ゼロの『運び屋』-最強最悪の使い魔-   作:世紀末ドクター

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第十二話『風鳥院流絃術』

 怪盗フーケ捜索隊のメンバーに選抜されたルイズ達。

 現在、彼女らは荷車に似た馬車に揺られ、フーケの隠れ家に向かっている。

 そんな中、キュルケが馬車の手綱を握るロングビルに話しかける。

 

 

「ミス・ロングビル。どうして御者を自分で? 手綱なんて付き人にやらせればいいじゃないですか」

 

 

 肩越しに少しだけ顔をこちらに向けながら、ロングビルは答えてきた。

 

「……いいのですよ。私は、貴族の名を無くした者ですから」

 

「だって、あなたはオールド・オスマンの秘書なのでしょ?」

 

「ええ。……でも、オスマン氏は貴族や平民だということに、あまり拘らないお方ですから」

 

「差し支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」

 

 

 キュルケが興味津々といった様子でロングビルに詰め寄る。

 そして、それを見とがめたルイズが、キュルケの肩をつかんで押し戻した。

 

 

「何よ、ヴァリエール」

 

「よしなさいよ。昔のことを根掘り葉掘り聞くなんて」

 

「暇だからおしゃべりしようと思っただけじゃないの」

 

「あんたのお国じゃどうか知らないけど、聞かれたくないことを無理やり聞き出そうとするのは、トリステインじゃ恥ずべきことなのよ」

 

 

 いつもと同じ様ないがみ合いを続けるキュルケとルイズ。

 赤屍はそんな彼女たちの様子を無視して、じっと目を閉じて何事かを考えているようだった。

 そして、そんな赤屍におずおずと遠慮がちにシエスタが話し掛ける。

 

 

「あの~どうして私まで…?」

 

 

 どうしてメイドである自分まで連れて来られたのかさっぱり分からない。

 シエスタが赤屍に訊ねると、彼は小さく笑った。

 

 

「クス、いえ、貴女の右眼の秘密を手っ取り早く教えてあげようと思いましてね。それに今回盗まれた秘宝とやらが私の知っている物と同じであるなら、捜索隊のメンバーとして貴女以上の適任はありませんよ。貴女が祭蔵君の子孫であるなら尚更ね」

 

 

 明らかに赤屍はシエスタの右眼の『聖痕』の刻印について知っている。

 盗まれた秘宝の正体はおろか、シエスタの曽祖父のことすら知っている言い方である。

 まるで何もかもを見通しているかのような赤屍の物言いに当然ながらシエスタは訊き返した。

 

 

「まさか、ひいおじいさんのことを知っているんですか?」

 

「ええ。しかし、まさかこんな世界に来て、祭蔵君の縁者と出会うとは思いませんでしたよ。こういうのをハルケギニア風に言うなら『始祖の導き』という奴かもしれませんね?」

 

 

 上機嫌そうに微笑む赤屍。

 一方、ルイズ達は赤屍の発言に少し驚いた反応を見せる。

 赤屍はハルケギニアとは違う、別の異世界から召喚されたと言っていたはずだ。…ということはシエスタの曽祖父も赤屍と同じ世界の出身者だということか。

 赤屍はルイズ達の驚きを気にせずに話を続ける。

 

 

「すでにルイズさん達には話していることですが、私の故郷はこの世界とは別の異世界です。そこでは月が一つしかなく、魔法などの何らかの特殊な技能を持つ者は基本的に一般人の目に触れない裏社会の住人として暮らしている。そして、祭蔵君もそんな裏社会の住人の一人だった。彼の操った武術は、私の居た世界ではこう呼ばれていましたよ。『風鳥院流絃術』と、ね」

 

 

 赤屍の話を聞いたシエスタは目を丸くさせた。

 たった今、赤屍が口にした流派の名前。その流派の名前はシエスタの家族以外の誰も知らないはずのモノだ。

 自分の家族以外の誰も知らないその流派の名前を赤屍が知っているということは、つまり―――

 

 

