蒼穹のファフナー Benediction   作:F20C

29 / 33
最終話でございます。
お待たせして申し訳ないです……仕事がアレでアレしてまして…


今回は その他→芹→シュウの視点で進めていきます。
あぁ、長かった……ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。


今後については、後書きに…




穹の蒼 -Ⅴ-

立上芹様

 

貴女がこれを読んでいるということは、私は恐らく、いなくなってしまったということなのでしょう。

 

此処から先に私が書いたことは、徹頭徹尾、私の自己満足で無責任な言葉だらけで、貴女にとっては何の意味もないものかもしれません。

そして何より、私は貴女との約束を守ることも出来なかったような人間です。

 

少しでも読むのが辛いと思ったら、破いて捨ててください。

 

 

 

 

 

さて、堅苦しくもテンプレート極まる遺書の出だしを書くのはそれなりに恥ずかしい。

ここからは、普通に話そうと思う。

 

読まずに捨てなかったってことは……まぁ、そういう事か。

つくづく物好きな奴だな……いや、嘘だ、だから睨むな。

 

まず最初に、お前との約束破って、いなくなってゴメン。

これを書いている俺はまだ生きていて、こんなこと言うのもおかしな話だけど……未練が無いと言えばそれは嘘になる。

いや、どちらかと言えば未練だらけ、未練しか無いのかも。

 

もっと、もっと……芹や広登や里奈に暉……みんなと一緒に居たかった。

 

夏祭り、もう一回やりたかった。

 

学校、もっと行きたかった。

 

卒業式、出たかった。

 

お前と…もっといろんなことを話して、見て聞いて、叶うなら島の外にも行ってみたかった。

 

 

こうして改めて書き出してみると、自分の女々しさというか、未練がましさに少し自己嫌悪してしまいそうだ。

そう思う気持ちがあるなら、普段からそうしておけば、もっと素直に自分のやりたい事を望んでいれば……体のことなんて関係なく、もっと自由に生きようとするだけでよかったのに。

 

 

全く、自分でも笑えるほどの後悔だ。

 

 

そして、俺の人生の中での最大の後悔がまだもう一つ残ってる。

 

お前は覚えてないかも……というか、俺もつい最近まで完全に忘れてたことだけど。

昔、俺達がまだ小学校に上る前くらいだったか……あの頃は今よりももっと体の状態が不安定で、外で遊ぶことも結構稀だったけど、たまにお前の虫取りに付き合ってた。

 

俺は、芹がよく分からん虫を俺に見せてくる度に悲鳴を上げてたような気がするが……いや、まぁそれはどうでもいい。

 

芹、一回虫を捕まえようとして木に登って、落っこちたことあっただろ?

それで、俺が怪我したお前を担いで遠見先生のとこまで必死こいて歩いてさ、お前は大した怪我にはならなかったけど、俺は見事に入院することになって。

顔をくしゃくしゃにして泣いて、謝って、なんか俺がお前を泣かせたみたいでちょっと困ったりもした。

でも、芹は毎日毎日見舞いに来てくれて……

 

で……それでだ、お前がどんな気持ちで俺にそう言ってくれたのか……出来れば俺の自惚れでなければいいんだけど。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『私が…シュウのこと養ってあげる!』

 

『…………うん?』

 

『だって、シュウってばカイショーなさそうだから。それに、病気であんまり外に出られないなら、将来お仕事だって大変でしょ?』

 

『う、うん……(あれ、なんでだろう?凄い貶されてるような気がする)』

 

『シュウの面倒見るのは私! だから養うのも私!』

 

『うわぁ……俺がすごいダメ男っぽい……ていうか、それって結婚するってこと?』

 

『そう……なるのかな? でも大丈夫、いつもママゴトでやってるし!』

 

『………あれはあくまで『ごっこ遊び』だし』

 

『シュウは……私がお嫁さんじゃ……いや?』

 

『………ぐっ…! い、いやじゃ……ないけど』

 

『だったら何の問題もないよね! はい決まり!』

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

今思えば、あの頃の芹は今と比べるとはっちゃけてたというか、素直すぎるというか。

ともあれ、少なくとも俺に対しては色々とストレートに気持ちをぶつけてきてたような気がする。

子供の純粋さといえば聞こえはいいかもしれないけど、今考えるととんでもない会話だった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『シュウ、私のことお嫁さんにしてね!絶対、約束ね!』

