ゼロの『運び屋』-最強最悪の使い魔-   作:世紀末ドクター

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第十四話『保健室の死神』

 怪盗フーケ襲撃の事件から既に、二週間もの時が過ぎていた。

 あの事件が起きてから、学院で目に見えて大きく変わったことが幾つかあった。

 中でも最も大きく変わったのはメイドのシエスタのことであり、あの事件を境にして彼女の雰囲気は一変し、学院でも一際、異彩を放つメイドとして知られるようになっていた。

 

 

 ――まるで十字架のような刻印が刻まれた異形の右眼――

 

 

 しかし、変わったのはその異様な迫力を持つ右眼だけではない。

 彼女が左耳の近くの髪に飾り付けるようになった鈴。そして、その鈴の中に仕込んだ絃を操る技を彼女は日常的に使うようになっていた。

 たとえばテーブルに置かれた食器なども、距離の離れたその場から一歩も動かずに絃を飛ばして回収する。

 

 

「「「……!?」」」

 

 

 もはや傍目には魔法としか思えないような風鳥院の技術の数々。

 そうした絃を使ったシエスタの技を初めて見た学院の人間が貴族も平民も含めて、驚愕のあまり絶句していたのは記憶に新しい。

 そして、今も―――

 

 

「きゃっ!」

 

 

 偶然、近くを歩ていた他の使用人が躓いて倒れそうになる。

 その瞬間、リンッと鈴の音を響かせて放たれた絃が転倒しそうになった使用人を支えていた。

 しかも、使用人が運んでいた荷物まで地面に落ちないように支えているという手の込みようである。

 

 

「大丈夫?」

 

「あっはい…」

 

 

 シエスタに助けられた使用人の顔が何故か赤い。

 右眼の『聖痕』を開眼させてからの彼女は、一部の同僚のメイドたちからも憧れの入り混じったような目でみられることが多くなった。

 風鳥院の技を使い始めた影響によるものか、今の彼女は普段の何気ない動作すらどこか洗練された流麗さと気品を帯びている。

 

 

(しかも、あれで、そこらのメイジよりも圧倒的に強いのよねぇ…)

 

 

 仕事をしているシエスタのことを食堂にあるテラス席から遠目に眺めながらルイズは思い出していた。

 フーケ騒動の際、シエスタの操る『風鳥院流絃術』の本当の力を見たのは、ルイズを含めて僅か数人だ。

 今思い返しても、とても平民とは思えない圧倒的な強さだったが、あの強さでも赤屍に言わせると『まだまだ及第点』でしかないという。

 

 

(どんだけよ!? いや、本当にマジで!)

 

 

 赤屍に飲まされた『飴玉』のおかげで、ルイズ自身にも『爆発魔法』の威力が上昇するなどの変化はあった。

 だが、それでもシエスタの方が間違いなく強い。…というか、オスマンを含めてこの学院のどのメイジよりもシエスタの方が強いのではないだろうか?

 しかし、そんなシエスタであっても、戦闘力という面では赤屍の足元にすら及んでいないのだ。今さらながら、赤屍の桁違いの強さと厄介さにルイズは頭を抱えたくなる。

 赤屍に対抗できる者が居ないということは、事実上、赤屍のストッパーが存在しないということだ。今でこそ赤屍はルイズの『使い魔』ということである程度は大人しくしているが、もしも赤屍が何かの拍子に暴れだせば一体どれだけの被害が出るのか想像するだけで恐ろしい。

 超ド級の爆弾を抱え込んでしまった自分の未来―――引いては、トリステインの未来を本気で心配し始めていたルイズだった。

 

 

「ぬがぁぁあぁぁあああぁああああああ!!!」

 

 

 溜まったストレスを爆発させるように突然、その場で叫び声を上げるルイズ。

 淑女としてあるまじき奇行に周りの生徒たちから大注目を浴びるが、そんなことは赤屍蔵人という最大の厄介事に比べたら大した問題ではない。

 

 

「うるせえなぁ…娘っ子」

 

「分かってるわよ、この駄剣!」

 

 

 思わずルイズはデルフリンガーに怒鳴りつける。

 赤屍の希望で購入したボロ剣であるが、当の赤屍はこの剣をほとんど使おうとせず、ルイズに預けっぱなしであった。

 赤屍にしてみれば、ルイズの属性だと推測される『虚無』の魔法への手掛かりとなるかもしれないということで手に入れた物なので、ルイズに持たせるのは理には適っている。

 貴族にもかかわらず剣を持ち歩く彼女を揶揄するクラスメイトも居たが、その時はルイズの強化された爆発魔法が容赦なく襲い掛かり、やがて誰もその事に触れなくなった。

 自分への揶揄が無くなったこと自体は素直に歓迎することではあるかもしれないが、ルイズにはとても手放しで喜ぶ気にはなれない。

 