「まさか、本当に…? 月が一つしかない異世界から…?」

 

 

 全てを偶然と片付けるには余りにも話が出来過ぎている。

 未だに半信半疑という様子のシエスタに赤屍は、口の端に小さな笑みを浮かべて言った。

 

 

「クス…、私や祭蔵君が異世界からやって来たという話を信じる信じないは貴女の自由です。それに同じ世界からやって来たと言っても、祭蔵君と私が飛ばされた時間軸はこちらの世界では数十年の誤差があるみたいですしね」

 

 

 赤屍にとっては隠す意味もないので、彼はあっさりと自分の出自を暴露する。

 とても驚いた様子のシエスタだったが、自分と自分の家族以外は誰も知らないはずの曽祖父の武術の名前を言われた以上、信じるしかなかった。

 少なくとも赤屍にシエスタの曽祖父との面識があるのは間違いないらしい。

 

 

「…何て言うか、こんな運命的なことってあるんですね」

 

 

 シエスタの言葉に「そうですね」と頷く赤屍。

 そして、シエスタは赤屍に向かって言った。

 

 

「良ければひいおじいちゃんのことをもっと教えてくれませんか? 赤屍さんの世界でのひいおじいさんのこと」

 

「ええ、もちろん構いませんよ。私の知っている範囲で良ければね」

 

 

 タバサを除き、馬車の荷台で適当な雑談を続ける面々。

 やがて一行を乗せた馬車は、深い森に入っていった。ここから先へは馬車では進めないため、徒歩で進むことになる。

 薄暗い森の奥へと小道を通ってしばらく進んでいくと、一行は開けた場所へと出た。 どうやら森の中の空き地のようであり、その中にぽつんと建っている廃屋が確かにあった。

 

 

「私が聞いた情報だと、あの中にいるという話です」

 

 

 茂みに身を隠したまま、ロングビルはそう言う。

 身を隠して様子を伺うが、人が出てくる気配はない。

 

 

「わたくしが、周囲の偵察を行います。その間に、皆さんで小屋の方を調べていただけますか」

 

 

 彼女は森の奥へと姿を消して行った。

 遠ざかる背中を眺めていた 赤屍は彼女の姿が森に消えると、視線を傍らに並ぶルイズ達に向ける。

 

 

「さて、これからあの小屋を調べる訳ですが……」

 

「一体何よ、赤屍」

 

「行動するにあたって、最も注意すべき事は何か分かりますか? ルイズさん」

 

「敵の迎撃、あるいは仕掛けられた罠でしょう」

 

「上出来です」

 

 

 そこから、全員で作戦会議を行う。

 タバサが地面に枝で図を書き、作戦を説明する。

 まず、偵察と囮を兼ねて誰か一人が小屋に近づき、中の様子を探る。

 中にフーケがいた場合、これを挑発して外に誘き出す。土のゴーレムを得手とするフーケならば、必ず土のある外に出てくるはずだ。そこを、待ち伏せていた他のメンバーの魔法で一気に撃破する。

 いない場合は、周囲を警戒しつつこの場所まで戻る。そして、改めて小屋に近づき、今度は中に侵入し目標物の『戦女神の鈴』を捜索する。あれば、警戒しつつそのまま確保。なければ速やかに外に出て、仲間に合図する。

 これが、タバサが立てた作戦であった。

 

 

「では、偵察と囮の役は、私がやりましょう」

 

 

 そう言って、赤屍はまるで散歩に行くかのような気安さで廃屋へと向かって行った。

 その後、赤屍が廃屋の偵察を行い、フーケがいない上に何も罠がないことも確認するとルイズ達も中へと入っていく。ただし、シエスタだけは廃屋の外で留守番である。

 何か手がかりがないものか、ほこりだらけの廃屋内を調べ始める三人。

 

 

「これが、〝戦女神の鈴〟?」

 

 

 やがてタバサが埃だらけチェストの中から小さな宝箱を見つけ出した。

 そして、その宝箱を開けると、そこには間違いなく鈴が入っている。

 

