ゼロの『運び屋』-最強最悪の使い魔-   作:世紀末ドクター

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第十話『フーケの襲撃』

 ギーシュが死んでから数日、トリステイン魔法学院は未だ混乱の渦中にあった。

 教師達は事件の対応に追われ、特に学院長であるオスマンなどは関係各所への事情説明の為に寝る間もないほどの忙しさであったと言われている。

 しかし、そうした混乱に乗じて学院の宝物庫のお宝を盗み出そうと画策する者が居た。

 

 

「チッ……やっぱりこの固定化がやっかいだね」

 

 

 時刻は真夜中。そこに居るのは、最近のトリステインを騒がしている『土くれ』の二つ名を持つフーケという盗賊だ。

 フーケは盗みに入るための下調べのため、宝物庫の外壁を調べていた。しかし、固定化のかけられた外壁は並大抵のことでは、突破できそうに無い。

 少なくとも今の状態で行き当たりばったりに壁を壊そうと試みても、成功する可能性は低いだろう。

 

 

「こりゃあ、もう少し下調べをしてから手を考えようかね。お宝がここにあるのは分かってるんだし」

 

 

 フーケはそう呟くと、その場から姿を消した。

 そして、怪盗フーケによって学院の宝物庫が襲撃されるという事件が起こるのはその翌日の夜のことだった。

 

 

 

 

 

 

 赤屍とルイズがトリスタニアでの買い物を終えて学院に戻って翌日。

 怪盗フーケが学院の宝物庫を襲撃するための情報を集めている頃、ルイズは既に赤屍の居場所となった医務室でデルフリンガーと赤屍の会話に混ざっていた。

 

 

「ほう…、では貴方は始祖の使い魔『ガンダールヴ』の使っていた剣だったと?」

 

「ああ。けど、当時のことは殆ど覚えてねえんだよ。なにせ6000年も昔の事だからな…」

 

 

 カタカタと鍔元を鳴らして赤屍の質問に答えるデルフリンガー。

 正直、ルイズとしては余り信じていなかったのだが、どうやら本当にこの剣は当たりだったらしい。

 しかしながら、6000年という年月は伊達ではなかったようで、肝心の『虚無』の魔法について赤屍が訊ねても「忘れた」「思い出せねえ…」などと殆ど役に立たない状態であった。

 デルフリンガーの記憶が当てにならないことに赤屍は少なからず落胆したようだったが、それならばと『虚無』の魔法に辿り着く為の他の手掛かりに心当たりが無いかどうか赤屍は訊ねた。

 

 

「ふむ。それでは『虚無』の魔法に辿り着く為の別の手掛かりに心当たりはありませんか?」

 

「うーん、…いや、待てよ? 確かブリミルの奴、自分の『虚無』の呪文を何かの書物だかオルゴールだかに残してたような気がするな…」

 

 

 デルフリンガーの話を聞いたところ、少なくとも始祖ブリミルが自分の虚無の呪文を後世に伝える為に、何らかのヒントを残したのは間違いないらしい。

 しかし、それが何処にあるかはデルフリンガーも知らないという。しかもそれは単に手に入れただけは無意味な代物であり、解読のためには何らかの鍵が必要になるそうだ。

 おそらく本当の資格のある者にしか扱えないようにするための措置なのだろう。

 

 

「…まあ、仕方ありませんね。何が切っ掛けになるか分かりませんし、気長にやりましょうか」

 

「悪りいな、相棒。極力、俺っちも思い出すようにしてみるからよ。娘っ子もそれでいいだろ?」

 

「え゛!? う、うん」

 

 

 いきなり話を振られたルイズだが、正直、それが良いのか悪いのかルイズにも分からない。

 デルフリンガーと赤屍の会話に同席して隣で話を聞いていたルイズだったが、彼女は内心で頭を抱えていた。

 

 

(あ゛~~~~~っ!!!! もうホントにどうしたらいいのよ、この状況っ!?)

