宇宙海賊キャプテン茉莉香 -銀河帝国編-   作:gonzakato

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加藤茉莉香やチアキ・クリハラ達が高校三年生になった時の物語です。
 18歳になって成長していく彼女達を描きたいと思います。そして、「裏で何をやっているか分からない人」だらけのヨット部員の秘密、もちろん、茉莉香やチアキの秘密もファンとしてはこうあって欲しいという思いを描きたいと思います。

 冒頭は、アニメの海賊狩りに敵役で登場したクオーツ・クリスティアが、VIP待遇で、海明星にやってくるところから始まります。その目的は、白凰女学院の教師になること。つまり、正体不明の海賊教師、「クリス先生」の誕生です。
 クリス先生はヨット部顧問になって、茉莉香達に近づいて来ます。彼女が現れた本当の意図が分からず心配する茉莉香とチアキですが、他の三年生ヨット部員はすぐに彼女と仲良くなってしまいます。また、ヨット部は大勢の新入生を迎えます。
 しかも、クリス先生は、茉莉香達三年生の進路に関心を持ち、憧れの宇宙大学や帝都クリスタルスターを見学するため、銀河の中心、核恒星系まで学校を休んで練習航海に行こうと言い出します。試作品の超光速ブースターを知人からタダで借りられるから、オデット二世号でも行けると言うのです。
 このオイシイ話に、ヨット部員は盛り上がるのですが・・・。

 


第一章 海賊教師

1-1 海明星 新奧浜市

 

 海明星の新奥浜空港に一台のシャトルが降りてきた。黒塗りの機体には、何の文字も書かれていない。

 いつもならば、航空機やシャトルの離発着で慌ただしい空港が、この時ばかりは何故か、静まりかえっている。

 シャトルの中から、数人の屈強な男女に囲まれて、一人の女が降りてきた。

 男も女も全員、黒のパンツスーツにサングラスという、いかにも怪しい姿だが、空港の警察関係者が近寄る気配もない。

 一行は出迎えの黒い大型リムジン車に乗って、空港ターミナルビルを素通りし、高速道路に入った。高速道路で新奥浜市の郊外に降りると、車はプラタナス通りに入った。

 プラタナス通りは、新奧浜市で一番、いやこの星一番の高級住宅街である。プラタナスを始めとして美しい広葉樹の並木が続いているが、広大な敷地を持った屋敷が続くため、沿道からは建物は見えない。今4月で春になったばかりで、プラタナス通りの木々は、花をつけた木々や、若葉が芽吹き始めた木々が並んでいる。

 海明星の新奧浜市は惑星海明星の赤道上にあるが、海明星が公転する楕円軌道の離心率が地球よりやや大きいため、母星たう星との距離が公転中に絶妙に変化することにより、赤道上にあってもこの土地の気候は四季の変化を起こす。これは、自転軸の傾きが季節変化の主な原因である旧宋主星の地球とは異なった原理である。その意味でも、この星は『奇蹟の星』であった。

 車の窓が開き、春の空気が車内に流れてきた。車の中の女が言った。

「かぐわしい大気だ。

 こんな大気に包まれて生きることができるとは、恵まれた星だな。

 あの娘は、この大気の中で育ったのか。」

 

 プラタナス通りの一角を曲がって、さらに延々と続く並木に沿ってリムジン車は走っていく。やがて広々とした庭園の先に屋敷が見えてきた。大昔の貴族の館といった気品のある、大きな建物だ。

 リムジン車は、玄関の車寄せに止まった。すでに客人を迎えようと数人の男女が待っている。車からも、黒い服を着た数人の男女が先に降りて周りを見渡した。

 その後、案内役の執事がリムジン車のドアを開け、一人の女が降りてきて、言った。

「あいさつは後にしよう。

 それから、この星ではクリスティア・クオーツだ。クリスと呼んで欲しい。」

 

 玄関の階段をのぼり、正面のドアを入ると広大な玄関ホールがあり、これを抜け、二階正面の客間に落ち着いた一行は、初めて言葉を交わした。

「初めまして。・・・ええっと、クリス様。」

 この屋敷の主、ジョージ・ステープルが言った。

「初めまして。くわしい事情は聞いていようが、世話になる。よろしく。

 あと、挨拶は略式で。貴方も知っていようが、ああいうのは嫌いでな。」

「では、私の家族を紹介したしましょう。

 妻のミーシャと、娘のサーシャです。」

「はじめまして、クリス様。」二人が挨拶した。

「ああ、はじめまして。」

 その時、ノックの音がして、執事がドアを開けた。

「セレニティ王家のグリューエル殿下とグリュンヒルデ殿下がお見えになりました。」

「お通しして下さい 」ジョージ・ステープルが言った。

「失礼します。」と、グリューエルとグリュンヒルデが入ってきた。そして、クリスに向かって言った。

「初めまして・・・。」

「ああ、挨拶は略式で・・・。

 こちらこそ、初めまして。よろしく。

 それから、クリスと呼んでください。」

 クリスが、正式な挨拶の口上を述べようとするグリューエルたちを遮って、言った。

 

 この星のお天気について会話が交わされたあと、クリスがグリューエルに言った。

「 話は聞いていようが、しばらく白凰女学院の教師としてこの星に滞在しようと思う。

 そこで、貴方たちを呼んだのは、私が女子高の教師らしく振えるよう手助けしてほしいからだ。

 そもそも、私は女子高というものに通ったことがないからな。そういう常識が無いんだ。

 よろしく頼む、ハハハ・・・」

「お話は伺っております。お役に立てるよう微力を尽くたいと存じます。

 それに、こちらのお屋敷のお嬢様、サーシャさんも白凰女学院の生徒です。それも茉莉香さんと同じクラス、同じヨット部。

 きっとお役に立てると存じます、クリス先生。」

「ほう、茉莉香と同じクラス、同じヨット部か。」

「はい、そうです、クリス先生。」サーシャが答えた。

「では、クリス先生。さっそく、白凰女学院の教師らしくなれるよう、お手伝いいたしましょう。」

 そう言って、グリューエルは、いかにもその筋の者が着るような、黒のパンツスーツに身を固めたクリスの服装を上から下まで眺めた。

「失礼を申し上げますと、まず服装からでございます。

 白凰女学院の若い女性の先生は、ファッションでも生徒の憧れる存在であり、その夢と期待に応えなければならないと存じます。いかがですか。」

「・・・・・・」

 こういう知恵を借りるためにグリューエルらを呼んだのだから、従うしかないのは分かっていたが、クリスは少し不服そうに無言だった。

「それでは、今から街まで買いものにまいりましょう。」

 とグリューエルは言った。

「まいりましょう!ご一緒に!」

 とサーシャとグリュンヒルデが叫んだ。

 

 四人は、新奧浜市の最高級ブティックにやってきた。

 クリスを除く三人は、本当に楽しそうにあれこれとクリスの服を選び、それに合う靴やバック、アクセサリーなども次々に選んでいく。店の品物を全部買い占めるような勢いと熱気に溢れていた。

 

 一方、クリスは、服を買うという行為のどこが楽しいか分からない様子で、呆然と三人をみていたが、たまらずに言った。

「グリューエル、さっきからミニスカートばかり選んでいないか?

