蒼穹のファフナー Benediction   作:F20C

26 / 33
ファフナー円盤4巻買いましたよ~
新次元戦闘での芹ちゃん腹パンシーンでまた悲鳴あげてました。

もうやだ、完全にトラウマになってる。


今回は芹→シュウ→広登→シュウの順番で視点を動かします。




穹の蒼 -Ⅱ-

空が、蒼い空が見たいと、ただただそれだけを願ったのは、思えば生まれて初めてだったかもしれない。

ファフナーに乗って、フェストゥムと戦って、傷付いて。

何かに縋ろうと、常に不変、いつもそこに在った空を見ようとして、それが見えなくて、大きな声で泣いてしまった。

 

そして今なお、空はその蒼さを私達に見せてはくれていなかった。

代わりに竜宮島を彩っているのは、朱色の侵略者と、それを打ち倒そうとするファフナー。

 

そして、敵の攻撃の手段となった人類の希望となるはずだったモノ(マークニヒト)と、私が生まれて初めて好きになった人が命を懸けて駆っているファフナー。

その両者がお互いの武装、能力を以て繰り広げている激しい戦いの色だった。

 

 

「……っ!」

 

 

戦況は圧倒的に不利だ。

フェストゥムの猛攻に防衛ラインは徐々に下がりつつあり、エウロス型、マークニヒトの攻撃によって傷付いたファフナーもある。

その光景を目の当たりにし、赤ん坊、島のコアを抱いた乙姫ちゃんが僅かに不安げな声を口から漏らす。

 

島のコアとして、常に冷静に、同時にその暖かな心のあり方を失わなかった彼女が見せる怯えた表情。

島の現状は、乙姫ちゃんにそんな顔をさせるまでに追い詰められているということだ。

 

 

「大丈夫……怖くないよ、乙姫ちゃん」

 

「芹ちゃん……」

 

「何があっても皆が、シュウが守ってくれるから」

 

 

そんな彼女を守る、それが私が今ここに居る理由だ。

そして、怯える彼女を抱き寄せながら、私は諭すような口調でそう言葉を紡いでいく。

大丈夫なんだと、怖がる必要なんて欠片もないのだと、教えてあげるために。

 

シュウは私の英雄(ヒーロー)になると言ってくれた、ずっとそう在り続けると言ってくれた。

シュウは約束を破ったりしない、そんなこと疑うことすら馬鹿馬鹿しい。

私がやるべきことは、シュウの言葉を信じて待つ、そしてシュウの命を繋ぐために島の命を守ることだ。

 

 

「(シュウは帰って来る……私のところに帰って来てくれる……!)」

 

 

それもまた、確信出来ることだった。

そして、始めるんだ、この島での穏やかな生活を。

失ったものも含めて、また一から始めて、続けていくんだ。

 

もしシュウが私を受け入れてくれたなら……まずは何をしてあげようか。

正直なところ、一杯あり過ぎてどれから手を付けていいのかも分からない……けれど、『沢山あり過ぎる』ということが妙に嬉しく感じられた。

 

 

と、私が乙姫ちゃんを励ましながら、そんな考えに耽っている中。

暗い色に染まった空が割れ、光り輝く結晶で出来た柱が竜宮島に降り立とうとし始めていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

空から地面に向かって伸びる、結晶体が集合して成り立っているようにも見える、巨大な柱。

フェストゥムの船から伸びていると思われるそれは、島を直接同化、食らうべくその高度をゆっくりだが確実に下げていた。

島もCDCに詰めている溝口さんが指示したのだろう、柱の直撃を避けようと移動しようとしているのを体に伝わる揺れが物語っている。

しかし、どう頑張っても間に合わない。

 

 

「あれは……」

 

「……君達が戦いを続けるから、俺達の仲間を傷つけるから……ミールがこの島を直接同化しようとしているんだ…」

 

 

数回の攻防を経て、空中でお互いの機体を対峙させていた俺と来主操も、その光景に息を呑んでいた。

俺の呟きに、自身のミール()のやろうとしていること、選択を理解した来主操はただ静かに、その内容を俺に伝えてくる。

 

