蒼穹のファフナー Benediction   作:F20C

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今回は剣司→シュウ→広登→シュウの視点でお話を進めていきます。
後半戦に突入し、戦闘も激化していきますね・・・

加えてお詫びを。
いつもは月曜日と木曜日の2回に分けて更新していますが、今週については木曜日の更新が出来ないかもしれません。
原因は…はい、仕事でございます・・・

詳細設計が、俺に襲い掛かってきました(ヒエッ…)
ちょっと執筆に使える時間が少なくなるので、ご容赦いただければと思います。
ほんとゴメンナサイ。




たとえ私がそこにいなくても -Ⅲ-

芹が岩戸に入ってから数日後、フェストゥムがその攻勢を弱めることはなかった。

エウロス型を中心に、群れを形成、それもこれまでの比ではないほどの大群となって島に向かってきた。

 

しかも、エウロス型は戦闘とは無関係だったフェストゥムも支配下に置き、勢力を拡大させていた。

人間で言うところの非戦闘員を戦闘に参加させ、自分たちの戦闘に利用してきたのだ。

結果、膨れ上がった敵の群れは、かつて無いほどの規模になり、空一面をフェストゥムが覆うような光景が広がっていた。

 

俺、近藤剣司はそのおびただしい数のフェストゥムの群れに、辟易となる気持ちを殺し、後輩たちを指揮しながら迎撃に徹していた。

数度に渡る戦闘によって、里奈たち後輩組の動きは格段に良くなっていた……が、やはりどうしても戦力不足は否めない。

 

島のコアの負荷軽減のため、コアの代替者として岩戸に入るという危険な役割を負った芹。

病の悪化によってファフナーに乗るどころか、コアの成長まで体が持つか分からなくなり、戦線を離脱せざるを得なかった修哉。

 

この二人の戦線離脱の影響は、正直かなりデカイ。

特に、後輩組の中でエースクラスの修哉の離脱は前回の戦闘でも証明されたが、かなりの影響が出ている。

情けない先輩だと笑われるかもしれないが、俺もいつの間にかあいつを当てにしていた。

 

これじゃあ、一騎の影で戦った時と変わらねぇ……!!

いや、反省は後、今は仲間を、島を守ることだけを考えろ、近藤剣司!!

 

思考を素早く上向きに切り替え、アハトの手にしているガルム44から獰猛な銃撃音を轟かせる。

戦況は圧倒的に不利、絶望的とも言っていいかもしれない。

だが、俺達が諦めた時点で島の未来は決してしまう、これまで積み上げてきたものが、いなくなっていった者達の思いが全て無駄になってしまう。

それは、今を生きている、生かしてもらっている俺達には決して許されないことだった。

 

生きる権利を得たのなら、権利を行使するための義務を果たさねばならない。

 

 

『喰らええぇぇ!!!』

 

「里奈!! あんまり近距離で……!!」

 

 

俺の側で戦っている里奈のマークノインが、右手に装備したサラマンダーから勢い良く気化燃料を放出させ、フェストゥムを焼き尽くしていく。

しかし、俺の声が届く前に、炎による攻撃によって、一瞬だが里奈の視界が炎で遮られてしまう。

 

攻撃力と拡散性、射程の広さが売りのサラマンダーだが、近距離で使用すると使用者自身の視界を防いでしまうこともある。

戦闘において、如何にクリアな視界領域を保つかは一種の生命線でもある。

 

しかし、敵の数に焦りを覚えていたのか、里奈はそれを忘れて自分から視界を潰してしまった。

当然、フェストゥムはその隙を逃すことなく、里奈に襲いかかる。

ワームスフィアを四枚のボード上に変化させ、ノインのサラマンダーを装備した右手がまずねじ切られてしまう。

 

腕を切断された激痛からか、ノインの動きが一瞬止まる。

そこに間髪入れることなく、腕を鋭い刃物のように変形させたフェストゥムが迫り、マークノインの胸部を容赦なく貫いた。

 

 

『かはっ!?』

 

「里奈あぁぁ!!!」

 

 

声にならない里奈の声、激痛によって意識を刈り取られたのか、俺の声に反応はない。

そして、機体のセーフティが機能し、マークノインからコクピットブロックが射出される……が、射出されたブロックをスフィンクス型が掴み取った。

そのまま、コクピットブロックを握り潰さんとする。

 