 

 

 色々なことが立て続けに起こり過ぎて、もうルイズにもどうしたらいいのか分からない。

 赤屍と関わってからのここ数日のことを改めて振り返ってみると、本当に碌なことがない。

 出会って早々いきなり殺され掛けるわ、同級生のギーシュを殺してのけるわ、この男、どう考えても好き勝手にやり過ぎである。

 さらに極め付けが先日、赤屍から言われた死刑宣告のような『期待と激励』の言葉だった。

 

 

 ―――もしも貴女がそこまで強くなれたら、その時は是非、私と戦ってください。

 

 

 その言葉が何よりも重くルイズに圧し掛かる。

 もちろんルイズだって、さすがヴァりエール家の三女だと言われるような立派なメイジに成長したい。

 以前、ルイズはこのままメイジとして成長できないままなら、死んだ方がマシだと思ったこともあった。

 だが、メイジとして成長できた場合においてすら、赤屍とのバトルという最悪の災いが降りかかる可能性があるのである。

 

 

(どう考えても詰んでるじゃないのよ、これぇぇええええ!?)

 

 

 もはや単純に考えてルイズが生き残る方法は一つしかない。

 赤屍と戦っても殺されないほどの強さを身に着ける。つまり、単純に赤屍よりも強くなるしかない。

 だが、いったいどれだけ強くなれば、それだけの領域に至れるのかルイズには想像すらつかない。その余りにも遠く、険し過ぎる道のりに絶望しそうになっていたルイズだったが、ふと医務室の扉がノックされた。

 ガチャリと開かれた扉から現れたのは青髪の小柄の少女。後ろには赤い髪の少女が控えている。

 

 

「…あれ? タバサとキュルケじゃない。こんなところに何しにきたの?」

 

 

 予想外の来客だった。

 赤屍の住処という名の魔界と化した医務室に好んで訪れる人間など今の学院にはいない。

 見たところ怪我や病気という訳でもなさそうなのに、一体何の用があるのだろうかとルイズは不思議に思った。

 ルイズが不思議そうな視線をキュルケとタバサに向けると、キュルケが少し決まりが悪そうな態度で答えた。

 

 

「いや~、私は止めたんだけど、タバサがどうしてもそこの彼に相談したいことがあるらしくてね?」

 

「相談したいこと? タバサが赤屍に?」

 

 

 ルイズはタバサの方を見るが、彼女は相変わらずの無表情。

 こんな危険人物に一体どんな相談があるのかと不思議に思ったルイズだったが、タバサの方はそんなルイズの視線に構わず赤屍に話し掛けた。

 

 

「聞きたいことがある」

 

「何ですか?」

 

「…ガリアに帰った時に『化け物』に会った。まず、その人物に心当りがないかどうか教えて欲しい」

 

 

 そして、タバサは先日の任務で出会った『雷の少年』のことについて話した。

 その身に雷を纏い、さらに落雷すらも自由自在に操る超常の存在。数百人規模の武装盗賊団をあっという間に殲滅し、あまつさえ盗賊団の根城である砦を丸ごと瓦礫の山に変える異次元の強さの怪物。

 タバサは先日の任務で見たことをそのまま語った。だが、常識のレベルで考えてそんな冗談のような化け物の存在など信じられる方がおかしい。

 実際、キュルケなどはタバサの話を聞いても半信半疑という様子である。

 

 

「ねえ、タバサ? 親友のことを疑う訳じゃないんだけど、ホントに居たのそんな奴? どこのワンマンアーミーよ?」

 

「ホントに居たの! 信じて!」

 

 

 タバサにしては珍しく、声を強くして訴える。

 よほど怖い思いをしたのか、タバサは泣きそうな顔をしている。

 ルイズも普通ならタバサの話の内容をあり得ないと思う所だが、実はルイズ自身はタバサの話をキュルケほど疑っていなかった。

 その理由は、ルイズが『使い魔』として召喚した隣りの男の存在である。すでに赤屍の異次元の強さを理解しているルイズは、「そんな化け物が存在するはずがない」と頭ごなしに否定することが出来なかったからだ。

 しかし、どうしてタバサは赤屍にこんな話を持ってきたのだろうか。普通に考えたなら、タバサが会ったという少年のことを知っているかもしれないと考えたからだろう。だが、どうして赤屍ならその少年のことを知っているかもしれないと考えたのだろうか。

 そして、そうした疑問を抱いていたのは赤屍も同じだったらしい。

 

 

「まず、どうして私ならその少年のことを知っていると思ったのか、その理由を聞かせて貰っても?」

 

「…彼に会った時、何となく貴方と同じものを感じた。だから、もしかしたら貴方なら何か知ってるんじゃないかと思った。それが理由」

 