その内容は、今マークニヒトの相手をしている俺にとっては、当然好ましいものではなかった。

 

 

「(どうする…?ここでニヒトを放ってあの馬鹿でかい柱を何とかするか……いや、そうなったら次はニヒトに島を喰われかねない…!)」

 

 

あちらを立てればこちらが立たず、とはまさにこういう事なのか。

いや、それ以前の話としてマークニヒトから一瞬でも目を離すという発想自体ナンセンスだ。

そんな事をすれば、自分自身が真っ先にやられるのは目に見えている、そうなればどの道島は終わり。

 

このまま島が同化されれば、今コアの身代わりをしている芹が……

 

 

『うおおぉぉぉぉおお!!!』

 

 

と、あと僅かで結晶体で構成された柱が島に降り立とうというところで、それを阻むかのように広登のマークフュンフが躍り出る。

イージス装備を展開し、柱の真下で待ち受けているが……まさか、あれを受け止めるつもりなのか!?

 

と、俺がそう考えた内容をそのままなぞるように、広登は躊躇いもなくイージス装備でフェストゥムの柱を受け止めた。

イージス装備と柱が衝突し、かなりの光量が視界を覆っていく。

 

 

「バカ広登…! そんなもん一人で受け止められるわけ無いだろ!!」

 

『うっせぇ…! お前こそ、一人でニヒトに突っ込んでいきやがって! 人の事言えねぇだろ!』

 

「っぐ…!」

 

『それになぁ…!こんな棒きれ一本、俺一人で十分だっつーのぉ! 2代目ゴウバイン舐めてんじゃねェェェ!!!』

 

 

なおもニヒトのワームスフィアを回避しながら、俺は広登に叫ぶが、あちらもあちらで負けない声量で怒鳴り返してきた。

…確かに、今回ばかりは広登に返す言葉も無い。

 

カノン先輩のことを広登に助けさせるところまでは予定通りだったのだが、そこから先の単独戦闘は完全に俺の独断だ。

マークニヒトの姿を見て、来主操の諦観に溢れた言葉を聞いて、自分でも驚くほどに頭に血が上ったのだ。

 

 

『こっちは俺が何とかする! お前はお前のことに集中しろ!』

 

「……分かった」

 

 

クロッシングを通して広登の意志を受け取った俺は、再びマークニヒトとの戦闘に集中する。

こっちは単機、それも陣地を取られそうになり、まさに詰む一歩手前だが、マークニヒトの猛攻は収まるどころかさらに激しくなっているように感じる。

 

それはまるで、自分の意に反することをせざるを得ない状況に絶望している、来栖操の苦しみをマークニヒトが力に変えているかのようでもあった。

憎しみ、苦しみ、怨嗟、負の感情をエネルギーに変えるなど、ますます魔的なファフナーだ。

 

 

『どうして…! どうして分かってくれないんだ!! 俺は君達と戦いたくなんて無いのに!』

 

「それを俺に言ってどうする! 今その俺達と戦っているのは誰でもないお前だろうに!」

 

 

他者を完全に、完璧に理解することなど出来ない。

そも、自分自身のことすら満足に理解しきれない人間が、他人を理解し切ることなど不可能なのだ。

 

人間がお互いに誤解もなく、ただ純粋にお互いに理解し合えるなどというのは夢物語、いやお話にするのも馬鹿馬鹿しい。

そんなことが現実にできているのなら、人間はとうの昔に武器など捨てて、頭に花でも咲かせているだろう。

 

完璧から一歩引いた、未完成な理解への到達。

そんな、人間同士が歩み寄れる限界領域に少しでも近づく事しか、今の人間には出来ない。

 

それを考えれば初対面の、それも自分とは思想も文化も全く異なる侵略者を瞬時に理解することなど、今の人間には不可能なのかもしれない。

 

 

「矛盾しているんだよ…! 戦いたくないと言いながら、なんだお前は!」

 

『それは…!』

 

「そんな泣き言は、融通の利かないお前たちの神様にぶつけろ! 俺達に押し付けるな!」

 

 

