ゼロの『運び屋』-最強最悪の使い魔-   作:世紀末ドクター

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第十三話『フリッグの舞踏会』

「ミス・ロングビルがフーケだったとはのぅ…」

 

 

 トリステイン魔法学院、学院長室。

 オスマン、コルベール、そしてフーケを捕らえた五人。

 報告を聞いたオスマンは事件の解決を喜ぶ一方で、手放しに喜ぶ気にはなれない。

 

 

(それにしてもあのメイド、出発前とまるで雰囲気が違うんじゃが…。…というか、このメイド、間違いなくワシより強いぞ!?)

 

 

 何でもルイズ達の話ではフーケを捕らえたのは実質的にシエスタ一人の力であったという。

 普通なら魔法の使えない平民がメイジの盗賊を捕らえるなど考えられないが、今のシエスタならと、オスマンには納得できてしまう。

 メイドが放つオーラとでも言うべき雰囲気。学院に戻って来てからの彼女はその雰囲気が別人のように一変していたからだ。

 

 

「ふーむ、風鳥院流絃術か。…ということは、あの『鈴』の本来の持ち主も同じ流派の使い手だったんじゃろうなぁ…」

 

 

 報告を聞いたオスマンは呟くように言った。

 オスマンの言葉を聞いた赤屍は、ずっと気になっていったことをオスマンに訊ねてみる。

 

 

「オールド・オスマン、『戦女神の鈴』はどこで手に入れた物なのです?」

 

「三十年前のことじゃ…。ある森でワイバーンの大群に襲われての…。精神力も尽きてもう駄目かと思った時に、突然周りが濃い霧に包まれたんじゃ…」

 

 

 オスマンはかつて自分を助けてくれた恩人のことを語り出した。

 彼がワイバーンの群れに襲われたとき、霧の中から現れた一人の少女のことを。

 森の中に現れたその少女は、髪に飾り付けていた鈴の中からキラキラ光る絃を繰り出し、あっさりとその群れを壊滅させてしまったらしい。

 その絶大な威力を秘めたマジックアイテムに興味を引かれたオスマンは、助けられた礼をすると、是非その鈴を見せてほしいと少女に懇願したのだという。

 可笑しそうに目を細めたその少女は、こんなものでよければ、とその鈴を渡した。オスマンが手渡された鈴をうんうんと唸りながら見ていると、またしても濃霧が立ちこめはじめたのだという。

 そして、その霧が晴れた時には、いつの間にかその少女は消え去っていたそうだ。オスマンはその少女が残した鈴を『戦女神の鈴』と命名し、今まで大事に保管していたらしい。

 

 

「しっかし、あの鈴が本当にただの鈴じゃったとは…。あの時に見た銀色の絃の技が魔法とは無関係の技術だとは、今思い返しても信じられんわ」

 

 

 オスマンがそう感じるのも無理はない。

 実際、風鳥院流絃術の神業は傍目には魔法にしか見えないレベルに極まっている。

 アレが純粋な技術で繰り出される技だとは、事前知識が無ければとても信じられまい。

 

 

「それにしても、あの子、胸は小さそうじゃったが綺麗じゃったの~。将来はきっとスゴイ美人になるに違いないわい」

 

 

 かつての恩人のことを思い出しながら、シミジミとした様子で言うオスマン。

 だが、ここまでの話を聞いて、オスマンの恩人だという少女に関して、ある人物に思い当たっていた。

 赤屍はまさかとは思いながらもオスマンに訊いてみることにする。

 

 

「…その恩人の名前はご存知ですか?」

 

「んー……確かふーちょー……? ああそうじゃ、フウチョウイン=カヅキと名乗っておった!」

 

 

 赤屍の中の疑惑が確信に変わる。

 オスマンの恩人だという人物とは間違いなく元『VOLTS』四天王の一人、風鳥院花月だ。

 VOLTS結成以前、花月は単身で無限城のベルトラインに侵入したことがある。花月がこの世界に迷い込んだのは、おそらくその時だろう。

 ベルトラインは様々な次元と時間軸が混在した非常に不安定な状態になっているため、そのときに何らかの要因が重なってこの世界に迷いこんでしまったのだろうと赤屍は予想した。

