ゼロの『運び屋』-最強最悪の使い魔-   作:世紀末ドクター

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第四話『契約』

 目が覚めた時、ルイズは医務室のベッドの上だった。

 どうも記憶がはっきりしない。どうして自分はこんな所で寝ているんだろう。

 ぼんやりと記憶の糸を手繰る。霞が掛かったような頭の中の光景を順に思い出し、そして―――

 

 

「っ!?」

 

 

 ルイズは全てを思い出して跳び起きた。

 自分の『サモン・サーヴァント』の召喚で、黒ずくめの男が現れたこと。

 そして、その男に自分の胸にメスを突き刺されたこと。

 

 

「夢……だったのかしら?」

 

 

 思わず胸に手を当てて自分の心臓の鼓動を確認するルイズ。

 ルイズはシャツのボタンをあけて襟元を広げ自分の胸元を確認したが、刺されたような傷は全く残ってない。

 やっぱりあれは夢だったのかと安堵の溜め息を吐く。しかし、そんな彼女をどん底に突き落とす声が響いた。

 

 

「クス…わざわざ傷が残らないように刺した甲斐がありましたね」

 

 

 声がした方に視線を向けると、見覚えのある黒ずくめの男。

 これが間違いなく現実であることを認識したルイズは、ショックの余り再び気を失ったのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ルイズの二度目の失神からおよそ30分後。

 二度目の失神から目を覚ましたルイズの目の前には、やはり見覚えのある黒ずくめの男がコルベールと共に立っていた。

 

 

(やっぱり、夢じゃなかったのね…)

 

 

 これが夢だったならどれほど良かったか。

 ルイズはベッドから這い出ると、赤屍をキッと睨みつける。

 しかし、当の赤屍は薄い笑みを浮かべたまま、そんなルイズの視線をさらりと受け流していた。

 赤屍は帽子のツバを少しだけ持ち上げるようにして挨拶する。

 

 

「クス、改めて自己紹介をしておきましょうか。私の名前は赤屍蔵人。『運び屋』をしています」

 

 

 初めて会った時と変わらない笑顔を浮かべる赤屍。

 その笑顔を見てルイズは、ゲンナリした様子で自分の名前を名乗った。

 

 

「……ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」

 

「ふむ。それでは、ルイズさんとお呼びすることしましょう」

 

 

 どうやらこの男は、他人の心臓のすぐ傍にメスをぶっ刺した事に対して謝罪の気持ちは欠片も持っていないらしい。

 それにしても、召喚した『使い魔』にいきなり殺されかけるなどと、はっきり言って飼い犬に手を噛まれるどころの話ではない。

 

 

(…ってか、コイツ、本当に人間なの?)

 

 

 改めてルイズはそう思わずにはいられなかった。

 最初に出会った時に感じた圧迫感と威圧感については、赤屍が意図的に抑えているのか今のところは鳴りを潜めている。

 しかし、まるで自分の常識が通用しない異邦に迷い込んだような得体の知れない雰囲気は今もそのまま感じる。正直、妖魔か亜人が人間に化けていると言われても、そのまま信じてしまいそうなくらいだ。

 目の前の存在が本当に同じ人間なのか分からない。明らかに違う存在だとルイズは思った。

 

 

「さて、ルイズさん。これからアナタの『使い魔』をやっていくことになりました。どうぞよろしく」

 

「え?」

 

 

 ルイズは一瞬、聞き間違いかと思った。

 まだ出会ったばかりだが、実際に赤屍の刃をその身に受けて、殺されかけたルイズには感覚として分かる。

 この男は他の誰かに付き従うような人間ではない。何故なら、この男は『絶対者』だからだ。自分達がどんな小細工を弄しても、この男はいつでも自分達を殺せる位置に立っている。

 そんな男がまさか自分から使い魔になると申し出てくるとは、ルイズは全く予想していなかった。

 

 

「ところで、一応聞いておきますが、意図的に狙って私を召喚した訳ではありませんよね?」

 

「そんなの当たり前よ。別に狙ってやったわけじゃないわ。狙って呼び出せるならドラゴンとかグリフォンとかを呼び出してるわよ。それと私の使い魔になるっていうなら、私の事はご主人様って……えぇと、やっぱり何でも無いです」

 

 

 自分のことをご主人様と呼ばせようとしたが、すぐに撤回するルイズ。

 あの気の強い性格のルイズがこんな低姿勢な態度をとることは珍しいのだが、実際に殺されかけたという事情を鑑みれば無理はないだろう。

 そんな怯えたルイズの様子が可笑しいのか、赤屍はクスクスと愉快そうに笑った。

 

 

「クス、それは残念でしたね。召喚されたのが、よりにもよってこの私で」

 

 

 赤屍の言葉にルイズは「全くだわ…」と内心で呟く。

 この男を使い魔にするくらいなら、どこかの普通の平民を使い魔にした方が遥かにマシな気がする。具体的には、どこぞの17歳の平凡な男子高校生とか。

 心の中で絶望的に落ち込むルイズだったが、いつまでも落ち込んでもいられない。ルイズは何とか気持ちを切り替えると、先程から疑問に思っていたことを訊ねた。

 

