもはや『新兵器』です。とても、『やんちゃな操縦』なんて言ってられません。

 なにせ、帝国分の中央基地にいた第一艦隊の大半を、人工時空震の一撃で戦闘不能にしたのですからね。

 このシミュレーション結果では、要人や帝国軍基地の警備体制の見直しが必要と言うことですよ。ミルキーウエイの警備上の課題に付け加えておきます。」

「そんな、新兵器だなんて、大げさな・・・。ナハハハ・・・」

 

 茉莉香は、いつもの苦笑いをしたが、この時ばかりは、誰もつられて笑わなかった。

 その場にいる誰もが、軍事技術に新しい波が襲来するという予感に震えていたからだ。 特にテロ対策のような決まった形の無い戦闘には、士官学校出身の優等生よりも、海賊船の船長のような自由な発想が重要になってくる事も明らかだった。

 

「やっぱり、重力という宇宙の究極の力を我々銀河帝国が手に入れたというのは、我々の『思い上がり』でしたね。

 加藤大佐と戦ってみて、それがよく分かりました。

 これがコンピュータ上での演習でよかったですよ。

 先の反乱の際に、この『新兵器』により人工時空震を使った攻撃を帝国軍が受けていたら大変なことになっていたでしょう。

 女王陛下のお言葉は、やはり正しかったですね。」

「ええ? 女王陛下のお言葉とは、どういうことですか?」

「いやあ、当初、宇宙マフィアとの和平条約の内容について、帝国軍では私も含め反対意見が多かったのですよ。

 『我々は戦えば勝てるのに、この内容ではまるで負けたようなものだ』とか、

 『あまりに譲歩しすぎている』と言ってね。」

 

「なるほど。あの条約は、言われてみると、表面は帝国の勝利ですが、中身は宇宙マフィアの人たちが長年望んできた理想そのものですよねえ。

 もともと、彼らは宇宙移民に失敗した人達の集まりでしたからね。」

「そうです。加藤大佐は、宇宙マフィアのこともよくご存知ですね。

 それで、帝国軍内の反対意見に対して、陛下は

『帝国軍は、思い上がるな』

 とおっしゃいました。さらに、

『ユスティアン大王の御代、第二次マンチュリア戦役では、帝国軍が楽勝ムードで思い上がっていたからこそ、奇襲攻撃を受けて白兵戦を許し、帝国軍にも大きな犠牲を出した。 その雪辱を果たすために、第三次マンチュリア戦役で、16億人も住む星一つを滅ぼす結果になったのだ。』

 とおっしゃいました。」

「確かにそういう見方もできますね。」

「そうです。油断せずに奇襲を退けていれば、第三次マンチュリア戦役を戦う必要が無かったかもしれません。

 

 そして、陛下は、おっしゃいました。

『時空トンネルや重力波砲の技術を手に入れたからと言って、重力という宇宙の究極の力を我々銀河帝国が手に入れたというのも、思い上がりだ。 

 楽勝ムードで浮かれていると、予想も付かない戦法でその隙を突かれて苦戦し、その反撃のためにアマージーグ族も含めて銀河系の人々に大きな犠牲を強いる事態になるかもしれない。』とね。」

「そうなったら、怖いですね。」

「ですから、陛下は、こうおっしゃいました。

『私は、アマージーグ族は放浪の旅を終えて安住の地となる星が欲しいだけなのだと信じている。

 そして、銀河系の諸人類を戦火から免れさせるためなら、銀河帝国の王たる私にとって、彼らに安住の地を与えることは簡単なことだ。

 彼らはヒガンの地に栄えるがよい。』

 

 こうして、帝国のアマージーグ族、つまり旧宇宙マフィアの一族に対する施政方針は決まり、それに沿って軍の作戦計画が決まりました。

 あとはご存知の通りです。」

「そんな裏話があったのですか・・・。」

 茉莉香は、帝国軍中枢にいるミニッツ大佐でならではの秘話に聞き入った。

 

