ゼロの『運び屋』-最強最悪の使い魔-   作:世紀末ドクター

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第七話『決闘騒ぎの後』

 ギーシュが全身をバラバラにさせて死亡するという大事件。

 当然、学院中がその前代未聞の事件に騒然となった。翌日になっても学院はその事件の話題で持ち切りになっており、学院長室ではオスマンとコルベールが揃って頭を抱えていた。

 決闘が終わった時点ではギーシュは普通に生きていた。それがまさか決闘が終わってから30分後に時間差で死亡するなどと、オスマンも想像すらしていなかった。

 

 

「オールド・オスマン…、もしも我々が最初から『眠りの鐘』を使っていれば彼は死なずに済んだんでしょうか…?」

 

「……その判断を下したのはワシじゃよ。全ての責任はワシにある」

 

 

 何かに疲れたようなコルベールとオスマンの声。

 もしも最初から『眠りの鐘』を使っておけば、或いはこんな事態にはなっていなかったのだろうか。そんな後悔が後から後から押し寄せる。

 しかし、赤屍蔵人という男の危険性を学院中に周知させる為にはあの決闘騒ぎは逆に都合が良かったとも言える。

 

 

 ――ドットメイジ程度なら本当の意味で気付く前に殺せる――

 

 

 常識を超えた殺人スキルの持ち主。

 この事件を切っ掛けに赤屍の実力と危険性はすでに学院中に知れ渡っていた。

 恐らく赤屍に迂闊にケンカを売るような者は、この学院には今後一人たりとも現れないだろう。

 オスマンが敢えて『眠りの鐘』を使わなかった理由には、そういった見せしめ的な狙いも無かったとは言えない。

 

 

(生徒を守るべき教師としては失格じゃな、ワシは……)

 

 

 内心でオスマンはそう自嘲した。

 いずれにせよ生徒の一人が死亡したことは間違いない。

 関係各所への事情説明や調整など、学院の責任者としてやらなければならないことは山ほどある。

 これから処理しなければならないであろう膨大な仕事にオスマンが憂鬱な気分になっていると、不意に学院長室の扉がノックされる音が聞こえてきた。

 

 

「失礼しますよ、学院長」

 

 

 姿を現したのは学院中の話題を独占している人物、赤屍蔵人だった。

 生徒の一人を殺しておきながら赤屍の様子は何も変わった様子がない。おそらくこの男はギーシュを殺したことに対する罪の意識など欠片も持ち合わせていない。

 思わずその場から立ち上がり、赤屍に食って掛かりそうになるコルベール。しかし、オスマンは片手を挙げてコルベールを制した。

 

 

「……落ち着きたまえ。たとえ君でも彼には勝てんよ」

 

「し、しかし!」

 

「君の気持ちは分かる。じゃが、ここは堪えたまえ」

 

 

 コルベールと対照的にオスマンは氷のような冷静さを保っていた。

 学院の責任者という立場にいる自分がここで冷静さを失えば全てが終わりだ。

 オスマンはまるで崖っぷちの戦場に赴く兵士のような心境で赤屍に訊ねる。

 

 

「ミスタ、何か用かね?」

 

「ええ。お話したいことが幾つかありまして」

 

 

 そう言って、赤屍は話を切り出した。

 

 

「まずはルイズさんのことです。実際に彼女の『爆発』を見せて貰ったことで確信しましたよ。彼女の持つ力は強力過ぎます。あれは生半可な術式でコントロール出来る代物ではありません」

 

「それは本当かね? そうだとしたら、やはり間違いなさそうじゃの…」

 

 

 赤屍の話にオスマンは眼光を鋭くさせる。

 彼の左手に刻まれた『ガンダールヴ』のルーンと併せて考えるなら、ルイズの系統はもはや確定的かもしれない。

 オスマンは話すべきか一瞬迷ったが、ここは下手に誤魔化すよりも正確な情報を与えたほうが今後のためだろう。そう判断して、話し始める。

 

 