 それにしてもオスマンが花月を完全に女性だと勘違いしているあたり、彼の『女性らしさ』は相変わらず常軌を逸したレベルである。

 オスマンの答えを聞いた赤屍は半ば独り言のように呟いた。

 

 

「まさか本当に花月君だったとは…」

 

「ひょっとして知っておるのかの?」

 

「ええ、良く知ってますよ。私のいた世界では『絃の花月』という通り名で知られる超一流の使い手です」

 

「そんなに有名な使い手だったのかね?」

 

「そうですね。私が知る中でも相当上位の実力の持ち主でしたよ。そして、シエスタさんの曽祖父である祭蔵君の戦友でもあります」

 

 

 その言葉にシエスタが反応する。

 

 

「お爺ちゃんの戦友、ですか…?」

 

「風鳥院花月―――シエスタさんの曽祖父である祭蔵君が所属したグループ『風雅』のリーダーです。彼もまた貴女と同じ風鳥院流の使い手でしたよ」

 

 

 そう言って、赤屍は自分の知っている花月のことを語った。

 おそらく祭蔵にとって一番の戦友であり、赤屍が知る中においても最も美しい風鳥院流の技を使う人物。そして、シエスタの使う技の『本当の手本』になっているであろう人物である。

 だが、赤屍の言った『本当の手本』という言葉の意味が分からずにシエスタは首を傾げる。

 

 

「…? 『本当の手本』というのは、どういう意味ですか?」

 

「そのままの意味ですよ。シエスタさんの技は『駿』と形容される祭蔵君の東風鳥院流というよりも、『麗』と形容される風鳥院流の宗家―――花月君を彷彿とさせるものです」

 

 

 推測ではあるが、シエスタの『聖痕』を封印したのは間違いなく祭蔵だろう。

 彼女の持つ『聖痕』は争いの才能の最たるものであり、あるいはその力を発揮させることなく眠らせたままの方がずっと幸せなことだと思ったのかもしれない。

 彼はきっとそう考えて、彼女の『聖痕』を封印した。しかし、その一方で彼は、争いに巻き込まれたときの為の戦う術も彼女に残している。

 

 

「アナタを見ていると、祭蔵君の複雑な心情が少しだけ分かる気がしますよ。本来の祭蔵君なら、絃の基点に使っていたのも『鈴』ではなく『羽』のはずですからね」

 

 

 彼が自分の技ではなく、花月の技をシエスタに残した理由。

 それはもしかしたら、女性ならそれに相応しい技を残してやりたいとする彼女への不器用な愛情の証だったのかもしれない。あるいは、かつての戦友たちへの郷愁や追憶を込めての行動だったのか。

 赤屍の話を聞いたシエスタは自分の髪に括り付けている鈴―――自分の曽祖父である祭蔵が残した鈴に手を触れたまま何かに想いを馳せているようだった。

 オスマンはそんなシエスタと赤屍の二人を一瞥すると、ルイズ達へ声を掛けた。

 

 

「さて、諸君らの尽力により、見事『土くれのフーケ』を捕縛し、『戦女神の鈴』を取り戻すことに成功した。学院の名誉は守られ、盗賊は牢獄へと送られる。一件落着じゃ」

 

 

 満面の笑顔で三人の生徒を褒め称える。

 

 

「君達三人に〝シュヴァリエ〟の爵位申請を、宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。 ミス・タバサはすでにシュヴァリエの爵位を持っているから、精霊勲章の授与を申請をしておいたぞ」

 

 

 自分がただのゼロのルイズではないという確かな証。

 しかし、ルイズのその顔色は冴えなかった。

 

 

「んん?ミス・ヴァリエール、どうしたのかね、何か悩みでもあるのかね?」

 

「オールド・オスマン。あの、三人とは? シエスタには何もないのでしょうか? 今回、フーケを倒したのは彼女です」

 

 