 私はミニスカートをはいたことがないし、パンツスーツでも良いと思うのだが・・・・。」

「絶対にいけません。白凰女学院の美人教師がパンツスーツでは、クリス先生の沽券にかかわります!」 

「さあ、先生、次は、ご試着です。そうすればご納得頂けますわ。」

「お客様、試着室はあちらでございます」

 支配人が特別室を指し示した。

 この時までに、四人の派手な買い物ぶりは店内の注目を集めていた。

 しかし、黒服の男女がさりげなく、然し断固とした態度で遠巻きに四人を囲み、他の客が近づけないようにしていた。

  

「あれ、なんか騒がしいと思ったら、グリューエルじゃない!

 そこで何してるの?」

「サーシャもヒルデもいるじゃない。」

 白凰女学院のヨット部の面々が制服姿であらわれた。

 一行はごく自然に黒服の男女の壁をすり抜けて、グリューエル達に近づいてきた。

「あら、みなさん、おそろいで何のご用ですの?」

「それがさあ、例のダンスパーティの服をレンタルしようと、衣装合わせに来たのよ。」

「あれですね。」

「ところがさあ、卒業記念のダンスパーティというのに、男物の燕尾服でしょ。

 うちのお母さんは、パーティドレスを着ないって聞いて、

 

『卒業記念パーティを私がどれだけ楽しみにしてたか、分からないの!

 ドレスを着ないなんて、ドレスの買い物が出来ないなんて、なんのためにこれまで娘を育ててきたのかしら!』

 

 とか、怒っちゃって、昨日たいへんだったのよ。」

「うちも同じ。まあ、ダンスパーティは今回だけじゃないって納得してもらったんだけど、当然、燕尾服はレンタルで間にあわせろっていうわけ。」

「私は、黒の燕尾服って結構気に入っているんだけどな・・・」ナタリアが言った。

「そういえば、茉莉香さんやチアキさんがいらっしゃいませんねえ。」

「先輩達は、お仕事です。」

 

「ところで、サーシャ達はここで何しているの。」

「この方はどなた?」

 ちょっと小声で、ハラマキが聞いた。

「こちらは、クリス先生。新学期から白凰女学院の先生を勤められるの。

 いまちょっと先生の服を選ぶのをお手伝いしていたところよ。

 これからご試着・・・」

 サーシャが答えた。

 そう聞くとヨット部の面々は、各々クリス先生にご挨拶をした。

 そして、グリューエル達が選んだ、大量の、いかにも高価そうなクリスの服を横目でチラッと眺め、さらにお互い顔を見合わせた。

「私たちもお手伝い致しますわ~~~。」

 グリューエルを真似た、不自然なほどバカ丁寧な言葉遣いで、皆一斉にそう言った。

 こう言うときは何か企んでいるのは明らかだったが・・・。

 そして、手に手にクリスの服を持って、特別室に運び始めた。

「さあ、先生。ご試着にまいりましょう。オホホホ・・・」

 

 特別室に入ると、めいめいが服を手にとって、一斉に歓声をあげた。

「うわ~!すてき。これなら、いかにもキャリアウーマンって感じね。」

「こちらは、いかにもお嬢様って感じね。こんなにピンクのフリルが付いて、歩くと全身がお花のように揺れるのよね。

 こういうの着て街を歩きたいわ~」

 ヨット部の面々は、自分の服を選ぶかのように、うれしそうにおしゃべりを始めた。

「さあ、先生。まずはこの服からご試着ですわ。こういうスーツでビッシと決めて、魔女をビックリさせましょう。」

「魔女?」

「校長のことでございます。生徒は皆、影でそう呼んでおります。」

 ワイワイとひと騒ぎしたのち、グレーを基調にした細かい文様の入った生地で仕立てたビジネス風のスーツとミニスカのコーディネートを着て、クリスが鏡の前に立った。

「どうかな? やはり、スカートが短かすぎないか。」

「うわ~~~~ すてき。」

「すてきですわ。」

 凛々しいキャリアウーマン風のスーツだが、スタイルの良さがミニスカートとハイヒールでいっそう引き立っている。

 最初はしぶしぶといった表情で鏡の前に立ったクリスだったが、皆が口々にほめるので、次第に表情がゆるんできた。

「お前達、私を着せ替え人形にして遊んでいるな・・・」

などと笑いながらも、鏡の前でポーズを取り始めた。

 こうなると、次々とご試着しては、歓声、また大歓声。

 

 そうこうするうちに、ウルスラが白いパーティドレスを持ってきた。

「次はこれ!

 先生もダンスパーティに出席されるんでしょう。だったら、このドレスはいかがですか。今、帝都の本店から届いたばかり、今年の最新ファッションだそうです。支配人から奪ってきました。」

「まあ、すてき!!」

皆が口々に叫んだ。

「私は、こういうドレスは大嫌いで、だからパーティも大嫌いなのだが・・・・」

「またまた~~ご冗談を。大嫌いというのは大好きという意味だったりして。ハハハ。」

「さあ、ご試着、ご試着!!」

 

 ちょっと心配顔のグリューエル、グリュンヒルデ、サーシャの三人を気にする様子もなく、ヨット部の面々は、渋るクリスをおだてて、遂にパーティドレスを着せてしまった。

「どうかな?こういうのは・・・。本当に初めてなのだが・・・。」

「はあ~~~ ステキ!」

「お姫様みたい」

「こんな素敵なドレス、私も着てみたいです。」

「本当によくお似合いですわ。皆、感動しております。」

「そうかなあ。フフフ・・・それにしても、お前達にはかなわないなあ。私にドレスを着せるなんて。」

 そういうクリスも意外にそのドレス姿が気に入っているようだった。鏡で側面や後ろ姿も写してもらい、見入っていた。

 

「そういえば、先ほどダンスパーティの話をしていたなぁ。女の子が男物の燕尾服を着るとはどういうわけなんだ。」クリスがたずねた。

 サーシャや他の部員が次々にその訳を説明した。

「白凰女学院も高校卒業記念のダンスパーティをやるんです。正式名称は、ダンス部主催のダンス発表会という意味不明なものですが、へへへ。」

「もちろん、男女共学の公立高校ならば、卒業パーティは着飾った卒業生男女による徹夜のダンスパーティになりますが、白凰女学院は女子高なので、徹夜は禁止、男の子も論外で、参加者は生徒達と教師それに父兄です。学校関係の招待客の方もいらっしゃいます」