 

「あっけないわねー」

 

 

 キュルケが拍子抜けしたように声を上げる。

 しかし、改めて鈴を見ると、何から何までシエスタの曽祖父の形見だという鈴とそっくりだ。

 

 

「クス…やはりね」

 

 

 鈴を見た赤屍は「予想通り」といった風に言った。

 赤屍の予想通り、それは間違いなく風鳥院流の術師が戦闘に用いる鈴だった。

 一人で納得した様子の赤屍だったが、一方のルイズ達は赤屍の納得の理由が分からずに怪訝そうな視線を向ける。

 

 

「やはりって…、アンタ、本当にこの鈴の正体について知ってるの?」

 

「ええ。私の居た世界のとある古流術派の使い手が武器として用いる代物です。シエスタさんが持っているものと同じですよ」

 

「これが武器なの?」

 

 

 シエスタも言っていたが、これを武器として操るとは一体どういうことなのか。

 不思議そうな表情を見せるルイズ達だったが、赤屍はそんな彼女たちの反応にクスリと愉快そうに笑った。

 

 

「さて、私の読み通りなら、そろそろでしょうかね?」

 

「何がよ?」

 

「ミス・ロングビル…いえ、怪盗フーケが仕掛けてくるタイミングですよ。私の読み通りなら、そろそろシエスタさんを人質として確保しようと行動を起こしている頃でしょうね」

 

「はい?」

 

 

 ミス・ロングビル=怪盗フーケという事実をさらりと暴露する赤屍。

 その唐突な暴露にルイズだけでなく、タバサとキュルケですら唖然とした顔をしている。

 一瞬、呆けた反応をしていた三人だったが、すぐに我に返ったルイズが赤屍に突っ込みを入れる。

 

 

「ち、ちょっと!? ミス・ロングビルが怪盗フーケってどういうことよ!? それにあのメイドを人質にって…、えええええええ!?」

 

 

 爆発したように捲し立てるルイズ。

 ルイズは赤屍に問い詰めるが、赤屍はどこ吹く風といった様子で全く意に介していないようだった。

 そして、そんな赤屍にタバサが訊いた。

 

 

「彼女がフーケだという根拠は?」

 

「簡単なことです。彼女が最初に持ってきたフーケの情報には穴があり過ぎる」

 

 

 そう言って、赤屍はロングビルが持ってきた情報の不自然な点を指摘する。

 彼女は学院近在の農民から聞き込みを行い、近くの森の中にある廃屋へと入っていった黒ずくめのローブ姿の人間を見たという情報を得たらしい。

 だが、何故、その黒ずくめの正体がフーケだと断定できるのか。それに馬でも片道四時間はかかってしまうような場所まで行って調査をし、情報を仕入れて帰ってくるというのには無理がある。学院へ帰ってくるだけでも昼過ぎにはなるはずだ。

 赤屍の話を聞いたキュルケが訊ねる。

 

 

「それじゃあ、貴方は最初からロングビルがフーケだと気付いてたの?」

 

「クス…、そうなりますね」

 

「で、でも! だったら何で、ロングビルは学院に戻って来たの!? 彼女がフーケっだって言うなら、宝を手に入れたら学院に戻ってくる意味なんて無いじゃない!?」

 

「確かにルイズさんの言う通りですね。それなのに戻ってきたということは、恐らく秘宝の使い方が分からない。だったら、実際に誰かに使わせてみよう。恐らくそんな所だったんでしょう。この私が捜索隊のメンバーに抜擢されるまでは、ね」

 

「? どういうこと? アンタが捜索隊のメンバーに抜擢されるまでは、って」

 

「恐らくフーケは捜索には学院の教師が来ると踏んでいたはずです。しかし、捜索隊のメンバーとして派遣されたのは、よりによってこの私。さあ、ここで問題です。真っ向からの戦闘では絶対に勝てそうにない相手が追っ手として差し向けられそうになっています。怪盗フーケの立場になって、次の選択肢から選びなさい」

 

 