 はっきり言って、今回フーケを捕まえたのはシエスタ一人の力であると言って良い。

 しかし、オスマンは申し訳なさそうにシエスタの顔を見て答えた。

 

 

「残念ながら、彼女は貴族ではない」

 

「で、でも!」

 

 

 実績にはそれに見合う褒賞があって然るべきだ。

 食い下がろうとするルイズであったが、シエスタ本人はそんなものにはもはや興味が無かった。

 

 

「私は構いませんよ、ミス・ヴァリエール」

 

「ほれ、彼女もこう言っておるしのぅ。さすがに爵位は無理じゃが、ワシのポケットマネーから彼女への報奨金を出そう。これならどうじゃ?」

 

「いえ、報奨金も要りません。その代わりと言ってはなんですが、出来たらあの『鈴』を譲っていただけませんか」

 

 

 シエスタに言われたオスマンは「ふむ」と顎に手を当てて考える。

 赤屍たちの話を聞くに『戦女神の鈴』そのものはマジックアイテムでも何でも無いただの鈴なのだという。

 オスマンにとっては恩人の残した大切な品ではあったが、それ以上の意味はない。それに赤屍の話が本当ならば、オスマンを助けてくれた恩人はシエスタの曽祖父の戦友なのだという。

 それならば、この鈴を持つに一番相応しいと言えるのは―――

 

 

「確かにキミが持つのが一番相応しいかもしれん。もしも、恩人である彼女に会えたら、キミの手から返してやってくれ」

 

「ええ、必ず―――」

 

 

 そう言って、シエスタは『戦女神の鈴』の入った小箱をオスマンから受け取った。

 そして、シエスタに『戦女神の鈴』を手渡したオスマンは、その場に居るメンバーに改めて向き直ると、朗々と告げる。

 

 

「さて、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。盗賊も捕縛され、秘宝も戻って来た。よって、予定通り執り行う」

 

 

 赤屍が召喚されてから『ルイズ殺害未遂事件』『ギーシュバラバラ殺人事件』『フーケ襲撃事件』などと立て続けに事件が起こり、舞踏会の開催は自粛するという案もあったのだが、オスマンは敢えて予定通り行うことにした。

 むしろ、こんな時だからこそ楽しめるイベントを、と考えたのかもしれない。

 

 

「今日の舞踏会の主役は君達じゃ。用意をしてきたまえ。せいぜい、着飾るのじゃぞ?」

 

 

 オスマンがパンパンと手を打つ。

 それを解散の合図として赤屍を除いたメンバーは一礼するとドアに向かった。

 だが、その場を動こうとしない赤屍にルイズ達は不思議に思い、立ち止まって振り返る。

 

 

「皆さんは先に行ってください。私は学院長と少しだけお話がありますので」

 

 

 ルイズは少し不思議そうな顔で見つめていたが、赤屍の言葉に頷き、学院長室を後にした。

 それを確認して、赤屍はオスマンに向き直った。

 

 

「……して、ワシに話とは、何じゃね?」

 

「いえ、別にそれほど大したことではないんですが、一応、勘違いは正しておいた方が良いと思いまして」

 

「勘違い?」

 

 

 一体何のことかさっぱり分からないオスマン。

 そして、そんな彼に対して、赤屍は驚愕の真実を伝えた。

 

 

「学院長、貴方は花月君のことを女性と勘違いしてらっしゃるようですが、彼は男ですよ」

 

「……は?」

 

 

 真実を伝えられた瞬間、オスマンの時間が止まった。

 数秒ほどの思考停止の後、我に返ったオスマンは慌てたように反論する。

 

 

「いやいやいや、それはないじゃろ!? どう見ても女の子にしか見えんかったぞい!?」

 

 

 オスマンが信じられないのも無理はない。

 しかし、真実とは時に非常に残酷な顔を見せる。

 実際、無限城世界においても、その下手な女性よりも美しい花月の容姿は何人もの男性を地獄に叩き落としていたりする。

 どう見ても女性にしか見えず、多くの男性がその事実を知らずに悶え、ハアハアし、そして、真実を知って絶望へと堕ちて行った。

 オスマンもその例外ではなく、自分の恩人である花月が男性だという事実がよほどショックだったのか、ブツブツと何やら譫言を呟き続けている。

 そんなオスマンをしり目に、赤屍は少しだけ憐みが混じった様子で言った。

 