「それでダンスなんですが、結局、『兄』だけでは『男役』が足りないので、毎年、ダンス部員や頼まれた一部の生徒が、交代で『男役』をします。」

「そして、今年は、ヨット部が男役を頼まれているんです。

 だから、男役の燕尾服が必要という訳です。」

「18歳の高校卒業は大人への門出ですから、白凰女学院の卒業ダンスパーティは、共学の高校よりも、ずっとスゴイんです。

 大人のパーティドレスを始めて着るというので、生徒達も、お母さん達も、みんな気合いが違いますから。」

「先生、今年のパーティは特にすごいんです。

 例年は、ダンスパーティは、卒業式の頃に行われるんですが、今年は、3年生になったばかりの五月に一回目を行うというんです。

 何でそうなるかというと、茉莉香と踊りたい女の子がすごく多いから、今頃から始める必要があるとダンス部は言ってます。そうしないと、希望者みんなが踊れないと言ってますが、卒業までに何回やるんでしょう。

 ハハハ、さすが、『茉莉香さま』ですね。」

「みんな、何回もパーティがあるなんて困った困ったというんですが、何着もドレスのお買い物が出来るので、うれしい悲鳴と言うヤツですね。」

「それに、ダンスパーティの会場もいつもは学校の食堂やホールで行うんですが、今回は校長先生の意向で、特別に、私の家で行うんです。

 お母さんは、校長先生からこのお話を聞いたときに本当に大喜びでした。クリス先生も、是非、ご出席ください。」

 サーシャが言った。

「サーシャの家は、海明星一番の文化財というか、大きなお屋敷だものねえ。」

 

「そういえば、茉莉香さんも、この間はたいへんでしたね。

 でも、私がこの学校に来てから、ヨット部が男役をやるというお話は、初めてですわね。」

 グリューエルが聞いた。

「ほらさあ、今までは部長がジェニー先輩とか、リン先輩とか、コワモテだったでしょ。

 ダンス部も恐くて頼みに来れなかったからよ。

 その点、今年は部長が茉莉香でしょ。

 しかも『茉莉香さまと踊りたい』という娘がたくさんいるでしょう。

 それならヨット部みんな男役だと言うことで、ダンス部も必死で頼み込んできたのよ。」

「茉莉香も最初は断っていたんだけど~~、何度断られてもダンス部はあきらめなかったのよ。

 そのうち

 『茉莉香さま~~~!』

 とか叫んで茉莉香を必死に追いかけ回すようになって・・・。」

「やめてよ。

 思い出すと笑いがとまらなくなる。アハハハ・・・・。」

「あれ、おかしかったね。」

「でも、まあ、あそこまで必死に頼むのならばって、みんな了解したのよね。」

「では、私たちも男役で参加するのでしょうか。」

「グリューエルとグリュンヒルデは中等部だからいいのよ。

 話がちゃんと伝わってなくてごめんね。」

 

「私もダンスパーティに出たいですわ。茉莉香さんと踊りたい。」

 グリューエルが言った。

「お姉様! 私もご一緒ですわよ。」

 グリュンヒルデが言った。

「ハハハ・・・。しかし、ヒルデもパーティに出ると知ったら、みんな大喜びだろうね。 なにせ、中等部の『王子様』は高等部でも人気だからね。

 最近、背も伸びたし、そのショートカットは特に評判が良いんだよね。」

「このヘアスタイルのヒルデさんの写真、女性雑誌の王室コーナーにスクープされてましたね。

 よく似合っていて、きれいでしたよ。」

 ヤヨイ・ヨシトミが言った。

「でも、ヒルデもお姫様なんだから、グリューエルのようなお団子頭にしなくて良いのかな。ショートカットにして怒られなかったの。」

「それはもう、姉の私まで監督不行き届きで叱られました。

 伝統あるセレニティの未婚女性の髪型を守れとね。

 でも、私からは、ヒルデは中学二年生という難しい年頃だから、ソッとしておいて下さいとお願いしておきました。」

「ええー、ヒルデを中二病ってことにしちゃったの。ハハハ・・・・」

 こう言うやりとりを、ヒルデは、にこやかに見守っていた。

 このような振る舞いの出来るところは、正真正銘のお姫様だった。

 

 留学して一年、今やグリュンヒルデは中等部一の人気者である。

 グリューエルが万事におっとりとした性格で、おしとやかに振る舞う「お姫様」なのに対して、グリュンヒルデは、活動的な運動神経抜群のスポーツ・ウーマンで、そして、美少年のような透明感のある容姿と、さっぱりした性格から、「王子様」と呼ばれるようになっていた。

 

 

1-2 白凰女学院

 

 白凰女学院の新学期が始まり、最初のホームルームの時間が始まろうとしていた。

 マミが茉莉香に言った。

「茉莉香~~ァ。新学期の初日から遅刻しちゃだめだよ。

 おかげで、始業式での新任先生の紹介を見逃したでしょ。

 うちのクラス担任の先生、新任の若い女のヒトよ。美人でカッコイイの。

 ファンクラブができそうね。」

「へーー・・・・そーーですかあ。ああ~~~眠い。

 こっちは今朝、海明星に帰って来たばかりなんですけどねエ・・・。」

 茉莉香は腕を伸ばして、あくびをした。

 その時、ドアが開いて、新しい担任教師が現れた。

 さっそうとミニスカ姿で現れた新任教師に生徒達の歓声が上がる。既に顔見知りのヨット部の面々は、にこやかに手を振っている。

 

「新学期から皆さんの担任となりました、クリスティア・クオーツです。よろしく。クリスと呼んで下さい。」

 茉莉香は、一瞬で目が覚めた。

「グ、グ、グランドクロスの艦長、クオーツだ!」

 チアキは、顔を少し背けて、つぶやいた。

「フン!また海賊教師。一体この学園の教員採用はどうなってるのよ。」

 

 放課後、ヨット部の部室に向かって茉莉香は急いでいた。

 新学期なので、ヨット部の部室前の廊下には、大勢の新入生が、「加藤茉莉香」を生で見ようと目を輝かせて待ち受けている。

「あ、茉莉香さま」

「茉莉香さま~~~!」

 声がかかると、茉莉香はグリューエルの「お姫様の顔」をマネしながら笑顔を作り、

「どうも~~~」

などと愛嬌を振りまきつつ、しかし恥ずかしいので、次第に小走りになって部室へ駆け込んだ。

 

「よっ! マリカさま!」

 と部室の中から声をかけたのは、ウルスラではなく、クリス先生だった。

「ハハハハ・・・」皆が一斉に笑った。

「『マリカさま~~~!』は、もう学園名物よね。」

「ね、先生、言ったとおりでしょ。それにしても先生、かけ声上手。」

 ウルスラが言った。

「もう~~~。ウルスラ。変なこと教えないでよね。 それで、先生が部室にいらっしゃると言うことは、まさか・・・。」

「そうだ、茉莉香。私がヨット部の新しい顧問だ。」

「あ~~~~~。」

「先生、第二種の大型星間船舶免許をお持ちだそうよ。」

「すごいよね、船長もできる資格だものね。」

「練習航海が楽しみね。」

 

「そうですね。ナハハ・・・」

 船舶免許なんか海賊だから当たり前でしょと言いたいところを、茉莉香はこらえて、愛想笑いするしかなかった。

 そうこうするうちに、茉莉香は先日からの経緯を聞かされた。

 ブティックで出会った後に、ランプ館でパフェやケーキを食べて、お茶を飲みながら、この二年間のヨット部の大冒険について、部員達はクリスに全部話して、楽しく過ごしたらしい。