 

『……うん! 頑張って病気治して、絶対に俺が養う側になってやる』

 

『クスッ…シュウってば変なところで負けず嫌いだなぁ』

 

『うっせー、ヒモ生活なんてまっぴらゴメンだ』

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

だからかな、俺もそれに引っ張られて……いや、俺も心の底からそう思っていたんだろう。

お前に自分の気持ちを素直にぶつけることができてた。

 

それを……なんでかなぁ……どこで落っことして、忘れちゃったのかなぁ……。

あの時の気持ちを、あの素直な想いを今も忘れずにいれば……今の俺とお前の関係って、もっと別のものになってたんだろうか。

 

お前はもっと、俺の傍にいてくれたんだろうか。

 

俺はもっと、お前の傍にいれたんだろうか。

 

俺はもっと、芹と一緒に生きる事が出来たんだろうか。

 

たらればの話をするのは、あまり好きじゃないけれど、こうして書かずにはいられなかった。

それくらい、俺にとっては芹を置いていくのは辛くて、苦しくて……それくらい、やっぱり俺は芹のことが大切なんだと思う。

 

 

俺のこと、好きだって言ってくれてありがとう。

お前が俺を好きだって……そんな風に想ってくれるなら、こんな俺でも少しは自分のことが好きになれるかもしれない。

 

そして、芹、お前のことも……だからーーー

 

 

俺も、芹のことが好きだ。

 

 

友達だからだとか、幼馴染だからだとか、付き合いが長いからだとか、ずっと一緒にいたからだとか、そんなのじゃない。

芹だから、俺はお前のことが好きになった。

 

一度は忘れてしまったけど、それだけは今も昔も変わらない。

 

 

こんなこと書いておいてなんだけど、これを書いている今は死ぬ気なんて全くない。

でも、初めに書いておいた通り、これは俺の弱い心が書かせた、自己満足、逃げ道みたいなものだ。

 

無事にまた芹に会えたら、返事はするつもりだけど、どうしても怖くなって、気が付いたら机に向かってた。

情けないって思うなら笑ってくれ、自分でもそう思ってる。

 

 

さて、書きたいことは書けたからこれで終わりにしようと思う。

 

結局、俺の後悔を書き溜めただけみたいな手紙になったけど、読んでくれてありがとう。

無責任な言葉だけど、お前が幸せになってくれることを心から祈ってる。

 

 

運よく生き残って、この手紙がお前の目に触れないことを今は願うばかりだ。

 

 

滝瀬 修哉

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

それを見つけたのは偶然だった。

シュウの部屋の片付けをしていた時、机の引き出しから出てきた一通の封筒に、それは入っていた。

 

私が島と同期している間、多分シュウの側から視点を外している時に書いていたのだろう。

シンプルな便箋に書かれていたのは、紛れも無くシュウの、少し神経質なくらい丁寧な字……だけど、後半は手が震えていたのだろうか、字が少し歪み気味だった。

その字の歪みが、家族を失って、命を懸ける戦いに挑む直前、シュウの心の底からの恐怖を、生への渇望を表しているようにも見えた。

 

部屋の片付けの休憩がてらの散歩、別にセンチメンタルな気分になったからという訳ではないけど、海と空を見たかったこともあって、海辺まで来た私は砂浜に腰掛けてその手紙を読む。

 

海は蒼く、今日は波も穏やかだ。

それに負けないくらいに、穹もまた蒼く、数カ月前の戦いの最中に見せていた、あの淀んだ穹の色は、もう見る影もない。

 

戻ってきた日常、平和、楽園……いや、戻ってきたというには、私達を取り巻く環境は、私達の住む世界は変わってしまった。

きっと、何もかも元通りなんてことはあり得ないんだろう。

 

いなくなってしまった人もいる。

 

帰って来ることが出来た人もいる。

 

何かを失くした人もいる。

 

何かを取り戻した人もいる。

 

一つの区切り、新しいスタートラインに立って、何かを新しく始める。

今の竜宮島は、そこに住む私達はきっと、その一歩を踏み出し始めたばかりなのだ。

 

