ゼロの『運び屋』-最強最悪の使い魔-   作:世紀末ドクター

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第九話『タバサの冒険』

 北花壇警護騎士団。

 ハルケギニアの大国ガリア、その国を支配するガリア王家の汚れ仕事をまとめて引き受けている組織である。

 表沙汰に出来ないような国内外のトラブルを処理する為に存在し、その性質ゆえか騎士団の存在自体が表に出る事は無い。

 お互い顔も知らず、他の騎士団とも比べれば格段に危険な目にあいながら、地位や名誉とは無縁な闇の騎士達。それが北花壇警護騎士団であり、タバサはその七番目の騎士という立場にある。

 タバサの持つ『シュバリエ』の称号はこれまでにそれら数多くの任務をこなして来たからこそのものだ。そして、使い魔召喚の儀式から数日たったある日、タバサは今度もまた使い魔の風竜・シルフィードとともに任務へと呼び出されていた。

 そして、今回の任務においてタバサは自分の価値観を根底から覆すような本物の『化け物』に出会うことになるのだが、今のタバサにはそんなことを知る由もなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ガリアの首都リュティス。

 その郊外に築かれた壮麗なる宮殿ヴェルサルテイルの一角に、薄桃色の壁で覆われた小宮殿があった。

 プチ・トロワと呼ばれるその小宮殿の奥にある一室。そこに訪れたタバサを、部屋の主は椅子に腰かけたままフンと鼻を鳴らして出迎えた。

 腰まで伸ばした青髪と鋭さを持った碧眼の少女。現ガリア王ジョゼフ一世の娘、イザベラ・ド・ガリア王女である。血縁上、彼女はタバサの従姉であったが、すでに二人の間のそういった暖かな繋がりなど途絶えて久しい。

 彼女は王女にしてガリア王国暗部組織の一つである北花壇騎士団の団長であり、その北花壇騎士団団員であるタバサの上司でもあったからだ。

 だが、今日、タバサが訪れた執務室にはイザベラの他にもう一人、タバサの知らない少年が控えていた。

 

 

(…誰?)

 

 

 少年は腕を組んだ姿勢のまま、部屋の壁に背中を預けて立っていた。

 歳の頃はタバサよりも少し上といった所だろう。逆立った金色の短い髪に、険しく射るような金色の瞳。

 マントを着けてはいないということは貴族ではないかもしれない。だが、イザベラの従者というような雰囲気でもない。

 少年の気配。威圧感。彼の佇まいから感じるそれら全てが明らかに常人のそれではなかったからだ。

 

 

(この感じは…)

 

 

 少年の持つ気配にタバサは覚えがあった。

 

 

(ドクターと同じ?)

 

 

 もちろんタイプは違う。だが、初めて赤屍に出会った時と同じような底の知れない凄みを少年は放っていた。

 タバサは身体が麻痺してしまったように固まって、瞬きすらできずに、どうしてもその少年から目を離せないでいる。

 

 

「おい人形姫。いつまでソイツのことを見てんだい」

 

 

 少しの間、我を忘れていたタバサだったが、不意に呆れたようなイザベラの声が耳に飛び込んできた。

 答えてくれるとは余り期待してはいなかったが、駄目元でタバサはイザベラに訊ねる。

 

 

「彼は誰?」

 

「お父様の『使い魔』さ」

 

「使い魔…?」

 

 

 思わずタバサは少年をもう一度見た。

 タバサの知っている限りではジョゼフは魔法を使えなかったはずだ。その彼が人間の使い魔を呼び出したというのか。魔法を使えないはずの者が召喚した使い魔という共通点から、否が応にもタバサの頭の中に、ヴァリエール嬢が召喚した黒い男のことが思い浮かぶ。

 

 

(この少年も…強い。きっと間違いなく)

 

 

 少年から感じる強さの気配。

 その気の大きさが、彼が間違いなく強いとタバサに教えてくれる。

 だが、それが一体どれほどの強さなのか、この時点でのタバサは全く理解していなかったと言うしかない。

 イザベラは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、手元の書類をタバサへ向かって投げて寄越した。