 とはいうものの、部員達は、クリス先生もどうやら女海賊、それも大物かもしれないということは察しており、それならそれで、また面白い冒険が出来そうだと興奮しているらしいのだが・・・。

 

 クリスを囲む和やかな部室の雰囲気の訳が、これで分かった。

 部室でのクリスは、教室での態度と一変して、オテンバ娘としての本性を隠さず、先生と言うよりも少し年の離れたアネキ、先輩という雰囲気で、もうすっかり部員達になじんでいた。

 そのため、茉莉香は、本当に聞きたいことがあるのに、言い出せなかった。

『あなたは、なぜこの星にやってきたのか』と。

 

 茉莉香がクリスと二人だけで話す機会がないかと、ためらっているうちに、チアキが部室に現れた。

「どうも。初めまして。チアキ・クリハラです。」

 挨拶の言葉は口にしたものの、チアキは怒っていた。

 クオーツ・クリスティアが、海賊狩りと称して新鋭戦艦の実験のために大勢の海賊たちを犠牲にしたこと、海賊の巣での傲慢な態度に今も怒っていた。

 しかも、その張本人が堂々と白凰女学院にやってきて、教師を名乗っていること、おまけに、ヨット部の顧問に収まり、アネゴ気取りで他の部員達とすっかり仲良くなっていることも、すべて気に入らなかった。

 

『お前、何様のつもり』

 

と、チアキは詰問したかったが、さすがに皆の前ではそういう訳にはいかず、黙っていた。

 そういうチアキの気持ちにはお構いなしに、クリスがチアキに声をかけた。

「チアキ、そのケースはサーベルか。おまえ剣道をやるのか?」

「はあ~~。朝稽古だけですが・・・。」

 チアキは、ふてくされた声で答えた。

 チアキは、最近、海賊営業の修行のためにと、剣道部の朝稽古に参加するようになっていた。今日も、スポーツ・サーベルのケースを持っていたので、クリスが気がついたのだった。

 

 もちろん、海賊営業の剣劇は、本物、つまり真剣のサーベルを使っておこなわれる。

 これに対して、スポーツとしての剣道では防具やヘルメットも使うし、サーベルもスポーツ用のもので、研ぎ澄まされた刃が付いていない。

 しかし剣自体は本物のサーベルと同様の鋼で作られ、本物同様に重い。

 

「私も剣道は大好きだ。朝稽古、一緒にやろう。チアキは上手そうだなあ。

 今日は、早朝から女らしく振る舞おうと緊張してたからなあ。疲れた。やはり汗を流して気分をすっきりさせたいね。ハハハ・・・。」

「先生、そういうのを猫をかりるというんですよ。」

「それをいうなら、猫をかぶるだろう。茉莉香」

「先生が自分でそれ言うんですかあ~~~。」

「悪いかなあ、ハハハ」

 茉莉香とクリスの、仲が良さそうなやりとりを聞いて、チアキはいっそう不機嫌になった。しかし、クリスに直接に気持ちをぶつけるチャンスと思い、朝稽古を承諾した。

 

「さあ、今日は新入生勧誘だよ。まずはビラ配り。わたしもちょっと用事を済ましたら、すぐ行くから。さあ、みんな、ただちに行動!!」

 茉莉香は、ヨット部の部長として皆に指示すると、たちまち皆を部室から追い出してしまった。

 

 部室で一人きりになると、茉莉香は部室の通信機で、ハロルド・ロイド保険組合の代理人ショーと連絡を取った。

「やあ、船長。」

「この前の私の提案、回答はどうですか。」

「それが、こっちも驚いたことに、条件付きだが即答で、金は満額OKだったよ。」

「相手は?グランドクロスを開発してたのは、どこの会社ですか。」

「それをこれ以上探らないというのが、第一の条件だ。

 第二は、もちろん今後の秘密厳守。

 そして、第三の条件は、海賊同士でも手打ちをしたいということ。

 ついては、あちらの本拠地にご招待したいそうだ。

 あんた達、グランドクロスと戦った海賊が手打ちの話を受けてくれれば、金も払うと言っている。」

「沈められた船への補償とか、荷主への補償とか、すべて了承したんですね。」

「ああ。保険組合の分も含めてな。

 おっと、これはそっちには関係ないな。聞かなかったことにしてくれ。」

「なるほど、う~~~む。それでか~~~。世の中、上手く出来てますね。」

 茉莉香は、クリスが海明星に現れた理由のひとつが分かった気がした。

「船長、何かそっちに変わったことでもあったのかい?

 何か、あったら教えてくれ。」

「いえ、なんでもありません。何もありません。」

「そうかい。では、なるべく早く返事を聞かせてくれ。

 じゃあ、また~~~。」

 

 茉莉香は、以前にショーと話したことを思い出していた。

「船長、こっちも、最初は、海賊狩りの後始末は、辺境での海賊同士の小さな抗争に絡んだ事件として、事務的に処理すれば良いという方針だったんだ。

 しかし、イヤなヤツ、つまり、保険会社相手に一儲けを企むごろつき弁護士が、暗躍しはじめた。

 彼らは、襲われて沈められた船員の遺族、荷主や受取人の代理人と自称して、法外な補償金を保険組合に要求している。」

「つまり、お金をもってる保険組合が狙われている訳ですね。」

「そういうことだ。船長、わかりが早いなあ。

 ヤツラは、これは銀河帝国の大スキャンダルだと言って脅してきやがった。

 つまり、『新兵器開発のため、銀河帝国内の軍艦製造メーカーが無許可の兵器テストを行った。

 それも、罪も無い船を実験台として一方的に襲って、大勢の死者を出すという非人道的な犯罪行為をした。』と言っている。

 この事件の『真相』を暴露するぞと、脅してきたんだよ。

 実際のところ、ヤツラも、事件の輪郭は裏ルートからの情報で理解しており、軍需産業も絡んだ表沙汰に出来ない秘密のスキャンダルと睨んでいたわけだ。」

 

「でも、何を証拠にそんなことを言うんですか?

