ゼロの『運び屋』-最強最悪の使い魔-   作:世紀末ドクター

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第三話『交渉』

 生徒が人間を『使い魔』として召喚してしまい、さらにその生徒が召喚された『使い魔』に刺されるという学院始まって以来の大事件。

 ルイズが精神的な疲労のため医務室のベッドで眠っているちょうどその頃、学園長室では、赤屍、オスマン、コルベールの三人がこれからの事について話し合いを進めていた。

 赤屍が学院長室に案内されてからおよそ1時間。その頃になると赤屍は、ハルケギニアの事情・情報について大体のことは把握することが出来ていた。

 

 

「…なるほど。中々に興味深い」

 

 

 オスマン達に説明された内容を頭の中で整理する赤屍。

 この国では魔法という技術を使う人間が『貴族』と呼ばれること。

 ここトリステイン魔法学院は貴族の子弟たちが魔法を学ぶための場所であるということ。

 そして、そんな彼らに最も適した魔法を調べるために行われる儀式がある。それが『サモン・サーヴァント』である。この儀式によって、学生たちは己のパートナーとなる『使い魔』を呼び出し、契約する。ここで召喚されるのは、一般的に犬や猫、鳥などといった動物が多いが、特に素質のある者が儀式を行った場合、グリフォンやドラゴン、サラマンダーなどといった高位の幻獣が現れることもあるという。

 

 

「…おそらく君が召喚されたのは、何らかの事故によるものじゃろう。何しろ人間が召喚されるなどこの学院の歴史上でも初めてのことでの」

 

 

 オスマンは『偶然の事故』だと言うが、当の赤屍はそう思っていなかった。

 何故ならこの世には本当の意味での偶然などありえないからだ。どんな摩訶不思議に見える現象であろうと、その背後には必ず何らかの必然性が働いている。

 そのことを知っている赤屍は、確認の為にオスマンに訊ねた。

 

 

「オスマン殿。確認しますが、サモン・サーヴァントという魔法はハルケギニアのどこかにいる生物の前に『入口』を作り、自分の前へと呼び出す『出口』を開く魔法……この認識で間違っていませんか?」

 

「うむ。開かれる場所や、選ばれる対象がどうやって決まるのかについては不明じゃが、己に最も相応しい使い魔との間に一方通行の『門』を創り出すと言われておる」

 

「その『門』はハルケギニア以外の世界にも繋がるのですか? 例えば、月が一つしかない『異世界』にも」

 

「? いや、そんな話は聞いたことがない。あくまでハルケギニアの中でしか『門』は繋がらないはずじゃ」

 

 

 オスマンの答えに赤屍はやはり、と確信を強める。

 召喚される『使い魔』のレベルは術者の素質に左右される。

 それならば赤屍蔵人という最強クラスの化け物をわざわざ異世界から召喚してのけたルイズの素質とは―――

 

 

「クス、なるほど…。さしずめ、彼女はまだ磨かれてない巨大な『原石』といった所ですか」

 

 

 呟くように赤屍は言った。

 そして、呟くように言った赤屍の『原石』という言葉にコルベールが反応する。

 

 

「『原石』とは、ミス・ヴァリエールのことですか?」

 

「ええ。本人に自覚があるかどうかは分かりませんが、彼女が相当の素質を持っていることは間違いありませんよ。何しろ世界の壁を越えてまでこの私を呼び出した訳ですからね」

 

「世界の壁を超えて、ですと…?」

 

 

 オスマンとコルベールの二人にとっては余りにも突拍子もない言葉だったのだろう。二人とも半信半疑といった表情をしている。

 そんな二人の反応にクスリと苦笑すると、赤屍は語りだした。自分が、ここではない別の世界から召喚されてきたことを。そして、そこでは月が1つしかなく、表向きには魔法が存在しないということを。

 

 

「表向きには魔法が存在しない、というのは?」

 

「私の居た世界では、魔法は本当に限られた者にしか伝えられていない技術なんですよ。それこそ一般人にはその存在が知られていないくらいにね。もっとも、魔法のような特殊能力を使う人達は大勢居ますがね」

 

 

 実際、赤屍の知る限りで純粋な『魔術師』あるいは『魔法使い』と呼べるのは、マリーア・ノーチェスくらいだ。

 もっとも赤屍自身も含めて、魔法のような特殊能力を持つ連中は掃いて捨てるほど居るので、はっきり言って「魔法?だから何?」といったレベルの話でしかないのだが。

 

 

「つまり、君らの世界の魔法とはそういった特殊技能の一つという扱いでしかないわけかね?」

 

「ええ。もっともこちらの世界の住人も大部分は何の能力も持たない一般人ですし、何かの能力を持っている人間は大概が裏社会の人間です。ですから、そういった『魔法使い』や『能力者』の存在は一般には知られていないんですよ」

 

 

