「で? 何か言いたい事はあるかしら?」
ホームルームが始まる20分も前の、早朝の清澄高校。
昨日鶴賀を撃破した京太郎は、家に帰り携帯の電源を入れると受信メールの多さにびっくり。
どれもこれも死を暗示する幼馴染みの文章に顔を青くさせられた。
そして一晩過ぎた朝、震える膝を叱咤しつつ久の教室へ向かい、ガタガタと落ち着かない体で流れるように正座した。
恐る恐る両手で携帯を差し出すと、とても冷たい声で問いかけられたのである。
「ああああのっすね、ぶぶ、部長……?」
「なあに、京太郎君?」
口調は柔らかく、昨日までよりも親しさが跳ね上がっている。
なのに、他人どころか性犯罪者を見るような視線はどういう事だ。
京太郎は震えあがるしかない。
「すすすすみっ、すみませんでした!」
182センチのでかい体を必死に小さくして土下座する。
「うん? それだけでいいの?」
しかし足りない。
鶴賀の面々から大幅な譲歩を引き出した必殺技も、どうらや久にはまるで足りないようだ。
「いいい色々とっ、じじょ、じじょ、事情がありまして!」
慌てて言い訳を追加する。
「勘違いしちゃ駄目よ、京太郎」
「はははい……?」
が、久は甘い女ではなかった。
「言い訳を聞いてるんじゃないの。私は命乞いを聞いてるの」
「い、命乞い!? 俺を殺すんすか!?」
「決めかねているわ」
携帯を奪われたのはまだしも、抱きつかれ、全身をまさぐられた。
それを謝罪一つで許す程安い女ではない。
京太郎は必死すぎて気づいていなかったが、あの時久の胸を掴んだり、お尻に触れたり、あろうことか股ぐらを擦ったりしたのだ。
乙女的に完全アウト。
どれだけ残虐な仕返しをしても許されるに違いない。
『おいヤベーぞ。竹井のやつ本気だ』
『あちゃ~。久ってば思ったより純情だったんだあ』
『さすがに殺人はマズイ。いよいよとなったら誰か止めろ』
『じゃあアンタがいけばぁ?』
『うっ……、お前いけ』
『馬鹿言え。お前いけ』
『じゃあ俺いくわ』
『なら私がいくよ~』
『それなら俺がいこう』
『ダチョウか!』
周りの生徒達も固唾を呑んで見守っている。
「ほら、早く言いなさい。それが京太郎の命を繋ぐかもしれないわ」
「ううぅぅぅ……」
京太郎は涙目だった。
だって目がマジなんだもん。虫けらを見るようなとは、きっとこんな眼差しに違いない。
だから一生懸命命乞いをする。
「許してください部長! 何でもしますからぁ!」
「何でも?」
「はいぃ! ずっと部長のパシリしますぅ!」
必死に拝んで許しを請うた。
「そう。それなら……」
そんな憐れな姿に満足したのか、久が笑顔でポケットに右手を突っ込む。
「頭だして」
「……ぇ?」
京太郎が訝しむ暇もなく、久は取り出した物のスイッチを入れた。
ヴィィィィィィィィィィィィ。
「手早く終わらせるから」
「ヒィィィィィィィ!?」
久の右手にあるバリカンから無情な音が響く。
京太郎は悲鳴を上げた。
『おいヤベェ! 本気で抹殺するつもりだぞ!』
『ん~、でも坊主くらいならいいんじゃない?』
『坊主頭がカッコイイ人ってテレビでも見るしねぇ』
『馬鹿言え。ああいうのはプロの美容師がちゃんとカットしてるからそう見えるんだよ』
『素人の五厘刈りはどこまでいってもただの五厘だ』
『竹井の事だからな、髪が伸びるたびにまた刈るつもりだぞ、きっと』
『夢と希望に満ち溢れた一年になんてムゴい事すんだよ……』
『『『『『でもそれが久だし』』』』』
『『『『『そうだな。それが竹井だな』』』』』
周囲はみな諦めた。
「部長! ぶちょお! ぶぢょおぉぉぉ!」
「なあに? ホームルームまで時間がないのよ」
しかし京太郎は諦めるわけにはいかない。
必死に、それこそ師との特訓の時よりも必死に抗う。
坊主は無理だ。ただでさえモテないのに、いがぐり頭になったらどうなってしまうのか。
