ゼロの『運び屋』-最強最悪の使い魔-   作:世紀末ドクター

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第十一話『捜索隊、結成』

 全長30メイルはあろうという巨大なゴーレム。

 そのゴーレムが学院の宝物庫のあるあたりの外壁を殴っている姿を認めた赤屍たち。

 

 

「ほう…」

 

「なななななな、な、何よ、あれ!?」

 

「ま、まさか怪盗フーケのゴーレム!?」

 

 

 土くれのフーケと言えば、最近トリステインで話題になっているメイジの盗賊のことだ。

 貴族の所有する宝やマジックアイテムを専門に狙い、大胆かつ鮮やかな手口で標的を盗み出すことで知られている。

 そして、その怪盗がここに現れたのだとすれば、狙いは魔法学院本塔にある宝物庫に決まっている。

 

 

「『土くれ』がここに来たってことは……!」

 

 

 真っ先にルイズが中庭へ向かって駆け出した。

 そして、広場に辿り着いたルイズが見上げるとゴーレムの肩の部分に人影が見えた。

 暗がりで良く見えないが、おそらくあの人影がフーケだろう。

 

 

「覚悟しなさい盗賊!フレイム・ボール!」

 

 

 ゴーレムの肩の部分の人影に狙いを定めて魔法を放つ。

 本来なら火球を飛ばす魔法のはずだが、ルイズの魔法は当然のごとく爆発を起こす。

 

 

 ―――ズガァァァァァン!

 

 

 ルイズの放った爆発魔法はゴーレムの肩の部分の人影には命中せず、本塔の外壁に直撃した。

 しかし、爆発の威力がこれまでと比べても明らかにおかしい。固定化の掛かった本塔の外壁に亀裂を入れるどころか、外壁を丸ごと消し飛ばしていた。

 その余りの威力に唖然とするキュルケとタバサ。むしろ魔法を放ったルイズ本人が一番驚いた顔をしている。

 

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 

 思わずルイズが驚きの声を上げてしまうのも無理はない。

 もしも普通の人間が今の爆発に巻き込まれていたなら、間違いなく全身が粉々になって即死していた。今の爆発はそう確信できるだけの威力があった。

 単純な威力だけなら最早スクウェアスペルの魔法と比べても遜色はあるまい。

 

 

「おや、やはり爆発の威力も底上げされているようですね」

 

 

 ルイズの放った爆発魔法の威力を確認した赤屍はそう言った。

 どうやらこれは本当に赤屍に食べさせられた飴で能力が底上げされた結果らしい。

 

 

「そ、それよりフーケが!」

 

 

 ルイズの爆発魔法によって盛大に大穴が開いた宝物庫の外壁。

 ゴーレムの肩に乗っていた人影は一瞬驚いた反応をみせたが、すぐに気を取り直してルイズの爆発魔法によって開いた大穴から宝物庫の中に侵入する。

 宝物庫の中にはたくさんのお宝――<マジック・アイテム>が納められていたが、フーケはそれらには目もくれずにとある小さめの宝箱を選び取った。

 そして、去り際に自前の杖をさっと一振りして宝物庫の内壁に文字を刻む。

 

 

『戦女神の鈴、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

 

 

 最後にそのメッセージを残したフーケは闇夜の中へと消えていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ―――翌朝のトリステイン魔法学院は大騒ぎとなっていた。

 それもそのはずで、魔法学院で厳重に保管されていた秘宝『戦女神の鈴』が盗まれてしまったからだ。

 しかし、『ルイズ殺人未遂事件』『ギーシュバラバラ殺害事件』に引き続いてこんな事件が起こるなどと、最早呪われているとしか思えない事件の発生率である。

 事件の現場となった宝物庫には学院の教師たちが集められていたが、彼らは責任の所在と今後の対策について、議論とは名ばかりの自己保身や責難に明け暮れているだけだった。

 

 

「当直のものは何をしていたのだ!」

 

「衛兵など当てにならぬ!今後はこのようなことが無いよう国軍に警護をまかせるべきではないか」

 

「当直を行っていなかったミセス・シュヴルーズには損失の弁償を…」

 

