ゼロの『運び屋』-最強最悪の使い魔-   作:世紀末ドクター

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 ―――後にルイズは、自身が召喚した人物について次のように語っている。


「ええ、もうホント第一印象からして最悪だったわ…。だって、私なんて出会って早々いきなり殺されかけたのよ? まあ、使い魔として見れば、出鱈目に強力だったのは事実なんだけど…。正直、アレを呼び出すくらいなら、普通の平民を呼び出してた方がマシだったかもしれないわね…」


 生きてるって素晴らしい。
 アイツと一緒にいると生きた心地がしなかった。
 その人物のことがよっぽどのトラウマと化しているのか、その人物について語る時の彼女は異様に遠い目をしていたという。
 サモン・サーヴァントの儀式。いずれにせよ、その日を境に彼女の運命が大きく変わったことだけは間違いない。




第二話『Dr.ジャッカル』

 

 

「クス、はじめまして。私は赤屍蔵人という『運び屋』です」

 

 

 黒ずくめの男はそう名乗った。

 無限城世界においては、『Dr.ジャッカル』の二つ名でも知られる超一級の危険人物。

 当然、この場に赤屍のことを知っている人間など居ない。しかし、ルイズは無意識の内に理解していた。

 

 

 ―――アレはやばい、と。

 

 

 本来なら、すぐにでもこの場から逃げるべきだ。

 本能ではそれが分かっているのに、どうしても目が離せない。

 肉体が己の考えに従ってくれない。そのもどかしさを、彼女は漫然と感じていた。

 胸に抱いた恐れを押し殺しながら、ルイズは訊き返した。

 

 

「は、運び屋ですって…?」

 

「ええ。その名の通り、クライアントから依頼されたモノを運ぶのが私の仕事です」

 

 

 言いながら、赤屍と名乗ったはその手に一本のメスを取り出した。

 そして、彼は口元に小さな笑みを浮かべたまま、ルイズに歩み寄る。

 

 

「さて、一つお尋ねしたいのですが…」

 

 

 突如、男の姿が視界から掻き消える。

 

 

「えっ……」

 

 

 次の瞬間、赤屍は10メートル近くあった間合いを一瞬で詰め、彼はルイズの胸にメスを突き刺していた。

 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。いや、目の前で起こったそれが余りにも現実離れしていたために、それを現実だと認識するのに時間が掛かった。

 それは周りの人間にとっても同じであり、数秒ほど遅れてようやく周囲が悲鳴に包まれる。

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「ヴァリエールが刺されたぁぁぁぁあ!?」

「じ、冗談だろ!?」

 

 

 余りの事態にパニックに陥る生徒達。

 生徒が呼び出した使い魔に刺されるという、学院始まって以来の緊急事態。

 

 

「ミス・ヴァリエール!!!!」

 

 

 引率の教師であるコルベールは思わず黒い男に向かって飛び出そうとした。

 しかし、次の赤屍の言葉で、彼はその行動を止めることになる。

 

 

「FREEZE! そこから一歩でも動けばこの少女の命はありませんよ? 今、このメスの切っ先は彼女の心臓大動脈からコンマ五ミリほどの位置にあります。今は出血はおろか痛みさえありませんが、貴方が一歩でも動けば大動脈が切り裂かれ彼女は即死することになります」

 

 

 ルイズは自分の胸にメスが刺さっていることを確認して、必死で逃げようと身をよじろうとした。

 しかし、ルイズもまた次の赤屍の言葉でその行動を止めざるを得なかった。

 

 

「おっと、貴女も動かない方がいい。私にその気がなくてもメスが大動脈をえぐってしまいます」

 

「そ、そんな、ううう、・・・、ひっく」

 

 

 ついに臨界点を突破し泣き出すルイズ。

 それを見て赤屍は少し困ったように苦笑いを浮かべる。

 

 

「おやおや、私としたことが子供相手にやりすぎましたね。クス、安心してください…。私の質問に答えてくれさえすれば、命まで取るつもりはありませんから」

 

 

 にっこりと極上の笑顔を浮かべる赤屍。

 しかし、どう見てもそれは、悪魔の微笑みである。

 このとき、その場に居た者達は赤屍蔵人という男から発せられる圧倒的な死の気配に怯えて呆然と突っ立っている者が殆どだった。

 そんな中、トリステイン魔法学院の教師である『炎蛇』のコルベールは、荒くなった呼吸を整えると、自分の生徒を守るべく黒ずくめの男に鋭い視線を向けた。コルベールの本能は今も最大音量で警鐘を鳴らし続けているが、彼はそれを無理やり捻じ伏せ毅然とした様子で叫んだ。