 そう言って、赤屍は以下の3つの選択肢を提示した。

 

 1.稀代の美人怪盗フーケは赤屍すらも出し抜く必勝の策を突然思い付く。

 2.誰かを人質に取り交渉する。

 3.命が大事。戦女神の鈴は諦める。

 

 ルイズにしてみれば1番の選択肢はそもそも論外だ。

 もしもルイズがフーケの立場なら、迷いなく3番の選択肢を選ぶ所である。

 だが、どうしても諦められないなら、僅かな可能性に賭けて2番の選択肢を選ぶのもありかもしれない。

 そして、そこまで考えて、ルイズは赤屍があのメイドを今回の捜索隊に同行させた理由を理解する。

 

 

「ア、アンタ、まさか!?」

 

 

 ルイズは赤屍の余りのえげつなさに顔を引き攣らせていた。

 人質相手の選択において、下手に魔法が使える者は抵抗される恐れもあるし人質には選びづらい。その点、魔法が使えない平民なら人質としても扱いやすい。ルイズがフーケの立場なら、間違いなくそう考える。

 つまり、この男、あのメイドをフーケを炙り出すための囮役にするつもりで連れて来たということだ。

 当然、ドン引きのルイズ達であったが、赤屍は事も無げにこう言い放つ。

 

 

「まあ、確かにシエスタさんには少し悪いと思いましたけどね。言っておきますが、今の時点ではシエスタさんが一番強いですよ? アナタ達の誰よりね」

 

 

 赤屍がそう言った時だった。

 

 

「キャァァァァァァァァ!?」

 

 

 突然、廃屋の外から若い女性の悲鳴が聞こえてきた。

 間違いなく、シエスタの悲鳴だった。

 

 

「悲鳴!?」

 

「まさかフーケ!?」

 

「早く外へ!」

 

 

 バタバタと廃屋の外へ飛び出す捜索隊のメンバー。

 そして、彼らが外に出た時、そこには黒のローブを纏った人物に羽交い絞めにされたシエスタが居た。

 首元には杖が突き付けられ、普通の平民であれば完全に『詰み』の状態である。人質を取られている以上、ルイズ達も迂闊に動くことは普通は出来ない。

 しかし、この状況を誘導した張本人である赤屍は、本当に何食わぬ顔で黒のローブを纏った人物に話し掛けた。

 

 

「シエスタさんを人質にとってどうするつもりですか? フーケさん…いえ、ミス・ロングビル」

 

「何だ。ばれてたのかい。だったら、こんな物を被ってる意味は無いね」

 

 

 そう言って、彼女は被っていたフードを脱ぎ捨てた。

 フードの下に隠れていた顔が顕わになり、ルイズ達は息を呑む。

 現れた顔は間違いなく、学院長の秘書であるロングビルのそれだった。

 

 

「ミス・ロングビルがフーケだったなんて…!」

 

 

 歯噛みするような声でルイズが言う。

 フーケはそんな彼女たちを嘲笑うかのような表情で言った。

 

 

「さて…、どうやら馬車での話を聞いた限り、アンタはその鈴の使い方を知ってるみたいだけど、それを教えてくれないかい? さもないと―――」

 

 

 このメイドの命は無い。

 そう告げようとしたフーケだったが、赤屍はそんな彼女の滑稽さを鼻で哂った。

 

 

「ククッ、さもないと――? これはこれは面白いことを仰いますね。私の目から見ると、追い詰められているのはどう見ても貴女の方なんですがねえ?」

 

 

 赤屍にしてみれば、今のシエスタはフーケよりも遥かに強い。

 彼女がその力を発揮すれば、今の状況などそれこそどうにでもなる。

 自分よりも遥かに強い相手を人質にとったつもりでいるフーケの滑稽さを赤屍は哂っていたのだった。

 シエスタの右眼に宿る『聖痕』の刻印。無限城世界にも同じ刻印を宿す者は何人か居た。だが、生まれながらに『聖痕』を宿していた人間となると、赤屍の知る中でも黒鳥院夜半くらいのものだ。