そんな来主操との問答を繰り返しながら、マークニヒトとマークツヴァイの空中戦は続いていた。

マークニヒトのワームスフィアを回避しながら、二刀のルガーランスを咆哮させる。

二筋の光はニヒトに向かって正確に伸びはするものの、先ほどの不意打ちのように安々と命中はしてくれるはずもない。

 

来主操の叫びに呼応するように、マークニヒトはその凶悪なフォルムの機体を空中で翻させ、ルガーランスの射撃を回避し、俺目掛けて距離を詰めようと突っ込んでくる。

 

機体のスペックで勝てないのは百も承知しているし、馬鹿正直に付き合ってやる必要もない。

距離を詰めてくるニヒトに対し、予め展開しておいたリディルを使って背後からレーザーで攻撃を行う。

 

 

『ぐあっ!?』

 

 

馬鹿正直に突っ込んでくる相手だけに、背後からの攻撃の準備を整えるのも容易い。

リディルの放った赤色のレーザーはニヒトにの脚部に命中する。

惜しむらくは、通常のスフィンクス型であれば屠ることも可能であるリディルの攻撃力も、ニヒト相手ではやや力不足というところか。

命中はしたものの、ランスで攻撃した時のような大きなダメージには繋がらない。

 

 

「(やはり、決定打になるのはルガーランスか。リディルは陽動と囮に使う…!)」

 

 

しかし、だからと言ってそこまで大きな問題ではない。

機体スペックが段違いなのは、最初から分かっていたことだ。

ならば、力勝負での戦闘などあり得ないし、そんな敵に有利な条件で戦ってやる義理もない。

要するに勝てばいいのだ、どんな手段を使っても、姑息な小手先の技を使ったとしても。

 

 

『俺は君達の敵になりたくなんて無いのに……!』

 

「だから言ってるだろう、自分の意志があるならそれに従え! それを押し通してみせろ!」

 

『ミールは俺の言うことなんて聞いてくれない!』

 

「あぁ、お前がそうやって諦めてる限りはそうだろうな。そして同時に、お前がこの島を喰おうとする限り、俺はお前の敵だ」

 

「……っ!」

 

「お前が『そっち側』でいるのなら、俺がやることはお前の体の風通しを良くすることだけだ」

 

 

そう、『来主操が俺にとって敵で在り続ける限り』、俺はそれを徹底的に撃滅し、殲滅するための手段をいくらでも講じよう。

俺はこの島を、芹を守り、敵はそれを奪おうとしている。

ならば俺の選択する道はひとつしか無い、利害が一致しない相手と行う痛みを伴う交渉、それが戦争だ。

 

こいつが未だに理解できていないのであれば何度でも言ってやろう、俺の大事なものを奪おうというのなら、戦争するしか無いのだと。

お前がいくら平和を求める気持ちを持っていたとしても、それを行動に移して事を動かさない限り、侵略される側はそれに抗うのだ。

 

 

「お前、ここ最近ずっと一騎先輩と一緒にいたんだろう! 沢山話をしたんだろう! その時、一騎先輩が何を言ってたか思い出してみろ!」

 

『……一騎…一騎は…!』

 

「一騎先輩だって言ったはずだ、自分の神様と戦えってな!」

 

 

言いながら、四方からリディルを射撃モードに固定して攻撃を放つが、マークニヒトはそれを回避しながらリディルの一基をワームスフィアを発生させて破壊する。

リディルの数が減ったことは痛くはあるが、陽動、囮に使うと決めた以上は想定に入れていたことだ。

問題は、その対価をどこまで支払えばニヒトに致命的なダメージを与えられるか、そこに尽きるのだ。

 

戦い方も、腹も決まった。

なら、あとはやるだけだ。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「ぐ…うおぉぉぉぉぉおお!!!」

 

 

イージス装備が軋み、脚にはかつて無いほどの重みと負担がかかり、マークフュンフが悲鳴を上げている。

そして、その負担はファフナーと一体となっている俺の体にフィードバックされ、俺は唸り声を上げながら、俺を押しつぶして島を喰おうとしているフェストゥムの柱の結晶体を受け止め続ける。

 

重い!重い!重い!重い!重い!重い!