 

 

「君の質問とやらには私が答える!だから、彼女を解放したまえ!!さもなければこの『炎蛇』のコルベールが相手になる!」

 

 

 だが、やはり赤屍との間に到底埋めがたい戦力差があることは自覚しているらしく、手は震え、首には冷や汗が流れている。

 コルベールは赤屍がその気になれば学院の者全員が殺されると確信していた。

 彼は無謀と知りつつも、この場にいる人間を身を挺して守るつもりだった。

 

 

「おや、そうですか?それならこの少女はお返ししましょう」

 

 

 ルイズが泣き出してしまって質問に答えられそうになかったこともあって、赤屍は意外にもあっさりとルイズを解放した。

 解放された途端、地面に崩れ落ちそうになるルイズ。ルイズが解放された瞬間、コルベールは高速で『フライ』のスペルを唱えていた。

 コルベールは凄まじい速さでルイズに迫り、彼女が地面に倒れる寸前で抱きかかえる。そして、慣性の法則を無視するかの勢いで元の場所へと引き戻った。

 

 

「無事かね!? ミス・ヴァリエール!!」

 

 

 ルイズの肩を抱きながら軽く揺するコルベール。

 

 

「…あ、…はい、……何とか、…、生きてます……」

 

 

 過度の緊張から突然に解放された所為だろう。

 軽い虚脱状態にあるにせよ、とりあえずは無事なようだ。ルイズの無事を確認したコルベールは、ルイズを庇うように抱きかかえたまま改めて赤屍に向き直った。コルベールは杖を構え警戒を維持したまま、赤屍を見据えた。

 敵意を向けられた赤屍は、改めてコルベールを一瞥し、口元を笑みで歪めてみせる。

 

 

「クス、そんな身構えず楽にしてください。別にあなた方に危害を加えるつもりはありません。少なくとも今はまだ…ね」

 

 

 赤屍は、自分の帽子に手を当て、帽子のツバを少しだけ持ち上げるようにして挨拶する。

 その立ち振る舞い自体は、紳士的と言っても差し支えは無いだろう。しかし、如何せんその身体から滲み出る禍々し過ぎる雰囲気の所為で、腹の中に黒いものを抱えているとしか見えないのだった。

 

 

「それはそうと、何の目的で私をここに呼び出したのかを教えてくれませんか」

 

「……我々の使い魔召喚の儀のためです。我々メイジの眼となり耳となり、手となり足となる。それが使い魔です。それを呼び出すために、この儀を我々は執り行いました」

 

「なるほど。……それはつまり、あなた方の意のままに私を使い尽くすつもりだったということですか?」

 

 

 眼を細め、コルベールに問い返す赤屍。

 びくりと身を震わせ、コルベールは慌てた口調で取り繕う。

 

 

「いやいや、そんなつもりはありませんぞ!確かに使い魔は主人の僕となり、尽くすものなのですが、しかし使い魔とはメイジのパートナーでもあるのです。そ、それに言いにくいのですが、この儀で人が呼び出されるというケース自体私は見たことも聞いたこともありません。正直、どうすればいいのかは我々も迷っていまして……」

 

 

 最後の方は言いよどみ、コルベールの口の中で消えていった。

 最悪の場合、生徒含めて全員が皆殺しにされるかもしれない。そんな最悪の予感が、コルベールの脳裏に浮かぶ。

 しかし、一方、コルベールの言葉を聞いた赤屍は内心で拍子抜けしていたくらいだった。

 

 

(やれやれ…、一体どんな理由で自分は召喚されたのかと思って来てみれば、よりにもよって『使い魔』とはね)

 

 

 全く話にならないと切って捨てる事も考えなくはなかったが、よくよく考えてみれば自分がここに呼び出されたのは、半分くらいは自分の興味本位の行動から来る自業自得である。

 それを考えると、向こうの要求を一方的に突っぱねるというのもフェアではないかもしれない。

 そう考えた赤屍は自分を呼び出したであろう桃色髪の少女に視線を向ける。

 次元の壁を越えてまで赤屍蔵人を召喚するという、ある意味、途方も無い偉業を成し遂げた少女。

 パッと見た限りでは、この少女にそれが出来るだけの力量を持っているようにはとても見えなかった。

 

 

(しかし、この私を呼び出せたという事実には変わりない)

 

 

 その事実だけで、この少女が持つ可能性を期待するには十分だった。

 もしかしたら赤屍にすら知りえない『力』と『素質』を眠らせているのかもしれない。

 もし本当にそれだけの可能性を秘めているとしたなら―――

 

 

(あの二人のように、この子も私を楽しませてくれますかね?)