「それにしても、加藤大佐には、優秀な副官が付いておられる。

 今度の演習のチーム編成では、事前にモーガン中尉が変わり者の『コンピューターOTAKU』をたくさん集めて、みんな本当に楽しそうに騒いでいました。

 だから、参謀本部の士官達は『彼は何をしているのだろうか』と疑問に思っていたんです。

 予め、加藤大佐のアイデアを実現できる実力のあるエンジニアを集めていたんですね。恐れ入りました。」

 ミニッツ大佐が言った。

「そ、そうだったんですか・・・」

 

 驚いた茉莉香はモーガンを見たが、彼は微笑んでいるだけだった。

「そうですよ、加藤大佐。

 海賊船の船長をなさっておられるから、船長が自由自在に船を操るには優秀な操舵手が必要なことはおわかりでしょう。」

「そうですね。弁天丸の操舵手は凄腕ですよ。」

「同じように、帝国軍の将校が軍を動かすには、将校の意図を読んで動く優秀な副官が必要なんですよ。

 やっぱり、お二人は良いコンビですねえ。」

 そう言って、ミニッツ大佐は、二人を見て微笑んだ。

 

 

14-6 モーガン家のお屋敷(クリスタル・スター)

 

 帝国軍参謀本部作戦司令室を見学して、シミュレーションでひと騒ぎをした後に、茉莉香は、ギルバートの誘いに応じて、モーガン家を訪ねた。

 投資銀行経営で有名なモーガン家のお屋敷は、帝都クリスタルスターの王宮近くのガーデンストリートの一角にある。モーガン家の邸宅は、豪邸ぞろいのこの街ではあまり広くはないが、歴史と風格に満ちた外観の屋敷である。

 

 執事に迎えられ、玄関を入った二人は、ギルバートの母の出迎えを受けた。

「初めまして、加藤大佐。ギルバートの母の、マーガレット・モーガンです。」

「は、は、はじめまして。加藤茉莉香です。茉莉香とお呼びください。」

 制服姿で軍人としての敬礼をした茉莉香は、ガチガチに緊張していた。

「では、茉莉香さん、こちらへどうぞ。」

 

 三人は、吹き抜けの玄関ホールを通って客間へ案内された。その途中の廊下や玄関ホールには、モーガン家の歴代当主の肖像画や銅像などが飾られていた。

 マーガレットは、玄関ホールの中央にある、3メートルほどの巨大な像を指差して言った。

「茉莉香さん、この銅像が、わが家が帝国海賊となった時の当主、つまり初代モーガン卿ですわ。つまり、『歴代当主はかくの如くあれ』という御先祖の姿なんですの。」

「銀行を始めたのは、三代目の当主なのですが、その人がこの像を立てたんです。子供たちに、おじいさんのことを教えるためにね。」

「そうなんですかぁ。ご先祖の想いを伝えるためには、こういう仕掛けがあると、分かりやすいですね。私の家には、こういうものは一切無かったもので・・・。」

「そうはいっても、たいていの子供たちは、小さい時にこの像のてっぺん、つまり頭の上に登ろうとして、怒られるんですけどね。

 ごらんなさい。よく見ると、銅像のあちこちがすり減っているでしょ。大勢の子供達が登ろうとしてすり減ってしまった跡なんですよ。」

 そう言って、ギルバート・モーガンが笑った。

「この子もやりましたよ。親の監視の隙をうかがって、像の頭のてっぺんまで登って、立ち上がって周囲を見下ろして、そして飛び降りる・・・。

 だから、銅像の周辺は特別に分厚いじゅうたんが引いてあるんですよ。けがをしないようにね。

 もっとも、てっぺんまで登れる子は優秀で、立派な軍人になれるというジンクスもあるんですけどね・・・フフフ。」

 母親マーガレットが、ちょっと自慢げに言った。

「フフフ・・・そうなんですかぁ? ギルバートさん、本当ですかぁ?」茉莉香は言った。

「ハハハ・・・どうでしょうかねえ。」

 

「あ、若い女性の方の肖像画もありますね。きれいな方ですね。

 軍服を着ているということは、帝国軍人だったのですか」

「この方も、銅像の頭の上まで登ったオテンバ娘だったそうですよ。オホホ・・・。」

 

 茉莉香は、ずらっと並んでいる肖像画を眺めた。大半は壮年期の威厳に満ちた姿の絵だったが、ところどころに若い当主の肖像画があった。

 

