南二局終了時の点棒状況
京太郎 30600
ゆみ 21500
智美 23600
モモ 24300
南三局0本場 親智美 ドラ{一}
前局の12000直撃によりトップ目に躍り出た京太郎。
この局、京太郎は手を緩めるつもりも、守備的になるつもりもなかった。
次のオーラスは桃子が親だ。
県予選決勝卓副将戦で和よりも収支が上だった、『東横桃子』。
しかも『ステルス』しっぱなしの後半戦は、和には効かなかったにも拘わらず、なんと+24300も稼いだのだ。
オーラスは必ず卓上から消えるのは間違いない。
咲から聞いただけでは『ステルス』の破壊力をいまいち想像できなかった京太郎は、この南三局で貯金を貯えるつもりだった。
前局のアガリで流れに乗った京太郎、十順目の手牌。
{二二三三四五六六①②③23}
ピンフ三色、またはピンフイーペーコーイーシャンテンの形から{3}をツモる。
{二二三三四五六六①②③23} ツモ{3}
集中力が高まり、両目の碧火を益々滾らせた京太郎はノータイムで打{六}。
役を追ってついつい五萬に手をかけてしまいそうなところで、きちんと牌効率を優先させた。
{五}切りは、三色とイーペーコーのどちらも確定しないままに受けは6種。
しかし{六}切りは三色をほぼ諦めてはいるものの、その受けは8種である。
(ピンフイーペーコー、もしくはドラ1でも十分。萬子が伸びれば絶好。ドラの{一}引けば三色はいらない)
他家の手牌を読みながら、萬子の下、とくに{一}は山にいるとの判断だ。
そして次順{三}ツモ。
{二二三三四五六①②③233} ツモ{三}
安目を引く。
(安目。ピンフイーペーコーが崩れた。和からヌルいと言われそうだけど、ここはツモのみのダマテンに受ける)
既に中盤を過ぎている以上デジタルならば即リーしそうな手だが、{3}を切ってあえてダマ。三人の手が遅いと読んだ。
次順、十二順目。
{二二三三三四五六①②③23} ツモ{1}
テンパイ即ヅモの{1}引き。
{五}を切っていれば辿り着けなかったアガリだ。
しかし。
(ここだ!)
残りのツモは五回。
{一}は絶対山にいる。
「リーチ!」
京太郎は迷わず{二}を切ってフリテンリーチした。
{二三三三四五六①②③123} 打{二}リーチ
{一四七二}待ちだが、他家からアガる事はできない。
「ここでリーチか……仕方がない」
「う~ん、困ったなー。親でいくつもりだったから危険牌が残っちゃったぞー。とりあえず安牌で」
『こっちもイーシャンテン。もうステルスは発動してるっす。引いて追っかけるっすよ……って無駄ヅモっすか』
三人がリーチに警戒しつつ回ってきた十三順目のツモ。
{二三三三四五六①②③123} ツモ{一}
なんと一発でドラの一萬を引く。
「ツモ! メンピン一発三色ドラ1。そして……裏が乗りました。4000、8000です」
さらに裏ドラが{2}だった。
「ぐっ……、フリテンか……」
「あいたたた。倍満の親被りは痛すぎだなー。というか強欲すぎないか?」
『トップ目なんすから、無理する必要無いじゃないっすか……』
三人はやられたという顔をしつつも、なんで無理してフリテンリーチするのかが分からない。
ラス前トップならほぼ二着以上が確定するのだから。
もちろん、京太郎は二着以上ではなくトップしか狙ってはいない。
だから目的は『対ステルス』の貯金ではあるのだが、
「俺の読みでは山に八枚アガリ牌が眠っていました。ドラの{一}は三枚山です。ツモのみが跳満に化けるなら勝負したくなりません?」
それ以上に引く自信があったのだ。
「これはまた凄い自信だな」
「あーでもその気持ちは分かるなー。でかい手アガリたいもんなー。ワハハー」
