蒼穹のファフナー Benediction   作:F20C

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今回は広登→芹視点です。
メインは勿論、芹ちゃんでございます。





穹の蒼 -Ⅳ-

島のコアの成長期、それを乗り越えたことで俺達、いや島が核の炎に焼かれずにすんだ。

理由にしてみれば簡単な話だが、この瞬間を迎えることを俺達がどれほど待ち侘びたことか。

ある意味では、今回の戦いはこの瞬間を迎えるための時間を稼ぐためでもあったのだ。

 

しかしながら、その時の俺にはコアの成長が完了したことに諸手を上げて喜んでいる余裕はなかった。

修哉を乗せたコクピットブロックを手にしたままのフュンフを大慌てでドックに入れたため、そこかしこにぶつかってしまいそうになったが、気にしている時間が惜しかった。

 

俺が運んだ修哉を載せたコクピットブロックはブルグの空きスペースへ運ばれ、俺同様に焦った様子の隠せない広臣さんの手でハッチの開閉作業が行われる。

コクピットブロックが損傷している影響下、なかなか開かないハッチを目にしながら、俺は生きた心地がしなかった。

 

 

「医療班は……!」

 

「ダメだ…!フェストゥムの攻撃であちこちの通路がダメになって……到着に時間が…!」

 

「そんな…」

 

 

俺の問いに、広臣さんは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべながらそう答える。

外での激しい戦闘の余波は、当然竜宮島の外側だけで収まるレベルではない。

地下にほぼ全機能を収めているアルヴィスは確かに堅牢な作りではあるが、それでもやはり限界はあるのだ。

 

加えて、前回の戦いでスカラベ型の触手がアルヴィスに侵入し、施設にかなりの被害も出ている。

時間的にも完全に修復は出来ていないため、未だに脆い部分から綻んでしまったという側面もあるのだろう。

 

 

「…開いた! 修哉くん!」

 

「修哉!」

 

 

と、時間にしてみれば3分ほどだったか、広臣さんがハッチを開き、中でぐったりしていた修哉を担ぎ出す。

俺も修哉の名を呼びながら駆け寄るが、修哉の姿を自分の目で見た瞬間、俺は言葉を失った。

 

顔の半分は右目の負傷によって真っ赤に染まっており、腕や足にも吐血による出血の跡が広がっている。

一瞬、生きているのかどうかも不安に感じてしまったが、呼吸は弱々しくではあるが確かにしている。

それにホッとする間もなく、俺は修哉に呼びかけ続ける。

 

 

「おい修哉…! 返事しろって……! 頼むから……!」

 

「……っく…あ……」

 

「良かった……まだ意識がある!」

 

 

修哉からの返事は、非常にか細いものだった。

しかし、俺達の声に反応を示した、修哉がまだここに居るというその事実の証明に、広臣さんも俺もホッとするばかり。

 

が、だからと言って安堵ばかりを覚えていられない。

依然として修哉は重傷、病による命の危機は去ってなどいないのだから。

その証拠に、修哉の顔色は悪く、呼吸も掠れた音が小刻みに聞こえるのみで、まさに虫の息と言う状態だ。

 

 

「島の機能は元に戻ったはずなのに……」

 

「くそっ……!」

 

 

コアの成長期は乗り越えた。

俺達は核の炎に焼かれることを免れ、こうして生きているのがその証拠だ。

 

しかし、であればこそ、今こうして修哉の病の進行が酷くなっているということの意味が重い。

島の機能が元に戻れば、大人たちの体の不調だけではなく、修哉の病の進行を防ぐ力も元に戻るものだと思っていた。

目の負傷はあれど、少なくとも病の症状は緩和され、希望が見えてくるはずだったのだ。

 

とすれば、自ずと嫌な結論が顔をのぞかせる。

修哉の病の進行が、すでに島の力によって抑えられないレベルに至っているのでは……とそこまで考えて俺は頭を振ってその考えを振り切ろうとする。

 

しかし、憎たらしいことに、一度そう認識してしまったイメージはそう安々とは拭えない。

背筋に嫌な汗が浮き上がり、気が遠くなりそうになる。

徐々に衰弱していく修哉を前に、俺は何も出来ない、無力感で体が支配されそうになっていた。

 