 

 

「今回の任務はジョゼフ王からの勅命だよ。ソイツと協力して、武装盗賊団『バグダッド』の殲滅任務に当たれ、だとさ」

 

 

 つまり、ここに控えている金髪の少年は今回の任務の協力者ということか。

 だが、ジョゼフ王はどんなつもりでこの少年を協力者として寄越したというのだろうか。

 タバサが投げられた命令書を受け取ると、少年は背中を預けていた壁から離れてタバサの方を見た。

 

 

「……命令書は受け取ったな? なら、さっさと行くぞ」

 

 

 恐ろしく抑揚のない冷たい声。

 彼はタバサに「ついて来い」と顎で促すと、部屋の外へと出て行く。

 有無を言わせない少年の行動に少し戸惑ったが、タバサとしてはそれについて行くしかない。

 タバサが少年の後を追って部屋を出て行った後、執務室にはただ一人イザベラだけが残される。

 

 

「全く、お父様も人が悪いわ…。アイツの強さを知ったら、あの子、心が折れちゃうんじゃないかしらねぇ…。」

 

 

 ジョゼフ王が今回の任務を下した理由。

 その理由を理解しているイザベラは、ふぅと大きく息を吐いて椅子に背中を預けさせた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 武装盗賊団『バグダッド』。

 その名前、というより悪名はタバサとてよく知っている。

 ガリア地方を中心に活動する犯罪組織の中では最大勢力の一つで、その悪名はガリア中に知れ渡っている。

 団員の総数は五百人にも及ぶと言われ、構成員は平民のみでなく貴族崩れのメイジも複数存在する。普通に考えたら、そのような組織を殲滅する任務をたった二人で行うなどふざけている。

 だが、タバサは知らない。ジョゼフの使い魔だというこの少年にとって、そんな数百人程度の武装集団など単なる有象無象でしかないことを。

 

 

「貴方の名前は?」

 

「俺に本当の名前はない。だが、イザベラとジョゼフは俺のことをトール(Thor)と呼んでいる。必要ならそう呼べ」

 

 

 風竜に乗って目的地へ向かう道中、タバサは少年にいくつかの質問をしてみた。

 少年は基本的に寡黙だったが、タバサが訊いたことには最低限の返答はしてくれた。

 自分も余り他人のことを言えたものではないが、無表情で淡々と訊かれたことにだけ答える様子は人形のようだと思った。

 

 

「イザベラは貴方がジョゼフの使い魔だと言った。それってどういう意味?」

 

「そのままの意味だ。ジョゼフが『サモン・サーヴァント』の儀式で呼び出したのがこの俺だった」

 

 

 どうやらこの少年がジョゼフに呼び出されたというのは本当らしい。

 しばらくの間、タバサが質問し少年がそれに答えるというやり取りが続いていた。

 

 

「それなら―――」

 

 

 そして、いくつかの質問をした後、タバサは訊いた。

 いつか自分が復讐のためにジョゼフへ挑むとき、この少年が自分の敵として立ち塞がるのかを。

 

 

「―――貴方は、私の敵?」

 

 

 その質問に少年は一瞬だけタバサの方をチラリと見る。

 そして、彼は視線を合わせることすらなく、やはり無機質に答えた。

 

 

「お前がジョゼフへの復讐を諦めない限りはな」

 

「…そう」

 

 

 それっきりタバサと少年の間の会話は途切れる。

 もっともタバサ自身、将来的に自分の敵として立ち塞がると公言しているような者と馴れ合うようなつもりもない。

 そうして、1時間ほど風竜の背に乗っていると、やがて目的地付近の上空へと到着した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ザグロス山脈。

 その山脈はガリア地方の南東300リーグほど離れた地点に位置する。

 そして、その山脈の麓にある岩砦の跡に目的の盗賊団の根城があると目されている。

 敵の索敵に引っ掛からないように高々度から地上を窺うタバサ。根城と目される岩砦は荒野の開けたところに築かれており、このまま砦の近くに降下すれば直ぐに見つかってしまうだろう。