「そんな!私だけじゃなく他の方々も満足に当直なんてなさっていなかったでしょう!」

 

 

 このような責任の擦り付け合いな状態がかれこれ三時間は続いていた。

 しばらくの間、そのやり取りを見守っていたオスマンであったが、流石に業を煮やして教師たちを一喝する。

 

 

「静まらぬか。皆の者」

 

 

 そもそもまともに当直していた者はコルベールの他は誰も居ない。…であるならば、この責任はコルベールを除く教師全員にある。

 その事実を述べると教師達は誰も反論できなくなり、俯いてしまった。

 

 

「それで、犯行現場を見ていたのは誰だね?」

 

「この五人です」

 

 

 コルベールがさっと進み出て、ルイズ達を指差した。

 ルイズ・キュルケ・タバサの三人に加えて、赤屍・シエスタの二人も目撃者として呼び出されている。

 

 

「ほほう……君たちかね。詳しく説明してもらえんかの?」

 

 

 そこでルイズが前へ出て、昨晩のことを手早くオスマンに報告を行った。

 ちなみに宝物庫の外壁を消し飛ばした直接の原因はルイズの爆発魔法だったが、敢えてそこには言及していない。

 

 

「ふむ。巨大なゴーレムで外壁を破壊して、まんまと宝物を盗み出していった、という訳か」

 

「ええ! 外壁を破壊したのは間違いなくフーケのゴーレムです!」

 

 

 敢えて強調して答えるルイズ。

 明らかに全ての責任をフーケに擦り付ける気満々である。

 キュルケとタバサが少しだけ白い目でルイズを見ているような気がするが、きっと気のせいである。

 学院長は、宝物庫の壁に開けられた大穴に目をやった後、呟くように言った。

 

 

「固定化の掛かった外壁をここまで破壊するとは、ひょっとすると噂以上に実力のあるメイジなのかもしれんのぉ…」

 

 

 意図していない所で実力を過大評価される怪盗フーケである。

 そうして、襲撃当時の状況について詳しい説明(※一部に若干の改変あり)を受けたオスマンは、深々とため息をついた。

 

 

「しかし、困ったのう…。後を追おうにも、手掛かり無しという訳か」

 

 

 立派な白髭を撫でつけながら唸るオスマン。

 その時、ふと自分の秘書がいないことに気付いたオスマンはコルベールに訊ねる。

 

 

「時に、ミス・ロングビルはどうしたのね?」

 

「それがその……今朝から姿が見えませんで」

 

「この非常時に……、何処に行ったのじゃ」

 

 

 そうして噂をしていた所へ、ミス・ロングビルが現れる。

 まさに『噂をすれば影がさす』という諺を実証するかのような見計らったタイミングだった。

 

 

「ミス・ロングビル! 何処へ行っていたのですか! 大変ですぞ! 事件ですぞ!」

 

「申し訳ありません。朝から、急いで調査をしておりましたの」

 

「調査?」

 

「そうですわ。今朝方、起きたら大騒ぎじゃありませんか。そして、宝物庫はこの通り。すぐに壁のフーケのサインを見つけたので、これが国中の貴族を震え上がらせている大怪盗の仕業と知り、すぐに調査を開始したのですわ」

 

 

 ロングビルの迅速過ぎる仕事振りに感嘆の声を漏らす学院長。

 

 

「仕事が早いのう、ミス。で……結果は?」

 

「はい。フーケの居所がわかりました」

 

「な、なんですと!」

 

 

 コルベールを筆頭に、集まっていた教師達のどよめきの声が漏れた。

 ミス・ロングビルは懐からメモ書きのようなものを取り出してそれを読み上げる。

 

 

「はい、近隣の農民たちから聞き込んだところ、近くの森の廃屋に入っていった黒づくめのローブの男を見たそうです。おそらくですが、そのローブを着た男がフーケで、廃屋は彼の隠れ家なのではないかと判断しました。ですので、こうして急ぎお知らせをと」

 

 

 それまで後ろに控えていたルイズが叫んだ。

 

 