「当主の方の肖像画は、どれも立派ですね。でも、絵に描かれた年齢が、それぞれ違うんですね・・・。」

 違うのはなぜかと問いかけて、茉莉香は口を閉ざした。

 若い時の肖像画が描かれた理由に気が付いたからである。

 

「この女性の方は、お若い時に戦死されたんですね。」

「そうですよ。テオドラ皇后陛下が指揮された決死隊のひとりでした。もちろん、キング・オブ・パイレーツ船上での白兵戦における戦死です。

 『愛の死装束』のおとぎ話に出てくる女性兵士の一人ですわ。」

 

 この絵ひとつとっても、おとぎ話や伝説の時代から、この家の海賊たちは銀河帝国に仕えてきたことがわかり、茉莉香はこの家の伝統の重みを感じた。

 

「ねえ、ギルバートさん、失礼なことをお聞きするかもしれませんが、こんなに立派な伝統のある、お家の長男に生まれて、帝国海賊を継ぐことが期待されているなんて、重荷に感じたことはないんですか。」

「そうですねえ。一族の中には、それを重荷に感じて家を離れる人もいるのですが、私はそんなことは感じませんでしたね。

 むしろ、子供のころから聞いていた宇宙の冒険航海に自分も早く出てみたいとか、そんなことを考えていましたね。」

「アハハハ、それ私とおんなじですね。

 私も宇宙に出てみたいから、父の跡を継いで海賊船の船長になる決心をしたんです。」

「そうでしたね。」

 

「あらまあ、仲のいいこと。フフフ。

 さあ、客間でお祖母様がお待ちですよ。」

 マーガレットは、客間のドアを開けて、二人を招き入れた。

「初めまして、加藤大佐。ギルバートの祖母の、メイフラワー・モーガンです。」

「は、は、はじめまして。加藤茉莉香です。茉莉香とお呼びください。」

 制服姿で軍人としての敬礼をした茉莉香は、また、ガチガチに緊張していた。

「茉莉香さん、こちらへお掛け下さい。どうぞ。

 この年ですからね、玄関までお出迎えに出るのが難しくて。ここで待たせていただいたのをお許しください。」

 メイフラワーは言った。

「いえいえ、こちらこそ、急にお邪魔して。」

「茉莉香さん、どうです、この家は。気に入って頂けましたか。」

「はい、ああ・・・ええっと、なんというか・・・。」

「茉莉香さん、そんなに深い意味をもって聞いたのではありませんから、難しく考えることはありませんよ。」

「そうですね。ナハハ・・・」

 

 やがて、メイドさんが運んできた紅茶を飲みながら、話が弾んでいった。

 茉莉香の子供のころのこと、

 白凰女学院高校での生活、

 ギルバートの子供のころの話、

 士官学校時代の話・・・、

  女三人の話題は尽きなかった。

 

「ところで、茉莉香さん。高校を卒業した後はどうなさるの。もう、決めておられるの。

 大学進学か、このまま今のお仕事ですか。」

 メイフラワーが聞いた。

「いやー、まだ決めかねていまして。

 進学についても、帝国女学院はちょっと私には合わないかなあと思って、自信がなくて。」

「そうですか、まだ迷っているんですね。

 でも、高校卒業後の進路を考えるには、もうあまり時間がありませんよね。

 では、いいものを差し上げましょう。

 迷った時はこれを眺めなさい。きっと答えが浮かんできますよ。」

 と、メイフラワーは言いながら、懐から、大きな赤い宝石の玉を出して、茉莉香に差し出した。

「おばあ様、それは・・・。」マーガレットが言った。

「良いのですよ。茉莉香さんの役に立てば。」メイフラワーは言った。

 茉莉香は、赤い宝石の球を手に取って眺めた。

 赤い玉の中心に、何か、光る星のようなものが見える。

「とても大切なもののようですが、良いのでしょうか。私が頂いても。」

「良いんですよ。私はもう迷いませんし、願いをかけることもありませんから。ホホホ。」

 

 




マンチュリア人と銀河帝国の戦いの歴史は、「補章 恐怖の大王の伝説」をご覧下さい。
宇宙マフィアの秘密と帝国の反乱については、「第7章 公爵の反乱」、「第8章 サーシャの秘密」をご覧下さい。 

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