「なるほど。それでは、その少年の名前はご存知ですか?」

 

「…トール。でも、彼は『本当の自分の名前は無い』とも言っていた」

 

 

 タバサが出会ったという雷の少年。

 赤屍は少年に関してタバサにいくつかの質問をした後、いきなり愉快そうに笑い出した。

 いきなり笑い出した赤屍に不審な目を向けるルイズ達だったが、赤屍はそんな彼女たちの視線に構わず笑い続けている。

 

 

「ククッ…もしもその人物が本当に私の知っている『彼』なら、面白いことになりそうですね」

 

 

 明らかに何かを知っている赤屍の口振り。

 まさか本当に知っているとは考えていなかったのか、タバサは少し驚いた様子で聞き返す。

 

 

「彼の正体に心当たりがあるの?」

 

「ええ。私の居た世界において『雷帝』と呼ばれた人物です。間違いなく最強レベルの実力者ですよ。特に『無限城』の中でなら、私よりも強いかもしれませんね」

 

 

 赤屍はあっさりと答えた。

 だが、その赤屍の「自分より強いかもしれない」という言葉にルイズは酷く驚いた反応をした。

 確か、赤屍は自分と同等の強さを持つ者は片手で数えられる程度しかいないと言っていたはずだ。

 つまり、タバサが出会ったという少年は、その片手で数えられる内の一人ということか。

 

 

「…っていうか、貴方の世界ってどういうこと?」

 

 

 キュルケが赤屍の言葉に反応する。

 そう言えば、赤屍が異世界からやって来たということを知っているのはこの中ではルイズのみである。

 やはりルイズ以外の二人とっては耳慣れない言葉だったらしく、タバサとキュルケの二人は赤屍の言葉にキョトンとした表情を浮かべている。

 

 

「ふむ…そう言えば貴女方には話していませんでしたね」

 

 

 別にわざわざ隠す意味も無いので赤屍は自分の事情についてキュルケたちにも説明した。

 自分が、ここではない別の世界から召喚されてきたこと。そして、そこでは月が1つしかなく、表向きには魔法が存在しないということ。

 キュルケは興味深そうに話を聞いていたが、やがて話を聞き終わると納得したように言った。

 

 

「へえ~、最初から普通の人とは毛並みが違うとは思ってたけど、まさか異世界からやって来ただなんてね」

 

「それじゃあ、あの少年も貴方の世界からの出身者なの?」

 

「クス…もしもその人物が本当に『雷帝』ならね。まあ十中八九、間違いないと思いますが」

 

 

 嬉しそうな笑みを浮かべてタバサの問いに答える赤屍。

 赤屍の様子からすると、やはり彼はタバサの語った雷の少年の正体についてほぼ確信しているらしい。

 そして、赤屍と同じ世界からやって来たという言葉を聞いて、ルイズはふと一つの疑問に思い当っていた。

 その疑問とは、つまり、その少年は一体どうやってこちら側の世界にやって来たのか、ということだった。

 もちろんその少年が自分の意思でこちら側の世界にやって来た可能性もゼロではないだろう。だが、ルイズはなんとなく確信した。確信できてしまった。

 

 

 ―――間違いなく、そいつを呼び出した人間が居る。ルイズが赤屍を呼び出したのと同じように。

 

 

 その確信に思い当った瞬間、ルイズは背中に寒いものを感じさるを得なかった。

 今回、タバサが受けた任務はガリア王家からの勅命だという。その任務の協力者として少年が派遣されてきた以上、ガリア王家に近しい地位の人物がその少年の『主人』であることは明白である。

 そして、その少年がガリア王家からの任務を引き受けているということは、今のところ、その少年は『使い魔』としてある程度のコントロール下に置かれている、ということを意味する。

 だが、そんな赤屍と同等レベルの強さを持つような相手が、そう簡単に誰かに付き従うとはとてもルイズには思えなかった。もしも、その人物が何かの切っ掛けで暴れ出すようなことでもあれば、一体どれだけの被害が出るのか想像するだけで恐ろしい。

 ルイズは自分の声が震えそうになるのを抑えながら、赤屍に訊ねる。

 

 

「…ねえ、赤屍。そいつって、本当に誰かに従うような奴なの? まさかと思うけど、そいつもアンタと同じ殺人狂だったりするんじゃ…」

 

 