と、俺がその感覚に負けそうになっていた時だった。

シュウが弱々しいながらも、小さく口を開き、言葉を発したのは。

 

 

「……せ…り…」

 

「っ!」

 

 

自分がこんな状態になりながらも、修哉の頭にあったのは芹のことだけだった。

呆れた……とは言うまい、今のシュウにとっては、芹が全てに等しいのだから。

それに、それくらいでないと……それくらいに芹を想ってくれていなければ、俺の立つ瀬がない。

 

そして、決してそれは修哉に限ったことではなかった。

修哉がそうであるように、芹もまた、修哉のことをただひたすらに想い続けていたのだから。

 

だからこそ、彼女もまたここまで来てしまったのだろう。

 

 

「シュウ……」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

戻ってきた……いや、長い長い明晰夢から目が醒めたようなそんな感覚。

目を開けると赤みがかった鈍い光が、数日ぶりの情報のやりとりに使用された視神経をやや強く刺激する。

その刺激に小さな声が口から漏れ出すが、なんとか耐えながら瞼を完全に開く。

そこが岩戸の中であることを理解するまで、そう時間は掛からなかった。

次いで自分が現実の世界に戻ってきたのだと、島のコアの代替者としての役割を終えたのだと理解できた。

 

体が重い……いや、重いというよりも支える力が弱くなっているような、そんな感じだ。

体を見れば、島との同期を行うための器具は取り外されており、医務室でよく身に付けていた患者用の衣服が着せられていた。

 

 

「目が覚めた?」

 

「千鶴……先生……」

 

「ありがとう……あなたのお陰で、島もコアも…私達も救われた……」

 

「あ……」

 

 

目を覚ました私を心配そうな表情で見つめるのは、千鶴先生だった。

いつもの白衣は何があったのか真っ赤に染まっており、一瞬誰かが大怪我でもしたのかと思ったが、目の端で捉えたヒビの入った代替カプセルを見て、中の液体が漏れだしてしまったのだと分かってホッとする。

そして先生の言葉を聞くことで、私が何とか自分の役割を全うすることが出来たのだと知って安心を覚えた。

 

しかし、それと同時に私は意識を失う前、乙姫ちゃんとの再びのお別れをした際のことを思い出す。

儚いながらも、憂いの欠片もない、陽の光の暖かみを感じさせる笑みを浮かべた乙姫ちゃんの言葉を。

 

 

『目が醒めたら、すぐに修哉に会いに行ってあげて』

 

「っ! シュウ!」

 

「た、立上さん!?」

 

 

突然起き上がり、それどころか歩こうとする私を見て、先生は驚いた声を出す。

しばらく動かすことの出来なかった体は中々私の言うことを聞いてくれず、転びそうになるが、先生がそれを支えてくれる。

 

自分が体力的にも肉体的にも摩耗していることは明らかだと理解はしていたけれど、それでも私には行かなければならない場所が。

会わなければ、会いたい人がいたのだ。

 

 

「あ……うぅ……」

 

「一体どうしたの? あまり無理をしてはいけないわ、あなたの体はとても動けるような状態じゃないのよ」

 

「でも……行かないと……シュウのところに行かないと……行きたいです…!」

 

「立上さん……」

 

「お願いします……!先生、私をシュウのところに行かせてください……!」

 

 

そう言って、私は走り出す。

とは言っても、いつもの学校の体育の時間で走るようなスピードなど出るはずもない。

早歩きくらいの速度が精々といったところで、岩戸の出口まで辿り着くのにも一苦労だった。

 

減衰した筋力に体力、体中が悲鳴を上げて私の歩みを止めようとするが、今はそんなものに負けている場合じゃなかった。

シュウに会いたい、シュウが待ってる、声が聞きたい、頑張ったなって褒めて欲しい、頑張ったねって褒めてあげたかった。

 

 

「……仕方がないわね」

 

「あ……千鶴先生?」

 

「本当なら、真っ先に検査を受けてもらって、入院してもらうべきところだけど……」

 

