「ひ、比企谷君。口から血が!?」
「ああ、今のでちょっと切った」
鷹岡……こいつは厄介だ。従わなければ暴力で従わせ、従えば飼い慣らされる。俺らは仕方なく、従う。今はスクワット300回。
……俺は少し思った。殺せんせーを暗殺するにはこれくらいはやらねばいけないのではないか?とも、烏間先生は俺らが中学生と言うことを前提に指導してくれているため、仕上がりは三分の一だ。だか、鷹岡のやり方ならば通常に仕上がる。しかし、これでは体が壊れる。
倉橋が弱音を吐くと鷹岡がまた暴力で従わせようとする。すると――
ガシッ!
「それ以上、生徒たちに手荒くするな。暴れたいなら俺が相手を務める」
正義の味方登場!
すると鷹岡は提案してきた。
「烏間、お前が育てたこいつらの中からイチオシの生徒をひとり選べ。そいつが俺と闘い一度でもナイフを当てたら、お前の教育は俺より優れていたと認めて、俺はお前に訓練を任せて出てってやる」
ほう、なかなか言うな。一撃当てるくらい最近では俺でもできる。
「ただし、使うナイフはこれじゃない」
そう言って鷹岡は鞄から本物のナイフを出した。おい待て!? そんなもんの扱いは出来ねえよ!?
つまりこれは鷹岡から見ればひとりの生け贄だ……
「さあ選べ。生徒を見捨てるか、生け贄に差し出すか!」
この条件で勝てるやつなんて……いや、クラスに一人だけいる。問題は烏間先生がそいつにやらせる覚悟があるか……
烏間先生は鷹岡からナイフを受け取り、ひとりの生徒のもとへ向かう。
「渚君。やる気はあるか?」
まわりは驚いていた。しかし、俺は驚かなかった。この条件で勝てるのは潮田しかいない。俺もわかってる。だが……
「選ばなくてはならないならおそらく君だが、返事の前に俺の考え方を聞いてほしい」
烏間先生は語る。
「地球を救う暗殺任務を依頼した側として、俺は君たちとはプロ同士だと思っている。プロとして、君たちに払うべき最低限の報酬は、当たり前の中学生生活を保証することだと思っている」
そんな風に思っていたのか……やっぱり烏間先生の方がいいな。
「だから、このナイフを無理に受けとる必要はない。そのときは俺が鷹岡に頼んで報酬を維持してもらうよう努力する」
この烏間先生の発言に鷹岡は「土下座でもすりゃ考えてやる」なんて言った。いっそ俺がナイフを取って殺るかとも思ったが、潮田は烏間先生をみてナイフを受け取った。
「やります」
正直、俺はとめたかったが、とめられなかった。いや、とめたくなかった。
いや、自分でも何を考えてるかわからないが、潮田のやる気に動けなかった。
「おい、渚のナイフが当たると思うか?」
「無理だよ、烏間先生と訓練してりゃ嫌でもわかる」
「増して、本物のナイフなんて使えるはずが……」
クラスの連中は諦めている。
「嫌、潮田が勝つぞ。この暗殺……」
すると神崎が驚いて聞いてきた。
「ど、どう言うこと!?」
「戦闘なら無理だが暗殺なら潮田の勝ちだ」
潮田は、微笑みながら、普通に歩いた。ただ通学路を歩くかのように……そして、鷹岡の目の前にただ、道端ですれ違うかのように近づいた。そして――
ヒュンッ!
潮田はナイフを振った。鷹岡は驚き、体制を崩して潮田はその隙に後ろに回り込み、目を手で隠して、首筋にナイフを峰打ちした。
……潮田の才能。それは寺坂のような暴力の才能でも、赤羽のような悪戯の才能でもない。殺気を隠す才能そして隠した殺気を一気に相手にぶつけることができる。
日常の学生生活では絶対に必要はない才能だが、この暗殺教室では殺せんせーを暗殺するには必要不可欠な才能。そして開花させてはいけなかった才能。
……暗殺の才能だ……
「そこまで‼ 勝負ありですよね、烏間先生」
殺せんせーが言う。ナイフを取り上げてポリポリ食べる。
「やったじゃんか、渚!」
「ホッとしたよ、もー!」
クラスのやつらは潮田を褒め称える。すると神崎だけは……
「比企谷君の言う通りになったね」
「言ったろ? 暗殺なら潮田の勝ちだって」
……と、俺に言ってきた。
しかし、皆少し信じられないようで前原は一発叩き、中村はおちょくる。烏間先生は悩んでいる。すると、背後から復活した鷹岡が声を荒げて言う。
「もう一回だ! 今度は絶対油断しねえ、心も体も全部残らずへし折ってやる」
すると潮田は言う。
「確かに、次やったら絶対に僕が負けます。でもハッキリしました、鷹岡先生」
周りをみて潮田は続けて言う。
「僕らの「担任」は殺せんせーで、僕らの「教官」は烏間先生です。これは絶対に譲れません。父親を押し付ける鷹岡先生より、プロに徹底する烏間先生の方が、僕はあったかく感じます」
俺もそう思う。潮田は続けて「出てってください」と言うと鷹岡がキレて襲いかかろうとするが――
ゴッ!
「俺の身内が迷惑かけてすまなかった」
――烏間先生が鷹岡を肘打ちを決めて言う。すると今度は……
「経営者としてようすを見にきました。鷹岡先生、あなたの授業はつまらなかった。教育に恐怖は必要です。が、暴力でしか恐怖を与えられないならそれは三流のやり方だ。解雇通知です以後、あなたはここで教える事は出来ない」
なんかいいとこ理事長に持っていかれたな……
何はともあれ、これで明日からまた烏間先生が体育を担当してくれるわけだ。
すると、烏間先生と殺せんせーの会話が聞こえた。
「例えばお前は、「将来殺し屋になりたい」と彼が言ったらそれでも迷わずに育てるのか?」
彼、とは潮田のことだろう。やはり烏間先生はわかっている。しかし、そう言われてもピンとこない。逆に「君には暗殺の才能がある。殺し屋にならないか?」とスカウトされたら受けるかと聞かれたら普通はノーだが、この教室にいる上では悩む。
殺せんせーの答えは……
「……答えにまようでしょうねぇ、ですが、良い教師は迷うものです。本当に自分はベストの答えを教えているのか、内心は散々迷いながら……生徒の前では毅然と教えなくてはいけない。決して迷いを悟られぬよう堂々とね、だからこそカッコいいのです。先生っていう職業は」
その通りだ。平塚先生も迷いや悩み事が多いくせに毅然として生徒の相談に乗ったりしてくれた。今頃どうしてるのかな?
そんなことを考えていると中村と倉橋が烏間先生に言う。
「ところで烏間先生さ、生徒の努力で体育教師に返り咲けたし、なんか臨時報酬あってもいいんじゃない?」
「そーそー、鷹岡先生、そーいうのだけは充実してたよねー」
すると烏間先生はフンッと鼻で笑い――
「甘いものなど俺は知らん、財布は出すから食いたいものを街で言え」
『やったー』
ビッチ先生が成長したように、烏間先生も成長している。暗殺教室の授業はまだまだ続く。
覚醒の時間
本格的に書くことがなくなってきました。
次はプールの話です。
片岡回をお楽しみに。