 自分の世界の社会事情について説明する赤屍。

 その説明にオスマンとコルベールは内心で納得していた。

 赤屍の居た世界では、『魔法使い』や『能力者』の存在は表側には知られていない。つまり、それらの存在を知っている赤屍は裏側の人間だということだ。

 …というか、こんな異常に濃い血の匂いを漂わせているような男が一般人である筈がない。

 

 

「つまり、その存在を知っている君は裏社会の人間、という訳じゃな」

 

「クス…、そうなりますね」

 

 

 オスマンの指摘に愉快そうに赤屍は微笑む。

 赤屍の『運び屋』を初めとして、赤屍の居た無限城世界には『奪還屋』『奪い屋』『護り屋』『始末屋』など数多の裏稼業が存在している。

 そして、そうした裏稼業の人間は一流どころになればどいつもこいつも化け物レベルの強さを持っており、その強さは普通の人間が銃器で武装した程度ではどうにもならないレベルに達する。

 しかし、そんな裏稼業の人間たちの中においてすら忌み嫌われるほどの男、それが赤屍蔵人という『運び屋』なのだ。

 

 

(はっきり言って、『運び屋』なんぞより『殺し屋』の方が向いてるんじゃないかの?)

 

 

 内心でオスマンはそう思ったが、口には出さない。

 しかし、口には出していなくても赤屍にはオスマンが何を考えているか分かったらしい。

 

 

「クス…、どうして『殺し屋』でなく『運び屋』なのか、と考えているでしょう?」

 

 

 赤屍のその言葉にオスマンは心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われる。

 口はおろか表情にも出した覚えは全くない。それにもかかわらず自分の考えていることを完璧に言い当てられた。

 まるで自分の何もかもを見透かされているような感覚。恐らくそうしたオスマンの内心の動揺すらも完全に見透かされているだろう。

 そして、赤屍はそんなオスマンの様子が可笑しいのか、クスクスと笑っている。

 

 

「だって、つまらないでしょう。紙屑のような雑魚ばかりを殺しても」

 

 

 ただ無機質に、淡々と、何でもないことのように赤屍はそう言った。

 赤屍にとっての仕事の価値とは「仕事の過程が楽しめればそれでいい」という程度のものでしかない。

 彼にとってはモノを運ぶことはオマケであって、仕事の過程で現れる強い『横取り屋』『奪い屋』などと戦うことを目的としている。

 つまり、『殺し屋』の場合はターゲットを一人殺してしまえばそれで終わりだが、『運び屋』の場合は仕事の過程で何人もの強敵と戦える可能性があり「お得」であるという訳だ。

 まるっきり殺人ジャンキーとしか言えないような赤屍の返答に、オスマンとコルベールは更に確信を強める。

 

 

 ―――ヤバイ。この男はヤバイ。

 

 

 最初に出会った時から感じていたことだったが、実際に話してみてその確信はさらに深まっていた。

 この男は人を殺すことを何とも思っていない。それどころか自分から好んで殺しに行く殺人狂だ。この世から抹殺できるなら、抹殺しておいた方がいい種類の人間である。

 しかし、問題はこの男の強さが確実に自分達を遥かに上回っているということである。実際、これまでの会話の最中もオスマンとコルベールは隙あらば赤屍を殺そうと窺っていたくらいなのだが、まるで手が出せる気がしなかった。

 もしも実際に手を出していたら、その次の瞬間には全身をバラバラにされている確信がオスマンとコルベールにはある。

 

 

「さて…、そろそろ本題に入りましょうか。アナタ方は私の処遇について一体どのように考えていますか?」

 

 

 大体の情報を聞き終えた赤屍は、ついに本題となる話題に切り込んだ。

 ついにこの話題が来たかと、オスマンとコルベールは緊張する。オスマンは内心でダラダラに冷や汗をかきながら、しかし、それを一切表に出すことなく赤屍に訊ねた。

 

 

「ふむ。貴族に対する殺人未遂の罪で、大人しく罰を受けてもらう訳にはいかんかの?」

 

 

 それはオスマンにとって一か八かの賭けだった。

 赤屍の機嫌を損ねる可能性がある危険な賭けであり、この発言の瞬間、オスマンは自らの死も覚悟していた。

 しかし、赤屍から可能な限りの譲歩を引き出すためにはこれしかない。

 

 

「君を元の世界から召喚してしまった事は、確かにこちらの落ち度じゃろう。だが、ヴァリエールを殺しかけた事については、間違いなく君の落ち度だと思うのじゃが?」

 

 

 学院側にも落ち度はあるが、赤屍の方にも落ち度がある。

 つまり、「そちら側にも落ち度がある以上は、譲れるところは譲れ」とオスマンは言っているのだ。

 あくまで表面上は毅然とした態度を保っているオスマンだが、内心は冷や汗をダラダラにかきっ放しである。

 実際、傍に控えているコルベールなどは、既に顔面を蒼白にさせているくらいだ。

 

 

「ククク…、いやはや、中々肝が据わっていますよ」

 

 