 しかし―――

 

 

「このまま地上に降りろ」

 

 

 少年は何の迷いもなくそう言ってのけた。

 思わずタバサは少年の正気を疑った。普通に考えたら明らかに無謀だし、賢い方法ではない。

 普通に考えたら、メイジも含めた五百人近いという武装集団に正面から挑むには、軍隊規模の戦力を揃えなければ無理だろう。

 

 

「本気?」

 

「当たり前だ。正面から叩き潰す」

 

 

 思わずタバサは訊き返すが、尚も少年は譲らない。

 タバサは視線を強めながら少年に言った。

 

 

「賢いやり方じゃない」

 

「賢いやり方じゃないのは事実だな」

 

「だったら……」

 

「本来なら俺があの砦を丸ごと消し飛ばせば一番早い」

 

「え?」

 

 

 タバサは一瞬、彼が何を言ったのか分からなかった。

 砦を丸ごと消し飛ばす? この少年はいったい何を言っているのか。

 たとえ、スクウェアのメイジの火力でも、眼下の砦を丸ごと消し飛ばすなんて真似は不可能だ。

 王家に伝わると言われるヘクサゴン・スペルでもあの砦を一撃で消し飛ばすのは難しいだろう。

 

 

「だが、今回はジョゼフからこう言われている。お前に見せつけるように盗賊を敢えて一人ずつ駆除しろ、とな。だから、今回の任務ではお前は何もする必要はない。俺が連中を駆除するのを黙って見ているだけでいい」

 

 

 そう言って、少年は風竜の背中から飛び降りた。

 フライも使えない人間が高度300メイルの高さから飛び降りて、無事で済むはずがない。

 タバサが慌てて下を覗き込めば、あっという間に小さくなっていく少年の姿があった。

 

 

「追って!」

 

 

 すぐにシルフィードに追うように指示を飛ばすタバサ。

 しかし、少年が自由落下を開始してからすでに三秒。少年はすでに50メイルは下に落下している。

 重力に従って自由落下する少年に対して、空気の流れに沿って滑空するシルフィードが間に合う訳がない。

 だが、少年が地面に激突すると思った直前、タバサは信じられないものを見た。

 

 

「ッ!?」

 

 

 地面に衝突する直前で、何かが光った。

 少年から放たれた青白い光による衝撃と着地の衝撃。

 着地の瞬間、閃光と轟音が炸裂し、大量の土煙が巻き上がるが、それは少し離れていたタバサの目にはまるで特大の雷が落ちたかのように見えた。

 

 

「な、なんだ!?」

 

「敵襲か!?」

 

 

 当然、砦に中に居た盗賊たちに気付かれた。

 すぐに武器を携えた幾人の盗賊たちが砦から現れる。

 少年が着地した地点はまだ大量の土煙に覆われており、詳細は分からない。

 だが、やがて煙が完全に晴れ、少年の姿が顕わになった時、タバサは自分の背筋が凍りついたのを自覚した。

 

 

(ありえない…)

 

 

 上空から少し遠めに見ながら、タバサは思わず自分の目を疑った。

 土煙の中から現れた少年は、青白い電光をその身に纏っていた。バチバチと音を鳴らす雷が全身を帯電させ、凄まじい殺気を全身に漲らせている。

 もしもこの場に無限城の住人が居たならば、その少年の正体を一目で看破しただろう。

 

 ―――無限城の『雷帝』、と。

 

 それはかつて天野銀次という少年の"影"として存在していた裏の人格だった。

 文字通り無限のエネルギーを内包し、物理法則すらも無視した圧倒的な攻撃力と回復力を持つ最強クラスの怪物。

 呪術王と刺し違えたことで一度はこの世から消滅したはずの怪物は、ジョゼフの『サモン・サーヴァント』によって、ハルケギニアという世界に再び降臨していた。

 

 

「な、何だテメェは!!」

 

 