そして、私もまた、そんなスタートラインに立っている、次への一歩を踏み出そうとしていた。

 

 

「……はぁ…」

 

 

小さく息をつき、読み終わったシュウの手紙を封筒に入れなおし、空へ向ける。

読み終わった感想としては……まぁ、何と言うか、文章での告白というのも、直接交わす言葉とはまた違った重みというか、味があるんだなぁと変な発見ができた…とでも言っておこうか。

 

ラブレターなんて貰ったことも無いし、書いたこともない、当然ながら遺書めいた手紙をもらう経験なんてあるはずもない。

初めて受け取った手紙らしい手紙が、遺書のようなヘビーなものとか……正直笑い話にもならない。

建設的な感想はあまり期待しないでもらえると嬉しいと、そう思ってしまうのは仕方のない事にして欲しい。

 

さて、それはさておき……

 

 

「『芹だから、俺はお前のことが好きになった』かぁ……」

 

 

答えとしては、悪くない……というか、寧ろ私としては想像していたよりもずっといいものなわけで。

正直な話、私の心を踊らせ、頬を赤らめるのには十分過ぎる破壊力を持っている。

 

剣司先輩と咲良先輩に諭されて、気が付かない間にシュウと同じく、私も忘れていた素直な想い、ずっと欲しがっていた言葉。

子供ころは何の躊躇いもなく口にして、伝え合っていた気持ち。

 

私が私だったから、シュウは好きだと言ってくれた。

私はシュウが好きで、シュウも私のことが好きだと……。

 

あぁ、なんて嬉しいんだろう。

トクントクンと、僅かに心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

 

やっぱり、シュウはずるい。

文章だけでも、私をこんなに乱してしまうのだから、質が悪い事この上ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーだから、ちゃんと責任を取ってもらおうと思う。

 

 

「って、書いてあるけど? 私は直接言ってほしいなぁ……」

 

「…んあ?」

 

 

そうして、私は一緒に海辺までの散歩に付き合ってくれた、『手に持った手紙の差出人』に聞こえるようにそう言った。

少し厚めのハードカバーの本を手に、砂浜に腰掛けた私の太ももを、定位置だと言わんばかりに枕に使っている、その人に。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

唐突に耳に飛び込んできた芹の声に、本の世界に集中していた意識が現実世界に帰って来る。

後頭部にある柔らかい感触に、芹のいつもと同じ安心する甘い香り、読書をする環境としては、俺の中では最も高いグレードであるため、ついつい集中し過ぎてしまう。

 

昔から入院生活を繰り返し、超インドア派にならざるを得なかった俺にとって、読書は暇潰しの一つに過ぎなかったが、ここ最近はこの最高の環境(芹の膝枕)の助けもあってか、最早暇潰しと呼ぶには頻度が高くなり過ぎていた。

 

 

「手紙もいいけど……言葉でも欲しいなって言ったの」

 

「って……その手紙……あー……捨てるの忘れてた……うわぁ……超恥ずかしい」

 

「シュウってば、手紙だとこんなに素直なのになぁ……」

 

「うるせー、寝返り打って深呼吸すんぞ」

 

「そ、それはくすぐったいからダメ……」

 

 

本を閉じ、視線を芹に向けると、彼女の手には俺が不安と恐怖にかられて、逃げ道のために書いた手紙が握られていた。

事ここに至るまで、今日までその存在を完全に忘れてしまっていたが、書いた内容は当然覚えているわけで。

 

それを思い出すと同時に、バツの悪さと、強烈な気恥ずかしさを覚えてしまう。

恥ずかしさを隠す為、手を顔に当てる。

 

 

「……右目……痛む?」

 

「いや……痛くはないよ。義眼とは思えないくらいによく見えるし、結構馴染み始めてる」

 

「そっか…」

 

 

その動作が、芹には右目を抑えたように見えたのか、少し心配そうな表情を浮かべて俺に尋ねてくる。

同時に芹の手が、優しく俺の手に添えられ、彼女の体温が伝わってくる。

髪を伸ばし始めたようで、肩口まで伸びた黒髪が芹の女の子らしさをより強く俺に感じさせる。

 