 その問いだけで赤屍はルイズがどんなことを心配しているのか察したらしい。

 赤屍は少し考える素振りを見せた後、ルイズに返答した。

 

 

「いえ、彼は自分の敵と判断した相手には一切の容赦はしませんが、自分から好き好んで殺すようなことはしません。そういう意味では私よりも安全ですよ。

 けれど、彼の場合、他の誰かに無条件の忠誠を誓うということは絶対にあり得ないでしょう。おそらくガリア王家の賓客として遇されている…というのが妥当な所でしょうね」

 

 

 とりあえず赤屍の話を聞く限り、その『雷帝』という少年は、赤屍のような殺人ジャンキーという訳ではないらしい。

 だが、正直に言って、危険度レベルではそんなことは誤差の範囲でしかないだろう。今のところは『使い魔』として、どうにかコントロール下に置かれているようだが、それがいつまで続くかは怪しいところだ。

 規格外すぎる爆弾を二つも抱え込んでしまったハルケギニアの未来を割と真剣にルイズは心配し始めていた。

 しかし、一方の赤屍の表情はと言えば、ニコニコと心の底から上機嫌な様子である。

 

 

(どうせコイツ、強敵と戦えるチャンスが増えて嬉しいとか思ってるんだろうなぁ…)

 

 

 そんな赤屍を見てルイズはげんなりとした様子で溜め息を吐く。

 そして、未だ嬉しそうに微笑んでいる赤屍に、今度はタバサが話し掛けた。

 

 

「お願い。知っている限りの彼の情報を教えて」

 

「教えるのは構いませんが…、まさか彼と戦うつもりですか?」

 

「戦いが避けられるならそうする。けど、私の目的を果たすためには、彼と戦わなければならなくなる可能性が高い」

 

「ふむ…気になることは幾つかありますが…」

 

 

 実際、赤屍でなくとも、タバサの話の中に気になる事は幾つかある。

 大まかには以下の二つだ。一体誰が『雷帝』を召喚したのかという点。そして、タバサの目的とは一体何なのかという点である。

 しかし、敢えて赤屍はそれらを追及するようなことはしなかった。追及しても答えてくれないと思ったのか、あるいは単純にそれ程興味が無いだけだったのかもしれないが。

 おそらく今回、タバサが話を聞きに来たのは、赤屍の情報から『雷帝』の弱点でも掴めればと期待していたのだろう。

 だが、赤屍はそうした彼女の淡い期待を砕く事実を淡々と告げた。

 

 

「言っておきますが、『雷帝』に弱点なんてありませんよ。彼は戦術論とか理屈で勝てるような相手ではありません。彼に勝つには、単純に彼より強くなるしかない。『雷帝』とはそういう相手です」

 

 

 実際、赤屍が知る限りで『雷帝』に弱点なんてものは無い。…というか、赤屍や雷帝クラスの領域になれば、弱点や戦術なんてものは関係なくなる。

 理不尽な相手に理屈など通用しない。理不尽を捻じ伏せるには、それ以上の理不尽で捻じ伏せる以外には方法は無いからだ。

 

 

「…私が彼に勝てると思う?」

 

「無理ですね。今の貴女では『雷帝』には到底及びません。勝てる可能性は完全なゼロです」

 

 

 タバサが勝てるかどうかという質問に対して、赤屍はばっさり不可能と断言した。

 実際、今のタバサでは雷帝の足元の影すら踏むことが出来ない。あれとまともに戦える人間。僅かにでも勝てる可能性のある人間など、無限城世界においてすら数人しか居ないだろう。

 しかし、その次に赤屍はタバサ本人にすら信じられないような事を口にした。

 

 

「ですが、貴女なら将来的には可能性が完全なゼロという訳でも無いでしょう。…ふむ、いい機会ですし、少し実験してみましょうか」

 

 

 そう言って、赤屍は改めてタバサとキュルケ、そしてルイズの三人の方を見る。

 

 

「今日の夜に中庭に来てください。貴女達さえよければ、少しだけレクチャーしてあげましょう。貴女達の持つ才能がどれだけのものかをね」

 

 

 どうしますか?