 突然現れた雷を纏った少年に向かって、近くにいた男が武器を構える。

 しかし、少年は興味無さげに男を一瞥すると、右手をその男に向けた。そして、次の瞬間、少年の右手から青白い閃光が放たれる。

 風系統の魔法であるライトニング・クラウド。いや、本物の雷すら遥かに上回る青白い雷光。彼の放った雷撃で、その男は消し炭に変えられていた。

 

 

「何だ、コイツ!? メイジか!?」

 

「こ、このくそ野郎がぁっ!!」

 

「野郎、ぶっ殺してやらぁ!」 

 

 

 一斉に襲い掛かるが、彼らの攻撃は少年に対して一切の効果が無かった。

 少年の纏う雷は文字通りの鎧だった。たとえ攻撃が当たっても彼の纏った雷の鎧に阻まれ傷一つつけられない。

 それどころか全身を帯電させた少年に攻撃を介して触れただけで、感電して即死する。

 

 

「ひ、ひいぃぃぃぃっ!!?」

 

「な、何だよ! コイツ!?」

 

 

 悲鳴と怒声が響きわたる中、少年は次々と向かって来るならず者を黒焦げの死体に変えていった。

 少年が無造作に振るう拳の一撃。その一撃を受けた場所は例外なく消し飛んだ。頭部に打ち込めば首から上が消し飛び、胸部に打ち込めば心臓のある位置が丸ごと消し飛ぶ。

 しかも死体をすべて黒焦げにするというオマケ付きでだ。

 

 

「あ、ありえねえ!?」

 

「強すぎる!!!」

 

 

 もはやその場は、戦いというよりも一方的な蹂躙と化している。それほどまでに少年の強さは出鱈目だった。

 盗賊の中にはメイジも存在していたが、それすらも彼の前には何の意味もない。フレイム・ボール、エア・カッターなどの魔法が少年に襲い掛かるが、少年はそれを避けない。

 そもそも避ける必要がない。それらの魔法は彼の雷の鎧の前に容易く霧散して、全て掻き消されてしまうからだ。

 

 

「おいおい。何の騒ぎだぁ?」

 

「お、お頭!」

 

 

 少年が五十体ほどの死体を作り出したところで、盗賊団のリーダーである男が砦の外に顔を出した。

 リーダーである男は、遠巻きに自分の根城に襲撃してきた少年の姿を見る。こちらの攻撃は雷の鎧に全て阻まれ、少年の放つ一撃は掠りでもしたら黒焦げにされて即死が確定する。

 無表情に淡々と、ひたすらに殺し続ける少年の姿は、まさしく死神のそれであった。

 

 

「いや…マジでやっべえな、アレ。一対一(タイマン)なら絶対勝てねえわ」

 

 

 少年の戦いぶりを見た男は感心したように言った。

 ならず者の集団とはいえ、さすがにこれだけの組織をまとめ上げている人物だけあって、胆の据わり方は中々である。

 

 

「テメエら、奴に迂闊に近付くんじゃねえぞ! ボウガンとか銃とかの遠距離武器を持ってこい!! あと魔法が使える団員は全員呼び出せ!!」

 

 

 近接武器での攻撃では無理だと判断し、遠距離での攻撃に切り替えるように指示を出す。

 実際、その指示は的確であり、盗賊団のリーダーである男は戦場での指揮官としても優秀なようだった。

 

 

「よし、準備はできたな? 撃って撃って撃ちまくれ!!」

 

 

 銃、弓矢、ボウガンなどの遠距離武器を片っ端から持ち出して、少年に向けて撃ちまくる。無論、魔法が使えるメイジは遠距離から精神力が続く限りありったけの魔法を叩き込んだ。

 数十秒間もの長い時間、延々と攻撃が撃ち込まれ、少年の居た場所は大量の土煙に覆われる。それは完全な飽和攻撃であり、この攻撃をすべて受けて生きていられる者など常識で考えたら存在するはずがない。

 

 

「…やったか?」

 

 

 余計なフラグを立てつつ、土煙が晴れていくのを見つめる盗賊たち。

 しかし、土煙が晴れて現れたのは無傷の少年が口元に薄い笑みを浮かべて立っている姿だった。

 