 

「やめろぉぉぉぉ!!」

 

 

すんでのところで、ライフルによる銃撃でフェストゥムの腕を吹き飛ばし、コクピットブロックをアハトの手でキャッチする。

危険な賭けだったが、他に手がなかった。

 

腕を吹き飛ばしたフェストゥムを、ガルム44の銃撃によってとどめを刺した後、その場から移動ししながらコクピットブロックの里奈に呼びかける。

 

 

「里奈!!おい、里奈!!大丈夫か!?」

 

 

里奈からの返事はない、やはり意識を失っているようだが、コクピットに表示されているバイタルデータに以上は見られない。

一先ずの安全は確保できたが、このまま片腕を庇いながら戦うだけの余裕は、俺にはなかった。

 

けど、仲間を見捨てておめおめ逃げ帰るなんてことをするつもりも、さらさら無い。

俺は決めたんだ、もう仲間がいなくなるようなことは、絶対に起こさないと。

衛が、島の英雄が、俺の親友がそうあったように、俺が守るんだと、そう誓った。

 

咲良も一緒に背負うとまで言ってくれた……なら、ここで気張らねぇで何が男だっつぅの!!

 

 

しかし、そんな俺をあざ笑うかのように、行く手をエウロス型が遮ってくる。

すぐさまガルム44を構えるが一歩遅い、届かない。

エウロス型は体の一部を人類の兵器に、ミサイルに変化させ、俺に発射してくる。

 

 

「くっそ…!! マジかよ……!!」

 

 

瞬間、俺の視界は業火に彩られた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

誰もいないファフナーブルグ、そこには今は搭乗者のいない二機のファフナーが鎮座していた。

一機は現在ワルキューレの岩戸に入っている芹の愛機、マークツヴォルフ。

そして、もう一機は、濃紺色の機体色に背部に追加された翼のような形をしたユニットが特徴的なファフナー、マークツヴァイ。

元々の近接格闘戦仕様というコンセプトを完全に廃し、俺専用の空戦仕様にチューンされた機体。

 

搭乗者のいないファフナーは整備こそされているが、出撃の機会がないということでブルグに人は詰めていない。

皆、今地上で起こっている戦闘への対応で精一杯なんだろう。

でなければ、俺がここまで来るのはもう少し面倒になっていたはずだ。

 

俺はシナジェティックスーツ姿で、愛機のマークツヴァイの前に立っていた。

 

地上での戦況は、正直言って芳しくない。

あの敵の数だ、モニター越しで状況を確認しなくても、苦戦することは誰の目にも明らかなこと。

いや、そもそも勝機があるのかすらも怪しい。

いや、そもそも勝てたところで島に未来などあるのかどうかも、誰にも分からないことだった。

 

そして気が付けば、俺はこうしてここに立っていた。

 

 

「何をしているの? シュウくん」

 

「姉ちゃん…」

 

 

さて、行くかと気持ちを入れようとしたその瞬間、俺の背中に声が響いた。

果たして、振り向けばそこには姉ちゃんの姿があった。

 

ここ最近はぎこちない会話しかできず、姉ちゃんも俺にどう接していいのか戸惑っている印象が強かった。

自分でそうしたにも関わらず身勝手な話だが、俺はそのことに心苦しさを感じていた。

 

しかし、今の姉ちゃんからは、ここ最近まで見られた戸惑いの感情が見られなかった。

まるで岩戸に入る前の芹のように、静かに、俺に視線を向けていた。

 

 

「皆戦ってる、俺も行く」

 

「体のこと…遠見先生に言われたことを忘れたの? あなたの体がもうファフナーに乗ることに耐えられない……乗ればどうなるか分からない」

 

「分かってる……それでも行く」

 

 

驚くほど、姉ちゃんの声が冷静で、それに反比例するように俺は内心で焦っていた。

てっきり、また感情を表に出して俺にぶつかってくるかと思っていたアテが外れたこともそうだが、姉ちゃんの静かさが怖かった。

 