「黒ずくめのローブ!? それはフーケです、間違いありません!!」

 

 

 オスマンは、目に鋭い光を宿し、ロングビルに尋ねた。

 

 

「そこは、近いのかね?」

 

「はい、徒歩で半日。馬で4時間といったところでしょうか」

 

「………」

 

 

 そして、赤屍は教師陣のそれらのやり取りを冷ややかに見ている。

 赤屍が胸中に抱いていた疑惑は、すでにこの時、完全な確信に変わっていた。

 

 

「すぐに王室に報告しましょう! 王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」

 

 

 コルベールが叫んだが、オスマンが目を見開き、年寄りとは思えぬ迫力で怒鳴る。

 

 

「――馬鹿者! 王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ! 身に掛かる火の粉を己で払えぬようで、何が貴族じゃ! この件は、魔法学院の問題じゃ! 当然、我らの手で解決する!!」

 

 

 オスマンは一喝の後、咳払いをすると改めてその場の全員を見渡す。

 

 

「では、捜索隊を編成する。我こそはと思う者は、杖を掲げよ」

 

 

 しかし、教師陣は誰も杖を上げない。

 皆、この強固な宝物庫を破るような使い手を相手にする危険を冒したくないのだ。

 

 

「おらんのか? ほれ、どうした! 貴族の威信にかけて汚名を雪ごうという者はおらんのか!?」

 

 

 そうして、しばらく無言の時間が流れ、やがて挙げられた杖が一つあった。

 だが、残念なことにそれは教師達からではない。

 その杖を掲げた人物とは―――

 

 

「ミス・ヴァリエール!」

 

 

 シュヴルーズが、驚愕の声を上げる。

 他の教師達も同様に驚愕の表情でルイズに注目していた。

 

 

「何をしているのです! あなたは生徒ではありませんか! ここは教師に任せて……」

 

「誰も掲げないじゃないですか」

 

 

 ルイズの指摘に、教師陣もバツが悪そうに視線を逸らす。

 そして、ルイズが杖を掲げるのを見て、キュルケも杖を掲げる。

 

 

「ミス・ツェルプストー! 君まで!」

 

「ふん、ヴァリエールには負けられませんわ」

 

 

 続いて、タバサも杖を掲げる。

 それを見て、キュルケが声を掛ける。

 

 

「タバサ、あんたはいいのよ。関係ないんだから」

 

「心配」

 

 

 そんな彼女たちの様子を見ていたオスマンの表情が緩む

 オスマンは小さく笑って、少女たちに向かって言った。

 

 

「そうか。では、彼女達に頼むとしよう」

 

「そんな! わたくしは反対ですわ! 生徒たちを、そんな危険に晒すだなんて!」

 

「では、君が行くかね? ミセス・シュヴルーズ」

 

 

 オスマンがそう言って視線を向けると、シュヴルーズは再び困ったように俯き、視線を逸らした。

 オスマンはそんな彼女の様子に溜め息を吐くと、その場の全員に話した。

 

 

「彼女らは一度賊を見ておる。それにミス・タバサはシュバリエの称号を持つ優秀なメイジじゃ。ミス・ツェルプストーもゲルマニアの高名なメイジの家系として優秀なトライアングルメイジじゃ」

 

 

 シュバリエとは国が貴族へ与える爵位の一つだが、実戦能力等の実力によって与えられるものであり、優秀なメイジの証でもある。

 そして、最後にオスマンはルイズに目を向けたが、そこで少し言葉を濁す。

 

 

「ミス・ヴァリエールは……その、数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女で、その、うむ、なんだ、将来有望なメイジと聞いておるが? しかもその使い魔は!」

 

 

 何とかルイズを褒めることに成功したオスマンが、声を上げて赤屍に目を向ける。

 その場の全員の視線が赤屍に集まった。

 

 

「「「………」」」

 

 

 ほんの数日前のギーシュがバラバラになって死亡した事件を思い出す教師一同。

 斬ってから傷が開いて死亡するまで30分の時間差を設けるという常識外れの方法で、無理矢理にその容疑者から外れた男。

 どちらかというと教師達はルイズ、キュルケ、タバサの三人より赤屍一人にビビっている。

 