 

「ば、化け物だ!」

 

「か、勝てるわけねえ!!」

 

 

 あれだけの飽和攻撃を真正面から受けて、尚も無傷で佇む化け物。

 そんな恐怖の化け物を前にして、幾人の盗賊たちはパニックに陥っている。

 

 

「あ~あ…、こりゃ駄目だ。今ので倒せないんじゃもう逃げるしかねえな」

 

 

 盗賊団のリーダーは少年を遠目に見ながら呟いた。

 こちらの最大火力が通じなかった時点で、こちらの勝ち目はもはや無い。リーダーである男は即座に砦を放棄しての撤退を決断する。

 ここで撤退の決断を下せるという事実は、間違いなく彼の優秀さを示していた。

 

 

「全員、撤退し…ごひゅっ!?」

 

 

 しかし、彼が撤退の号令を掛けようとした所で、彼の首から上が消し飛んだ。

 

 

「お、お頭ぁ!?」

 

 

 リーダーの傍に控えていた盗賊は息を呑んだ。

 その速さはまさに迅雷。数十メイルは離れていたはずの場所からあっという間にここまで接近し、リーダーである男の首を吹き飛ばしていた。

 絶対的な防御力に、文字通りの必殺の攻撃力。そして、もはや瞬間移動としか思えない移動速度。それらのあらゆる面が常識から逸脱していた。

 

 

「ひ、ひいぃぃぃぃっ!!?」

 

「に、逃げろぉぉぉぉ!!!」

 

 

 もはや恥も外聞もなく、我先にと背を向けて逃げ出していく盗賊たち。

 だが、残念ながらこの雷の少年はそれを許してはくれなかった。

 

 

「生憎だが一人も逃がさん。ジョゼフからそう言われている」

 

 

 少年は右手を空に振り上げ、そこから大きく振り下ろした。

 その瞬間、いくつもの雷が逃げようとした盗賊たちの頭上に落ちた。もちろん落雷に打たれた盗賊は全員が即死である。

 そして、それは逃げようとした盗賊達にだけピンポイントで落雷を降らせたのは明らかだった。

 

 

「ひいぃぃぃぃっ!!?」

 

「た、助けてくれ!!」

 

「ひい!殺さないでぇ!!」

 

 

 その後はもう単純な殲滅戦だった。

 わずか5分足らずの時間で、その場に居た盗賊の全員一人残らず消し炭にされていった。

 たった一人の少年が数百人の盗賊を一方的に殺していく光景を遠目に見ながら、タバサは戦慄せざるを得なかった。

 その場にはすでに数百もの焼け焦げた死体が打ち捨てられ、死体の山が築かれている。

 

 

「さて…、そろそろ仕上げだな。最初からこうしてれば面倒が無かったんだが…」

 

 

 視界に映る範囲の盗賊を全員殺したが、まだ何人かは砦の物陰に息をひそめて隠れていた。

 だが、少年はそれらの隠れている者達すら見逃す気はなかった。彼は砦の中央にまで移動すると、そこで特大の雷を放つ。

 身体から放たれた雷は幾重にも重なり合い、巨大な龍のような姿を形作って天から砦へと襲い掛かった。

 

 

(そんな馬鹿な…)

 

 

 タバサはそこで自分が見た光景が現実のものと信じられなかった。

 少年の放った雷は砦を跡形もなく粉砕し尽くし、辺りは一瞬で瓦礫の山と化していた。

 タバサがクレーターとなった落雷の地点を見ると、高熱によって溶かされた地面が溶けたガラスのような輝きを放っていて、今も蒸気が上がっている。

 もはや歩く戦略兵器としか言いようがない異次元の戦闘力。その異次元の強さを見せつけられたタバサは、ここでようやく今回の任務の意図を理解する。

 

 

 

『本来なら俺があの砦を丸ごと消し飛ばせば一番早い』

 

『今回はジョゼフからこう言われている。お前に見せつけるように盗賊を敢えて一人ずつ駆除しろ、とな』

 

 

 