そんなシンプル、且つ俺を襲うモノを表すには、何の捻りもない言葉が何重にも頭を駆け巡り、俺の心を砕こうとする。

 

しかし、それに屈した時が俺の命の終わりであると同時に、島の終わり、全ての終わりを意味していた。

声を張ることで自分を鼓舞し、仲間がもっときつい相手に一人で戦っていることを自分に言い聞かせ、体にムチを打つ。

 

 

「伊達や酔狂で……竜宮島のアイドル兼二代目ゴウバインやってんじゃねぇんだよおぉぉぉぉ!!」

 

 

押し返す!押し返せ!

現状維持などクソ食らえ、やるからには押し勝つのみだと、軋む腕と足、腰……いや全身の隅々にまで脳が命令を送り、その命令はマークフュンフを動かす命令ともなる。

 

 

「俺が…俺が守るんだ…!」

 

 

空から押し寄せる侵略の力を凝縮したかのような塊、その力と拮抗する。

精神的な話をするのであれば、どこまででも付き合ってやろうという気概はある。

しかしながら、マークフュンフのイージス装備がいつまでこの負荷に耐えていられるかという物理的な制約がある以上、長時間この状態を保たせることは不可能だ。

 

ままならないことに、『修哉…早いとこそのバケモンぶっ飛ばして、助けに来てくれ!』とは口が裂けても言えない。

それは意地や少し前まで燻っていた修哉への対抗心ではなく、マークニヒトと対峙しているアイツに対してそれを要求することが酷なことだと分かっているからだ。

こっちに気を取られれば、修哉の方が落とされる可能性はグンと高くなる。

 

八方塞がりとはこのことかと、少し諦観を覚えてしまいそうになる自分に活を入れながら、せめて修哉とマークニヒトの戦闘がどうなっているかを確認する。

ファフナーのコクピット越しに見える空では、マークニヒトとマークツヴァイは未だにドッグファイトを演じていた。

 

空中での高速戦闘、正直なところ目で追うのがやっとなほどのレベルのそれは、飛行適正がそこまで高いものではなかった俺にとっては異次元の戦いにも見えてしまう。

 

 

マークニヒト、マークツヴァイがそれぞれ持つルガーランスによる射撃の応酬。

ツヴァイのリディルによるオールレンジ攻撃、マークニヒトのワームスフィア。

青と赤、濃い紫色、それぞれの攻撃によって生まれる色が空を彩って行くその様は、思わず綺麗だと思ってしまう程だった。

 

 

「流石だ……やっぱりよぉ!!」

 

 

気が付けばそう叫んでいた。

同時に、自分も修哉の奮闘に見合う…いいや、それ以上の事をしてやろうという気持ちすら湧いてくる。

1cm、5cmと光の柱を押し返す、たとえ数字にすれば極小な前進だったとしても、その価値は決して無駄ではないのだと。

 

そして、それと同時に修哉の戦闘も転換期を迎える。

 

マークツヴァイが4基のリディルをマークニヒトに対して、なんと真正面から突っ込ませたのだ。

エネルギーフィールドを展開して格闘モードに変化させたリディルは、真っ直ぐにマークニヒトに向かっていく。

リディルの射撃攻撃では、ニヒトの堅牢なボディに有効なダメージが通らないことを考慮してのことなのか、いやそれにしては、修哉にしては考え無しの攻撃だと違和感を覚える。

 

果たして、その違和感は次の瞬間の修哉の行動によって霧散することになる。

格闘モードにして突っ込ませたのとは別の、射撃形態のリディルがレーザーによる射撃を行ったのだ。

その攻撃対象は、『今しがた突撃させた4基のリディル』。

 

 

『なっ!?』

 

 

リディルのスラスター部分を狙った赤色のレーザーは、正確にそれを撃ち抜き、4基のリディルはマークニヒトの眼前で爆発、四散する。

その爆発によって瞬間的に生み出された爆風と煙によって、マークニヒトの視界が僅かな時間ではあるがブラックアウトする。

 

リディルを真正面から突撃、攻撃させると見せかけて、その実はただの目眩まし、囮に使うのが修哉の目論見だったということか。

そして、4基のリディルを対価として差し出し生み出した好機を、アイツが見逃すことはなかった。

 