 

「やれやれ…相変わらず、花月君も罪作りな方だ」

 

 

 そう言って、赤屍は今度こそ部屋から退室する。

 未だにショックから立ち直れないでいるオスマンであったが、しばらくして立ち直った後の彼は「ついてる?だからどうした!!」「私は一向に構わんッッ!!」「だがそれがいい!!」と、完全に道を踏み外し、ある意味、勇者としての道を歩むことになったのは余談である。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そして、『フリッグの舞踏会』へと場面は移る。

 会場であるアルヴィーズの食堂二階のホール。そこでは煌びやかに着飾った生徒や教師達が、豪華な料理盛られたテーブルの周りで歓談している。

 本来、この舞踏会は貴族の子弟達による将来のささやかな予行演習という側面がある。だが、この舞踏会はいつもと少々様子が異なっていた。

 土くれのフーケが、学院に現れたという話は、既に学院中に広まっていた。そして、フーケが学生のメイジ三人を含めた捜索隊によって撃退されたという話も。だから、今回の舞踏会はどちらかというと、祝勝会という色合いの強いものであった。

 しかし、その主賓……つまりはフーケを撃退したはずの学生メイジ達の顔は、ちっとも晴れやかではない。黒いパーティードレスを着たタバサは、ただ黙々とテーブルの上の料理と格闘している。 だが、タバサが無口なのはいつものことなので、 誰もそんなに気には留めない。

 問題はキュルケとルイズであった。二人とも憂鬱な顔をして壁にもたれ掛かり、ただぼんやりとパーティーの様子を眺めているだけだ。

 

 

「キュルケ、アンタは踊らないの? いつものアンタなら、それこそ取っ替え引っ替えで男達の相手をしてるじゃない」

 

「なんていうか、気分じゃないのよねぇ…」

 

 

 少し間隔を開けて隣同士に立ったまま、言葉を交わすルイズとキュルケ。

 彼女らの気が晴れない理由は、彼女ら本人にも分かっていた。今、この場に本当の主役となるべき人物の姿が無いからだ。

 今回の事件でフーケを倒したのは実質的にメイドのシエスタ一人の力だった。しかし、彼女自身は平民のメイドであるために、ルイズ達が表向きの盗賊退治の立役者扱いされてしまっている。

 はっきり言って、今のルイズ達はシエスタの成果を横取りしているようなものだ。

 これではルイズ達が素直に喜べるはずもなかった。

 

 

「しっかし、ホントとんでもなかったわよねえ…。あのメイドの『風鳥院流絃術』だっけ?」

 

 

 思い出しながらキュルケが言う。

 シエスタの操る風鳥院流絃術。彼女の見せた技の美しさと凄まじさは、ルイズ達の目に強烈に焼き付いていた。

 最低でもトライアングルのメイジであるフーケを苦も無く一蹴した戦闘力。

 確かに凄かった。とても平民とは思えない強さだ。

 しかし―――

 

 

「だけど、あれでも赤屍に言わせると『まだまだ』らしいわよ…」

 

「あれで『まだまだ』ってホントどんだけよ?」

 

 

 ルイズの返答にキュルケの顔が少し引き攣る。

 ルイズとしてもキュルケの気持ちは良く分かるが、実際、赤屍の言うことは当たっている。赤屍を基準にすれば、今のシエスタですら赤子同然の力量でしかないだろう。

 そして、その力量差はシエスタも自覚しているようで、馬車で学院に戻る時、シエスタが赤屍に向ける視線にはむしろ敬意すら篭っていたくらいだ。

 

 

「そう言えば、彼も居ないみたいだけど、何処に居るのかしら?」

 

「私が知る訳ないでしょ。まったく、アイツときたらホント好き勝手に…ブツブツ」

 