 私たち達、私掠船免状の海賊達は、沈んだ船の関係者も含めて、余計なことを外部に話していませんよ。

 まだ、海賊狩りの正体や背景もわからないんだから。」

「それは承知している。

 でも、やっかいなことに、彼らは、私掠船免状をもつ海賊達の弱点を突いて来やがった。

 やつらは、裁判に訴えるという合法的な手段を使って、この事件の背景を公にすると保険組合を脅してきやがったんだよ。」

 

「裁判なんて、呑気なやりかたですねえ。無視すれば良いじゃないですか。」

「そうはいかない。

 裏世界で生きている無法者の海賊なら、裁判所の命令なんか無視すれば良いが、お前さん達は、私掠船免状を持った「合法」の海賊だろう。

 つまり、表の世界で生きている以上、公の裁判所の命令を公然と無視することはできないだろう。

 例えば、お前さん達、私掠船免状の海賊が、証人として法廷で喚問されたらどうする。嘘を言ったり、証言拒否すれば、罰則もあるが、なにより私掠船免状を剥奪する口実を与えるようなもんだろう。」

「それは、困りますねえ。」

 

「まあ、こっちも、できれば表に出ない形で処理できれば良いんだけどなあ。

 例の戦艦を製造したメーカーや、お前さん達私掠船免状の海賊達が、紛争当事者として表舞台に引っ張り出されるのは避けた方が良いだろう。

 そう思わないかい。」

「うーーーん。なんか、まだ、私の知らない裏がありそうですねえ。」

「そうかなあ、単純だと思うけどなあ。」

 

 そういうショーの口ぶりは、本当に何か裏があるようだった。

 ひょっとすると、海賊狩りの正体を知っているのかもしれない。

「そうですかあ。でも、どうせ私たちからは表沙汰に出来ないんですから、これ以上、影でぶつぶつ文句を言ってても仕方ありませんよね。

 そうすると、自分の置かれた立場も自覚して、やっぱり、貰えるものは貰っておくのがいいと思います。」

「相変わらず、答えがでるのが早いねえ。」

「それで、ショーさん、こうしてください。保険組合が仲介人となって、兵器テストの黒幕を探して、そいつらと和解交渉をして下さい。

 もちろん、戦った私達に対する報酬だけでなく、沈められた船の海賊や荷主などに対する補償についても、話をつけてください。

 ただし、事前に契約していなかったんですから、その分のペナルティも含め、いつもの倍額を支払えと言って下さい。」

「なるほど。」

 

「まあ、どこの誰だか分からないけど、あんな巨大な戦艦を三隻も性能テストに動かせる人たちって、もう限られているでしょ。

 だから、相手にとっても、私達にとっても、さっさと契約を結んだ方が良いと思うんです。

 ですから、私の話は『お値うち』です。そう言って下さい。」

「『お値うち』かあ、面白いことを言うねえ。

 キャプテン茉莉香。確かに事後でも契約して正式の海賊業務となってしまえば、誰も文句は言えないなあ。

 でも、他の海賊達がその話に乗ってくるかなあ。」

「それは、私たちの方で話してみます。」

 

 私掠船免状の海賊達の中には、話を聞いて反発する者もいた。

 しかし、ケンジョー・クリハラやカーン伯爵があっさり賛成したことから、反対派も次第に冷静になり、やがて皆、茉莉香の考えに同意した。

 決断の早い、茉莉香ならでは手際である。

 いや、それを見込んだ保険組合の深慮遠謀というべきかもしれない。

 残るのは、悪徳弁護士を黙らせる裏交渉となれば、保険組合にとって「蛇(じゃ)の道は蛇(へび)」であった。

 

続いて、茉莉香は、部室の通信機から、ショーの返事を弁天丸のミーサに連絡した。

「そう。あっさり片付いたわね。

 それで、『あちらの本拠地』に行くってことは、帝国海賊の伝説の本拠地『パイレーツ・キャッスル』にお招き頂くってことになるのかしらね。

 おもしろいわあ、一度行ってみたかったのよね。」

「伝説って、そんなに面白いんですかぁ」

 

「そうね、おとぎ話では、帝国海賊は、今から千年前、銀河帝国の建国の時に戦力不足を補うために私掠船免状をもらって大暴れして、地球と呼ばれる宗主星から独立を勝ち取ったのよ。」

「私たち私掠船免状の海賊と同じですね。」

「その後が違うのよ。

 独立後、王から軍人として帝国軍に残って欲しいとか、爵位を与えて貴族にしてやるから帝国に残って欲しいとか言われても、

『俺たちは自由を尊ぶ』

 と言って、断ったのよ。」

「へえーー。きっぱりしてますね。」

「それで、王様が、勲章の代わりに黄金のドクロの肩章の付いたマントを下さったの。

 いつまでも帝国海賊の誇りを失わないようにってね。

 そして、海賊達は、宇宙の海のかなたへ消えていったの。

 本拠地パイレーツ・キャッスルも、それ自体が大きな船だったので、一緒に消えてしまったのよ。お宝を乗せてね。

 それで、めでたし、めでたしって話よ。」

「その後、海賊達は、どこ行ったんですか。」

「おとぎ話だから、話はそれでおしまい。

 その方がカッコイイでしょ。

 でも、どんな連中なのかしらねえ。まあ会えば分かるでしょう。」

「そうですね。でも、ホラー映画のように海賊の幽霊が出てくるのはやめて欲しいけど。」

「それで、手討ち式の方だけど、まあ、こう言う儀式みたいなのは、迦陵頻伽のカーン伯爵に代表になってもらうのが、見栄えが良いわね。

 作法にも詳しいしね。

 船長達に相談しておくわ。」

「ありがとう。ミーサ、お願いね。

 私、この頃、新入生勧誘とかダンスの練習とかで、ほんと忙しいのよね。」

「グランドクロスの製造会社は、分かったのか。」

「それが、ぜんぜん。それも含めて、探らないのが条件ですって。」

「まあ、ああいう大型戦艦はスペース・ロッキード社とか、ユーロ・スターシップ社でも作れるが、グランド・クロスはステープル重工業が作ったと見当を付けているんだが。」

「そんなこと、どうして分かるの?シュニッツアー」

「白兵戦で、グランドクロスの艦内に乗り込んだときだ。

 廊下や部屋の壁や床の素材や気密室のドアとか、量産品で作る宇宙船の内装は、会社によって仕様に癖があるので、見ればどこの会社の製品か分かるものだ。

 私の経験では、あれはステープル重工業製の船だと思う。」

「すごいね。シュニッツアーは。」

「船乗りなら、当たりまえだ。

 船長も早く、本物の船乗りになって・・・。」

「ハイハイハイ・・・。あ、私呼ばれてるから・・・。」

 茉莉香は、シュニッツアーのお説教が始まりそうなことと、新歓のビラ配りをする部員達をこれ以上待たせないために、通信を切った。

 

1-3 弁天丸

 

 一方、こちらは弁天丸のブリッジ。このところ、茉莉香がすぐに通信を切ってしまうので、クルー達も、茉莉香の様子が気になり始めた。

「また、通信を切ってしまった。

 俺、嫌われているのかな。」

「そろそろ、反抗期じゃないかあ。」

「そうじゃないでしょ。

 あのコ、まだ17歳なのよ。今年やっと18歳よ。

 まだまだ自分が、これからどこへ行くかわからず、フワフワした感じが残っているんじゃないのかなあ。

 だからイライラした気分にもなるんじゃないかしら。」

「さすが、医者ね。それって児童心理学?」

「う~~~ん。でも最近になって急に変ったのは確かよね。

 やっぱり、何かあったのかしら。

 そう言えば、保険組合のショーさんも、船長に最近何か変わったことがあったのかって聞いてきたわねえ。」

「高校三年生でしょう。今後の進路の話を友達から聞いて、自分も、白凰女学院大学とか、それとも宇宙大学でも行きたくなったのかしらね?」

「宇宙大学って、入学試験は難しいんでしょう。

 しかし、急に熱心に勉強始めているって訳でもないなあ」

「その点では、変わったところは無いよね。

 まさか、オトコ?」

「それはないでしょ。ねえ、ケイン」

「ええっ!ミーサ、なんで俺に聞くんだ。」

「興味深い問題ねえ」

 フフフと女達は一斉に笑った。

「まあ、ちょっと心配は心配ね。

 それじゃ、百目とクーリエにお願い。

 地上で茉莉香の様子を偵察してきてくれないかしら。私の車使ってイイから。

 でも、茉莉香にはナイショよ。」

「やったー。あのピンクのスポーツ・カー、乗って良いの。」

「そのかわり、傷つけたら、修理代、お給料から引いておくから。」

「ひえーー。怖い。」

 