果たして、俺は気が付けば叫んでいた。

 

 

「いけぇ!! 修哉ぁぁ!!」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「うおぉぉぉおおお!!」

 

 

爆風の中を突っ切り、ツヴァイの姿を見失ったマークニヒトに奇襲を仕掛ける。

視界を失い、動きの止まったマークニヒトの胸に、ツヴァイの右手に装備したルガーランスが容赦なく突き立てられる。

 

深々と突き刺さったルガーランスを手にしたまま、マークツヴァイは背部のスラスターの稼働率を最大限にまで引き上げ、加速。

マークニヒトを串刺しにしたまま、地面に向かって一直線に飛ぶ、落ちていく。

 

 

『ぐあああぁあ!!』

 

 

重力とスラスターによって生み出されるエネルギーに従い、轟音を立ててマークニヒトを地面に叩きつける。

来主操の悲鳴めいた声が響くが、マークツヴァイは尚もルガーランスを離さない。

加えて、さっきカノン先輩にそうしたようにルガーランスをへし折られて反撃される可能性も考慮し、左手に装備したルガーランスでマークニヒトの右腕、その手のひらを刺し貫き、地面に磔にして動きを止める。

左手はさっき俺が吹き飛ばし、もげたままの状態であることから、マークニヒトといえども数瞬の内にこの体勢から脱することは不可能だろう。

 

そして、こいつを滅ぼすためのプロセスに、残り時間はさして掛からない。

胸に突き刺さしたルガーランス、こっちのランスのエネルギーを開放すれば、マークニヒトのコアを直接攻撃できる。

さしものザルヴァートルモデルも、コアを木っ端微塵にされればただでは済まないはずだ。

 

 

『っく……!』

 

「もうこれ以上の問答をする時間はない……残念だが来主操、ここまでだ」

 

 

多分、来主操自身は本当にこんなことは望んでいないのだろう。

こいつの言う通り、フェストゥムにとってミールに逆らうということは不可能で、来主操からすれば俺の、一騎先輩の言っていることは無理難題なんかもしれない。

結局のところ、異種族間での概念の共有など部分的なそれに留めるほか無いのだ。

俺達にそれが出来るからといって、フェストゥムにもそれを求めようとするのは酷な話だったということか。

 

でも、それでもと……少なくとも一騎先輩はそれが可能だと思ったからこそ、来主操に訴え掛け続けたはずだ。

フェストゥムとのただ戦うだけの関係性に一石を投じられるかもしれないと、ここから新しい何かが始まるかもしれないと思ったからこそ。

 

だから俺も、その僅かな可能性を少し信じて来主操に想いがあるならば行動しろと、そう訴えたのだ。

結果が伴うことはなかったが、俺にとってはその可能性よりも島が、芹のほうが大切だ。

 

 

そして、俺はマークニヒトと、それに搭乗する来主操を滅ぼすためにルガーランスのトリガーを引く。

自分のエゴのために、マークニヒトに対しては家族の仇を討つために、そのトリガーを引こうとしたのだ。

 

その瞬間だった。

 

 

「あ…が…!…」

 

 

ドクンと、俺の体の中で『何か』が脈打ち、停滞していたものが動き出した感覚があった。

リイィ…という耳鳴り、視界は壊れたテレビのように砂嵐に埋め尽くされる。

体中の力が、体を支えている力が決壊したダムから流れでた水のように、凄まじい速度で無くなっていく感覚。

それに反比例するかのように、体中を襲う倦怠感と苦痛が壊れた蛇口から溢れ出るような勢いで俺を支配していく。

 

 

「……時間切れ……かよ…ぐあ……ああああぁぁぁあ……!!」

 

 

この現象が何であるのか、それは考えるまでもなく、俺の持病の発作だった。

同化促進剤で肉体を活性化させ、病の症状をごまかして、それでやっと辛うじてファフナーに乗ることが出来ていたのだ。

 

どうやら、同化促進剤の効果が途切れ、止まっていたはずの病の進行が一気に押し寄せてきたらしい。

あと一歩というタイミングで、こんな千載一遇の好機に、そして『絶体絶命のピンチ』にそれはやってきたのだ。

 