はたして丸坊主の田舎者が高校生活をエンジョイできるものなのか。
中学から高校へあがり、きっとバラ色のスクールライフが待っているのだと思っていたのに、こんなのはあんまりすぎる。
女の子にモテたいのだ。可愛いくておもちの大きな彼女とかがほしいのだ。
「昨日の事は必要な事だったんですぅぅぅ!」
「だから?」
「許してくだざいぃぃぃ!」
だから目に涙をいっぱい溜めて許しを請うしかない。
「あのね、京太郎?」
「はいぃ!」
「昨日私にした事は性犯罪なの」
「あぐうっ……!」
「私に痴漢するのが必要だったって言いたいの?」
「あううう」
「警察に通報されないだけマシでしょ?」
「ぞうなんでずけどもお!」
しかし久は正しかった。
とことん正しかった。
十五歳の少年を絶望へと叩き落とす程に正しかった。
「俺の目的の為にはどうしても必要でぇ!」
「目的? それは何かしら?」
「そ、それはちょっと言えなくてぇ!」
ヴィィィィィィィィィィィィ。
「ヒィッ!」
口を噤もうとするも、目の前に出されたバリカンが恐ろしくて仕方ない。
「言いなさい。これが最後よ」
とても冷たい声。
本当にこれが最終通告だと、本能で理解した。
「い、色々理由はあるんですけどっ、一部だけなら言えますっ」
「一部~?」
途端眼光が鋭くなる久。
そんな甘えを許すとでも思っているのかと言わんばかりだ。
「ゆ、夢というかっ、ど、どうしても叶えたい目標ができましてぇっ」
「……夢?」
しかしその言葉で、久はとりあえずバリカンのスイッチを切った。
可愛くないとは言ったが、本当は可愛い後輩だ。
ずっと独りだった部室に集ってくれた、大事な後輩。
初心者である事を差し引いても、女子が思う存分戦えるよう一生懸命雑用をしてくれた。
感謝もしてるし、そりゃ可愛くないわけがない。
「言ってみなさい」
「うっ、でも……」
京太郎は遠巻きに見ている先輩達が気になってしょうがない。
こんな不特定多数がいる場所で夢を語るなど、いくらなんでも恥ずかしすぎるではないか。
「早く」
「ヒッ!? 分かりましたからバリカンしまって……ッ」
まあ、バリカンを目の前に出されれば従うしかないのだが。
「あ、あの、周りに聞かれると恥ずかしいんで、耳かしてください」
「……まあいいでしょう。ただし、エロい事したら殺すわよ」
「しませんよ!」
信用が地の底にまで低下している事を実感しつつ、久の耳元へ口を持っていく。
「だ、誰にも言わないでくださいね……」
「ちょ、息がくすぐったいわ。喋ったりしないから早く言いなさい」
眉をしかめて身をよじる久へ、京太郎は小さな声で言った。
「……俺、プロ雀士になります」
「は?」
久がポカンとした目を向ける。
それに構わず、京太郎はさらに耳元で囁く。
「その為にも、とりあえずインターハイで全国一位を獲ります」
「……………………」
自身の目標を話した京太郎は、久から離れると言い訳した。
「それだけじゃないですけど、昨日加治木さんに会ったのはその目標の為でもありました」
「……………………」
「だから許して下さい、部長」
「……………………」
まじまじと見つめてくる久に、深々と頭を下げる。
大笑いされると思ったが、どうやらその気配はなさそうだ。
「本気で言ってるの?」
それどころか真面目な声で聞いてくる。
「冗談であんな事できません」
だからこちらも真剣に答えた。
「どうして急にそんな事を考えたわけ?」
「約束したんです」
「約束? 誰と?」
「名前はまだ言えません。けど、俺の師匠です」
「師匠? 麻雀の?」
「はい。十日くらい前に出会って、でももう九州に帰っちゃいましたけど」
「ふ~ん、約束か」
「まあ、俺の一方的な約束なんすけどね……」
何やら考えている久と、そんな彼女に力なく答える京太郎。
”俺もプロになりますからいつか対局しましょう!”