「……まず君の左手に刻まれたルーンじゃが、ただの使い魔のルーンではなく、ガンダールヴという特別な使い魔に刻まれたルーンなのじゃ」

 

「ガンダールヴ、とは?」

 

「始祖ブリミルに仕えたという伝説の使い魔の一体じゃよ。ありとあらゆる『武器』使いこなし、その強さは千人もの軍隊を一人で壊滅させるほどの力を持っていたそうじゃ」

 

 

 オスマンは自分が知っている範囲のことを赤屍に語った。

 そして、オスマンの話の内容は核心部分へと移って行く。

 

 

「彼女は『始祖』と呼ばれる存在が使役した使い魔を呼び出した。つまり、彼女は始祖と同じ力を持ち得るということじゃ。ほぼ間違いなく彼女の系統は、失われしペンタゴンの一角『虚無』じゃろう」

 

「『虚無』ですか……。土・水・火・風の四大系統に属さない、すでに失伝している伝説の系統、でしたかね?」

 

 

 オスマンの話から赤屍はシュヴルーズの授業で教えられた内容を思い出していた。

 始祖ブリミルが扱えたとされる伝説の系統。だが、それはすでに失われた系統であり、もはや伝説の中にしか残っていない。

 

 

「おそらく虚無の魔法を教えられるのは、虚無のメイジのみじゃろう。しかし、虚無の使い手などハルケギニア中を探しても見つかりはせん」

 

「ふむ。それではこの先、ルイズさんが虚無系統の魔法を使えるようになる見込みは無いということですか?」

 

「いや、それは早計じゃ。始祖ブリミルも自分の魔法を後世に残そうとしたはずじゃからの。もしかすると始祖ゆかりの秘宝にならば、なんらかのヒントが隠されておるかもしれん」

 

 

 オスマンは赤屍にそう語った。

 しかし、現状でルイズが虚無魔法を扱えるようになる可能性は限りなく低いと言える。

 何故なら始祖の伝説そのものは広く伝わっているが、残っている始祖の秘宝は贋作だらけで、現存する本物の秘宝は驚くほどに少ないからだ。

 流石に王家に伝わるような秘宝なら本物である可能性は高いが、そんな国宝級の代物をおいそれと持ち出すわけにはいかない。

 

 

「それと、ここで話したことは他言無用にお願いしたい。もしこんな話が王宮にでも漏れたら大変じゃ。暇を持て余した宮廷雀どもが、戦がしたいと鳴き出しかねん」

 

 

 ルイズの系統や、ガンダールヴのことは内密にしてくれと頼むオスマン。だが、赤屍にとって戦乱と殺戮はむしろ望むところでしかないだろう。

 最悪の場合、この男が自ら率先して王宮に売り込みに行くのではないかとオスマンは危惧していた。

 しかし―――

 

 

「分かりました」

 

 

 意外なことに赤屍はあっさり引き下がった。

 オスマンは余りに意外な赤屍の反応に拍子抜けしてしまったくらいだ。

 

 

「……意外じゃよ。そんなにあっさり引き下がるとはの」

 

「クス、簡単ですよ。私はあくまで『運び屋』ですから。仕事の見返りに報酬を貰う―――雇用というのはある種のギブ&テイクの関係です。そういうギブ&テイクの関係なら問題ないんですが、そういう欲望に塗れた権力者は、下の者を一方的に利用することしか考えてませんからね。私は一方的に利用されるだけというのは嫌いなんですよ」

 

 

 意外そうな表情を浮かべているオスマンに赤屍は苦笑して言った。

 実際、私欲を満たすことしか頭にない権力者は、赤屍にとっても余り好きな人種ではない。そういう連中は大抵の場合、下の者を一方的に利用することしか考えていないからだ。

 これまで赤屍に仕事の依頼をしてきた者の中にもそういう連中は数多く居たが、そういう連中の多くは依頼を成功させた赤屍への報酬をケチったり、口封じのために依頼を成功させた赤屍を殺そうとしたりで、どいつもこいつも碌なことをしない。