会心のアガリに笑顔で言うと、ゆみと智美は揃って苦笑した。
『フン、そんなの偶然っすよ。ただの偶然』
大好きな先輩が笑顔を見せたので、どこかのステルスさんは仏頂面である。
「……? まあ、これで俺のトップは盤石です。加治木さんは倍直三倍満ツモ、蒲原さんは倍直もしくは役満でなければ届きませんよ?」
現在二位の桃子はラス親なので、跳直倍満ツモ条件。
それ以下でもアガれば連荘でチャンスは続く。
京太郎をまくる可能性がもっとも高いのは桃子で間違いない。
『ステルス』の性能は牌を見えなくしてしまう事。
誰にも振り込まないし、無警戒で直撃し放題なのだ。
まさにこの状況は、その為の『ステルス』です、と言わんばかりの状況だろう。
「確かに、これはきつい条件だ。だが、だからこそ面白い。ウチのエースも黙ってはいないだろうが、私も楽はさせんよ」
「よーし、おもいきって役満狙うぞー」
『ここからはステルスモモの独壇場っすよ』
「……? では、オーラス。よろしくお願いします」
京太郎は頭を傾げつつ、頭を下げた。
「ああ、こちらこそよろしくお願いします」
「よろしくなー」
『……っす』
そして始まる南四局。親は『ステルス』全開の東横桃子。
このオーラス、京太郎は驚愕する事になる。
南三局終了時の点棒状況
京太郎 46600
ゆみ 17500
智美 15600
モモ 20300
南四局0本場 親桃子 ドラ{東}
十一順目の桃子の手牌。
{三四五③④⑤44445東東} ツモ{東}
京太郎に直撃させようとダマテンの{36}待ちだったとこに、なんと自風のドラを暗刻らせる。
『くっくっくっす。これでダマ跳、安目でも12000の三面張。先輩に色目を使うその面へ、これをぶち込んでやるっすよ』
悪い笑みを浮かべながら、桃子は京太郎の捨て牌に目を向けた。
典型的なピンフ手。
しかも九順目から{52}と索子を切り、なにやらテンパイ気配がプンプンするではないか。
{14}は超危険牌だ。
『けれど私の姿は誰にも見えないっす。この{4}も安牌と同じっすよ、死ね須賀』
桃子は{4}を掴み、ゆっくり河へと手を伸ばす。
そして京太郎は幻視した。
ダンボールを頭から被り、左手側からコソコソと近づいてくる桃子の姿を。
京太郎手牌。
{二三四五六七①①⑦⑧⑨23}
{14}待ちのピンフのみ。
京太郎は、赤ん坊の頭ほどもある石を握りしめて近づいてきたダンボールのてっぺん目掛けて、
『こら』
『あいたっ』
手刀を振り下ろした。
「ロ、ロン……」
桃子が捨てた牌へと向けられた発声。
「なん……だと……っす……」
驚愕によりゆっくりと京太郎へ顔を向ける桃子。
恐ろしくゆっくりな動きに合わせ、目も、口も、鼻の下も広がっていく。
京太郎も全く同じ動作だ。
あまりの驚愕に脳の処理が追いつかない。
――おい、『ステルス』はどうした? 『ステルス』って何だったんだよ?――
――お前なんで見えてんすか? 『ステルス』は『ステルス』で『ステルスモモ』っすよ――
アイコンタクトで会話するも、互いにゴリラみたいな変顔で固まっている。
「……これは、驚いたな。須賀君にもモモの『ステルス』が効かないのか」
「ワッハハ。原村といい宮永といい、清澄はどうなってんだろうなー? というかモモが凄い顔してるぞー」
あまりの変顔で存在感の増した桃子の姿は、二人の目にもはっきりと映る。
二人の言葉で、桃子と京太郎の金縛りが解けた。
「なんで!? お前もなんかおかしな能力持ってんすか!? とんだ卑怯者っすよ!」
それを桃子が言っては駄目だろう。
『ステルス』は十分以上に卑怯だ。