 

そんな私に肩を貸してくれたのは、困った表情を浮かべた千鶴先生だった。

先生が補助してくれることで、歩く速度は少しばかり向上し、私の体に掛かる負担も随分と楽になった。

 

どうして…と伺うように先生に視線を向け直すと、先生は苦笑しながら答えてくれる。

 

 

「誰かを想って必死になる気持ちは理解できているつもりよ……」

 

「先生………ありがとうございます…」

 

 

そう言って、私は再び歩くことだけに意識を向ける。

目指すのはファフナーブルグ、マークツヴァイが、シュウが帰って来ているであろう場所。

やはりと言うか何と言うか、そこまでの距離は素直に進もうとするとそれなりの距離。

エレベーターで上階まで上がったところまでは順調で、逸る気持ちを抑えながらもブルグへ続く通路を進むことが出来ていた。

 

 

しかし、目の前で天井が崩れ、瓦礫によって完全に塞がっている通路を前に、その歩みは止めざるを得なくなってしまった。

 

 

「これは……」

 

「恐らく、戦闘中に崩れたのね……前回の戦闘によるダメージの補修はまだ完全でなかったはずだから。これは遠回りするしか…」

 

「そんな……」

 

 

こんな風に使い物にならなくなっている通路がここだけとは思えない。

下手をすれば、ブルグへのルートを一つ一つ潰していく必要があるかもしれない……が、そんな時間はない。

別に急がないといけないと誰かに言われたわけじゃなかったけれど、何故だろうか。

 

妙に気持ちが逸り過ぎているというか、急いてしまっている。

まるで、自分の中の嫌な予感を打ち消したくて、安心を得たくてシュウに会いたいと思ってしまっているような。

 

 

と、私達が途方に暮れながらも別に道を探そうとした時だった。

やや大きな轟音と共に、崩落した通路とは反対側の隔壁がひとりでに開いたのだ。

 

 

「……二年前と同じ…島の導き…ということかしら」

 

「乙姫ちゃん?……それとも……」

 

「兎に角、進んでみましょう。方向的にもこの通路はブルグの方向に伸びているわ」

 

「は、はい…!」

 

 

千鶴先生の言う通り、これは島の導きなんだろう。

それは果たして乙姫ちゃんの意思なのか、それとも今の島のコアの意思なのか……それを推し量ることは出来ないけれど、私をシュウのところへ導いてくれる事に、感謝するばかりだった。

 

 

そこから先は、何の障害もなく示された道を進むだけ。

ブルグまでのルートの最適解、それを示すように、『こっちだよ』と教えてくれるように隔壁が自動的に動くことで次々と道が生まれる。

 

果たして、千鶴先生に支えながら歩いた私の目の前にブルグの出入口、ややゆるやかな階段から溢れる照明の光が見えてきた。

後は一本道を進むのみ、逸る気持ちを抑えながら通路を歩き、階段を登る。

息は切れ、肩で息をしてしまっているし、額には汗が滲んでいるが、あと少し、あと少しと自分を鼓舞しながら足を動かす。

 

ーーーそして。

 

 

「シュウ……」

 

 

漸くブルグに辿り着いた私の目に、会いたくて仕方のなかった人の姿が映る。

再会したら何から話そうか、怪我は大丈夫だろうか、病気は大丈夫だろうか……あの時の答えを聞かせてくれるだろうか。

ここに来るまでの時間、歩くことに加えて頭の中はそればっかりだった。

 

しかし、私の目に飛び込んできたシュウの姿は、そんな考えを一瞬で吹き飛ばしてしまった。

顔の半分は血まみれで、口元には吐血の跡、体のあちこちが赤色に支配されている。

 

 

「シュウ!!」

 

「立上さん!」

 

 

千鶴先生の静止を振り切り、思うように動かない体のことなど度外視して走り出す。

脚が、肺が、体中が悲鳴を上げるが知ったことか。

こんなもの、シュウが今まで味わってきた苦痛に比べれば比べることすら痴がましい。

 

走って走って、つんのめりそうになりながらも、ブルグの一角で広登と広臣さんの間で横たわっているシュウの元に向かう。

 