 

「あー!もう! ホントに何て奴なのよ!? 確かに出鱈目に強いけど、味方にしても厄介じゃない!!」

 

 

 敵味方に関わらず、厄介極まりない男。

 赤屍蔵人という人物に関して、敵なんだか味方なんだかよく分からないという評価も無限城世界においてはよく聞かれる。

 だが、どう考えても、最初から最後まで敵だと思っていた方がいいとルイズは感じていた。はっきり言って、いつ寝首を掻かれるか分かったものではない。

 

 

「まあなぁ…。確かにアイツ、とんでもねえ気紛れ屋だもんなぁ…」

 

 

 シミジミとした様子でデルフリンガーもルイズに同意する。

 まだ短い付き合いでしかないが、デルフリンガーの方も赤屍の厄介さは十分に実感できていた。

 武器であるデルフリンガーにとっては目立った実害はないもの、傍目に見ているだけでそれが分かる。

 

 

「俺っちとしては、もっとアイツに使って貰いたいんだけどな。けど、お前さんも筋はかなり良いからな。俺っちとしては現状にそこまで不満は無いぜ」

 

 

 デルフリンガーをルイズに預けっぱなしにしている赤屍であったが、「どうせなら」とルイズに剣術の稽古の手解きをデルフ本人にさせていた。

 その結果、いつの間にかルイズは自らの理想とは程遠い戦闘スタイルを完成させていた。近距離ではデルフリンガーによる斬撃。中・遠距離では失敗魔法による遠隔爆破。

 それが今の彼女の対人戦の戦闘スタイルであり、もはや今となってはデルフリンガーはルイズの専用武器である。

 

 

「私としては、もっとちゃんとした魔法が使いたいんだけどね…!!」

 

 

 不本意極まりない現状にルイズはイライラした態度を隠しもしない。

 そんな彼女の様子にデルフリンガーは鍔をカチカチと鳴らしている。どうやら笑いを堪えてるようだ。

 

 

「ククッ、まあ、良いじゃねーの。何だかんだで前よりずっと強くなれたことには、変わりねえんだからよ」

 

「手段を選んでいられないのよ、私は!!」

 

 

 貴族としては邪道かもしれない。

 だが、今のルイズは早急に強さを身につける必要があった。

 無論、その理由とは赤屍蔵人という人物から自分の身を守るためである。

 

 

 ――もしも貴女がそこまで強くなれたら、その時は是非、私と戦ってください――

 

 

 つい最近、赤屍から言われた『期待と激励』の言葉がルイズの脳裏によみがえる。

 以前、ルイズはこのままメイジとして成長できないままなら、死んだ方がマシだと思ったこともあった。

 だが、メイジとして成長できた場合においてすら、赤屍とのバトルという最悪の災いが降りかかる可能性があるのである。

 これを乗り越える方法はただ一つ。そして、そのただ一つの方法とは、赤屍と戦っても殺されないほどの強さを身に着けるしかない。

 そのためなら、ルイズは使えるものは何であろうと使う気でいた。彼女がデルフリンガーを使うようになったのもその一環だ。

 

 

「しかし、あれだね。『使い魔』に命を狙われてる『主人』なんて、俺っちも初めて見たぜ」

 

 

 デルフリンガーはそう言うが、そんなのルイズだって初めてだ。

 …というか、こんなとんでもない『使い魔』が召喚されたのは、始祖が降臨して以来のハルケギニアでもおそらく初だろう。

 もしも、これが始祖の導きだというなら、ルイズは始祖ブリミルへの信仰を捨てることに何の躊躇いも持たない。

 

 

(ホントに恨むわよ、始祖ブリミル―――!)