 学ばずとも見ただけで全ての風鳥院の技を会得する真の天才。黒鳥院夜半の『聖痕』は、その悪魔に愛されたかのような異常な“才”の証として刻まれたものだった。そして、シエスタは一度だけ曽祖父の全ての技を見せて貰ったことがあるという。

 もしも、シエスタの瞳に刻まれている『聖痕』が彼と同質のものであるのなら、今の彼女もまた風鳥院流の全ての技が使えても不思議は無い。

 赤屍は帽子のツバを持ち上げながら、シエスタに微笑み掛ける。

 

 

「シエスタさん、貴女の右眼のそれは誰にでも宿る物ではない。メイジだとか平民だとか、そんな括りを遥かに超えた真に選ばれた者の証しです。事実、昨晩の貴女は既にその片鱗を発揮している」

 

「な、何を言って…?」

 

 

 赤屍の言葉に困惑するフーケ。

 そんなフーケを一切無視して、赤屍はシエスタだけを見つめていた。

 口元を残酷に歪ませた赤屍の微笑み。その危険な迫力を秘めた笑みにシエスタは魅入っていた。

 背後から羽交い絞めにされている状況にも関わらず、どうしても目が離せない。赤屍から発せられる殺気にも似た禍々しい気配が、自分の身体の奥底に眠る何かと共鳴しているような感覚を感じていた。

 森に吹く穏やかな風が、嵐の前の静けさを彷彿とさせる。何かが始まる。いや、それは既に始まっていたのか。

 

 

 ―――彼女を中心にして、微弱な風が起こり始めた。

 

 

 魔法の使えない平民は貴族には勝てないという刷り込まれた固定観念。

 今の彼女はその固定観念が枷となって、実力を発揮できていないだけだ。

 既に『聖痕』そのものは開眼している。だから、後はほんの少し背中を押してやるだけでいい。

 

 

「既に自覚している筈です。貴女の内なる力の胎動を」

 

 

 赤屍の言葉はまるで催眠術師の言霊のようにシエスタの脳髄と身体を支配していく。

 それと同時に彼女の内に存在する『何か』の「暴れさせろ」「外に出せ」という叫びが強くなる。

 

 

「その力を自然なままに解放しなさい。そうすれば―――」

 

 

 彼女の内に眠る闘争本能と殺戮本能。

 赤屍の言葉に呼応して、それらの疼きがどんどん強くなっていく。

 

 

「貴女なら使えますよ。祭蔵君と同じ業を―――」

 

 

 赤屍がそう言った時だった。

 瞬間、シエスタはフーケに後頭部で頭突きを喰らわしていた。

 

 

「がっ!?」

 

 

 鼻っ柱を思いっきり強打され、一瞬、フーケが怯んだ。

 その隙にフーケの右腕を肩に担ぎ、そこから相手の股下に飛び込むような低い体勢から背負い投げた。

 柔道で言う所の一本背負投げを喰らい地面に叩き付けられるフーケだが、杖は決して離さない。本来なら相手を投げた後、関節技・絞め技などの固め技に移行しているところだが、突如地面が盛り上がり、巨大な土の手となって襲い掛かって来たことで、シエスタは一旦追撃の手を緩めざるを得なかった。

 

 

 ―――土系統のドットスペル『アース・ハンド』―――

 

 

 フーケは地面に叩き付けられながらも魔法を発動させていた。

 シエスタはその場から飛び退くことで土の拳を避ける。そして、シエスタが大きく距離をとって離れた瞬間、フーケは素早く起き上がり即座に戦闘態勢を整えた。

 

 

「こ、このぉ! ただのメイドの分際で!」

 

 