 もっとも、そのような一方的な契約違反をやらかした者は全員が赤屍に殺されていることは言うまでもないが。

 

 

「ですから、学院長――」

 

 

 そこで赤屍は言葉を切る

 そして、赤屍はオスマンの心配を完全に見透かした上で言った。

 

 

「――とりあえずは安心していいですよ? 少なくとも、私が自分から争いの種を蒔くことはありませんから。わざわざそんなことをしなくても、いずれ厄介事は向こうからやってきます」

 

「………」

 

 

 赤屍の言葉にオスマンは押し黙った。

 オスマンも普段の漂々とした態度からは想像もつかないほど、過酷な人生を歩んだ人間である。

 だから、赤屍の言葉の意味も理解できる。強大な力を持ってしまった者は、いつか必ず大きな流れの中に巻き込まれる。ルイズや赤屍が持つ力は、そういう種類の力なのだろう。

 そのままオスマンが押し黙ったままでいると、ふと赤屍は別の話題を切り出してきた。

 

 

「ところで、学院長。一つお尋ねしたいのですが、『聖痕(ステイグマ)』という言葉に心当たりはありますか?」

 

「? 何じゃね、それは?」

 

「どうやら知らないようですね。それが確認できただけで十分です」

 

 

 そう最後に言い残し、赤屍は学院長室を後にする。

 教師二人は赤屍が学院長室から出て行くのを黙って見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 赤屍が学院長室でオスマンと話をしている頃、ルイズは真っ白に燃え尽きていた。

 ルイズの座る対面の席にはキュルケが居たが、現在、ルイズのヤケ酒に付き合わされる形になっている。

 

 

「マスター……ワイン、お代わり」

 

「誰がマスターよ…」

 

 

 どうやら朝から飲み続けているらしく、キュルケがルイズの様子を確認しに部屋を訪れた時には既にルイズは完全に酔っ払いと化していた。

 それにしてもテーブルに突っ伏したルイズの口から魂のようなモノが半分抜け出ているように見えるのはキュルケの気のせいだろうか。

 だが、今の状況を考えればルイズがこうなってしまうのも無理はない。

 

 

「うぅ…ひっく…だってだって! ギーシュを殺したのってどう考えても赤屍じゃないのよ~! 私がアイツを召喚しちゃったばっかりに……」

 

 

 ギーシュを殺したのが赤屍だというのは学院の生徒の間では殆ど公然の秘密となっている。

 建て前の上ではマリコルヌが容疑者扱いされているが、あのようなバラバラ殺人をマリコルヌが行う理由もなければ動機も無い。

 つまり、あの男はギーシュをあっさり殺してのけて、あまつさえ無実のマリコルヌにその罪を擦り付けているということだ

 キュルケは手に持ったグラスを弄びながら呟くように言った

 

 

「まあ、ギーシュの両親には二度と顔向け出来ないわよねぇ…」 

 

 

 キュルケの言葉に「うわーん!」と大泣きするルイズ。

 その悲哀たるや普段は敵対しているはずのキュルケですら同情してしまう程だった。

 そうしてキュルケが「よしよし」とルイズの頭を撫でて慰めていると、やがて「Zzz…」という寝息が聞こえてきた。

 

 

「やっと潰れたみたいね…」

 

 

 部屋の中には空になったワインの瓶が四本も転がっている。この少女、明らかに飲み過ぎである。

 だが、これだけの事件を起こされれば、ルイズでなくともお酒に逃げたくなるのは当然だろう。

 

 

「……全く世話を焼かせるわね。この子も」

 

 

 キュルケは酔い潰れたルイズを抱きかかえ、ベッドに移動させる。

 ライバルの情けない姿を見るのはキュルケとしても本意ではない。自分のライバルを名乗るのであれば、いつも自信満々で華麗に振る舞っていて欲しいと思ってしまう。

 しばらくの間、キュルケが寝息をたてるルイズの顔を眺めていると、ふと部屋の扉がノックされる音が響いた。

 

 

「失礼しますよ」

 

 