「んなもんねーよ! つーか『ステルス』ってなんなの!? 見えなくなるんじゃなかったのか!?」
謂われのない濡れ衣に、京太郎も騒ぐ。
「見えないっすよ! 普通は見えない! 見える奴は異常っす! つまり須賀は変態って事っすね!」
「誰が変態だ! 大体元から眉つばだと思ってたんだよ! なんだ消えるって!? 元々人間は点いたり消えたりしねーんだよ!」
「人を嘘吐きみたいに言うなっす! 私の『ステルス』は本物っすよ!」
「んなわけあるか! ずーっとボソボソボソボソ俺の悪口言いやがって! どこが『ステルス』だ! 俺の『ストレス』が増大したわ!」
「聞こえてたんすか!?」
「当たり前だろ!? 真横にいるんだぞ!? 俺もたいがい失礼だと思うけどお前は無礼すぎる!」
「ハンっす! 女の茶目っ気に目くじらたてるとか、恐ろしい器の狭さっすね! 驚愕したっすよ!」
「どんだけ口が悪いんだよ! その立派なおもち、さては偽物だな! おもちの大きさは心の広さに比例するから間違いねえ!」
「ぎゃーー! やっぱ変態っす! コイツ私の胸ばっか見てたに違いないっす! 助けて先輩ーー!」
ギャーギャー騒ぎながらゆみの背中に隠れる桃子。
「…………ぁ」
そんな姿を見ながら、京太郎はポンと手を重ねた。
(そういや、槓材だから見えたのかもって咲のやつ言ってたな……)
強烈に執着する牌(もの)だったから見えたとするとつじつまが合ってしまう。
(東横さんの手牌を読む時、必ずおもちに目がいってから牌に注目してた。だからか?)
咲と嶺上=京太郎とおもち。
凄まじきはおもちへの愛だった。
「となると、俺が東横さんの姿を見失う事はないわけか……」
「……ぇ」
ポツリと呟いた京太郎の声に、桃子が小さく反応する。
京太郎からしてみれば、桃子は対能力者戦の経験として打ちたかったのだ。
だが、どうやら自身には効かないらしいという事が分かりガックリきてしまう。
なんとかおもちを見ない様にすればいけるのだろうが、そんな真似は麻雀で咲達に勝つ事よりも難しいだろう。
一瞬で自身には不可能だと判断した京太郎は、勘違いで怒鳴ってしまった事を素直に謝った。
「疑ってごめん、東横さん。俺には絶対に『ステルス』効かないみたいだ」
「ええ!? う、嘘……ッ」
「というか、きっとどうやっても東横さんの姿を見失えそうにない」
「うぐっ……」
「おいおい、今度はモモを口説くのかー?」
「須賀君、いくらなんでも節操というものをだな……」
「違いますから! そういうんじゃないですから! つーか少し耐性なさすぎですよ!? このまま社会に出ちゃ駄目ですからね!?」
鶴賀学園麻雀部員の将来を心配するしかない。
「と、とりあえず、最後は締まりませんでしたけど、俺のトップで終了ですね」
またおかしな方向へ行く前に、京太郎は話を戻した。
「ああ、君の勝ちだ。正直悔しいが、完全に力負けしたよ」
「いやー強いなー須賀君。これで麻雀歴半年とは大したもんだと思うぞー」
「ま、まあ、多少はやるっすね」
「ありがとうございます。皆さんと打てて、俺も楽しかったです」
なぜか桃子の顔はまだ赤かったが、ゆみと智美から絶賛されて顔がほころぶ。
「それとですね……、図々しいのは百も承知で一つお願いがあります」
「「「?」」」
京太郎は深く頭を下げた後、真剣な顔を上げた。
「俺のわがままでわざわざ打ってくれたのに、さらにこんな事をお願いするのは心苦しいんですが……」
しかし言い難いのか、モゴモゴとはっきりしない。
ゆみは、ふむ? と顎に手をかけ促した。
「言ってみてくれ。せっかくできた縁だし、清澄に貸しを作るのも悪くない」