 そう、瞳で語りかけてくる赤屍に、全員が黙って頷いた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 そうして、夕刻になり赤屍に呼ばれた一同は中庭に集まった。

 メンバーはルイズ、タバサ、キュルケの三人。そして、何故かメイドも一人居る。

 ハルケギニア人としては珍しい黒い髪と瞳のメイドの少女。ギーシュと赤屍が決闘する切っ掛けにもなった人物。確か、シエスタという名前だったはずだ。

 

 

「っていうか、何でメイドまで居るの?」

 

「えっと…、私もドクターに呼ばれて来たんですけど…」

 

 

 貴族の中に一人だけ混じる平民。

 シエスタは周囲を貴族に囲まれてオドオドと恐縮した様子である。

 どうやら彼女も赤屍に声を掛けられたらしいが、一体何のつもりで赤屍はこんな平民のメイドを呼んだのだろうか。

 シエスタを含めた全員が疑問に思いつつも待っていると、やがて赤屍がその場に現れた。

 

 

「おや、少しお待たせしてしまったようですね」

 

 

 少しの時間とはいえ、女性陣を待たせてしまったことを軽く謝罪する赤屍。

 ルイズは現れた赤屍に早速訊ねた。

 

 

「このメイドはアンタが呼んだの?」

 

「ええ。彼女は私が呼びました」

 

「何で?」

 

「クス…、今回の実験をするにあたって、彼女が一番簡単に目覚めてくれそうだったのでね」

 

 

 ルイズの質問に答えた赤屍は、その場に集まった全員をざっと見渡す。

 そして、赤屍はルイズたち全員に向けて言った。

 

 

「さて…、まずは皆さんにこれを差し上げましょう。お待たしてしまったお詫びです」

 

 

 そういって赤屍はコートのポケットから何か丸いものを4つ取り出した。

 白っぽい半透明の紙に両端をねじって包装してある。それはどこからどう見ても飴玉だった。

 

 

「飴玉?」

 

「ええ、どうぞ遠慮なさらずに」

 

 

 そう言って、全員に飴玉を手渡す赤屍。

 ルイズなどは少し不審に思わないでもなかったが、まさか毒などが入っている訳もないだろう。

 わざわざ赤屍がそんなことをする意味はないし、毒殺などという間接的な殺し方は赤屍の趣味ではないはずだ。

 もしも本当に赤屍が殺しに来るとしたら、もっと直接的・物理的に殺しに来るはずだからだ。

 

 

「あ、この飴、すごく美味しいです」

 

 

 飴を食べたシエスタの反応。

 どうやら毒などではないようだが、流石にもう少し警戒してもいい場面だった気がする。

 シエスタの場合、貴族に絡まれていた場面を結果的に赤屍に助けられたということもあり、シエスタ自身の赤屍に対する警戒はルイズに比べてかなり薄かったようだ。

 しかし、赤屍の本性を知っているルイズは赤屍を不審と警戒の混じった目で見ながら言った。

 

 

「…一応聞くけど、毒とかヤバイ薬が入ってるんじゃないわよね?」

 

「どちらかと言えば薬ですね。まあ、危険なものではありませんが」

 

 

 サラリととんでもない爆弾発言をかます赤屍。

 余りにも平然と言ってのけたので危うくスルーしそうになったが、ルイズは慌ててて突っ込む。

 

 

「…って、やっぱり何か入ってるんじゃない! どうすんのよ!? このメイド、もう食べちゃったわよ!?」

 

 

 ギャーギャーと喚くルイズ。

 しかし、赤屍は謝るどころかこれ幸いとばかりにとんでもないことをルイズに対して仕出かした。

 

 

「おっと、手が滑りました(棒読み)」

 

「むぐッ!?」

 

 

 何と赤屍はルイズの口の中に飴玉を投げ入れたのだ。

 ルイズが口を開けた瞬間に完璧なタイミングで投げられたそれは見事に彼女の口の中に吸い込まれ、ゴクン、という音が喉で鳴った。

 

 

「おええええええええ! い、今のって、まさか!?」

 

 

 自分が赤屍の飴を食べてしまったことを自覚して、顔面を蒼白にさせるルイズ。

 今更ながらこの男、時々どえらいことを事をさらりとやらかすから本当に始末に負えない。

 さすがに毒とまではルイズも思わないが、得体の知れない薬をいきなり飲まされるハメになって当然ルイズは烈火のごとく怒りを爆発させる。

 

 

「赤屍ぇぇぇ!! アンタ、マジで一体何してくれてんのよぉぉぉ!?」

 