 

「シュウ……!ねぇ、シュウってば……返事して…!」

 

「芹……」

 

「っ! 五島さん、すぐにストレッチャーの用意を! すぐに治療室に運びます」

 

「は、はい!でも医療区画までの通路は……!」

 

「私と立上さんが通ってきたルートなら通じているはず。だから急いで!私も修哉くんの容態を確認したら準備に向かいます!」

 

 

シュウの側に倒れ込みそうになりながらも辿り着き、グッタリしているシュウの体を抱き起こす。

そんな私の姿を見て、広登が辛そうな、申し訳無さそうな表情をする。

広登の表情から、シュウがどれだけ危険な状態なのかが如実に伝わってくる。

 

シュウの姿を見た千鶴先生も、少し焦りを含みながらも冷静に五島さんに指示を出し、シュウの容態を確認する。

 

 

「先生!シュウ、大丈夫ですよね……! 助かりますよね…!?」

 

「………」

 

 

私は半ば錯乱しかかった状態で千鶴先生にそう尋ねる。

けれど、先生は何も答えてはくれない……それは私の中でのシュウの未来を暗いものに彩るには十分だった。

 

いや、駄目だ駄目だ!私が諦めてどうする。

シュウは私に言ってくれた、『芹だけの英雄(ヒーロー)になりたい、この先ずっと』って。

だったら、私がそのシュウの言葉を信じないでどうするんだと、諦観を覚えそうになる心を奮い立たせる。

 

 

「う…ぁ…」

 

「っ! シュウ……良かった…私の声聞こえる?」

 

「芹……?」

 

「うん…!うん…!私だよ…」

 

 

そして、そんな私の想いを感じ取ってくれたのか、シュウが弱々しくではあるものの口を開く。

シュウが私の名前を読んでくれたことにホッとすると同時に、直接自分の耳に届くシュウの声が私の中に馴染んでいくような感覚を覚えた。

求めていたものを手に入れられたような、喉がカラカラに乾いた状態で水を飲むことが出来た時に味わう、あの感覚に似ている。

 

シュウは血まみれで開かない様子の右目はそのままに、少し彷徨わせた左目で私の方を見る。

呼吸は弱く、今にも止まってしまうんじゃないかとハラハラさせられるが、それでもまだ意識があるという僅かな希望に私は縋り付いた。

 

 

「悪い……目がダメになって……お前の顔…見えないんだ……」

 

「シュウ…」

 

「……でも…お前の声は……ちゃんと聞こえる……すごく……ホッとする声だ」

 

 

言いながら、シュウは震える左腕を上げ、私を探すように彷徨わせる。

そんなシュウの手を取り、いつかそうしたように、私の頬に手を当てる。

私はここだと、貴方が守ってくれた女の子はここに確かにいるんだと、シュウに感じてもらえるように。

 

私の感触を確かめるようにシュウの手が少し動き、少しくすぐったさを感じながらも、不思議な満足感があった。

シュウに触れてもらえるだけで、どうしようもないくらい幸せだった。

 

 

「お前のこと……守るって言ったのに……ニヒトに……勝てなかった……ごめんな……」

 

「そんなこと無いよ…! シュウは私の事ちゃんと守ってくれてたよ! こんなボロボロになってまで……守ろうとして…!」

 

 

シュウが文字通り命を削って戦って、島を、私を守るために全力を注いでくれていたことも。

絵梨さんを失っても、家族を失ってもなお、それでも、と広登たちに支えられながら立ち上がってくれたことも。

最初から最後まで、ちゃんと見ていたのだ。

 

シュウにそう言いながら、気が付けば私は乙姫ちゃんとの別れの時同様、ポロポロと涙を流してしまっていた。

悲しいのか嬉しいのか、それとも両方の感情なのか、もう自分自身の中がグチャグチャでよく分からなかった。

 

 

「戦ってる時も……ずっと……芹に会いたかった……」

 

「うん…!」

 

「姉ちゃんも……いなくなって……寂しくて…苦しくて…痛くて……死ぬかもしれないって……それが怖くて……」

 