今までの芹も十二分に魅力に溢れていたが……その、長い黒髪の芹を想像してみると、正直グッと来るものがある。

どうやら、俺はどちらかと言うと長い髪型が好みなのかと、そんなことを漠然と考えていた。

 

 

「………」

 

「別に、この目はお前の所為じゃないさ。寧ろ、このくらいで済んで……生きて帰って来れてよかったと思ってる」

 

「うん……」

 

 

芹にそう言いながら、俺は芹の手の体温を感じながら、右目に意識を向ける。

黒い瞳の左目とは対照的な、碧色を宿した右目。

上瞼には小さく傷跡が残っているが、近くで見なければ分からないレベルのものだ。

 

俺の右目は、ニヒトの攻撃で破損したコクピットディスプレイの破片を受け、完全に使い物にならなくなっていた。

今俺の右目だった部分に収まっているのは、人工的に作られた眼、義眼だ。

 

義眼と言っても、見た目だけで言えば本物の眼と遜色のない代物で、機械的な要素はあまり見えない程。

視界も元と変わりない、いやある意味ではそれ以上に色々なものを見せてくれるほどにクリアで、竜宮島の技術力には改めて驚かされた。

まぁ、ファフナーのような物を作れるくらいなのだから、この程度のものは朝飯前なのかもしれないが。

 

使用されている素材の都合上、瞳の色は左目と同じ黒ではなくなってしまったが、そこまで贅沢なことを言う気は毛頭なかった。

どんな形であれ、この穹の蒼と、芹の顔を見れるようになっただけで、俺には十分だった。

 

 

「あの時……シュウが返事してくれなくなった時……もうダメかもって…そう思いかけて……泣いちゃって……今も思い出すだけで怖い…」

 

「悪かったよ……その、心配かけて…」

 

「ううん、怒ってるわけじゃなくって……だからこそ、感謝してる……戻ってきてくれたシュウと、シュウを助けてくれた絵梨さんに」

 

「……そうか」

 

 

そう言う芹に返事をしながら、俺は空いている左腕を腹部にやる。

既に痛みなどもなく、傷跡も消えつつあるものの、服を捲れば手術痕だと分かる傷が見える。

 

第二次蒼穹作戦後、ファフナーブルグで意識不明となった俺は、その後すぐに集中治療室に担ぎ込まれ、手術を受けることになった。

俺の体、正確には肝疾患により蝕まれていた肝臓は、既に手の施しようがない状態で、その機能をほぼ停止させていた。

 

回復の見込みの無い臓器、助かる方法は肝臓の移植だけだった。

しかし、問題は移植するための臓器をどうするのかという点、これに尽きた。

移植手術には、言うまでもないことだがドナーが必須、しかしながらそんな都合よく、見つかるものでもない。

 

そこで執られた案は、姉ちゃんの、滝瀬絵梨の肝臓を移植するというものだった。

 

姉ちゃんの遺体は戦後に弔うという予定にされていたため、アルヴィスの医療施設内で保存されていた。

当然、遺体の状態を保つための措置が取られていたため、臓器の状態も良好、姉弟ということもあり拒絶反応の可能性も低いと考えられ、移植に踏み切られた。

 

移植手術の結果は……俺がこうして生きているのが、その何よりの答えになるだろう。

少し出来過ぎかもしれないが、移植手術後の拒絶反応もなく、俺の命を姉ちゃんが繋いでくれているかのように、経過は良好・安定したモノだった。

肝疾患による命の危機は去ったものの、生来の虚弱体質まで治ることはなかったが……少なくとも、滝瀬修哉と言う人間の寿命が延長されたことだけは確かだった。

 

 

「こんなこと言うと……笑われるかもしれないけど……」

 

「うん?」

 

「目が覚める少し前、誰かに腕を引っ張られて起き上がらせてもらったような…夢を見たような気がする……あれが姉ちゃんだったっていうのは…流石におセンチ過ぎるかな」

 

「……そんなことない、シュウがそう感じるなら、きっとそうなんだって私は思う」

 

 

芹は柔らかく笑いながら、俺の前髪をなぞるように頭を撫でてくる。

少しくすぐったくはあったが、嫌ではない感覚だった。

俺の傍から聞けばドラマで聞いたような俺の話をなんの迷いもなく肯定してくれる芹に感謝しつつ、俺は彼女の気の済むようにさせていた。

 