怒っているのか、それとも呆れているのか、相手の感情を読み取れないというのは、正面切って相対するにはこの上なく怖い。

相手が冷静さを失っていれば、会話の主導権を握りやすいし、当然自分の思う方向に会話を進めることも容易い。

以前、俺がファフナーに乗ることに反対していた姉ちゃんは、明らかに感情を御しきれていなかった故、崩しやすかった。

 

 

「あなた一人が行っても、戦況が変わるとは限らない。もしそう思っているのなら、それは傲慢よ」

 

「……そうかもしれない、でも、それでも俺には戦う理由がある」

 

「それは……自分の命をかけるに値するもの? どれだけ周りに心配かけているかも分かった上で、そうしたいと思えるもの?」

 

 

それは、芹が岩戸に入った時に俺が尋ねたことと全く同じ問い、またしても俺は自分のした問いを問い返されていた。

姉ちゃんの淡々とした質問、しかしその声の中には確かに人の心の熱を感じた。

冷静に、静かに、けれど力強さを感じる姉ちゃんの問いかけ。

 

それに引っ張られて……いや、俺がそうしなければと、そうしたいと思ったからこそ。

俺は、姉ちゃんの目を見て、真っ直ぐに言い返す。

 

 

「芹が……俺のこと、俺なんかのこと好きだって…言ってくれた。でも、俺はあいつにまだ何の返事も返してない」

 

「……」

 

「俺がどうしたいのか……これからのこととか、まだよく分からないけど……でも、俺はちゃんとあいつに『答えを返さないといけない』……いや違うな、『答えを返したい』だから、今も頑張ってるあいつを守りたい」

 

 

思ったことを口にした。

芹を守りたいことも、あいつからの告白にちゃんと応えたいことも。

それと同時に、言葉には直接乗せはしなかったが、それまでは……いなくなるつもりはないと、姉ちゃんに伝える。

 

それを聞いても、姉ちゃんは驚いた様子も見せてはくれなかったけど、俺の言葉を一つ一つ咀嚼するように小さく頷く。

そしてーーー

 

 

「はぁ~……そっかぁ…ついにシュウくんのこと、芹ちゃんに取られちゃったかぁ~…」

 

「はい?」

 

「まぁ~…そうだよね…芹ちゃんずっとシュウくんのこと見てたもんね……収まるべきところに収まったって思うべきか……」

 

「あ、あの…姉ちゃん?」

 

 

突然、今までの静謐な様子から一変、久しぶりに見たようないつも通りののほほんとした姉ちゃんに戻る。

それまでとのギャップが激しく、本当に別人のようだったが、俺にとっては馴染みのある姿を見られた気分だった。

 

姉ちゃんはがっくりと肩を落としながら、残念そうにそう話すが、嫌がっている様子はなく……寧ろ、どこか俺の話にホッと安心しているかのようでもあった。

 

 

「好きな女の子のために頑張る…か……それがシュウくんの戦う理由」

 

「い、いや…まだ好きとか……よく分からないし……」

 

「うわー……シュウくんってば、変なところでヘタレ」

 

「うぐっ」

 

 

正直、反論できなかった。

それはそうだろう、女の子に告白されておいて返事をすることも出来ず、未だにどうすればいいのかと右往左往しているのだ。

姉ちゃんのジト目と、呆れたような口調で放たれる『口撃』も甘んじて受け入れるしか無い。

 

そして、姉ちゃんはいつものノンビリとした、それでいて周囲を和ませるような優しげな雰囲気を取り戻し、俺に向き直る。

けれど、その視線には真剣さを訴えかけるものを含んでいて、悲痛な思いを隠しつつ、いつも通りの自分でいようとする姉ちゃんの心を写しているようにも見えた。

 

 

「……分かった、行って来なさい」

 

「止めに来たんじゃ…ないの?」

 

「それはもちろん止めに来たわ、本当なら行かせたくない……でも、今のシュウくんなら送り出してもいいかなって、そう思えたから」

 

 

ゆっくりと首を横に振りながら、姉ちゃんがそう本心を話す。

最後まで反対されるとばかり思っていただけに、行って来いといわれたのは完全に予想外だった。

 

ついに、言うこと聞かない弟に見切りをつけてくれた……いや違う、本当は『見切りをつけられてしまったのか』と少し怖くもあった。

矛盾してばかりだが、俺は心底そう考えてしまっていた。

 