 鼻血をボタボタと垂らしながらも杖を構えなおすフーケ。

 そして、フーケが杖を一振りすると地面が盛り上がり、たちまちに巨大なゴーレムが生成された。

 フーケは生成したゴーレムの肩の部分から、シエスタを鬼のような形相で見下ろしている。完全に頭に血が上っているフーケ。

 それに対して、シエスタは氷のような冷静さを保ったままだ。彼女は懐から取り出した鈴を中指と人差し指に挟んだ状態で構えている。

 だが、まさかその状態の彼女を見て、既に必殺の武器を構えているなどと一体誰が想像できようか。

 シエスタに向かって巨大ゴーレムの拳が容赦なく振り下ろされる。

 

 

「ッ…!!」

 

 

 ペチャンコに潰されたメイドの姿を想像して思わず目を背けそうになるルイズ達。

 しかし、ルイズ達は信じられない光景を目の当たりにする。なんと、ゴーレムの攻撃はシエスタに届く直前で止まっていた。

 

 

「うっそ!?」

 

「ゴーレムの攻撃が届いてない!?」

 

 

 ルイズ達だけでなく、フーケも信じられないという風な顔をしている。

 どうしてゴーレムの攻撃が止まったのか。その理由はシエスタが張り巡らせた3本の絃によるものだった。

 信じがたいことだが、たった3本の絃がゴーレムの拳を絡め取っていた。

 

 

「あれは…」

 

「…銀色の糸?」

 

 

 銀色の輝きを放つ細い糸。

 ここでようやくルイズ、キュルケ、タバサの三人もシエスタが操る絃の存在に気付く。

 だが、あんな細い絃で巨大ゴーレムの攻撃を受け止めるなんて、実際に目で見ているのにとても信じられない。

 風鳥院流絃術「守の巻」第拾参番の六、『鼎絃の楯』。たった3本の絃で相手の攻撃を受け流す技であり、紛れも無い神業である。

 

 

「チッ! それなら!」

 

 

 それなら反対の拳を打ち込もうと、フーケはゴーレムに指令を送る。

 しかし、反対の腕を振り下ろそうとしたタイミングに合わせて、シエスタは絃で受け流した力をそのまま相手に返した。

 

 

「んなっ!?」

 

 

 絶妙なタイミングで力を返されたゴーレムはまるで合気道の投げでも喰らったかのように、大きくバランスを崩して地面に倒れる。

 ゴーレムは地響きを立てて地面に倒れるが、そこに乗っていたフーケは辛うじて受け身をとって地面に着地した。

 だが、地面に着地して、改めてシエスタと対峙したフーケは思わず息を呑んだ。

 

 

 爛々と輝く異形の右眼。

 

 

 瞳の模様自体はさっきまでと変わらない。

 だが、彼女の瞳に宿る殺意の色。その色の濃さがさっきまでとまるで違う。

 それどころか、全身から放たれる雰囲気すらが普段の彼女とは一変していた。

 動くまでも無く、全ての気配、気質、挙動、気迫、呼吸までもが必殺を以ってしてフーケを捉えているのが分かる。

 

 

「な、何なんだよ、アンタは!?」

 

 

 予想外の事態に軽いパニックに陥るフーケ。

 ルイズ、キュルケ、タバサの3人も状況について行けずに愕然としており、赤屍だけが興味深そうな顔で状況を見ている。

 半狂乱になりながらフーケがスペルを唱えて杖を振ると、いくつもの岩の礫が弾丸となってシエスタに襲い掛かった。

 だが、それらの岩の礫はシエスタが張り巡らせた無数の絃に全て弾かれる。

 

 

「―――!」

 

 

 もはや言葉も無い。

 シエスタがオーケストラの指揮者のように腕を振ると、銀色に輝く絃がまるでそれ自体が意思を持っているかのように繰り出される。

 そして、彼女が絃を自由自在に操るその光景は、魔法以上に幻想的で―――美しかった。

 放たれた魔法の全てを難なく捌き、シエスタは冷たい視線をフーケへ向ける。

 

 

「え、あ…」

 

 

 まるで赤屍を思わせる、残酷な冷たい視線。

 その視線に言いようの無い恐怖を感じたフーケは、たじろぎ、一歩後ずさりする。

 だが、二歩目を下がろうとしたところで、フーケは異変に気付いた。

 

 

(う、動けないッ!?)