「あっ、いや、この借りは俺に付けといてください。たとえ断られたとしても、今日の恩を返す為なら俺なんでもしますんで」
「なんでもとは破格の言質を取ったな。ではこちらも誠意を見せよう。さすがになんでもとはいかないが、できる事なら協力する」
ニヤリとするゆみに『やべっ、早まったかも』と思ったが、どうせ突っ走ると決めたのだ。
京太郎は己の望みを口にした。
「風越の福路さんか池田さんと連絡を取っていただけないでしょうか?」
「なに?」
ゆみはどういう事かと怪訝顔だ。
「ワハハ。今日みたいに風越女子とも打ちたいって事でいいのかー?」
「さすがワハハさん。その通りです」
「誰がワハハだー。年上をからかうならつまみだすよ?」
「ス、スンマセン! 加治木さんの目が鋭すぎてビビっただけです!」
「ほう。本当につまみだされたいようだな」
「ま、間違えました! お顔が凛々しすぎて少し和まそうとしただけなんですぅ! ほんとスンマセン!」
「やっぱこいつアホっすね」
ガバッと土下座した京太郎に、桃子の白い目が飛ぶ。
しかし昼に危うく逮捕されそうになったので、この態度も仕方ないだろう。
「だが君が自分で連絡すればいいんじゃないか? 私に電話したみたいに」
久の携帯を持っているんだろう? という疑問に、京太郎は苦い顔だ。
「部長の携帯は一回だけしか使わないと決めてました。通話料もかかりますし、何より部長にかかる迷惑がハンパじゃないんで」
下手すると明日殺されるかもしれません、と答える。
「それはそうだろうが……ならば尚の事、久とはきちんと話し合って、それから連絡してもらえばそれで済むだろう?」
「いえ、部長には……、というか清澄のみんなには内緒にしたいんです」
ゆみの目が途端に鋭くなった。
「……なぜだ?」
何かやましい事でも考えていなければ、秘密にするなどありえないだろう。
「……理由は言えません。今日も理由を言わなかったから、加治木さんと連絡とってくれなかったんです」
「なるほど……」
「おいおい、でもそれじゃあこっちだって協力できないぞー?」
智美の対応はもっともだ。
同じ部の部長でも駄目なのに、ほぼ初対面且つ外部の人間ならもっと駄目に決まっている。
「理由は言えませんが、俺がこれから何をするつもりなのかは言えます」
京太郎は真っ直ぐゆみの目を見た。
そこに曇りは一切ない。
「聞こう。言ってみろ」
「風越で福路さんと池田さんに対局してもらいます」
「だろうな」
それぐらいは想像できる。
「そして倒します」
「ふむ」
「倒したら、今度は福路さん達に龍門渕を紹介してもらいます」
「なに?」
「それで、天江衣を倒します」
「「「……………………」」」
京太郎の強い決意に、ゆみ、智美、桃子の三人がポカンとなる。
「本当はその後岩手と鹿児島にも行きたいんですけど、そんな金も時間もありません。だから大阪へ向かいます。一直線で行けますし」
「……待て、待て」
「北海道も無理ですので東京の――」
「いいから待て!」
ゆみが強い口調で遮った。
「風越、龍門渕を倒して岩手、鹿児島、大阪だと? まさか宮守女子、永水女子、姫松か?」
「はい」
「最終目的地は白糸台であっているな?」
「はい」
「それは……」
それは清澄が全国の頂点へ辿り着くまでの軌跡だった。
臨海女子や有珠山にも行きたいのだろうが、さすがに北海道も無理。時間的な猶予で東京は二校も周れないだろう。
第一、英会話もろくすっぽできないのに、留学生だらけの臨海女子へ行く勇気などない。
奈良の阿知賀女子は、和へ話が行く可能性が高いのでアウト。
「……一体何のつもりだ?」
「言えません」
「男子の君が女子へ挑む事に何の意味がある?」
「それも言えません」