 

「(やばい……こんなタイミングで…!)」

 

 

発作により体の自由が利かなくなってしまうということは、ファフナーの操縦を放棄することと同義である。

マークニヒトの動きを封じるために突き立てていたルガーランス、それを握る力も、必然的に失われることになる。

 

そうなれば、マークニヒトが自由を取り戻し、俺に反撃してくることは当然の帰結であった。

手のひらを貫き、右腕の自由を奪っていたルガーランスを力任せにへし折り、使い物にならなくなったランスを手にしたマークツヴァイ()の左腕を掴む。

マークニヒトはその有り余る膂力を持って、まるで先ほどの意趣返しのように、マークツヴァイの左腕をもぎ取った。

 

 

「がっ!?」

 

 

腕を引きちぎられた激痛が、病によってもたらされている苦痛に上乗せされ、俺の痛覚を刺激する。

一瞬意識を飛ばされそうになるほどの激痛から逃げるためか、本能的に自分の左腕をニーベルングシステムから外してしまう。

 

マークニヒトの体が自由になり、左腕をもがれたことで体勢を崩したマークツヴァイ。

ニヒトに突き立てられていたルガーランスも、無常にもその切っ先がするりと抜けてしまった。

 

そして、これまで鬱憤を晴らすかのように、マークニヒトは体勢を崩したマークツヴァイを蹴り飛ばし、ツヴァイ()の体は緑を失った山肌に叩きつけられた。

 

 

グシャッと、嫌な音がする。

同時に、右目に焼けるような痛みが走る。

ニーベルングシステムから抜けた手で右目を抑えると、鉄の匂いのする液体が手の平に広がっていく。

 

マークニヒトの手加減なしの攻撃にマークツヴァイの装甲が耐え切れずにコクピットが僅かに拉げてしまったのか。

その衝撃でコクピットディスプレイが割れたのだろう、その破片が右目を切り裂いたのだ。

 

そして、右目の痛みの原因を頭で理解してしまったが最後、その痛みのレベルは何十倍にも増幅され、俺の痛覚に更にのしかかってくる。

腹部へのダメージ、右目の負傷、病による止めどなく溢れてくる苦痛に、体がバラバラになりそうだった。

 

 

「うああぁぁあ!!」

 

『修哉!? おい!?』

 

「ゴホッ!ゴホッ! あ、う……くそ……目が……!」

 

 

病の進行と、腹部を蹴られたダメージフィードバックよって、俺は勢い良くコクピット内で吐血し、右目の出血も加わりコクピット内に鮮血が舞う。

俺がやられたところを見たのか、広登の叫び声が聞こえる……が、それに答えることすら出来ない。

咳き込む度に血が飛び散り、右目の出血も吐血も止む気配がない。

 

命が流れ出している、血液と一緒に、形のない何かが、俺という人間を成立させているモノが流れ出している。

……姉ちゃんも、いなくなる時にこんな感覚を覚えたのだろうか……

 

掠れていく意識の中で、砂嵐の掛かったような視界の一部に、悠然と立つマークニヒトの姿が見える。

その凶悪なフォルム、やや大きめの左手にはマークツヴァイのもぎ取られた左腕が握られている。

ニヒトがそのツヴァイの左腕を、俺がもぎ取った自身の左腕に装着するように持って行くと、同化結晶がその左腕を包み、次の瞬間にはマークニヒトの左腕が再構成されていた。

 

 

「くそ……ふざけんなよフリークス(化け物)め……何でもありかよ……ゴホッ!」

 

 

苦労して与えた大きなダメージを、あぁも呆気なく、一瞬で無かったことに事にされてしまい、俺は思わずそう呟いた。

いや、呟くことだけで精一杯だといったほうが正しいか。

 

そして、五体満足な状態に回復したマークニヒトはその手に持ったルガーランスの切っ先を俺に向ける。

立場が完全に逆転してしまった。

今、俺の命を刈り取る権限を持っているのは、間違いなくマークニヒトだった。

 