「ルイズさん、落ち着いてください。害のあるものではないと言ったでしょう?」

 

 

 赤屍はそう言うが、無論、納得できるわけがない。

 未だに納得する様子のないルイズに赤屍は苦笑しつつ説明した。

 

 

「これは以前、ある知り合いから頂いたものでしてね。普通の人間にはただの飴でしかありませんが、とある一定の素質を持つ者にとってはある種のレベルアップアイテムとして働きます。まあ、簡単に言えば自分の潜在能力を引き出してくれるアイテムです」

 

 

 無論、ここで赤屍が言う知り合いとは間久部博士のことである。

 以前に間久部博士から依頼された仕事の報酬として貰っていたアイテムであるが、ここぞとばかりに赤屍は投入する。

 気紛れ屋、掴み所のない男などと称される赤屍であるが、実は彼の行動はある意味では一貫している。一見遠回りに見えても、赤屍の行動のベクトルは、最終的に自分が強者と戦うことに向けられているからだ。

 今回のルイズ達への『レクチャー』もそうした行動の一環であると言える。つまり、今回のレクチャーに呼ばれているということは、「強者の素質あり」と赤屍に認められているということなのだが、それが名誉なことなのか迷惑なことなのかは正直言って微妙である。

 あるいは蛮と銀次の二人、およびルイズならば「迷惑以外の何物でもねえよ(ないわよ)!」と即答するかもしれないが。

 

 

「…つまり、その薬を飲めば『力』を手に入れられるということ?」

 

「いえ、この薬が与えられるのはせいぜい切っ掛け程度です。どこまで伸びるかは、結局、その人次第としか言えません」

 

 

 タバサの問いにも、赤屍はあくまでも突き放すような口調を保ったままだ。

 千尋の谷に突き落とし、それで這い上がってこれない者は容赦なく切り捨てる。もはや赤屍の行う戦闘指南とは「指導」というよりも「選別」と言った方が適切であると言える。

 実際、これまでも期待外れだった者に対しては、赤屍は失望を隠しもせずに斬り捨てて来た。それは恐らくルイズ達が相手であっても変わらないだろう。

 

 

「さて、今の時点では飴を食べたのはルイズさんとシエスタさんだけですが……」

 

 

 そうして、赤屍はシエスタの方へと体を向ける。

 じっとりと相手を物色するような、ねっとりとした赤屍の視線。

 しかし、当のシエスタの方はイマイチ今の状況を理解していないらしく、キョトンとした様子だ。

 赤屍はそうした彼女の戸惑いに全く構わずにシエスタに話し掛けた。

 

 

「実際に試す前に少し質問しておきましょうか。貴女の右目には『特別な力』が宿っている。これまでにそれを自覚したことはありますか?」

 

「え? わ、私なんてただの平民ですよ。そんな『特別な力』があるなんて……」

 

 

 赤屍の言葉にシエスタはそんなの恐れ多いと言わんばかりに首を振る。

 しかし、すでにシエスタの右目の正体について確信を得ている赤屍はさらに突っ込んだ質問をした。

 

 

「クス…なるほど。それでは、貴女のご両親、あるいはご祖父母の中に特別な出自を持つ人物はいらっしゃいますか?」

 

「特別な出自…、ですか?」

 

「ええ、何か心当たりはありませんか?」

 

 

 赤屍に問われたシエスタは少し考える素振りを見せる。

 思い当ることはあるにはあるが、話して良いものかどうか逡巡しているという感じだ。

 少し考えた後、シエスタは話すことにした。

 

 

「…赤屍さんの期待通りの答えかは分かりませんけど、もしかしたら私の曽祖父がそうかもしれないです」

 

 

 そうして、シエスタは自分の曽祖父のことを話し出した

 何でもシエスタの曽祖父今から60年ほど前にシエスタの故郷にふらりと現れたらしい。

 そして、ふらりと現れたその人物は、見たことも聞いたこともない特別な武術を操る達人だった。

 

 

「特別な武術?」

 

「ええ、絃を自由自在に操って戦う武術です。けれど、曽祖父は決して自分の武術を他人に教えようとはしなかった。何故か私だけは一度だけ全ての技を見せて貰ったことがありますけど、本格的に技を教えて貰ったことは一度もありません」

 

 