 そうしたオスマンの態度に、赤屍は感心したように笑った。

 赤屍の絶望的な強さを分かっていながら、媚びへつらうのではなく、交渉を第一に考える。

 はっきり言って、並大抵の度胸で出来ることではない。

 

 

「いいでしょう。アナタのその度胸に免じて、譲れる所はそちら側に譲りましょう」

 

 

 かくして、赤屍はルイズの『使い魔』として学院に滞在することに落ち着いた。

 そして、その際の衣食住は学院側が保障することになったが、その程度のことは仕方ない。そんなことよりも学院側の人間の安全の方がよっぽど重要だ。

 

 

 ―――ルイズの『使い魔』として学院に滞在する間、学院の人間には決して危害を加えない。

 

 

 この条件さえ呑んでくれるなら、他の条件など有って無いようなものだ。

 結果としてオスマンの一か八かの賭けは功を奏し、この一番重要な条件を呑ませることに成功する。これは間違いなくオスマンのファインプレーであろう。

 その後、契約書面を交わし、赤屍が案内役のコルベールと共に部屋から退出した途端、オスマンは全身の力が抜けてしまったかのようにソファーへ沈み込んだ。

 

 

「いやはや、寿命が10年は縮んだわ…」

 

 

 今頃になって、全身から冷や汗が滝のようにドッと吹き出していた。

 そうして、オスマンがソファにぐったりと身を預けていると、ふと学園長室のドアがノックされる。

 

 

「失礼します」

 

 

 現れたのは学院長の秘書であるミス・ロングビルだった。

 本来ならさっきの場に同席させておくべき人物であったが、最初にオスマンが隣りの部屋に退室させていた。

 それは交渉が決裂した場合に少しでも彼女に危険が及ばないようにとのオスマンの配慮であった。

 

 

「随分とお疲れの様ですね、学園長」

 

「全くじゃよ。しかし、本当に大変なのはこれからじゃろうな…」

 

 

 確かに書類契約の上では「学院側の人間に危害を加えるのは禁止」という条件を呑ませることに成功している。

 しかし、あの男がこのまま何のトラブルも起こさず、大人しくしているとはオスマンには思えなかった。

 

 

「……それにしても、先程の件は、いくらなんでも譲りすぎではありませんの?」

 

「本当にそう思うかね? ミス・ロングビル」

 

「ええ。貴族に対する殺人未遂の罪で彼を処刑してしまった方が、問題の解決手段としては手っ取り早いと思いますわ」

 

 

 さらりと物騒なことを言うロングビル。

 確かにオスマン自身もロングビルが言うようなことを全く考えない訳ではなかった。むしろそれは一番最初に考えた解決手段だ。

 実際、赤屍がルイズを殺しかけたのは事実であるし、それを口実に赤屍を処刑してしまえばルイズも使い魔の再召喚をすることが出来るようになる。

 しかし、赤屍と実際に向き合った瞬間に、オスマンはそれが不可能であることを理解していた。だからこそ、神経をすり減らしながらの交渉を臨んだのだ。

 

 

「ミス・ロングビル。君は何人のメイジを用意すれば彼を殺せると思うかね?」

 

「魔法が使えない平民が相手であれば、2~3人のメイジが居れば十分過ぎるくらいでは?」

 

「普通の平民が相手ならそれで十分じゃろう。しかし、ワシにはとてもそうは見えんかったよ」

 

 

 あくまで常識レベルに照らし合わせてのロングビルの発言をオスマンは否定した。

 オスマン自身、ハルケギニアにおいては最強クラスのメイジの一人だが、その彼を以ってしても赤屍の底はまるで推し量れない。

 赤屍から感じるむせ返りそうな程に濃密な死の気配。あの男と自分達の間には想像を絶する程の戦力差が広がっていることは確実。おそらく赤屍を殺すためには、最低でも国家レベルの武力が必要になるだろうと、オスマンは直感していた。

 もしも彼が敵にまわったら、その瞬間にトリステインは終わりかねない。抹殺することも出来なければ、敵に回すことも出来ない。それならば次善の策として、何とか味方に引き入れるしかない。

 むろん彼を味方に引き入れることにメリットが無い訳ではない。しかし、たとえ味方に引き入れたとしても、常に『裏切り』の可能性はついてまわる。裏切られた時のデメリットを考えると、ある意味、獅子身中の虫を飼っているようなものだろう。

 しかし、たとえ獅子身中の虫だと理解していても、現状ではこれしかないのだ。

 

 

(こうなったら、ミス・ヴァリエールに彼を使いこなしてもらうほかあるまい…)

 

 

 彼女にとっては酷な事になるかもしれないと、オスマンは思った。

 あの化け物を『使い魔』として制御できるだけの器量をあんな小さな少女に求めるというのだから。

 始祖ブリミルがルイズに与えた余りにも大きすぎる試練。その試練の大きさを思うとオスマンは、彼女を気の毒に思わずはいられなかった。

 オスマンは学院長室の窓から見える月を仰ぐと、盛大な溜め息を吐いたのだった。

 

 


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