どうも調子が悪い。
もはや口癖となりつつあるそんな言葉を呟きながら日が上る方向へと歩を進める。瞳に直接入ってくる光が網膜を焼き切るのではないかと感じるほど暑い。
どうも調子が悪い。
家を出てからもうすでに五回は繰り返したその言葉をもう一度呟く。世界は綺麗に回らない。
世界が自分を中心に回っていると錯覚していた。自分が世界の中心にいないと気づいたのはもう数年前になる。かけっこで一番になれなくなった。テストで一番になれなくなった。人間というのは至極単純なもので、成果がなければ、目の前にニンジンがなければ走ることができない。なんとか上位に食いついていた成績も徒競走もずるずるとその順位を下げ、自分は「世界のどこにでもいる平凡な中学生」になってしまった。普通に部活をし、平均程度の学力と運動能力、彼女がいるわけではないが友人もそこそこいて、週末には誰かの家でゲームをしている。
ニンジンは嫌いだ。生のニンジンは好きだ。カレーに入っている、歯の重さだけで噛みきることができる甘いニンジンも好きだ。ただ、半生の、クリームシチューに入ったニンジンだけは嫌いだ。半端に青臭く、半端に甘く、半端に固い、そんなニンジンが嫌いだ。クリームシチューのニンジンだけは残す。そして、オトナが言う。
「好き嫌いをするな」「栄養が偏る」
ニンジンは食べる。半端なニンジンが嫌いなだけ。他に好き嫌いもない。等と戯言を並べる。屁理屈。
給食や夕食がクリームシチューの日は体調が悪い。文句を言われることも、それに対して戯言と屁理屈を並べることも嫌いだったから。
どうも調子が悪い。
そう呟いていた。
かけっこで負けたとき、鬼ごっこで負けたとき必ず呟いた。負けるはずがなかったから。自分が負けるからには何か理由があった。足が痛い、腹が痛い、目が痒い、気分が乗らない。一つ一つを説明するのが嫌いだったからひとつの言葉にまとめた。その言葉は便利だ如何なるときにも使うことができる。負けたときに自分の立ち位置を守ることができた。勝ったときには自分の立ち位置を更に上げることができた。
どうも調子が悪い。
調子が悪かったんだけどな。
都合が良かった。
俺が思った通りに世界は回らない。助けて欲しいは伝わらない。ご免なさいも伝わらない。だから、一言で済ませられる言葉で全てを済ませたい。
調子が悪い。
そんな戯言を空へ吐きながら真っ直ぐな道をふらふらと歩いていく。
それが俺らしくて都合がいい。