 現れたのは全ての元凶である黒ずくめの男だった。

 部屋に入った赤屍はすぐにルイズが酔い潰れて眠っていることに気付く。

 

 

「おや、ルイズさんはお休み中でしたか」

 

 

 まるで他人事のように言う赤屍。

 しかし、一体誰の所為でルイズがこんな状態になっていると思っているのか。

 キュルケは内心で溜息を漏らすと、少し皮肉気に赤屍に言う。

 

 

「この子がこんな風になってるのは、どこかの誰かさんの所為なんだけどね?」

 

「クス…、それはそれは、困った人も居たものです」

 

 

 内心で「そりゃアンタのことよ」と呆れながらキュルケは赤屍のことを改めて観察する。

 今更ながらこの男、メイジを殺害しておいて迷いや戸惑いといったものが全く無い。まるでそれが日常であるかのように平然としている。

 

 

(もう『メイジ殺し』ってレベルすら超えてるわね…)

 

 

 キュルケは赤屍のことを観察しながら、そう思った。

 魔法を使える者と使えぬ者。このハルケギニアの常識では両者には絶対的な差が存在している。

 たとえ『メイジ殺し』と呼ばれる者であっても、正面からの戦いでトライアングルやスクウェアレベルのメイジが相手となれば分が悪いのが普通だ。

 だが、この男にそんな常識は通用しない。キュルケはギーシュとの決闘の様子を見て、そのことを確信していた。実際、自分がこの男と戦う場合を想像してもまるで勝てるヴィジョンが浮かばない。

 明らかにハルケギニアの常識から外れた異質な存在だとキュルケは感じた。

 

 

「まあ、今回の事はギーシュの自業自得だしねぇ…。でも、今後はあまり騒ぎは起こさないで貰えるかしら? 今回みたいな騒ぎを何度も起こされたら、たぶんその子の精神が潰れちゃうし…」

 

「クス…、分かってますよ。向こうから仕掛けてこない限り、基本的に私からは何もしません」

 

「ホントに頼むわよ? この子のこと」

 

 

 キュルケは念を押して赤屍に言った。

 彼女自身、何だかんだでルイズのことを心配しているのだ。そうでなければ、わざわざルイズの様子を見に来たりしない。

 自他共に認める犬猿の仲であっても、実際には認めるべきところはキチンと認めている。無限城世界にも美堂蛮と冬木士度という顔を合わせる度に「猿マワシ」「蛇ヤロー」などと罵倒し合う犬猿の仲の二人が居るが、ルイズとキュルケの二人の関係はそれに似ていた。

 

 

「ところで貴方、この子に用があったんじゃないの?」

 

「ええ。そのつもりだったんですがね。見たところ完全に酔い潰れていらっしゃいますし、少し待たせてもらいますよ」

 

 

 そう言って赤屍は部屋の椅子に腰を下ろした。

 どうやらルイズが目を覚ますまで待つつもりのようだ。

 

 

「いいの? 多分その子、数時間は起きないと思うけど」

 

「別に構いませんよ。ちょうどメスの手入れをしたいと思っていたところです」

 

「ふーん…。ま、私もちょっと飲みすぎちゃったわ。私はもう部屋に戻るから、その子のことよろしく頼むわね。ドクター?」

 

 

 そう言い残して、キュルケは部屋から出て行った。

 赤屍はポケットから小さい砥石を取り出すと、手持ちのメスを砥ぎだした。シャリシャリと刃物を研ぐ音が部屋の中に響く。

 やや薄暗い部屋で薄い笑みを浮かべたまま、刃物を研ぐ黒ずくめの男。傍から見たその姿はどう考えても軽くホラーである。

 それから数時間後、ルイズが目を覚ましてメスを研いでいる赤屍の姿を見たとき、彼女の悲鳴が学院の寮に響き渡ったことは言うまでも無い。

 

 

「アイエエエエエエエエエエエ!?」

 

 