 

 

 ふと自身のお気に入りの好敵手のことを思い出して、赤屍はクスリと薄い笑みを浮かべた。

 あの二人と同等のレベルを求めるのは流石に酷かもしれないが、退屈しのぎにはちょうどいい。

 赤屍は未だガチガチに緊張したコルベールに声を掛けた。

 

 

「クス、そんなに緊張しないで下さい。物事には順序がある。まずはお互いの事情や情報を整理しましょう。これからのことを決めるのは、その後でも遅くない」

 

 

 まずは落ち着いて話し合いをしようと提案する赤屍。

 しかし、赤屍の発言にもコルベールは緊迫した表情を崩さない。

 コルベールは数人の生徒にルイズを医務室へ連れて行かせると、他の生徒達は自室へと戻るように指示を出す。

 そして、コルベールは指示を出した後、赤屍に自分の後をついて来るように促した。

 

 

「…ついて来て下さい」

 

「どちらへ?」

 

「この学院の最高責任者の所です」

 

 

 学院の最高責任者であるオールド・オスマンのもとへ案内される赤屍。

 そうして、赤屍とコルベールの二人が広場から立ち去った途端、広場に残っていた生徒達が一斉にざわつき始めた。

 

 

「何だったんだ、ありゃあ!?」

「ってか、ヴァリエールの奴。ちゃんと生きてるよな?」

「つ、疲れた…」

 

 

 先程までの異常な圧迫感と緊張感から解放された反動だろう。

 生徒達は口々にルイズが呼び出した赤屍蔵人という男について興奮気味に話している。

 そんな生徒達と少し離れた場所で、青髪の少女と赤髪の少女の二人も同じ話題を口にしていた。

 

 

「ヴァリエールったら最後の最後にとんでもないのを召喚しちゃったみたいねぇ…。ねえ、タバサはどう思う?」

 

「分からない。けど、相当な実力者であることは間違いない」

 

「『メイジ殺し』ってこと?」

 

「おそらく」

 

 

 キュルケの問いに答えながら、タバサは先程の男の動きを思い出していた。

 ルイズの胸にメスを突き刺すまでの赤屍の一連の動き。あの動きは、離れて見ていたタバサ達にすら全く捉えられなかった。見えたときには既にルイズが刺されていた、というのが本当の所だ。

 まるで瞬間移動としか思えないような圧倒的な速さ。あれと戦うとした場合、最悪、死んだことにすら気付けないままで殺される可能性すらある。

 実際、あの男がその気だったなら、ルイズは死んだことに気付けないままで殺されていただろう。

 

 

「それにしてもヴァリエールは大丈夫かしら? 思いっきり胸にメス突き刺されてたけど…」

 

「命そのものに別状はないと思う。出血も殆どないし、傷もとても小さかった」

 

「いや、そうじゃなくて、トラウマになっちゃうんじゃないかしら、あの子…」

 

 

 医務室へ運ばれていったルイズの精神面を案じるキュルケ。

 いくら命に別状がなかろうと、心臓のすぐ脇にメスを突き刺されて殺されかけたことには変わりない。普通に考えたらトラウマ確定の恐怖体験だろう。

 そして、キュルケの懸念通り、この日の出来事はルイズの心にトラウマとして深く刻まれることになるのだが、それはまた別の話である。

 




 ゴメンよ、ルイズさん!!(土下座)
 とりあえず彼女には、最初に赤屍さんと出会った時の銀次と同じ目にあってもらいました。しかし、心臓のすぐ脇にメスをぶっ刺されるとか想像しただけで怖すぎる。
 しかも赤屍はそれを笑顔でやってくれるわけだから、原作でも赤屍が銀次のトラウマになるのも無理ないな。

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