 

 

 仮に呼び出したのが始祖ブリミル本人であったとしても、あの男を『使い魔』として使いこなすのは絶対に不可能だとルイズは思う。

 ルイズは心の中で、もはや何度目になるか分からない不敬全開の呪詛を吐いたのだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 どれだけ悪夢のような現実に苛まれようと、使い魔に理不尽な怒りを抱こうと、時間だけは平等に流れる。

 講義が始まる時間になり、今日もいつもの様に講義が行われる。ときどき赤屍も講義に顔を出しているが、今回の講義においては赤屍はいない。

 

 

「最強の系統を知っているかね? ミス・ツェルプストー」

 

 

 教卓に立っているのは、ギトーという名の教師。

 風のスクウェア・メイジだけあって、メイジとしての実力は確かにそれなりに高い。

 しかし、彼は非常に偏った『風系統至上主義』でもある為、学院内に於ける人気はそれほど高くない。

 

 

「『虚無』じゃないんですか?」

 

「伝説の話をしている訳ではない。現実的な答えを聞いてるんだ」

 

 

 キュルケの答えに、ギトーはどこか引っかかる物言いで返す。

 キュルケは、内心カチンときた。

 

 

「『火』に決まってますわ。ミスタ・ギトー」

 

「ほほう。どうしてそう思うのかね?」

 

 

 互いに、挑発的な物言いと笑みで相手を煽っている。

 そのやり取りに生徒の多くは冷や汗をかく。

 

 

「全てを燃やし尽くせるのは、炎と情熱。そうじゃございませんこと?」

 

「残念ながらそうではない」

 

 

 ギトーは脇に差していた杖を引き抜き、キュルケに向かって言い放つ。

 

 

「試しに、この私に君の得意な『火』の魔法をぶつけてみたまえ」

 

「……火傷じゃすみませんわよ?」

 

 

 どこまでも相手を煽り、小馬鹿にするような態度のギトーに、キュルケは杖を抜きながら目を細める。

 

 

「構わん。本気で来たまえ。その有名なツェルプストー家の赤毛が飾りでないならね」

 

 

 ギトーの言葉に、キュルケから笑みが消える。

 杖を構え、呪文を詠唱する。杖の先に小さな炎の球が浮かび、キュルケの更なる詠唱でそれは直径一メイル程の大火球となる。

 しかし、それだけでは終わらなかった。

 

 

「「「…は?」」」

 

 

 その驚きはギトーを含めたその場の生徒全員のものだった。

 キュルケの作り出した火球は、まるで生きているかのように揺らめき、形を変えた。

 火球の形に閉じ込めきれずに外へ溢れ出る炎は翼へ。もはや炎という形を捨て、鋭い眼光と敵を貫く嘴へとその姿を変えて行く。

 現れたのは、全てを焼き尽くす圧倒的な力と、見る者を魅了する優雅さと、そして美しさをも兼ね備えた炎の巨鳥。

 それはまるで、どこぞの大魔王のメラゾーマそのものの威容であった。

 

 

「な、なんだそれはッ!? そんな『火』の魔法、私は知らない! 知らないぞ!?」

 

 

 キュルケの生み出した炎の巨鳥が内包する圧倒的な力。

 その力を目の当たりにしたギトーの表情は愕然、という形容が相応しいものになっている。

 なまじメイジとしての力量が高いからこそ理解できてしまうのだろう。キュルケの生み出した炎の鳥が持つ絶大な威力を。

 以前、赤屍に飴玉の形をした『得体の知れない薬』を飲まされて以来、キュルケ・タバサ・ルイズの3人の基礎能力は軒並み上昇していた。

 今回のキュルケが見せた炎の鳥の魔法も、それを切っ掛けに編み出された魔法だった。

 

 

「みんなは机の下にでも隠れてた方が良いわよ?」

 

 

 杖の先に炎の鳥を侍らせながら周囲に注意を促すキュルケ。

 驚きの余りフリーズしていた周囲の生徒達が、巻き添えを恐れ慌てて机の下に避難する中、ギトーは「学生ごときに引いて堪るか」と何とか意地で踏み止まる。

 だが、もはや、キュルケの放つであろう炎の鳥を迎え撃とうとするような余裕など無い。つまりは、先手必勝。ギトーは己の最も信頼する『風』の呪文をキュルケへと向けて放つ。

 あの炎の鳥が解き放たれる前に届け。撃たせるな。それが今のギトーの心を占めているものだ。

 しかし、キュルケは慌てることもなく呪文を詠唱し、杖を剣のように振った。

 キュルケの杖が振られたのを合図として、一羽の巨鳥が飛び立つ。

 

 

 ―――クェェェェ!!!