 少しの間、「アカバネ!?アカバネナンデ!?」「コワイ!」「ゴボボーッ!」などと混乱していたルイズだったが、すぐに落ち着きを取り戻した。

 ちなみにこうしたルイズの愉快な悲鳴が学院に木霊するのは、今後の学院では半ば日常茶飯事な出来事と化していくのだが、それは余談である。

 

 

「クス、ようやく落ち着いてくれたようで」

 

「赤屍ぇぇぇぇ! アンタねえ!私を怖がらせる為にわざとやってんの!? わざとやってんでしょ!!」

 

 

 ルイズは怒りを爆発させて赤屍に詰め寄る。

 しかし、赤屍の方は打てば響く太鼓のようなルイズの反応を愉しんでいるという感じだ。

 もはや「銀次弄り」ならぬ「ルイズ弄り」のターゲットに認定されてしまったようで、完全にご愁傷様である。

 

 

「それよりルイズさん。随分と飲んでいたようですが体調は大丈夫ですか?」

 

 

 赤屍に言われ、ルイズは自分がヤケ酒をしていた事を思い出す。

 赤屍への怒りが冷めていくと同時に、彼女は凄まじい頭痛と嘔気を自覚した。

 

 

「うぅ…気持ち悪い…うっぷ、死にそう…」

 

 

 思わずベッドにうつ伏せに倒れこむルイズ。どこからどう見ても完全な悪酔い状態である。

 赤屍はあらかじめ用意していた嘔吐用のバケツをルイズに手渡した。それに加えて、水分補給の為の水とコップも用意している辺り無駄に準備がいい。

 

 

「あ、ありがと。うっぷ…オロロロロロロ~」

 

「クス、これが所謂『ゲロイン』という奴ですかね?」

 

「だ、誰の所為でこうなってると…!うっ! オロロロロロロ~」

 

 

 もはやルイズは乙女としてどうか?という状態になっていた。

 だが、この場合は仕方がない。ヒロインだって人間なのだ。落ち込むことだってあれば、ヤケ酒を飲むこともあれば、ゲロを吐くことだってあるだろう。

 そうして、乙女にあるまじき醜態を晒しながら、ようやく嘔吐が治まった頃にはすでに夕食が始まるような時刻になっていた。

 

 

「ルイズさん、そろそろ夕食の時間のようですが食べられますか?」

 

「今は無理…」

 

 

 ルイズはぐったりとベッドに横になったまま、消え入りそうな小さな声で返事をする。何とか嘔吐だけは治まったが、体調は依然として最悪だった。

 一般に悪酔いや二日酔いと呼ばれる症状はアルコールの中間代謝産物であるアセトアルデヒドの毒性と脱水によって引き起こされると言われている。

 したがって二日酔いの対処法としては、水分を補給することがまず第一であり、また肝臓でのアルコール分解には糖分が必要であるため糖分をとることも有効となるのだが、それを知っている赤屍の対応は完璧だった。

 

 

「それでは水分補給には、これを飲むようにして下さい。砂糖と塩、オレンジ果汁を混ぜて作った自作の経口補水液ですので、ただの水を飲むよりは効果的でしょう」

 

 

 そう言って、赤屍は自作の経口補水液の入った水差しを部屋のテーブルに置いた

 どうやらルイズがゲロイン化している時、赤屍はこれを作っていたらしい。

 

 

「それではルイズさん。本当は貴女に相談したいことがあったんですが、今は体調が優れないようですので、また明日、改めて顔を出すことにしますよ」

 

 

 そう言って赤屍はルイズの部屋を立ち去り、食堂に向かった

 後に残されたルイズはもう二度とこんな無茶な酒の飲み方はしないと固く心に誓ったのだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ベッドに横になっているルイズを差し置いて赤屍が食事を済ました頃、おずおずといった感じで赤屍に近づく女性が居た。

 ギーシュと赤屍が決闘をする切っ掛けにもなったメイドであるシエスタだった。

 

 

「あの…昨日はその…助けて頂いてありがとう御座いました…。でも、すいません。私なんかを助けるために大変な事になってしまって…」

 

 