 

「シュウくんがファフナーに乗るって決まって……ちょっと言い争いになった日。あの時から、どこかシュウくんの様子が変で…私が何とかしてあげないと、そう思っても何も出来なくて……苦しかった」

 

「……」

 

「シュウくんのこと、全然信じてなかった。シュウくんにファフナーなんか動かせっこない、無理に決まってる、絶対に帰ってこれなくなるって……これも、私が守ってあげなくちゃって…ずっとそう思ってばかりだった所為かな」

 

「姉ちゃんは悪く無いだろ……ただ単に、俺が身勝手なことしてただけなんだから」

 

 

それこそ、姉ちゃんが負い目を感じることなんて欠片もないことだ。

俺が勝手に無理をして、いなくなろうとして、姉ちゃんに辛く当たって、悲しませていただけなんだから。

 

俺が叱責を受けるのは当然だとしても、姉ちゃんに非は全くない。

俺みたいな身勝手な人間のことを信じるだなんて、それこそ人が良すぎるのだから。

 

 

「でも……芹ちゃんはそうじゃなかった。芹ちゃんはシュウくんを頼りにして……でもそれと同時に、シュウくんに頼ってもらえるように頑張ろうとしてた。私みたいに一方通行じゃなく……お互いがお互いを必要とし合う関係を作ろうとしてた」

 

「……あいつは…そういう奴だから」

 

「たまに、シュウくんと芹ちゃんが膝枕したり抱きしめ合ったりしてるところ見て……思った。あぁ…これは取られちゃうなって…そんなことも考えてた」

 

「………」

 

 

俺と芹の色々なシーンを見られていたことはかなり恥ずかしいが……姉ちゃんの素直な本音に触れることが出来たことで、姉ちゃんがここ最近どんな思いでいたのか…少しだけ分かったような気がする。

 

姉ちゃんもまた、苦しんでいたんだ。

俺たちを送り出すことしか出来ないと思う自分に、俺達の帰りを待つことしか出来なかった自分に。

同時に、俺は自分ばかりが苦しいと思っていた、思い込んでいた自分を恥じた。

 

 

「そして、シュウくんがそんな女の子のために戦おうとしてる……」

 

「……」

 

「だったら、私はそれを信じて待ってみようかなって……ううん、シュウくんが心の底からそうしたいと思っていることなら、見守っていきたいって、応援してあげたいって、そう思った」

 

「俺が……心からそうしたいと思うこと」

 

 

自分はいなくならなければならないと、夏祭りのあの日からは特にそう強く考えていた。

正直なところ、それが間違っていることだとは……まだ思ってはいない。

 

けれど、姉ちゃんの言う『俺が心の底からそうしたいこと』には……全く当てはまらないように思う。

『したいこと』ではなく、『しなくてはならないこと』という…言葉の違いだけに思えるかもしれないが、そこには確かな隔絶があった。

 

 

「必ず……生きて戻ってくると約束できるなら…行って来なさい」

 

「……」

 

「女の子の告白に返事もしないで袖にするだなんて、お姉ちゃんは許しません。いい?絶対に、戻って来なさい。そして、芹ちゃんに自分が芹ちゃんとどうなりたいか、思うままに伝えなさい」

 

「生きて……どうなりたいか……か」

 

「難しく考えなくていいの、要するにえっと……『嫁にしたいー!』とか『俺の子を産んでくれー!』とか、そういう素直な気持ちでいいんだってば」

 

「そ、それは流石に飛躍しすぎ……だと思うけど」

 

 

言い方はともかくとして、俺に大きな釘を刺し、返事を待つ姉ちゃん。

これだけは絶対に譲れない、うんと頷かなければ許さないという意思、そして嘘の返答など断じて許さないという姉ちゃんの意志が伝わってきた。

 

俺自身…今はまだ、ここでいなくなるつもりはないと…そう思っている。

姉ちゃんの言うとおり、俺は芹に何も返事をしていない、そんなままでいなくなることなんて出来ないと…。

 

俺はそんな気持ちを伝えるように、力強く頷き、返事をする。

 

 

「帰ってくる。また芹と…姉ちゃんのところに帰ってくる」

 

「そう……なら、私から言うことはもう何もない」

 

 

