まっまっマグロ!短編集   作:まっまっマグロ!

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ひと人ヒト

えー、人間というのは大変面白い生き物でありまして、生きるためには水がいる、空気がいる、餌がいる。そこまでであれば寝て息するだけの家のテレビの前に寝そべり、韓ドラ、昼ドラ、バラエティーを見ているトドと大差はないのであります。

しかし近年、携帯電話の普及とそれを用いた便利な通信システムの誕生により、スマートフォンが水や空気と並び人間が生きていく上で必要なものの一つに数えられるようになりつつあるのです。

汗水垂らし、来る日も来る日も雨に打たれ、太陽に照らされ、私の残り少ない希望さえ生き絶えてしまうのではないかと気が気でない、行く年来る年、妻が私の頭皮を見て言うわけです。「あんた、老けたわね」

トドのあんたにゃあ言われたくないよ。等と言うわけにもいかず、その大きな尻で磨り潰されながら、汗水垂らしながら働き、ようやく手にした一掴みの自由を見て娘が言うわけです。「今月ヤバイからお金ちょうだい」

何がヤバイのか?と聞くと。「ゲーム遊びすぎた」そりゃあないでしょ。ゲームしすぎたってゲームを買うところなど見た記憶がないのです。話をしてると、スマートフォンではゲームができるらしいのです。我々の世代であれば、折り畳み式の携帯電話が出始めた頃、リズムゲームが携帯電話のなかに組み込まれていました。懐かしいものです。上下左右のボタンをリズムに合わせて押すだけ、そんな単純なものでありながら、当時では駅のホーム、電車を待つ間熱中してやったものです。大の大人がゲームなどと言われていた時代、少し小恥ずかしさもありながら、同僚や部下と携帯電話を交換しながら最高点を競いあったものです。

私は老け、妻は太り、娘の髪が黄色になり、色々な思いが錯綜し、私のなかで葛藤し、そして私は直に卒倒するのではないか。

どこで何を間違ったのか、何をどうして間違ったのか。家のローン、車のローン、娘の学費、妻の餌代。裕福とは言えずとも包ましかなや生活、ハゲが求めるにはふさわしい小さな幸せ、同僚、部下に恵まれ、上司も残り少なく次は私の番か、娘もなんとか高校までは通い、専門学校で床屋になる勉強中。恋人もおり何度か顔を合わせ、見た目は派手だが、誠実、将来は約束されておらずとも食扶持に困るようには見えない。

ひとつ不服を言うのならば、携帯電話の使用料は自分で支払ってほしいものであります。

朝起きて、トースターのスイッチをいれトーストを焼いてもらい、コーヒーマシンのスイッチをいれコーヒーを淹れてもらい、トーストに冷蔵庫に冷やしてもらっていたバターを塗り、角砂糖をひとつだけいれたコーヒーを啜り思うのです

 

私が思っているよりも、私は幸せなのかもしれない。

 

ということで幸せだと感じないと生きていけない変な動物、人間の話でありました。

 

えっ、これからどこに行くのかって?夜なのだから行くところは決まってますよ、妻の尻に敷かれてくるだけですよ。ベッドの上で、ですがね。


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