 

「ところで、どうして使い魔になってくれる気になったの…? はっきり言って、アンタって、誰かに従うような奴じゃないでしょ?」

 

「いえ、少しアナタに興味が沸きましたので」

 

「私に?」

 

 

 思わずキョトンとするルイズ。

 赤屍も予想していたことだが、やはり彼女自身には全く自覚はないらしい。

 

 

「わざわざ世界の壁を越えてまでこの私を召喚した。アナタに自覚はないようですが、これは並大抵の術者に出来る芸当ではないんですよ」

 

「世界の壁を越えて…? それってどういうこと…?」

 

 

 やはりルイズにとっては耳慣れない言葉だったらしい。ルイズは赤屍の言葉にキョトンとした表情を浮かべている。

 赤屍はそんなルイズの様子にクスリと笑うと、オスマンとコルベールに話した事と同じ内容を説明した。自分が、ここではない別の世界から召喚されてきたこと。

 そして、ルイズがやってのけた事が、どれだけ途方もない偉業なのかを。

 

 

「そもそも次元の壁を越えることだけでも、相当な力量が無ければ出来ないことです。私の世界でも次元や空間の壁を破ることが出来る者は何人か居ましたが、いずれも高レベルの実力者ばかりですよ」

 

 

 ましてやルイズは、最強クラスの化け物として知られる赤屍蔵人を召喚した。

 これほどの偉業を成し遂げた者が、何の素質も持っていない人間である筈が無いのだ。

 

 

「……そんなこと言われても、実感わかないわ」

 

 

 しかし、ルイズ本人にはいまいちピンと来ない様子だ。

 何しろこれまでどんな魔法を試しても原因不明の爆発が起こってしまい、どんな魔法も上手く行ったことがないのだ。

 そんな状況で「自分にとんでも無い才能が秘められている」と言われても、すぐに納得できるはずがない。

 

 

「だって、私、『ゼロ』だもの。どんな魔法を試しても起こるのは爆発ばっかりで、上手く行ったことなんて一度も無いのよ?」

 

 

 疲れたような声でルイズは言う。何というか「どうせ自分なんて…」と卑屈になっている感じだ。

 自分がどんなに優れた力を持っていると言われても、失敗の原因が判明しなければ意味がないのだ。

 しかし、当の赤屍は興味を失うどころか逆に面白そうな表情をしていた。

 

 

「ほう? どんな魔法を試しても爆発が起こると? それはますます興味深いですね」

 

 

 そんな赤屍の様子に反応したのは、ルイズではなく、傍に控えていたコルベールだった。

 別の世界からやって来たという彼なら、もしかしたら彼女の魔法が失敗する原因を突き止めることが出来るかもしれない。

 そんな期待を込めてコルベールは赤屍に訊ねる。

 

 

「ひょっとして、彼女の魔法が失敗する原因に心当たりがあるのですか?」

 

「ええ。まあ、仮説程度のものですけどね。おそらく、既存の術体系がルイズさん自身の特性に合致していない。もしくは、彼女の持つ力が強大すぎて既存の術体系では制御し切れずに暴走しているかのどちらかでしょう。もっとも実際に検証してみないことには、はっきりしたことは分かりませんがね」

 

 

 つまり、魔法の手順などを間違うなどの術者側の原因で失敗しているのではなく、使おうとする魔法そのものが最初から間違っている可能性があると赤屍は指摘した。

 魔法至上主義のハルケギニアの常識からでは、魔法自体を疑うという発想は中々出てこない。実際、これまで余り考えたこともない発想だったのか、コルベールは目を丸くしている。

 

 

「まあ、それについては後で検証して行けば良いでしょう。今はそれより、使い魔の『契約』とやらを優先したらどうですか?」

 

 

 赤屍に言われて、ルイズは「あっ」と思い出す。

 今の今まですっかり忘れていたが、契約の魔法である『コントラクト・サーヴァント』についてはまだ完了していない。

 しかし、最大の問題は肝心の契約の仕方である。

 

 

(よりによって、コイツとキス…?)

 

 

 ルイズは思わず赤屍の方をチラリと見る。

 確かに顔は美形だ。しかし、全身から滲み出る禍々しい雰囲気と、自分を殺しかけたという事実が全てを台無しにしている。

 よりにもよって自分を殺しかけた相手がファーストキスの相手だとは、こんな理不尽なことがあっていいのか。しかし、ここで契約出来なければ、自分は留年が確定してしまう。

 これまでの十数年の人生の中で恐らくは最高の苦悩に頭を抱えるルイズ。

 

 

「あの~、コルベール先生。実際に『サモン・サーヴァント』で召喚自体は成功してる訳ですし、『コントラクト・サーヴァント』は免除して欲しいんですけどー…?」

 

「ミス・ヴァリエール、貴女の気持ちは分かりますが…」

 