手術は無事に完了したが、そこから俺が意識を取り戻すまで約2週間ほど掛かってしまった。

その2週間の間、芹は俺に付きっきりでいてくれたのだという。

きっと芹は気にもしていないだろうけど、俺としてはどんな形であれ、心配をかけてしまったことへの罪滅ぼしをしたかった。

 

 

「結局、俺はまた……姉ちゃんに守られただけだった」

 

「シュウ……」

 

「正直……乗り越えるなんてまだ当分出来そうにない」

 

 

芹の手が止まるのを感じ、俺はゆっくり起き上がり、砂浜に自身の足で立つ。

こうやって自分の足で立てることも、呼吸することも、生きていられることも、姉ちゃんに守られた結果だ。

 

 

「フェストゥムが居なければ、いや……世界がもう少しだけ優しく出来ていれば、俺達は何も失くさずに、幸せになれたのか……姉ちゃんも居て、広臣さんと結婚して……そんな風になっていたんだろうかとか……そんな風に考えることがある」

 

「………」

 

「姉ちゃんはいなくて、俺はここにいる。その逆になった可能性も、そのどちらでもなかった可能性も、どこかにあったかもしれない。俺はその可能性を取り零したのかもしれないって」

 

 

手紙にも書いた通り、たらればの話は好きじゃなかった……が、考えずにはいられなかった。

受け止めようとしても、乗り越えようとしても、何をしようとしても、考えてしまうのだ。

きっと、何年も……いや何十年、もしかすると一生引き摺ることになるのかもしれない。

俺にとって姉ちゃんは、やはりそんな大きな存在で……ありふれた言葉ではあるけれど、失ってから初めて気が付くというやつだった。

 

これは傷だ。

一生かけても癒える保証のない、深い深い傷で、俺と、この世界の在り様がもたらした一つの結果だ。

生きている俺は、それを背負って生きていく、そうする義務があった。

 

 

「後悔してる?」

 

「………」

 

 

立ち上がり、海を眺める俺の隣に芹が寄り添うように立ち、優しく尋ねてくる。

その絶妙な距離感が、けれど以前よりも確実に近くにいるという実感が、俺と芹の関係性の変化を物語る。

 

果たして、俺は芹の問いかけに小さく首を横に振りながら答える。

 

 

「確かに、思うように行かなくて、悲しいことも多い、痛いことも苦しいことも沢山あるのが今のこの世界だ」

 

「…うん」

 

「……けど、そんな世界だけど……俺は、芹に出会わせてくれたこの世界に感謝したい。そして、姉ちゃんがくれたこの命にも」

 

 

痛みも、傷も、苦痛も、様々なものを包括したこの世界に在って、それだけは迷うことなく断言できた。

たらればの話を広げれば、今こうしているように、芹と一緒に居られない、そもそも出会うこともなく終わっていた世界もあったのかもしれない。

それは……考えただけで苦しいし、耐えられなかった。

 

全てが自分の思う通りに、自身の幸せだけを描いてくれる世界などあり得ない。

あるとするのなら、それはただの夢だろう。

俺達が生きていくのは、生きなければならないのは、どこまで行っても現実のこの世界なのだ。

ならば、痛みを与えられようとも、芹に出会うことが出来たこの世界に、俺がここにいることを選ばせてくれた姉ちゃんに、俺は感謝したかった。

 

 

「俺は生きて、ここにいるよ」

 

「うん、私もここに……シュウと一緒にいるよ」

 

 

風が舞い、芹の髪がなびく。

どちらからでもなく、俺達はお互いに向き直り、真っ直ぐに視線を交わし合う。

 

今までの俺達とは少し違う距離感と、お互いの視線に込められた感情の色。

言葉を交わすこともなく、お互いにそれを理解してしまい、困ったように、けれど心の底から今の俺達がこう在れる事を嬉しく思い、二人して笑ってしまった。

 

全く、俺達らしくない。今までの曖昧な関係を続けていれば、決して味わうことのなかった感覚だ。

多分これが、新しく始まった俺達なのだろう。

 

 

「覚えてるか? 昔、どっちがどっちを養うとか、そんな話したこと」

 

「シュウの手紙読んで、私も思い出した……今思うと、結構凄いこと言っちゃってたんだよね……」

 

「だな……全く持って、子供の頃ってのは怖いよ……でも」

 

「でも?」

 

 

新しく始まったのなら、次にするべき事はなにか?

