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「そこに現れるは勇者『ライアン』!ライアンは伝説の剣を掲げて高らかに叫びます。」
……魔王!貴様を倒し、拐われた姫、多くの人から奪った財宝、そして平和を取り戻す!
・下手より『ライアン』が登場。右手を上げる。顔を上向きにする。体を上下にわずかに動かす。
「魔王はライアンの方を向き直し、両手を広げ高らかに笑いました。」
……ギャハハハハハ!人間ごときが私を倒すだと?戯れ言を抜かすな!私こそ貴様を倒しこの世界の支配者となってやる。
・両手を肩の高さまで挙げる。全身を持ち上げ気味にして、顔をやや下向きにする。
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「お姉ちゃん!今日も面白かったよ。また来てね」
一人の少年が私のもとに駆け寄ってくる。ガラス玉のような瞳をキラキラと輝かせ、胡粉でしっかりと処理されたような極め細かな肌から液体が染み出ている。
「こんなに水に濡れて……、雨でも降ったのかしらね?」
私はポケットからハンケチを取り出し、その液体を拭った。せっかく付けた胡粉が落ちてしまわぬように優しく、丁寧に。少年は笑いながら「お姉ちゃんいつも足早に行っちゃうから」と漏らしていた。僅かにぎこちない笑顔が照れているかのように見えた。
私、『アリス・マーガトロイド』がここで人形劇をするようになってかなりのときが経った。初めの頃に劇を見に来ていた子供たちはその姿を大人のそれに変え、子を持つようになっていた。彼らの子供たちもまた、私の人形劇を見に来てくれる。先程の少年の父親も泣き虫と呼ばれていた頃から知っている。このことは内緒にしてくれと必死に言ってきたので、彼が年老いて笑い話にできる頃まで黙っているつもりだ。
「どうしたら自然な口角の上げ方を再現できるのかしら」
小さく呟き、森の方へと歩を進めた。
「雨が降るなんて聞いてないわよ」
人形に持ってきて貰ったタオルで髪を拭きながら呟く。誰にも聞かれていないだろうからいつもよりも大きな声で呟く。先程人形劇を終え、少年を見送り、帰ろうとしたとき、突然私の顔に雨が落ちてきたのだ。
「冗談のつもりだったんだけどな……」
少年をからかったことに若干の後悔を覚えながら、もちろん後悔したところで結果が変わらないのはわかっているが、浴室のドアを開けた。
シャワーを浴びて、着替えを済ませ、髪も乾かぬうちに作業室へ向かう。思い付いたことを早く試したかったから。
……私は集中しだすと止まらない性格だ。没頭してしまい、昼も夜もないまま作業を続ける。
……何を言いたいかというと、作業に没頭しすぎたためかいつの間にかに眠ってしまったようだ。それも操り人形の操作板を持ったまま、しかも立ったまま。
手にあったのは『ライアン』と『魔王』の人形の操作板。勇者『ライアン』が悪の長『魔王』を倒し、使え切れないほどの財宝と身に余るほどの名誉、そして美しい姫を手に入れる。そんな王道の中の王道なストーリー。しかし、王道なものはいつの時代も受け入れられ、多くの人に楽しまれる。これもまた、王道が王道であり続ける所以だろう。
軽く動かしてみる。もっと『ライアン』を格好良く見せるには、もっと『魔王』を邪悪そうに見せるにはどうしたらよいだろうか。人形は人の形をしたもの、その点では人間と同じだ。だから、人形には人間の魂が入りやすい。きっと彼らも、魂があるのなら、格好良く見られることを望んでいるだろう。だから操り手である私が彼らを上手に操ってあげなければならない。
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「そこに現れるは勇者『ライアン』!ライアンは伝説の剣を掲げて高らかに叫びます。」
……魔王!貴様を倒し、拐われた姫、多くの人から奪った財宝、そして平和を取り戻す。
・右手を上げる。顔を上向きにする。体を上下にわずかに動かす。
「違うよアリス!僕はここで右手ではなくて左手を挙げたいんだ!僕は下手から出てくるんだ!だから子供たちの方に体を向けながら、魔王に剣を向けるんだから左手の方がいいよ!」
不意な声にたじろぐ、顔から血の気が退くのが自分でもわかる。
「私もただただ待つのはねぇ……。勇者に圧される演出として上手側に体を傾けるってのはどうだろうか?」
「いいね!やってみよう!」
『ライアン』の声と同時に私の指が動き出す。よく見れば私の指に糸が絡まっている。『ライアン』を操るためのテグスが右手に、『魔王』を操るためのテグスが左手にそれぞれ絡まり、私の指を動かしている。
「ここは見せ場だからもっと格好良くしないと!」
「ここ以外にも色々考えてみる必要がありそうじゃのう……」
「ねぇ、アリス!」
「のう、アリス」
目の前が真っ暗になったが私の指が動き続けるのがわかる。
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「そこに現れるは勇者『ライアン』!ライアンは伝説の剣を掲げて高らかに叫びます。」
……魔王!貴様を倒し、拐われた姫、多くの人から奪った財宝、そして平和を取り戻す!
・下手より『ライアン』が登場。左足を大きく前に出す。左手を上げる。顔を上向きにする。体を上下にわずかに動かす。
・上手の『魔王』は全身を上手側に倒す。
「魔王はライアンの方を向き直し、両手を広げ高らかに笑いました。」
……ギャハハハハハ!人間ごときが私を倒すだと?戯れ言を抜かすな!私こそ貴様を倒しこの世界の支配者となってやる。
・両手を肩の高さまで挙げる。全身を持ち上げ気味にして、顔をやや下向きにする。徐々に下手側に移動する。
・下手の『ライアン』は徐々に下手側に移動する。『魔王』の台詞が終わる直前に上手側に押し返す演出。
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