 そう言ってシエスタは懐から鈴を取り出した。

 その鈴は曽祖父から譲られた形見らしいが、変わっていることと言えば中に琴糸が仕込まれているという一点のみである。

 一見ではそれがとても武器として使えるようには見えないが、シエスタの曽祖父はそれを文字通りの必殺の武器として操ったという。

 何でもタルブ村がオークの集団に襲われたときなど、たった一人でオークの群れを全滅させたこともあるらしい。

 

 絃を武器として操る武術。

 

 普通なら荒唐無稽な与太話と考えるところだが、赤屍にはその武術に心当たりがあった。

 無限城世界において、古流術派の一つとして伝えられる『風鳥院流絃術』。宗家・分派を合わせれば二十七派あると言われる流派だが、その流派の使い手には黒鳥院夜半、風鳥院花月、東風院祭蔵など、無限城世界においても上位陣の実力者が名前を連ねている。

 赤屍は、まさかと思いながらもシエスタに訊ねる。

 

 

「曽祖父の名前を教えて頂いても?」

 

「曽祖父の名前は…」

 

 

 そうして、シエスタの口から出た名前を聞いた瞬間、赤屍の表情が変わる。

 それは『雷帝』と同様、本来ならばこのハルケギニアに存在するはずのない人物の名前だったからだ。

 

 ―――東風院祭蔵―――

 

 東風鳥院絃術の使い手であり、かつての無限城下層階の最大勢力『風雅』の元幹部メンバー。

 雷帝や呪術王、黒鳥院夜半などの最上位の実力者達には劣るものの、その実力・素質は無限城世界でもかなりの上位に位置していた。

 何しろ『聖痕』を刻んだ風鳥院花月とほぼ互角の戦いを繰り広げることが出来る実力者であったのだから。

 

 

「…なるほど。一体誰が貴女の右眼の『それ』を封印したのかと思っていましたが、彼ならば納得ですね」

 

 

 ルイズ達を置き去りして一人で納得した様子の赤屍。

 そして、赤屍はニヤリと嬉しそうな笑みを浮かべてシエスタに言った。

 

 

「…ですが、残念ながら封印は不完全。流石の彼も封印術などといった類の術は不得手だったようですね」

 

 

 そう言って、赤屍は一歩、シエスタの方に歩み出る。

 そして、赤屍が一歩踏み出したその瞬間、ゾクリと背中が震え上がるのをルイズは感じた。

 

 

(ヤ、ヤバい…!この感じは―――!)

 

 

 瞬間、赤屍の全身から発せられる禍々しい気配。

 この凄まじくヤバい感じは、初めて赤屍に会ったときに感じた禍々しい気配と同質のものだった。

 

 

「貴女が『本物』ならこの程度では殺されはしないでしょう」

 

 

 そう言って赤屍はどこからか一本のメスを取り出す。

 そして、そこからの出来事は間違いなく一瞬だった筈だ。

 だが、そのコンマ一秒にも満たない薄く細い時間の中で起こったことの全てがルイズにはスローモーションで見えた。

 

 

(んなっ!?)

 

 

 あろうことか赤屍は、取り出したメスをシエスタに向けて投擲したのである。

 それも半端な速度ではない。おそらくギーシュを殺してのけた時と同じように、常人には投擲の予備動作すら視認できない神速の動き。

 その速さで繰り出されたメスがシエスタの右目に向かって飛来していくのが見えた。

 

 

(何てことしてんのよ、コイツーーー!?)

 

 

 心の中で絶叫を上げるルイズだが、もはやどうすることも出来ない。

 こんな至近距離からこんな速度でメスを撃ち込まれたら、もはや常人にはどうすることもできない。…というかそれ以前に、この時点でシエスタは自分に向けてメスが投擲されたことなど一切認識出来ていない様子だった。

 だから、そこからシエスタが見せた一連の動きは、全て彼女の無意識の内に繰り出されたということになる。

 投擲されたメスがシエスタの右目に迫り、もう駄目だとルイズが絶望したまさにその時だった。

 

 

(えっ――!?)