回避しようとしても、リディルを操作してシールドを展開しようとしても、ツヴァイは答えてはくれない。

そもそも、自分自身の体が動かなくなっている時点で、ファフナーを動かすことなど出来るはずもない。

 

 

「死ねない……まだ…まだ……死んで…たまるか……!」

 

 

でも、それでもと。

死の淵に立たされてなお、生きる事を諦めない。

 

ここで倒れたら、芹が……芹に会えない、あいつの声が聞けなくなる、あいつに触れられなくなる。

芹と一緒に……ずっと一緒に生きていけないのは何よりも嫌だ。

子供染みた、我儘めいた願望と言えばそうだろう、人に言えば笑われるかもしれない、情けないと言われるかもしれない。

 

でも、約束したのだ。

俺は芹の、芹だけの英雄(ヒーロー)になるのだと、これからずっとアイツを守るのは俺なんだと。

 

 

「だから……だから……!」

 

 

死ねない。

そう俺が心の中で叫ぶと同時に、マークニヒトはルガーランスに蓄積したエネルギーを開放した……と思われた。

 

果たして、ニヒトがルガーランスの射撃トリガーを引こうとした数瞬前、マークニヒトの背後からビームの閃光が迸った。

マークニヒトはその砲撃を空へ逃れることで回避したが、結果として俺へのトドメの攻撃は未遂に終わった。

 

助かったのかと思うと同時に、俺の窮地を救ってくれたのが誰なのかが気になった。

右目が使い物にならなくなり、病の進行から左目もまともに機能していない。

最早まともに外界の情報を読み取れないレベルの可視領域だが、俺を救ったビームの光が見えた方向に、一機のファフナーが立っているのが見えた。

マークアハトと同型の中距離支援仕様機、両肩の大型装備用ハードポイントに装着されているビームキャノンが印象に残るファフナーだった。

 

 

「マークフィアー………甲洋…先輩……」

 

 

そこには、自身をファフナーのコアにしてまで、竜宮島を守るために駆けつけてくれた先輩。

春日井甲洋先輩の駆るマークフィアーが、悠然と立っていた。

 

 

 




フラグクラッシャー甲洋先輩ファンの皆様。

待 た せ た な !


今回の戦闘は、劇場版本編の戦闘に少し割り込みをかけたような形です。
本来であれば、カノンの救援に広登が駆けつけた直後に甲洋がニヒトに突貫しますしね。

さてさて、戦闘についてですが、シュウはリディル4基を生贄に捧げて奇襲を仕掛けたわけですね。
馬鹿正直にニヒトに突撃しても力負けしちゃうんで、目眩ましで視界を奪った上で確実に急所へ攻撃をヒットさせました。
イメージとしては…あれですね、種死で飛鳥真さんがフリーダムと戦闘した際、フォースシルエットをフリーダムにぶつけ、コアスプレンダーのバルカンで爆発させた時のような感じ。
あれは放映時に「ほほぅ…」と思わされました。

おう、最終回のエンドクレジットの話すんのやめーや。

……まぁ、あのまま攻撃していたとしても、ニヒトのコアに傷を付けられていたかは微妙ですが。。。


そして、あと一歩のところでお薬の効果切れ、病の影響で隙を作ってしまったシュウでございます。
腕をもがれた上、ニヒトのメガトンキックをモロに食らってしまいました。
その衝撃はコクピットブロックにまで達し、破損。
新次元戦闘の芹ちゃんの様な・・・ヒエッ
破損した時に弾けたディスプレイの破片がシュウの右目を潰してしまいました。


病の進行に右目の負傷。
まさにボロボロ、満身創痍とはこのことでございます。


危うしシュウ!
と、そこに駆けつけたのがフラグクラッシャー甲洋でございます。
シュウは主人公ではありますが、一騎に甲洋と先輩に窮地を救われることが非常に多いですな・・・

逆に先輩勢の窮地を助けて無双乱舞させても良かったんですが、まぁそれはさすがにやり過ぎかと思ってやめました。



戦闘回は次回で終わり・・・にする予定です。はい、予定です。
全体としてはあと3~4話で本編は完結でございます。
少しペースが落ちていますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。

ではでは、また次回。




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。