 

「皆も知っておるはずじゃが、ミス・ヴァリエールの使い魔……ミスタ・アカバネはそこらのメイジなど問題にならん凄腕の『メイジ殺し』じゃ」

 

 

 オスマンは集まった教師たちを見回して言った。

 

 

「この面子に勝てるという者がいるならば、一歩前に出たまえ」

 

 

 オスマンの威厳のある声で言った言葉に、反応する者は誰もいなかった。

 オスマンは、赤屍を含む四人に向き直ると、朗々と告げた。

 

 

「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」

 

 

 ルイズとタバサとキュルケの三人は、真顔になって直立し、唱和した。

 

 

「「「杖に賭けて!」」」

 

 

 気合の乗った言葉を返すルイズとタバサとキュルケの三人。

 そして、ルイズの付き添いという形でいつの間にか捜索隊のメンバーとして抜擢されている赤屍であった。

 はっきり言って、赤屍自身はフーケなどどうでも良かったのだが、ルイズ達が首を突っ込むというなら話は別である。

 赤屍が考えていることはただ一つ。どうしたら今回の事件を自分好みに引っ掻き回すことが出来るか。赤屍はただそれだけを考えていた。

 そして、それまで沈黙を守っていた赤屍が質問のために挙手をする。

 

 

「いくつか質問をよろしいでしょうか?」

 

「な、何じゃね?」

 

「今回のことは『戦女神の鈴』と『フーケ』という盗賊をここまで運んでくるという仕事を私に依頼するということでよろしいですか?」

 

「う、うむ、そう捉えてくれて差し支えない」

 

「分かりました。それでは確認したいことが一つあります。ある意味、一番重要なことなのですが…」

 

「重要なこと?」

 

「"DEAD or ALIVE" …つまり、生死問わずでよろしいですか?」

 

 

 その発言の瞬間、その場の全員の顔が明らかに引き攣った。

 ひょっとすると室内の温度が2~3度くらい下がったのではあるまいか。

 オスマンは冷や汗をタラリと流しながら赤屍に返答する。

 

 

「ま、まあ、なるべく殺さない方が良いんじゃがな…」

 

「クス、なるべくですね♥」

 

 

 語尾にハートマークが付くほどに弾んだ声で空恐ろしいことをのたまう赤屍。

 全く以って嫌な予感しかしない。

 

 

「ところで学院長、『戦女神の鈴』とはどういった秘宝なんです? 見た目だけでも教えておいて貰いたいのですが」

 

「う、うむ、見た目は本当にただの鈴じゃよ。変わっている所と言えば、中に糸が仕込まれているということくらいじゃの」

 

 

 中に糸が仕込まれた鈴。

 その言葉に赤屍、ルイズ、キュルケ、タバサの四人ともが反応する。

 これまでずっと後ろで控えていただけだったシエスタも「あれ?」と怪訝な表情をしている。

 全員が学院長が言ったものと非常によく似たものに覚えがあったからだ。…というか、それと非常に似たものをシエスタは今も所持している。

 赤屍は少し考える素振りを見せた後、シエスタに言った。

 

 

「シエスタさん、出来れば貴女にも今回の捜索に同行して頂きたいのですが」

 

「「「「ちょっ!?」」」」

 

 

 まさかの赤屍の発言に驚くルイズ達。

 

 

「何考えてるの! シエスタはメイドなのよ?」

 

「ええ、それは分かってますが、私に良い考えがあります。彼女も目撃者の一人ですし、確実に盗賊を捕まえるためには彼女の力が必要なんですよ」

 

 

 本当にこの男は一体何を考えているのか。

 その場の全員がそう思ったが、誰も赤屍に口出しできない。

 シエスタ本人も同行することに少し難色を示したが、結局、赤屍に押し切られて同行することになった。

 

 ―――無限城世界における古流術派、『風鳥院流絃術』―――

 

 そして、今回のフーケ捜索隊のメンバーである彼女らは、その神業を目撃することになる。

 

 

 

 


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