「うん……!」

 

「お前が…傍にいてくれないのが……耐えられなくて……どうにかなりそうだったんだ……」

 

「うん……!うん…!」

 

 

シュウもまた、開いている左目から涙を流しながら、途切れ途切れではあるけれどそう呟いていく。

怖い、痛い、苦しい、寂しい、耐えられない。

今までのシュウなら自分の内側に溜め込んで決して見せてくれなかった弱い部分、私がいないことでそれを強く感じてくれたことが少し嬉しいと感じてしまう当時に、寂しい思いをさせてしまったことに申し訳無さを感じた。

 

普段は少し怖いくらいに強い精神力を持っているけれど、シュウは……その実はこんなにも弱い人なんだ。

この人には、私がいないとダメなんだと、そんな一見すると思い上がったような気持ちすら、今のシュウを見ると当て嵌まるくらいに。

 

私はシュウの心から絞り出されるような言葉に、私は更に涙を流しながら『うんうん』と頷き、頬に当てたシュウの手を強く握る。

シュウの手から感じられる暖かさ、シュウがまだここにいてくれるという事実が消えないように、たぐり寄せるように。

 

 

「だから……また会えて……良かった……本当に……良かった…」

 

「私も……ずっと会いたかったよ……こうして、また話して…触れて欲しかった……どうしようもないくらいに」

 

「そうか……」

 

「うん……そうなんだよ……だって私はそれくらい…シュウのことが好きだから」

 

 

もう恥ずかしさなど欠片もない。

自分の中の確かなものを言葉にするだけだった。

 

ずっとずっと、無意識の内に自分の気持ちを見て見ぬふりをして、今の居心地のいい、ちょうどいい関係を続けられればそれでいいと思っていた。

けれど、心の奥底ではずっと『それ以上』を望んでいて。

今回のことで、その心に素直になって、自分の気持ちを、本当の望みを知ることと受け入れることが出来た。

 

沢山辛い思いをした、沢山痛い思いをした、沢山苦しい思いをした、沢山のモノを、人を失った。

でも、決してそれだけではなかった、得たこと、知ることが出来たこと、認めることが出来たことも確かにあった。

それは私に限らず、皆がそうであったはずだ。

 

だから私は、無くしたものを取り戻すのではなく、また新しく始めるために、新しく得ることが出来たモノを、気持ちを伝えた。

 

 

「ありが…とう……芹」

 

「……」

 

「俺のこと……好きになってくれて」

 

「うん……」

 

 

シュウの感謝の言葉。

苦しいはずなのに、その言葉の色には感謝と嬉しさとが入り交じっていて。

決して後ろ向きな色は見えなくて。

 

 

「ずっと……俺なんかいないほうがいいって……そう思ってた……けど……」

 

「皆のお陰で、芹のお陰で……芹が俺を好きになってくれたから……ここにいて良いんだって…ここにいたいって……思えるようになった…」

 

「芹が……想ってくれているなら……自分のこと……これからは……少し……好きに…なれそうな気がする…」

 

 

頬に当たる手がまた動く。

私の存在を確かめるように、欲しているように、柔らかく動く。

 

 

「やっぱり……芹は……凄いな……」

 

「……え?」

 

「俺をこんなに……変えてくれた……いろんな気持ちを…教えてくれた……」

 

「……そうだよ……誰かを好きになった女の子は…私は……凄いんだから…」

 

 

私を変えてくれたというのなら、いろんな気持ちを教えてくれたというのなら、それはシュウだって同じだ。

こんなに苦しくて、痛い思いもするけれど、それ以上に暖かくて素敵な気持ちを教えてくれて、私を立上芹というただの幼馴染から、女の子に変えてくれた。

感謝をするのは、私だって同じだったんだ。

 

 

「あぁ……だから……俺は…そうだったんだ……これは…やっぱり…間違いなんかじゃ……ない」

 

「シュウ…?」

 

 

それは自分へ向けた言葉だったのか、自身に証拠を突き付けるかのような言い方だった。

 