それは『続けること』だ。

 

その答えはとてもシンプルだけれど、難しい。

俺達の新しい関係も、新しい平和な時間も、続けていかなければ、続けようとしなければ簡単に壊れてしまう。

 

だからこそ、まずは俺達の関係から、新しく始まったものがずっと続いていくようにするためも、まずは伝えよう。

 

 

「…芹、俺はあの時の約束を本物にしたい」

 

「……っ! そ、それって……」

 

「……そうだ……その……つまり、そういう事だ」

 

「あ、ああああのあの、えっと……!! さ、さっきも言ったけど……言葉で欲しい……です」

 

 

俺の抽象的な言葉の意味を理解したのか、芹は瞬時に顔を真赤に染め、声も尻すぼみで小さくしてしまう。

そんな彼女の表情が、わたわたとしてしまう姿がどうしようもない位に、今の俺には愛らしく見えてしまい、思わず抱きつきたくなってしまう。

 

しかし、芹の言う通り、明確に言葉にしなければ何も始まらないだろう。

既に想いは伝わっている、しかしそれでも、言葉で伝えてこそ意味のあるものだって在る。

 

芹は待ってくれている、今までも待ってくれていたのだ。

だからこそ、俺は意を決して芹に伝えた。

 

 

「芹……!」

 

「は、はい!」

 

「お、俺は……俺は芹と、芹を…」

 

「あ~~~~!! いたいた!! やっと見つけたーーー!」

 

 

そう、伝えた……かったのだ、俺としては今、この場で。

しかし、俺の言葉はどこから飛んできた聞き覚えのある声……というか、どう聞いてもちょっと怒っている里奈の声だった。

 

見れば、道路と砂浜を繋ぐ階段に、『まったくもう…!』と言いたげな様子の里奈とそれを宥める暉、俺達がどういう会話をしていたのか理解した様子で『あちゃー…』という表情を浮かべている広登の姿があった。

三人は俺達の姿を認めると、小走りになってこちらにやってくる。

 

あぁ……まぁ、やっぱり少し休憩を長く取り過ぎていたのかもしれない。

 

 

「ちょっと休憩って外出たっきり1時間も! 修哉、あんたの引越し準備なんだからね!」

 

「す、すまん…」

 

「芹も! 修哉と二人っきりになってイチャイチャしたいからって」

 

「い、イチャイチャなんてしてないし!」

 

 

腰に手を当て、ご立腹の様子の里奈。

俺と芹に、それぞれ『ビシッ!』と効果音が見えそうな勢いで指を向けつつ注意するその姿は、ファフナーに乗っている時の少し不安定になってしまう里奈からは想像できない。

 

だがしかしまぁ、芹は兎も角として、俺に限って言うと今回ばかりは里奈に言い訳することは出来ない。

実際、休憩というには少し長すぎた。

『とある理由』から今住んでいる家をでる必要が出てきたため、引越しの荷出しの手伝いをしてもらっているのだが、家主がサボっていては示しがつかない。

 

 

「まぁまぁ里奈、二人だって悪気があったわけじゃないんだしさ」

 

「それに、修哉の荷物もそこまで多くないしよ、大目に見てやれっての。3ヶ月前って言っても、こいつは重傷だったわけだしな」

 

「はぁー……ま、私だって別に怒ってるわけじゃないんだけどね。でも、いつまで経っても戻ってこないから探してみれば、二人で乳繰り合ってるところってなると……ねぇ?」

 

「「あー、それには同意」」

 

「お前らフォローするのかしないのかハッキリしてくれ」

 

 

嘆息しながらそう言う里奈に、あっさり手の平を返す暉と広登をちょっと睨みつつも、俺はこの光景に自分自身がいることに内心で小さな喜びを覚えていた。

ファフナーに乗ると決めたあの日、多分もうこの輪の中に俺が入ることはないだろうと、絶望していた俺は勝手に諦めていた。

けれど、そんな俺をどん底から救ってくれたのは、俺が諦めていた皆だった。

 