「天江衣と愛宕洋榎を倒して、白糸台の大星淡と宮永照もまとめて倒すと? 常に三対一の状況で?」
「その通りです」
「馬鹿か君は!」
ゆみの罵声が飛んだ。
「ワッハハ、底抜けの馬鹿だなー」
「勝てるわけないっすよ。運よく風越に勝てても次で確実に負けるっす。天江衣と龍門渕透華の二人同卓とか、ただの罰ゲームっすね」
智美と桃子の呆れも呼ぶ始末。
「勝ちます。俺には勝たなきゃならない理由があります。だから、必ず勝ちます」
しかし京太郎は譲らなかった。
どこからどう見てもドンキホーテとしか思えないが、どうやら本気らしい。
「……それを私が承諾すると思っているのか?」
京太郎が行きたがっている場所は、どこもかしこも女子校だった。
不祥事を起こさなかったとしても、さすがに相手校への迷惑は尋常じゃないだろう。
「お願いします。なんでもします。俺に力を貸してください」
無茶な事を言っている事は十分分かっている。
京太郎はまたも床に額を擦りつけて頼み込んだ。
「……言っておくが、土下座はただの暴力だ」
「これを断るのは胸が痛いなー」
二人は苦い顔で困り果てるしかない。
特にゆみは深刻だった。
あれだけ泣かせてしまった相手なのでできる限り力になってあげたいが、望みが高すぎる。
自身の力ではどうやっても叶えてあげられそうにない。
「先輩、ヤバイっす。最近では相手に土下座させると強要罪で罪になるっすよ」
と、横から辛い現実を教えられ、ゆみは益々渋い顔だ。
こういうのは裏技が得意な久の領分だろうと、正攻法しかできない己の愚直さを呪う。
「もう風越に丸投げしてもいいんじゃないっすか?」
そんな中、桃子があっけらかんと口を開いた。
「おい、モモ……」
「それはさすがになー」
「どうせ次で終わりっすよ。さすがに長野一位の福路美穂子より上とは思えないっす」
どうやら京太郎の援護射撃をしているようだ。
「……………………」
何やら風向きが変わってきた事に、京太郎は土下座を維持しつつ『さすが大きなおもち持ち! がんばれ東横さん!』とエールを送る。
もし桃子の能力が『ステルス』ではなく『テレパシー』だったなら、この時点で望みは叶わなかったに違いない。
「……実はクリアしなければならない問題があってな」
しかし、それでもゆみは難しい顔を崩さなかった。
そもそも丸投げする事が困難な事を、最初から知っていたからだ。
「須賀君がこの学園内で打てたのは、ウチが弱小校だからだ」
「ワッハハ、校風も緩いしなー」
「部員80名を超す名門風越。そんなところの規則がウチ並みに緩いはずもない」
それこそ管理と言っても過言ではないだろう、と続けた。
「? 別にどっかの雀荘で打てばいいんじゃないっすか?」
「モモの言う通りではあるんだけどなー……」
と、元部長の智美も(表情はともかく)語尾を濁す。
「風越では雀荘へ行くのも部内活動の一環とされるらしい。つまりコーチの許可がいる」
「マジっすか!?」
モモが声を上げて驚くが、土下座したままの京太郎も同じく驚いていた。
しかし、多数の部員を抱える名門校では珍しい話でもないだろう。
「許可が取れたとしても、部活終了後では時間が遅い」
「時間っすか?」
「健全なノーレートの雀荘でも、保護者同伴でなければ高校生は18時までだ」
「ミッポが言うには、夜間外出とかにも結構うるさいらしいんだよー」
人数が多すぎて端まで目が届かない以上、規則で一人一人縛りつけた方が面倒がなくていい。
一部の馬鹿のせいで出場停止なんて事になったら目も当てられないのだから。
「だから正直、須賀君が風越女子と打つのは難しいと言わざるをえない」