 心底申し訳なさそうに頭を下げるシエスタだったが、ギーシュを殺したことに関しては赤屍は全く気にしていない。

 実のことを言えば、赤屍が気になっていたのはギーシュなどよりもシエスタの方である。このメイドは赤屍の興味を引くだけのものを持っていた。

 相手の気配からその相手の強さを推し量るという能力は、一般に自分の実力が上がるに従ってその精度が上がっていく。当然、赤屍クラスの実力者なら相当な精度で相手の実力を見抜くことが出来る。だからこそ、赤屍は見抜いていた。恐らくはシエスタ本人にすらも知らされていない彼女の右眼に刻まれた秘密を。

 

 

「貴女が気にする事ではありませんよ。私に言わせれば、ギーシュ君よりも貴女の方がよほど面白い素材です」

 

 

 そうでなければわざわざ助けたりしない。

 恐らく彼女は生まれてすぐ右眼に封印を施されている。

 一体誰が彼女の右眼の『聖痕(ステイグマ)』に封印を施したのかは知らないが、もしも封印が解けていればそこらのメイジなど全く相手にならないだろう。それくらいの潜在能力は確実にある。

 しかし、そのことを自覚していないシエスタからしてみれば赤屍の言葉に首を傾げるしかない。

 

 

「? 私、そんなに面白いですか?」

 

「ええ。とてもね」

 

 

 そう言って、赤屍はシエスタに微笑みかけた。

 この場合の赤屍にとっての「面白い」とは、「自分の強敵と成り得る可能性を持っている」という意味なのだが、それを知らないシエスタは赤屍の言葉を額縁通りに受け取った。

 赤屍がシエスタを助けた理由は、自分の強敵と成り得る見込みがあったからであり、決してただの善意だけの行動ではない。だが、結果的に赤屍に助けられたの事実であり、シエスタは純粋に赤屍に感謝しているようだった。

 

 

「それはそうと、赤屍さんのこと学院の平民の間でも噂になってますよ」

 

「どんな噂ですか?」

 

「えっと、『ダークヒーロー』みたいなメイジ殺しだって」

 

 

 この時点での学院の貴族の間では、自分達の優位性を脅かす存在として赤屍は恐怖の対象でしかなかった。

 しかし、シエスタを含めた学院の平民の間では、実はそれほど評判は悪くなかったりする。実際、今の時点で赤屍は平民に対しては一切の危害は加えておらず、傲慢な貴族の鼻っ柱をへし折ってくれた男ということで、赤屍のことを『ダークヒーロー』として憧れを抱く平民もいくらか居たようである。

 

 

「クス…、私が『ダークヒーロー』ですか」

 

 

 シエスタの話を聞いた赤屍は愉快そうに笑った。

 赤屍自身、自分が「人格者としての主人公像」とは程遠いことは自覚している。そういう意味では、赤屍のことを的確に表現した言葉かもしれない。

 他人からどう評価されようが赤屍にとってはどうでもいいことだが、中々面白い評価である。

 

 

「ところで、赤屍さんはお医者様なんですよね?」

 

「まあ、一応ね。普段は医務室に居ますので、怪我人や病人が出た時には連れて来てください。無料で診てあげますよ」

 

「無料で!? 本当ですか!? な、何だか悪いです。こっちばかりお世話になってるみたいで…」

 

「クス…、困った時はお互い様ですよ。何より私が好きでやっていることです」

 

「あ、ありがとうございます! みんな助かります!」

 

 

 赤屍の言葉に真っ白な笑みをシエスタは返した。

 これ以降、学院の平民の間では赤屍は秘薬や魔法に頼らない医術を駆使する名医としても知れ渡っていく。

 ちなみに料理長のマルトーも赤屍の治療を受けた一人で、カイロプラティックの施術で持病の腰痛をわずか五秒で治療されたらしい。

 なお赤屍がマルトーの腰痛に対して行った施術の際、彼の身体からは「ゴキゴキ!」「ベキャ!」「ゴリッ!」などというおよそ人体から鳴ってはならない種類の音が聞こえていたのは余談である。

 


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