俺の返事を姉ちゃんはゆっくりと、頷き、優しげな笑みを浮かべてくれる。

納得……してもらえただろうか、俺の気持ちは上手く伝わっただろうかと、少し不安にもなっていたが、姉ちゃんのその笑みを見てホッとすることが出来た。

 

優しい笑みを浮かべた姉ちゃんは、やれやれというように一息吐いた後、俺に視線を戻す。

 

 

「さて、だったらコクピットブロックに急ぎなさい。必要なことは、私に任せて」

 

「あ…」

 

「というか…ファフナーにどうやって乗るつもりだったの? 武装の準備もなしに……」

 

「………考えてなかった」

 

「シュウくん……変なところで抜けてるわね、ホント……やっぱり、まだまだお姉ちゃんがいないとダメかなぁ」

 

 

これまた反論できる余地もなかった。

戦わなければという気持ちばかりが先行して、ファフナーへのコクピットブロックの格納や、武装の用意など、俺一人では出来ないことだらけだったことを今思い出した。

 

姉ちゃんはやや呆れたように、でも少しだけ嬉しそうに微笑んでいるが、俺も気が付けば小さく笑ってしまっていた。

やっぱり、嬉しかった……姉ちゃんとこんな風に話せることが、笑い合えることが。

 

 

「じゃあその……行って来ます」

 

「はい、行ってらっしゃい。気を付けてね…」

 

 

そして、コクピットブロックに体を収めた俺は、ブロックのハッチが閉められる前に、まるで学校にでも行くときのような挨拶を姉ちゃんと交わす。

少し場違いな感じもするが、ここ最近全くこう言うやり取りが出来ていなかったからか、それがひどく心地よかった。

 

ハッチが閉まりきるその時まで、姉ちゃんは俺に微笑み、小さく手を振ってくれていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

戦闘は激化の一途、そして俺達にとっては絶望的な状況に進みつつあった。

カノン先輩はスカラベ型の相手に掛かりきり、咲良先輩もさっき被弾して地上に不時着していったところを目にしている。

 

撃墜したフェストゥムの数など、既に数えてはいないし、数えたところで何の意味も持たない数字だった。

落としても落としても、空を覆う金色の侵略者の数は減ることはなく、豪雪の中で雪かきでもしているようなそんな錯覚さえ覚えてしまう。

 

マークフュンフも欠損こそ無いが、機体のそこかしこに大小の傷ができてしまっている。

いくら改良型のノートゥングモデルとはいえ、完全無欠とは行かないし、攻撃を受ければ当然損傷する。

機体のダメージもそうだが、俺の持っているガルム44の残弾数も既に心許ない域に達しており、マガジンも次が最後という状況。

 

イージス装備と残弾が心許ないライフルを手に、俺はついさっきクロッシングが途切れた里奈の元に向かっていた。

いきなり里奈のクロッシングが途切れたことが分かった時は心臓を鷲掴みにされたような気になったが、あいつがそう簡単にやられるような女なものかと自分を奮い立たせ、道中のフェストゥムを蹴散らしながら、ひたすらに進んだ。

 

 

「くそ……次から次へと…!!」

 

 

マガジンの残数から、もう既にフルオートで弾をばらまきながら突き進むという贅沢はできない。

セミオートに切り替えたガルム44で一発一発、フェストゥムのコアを確実に撃ち貫く芸当が求められる……が、遠見先輩でもない限りそんなことは無理だ。

 

数発に分けてやっと一体というのが、堂馬広登というパイロットの現状、訓練の効果も実戦による熟練度の向上も確実に見られている。

しかし、それもやはりここ1ヶ月の中での話、上達したと言っても限度があった。

 

 

「これで……最後のマガジン…!!」

 

 

ライフルに装填されたマガジンが空となり、最後の一つに換装する。

このマガジンが尽きれば、俺の武装は近接専用のマインブレード、イージス装備による体当たりくらいしか残っていない。

しかし、この乱戦状態での近接戦闘はカノン先輩のようなベテランでもない限り危険を伴う。

 

ついこの前ファフナーに乗り始めた俺が同じように戦おうとすれば、四方から襲いかかってくるフェストゥムを捌き切れずに同化されてしまうのが落ちだろう。

故に、このマガジンが尽きた時が俺の限界ということになる……そう思うと体が震えそうになるが、一刻も早く里奈のところに行かなければという事だけを考え、それを吹き飛ばす。