”笑い殺す気か? 坊主がプロになれるなら、この世はプロで溢れかえるだろうよ”
きっとあのクールな師は、あの言葉を約束などとは欠片も思っていないに違いない。
”今度会う時に俺の成長を見せます。とりあえず全国一位を目指しますから”
けれど、たとえ一方的だろうと約束は約束だ。
だからあの時の言葉を必ず実現させてみせる。それ以外に恩返しする方法など思い付かないのだから。
「分かったわ」
と、考えをまとめた久が口を開いた。
どうやら許してくれる気になったらしい。
「ほ、ほんとですか!」
京太郎はホッと安堵する。
「二年待ってあげる」
「……はい? に、二年っすか?」
その安堵は早計だったが。
「ええ。とりあえずの方の目標は、どうがんばってもあと二年間しか時間がないでしょう?」
「ま、まあそうっすね」
インターハイに出れるのは高校三年生の夏までだ。間違ってはいない。
「とりあえずの目標が達成できなかった時は、改めて坊主という事でいいわね?」
久なりの譲歩なのだろう。
京太郎の実力ではどう頑張っても不可能だろうが、それが二年間のモチベーションに繋がるというのなら、先輩として譲歩してもいい。
「そ、それでお願いします!」
もちろん京太郎は飛びついた。
そんなありがたい話に飛び付くなという方が無理だろう。
「言っておくけど、私が卒業して反故になるなんて思っちゃ駄目よ?」
久はしっかりと釘を刺した。
自分がいなくなったからといって、約束まで忘れてもらっては困るのだ。
乙女の体を触りまくった罪は償われなければならない。
「二年後のインハイはバリカン持って応援にいくわ。いいわね、京太郎」
だからニヤリと、このお調子者の後輩へきっちり釘を刺しておくのだ。
「大丈夫ですよ、部長」
「ん?」
「二年も待たせません。秋の新人戦は部長も在学中ですから」
「…………」
「清澄高校生『竹井久』の目の前で獲ってみせます」
不覚にもちょっとときめいてしまった。
※
「待たせたな、須賀君」
「待たせてごめんなー、須賀少年」
「来てやったっすよ」
「いえいえ、今日はありがとうございます。加治木さん、蒲原さん、あとストレス」
「だれがストレスっすか! 『ステルス』っすよ『ステルス』! というかモモでいいって言ったっすよ!」
「ああ、そうだった。スマン間違えたわ、モモ」
「絶対わざとっす!」
時刻は18:30。
風越女子近くの駅で、京太郎は鶴賀学園麻雀部の三人と待ち合わせしていた。
例によって妹尾佳織と津山睦月はいない。
これは体調云々ではなく、余計なリスクを負う事はないと、ゆみと智美が連れてこなかったのだ。
本当なら桃子も置いてきたかったのだが、昨日の当事者でもあるので断固参加を希望。
加治木先輩にだけ危ない事はさせられないと、智美には少々憐れな理由で強引についてきたのである。
「須賀君、久から連絡があったんだが……」
と、ゆみが言い難そうに口を開く。
「ええ!? つ、鶴賀に対戦申し込んだ事言っちゃいました!?」
京太郎は慌てて聞き返した。
久に言ったのは理由の半分だ。
あの抜け目のない部長ならどんな情報から真意を暴いても不思議じゃない。
現在の行動はなるべく知られたくなかった。
「いや、それは言っていない。君が昨日、清澄のメンバーには内緒にしたいと言っていたのでな」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
それを聞き、ホッと一安心だ。
ゆみは京太郎と違い、とても気遣いのできる女性なのである。
「ただな……」
「?」
言い難そうなのは、どうやらそういう事ではないらしい。
ゆみは困った顔で言う。
「ウチの男子部員を誑かさないように、と釘を刺されたぞ? 君はいったいどんな言い訳をしたんだ?」
「なんすかそれ? というか部長の事だからただの軽口だと思いますけど?」
しかし京太郎は普通に受け流した。
相手をからかって悦に浸るのは、もはや久の習性みたいなものだ。
そんなのを一々真に受けていたら身が持たない。
「いや、そんな感じでもなかったような……」
「絶対そうですって。もう部長の話はやめましょう。バリカンを思い出しますから」
「「「バリカン?」」」
尚もいい募ろうとするゆみを遮り、さっそく出発する。
「七時までもうすぐです。早くいきましょう。ささっ、早く早く」
あんな恐ろしい体験など忘れるに限るのだ。