 

 

 その鳥が飛び立つ瞬間、その場の全員がその鳴き声を聞いた気がした。

 解放された不死鳥は、ギトーが放った烈風を容易く掻き消し、尚も止まることなく、どこまでも優雅にギトーへと直進する。

 

 

「う、うわああああああああああ!!!?」

 

 

 まともに喰らえば灰も残らないのではないかという圧倒的な熱量の塊が迫り、ギトーは絶叫を上げる。

 なす術もなく襲い来る炎の鳥に飲み込まれ、教壇ごと吹き飛ばされるギトー。そのまま放っておけば確実に焼け死んでいただろう。

 だが、キュルケがパチンと指を鳴らした途端、炎は一瞬で消え去り、後にはちょっと前まで教壇だった残骸と少し前までギトーだった黒焦げの半死人が転がっていただけだった。

 見たことも聞いたこともないキュルケの魔法を目の当たりにしたルイズとタバサを除いた周囲の生徒たちは、いまだに絶句したままだ。

 そんな中、キュルケはたおやかな足取りでギトーの方に歩み寄ると、勝ち誇った顔でこう言ってのけた。

 

 

「あらあら、何やら風の魔法を自慢しようとなさったみたいですけれど。ご自慢の黒髪がわたくしの情熱に焼かれたという証明になっただけでしたわね、ミスタ・ギトー?」

 

 

 キュルケのその言葉を不謹慎だと諫める生徒など勿論いない。

 次の瞬間、あれほど静かだった教室には盛大な歓声が巻き起こっていた。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

「すっげええええええ!! なんだ今の魔法!?」

 

「『炎の鳥』の魔法!? 一体どうやるんだ!?」

 

 

 見たことも聞いたこともないキュルケの魔法に興奮した様子で口々に騒ぐ生徒たち。

 キュルケは悠然と手を振って観客達の祝福に応えた後、ギトーにさらに追い打ちの言葉をかける。

 

 

「でも、あんな種火程度で死なれては栄えあるツェルプストー家に要らぬ汚名がついて回りますわね。もし宜しければ『疾風』のギトー先生にどなたか『治癒』を!」

 

 

 言いながら、燃えるような赤い髪をかき上げるキュルケの様子はまさに王者のような風格と優雅さを持っていた。

 皮肉たっぷりのキュルケの言葉に笑みを噛み殺しきれない数人の生徒が、ギトーに近付くと『治癒』にかかる。

 そんな生徒達の歓声に満ちた教室の扉がガラリと開いて、緊張した面持ちのミスタ・コルベールが現れた。

 

 

「あやややや! 失礼しますぞ!」

 

 

 頭に馬鹿でかいロールが左右に三つずつ付いた金髪のカツラを被り、ローブの胸にはレースの飾りや刺繍やら、他にも色々とありとあらゆる飾りを付けていた。

 本人はめかし込んでいたつもりだったのだろうが、結果的に生徒達の爆笑を誘う結果となった。

 

 

「何を笑っているのです! ミスタ・ギトー……」

 

 

 時ならぬ爆笑に気分を害したコルベールは授業の受け持ちであるギトーの名を呼ぶが、ギトーは数人の生徒達に囲まれて『治癒』の魔法をかけられているところだった。

 

 

「な、何があったのですか!? まさか、またミス・ヴァリエールが!?」

 

 

 教室に来てみれば教師が黒焦げになって死に掛けている。

 そこから導き出される結論としては、非常に妥当なものとも言えたが、濡れ衣を着せられたルイズとしては堪ったものではない。

 

 

「ミスタ・コルベール、それは一体どういう意味ですかッ!?」

 

 

 案の定、プンスカと怒ったルイズが食って掛かる。

 ルイズの反応を見る限り、どうやらこれは彼女の仕業という訳ではないらしい。

 真っ先にルイズを犯人と連想してしまい、少しバツが悪そうな顔をしたコルベールに、キュルケは自分から名乗り出た。

 

 

「いいえ、ミスタ・コルベール。ミスタ・コルベールも御存知の『疾風』のギトー様は、御自分の風の魔法を自慢しようとしたのですけれど、わたくしの情熱を込めた火の魅力にすっかり骨抜きになったところですの」

 

 

 キュルケの楽しげな説明に、コルベールは眉間に手をやった。

 

 

(……生きてるようだし良しとするか。彼もこれに懲りて、少しでも尊大な性格が直ればいい)

 

 

 コルベールもギトーには含むところが多少はあったようで、彼に同情の念を抱くことも無かった。

 

 

「だが、ミス・ツェルプストー、後で詳しい事情を聞かせてもらうから学院長室に来るように。曲がりなりにも教師をあのようにしたのだから、何らかの罰は受けてもらわねばならないからね」

 

 

 はーい、と悪びれた様子も無く笑っているキュルケに多少の頭痛を覚えながらも、ここに来た当初の目的を果たすべく口を開いた。

 

 

「……おっほん。えー、今日の授業はすべて中止であります!」

 

 