 

だが、最後の最後で、俺は運に見放される。

 

 

「弾が…!?」

 

 

トリガーを引いても、弾が出ない。

見れば、排莢口に空になった薬莢が中途半端な形で残ってしまっており、次弾の装填が出来ていなかった。

ジャムったと、そう気が付いた時にはもう遅い。

 

前方、そして後方からもスフィンクス型が俺を同化しようと腕を伸ばして急接近してくるのが視界に入る。

前方から突っ込んでくる分はイージス装備で受け止めることは出来る、だが流石のフュンフも360度全方位防御はサポートしていない。

 

詰んだ、思わずそんな諦めの言葉が脳裏に浮かぶと同時に、これが罰なのかと思う自分がいた。

友人に、幼なじみに、自分勝手な嫉妬と無力感を罵詈雑言という形でぶつけ、あまつさえ病に倒れてくれたことにホッとしていた俺への罰なのかと。

 

後悔ばかりが胸から溢れる、死への恐怖に体が硬直する。

俺は結局、イージス装備を展開することも忘れ、その場に立ち尽くしてしまっていた。

 

 

『広登ぉぉぉ!!』

 

「なっ!?」

 

 

為す術もなくフェストゥムに同化されそうになったその瞬間、ここに居るはずのない、いや居てはいけない奴の声が聞こえた。

次の瞬間、目の前に迫っていたフェストゥムが青い閃光に貫かれ、背後の個体には上空から降ってくるような形で姿を現したルガーランスが突き刺さる。

 

二体のフェストゥムは瞬く間にワームスフィアに包み込まれながら消滅。

フェストゥムを貫いたルガーランスと、立ち尽くしていたマークフュンフだけがその場に残る。

そして、フュンフのコクピットに新たなクロッシング対象の機体コードが更新、追加される。

そこには、確かに『マークツヴァイ』の文字が、もうファフナーに乗れないはずの修哉の愛機の名前があった。

 

その表示を目にすると同時に、俺は空を見上げる。

そこには、コクピット上に表示されている情報を裏付けるように一機のファフナーが滞空していた。

 

 

『無事か、広登?』

 

「修哉……か?」

 

『あぁ、他の誰に見える?』

 

 

濃紺色の機体、翼のような飛行ユニットを背部に備えたマークツヴァイは、左手にはもう一振りルガーランスを握り、悠然と空に在った。

俺のことを助けたのは、修哉であろうことはわざわざ明言するまでもない。

 

マークツヴァイは一度フュンフの近くに着陸し、俺に向き直る。

クロッシング越しに見えるのは、間違いなく滝瀬修哉の姿、本当であればここに居るはずのない、病に伏している筈のパイロットで俺の友人だった。

 

 

『まだ戦えるな? なら、里奈のところに行ってくれ、多分剣司先輩も一緒のはずだ』

 

「あ、あぁ……」

 

『ほら。ライフルのマガジン、補充していけ。要るかと思って持てるだけ持ってきた』

 

 

そう言って俺に補充用の新しいマガジンを数個渡し、地面に突き刺さったままのルガーランスを開いている右手に装備するマークツヴァイ。

修哉のルガーランスはカノン先輩の使っているものより一回り小振りなタイプだが、やはり両手に持てばそれなりの重装備感を見る者に与える。

 

俺もジャムった原因となっている空薬莢を手動でイジェクトし、ライフルを再度使用可能な状態に戻す。

これでまだ戦うことが出来る、まだ生きていられる、そう思うだけでホッとすると同時に、またあれだけ酷いことを言った修哉に助けられたという事実が俺の罪悪感を加速させる。

 

戦う準備が整ったところで、助けてもらった身分にも関わらず、我慢できずに修哉を問い詰める。

嫉妬心や芹のことももちろんあった、だがそれ以上に、乗るだけでいなくなるかもしれないリスクを抱えたまま、どうしてファフナーに乗ったのか、戦場に来たのか問い質さずにはいられなかった。

 

 

「どういうつもりだよ…! お前、もうファフナーに乗れないんじゃないのかよ! 乗ったら体が持たないって言われただろ!」

 