 

 赤屍のフリーダム具合にブツブツと愚痴をこぼしながらルイズはワインを呷る。

 キュルケはそれを見て「ふっ」と小さく笑い、ルイズと共にハープの精の音色に耳を傾ける事にした。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ――ちょうどその頃。

 

 ルイズが赤屍に対しての愚痴をこぼしながらワインを呷っている頃、盗賊退治の本来の主役であるべき人物の姿は学院の中庭にあった。

 シエスタが中庭に一人で佇んだまま夜空に浮かぶ月を眺めていると、不意に背後から誰かの足音が響く。

 その音に振り返ると、そこにはシエスタも知る黒い男が立っていた。

 

 

「お月見ですか? シエスタさん」

 

「ええ、少し一人で考えたいことがありまして」

 

 

 赤屍の問いに返事をすると、シエスタは再び赤屍に背を向ける。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 それっきり、沈黙が夜の宵闇を支配する。

 しばらくの間お互いに無言でいたが、ふと赤屍が口を開いた。

 

 

「見慣れるとそう悪くはないですね」

 

「え?」

 

 

 何のことか分からないシエスタ。

 そして、赤屍は空に浮かぶ二つの月を見つめたままで言った。

 

 

「月が二つあるというのも、中々に悪くない」

 

 

 赤屍の言葉にシエスタは思い出す。

 そういえば、彼は月が一つしか無い世界からやって来たと言っていた。

 そして、赤屍の話が本当ならば、シエスタの曽祖父も彼と同じ世界からの出身者であると言う。

 

 

 ――月が一つしかない世界――

 

 

 正直、シエスタには想像もつかないが、本当にそうだとしたら自分の『風鳥院流絃術』と『聖痕』も、その月が一つしかない世界がルーツだということだろう。

 曽祖父が自分に残した『風鳥院流絃術』の技と、自分の右眼に宿る『聖痕』の力。その技と力の凄まじさをシエスタは自覚できている。その気になれば、この学院のメイジ全員と同時に戦ったとしても、今のシエスタは勝てる自信があった。

 はっきり言って、一介の平民が持つには余りに過ぎた『力』なのかもしれない。

 

 

(どうして―――)

 

 

 シエスタには分からなかった。

 自分にこれ程の『力』がある理由と意味。これが何の為に使うべき『力』で、何処に向かう『力』なのか。

 あるいは、隣りに立つこの男ならば、それらを知っているのだろうか?

 今のシエスタよりも遥かに強いこの男ならば―――

 

 

「赤屍さんは…」

 

 

 視線を合わせないままに赤屍に声を掛ける。

 人外という言葉すら生温い異次元の強さを持つ男。

 そんな強さを持つこの男が、自らの『強さ』と『力』についてどのように考えているのかをシエスタは聞いてみたくなった。

 

 

「赤屍さんは、自分の『力』が怖くなったりはしないんですか?」

 

 

 どこか不安が混じったようなシエスタの声。

 しかし、そんな彼女の問いに対する赤屍の答えは、よりにもよってこうだった。

 

 

「いえ、別に? そんなこと考えたことも無かったですね」

 

 

 至極あっさりと。本当に平然と赤屍は言ってのけた。

 余りにも平然と言ってのけた所為で、シエスタは思わず唖然としてしまったくらいだ。

 はっきり言って、質問する相手を致命的に間違ったという気がしないでもない。

 そして、そんな彼女の様子に苦笑しながら赤屍は言った。

 

 

「どうやら自分の『力』の在り様について悩んでいるようですが、私に言わせればそんなことは全くの無意味です。だって、私なんて自分が好きなこと、面白そうだと思ったことをやってるだけですよ?」

 

 

 強い力を持っているからと言って、それを誰かの為に使わなければならないという決まりはない。

 赤屍はそう考えていたし、その力をどのように使うかは本人の自由だと思っていた。あるいは奪還屋の二人ならばまた違う意見なのかもしれないが、少なくとも赤屍にとってはそうだった。

 

 