「わ、分かった。分かったから引っ張るな!」
「ちょっ、なに先輩の手握ってんすか! その手を離すっすよ!」
「痛ぇ! 蹴るな!」
「この! この! ハレンチな生き物めっす!」
「止めろ! このストレス! ストレスモモ!」
「死ね!」
「ワハハ。もう夜だから騒ぐなよー」
とまたも軽いラブコメをはさみつつ、一行は風越へ。
風越女子に到着した四人は事務室で許可をもらい、麻雀部へと歩を進める。
廊下を歩いてる間、ゆみが京太郎の襟をずっと握りしめっぱなしという一幕もあったが、とくに関係ないので割愛。
時刻は夜の七時だ。
ほぼ全ての部活が終了し、校内はとても静かだったが、辿り着いた室内は未だ何人もの部員がいた。
たくさんの女子部員達に気圧されキョロキョロと落ち着かない京太郎を引きずり、ゆみが風越のコーチである久保貴子の前へと進む。
「本日は無理を言ってすみません。鶴賀の加治木ゆみといいます」
自身の頭を下げつつ、京太郎の頭も無理矢理下げさせた。
「お、俺、いや僕は須賀京太郎です。よろしくお願いします」
京太郎が慌ててゆみに倣い、智美と桃子も同じく挨拶する。
「ああ、こちらこそよろしく。福路から話は聞いている。練習試合をしたいそうだな。なぜか男子が一人混じるらしいが」
貴子は人一人軽く殺しそうな視線で頷いた。
久保貴子。
表情から視線から言動から、何から何までとんがっている彼女は、風越では鬼コーチとして生徒達を支配する女傑だった。
「い、いえ、その、練習試合ではなくてですね、風越を倒しにき――」
「黙れ馬鹿!」
「あぐっ!?」
危ない。
京太郎が恐ろしくヤバイ橋をブレイクダンスしながら渡ろうとした時、ゆみの拳が後頭部に突き刺さった。
「ああ? そっちの男子、今なんか言ったか?」
「「「いえいえいえ。なんでもありません(っす)」」」
ゆみだけでなく、智美と桃子も冷や汗をかきながら手を振る。
いきなり粗相をしでかしかけるとは何事かと、愛想笑いの裏では京太郎への呪詛で満ち満ちていた。
「風越へようこそ、鶴賀の皆さん」
とそこへ、片目を瞑りながら微笑む女子が近づいてくる。
「遠くからよく来てくれたわ。半荘一回だけだけど、お手柔らかにお願いします」
福路美穂子。
インターハイ長野個人一位の実力者であり、風越女子麻雀部元キャプテン。
とても穏やかな性格と、他者へすぐ感情移入してしまう清き心の持ち主であり、その為部員達から絶大な信頼を得ている。
「ウチらに挑んでくるとはいい度胸だし。せいぜい揉んでやるし」
そしてその隣に張りつく現キャプテン、池田華菜。
美穂子を抜かせば校内ランキングトップという、こちらも相当な実力を持つ雀士だった。
語尾がおかしいのと、少しばかりうっとうしいのには目を瞑ってあげたい。
「池田ァァ!」
「ハ、ハイィ! な、なんでしょうコーチ!」
「テメェ何調子に乗ってんだぁ! わざわざ来てくれた鶴賀学園さんに失礼だろうがぁ!」
「ハ、ハイィ! ス、スミマセン!」
瞑ってあげたいのだが、鬼コーチは年中目を見開きっぱなしである。
「ったく、馬鹿が……」
貴子は華菜を睨みつけると、コーチとして指示を出す。
「もう時間も遅い。さっさと始めろ」
おっかないコーチに震えあがっていても、京太郎には呑めない指示だったが。
「鶴賀さんの方はちょうど四人だ。池田、吉留、深堀、文堂、二人ずつ卓に入れ」
「「「「ハイ」」」」
堪らず声を上げる。
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
それだとここにきた意味が何もない。
「あ?」
貴子に鋭い視線を向けられながら、京太郎は必死になって勇気をかき集めた。
どうやらこちらの意図がうまく伝わっていないようなので、冷や汗を垂らしながらも鬼コーチの前に立ち、言う。
「お、俺一人で、池田さんと吉留さん、それから福路さんと打たせてください!」
「ああん?」
ゆみ達がここまでセッティングしてくれた。
なら後は自身ががんばって交渉しなければならないだろう。
もちろん、ゆみ達三人はハラハラドキドキだ。
しかし、ゆみはとてもいい先輩なので崖に飛びこむ覚悟で援護する。
「すみません、コーチさん。私からもお願いします。どうか打たせてやってはもらえないでしょうか」
「…………」
他校の生徒二人から頭を下げられた貴子は面食らうしかない。
どういう事だ? ただの練習試合じゃなかったのか?