多分、三人にそのつもりは全くないのだろうけど、俺は確かに救われた、諦めるのではなく、足掻く事を選択させてくれた。

姉ちゃんと芹だけでなく、俺は幼馴染達全員の力によって、今ここにいることができているのだ。

 

 

「じゃー、さっさと片付けて一騎先輩のところで昼飯にしようぜ」

 

「だね……と、遠見先輩もいるかもしれないし……!」

 

「総士先輩が手伝ってる方に一騎ケーキ賭けよっかなぁ」

 

「やっぱり里奈は意地悪だ……」

 

「ならいっそ、あんたも『楽園』でバイトでもすればいいのに……」

 

「と、遠見先輩と一緒に……働く……? そ、そうか……その手が……!!」

 

 

そんな会話を続けながら、里奈に暉、広登の三人はさっさと先に行ってしまう。

遠慮のない、しかしいつも通りの日常を感じさせてくれるその姿を見て、俺と芹は顔を見合わせて小さく笑い合う。

 

結果的に将来的な『そういう事』をする宣言は未遂に終わってしまったけれど、既にその続きを言えるような雰囲気でもない。

 

 

「続きはまた今度……ね?」

 

「だな…」

 

 

そんな俺の心を見透かしたように、芹が少しはにかみながらそう言ってくる。

まったく、人の心を勝手に読まないで欲しいものだが……俺のことを分かってくれていると言う事実は、誇らしくもあり、やはり嬉しかった。

 

だから俺は、将来的なものではなく、改めて今の気持ちを言葉にして伝えることにした。

さっき、俺の手紙を読んで芹がそうして欲しいといったように。

 

 

「やっぱり、芹のことを好きになって良かった」

 

「ちょ…! なんでこのタイミングでそんなこと言うのかな!」

 

「仕方ないだろ、好きなものは好きなんだ、それに言葉にして欲しいって言ったのは芹だ」

 

「そうだけど、そうなんだけど~~~!!」

 

 

ポカポカと俺の胸を叩いてくる芹だけど、戯れているようなものなので当然痛くも痒くもない。

けれど、そんな様子もまた、今の俺にはこれまでとは比べるべくもないほど、大切で、守りたい衝動を駆り立ててる。

 

岩戸の前での誓い、あれを反故にするつもりは毛頭ない。

俺は、芹だけの英雄(ヒーロー)でありたい、この先の人生を芹と歩きたい。

漸く見つけることの出来た、俺にとっての、俺だけの、俺に与えられた《祝福》に残りの人生全てを捧げよう。

 

 

「ほら、そろそろ行くぞ。戯れ合うのは夜になってからでも出来るだろ」

 

「よ、夜!? え、いやその私は……嫌ってわけじゃないけど、私達まだ大人じゃないっていうか、パイロットだし、気持ちの準備も…!」

 

「冗談だ。一体、純真無垢な芹さんは何を想像したんですかね……」

 

「~~~~~っ!! シュウの意地悪! 太ももフェチ! 匂いフェチ! 幼馴染萌え!」

 

「おいちょっと待てコラ、後半三個については断固抗議させてもらうぞ」

 

「ふんっ!」

 

 

 

 

 

犬も喰わないなんとやらを一頻り終えた後、何となく、芹の手をとって歩き出す。

芹は何も言わずにその手を握り返し、俺達は指と指を絡ませ合う。

絶対に離したくない、離さないという気持ちが循環するようで、心地良い事この上ない。

 

 

「……綺麗な穹だね」

 

「あぁ…綺麗な、蒼い穹だ」

 

 

手を絡ませたまま、二人で空を見上げれば、どこまでも続いているように思える空だ。

 

今日もまた、誰しもが持っている、限りある人生の内の一日を過ごしていく。

限られた、制限のある、そして対価の必要な平和ではあるけれど、俺はまた今日も、皆で集めた平和を享受する。

いなくなってしまった人の想いと、大切な家族を失った傷と、傍らの大切な存在と一緒に生きていく。

 

 

「帰ろ、シュウ!」

 

「あぁ…って引っ張るな引っ張るな、ちゃんと歩くって。ったく、これじゃあガキの頃と同じだ」

 