「私の場合は、そういう『力』の理由や使い道には興味はなくて、ただ己の力の限界を知りたかった。だから、それこそ色々な強者と戦って来ましたよ。いつか自分の限界の力を引き出してくれる強者に巡り合うためにね。私が『運び屋』なんてモノをやっているのも、まあ、その一環でしたね」

 

 

 本当に何でもない事のようにサラリと流す赤屍。

 実際、赤屍にとっては戦う理由などはどうでも良い。好き勝手にやっていたら、いつの間にかこんな所にまで辿り着いていた。

 しかし、そんな風に好き勝手にやっていても自分はあの奪還屋の二人組―――最高最強の好敵手に巡り合うことが出来たのだから、結局は「なるようになる」ということかもしれない。

 だから、シエスタがこれからどういう選択をするかは完全に彼女次第でしかない。

 赤屍はシエスタにそう話したが、彼女はなおも不安そうだ。

 

 

「で、でも、もしも、この『力』が暴走するようなことがあったら…」

 

 

 縋るようなシエスタの声。

 しかし、そんな彼女に対して赤屍は断言する。

 

 

「クス…貴女がそんなことを心配は必要ありませんよ」

 

 

 赤屍は本当に心配など欠片もしていない様子である。

 だが、そこまで言い切れる理由がシエスタには分からない。

 シエスタがその理由を視線で訊ねると、赤屍は薄っすらとした笑みを浮かべてこう言った。

 

 

「仮に、そんなことがあったとしたら、貴女を殺してでも私が止めてあげますので」

 

 

 少し冗談めかしたような赤屍の台詞。

 余りにも予想外の台詞を言われたためか、シエスタはまたしてもポカンとした表情をして動きを止めてしまう。

 数秒ほど動きを止めていたシエスタだったが、何かがツボにはまったのか突然にプッと息を吹き出した。

 彼女は口元を押さえたまま、ふるふると肩を震わせている。

 

 

「…冗談じゃなくて、8割くらいは本気で言ってますよ?」

 

「ふふっ、ええ、分かってます」

 

 

 笑いながらシエスタは答える。

 もしも、本当にそんな状況が来たとしたら、この男は迷いなくシエスタを殺すだろう。

 しかし、シエスタにとってはそれで良かった。暴走したまま、どこまでも堕ちて行くことの方が、シエスタには怖かった。

 どんな形であれ、自分が暴走した時のストッパーとしての役割をこの男は引き受けてくれるというのだ。それだけでシエスタの不安は随分と軽くなった。

 

 

「じゃあ、私も赤屍さんと約束を」

 

 

 そう言って、シエスタは赤屍に約束を持ち掛けた。

 

 

「私が暴走したら、赤屍さんが私を止めてください。だから逆に――」

 

 

 そこで言葉を一度切った。

 

 

「逆に?」

 

 

 続きを促す赤屍。

 そして、彼女は一呼吸置いた後、続きの言葉を口にした。

 

 

「もしも赤屍さんが何かで暴走したら、私が貴方を止めます。たとえ、貴方を殺してでも」

 

「今の貴女の『力』では、天地がひっくりかえっても私は殺せませんよ?」

 

「そうですね。だから、これから強くなります。貴方を殺せるところまで」

 

 

 強い意思の宿ったシエスタの言葉だった。

 それはきっと、彼女の『力』から逃げずに向き合おうとする覚悟が形になった言葉だったに違いない。

 彼女の言葉を聞いた赤屍は心の底から嬉しそうな笑みを浮かべながら言った。

 

 

「クス…それは楽しみだ。それでは、私は貴女がそこまで強くなるのを楽しみに待つことにしますよ」

 

「ええ、期待していて下さい」

 

 

 そう言って、シエスタと赤屍の二人は月へと目を向けた。

 風も吹いていない夜の静寂の中、月と星々の光だけが二人を照らしている。

 幻想的と言うに相応しい美しい夜空だったが、実はその日の夜、すすり泣くような声がどこからか響いていたという。

 

 

「俺の…出番…」

 

 

 哀れ、デルフリンガーであった。

 

 

 


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