「オイ、福路。いったいどういう事だ?」
だから話を持ってきた美穂子に問いかける。
「すみません、コーチ。私にもよく分かりませんが、そちらの須賀君が私達と打ちたいそうなんです」
「はあ? どうして男子が女子と打ちたがる?」
「くわしくは聞いていませんが、どうも事情があるらしくて……」
「事情だあ?」
貴子は目の前に出された後ろ頭に視線をむけると、二人に頭を上げるよう命令した。
「二人とも顔を上げろ。他校の生徒に頭下げさせて問題になったらどうしてくれるんだ」
最近の教育委員会は教師にとても厳しいのだ。
「須賀って言ったか、で? どんな事情だ?」
鬼コーチとは言っても本当の鬼ではない。
子どもを導くのは聖職者として当然の義務である。
「い、言えないっす」
「ああんっ!?」
「ヒィ……ッ」
しかし、聖職者の顔が一瞬で般若のようになった。
京太郎がどこまでがんばれるか見物だ。
「オイテメェ。他校の生徒だからって舐めてんのか?」
「と、とんでもありません!」
「鶴賀は女子校だった筈だ。いったいどこの生徒だ、あん?」
「き、清澄っす! 清澄の麻雀部員です!」
すぐ降参する。
ガンを飛ばされながら『テメエどこ中~?』と聞かれたに等しいので、京太郎に耐えきる事など不可能である。
「清澄ぃ? その清澄の部員がどうしてここにいる?」
「か、風越を倒しにきました……」
「「「「「ッ!?」」」」」
しかしがんばった。
京太郎は涙目で震えながらがんばった。
風越の女子部員達は全員絶句。
だがそれは自分達を倒しにきた事にではなく、あのコーチにそんな言葉を吐いた勇気に驚愕した為だ。
あまりにも無謀。
「ほう、面白い事言うじゃねえか。天下の清澄って事で調子に乗ってるわけだな?」
貴子の目が危険域へと突入する。
「違います違います! 全然違うんですぅ!」
「何がだ?」
京太郎は慌てて手を振り否定するも、人殺しのような目はまるで和らがない。
「俺初心者だったんですけどっ、と、十日ほど前に師匠に麻雀教えてもらいましてっ」
「十日だぁ?」
「先週の金曜日に初心者を卒業できました!」
「…………」
いきなり身の上話を始めた京太郎に、『コイツは何を言ってやがんだ』と貴子の顔面が歪んだ。
「師匠にまだ対局するなって言われてたんすけどっ、調子に乗って次の日咲達と打っちゃいましたっ」
「…………」
しかし涙目で怯える姿に、もう少し聞いてみようかと思い、黙って聞く。
「そしたら何もできずに東場でトばされました!」
「…………」
京太郎は必死だ。
師にボロクソ言われてとても恥ずかしい思いをした。なので誰にも言いたくなかったのだが、さすがに鬼コーチの眼力の前には言うしかない。
(そんな事があったのか……)
(というか須賀少年をボッコボコにできるとか、やっぱ清澄は異常だなー。ワハハ……)
(リンシャンさんとおっぱいさんの鬼畜さが悲劇を生んだんっすね……)
ゆみ、智美、桃子の三人は、京太郎の事情が分かってなんとなく納得。
「だから風越を倒しにきました!」
「……ああ?」
話がいきなり飛んで、貴子は益々眉をひそめる。
だからの部分がまるで繋がっていない。
「鶴賀は昨日倒しました! 今日風越を倒したら、俺に龍門渕を紹介してください!」
「…………」
涙目で震えながらも一気に言った京太郎は、超迷惑なヤツだった。
だいぶ端折られた感はあるが、つまり道場破り兼修行という事なのだろう。
そんな個人的な事情になぜこちらが付き合わなければならない。
「お、俺にできる事ならなんでもします! おねがいします! 打たせてください!」
「…………」
しかし、またも頭を下げてくる姿は、貴子に考えるという行動をとらせた。
「……池田ァァァ!」
「ヒィッ! な、なんで華菜ちゃんに飛び火するんだし!?」
そして華菜が怒鳴られる。