 茉莉香が高校を卒業したら、弁天丸に腰を落ち着けて、船長稼業に精を出す。

 これは弁天丸のみんなが期待していることだろう。

 だから、学校の進路調査には、「就職。家業を継ぎます。」と答えるものとみんな思っているし、茉莉香も以前はそう思っていた。

 しかし、最近になって、茉莉香は、それではもの足りないものを感じていた。

 

『茉莉香、おいでなさい、より広いうみ(宇宙)へ。それを望む人もいる。』

 

 グランド・クロスの船内で最後に聞いた、クリスの謎めいた言葉が、今も茉莉香の胸の中に響いていた。

 それがクリスに会って、いっそう強くよみがえってきた。

 

 でも、自分にとって、それが何を意味するか、よく分からなかった。

 

 その日の夜に、茉莉香は、思い切って母親の梨理香に自分の気持ちについて相談してみた。

「梨理香さん、じつはねえ・・・・。」

 茉莉香は、自分の気持ちを話した。

「なんだいそりゃ。おまえらしくないね。

 そういうときはねえ、おまえの心の中に、既に答えがあるんじゃないかい。

 自分に聞いてみな。

 お前は自分のことを自分で決められる力を持ってるはずだよ。

 それから、弁天丸のクルーの気持ちを第一に考えて、自分の気持ちと違うことをするんじゃないよ。

 あいつら、船長が行くと言えば、どこへでもついて行くんだからさ。」

「そういうもんかなあ。船長って。」

「そういうもんだよ。」

「ありがとう。お母さん。私、自分に正直に考えてみる。」

 

1-4 白凰女学院 武道場

 

 翌朝六時の白凰女学院武道場では、早くも、エイ、エイ、ヤーと剣道部員の気合いが飛び交っていた。

「準備運動は済んだか。さあ来い、チアキ」

 白いヘルメットと白い防具に身を包んだクリスが言った。

 

 ヘルメットと防具全体の外観は、ユーロ・クラッシックと呼ばれ、古代の鎧甲に似ていた。しかし、このスポーツ用の鎧甲は、超硬質の合金とプラスティックの部品を組み合わせて出来ており、刃が突き抜けない硬度があって、しかも軽くて、通気性も確保されているという優れものだった。

 

「先生、手加減しませんよ。」

 同じような形の赤い鎧甲を身につけたチアキは、サーベルを降りかぶって一気に切り込んだ。

 キーン

 刃と刃のぶつかる鋭い音が鳴り、クリスがぎりぎりのところで身をかわした。

 その身をかわした方向にさらにチアキのサーベルが切り込んでいく。

「そこよ。もらった。」

 しかし、チアキのサーベルは空を切る。身をかわして動いたように見えたのは、フェイントだった。

 今度は、クリスの剣がチアキを襲う。

「いつまでも、好きにさせないよ。」

 

 キーン、キーンとサーベルのぶつかる激しい音が続き、クリスが切り込んでいく。

 チアキは必死にこらえているが、サーベルを受け止める腕には強い衝撃が伝わる。

 

「ううーーん、受け止めるだけで、腕がしびれてくるわ。」

 クリスの剣を振るパワーは女性としては相当に強い。チアキは少しずつ後退していく。

「どうだチアキ。そこまでか。このままでは、場外に出てしまうぞ。」

「そのくらいで負けるものですか。海賊狩りの張本人のアンタなんかに、このくらいで負 けるものですか。」

「今、なんと言った・・・・」

 

 チアキが必死に体勢を立て直して、打ち返した。二人はすごいスピードで動き回っているが、形勢は一進一退だった。

 剣と剣がぶつかり合う度に武道場に激しい金属音が鳴り響いた。

 二人の攻防の激しさに、いつしか、他の剣道部員も二人の勝負を見守っていた。

 

「ヤメーツ! ハーフタイムです。」

 剣道部長の声が響いた。

 

「フー・・・」

 クリスとチアキは、ヘルメットを外して、一息つくために、並んで座った。

「チアキ、お前はあのとき、海賊船に乗っていたのか・・。」

「バルバルーサの船長、ケンジョー・クリハラの娘ですから。海賊の巣の海賊会議の場で もあなたを見ましたよ。」

「・・・・そうか。」

 

 しばらく、沈黙が続いた。

「先生、ひとつ聞いていいですか。」

「何だ。」

「先生は、どうして私たちの前に現れたんですか。」

「茉莉香にもう一度会いたかったのだ。

 時間のあるうちに、会って確かめたかったのだ。

 それと、もうひとつ・・・。」

 

「練習始め!」

 また、剣道部長の声が響いた。

 チアキは、茉莉香に「確かめたかった」ものとは何か、そして「もうひとつ」とは何か、さらに聞きたかったが、クリスはヘルメットをつけてしまった。

 その後も激しい練習が続いたが、終わると授業時間が迫っており、その日はそれ以上二人で話すチャンスは無かった。

 

 翌日以降も、ほぼ毎日のように朝稽古は続いたが、二人でゆっくり話すチャンスはなかった。

 剣道部の部員達が、クリスを取り巻くようになったからだ。

 部員達は、最初は遠巻きに二人の稽古を見ているだけだったが、やがて好奇心いっぱいでクリスに近づいてきた。

 そして、クリスは部員達とも剣道の稽古をするようになったからだ。

 しかし、チアキと稽古するときと違って、明らかに他の部員達にはその実力に応じて、手加減しているようだった。動きの早さや剣のふれあう音が全く違う。時には大きな声で誉めたり、優しく励ましたりしている。

それを見ていたチアキは言った。

「ふーん。海賊教師、なかなか教師っぽくなったじゃない。」

 

 数日後、授業が終わると、チアキはヨット部の部室に向かって学園の渡り廊下を歩いていた。

 すると、3、4歳の小さな女の子がひとり、廊下の向こうから歩いてきた。

 迷子かなと思い、チアキはしゃがんで、その子に声をかけた。

「どうしたの。誰かを探しているの?」

「そう。ネーネーを探しているの。」

「ネーネー? お姉さんのことかな。お姉さんは何て名前なの?」

「・・・・・」

「あなたのお名前は?」

「・・・・・」

 女の子は名前を聞かれると黙ってしまった。この子に何か警戒させてしまったようだ。チアキは困ってしまった。

  