 

 ルイズは一縷の希望を込めてコルベールに訊ねたが、例外は認められないと彼は首を横に振った。現実は彼女にとってあまりにも非情である。

 しかし実際問題として、今後のことを考えるなら『コントラクト・サーヴァント』を免除する訳にはいかなかった。コルベールが『コントラクト・サーヴァント』を免除しなかった理由は、単に伝統であるというだけではない。もっと実利的な理由からである。

 はっきり言って『コントラクト・サーヴァント』によるルーンの束縛効果がこの男にどこまで有効かは分からないが、赤屍蔵人という危険人物を抑える為の手札は多いに越したことは無い。

 コルベールも若干気が進まないながらもルイズに契約を促す。

 

 

「えー…、それでは彼と契約の儀式を」

 

「うぅ…、分かりました…」

 

 

 シクシクと涙を流すルイズ。

 しかし、しばらくして覚悟を決めたようで、ルイズは顔を上げ赤屍に歩み寄る。

 

 

「我が名は『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

 

 ルイズは契約の呪文を唱え、顔を赤屍の顔に寄せた。

 わずかの逡巡と多くの羞恥を込めたルイズの口付けは、赤屍の唇と重なった。

 それの一瞬後、ふと左手に火傷のような熱感を感じる赤屍。

 

 

「これは……」

 

 

 熱感が収まって左手の甲を見てみると、なにやら刺青のような模様が浮き出ていた。

 どうやら契約そのものは上手くいったらしい。契約が成功した事実にルイズはひとまず胸を撫で下ろした。

 

 

「……珍しいルーンだ。スケッチしてもいいですかな?」

 

「構いませんよ」 

 

 

 そして、コルベールがスケッチしている間、赤屍は左手の紋様について考えていた。

 とりあえず赤屍の感覚ではこの紋様に大した強制力は感じられない。敢えて言うなら、術者に対する好意を刷り込もうとするものを感じるが、それもそこまで強力なものではないようだ。

 おそらく赤屍が自覚している限り、そういった刷り込み効果も大して意味をなさないだろう。

 

 

(いや…、それだけではない。他にも何か―――)

 

 

 恐らくこのルーンには何か他にも能力が秘められている。

 赤屍の直感はそう告げているが、生憎と魔術や魔法については専門外である赤屍には現時点で正確なことは分からなかった。

 そうして赤屍が黙って考え込んでいると、いつの間にかスケッチを終えたコルベールがルイズと赤屍に話し掛けた。

 

 

「さて、これで『使い魔』の契約は完了です。夜も遅いですし、そろそろ二人とも自室に戻って休みなさい」

 

 

 コルベールとしては何の気なしの言葉だった。

 しかし、その言葉にルイズが「ん?」と何かに気付いたように反応する。

 何やら非常に嫌な予感がしたルイズはおずおずとした様子でコルベールに尋ねた。

 

 

「あの~、コルベール先生? ひょっとして、彼が泊まるのって私の部屋ですか?」

 

「あー…、彼が貴女の『使い魔』である以上はそういうことになりますね…」

 

 

 苦虫を噛み潰したような顔をして返答するコルベール。

 確かに『使い魔』を管理するのは主人の務めだ。その原則からすれば、ルイズの部屋に赤屍が泊まるというのが筋なのだろう。

 しかし―――

 

 

「絶っ対に嫌です!! 先生は私に死ねと!? だって、コイツ、私の心臓のすぐ脇にメスぶっ刺してくれたんですよ!? そんな自分を殺しかけた相手を常に近くに置いておくなんて、私の神経が保ちません!!!」

 

 

 ついに爆発したように捲くし立てるルイズ。

 さすがに自分を殺しかけた相手がすぐ隣りに居る状態で安眠できるほどルイズの神経は太くない。

 何とかルイズを嗜めようとするコルベールだったが、ルイズも頑として引こうとしない。

 そして、そんな二人の仲裁に入る形で赤屍が会話に割り込んだ。

 

 

「二人とも落ち着いてください。別に私は泊まる場所には頓着しませんよ。例えば、この医務室とかね」

 

 

 医務室である以上、ベッドは当たり前に常備されている。

 寝泊りするだけなら特に問題ない環境であることは間違いない。

 

 

「何よりこれでも私は医者ですから。この学院にいる間、病人・怪我人が出た時には診てあげますよ」

 

 

 結局、赤屍が泊まる場所は医務室に落ち着いた。

 そして、この日からしばらくして、赤屍には『保健室の死神』というあだ名がつけられることになる。

 魔法や秘薬に頼らない現代医学の知識と技術に基づく赤屍の診療は非常に的確であったそうなのだが、なぜ『死神』などという物騒なあだ名がつけられたかの理由についてはお察しであった。

 




※オマケ:(とある生徒が医務室を訪れた時の出来事)

「おや? まだ切開が足りませんか。えい」<ブシュ!
「ひぎゃあああああああああああ!!!!」
「マ、マルコォォォォォォォォォ!!!!」

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