風越女子麻雀部に友人でもいれば家を借りる事もできただろうが、京太郎にそんなコネはない。
「……………………」
ゆみの結論に、京太郎はくっと歯を食いしばるしかなかった。
どこかで躓くかもとは思ったが、僅か二校目にして頓挫するとは。
”あとは勝手に強くなれ。一番の近道は自分より強いものと打つ事だ、いろんな奴とな。経験こそが坊主を鍛えるだろう”
しかし正真正銘の化物がいる龍門渕へ挑むのは、『天江衣』と対戦経験のある者達と打ってからだと決めていた。
予選決勝卓大将『池田華菜』、そして長野個人一位の『福路美穂子』とはどうしても対局したい。そして勝ちたい。
この二人を諦めたら、『天江衣』に勝つ事など到底できはしないだろう。
そんな、師の教えを思い出しながら凄まじい葛藤を繰り返していると、
「それならウチら鶴賀の名前で練習試合でも申し込むしかないっすね」
またもあっけらかんとした声が飛んできた。
「む?」
「ん?」
「……え?」
モモの案に全員の目が集中する。
ゆみと智美の視線は若干ズレていたが、京太郎の視線だけはモモの目を捉えて離さなかった。
ステルス少女には新鮮すぎる視線だ。
「それでコイツも連れていけばいいんじゃないっすか? ウチらの身内として」
珍しい体験をさせてもらったのだから、多少融通しても構うまい。
さすがは『ステルスモモ』。
彼女と一緒ならばどんな厳重な場所にも潜入できそうだ。
「コイツが粗相しない様に、風越では私達で見張ってればいいっすよ」
「そう、か……。それならいけそうか……? 福路自身に協力してもらえばなんとか……」
「ワハハ。ミッポなら協力してくれるかもなー」
結局、この折衷案が決め手となった。
自身で手綱を握れるなら多少の誤魔化しも仕方あるまいと、ゆみは妥協する。
「うおぉぉ……ッ、あ、ありがとう東横さん!」
「勘違いするなっす。面倒事をとっとと片付けたかっただけっすよ」
「それでもありがとう!」
「ま、まあ、全力で感謝するんすね」
とかなんとか微妙にラブコメってる下級生二人を尻目に、上級生は行動を開始。
「とりあえず福路に電話してみよう」
「おお、ゆみちん覚悟をきめたのかー?」
即断即決がゆみの長所だろう。
すでに携帯を取り出している。
「……ああ。とても不安だが、風越までなら手を貸してやるさ」
「加治木さんもありがとうございます!」
しぶしぶながらの声だったが、京太郎は上機嫌で感謝した。
現金なものである。
「だがいいか! 絶対に不祥事を起こすなよ! とりあえず私達も監督役としてついていくが、絶対に私の傍から離れるな!」
「ありがとうございますありがとうございます! この須賀京太郎、絶対に加治木さんのお傍を離れませんので!」
「おおう、今度はゆみちんが須賀少年を口説き始めたなー」
「そんなっ、先輩浮気っすか!? 男なんて駄目っすよ!」
「東横さんは特にありがとう! やっぱ大きなおもちは優しさのバロメーターだった! 俺の理論は間違ってない!」
「ぎゃーー! コイツやっぱりただの変態っすよ!」
「んーー? なら私の事を冷血だと思っているのかなーー? 須賀少年はーー?」
「ヒィッ!? め、滅相もございません!」
「やかましい! 福路に連絡するから少し静かにしろ!」
とまあ、またも安いラブコメ展開を踏破しつつ、ゆみは美穂子へ電話をかけた。
「ああ、福路か? 私だ、加治木ゆみだ。しばらく……という程でもないが、久しぶりだな」
美穂子はメールも打てないくらいの極度の機械音痴なのだが、通話ボタンを押す程度はなんとかできるので幸いである。
「すまないが、実は折り入って頼みたい事ができてな。なんとか福路の力を借りたい」
簡単にではあるが、ゆみは美穂子へと説明した。