 すると、廊下の反対側から、声がした。

 見ると、高等部の真新しい制服を着た、赤毛碧眼ソバカス顔の質素な雰囲気の少女が、十人ほどの子供達を連れて歩いてきた。

 迷子だった小さな女の子も、声を上げてその子達の方へ走り出した。

「どうもすみません。妹がご心配かけました。」

 新入生は、メリー・ランバートと名乗った。二人が挨拶を交わしていると声がした。

「おーい。こっちだ。」

 

 クリス先生が呼んでいる。

 その声に気がつくと、子供達は歓声を上げて、一斉に走り出した。メリーもチアキに挨拶して、子供達の後を追った。

 子供達は、一斉にクリスに飛びついた。それを受け止め、子供達を抱いたときのクリスの笑顔。

 渡り廊下に子供たちの歓声が響いた。

「さあ、メリーの入学した学校を案内してあげよう。

 お前達も大きくなったら、この白凰女学院に入学するかい。」

「うん、する、する。」

「私も、私も」

「男の子の入る学校は?」

「ハハハ、今度連れて行ってあげよう。」

「約束だよ。」

 子供達とクリスは本当に楽しそうに歩いて行った。

 

「あいつ、あんなに優しい顔もするんだ。

 でも、あの子達は、実の兄弟姉妹ではなさそうだけどね。」

 

 チアキは、クリスのもう一つの顔を見た気がした。

『あの海賊教師、いったい、いくつの顔を持っているんだろうか。』

 ますます彼女の事が分からなくなった。

『今度、メリー・ランバートに、クリスのことを聞いてみよう。

 あの様子では、メリーも海賊の娘かも知れない。

 彼女に聞けば、もう少しクリスのことが分かるかも知れない。』

 チアキはそう思いながら、ヨット部の部室へ急いだ。

 

1-5 白凰女学院 ヨット部室

 

数日後、ヨット部の部室に新入生が揃った。今年は、10人と大勢だ。

「メリー・ランバートです。

 ランバート星系から来ました。

 ・・・奨学金でこの学校に留学して、女子寮に住んでます。」

「ジェシカ・ブルボンです。

 中等部から来ました。

 高等部のみなさんと一緒にオデットⅡ世号で航海ができるのが楽しみです。」

 ・・・・・・

 次々と新入生が挨拶し、上級生が拍手で迎えた。

 

「あのジェシカって、『親衛隊長』のジェシカね。

 なんか、ヨット部は、どんどん有名人があつまるねえ。」

「中等部の人気者ヒルデを囲む女の子達のあだ名が、『親衛隊』で、彼女が『親衛隊長』なんだけど、ネーミングが上手いよね。

 あのテンションの高さ、そうとしかい言いようがないよね。」

「でも、彼女、中等部のヨット部長で、ヒルデ達と一緒にヒューゴ杯で団体優勝した強者よ。今年の新入生には、他にも中等部団体優勝メンバーがいるわね。

 上級生もしっかりしないとね。」

 

 上級生の視線は、中等部の有名人、黒髪で浅黒い顔のジェシカ・ブルボンに集中していた。

 ジェシカは、中等部一年生の時に銀河帝国の帝都クリスタルスターにある帝国女学院から白鳳女学院に転校してきた。

 白鳳女学院は、辺境の海明星ではお嬢様揃いの名門校とされるが、帝国女学院は、銀河聖王家の子女も通うという銀河系随一の超名門私立校。そこに在学している生徒が白凰女学院に転校してくること自体が極めて異例だった。

 従って、その理由をめぐって中傷めいた噂や憶測が生まれた。

 実際のところは、親の事情らしいが、入学後も、気の強いオテンバ娘で、性格が悪いと同級生から怖がられる存在だったことも、そういう噂話が広まる原因になった。

もっとも、マミに言わせると、ジェシカこそ、「ウラで何やってるか分からない、スゴイ人だらけ」のヨット部に最もふさわしい人材であり、将来の部長間違いなしということになるのだが。

 

 他方、メリー・ランバートは、ランバート星系からの留学生である。

 ランバート星系と言えば、かって倒産して放棄された辺境の鉱山星系で、20年ほど前から細々と開発が再開されたといわれるところである。倒産で鉱山開発だけでなく惑星改造も中断したため、今のところ可住惑星もない星系である。

 従って、今や変わり者の鉱山関係者以外、殆ど人が寄りつかないと言われる貧しい星系である。

 メリーは、そういう星から奨学金をもらって留学してきたと自ら言うように、最近の白凰女学院にめずらしい「苦学生」であった。

 

 実際、最近の海明星の白凰女学院は、ジェシカが転校してきた頃とは、明らかに雰囲気が変わっている。

 茉莉香の活躍や、グリューエルやグリュンヒルデの留学で注目を集め、銀河中からお嬢様の留学生が増えたからだ。

 

 新入生の挨拶が終わると、2年生が1年生をシミュレータールームに案内し、3年生が次の練習航海の相談を始めた。

 そこへ、顧問のクリス先生がやってきた。

 クリスは、部室のソファにどっかと座り込むと言った。

 

「やっぱりヨット部は良いなあ。

 ここに来ると気持ちが落ち着くというか、ここにずっと居たい気がするよ。

 ああ、ありがとう」

 

 クリスは、礼を言って、ハラマキが入れてくれた紅茶を飲み始めた。

「ところで、茉莉香、次回の練習航海のプランづくりは進んでいるのか。」

「はあ、今年は新入生も多いし、基本的なコースが良いと思いまして・・。

 2年前のフライト・プランと同じように、楕円軌道で、たう星を回って砂赤星に再接近して戻るコースではどうかと考えているんですが・・。」

「2年前と同じというこのコースでは、平凡でつまらない航海になるぞ。

 私もお前達と初めての航海なんだから、もっとわくわくするような、大冒険プランでも考えているかと期待してたのに。」

 近くで聞いていたチアキは、

『この海賊教師が何を言うか』

 と、むかついた。

 

 しかし、茉莉香は、愛想笑いをしながら答えた。

「ナハハ・・・。いやーー、ご存知の通りオデットⅡ世号は太陽帆船ですから、練習航海の日程では、そんなに遠くへは行けないんですよ。

 まあ、超光速ブースターでも使えば星間航行は可能ですが、オデットⅡ世号はカデゴリーⅡの宇宙船として登録されたままですから、正規のフライトプランでは星間航行は認められませんし・・・。」

「ふーん、『正規のフライトプランでは・・・』か。

 実はなあ、茉莉香。私の知り合いに最新型の超光速ブースターの開発をしている者がいて、モニターになってくれるなら燃料費も含めタダで貸してくれるという話があるんだが・・・・。」

「うわー!やったーー!」

「そうこなくっちゃ。さすが先生。」

 茉莉香とチアキ以外の3年生は一斉に歓声をあげた。

 