そして、そこで漸く私は気が付いた。

頬に当てられていたシュウの手が、どんどん冷たくなっていることに。

まるでシュウの命が、炎が消えてしまうことを表すように、時間の経過と一緒にシュウの暖かさが、シュウがここに居る証明が薄らいでいくのを感じた。

 

弱々しくも開かれていた目蓋が、閉じていく。

少し疲れたから休みたいと、まるで眠ることを許して欲しそうに、ゆっくりと。

 

 

「いや……シュウ、ダメ! 寝ちゃダメ…!!」

 

「…………」

 

「これから…だよ! まだ何も始まってもないよ…! まだ約束も、シュウの答えも聞いてないよ…!」

 

「………」

 

 

必死に呼びかける、私の声でシュウの命を繋ぎ止められるのならば、いくらでも叫んでやろうと必死に。

けれど、シュウの目蓋は閉じることをやめようとしない。

シュウの意志とは関係なく、生き物としての限界を迎えたシュウの体が、最後のスイッチを切ろうとしているかのように。

 

嫌だ。

シュウがいなくなる、私の手の届かないところに行ってしまう。

もう笑いかけてもらえなくなる、二度と話せない、手も握れない、膝枕してあげられない、抱きしめてもらえない、抱きしめることも出来ない、キスだって。

これからの時間で沢山したかった、してあげたかったこと全て、シュウに私の全部をあげたいという想いも全て、叶わなくなってしまう。

 

そんな恐怖心から、私は留まることのない涙をそのままに、シュウに抱きつく。

何処にも生かせないと、私の傍から離れさせないと、シュウの体に訴えかけるように、シュウを何処かへ連れて行こうとする『何者か』から守るように。

 

 

「……芹……」

 

「やだ、やだよ……いなくなっちゃ…やだよ……シュウ……! 置いて……行かないでよぉ……」

 

「……あぁ……俺は……何処にも…行かない……ずっと…約束…しただろ……だから……」

 

 

シュウの右手が、私の頭を撫でる。

大丈夫だと、私を安心させるように、優しく撫でる。

 

そして、シュウは私の耳元で小さく呟く。

今のシュウに残された最後の力を振り絞るように。

 

 

「……俺も……芹の……ことが………」

 

「っ…!」

 

 

言葉の続きを、シュウの思いを受け取ろうと、待った。

 

ーーーしかし。

 

シュウの声の代わりに、パシャンッ…と、シュウの右目の怪我から滴っていた血液によって出来た血だまりに、何かが落ちる音がした。

その音と同時に、さっきまで私の頭を優しく撫でてくれていた手の感触がなくなる。

 

見れば、血だまりにはその右手が、私を撫でていてくれた右手が力尽きたように横たえられている。

 

シュウの体から、力が抜けている。

さっきまで、私にその存在を感じさせてくれていた何かが、消えていた。

 

 

「……シュウ…?」

 

 

シュウの名を呼んでみても、返事は帰って来ない。

抱きついていたシュウから体を離し、彼の顔を見る。

 

さっきまで少し開いていた左目の目蓋は、完全に閉じられている。

どこか安心を得たような、あどけない子供のような表情のまま、まるで眠っているようだった。

 

 

「シュウ……? 続き……なんて言おうとしたの……? よく……聞こえないよ…?」

 

「……芹…」

 

「広登? 広登からも言ってよ……続きがあるならさっさと言えって……」

 

「………っく!」

 

 

そう私が言うと、広登は顔を背け、静かに涙を流し出す。

それの意味するところを……私は理解できなかった……いや、単純にしたくなかった。

 

それを認めてしまったら、シュウが本当にいなくなってしまうような気がして。

 

 

「シュウ……私……ちゃんと聞いてるよ……? ねぇ……シュウってば……」

 

 

答えなんか、もうどうだって良かった。

ただ、返事をして欲しかった、私に声を聞かせて欲しかった。

それ以上のことはもう望まないから、お願いと……ただひたすらに願った。

 

 

ーーーけれど、シュウが私の声に返事を返してくれることは無かった。

 

 

 

 





今回は多くは語りません、これが全部でございます。


次回、最終回話です。


ほな、また・・・

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