跳び上がった華菜は心臓が破裂する程びっくりだ。
「福路!」
「ハイ」
「吉留!」
「ハ、ハイ」
「お前ら三人、こいつの相手してやれ! 全力でだ!」
「分かりました、コーチ」
「「「「「…………」」」」」
微笑みながら返事した美穂子はともかく、鶴賀勢を含めた皆がポカンとする。
今の話のどこが貴子の琴線に触れたというのだろう。
「頭上げろっつったろが、須賀ァ! 問題になったらどうすんだ!」
同じく放心状態の京太郎もポカンとしている。
「とりあえず龍門渕に連絡とるかは対局のあとだ。初心者のテメェが勝てるとも思えねえからな」
「…………」
「だが、お前みたいなのは嫌いじゃねえ。自分の生徒ならタダじゃおかねえが、ガキは無茶するぐらいでちょうどいい」
どうやら貴子理論ではアリなようだった。
もう京太郎は本日の運を使いきったかもしれない。
対局に影響しなければいいのだが。
「さっさと卓につけ。何もかも、対局後に決める」
「…………」
やたら姉御くさい事を言いながら、貴子は席へ促した。
思考が戻ってきた京太郎はお礼を言いまくるしかない。
「ありがとうございます! ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
「いいから早く場決めしろ。どれだけ残業させるつもりだ」
第一の関門突破。
あとは勝つのみである。
京太郎はグッと拳を握り、美穂子、華菜、未春が待つ卓へと向かう。
長野個人戦一位の『福路美穂子』と、予選決勝卓風越大将『池田華菜』。
次鋒の『吉留未春』は、個人戦で咲と対戦し同卓していた個人戦5位の南浦数絵を押さえ、咲には負けたがプラスの二着で終局するほどの実力者。
相手にとって不足はなかった。
「私は『東』ね」
「華菜ちゃんは『南』だし」
「私は『北』です」
「じゃあ俺は『西』という事で」
名門風越との対局は、東家美穂子、南家華菜、西家京太郎、北家未春でスタート。
ギャラリーにゆみ、智美、桃子、そして貴子を背負い、京太郎の風越戦が始まる。
「皆さん、よろしくおねがいします」
「「「おねがいします」」」
京太郎の真価が問われる一戦なのは言うまでもない。
優しい鬼コーチ編 カン
「ねえ、まこ」
「なんじゃ?」
「私引退したけど、しばらく部に顔出してもいいかしら?」
「なんじゃそんな事か。あんたぁが守った麻雀部じゃろ? 好きにしたらええ」
「そう? 悪いわね」
「じゃけんいきなりどうした? なんぞやり残しか?」
「う~ん、そうねぇ……。やり残しといえばそうかもね」
「ふむ。京太郎か?」
「……まこって結構するどいわよね」
「そりゃずっとあんたの下におったけぇ」
「そうね。そう言えばそうよね」
「ほんで? 京太郎に激怒したっちゅうのと関係あるんか?」
「ま、そんなとこかしら」
「まさか惚れたち言わんじゃろうな……」
「アハハ。ないない、それはないわ」
「ほうか。ならええんじゃけど」
「なにそれ? まさかまこ、あなた……」
「さすがに久に惚れられたら京太郎がかわいそうじゃろ」
「どういう意味よ!?」
「そのまんまじゃ」
「ど、どいつもこいつも私をなんだと……」
「そんな今さらな事ええから、京太郎へのやり残しってなんじゃ?」
「元とはいえ、部長としてあの子に何をしてあげられたのかが思い付かないのよ」
「……なるほどのぅ」
「とりあえず、新人戦で一勝くらいはできるようにしてあげたいわ」
「ほうじゃの。なにやら最近一人でがんばっとるようじゃし」
「ええ。京太郎も可愛い後輩には違いないしね」
「…………」
「? なに?」
「……京太郎?」
「な、なによ? みんなの事を名前で呼んでるんだから、別におかしくないでしょ?」
「久……あんたぁまさか……」
「違うから! ほんとにそういうんじゃないから!」
「…………」
もいっこ カン