 しかし、茉莉香とチアキは、口には出さなかったが、

『また性能テストとは! 海賊狩りのグランドクロスの時と同じだ。』

『結局、ヨット部員が危ないことに巻き込まれるのではないか?』

と心配して、困った顔をした。

 

 クリスは、そんな二人の心配顔を無視して、話を続けた。

「ところで、お前達3年生だろう。そろそろ、今後の進路希望について学校に調査票を出す時期が来るよなあ。」

「はあ・・・。でも、私たち、まだ、やっと三年生になったばかりで、ヨット部の部活がすごく楽しくて、まだ、他のこと考えたくないというかあ~~。

 それに、まだどんな職業と言ってもイメージが無くて・・・。」

 と、リリイが言った。

「でも、一応、考えてはいるんだろう。」

「はあ~~。今、答えろと言われれば、とりあえず白凰女学院大学の家政学部の生活美術学科という、例のお嬢様コースへ内部進学という答えしかないですねえ。

 それなら親も承知するだろうし・・・。」

「私もそんなところかなあと思ってます。

 ヨット部がずっと続けばいいなって。

 そりゃあ、実家が小さい運送業やってるから、ジェーン先輩みたいに宇宙大学へ進学して船乗りを目指すと言えば、両親とも大喜びだろうけど。

 でも、私の成績では入学試験をパスするのは難しいかなア。

 それに、女の子では茉莉香みたいに海賊にでもならないと船乗りとしてやっていくのは、なかなか難しいみたいだし・・・。」

 と、ウルスラが言った。

「でも私たち、もう立派な船乗りだよ。

 船動かすの、ほんと、たのしいよね。

 私もヨット部大好き。

 それで~~~、私は、頑張って外で働くというより、家でご飯作ったりとか、家の事するのが好きなので、専業主婦が第一希望ですが、こんな志望ってありですかねえ、エヘヘヘ。」

「やっぱりねえ~~ハラマキらしいよ。」と皆が笑った。

「とは言っても、まだ結婚は早いと思うし、だから、勉強はあんまり好きじゃ無いんだけど、志望と聞かれれば、やはり白凰女学院大学かなあ・・・。」

 と、ハラマキが言った。

「サーシャは、どうなんだ。」

「みんな、ごめんね。

 わたしもヨット部が楽しい気持ちはみんなと同じだけど、決めていることがあるので言わせてね。

 先生、私は、白凰女学院大学の医学部へ進学して、医者になります。

 父が福祉事業を始めるつもりですから、医師としてそれを助けたいと思っています。」 と、サーシャが言った。

「へえ~~。サーシャはしっかりしているなあ。

 で、茉莉香は、どうなんだ。」

「ええ!? 私ですかあ。

 ええ・・・、まあ、私はもう既に弁天丸の船長ですし、今後もそういうことだと思ってはいるんですが・・・。」

 茉莉香は、あいまいな事を言ってしまった。

 しかし、本音はこう考えていた。

『サーシャがあんなにはっきりと自分の進路を考えているなんて、ビックリ。

 それにひきかえ、私は、今頃、何を迷っているのかなあ。

 でも、そんな気持ちなんて、クリス先生に言えるわけ無いじゃない。』

 

「なんかはっきりしないなあ。茉莉香らしくないぞ。

 チアキは、どうなんだ。」

「私も一人っ子ですから、いずれバルバルーサに乗るのじゃないかなあと思ってます。

 オヤジは大学へ行っても良いし、後を継がず外の世界に行っても良いって言ってるんですが・・。

 そういわれても、具体的に他に何かやりたいことがあるかと言われると、思いつかなくって。」

「サーシャ以外は、みんなホントのんきだなあ。

 もう高校三年生だぞ。このまま行くと、みんな、なんの目的も無いままに、白凰女学院大学へ内部進学ってことになってしまうなあ。

 まあ、このメンバーなら、それもホントに楽しそうだけど。」

「ねえ、楽しそうでしょ。先生もそう思うでしょ。

 大学でもヨット部で船に乗って、海賊やって・・・。」

「ウルスラ! もう~~~~やめてよね。ヘンなこと考えるのは。」

「ハハハ。茉莉香も楽しそうじゃないか。」

「楽しんでません。困ってます。」

「まあ、そんなに怒るな。ハハハ・・・。

 それで、練習航海の話に戻ると、せっかく超光速ブースターが使えるんだから、さっき名前の出ていた宇宙大学へ見学に行くというプランはどうだ。

 みんな宇宙(うみ)が好きなんだし、進路指導のための見学と言うことで、校長には私からもお願いしておくから。

 それでついでと云っては何だが、はるか遠く、宇宙大学のある銀河の核恒星系の方まで行く訳だから、お楽しみも必要だよね。

 そこで、銀河帝国の帝都クリスタル・スターに寄って、お土産のお買い物して、美味しいスイーツを食べて帰ろう。

 帝都はほんとに華やかだし、おまえ達も行ってみたいお店があるだろう。

 それに、チアキ、帝都のチョコパフェは、美味しいぞ。

 一番美味しい店はどこか、お前知ってるか?

 あそこの美味しさは、格別だぞ。」

 

「わーい。すごい、そうこなくっちゃ。」

「私、ネット雑誌に載っていたあの店に行ってみたいなあ。

 そこで、お洋服をオーダーするんだあ。」

 

 皆は歓声を上げて、帝都のヌーベル・シャンゼリゼ通りとか、ニュー・五番街にあるお店のうわさ話を始めた。

 

 

「帝都かあ。華やかなんだろうな。

 銀河中からいろんな人が集まってきて、とても賑やかなんだろうなあ。」

 茉莉香も、帝都の話を聞かされてうれしかった。

 

『私も、帝都に憧れてたなんて、自分でも気がつかなかったなあ。

 やっぱり、ここいら、田舎だものなあ。』

 でも、一方で茉莉香は、こうも考えた。

『皆が喜ぶに違いない甘い話を、わざわざ自分から言い出すなんて、クリス先生、本心はなにを考えてんだろう。

 この海賊教師、ますます怪しいわよ。

 私は、部長なんだから、みんなのために用心しないとねえ。』

 

 チアキも、

『また、海賊教師が何を企んでいるのか!!』、

『そんなチョコパフェのような、甘い話には裏があるはず・・・』

 と自分を戒めつつ、「帝都のチョコパフェ」の妄想と戦っていた。

 

 チョコレートのカカオの香りや、アイスクリームのバニラの香りが鼻を刺激し、

 チョコやアイスの甘さと、

 ポイップクリームの芳醇な油脂の味と、

 添えられたクラッカーやプリッツの塩味が、舌の上で溶け合って・・・・。

 

『ああ・・・。チョコパフェなんか食べたくない!』

 




 アニメ「モーレツ宇宙海賊」の第二期は、放送されないんでしょうか。
 もし放送されるのなら、こういうアニメが見たいという思いから書きました。
 もちろん、原作「ミニスカ宇宙海賊」とは、ストーリー展開の方向がまったく違いますが、ファンとしては、こういう物語「広い宇宙(うみ)に出ていく茉莉香とチアキ」も見たいという思いで書きました。

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