ここで京太郎にとって幸運だった事がある。
風越女子の元キャプテン福路美穂子は、男の理想をこれでもかと詰め込んだ、想像を絶する超絶良い子だったのだ。
そんな良い子が、頼ってきた友人を無碍にするわけもなく、一度電話を切って監督と交渉してくれるらしい。
一度電話を切り、そして15分後に再び携帯が鳴ると、
「そうか。すまない、骨を折らせてしまった。この埋め合わせは必ずしよう。……ああ、もしなにかあれば私が全責任を負う。では明日」
どうやら上手くいったようだ。
「福路に感謝するんだな、須賀君」
「じゃあ大丈夫なんですね!」
「ああ。コーチとどんな交渉をしたかは知らんが、明日の部活終了後、半荘一回だけなら許可してくれたそうだ」
「よっしゃあ!」
無茶な願いが叶い、京太郎はガッツポーズ。
「夜七時に風越正門前で……いや駄目だ。君は風越の三百メートル圏内に立ち入るな」
「えええ!?」
しかしすぐさま驚愕の悲鳴を上げる。
それではいったいどうやって風越で麻雀を打てばいいと言うのか。
この難問は一休さん以外には解決できないかもしれない。
「いいか? 十五分前には付近のどこかで待機していろ。待ち合わせしてから一緒に行くんだ。不審者と思われんよう制服でこい」
「あ、ああ、なるほど……」
だが、ゆみは頭がいいので解決策など直ぐに用意できてしまう。
「君の携帯をよこせ、番号を交換しておく。私が連絡したらすぐに出ろ。何かあったら必ず私に連絡するんだ」
しかも恐ろしく慎重だった。
「一緒に正門まで辿り着いたら外来許可証をもらいに行く。いいか? 私の傍から決して離れるなよ? 張り憑くぐらいでちょうどいい」
「う、うすっ」
「頼むぞ? 本当に頼むぞ? 私は推薦を狙っている。何かあれば破滅だからな? その時は君にも破滅してもらうからな?」
この念の押し様に、京太郎も酷く真剣な表情で答えるしかない。
信用してもられるならどんな事でもする覚悟だ。
「こ、この須賀京太郎におまかせあれ!」
ドンッと力強く胸を叩く。
「ほんとに頼むぞおおおおおおおお!?」
京太郎の胸倉を掴んで振り回す姿は、なにやらとてもテンパッていた。
「ワハハー。なんかゆみちん、初デートでどうしたらいいか分からない不器用な乙女みたいになってるなー」
「うぎぎぎぎぃ……、須賀ぁ……」
のんきな智美と桃子の歯ぎしりをBGMに、京太郎、まずは鶴賀を撃破。
鶴賀編 カン
「あ、そ、そういえばっす。その、す、須賀……君?」
「ああ、別に呼び捨てでいいぜ? 須賀でも京太郎でも好きに呼んでくれよ。同じ一年なんだし」
「そ、そうっすか。じゃあ、京太郎……京さんと呼ばせてもらうっすよ」
「なんでそんないきなりフレンドリー!?」
「ま、まあいいじゃないっすか、同じ一年っすし、清澄は知らない仲じゃないっすし、私の事もモモでいいっすし」
「なんかお前語尾おかしいぞ!?」
「そんなのいいから私とも番号交換するっすよ」
「番号? 携帯のか?」
「そうっす」
「別に構わないけど、なんだよいきなり?」
「私を完全に認識できる人間なんて多分日本に何人もいないっすから、とりあえず記念に」
「珍獣扱いかよ! でもまあ、おもちの大きな女子の番号だから問題なしだな」
「ぎゃーー! どう考えてもこいつ変態っすよ! こんなのに認識されるとかキモすぎっす!」
「酷い事を言うな! 俺のおもち理論が崩れるだろうが! そのおっきいおもちに謝れ!」
「サイテーっすよ! こいつ本気でサイテー!」
「ここが既に最高なんだ! これより上はないと知れ!」
「恐ろしい生き物っす! やっぱ男は駄目っす! 先輩助けてーー!」
もいっこ カン