 重々しい調子で告げられたコルベールの言葉に、教室から先程のそれにも勝るとも劣らない歓声が巻き起こる。

 その歓声を、両手を上げて抑え、コルベールは言葉を続ける。

 

 

「えー、皆さんにお知らせですぞ」

 

 

 もったいぶろうとのけぞり気味に胸を張ったコルベールの頭から、ぼとりと馬鹿でかいカツラが滑って床に落ちた。

 ただでさえ空気が暖まっている教室と、箸が転がってもおかしい年頃の生徒達の笑みを留めることは出来はしない。

 そこから更に一番前に座っていたタバサが、コルベールのハゲ頭を指差してとどめの一撃を呟いた。

 

 

「滑落注意」

 

 

 コルベールの禿げた頭を指差してのタバサの言葉に、教室中が爆笑に包まれた。

 

 

「黙りなさい! ええい! 黙りなさい小童どもが! 大口を開けて下品に笑うとはまったく貴族にあるまじき行い! 貴族は可笑しい時は下を向いてこっそりと笑うものですぞ! これでは王室に教育の成果が疑われる!」

 

 

 生徒達の行儀云々より、自分でも密かに気にしている頭の事で恥をかいた事が、コルベールとしては大きかったに違いない。

 そのコルベールの剣幕に、生徒達もとりあえず静まった。コルベールは、気を取り直すように咳払いをする。

 

 

「えーおほん。皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって、良き日であります。恐れ多くも、先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸なされます」

 

「姫様が……?」

 

 

 コルベールの言葉に、ルイズが呟く。

 周囲の生徒達も、思ってもいなかった事態にざわついている。

 授業が中止になる上に、まさか王女殿下の姿を見ることも出来るとなれば、貴族子弟を高揚させるには十分だった。

 

 

「したがって、粗相があってはいけません。急なことですが、今から全力を挙げて、歓迎式典の準備を行います。その為に本日の授業は中止。生徒諸君は正装し、門に整列すること」

 

 

 コルベールの指示を受け、生徒達は一様に緊張した面持ちになると、一斉に頷いた。

 ミスタ・コルベールは満足げに頷くと、声を張って生徒たちに告げる。

 

 

「諸君らが立派な貴族に成長したことを姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! お覚えがよろしくなるよう、しっかりと杖を磨いておきなさい! 宜しいですかな!」

 

 

 そして、コルベールは他の教室にもこの旨を連絡すべく教室を早足に出て行く。

 だが、あまりにも慌てていたので、コルベールは落ちたカツラを忘れてしまっていた。無論、悪戯盛りの生徒達がこんな絶好のチャンスを見逃すはずも無い。

 保健室へ運ばれたギトーが目を覚まし、自身へと仕掛けられた極めつけの悪戯に気付いたのはそれから数時間後のことだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 保健室へと運ばれたギトーが数時間後に目を覚ました時、彼は気付いた。

 

 

「ん? これは……」

 

 

 チリチリに燃えてしまった自身の髪の毛は、まあ仕方がない。

 あれだけの炎の直撃を受けて無事で済むとはギトー本人も思っていなかったし、これくらいで済んだのはむしろ僥倖だろう。

 だが、彼を本当に激昂させたのは、そんなことではなかった。目が覚めた時の彼は、馬鹿でかいロールのついたカツラを被せられ、さらに御丁寧なことに教室にいた生徒達の署名がずらりと並んだ手紙が添えられていた。

 そして、その署名入りの羊皮紙に書かれた文言はこうだった。

 

 

「我ら生徒一同が敬愛する『疾風』のミスタ・ギトーへ。しばらく不自由でしょうから、そのカツラを進呈いたします」

 

 

 生徒達の署名がずらりと並んだ手紙と悪趣味なカツラ。

 

 

「あんの、クソガキどもがぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁああああ!!!!」

 

 

 哀れ、手紙と悪趣味なカツラは激昂したギトーの風の刃でズタズタに切り裂かれることになったのだった。

 正直、ギトーからすれば至極当然な怒りであったと思われるが、怒りを爆発させた場所が悪かった。彼が騒いだのは、よりによって保健室。

 つまり―――

 

 

「保健室ではお静かに…」

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 結局、ギトーは『保健室の死神』こと、赤屍の手によって、もう一度、強制的に眠らせられることになったのだった。

 

 

 




※オマケ:(とある生徒がギトーを保健室へ運んだ時のやり取り)

赤屍「おや、新しい実験d…ゲフンゲフン、いえ、患者さんですか」
生徒「(今、コイツ、『実験台』って言おうとしなかった!?)」


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