「シュウは私が居ないとダメダメだしねー、寂しくてどうにかなりそうって言ってたし」

 

「……くっ! 悔しいけど否定出来ない」

 

「大丈夫大丈夫、私が養ってあげるから」

 

「だからそれは俺が認めないと言ってんだろうが、ヒモは勘弁だ!」

 

「あははっ、シュウの負けず嫌い」

 

 

子供の頃にしたのと同じようなやり取りをしながら、この日々が、一日でも長く続くように。

俺達の明日、そしてその次の日、連続する日々に、少しでも多くの幸せと安らぎがあることを、今はただ願った。

 

手の平に伝わってくる、暖かな命の存在をお互いに感じながら。

 

 

 

 





くぅ~疲れましたw これにて完結です!



2月から書き始めてここまで……いやはや長かったです。
遅筆でごめんなさいね、いやマジで。


さて、結果としてですが、シュウは生存Endと相成りました。
最初あたりの件と、芹のモノローグで誤解させちゃってたらごめんね。

右目は義眼で、病はお姉さんから移植という形で治療ということに。
正直、肝臓の移植による命の危機回避はご都合主義的だと、私自身思ってます。

ぶっちゃけて言いますと、初期段階の構想では、シュウはいなくなる予定でした。
芹に思いを伝えた後、そのまま・・・という形で。
ただ、書いていく中で、『うーん、いなくなるEndは後味悪いしROLっぽい! やっぱり生存Endにするっぽい! うん、決めたっぽい!』という感じでお話の筋道を変えました。

ご都合主義がお嫌いな方、こんなほんわかEndはファフナーじゃない!って方、ごめんなさい。
これは私の完全な我儘でございます。


肝臓の姉からの移植については、本編にも書きましたが遺体は施設に保存されていて良好な状態だったからこそ出来たという設定です。
アルヴィスの施設ならそれくらいできんだろ、って事でそうしました。

右目についても同様、瞳の色は青くなってしまいましたが、それでも高性能な普通の目と遜色ない物を手に入れることに。(エグゾダスでバーンズが付けてた人類軍の義眼もありましたが、あれはエレガントではないとおもったので・・)
この辺は技術の高さだよりになってしまってますね。

ただ、それくらいは出来てもおかしくないだろうと自己完結させました。


さてさて、無事に再会し、想いを通じ合わせた二人でございますが……
最終話で乳繰り合いやがって……と書いてる私自身がそう思ってました。
ただ、『やっとくっついたか…』という感情もあったりです。
それも含めて、ここまで長かったなぁっていう言葉が出てきます。


里奈の乱入もあり、シュウの宣言しようとした何かはお預けになってしまいましたが……
それは又の機会ということにしましょう。
まぁ、大体の人が理解されているかと思いますが。





さて、本編はこれにて一旦完結でございます。
次回からは、後日談を書いていくつもりで。
シュウが目を覚ましてからの数ヶ月を補完する話や、芹と乳繰り合う話とか、広登や暉とバカをやるギャグ回(総士とかもバンバン出していきます)とか、芹と乳繰り合う話とかをお届けできればと思ってます。


ほんわか、のんびり、笑いありのお話をメインにしていく予定です。(本当にそうなればいいね!(黒笑))

で、それが終わった後は、アニメ2期のお話に入っていければと……
まだまだ詳細は詰め切れてないですし、アニメも2クール目を残しているので、
予定だらけのところはありますが、頑張っていければと思っております。

もしよろしければ、もう少しばかり……結構長くなりそうですが、このお話にお付き合い頂ければ幸いです。



それでは最後にお礼を。

ここまで読んで頂いた皆々様、未熟な文章ではありますが、お付き合いいただき有難うございます。
感想たくさん頂いたり、お気に入り登録頂いたり、評価点いれて頂いたり、推薦文書いて頂いたりと……

自分では、結構マイナーな路線で攻めてるかなぁとか思いながら、ほそぼそと、読んで貰える人がいれば
いいかなぁと思って始めたファフナーのお話ですが、ここまで伸ばして頂けるとは思っても見ませんでした。

本当に、感謝感謝でございます。


お話自体はまだ続きますが、続けて読んで頂ければ何よりでございます。


それでは、また後日談にて……

ほな、また……





▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。