 

 

 投擲されたメスがシエスタの右目に命中する直前。

 突然、シエスタの右目に十字架のような刻印が浮かび上がるのをルイズは見た。そして、それと同時に、シエスタは動いた。

 彼女は飛来するメスが当たる寸前で首をいなして避ける。さらにシエスタは飛来するメスを空中で掴み取り、赤屍の懐に一足で飛び込むと、そのまま流れるような動作で手にしたメスを赤屍の心臓へ向けて突きこんだ。

 それらの全ての動きが文字通りの一瞬、コンマ1秒にも満たない時間の内に行われた。常人なら反応すら出来ずにそのまま心臓を串刺しにされて終わりのはずだが、生憎、この男は常人ではない。

 赤屍はメスを持ったシエスタの手首を横合いから掴み取ることで、彼女の動きを止めていた。

 

 

「クス…やはり、私が見込んだだけのことはありましたね」

 

 

 シエスタの手首を掴んだまま赤屍は嬉しそうにニヤリと笑う。

 この場で全ての事情を把握しているのは赤屍しかいない。タバサ、キュルケだけでなく、シエスタ本人ですらが驚愕に目を見開いたまま動けないでいる。

 今の瞬間に何が起こったのか、自分が何をしたのかすら分からないという様子だった。

 

 

「…え? い、今、私…」

 

 

 シエスタが無意識の内に繰り出した一連の動き。

 だが、今のはどう考えても普通の人間に可能な動きではない。

 彼女は今の一瞬で、赤屍の投擲したメスを避けると同時に掴み取り、さらにそれを赤屍の心臓へ突き立てようとした。

 自分が一体何をしたのかを遅まきながらに理解したシエスタは、肩を小刻みに震わせ始める。彼女の常識の範囲を超えた出来事であり、彼女が混乱と動揺の極みにあるのは傍目に見ても明らかだった。 

 

 

「ち、ちょっと! い、今の何よ!? あんなのただのメイドに出来る動きじゃないわよ!」

 

 

 人間の限界を遥かに超えたシエスタの動きを傍で見せられたルイズはシエスタと赤屍の二人に詰め寄る。

 だが、同じように見ていたはずのキュルケとタバサは、ルイズのことをひどく驚いたような顔で見ていた

 

 

「…って言うか、ルイズ。貴女、今のメイドの動きが見えたの? 私にはあのメイドが瞬間移動したようにしか見えなかったわよ?」

 

「へ?」

 

 

 キュルケに言われてルイズはようやく気付いた。

 よくよく考えてみれば、シエスタが繰り出したさっきの動きは、人間の動体視力で視認できる限界を超えている。

 しかし、ルイズは先ほどのシエスタの動きの全てを捉えた。彼女の右目に十字架のような刻印が浮かび上がる様子すら鮮明に捉えること出来ていた。

 少し前のルイズになら絶対に見えないものが、今のルイズには見えていた。しかし、いったい何が原因でそんなことが出来るようになったのかルイズにも分からない。

 もしかしたら本当に先ほど食べた飴のお蔭なのかもしれない。

 

 

「クククッ…今のが『聖痕』を刻んだ者の力です。この程度ではまだまだですが、今の時点では及第点といったところでしょうかね。そして、今のシエスタさんの動きが視えたということは、やはり貴女の素質も中々の物ですよ、ルイズさん」

 

 

 そう言って、赤屍はルイズとシエスタの二人に微笑みかける。

 赤屍は心底嬉しそうな笑みを浮かべて、シエスタの頬を撫でる。彼女の右の瞳には十字架のような刻印が刻まれたままだ。

 

 

「な、んですか」

 

 

 ようやく絞り出した彼女の声は震えていた。

 自分の理解の及ばない事態に陥ったことに対する不安や恐怖がごちゃ混ぜになったような感じだ。

 そして、赤屍はそうした彼女の混乱を完全に見透かした上で言った。

 

 

「さて、シエスタさん。貴女、その右目の秘密について知りたいですか? もしも貴女が知りたいなら、教えてあげましょう」

 

 

 どうしますか?

 そう、瞳で語りかける赤屍。

 まるで悪魔に魅入られたかのように、有無を言わせずに相手に頷かせてしまうような赤屍の微笑み。

 

 

「わ、私は…」

 

 

 そうして、シエスタが頷いてしまいそうになる直前、突然の轟音が響いた。

 

 

 ―――ズガァァァァァン!

 

 

 一体何事かと音のした方向へと視線を向けるルイズ達。

 ルイズの目に飛び込んできた光景は、全長30メイルはあろうという巨大なゴーレムが、学院の宝物庫のあるあたりの外壁を殴っている姿だった。

 

 

 

 


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