 少年が盗賊たちを襲撃する直前に言った言葉。

 最初から砦ごと消し飛ばすことが出来たはずなのに、敢えて見せつけるように一人ずつ殺していった理由。

 最早、その理由は一つしか思い浮かばない。タバサは恐怖に身体を震わせながら地上に居る少年を見ていたが、少年はふっと肩の力を抜くように纏っていた雷を消した。

 そうして、身に纏っていた雷を消した少年は、上空に居るタバサの方へと目を向ける。少年と目が合い、思わず身を竦めてしまうタバサだったが、ふと少年の唇が動いているのに気づく。声は届かなかったが、唇の動きから「来い」と言っているのがはっきり分かった。

 タバサは恐怖に震える身体を無理やり抑えて、少年の近くにシルフィードを降ろさせた。

 

 

「…その様子なら、ジョゼフが今回の任務を命じた理由を理解出来たみたいだな」

 

 

 少年はタバサを見て鼻で哂うように言った。

 最初に出会った時から、この少年が強いのは分かっていたつもりだった。

 だが、まさかここまで出鱈目に強いとは流石のタバサも想像すらしていなかった。

 余りにも強力で、冷酷な殺戮者を前にして、タバサは声を出すことすら出来ない。ただ、少年の前に立っていることだけで精一杯だった。

 恐怖に身を竦ませ、一言も喋れないでいるタバサを見て、少年は無感情に淡々と告げる。

 

 

「…ジョゼフから伝言を預かっている。『お前が私への復讐を諦めないでいられるか愉しみにしている』だそうだ」

 

 

 その伝言を伝えられた瞬間、タバサは足元から崩れそうになる感覚に襲われた。

 やはり間違いない。今回の任務の意図は、この少年の絶望的な強さを自分に見せつける為だったのだと、タバサは確信を強める。

 もしもタバサがジョゼフへの復讐を諦めないなら、いつかこの少年が敵として立ち塞がる。そんな絶望的な未来を分かった上で、それでもなお復讐のために立ち向かって行けるかどうか。ジョゼフはそれを試そうとしている。

 

 

「さて…、これで俺の任務も終わりだ。お前が復讐を諦めるかどうかは俺にとってはどちらでもいい。だが、挑んでくるなら俺は容赦しない。俺を相手にして勝てる自信があるなら、いつでも戦いを挑んで来い」

 

 

 最後にそう言い残し、ジョセフの使い魔と名乗った少年は踵を返した。

 そして、少年が立ち去った後、その場所にはタバサとシルフィードだけが残される。だが、残された彼女は足が震え、その場から一歩も動けないままでいた。

 500人は居たはずの敵をあっという間に滅ぼした次元の違う戦闘力。それは彼本来の実力のほんの一端に過ぎないものでしかなかったが、タバサの背筋を凍らせるには十分だった。

 アレはもう実力の差が大きいとか、戦えるとかそういうレベルじゃない。あいつの前では、自分は一方的に蹂躙されるだけの存在でしかない。

 

 

(どうしたらいい? 一体どうしたら…! アレはもう私一人の手に負えるレベルじゃない…!)

 

 

 あの少年が自分の敵として立ち塞がる。

 その余りにも絶望的な状況を想像しただけで身体が震える。眩暈がする。頭が痛い。吐きそうだ。

 膝から崩れ落ち地面に倒れそうになる寸前で、シルフィードに支えられる。だが、そのシルフィードですら恐怖のあまり身体を震えさせていた。

 シルフィードに支えられながら、ただただ恐怖に身を震わせることしか今のタバサには出来なかった。

 

 




あとがき:

 とりあえずガリアの王様には『真・雷帝』を召喚してもらいました。残りの『虚無の使い魔』も奪還屋のキャラクターにする予定です。
 ガリア側の勢力に雷帝を組み込んだ以上、将来的に原作本編では描かれなかった赤屍 VS 真・雷帝のバトルとか描けたら良いな~、とか考えてます。
 けど、この二人が本気で戦ったら、その余波だけでトリステイン程度の国は丸ごと消し飛びそうだな…(汗

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