『なんでお前も知ってるんだよ…いや、それは別にもういいか……』

 

 

バツの悪そうな修哉の表情、声。

多分、俺以外にも……いや多分芹だろう、自分の体のことを知っている奴が多いことに戸惑っている様子だった。

 

だがそんな体で、こんな激戦極まる戦場にノコノコとやって来る。

ここ最近の滅茶苦茶な戦い方も含めていま確信した、こいつはただの死にたがりだと。

 

しかし、修哉の口から俺に帰って来た言葉は、それを否定するようなものだった。

 

 

『今ここでお前と問答する気はないし……まだ死ぬ気もないよ、約束してきたからな』

 

「約束って……」

 

『兎も角、武器の準備が終わったなら動こう。俺はカノン先輩の方に向かいながら空の敵を叩き落とす。広登はこのまま里奈と剣司先輩の方に言ってくれ』

 

「お、おい…話はまだ!」

 

『文句ならこれが終わったらいくらでも聞いてやるって。じゃ、俺は行くからな』

 

 

そう言うやいなや、修哉のマークツヴァイは背部のスラスターの推力を上げて空に舞い、過激とも言える加速を以って空を駆けて行く。

あっという間に見えなくなりそうなほど小さくなったマークツヴァイ。

ツヴァイが遠隔操作型分離攻撃ユニットを展開したのだろう、赤色の閃光とルガーランスの攻撃で空が青と赤に彩られ、敵が落ちていくのが見える。

 

その戦いぶりにはやはり息を呑んでしまうと同時に、都合のいい事にホッとしている俺がいる事を自覚する。

そして、あいつには辛く当たったしまったというのに、あいつは俺をこうして助けてくれる……この差は何なのかと、思わず自分を恥じた。

これじゃあ、芹が修哉を頼りにするのも当たり前だと……今の自分と修哉を比べてしまうとそう思わずにはいられなかった。

 

修哉は特別なことは何もしていない、いつも通り、あいつは、滝瀬修哉という人間は、どんなに面倒なことでも俺たちを助けてくれた。

ファフナーに乗ってもそれは変わらない。

 

では、俺はどうするべきなのか?

それを自分に問うが、まだハッキリとした答えは出てこなかった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

戦場は一言で表せば『混沌』になるだろう。

咲良先輩のマークドライはリンドブルムを失い不時着、暉のツェンは反応から察するに海中に、遠見先輩のジーベンはそれを助けに向かったのか同じく海の中に。

制空権は失われ、地上の戦力もまともに機能しているのは俺と広登、カノン先輩と剣司先輩だけ。

 

これがゲームであればリセットボタンでも押してやりたいところだが、哀しいかなこれは紛うことなき現実だった。

 

俺はマークツヴァイのスラスターをフルスロットルで稼働させ、真っ直ぐにカノン先輩の戦闘区域に向かっていた。

コクピット上に今も絶えず更新がかけられている情報を信じるのであれば、カノン先輩は一人で大型のスカラベ型を相手にしていることになっている。

あんなデカブツをこの乱戦下でたった一人で相手にするのはさすがに無謀だ。

 

 

「くそっ、数ばっかり揃えて…!!」

 

 

左右の手に持ったルガーランスと、周囲に展開した4機のリディルを攻撃に回し、空中の敵を相手にしながら、真っ直ぐカノン先輩のもとに向かう。

リディルの半分はスカラベ型を相手にする時用に残しているが、やはりこの敵の数…なかなかどうして厳しい物がある。

 

しかし、目先の敵ばかりに気を取られて最初から全開で挑んだとしても、今度は俺が消耗してしまうのは目に見えている。

冷静に、限られた武装で確実に敵を沈めていく必要があった。

 

 

「ぐっ……もうか…!」

 

 

フェストゥムに格闘モードにしたリディルをけしかけている最中、一瞬視界がテレビの砂嵐が発生したように霞む。

俺の体が、ファフナーでの戦いに悲鳴を上げているその最初のサインだと認識はしたが、それで集中力を切らせてしまう訳にはいかない。

 

霞む視界を気力だけで元に戻し、戦いに集中する。

戦力も不十分、体のコンディションは最悪、悪い条件しか揃っていないこの戦場において、俺を支えているのは芹と、姉ちゃんとの約束だけだった。

 