 

 

 身体がピクリとも動かせない。

 一体何事かと目を凝らすと、すでにフーケは張り巡らされた無数の絃に全身の自由を奪われていた。

 それでも無理をして動こうとしたフーケにシエスタから声がかかる。

 

 

「風鳥院流絃術『絃呪縛』。無理に動こうとしない方が賢明ですよ、フーケさん? 下手をすると全身がバラバラに切断されますから」

 

 

 底冷えのするような抑揚のない声。

 その言葉にフーケは無理に動くのをやめざるを得なかった。

 異形の右眼を宿したメイドは、中指と人差し指に鈴を挟んだままフーケに歩み寄る。

 リンッと、鈴の音を響かせてシエスタは絃を放つ。

 

 

 スパンッ!

 

 

 シエスタの飛ばした絃に切断されるフーケの杖。

 メイジとしての武器を破壊され、これで完全にフーケの詰みである。抵抗する手段を失ったフーケは力無く項垂れてしまう。

 風鳥院流の絶技を初めて目にしたルイズ達は、驚きのあまり、未だに絶句したままだ。

 

 

 パチパチパチ…

 

 

 ルイズ達が絶句している中、赤屍が拍手でシエスタの戦いを讃える。

 

 

「お見事でしたよ、シエスタさん。流石は、風鳥院流絃術―――いえ、祭蔵君の子孫です」

 

 

 赤屍の声の方に振り返るシエスタ。

 ついさっきまでは『聖痕』を持っていただけだった。

 だが、『聖痕』を本当に覚醒させた今の彼女はまるで別人と化していた。

 全身から滲み出る得体の知れない気配。その変貌を見て取った赤屍は、シエスタに言った。

 

 

「クス…、どうやら『聖痕』の力もだいぶ馴染んできたようですね?」

 

「ええ。ですが、貴方に比べたらまだまだですよ」

 

 

 右眼の『聖痕』がシエスタに教えてくれていた。今の自分の強さ。そして、赤屍の桁外れの強さを。

 今の彼女は、赤屍以外の相手になら無敵だった。少なくとも、学院にいるメイジ程度ならば瞬殺出来るだろう。

 シエスタは鈴を懐にしまわず、左耳の近くの髪に括り付けてから、赤屍に訊いた。

 

 

「聞かせて貰っていいですか」

 

「何なりと」

 

「どうしてこの力を目覚めさせてくれたんですか」

 

「私の趣味ですね。貴女のような者を見ると、ついつい試したくなるんですよ。その『力』がどれくらいのものなのか」

 

 

 はっきり自分の趣味だと断言する赤屍。

 いかにも赤屍らしい物言いに、傍で聞いていたルイズなどは呆れそうになる。

 しかし、それにしても、とルイズは思う。

 

 

(さっきのが―――魔法の使えない、平民の使う武術(わざ)だっていうの!?)

 

 

 たった今、シエスタが見せた『風鳥院流絃術』の神業。

 どう考えても、今のシエスタはそこらのメイジよりも圧倒的に強い。

 シエスタのインパクトが強過ぎて、怪盗フーケがロングビルであったことなど、今となっては完全に頭の中から消えている。

 ルイズ達が驚きのあまり、思考停止寸前な状態に陥っていると、赤屍が言った。

 

 

「さて…、フーケさんも捕まえましたし、そろそろ学院に帰りましょうか? それぞれ色々聞きたいことはあるでしょうが、話はその後でも良いでしょう」

 

 

 かくして怪盗フーケの学院襲撃事件は解決された。

 秘宝を取り戻し、怪盗フーケを捕縛した一行は、学院への帰途についたのだった。

 

 

 

 

 




 ちょっとシエスタを強く設定し過ぎたかも?
 生まれながらの『聖痕』持ちということは、単純に考えて、シエスタの最終的な強さは黒鳥院夜半と同じレベルに達する可能性が…。このシエスタは、数あるゼロ魔SSの中でも最強かもしれん。

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