 

「カノン先輩……!!」

 

 

そして、十数体目のフェストゥムを葬ったところで、漸くカノン先輩の駆るマークドライツェンの姿と、大型のスカラベ型を目視することが出来た。

果たして、状況は最悪にも近いものだった。

 

マークドライツェンはスカラベ型が展開し始めた触手によって腕部を欠損し、ルガーランスも既に手元にない。

しかし、カノン先輩は闘志を捨てる様子は欠片もなく、無事な左腕にマインブレードを装備して跳躍。

スカラベ型にとり付き、マインブレードを叩き付ける。

 

 

「今助け……っ!?」

 

 

と、俺も温存していたリディルとルガーランスで助太刀しようとするが、そのタイミングで周囲のフェストゥム達が邪魔はさせないとでも言わんばかりに襲いかかってくる。

まるで、以前の戦闘のようにあのスカラベ型を守るかのように、俺に向かってあらゆる方向から金色の化け物の手が迫る。

 

スラスターを吠えさせ、高速飛行によってその窮地を脱した俺だったが、同時にカノン先輩を助けるタイミングも逸してしまう。

スカラベ型を守るフェストゥムは尚も俺を追いかけ、俺は迎撃しながらその攻撃を回避するのに精一杯の状況だった。

 

 

「邪魔をして……!!」

 

 

フェストゥムに悪態を吐きながら、リディルを再度展開、レーザーによる多方向からの攻撃でフェストゥムを撃ち抜く。

次々と数を減らしていくフェストゥムだが、減っていくのと同じ……いや、それ以上のペースで補充部隊がこちらに向かってくる。

 

そんなにこのスカラベ型を守る理由は何だ…!?

この前みたいに飛びながらコアを消耗させるための毒を撒き散らすわけでもなさそうなのに…!

 

 

と、俺がそう考えた時だった。

カノン先輩が取り付いていたスカラベ型が、展開していた触手を更に活性化させ始めたのだ。

蛇口を勢い良く捻ったように、おびただしい量の触手がスカラベ型の体から放出され、カノン先輩のマークドライツェンがみるみるうちに飲み込まれていく。

そして、増殖した触手は竜宮島の地面をいとも容易く貫いていき、島の奥を目指しているかのように進んでいく。

 

まさか、これが今回のスカラベ型の役目……!?

その目的はまだ分からないが、ここまで厚い護衛部隊に守られているのだ、それ相応のミッション、役割を帯びた個体なのだろう。

 

今すぐ本体を叩いて、その企みを砕いてやりたいところだったが、俺の目の前にはそれを阻もうとするフェストゥムの群れ、その数たるや数十体が立ちはだかっていた。

 

 

「おいおい……勘弁してくれよ…」

 

 

俺は思わず、そう呟いてしまっていたが、戦いはまだ始まったばかりだった。

 

 




あぁ……ファフナーがない金曜日……胃が痛くならないにもかかわらず、物足りないこの感覚……
見事に調教されてしまいました。

あぁ、芹ちゃんに次会えるのはいつなのか・・・


さて、本編についてでございます。

全国の芹ちゃんファンの皆さんゴメンナサイ、今回は芹ちゃんの出番はなしでございました。(焼き土下座)


まずは剣司視点です。
劇中で里奈がこてんぱんにされた時、正直もうだめだと思いました。
ですがそこは我らが生徒会長・・・見事に救出してくれたという。
そりゃあ女好きの里奈ちゃんも惚れるって・・・


そしてシュウ視点。
お姉さんとすこーしばかり和解できました。
しかしながら、まだ『今は』いなくなる気はないというレベルの意識。
ここからシュウのメンタルがどう持っていくのか・・・

で、広登視点でございます。
危ういところをまたしてもシュウに救われてしまいましたが、今回は少しばかり自身の心境を考えるような素振りを見せました。
少しずつですが、彼も変わりつつありますね。


最後のシュウ視点。
少し戦っただけですが、病の影響が出始めてしまっています。
彼がどこまで戦えるのか。。。約束通り帰ってくることが出来るのか、お楽しみに。


次回は、魔王の登場でございます。


ではでは・・・




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