「リーーーーチ!」
京太郎渾身の気合入れリーチ。
{五五五⑨⑨⑨1222白白白} 打{六}
危険牌の{六}を強引に叩き切る。
「ポン」
そして間髪いれずに鳴かれる。
「「「ッ!?」」」
京太郎と咲、そして優希の三人は、和の発声に驚いた。
(和の奴まだ張ってなかったのかよ!?)
京太郎の心の叫びは咲と優希、二人と全く同じ困惑である。
しかし、直後河へ出された{一}に、咲と優希は疑問を氷解。
「({三一}落としって事は、咲ちゃんが槓するまで{二}待ちだったのかぁ)」
「({白}通ってたんだ……いやいや、そんなの関係ないよ。鳴いてたかもしれないし……でもそうなると私のアガリが先だったかな?)」
(でも{六}通ってラッキー! これ絶対にアガれるぞ! 何切っても振らなかったし、間違いなく神様がアガれって言ってるわ!)
一人だけ温度差の激しい京太郎はさておき、{六}を鳴いた和の手牌はこうである。
{七八八九} {横六六六} {横発発発} {横中中中}
みっともない中膨れの{八}待ち。
デジタル雀士としていかがなものかとも思うが、{六}を迷いなく鳴いた和は一瞬にして考察を終えていたのだ。
――須賀君は優希のリーチに全ツッパでした。最初からドラが固まっていたんでしょうね。しかも大三元が恐くないからリーチ――
恐ろしい事に、京太郎がリーチと言った瞬間ドラの{⑨}と{白}が暗刻だと看破。
――{八}を切ってから{六}の切り出しが遅すぎます。ゆーきの手牌から{六}は純カラ。{六}切りな以上{四}の重なりがなく{五五六八}からの{八}切りが濃厚――
さらには優希への手牌読みを土台に京太郎の牌姿予測を深めていく。
――{五}も暗刻。{四}は三枚咲さんか山。{二六九}が純カラで{三}三枚、{八}三枚、{七}二枚が見えてます。萬子待ちの可能性は低い――
同時に咲の手格好も読んでいった。
――{③}対子落としは危険牌を引いたから。あの大袈裟な反応ならば{白}でしょうね。大好きな咲さんを私が見誤るはずありません――
絶大な自信はもはや病みレベルである。
――右三番目から{③}が出てきました。多分右の二つは{②②}。左三枚は配牌から動きませんので間違いなく配牌暗刻の字牌です――
ジュニアミドルチャンプにして、インターハイ優勝チームの副将原村和。
その『読み』たるや下手なプロを軽く凌駕するのだ。
――嶺上牌を右端に置きました。{②}が暗刻。きっと牌姿は{二}暗槓の{②②②四四四西西西}で、四暗刻{白}単騎。凄いです咲さん――
凄いのは『のどっちモード』の和だった。
――ゆーきの手牌に索子の下はありませんし、須賀君の本命は{123}辺りでしょう。筒子の上はやや危険と言ったところですね――
『気合入れ』などという京太郎が不用意に行った『リーチ』により、三人の牌姿は一瞬で看破されてしまった。
――索子の下を引くまではオリる必要ありませんし、ゆーきとは同テンのめくり合い。ならば{六}を鳴いてテンパイにとります――
ここまでが、京太郎のリーチ宣言から鳴くまでの、デジタル天使の思考である。
期待値の計算のみでなく、常人とは一線を画す遥かな高みで稼働する演算能力は、原村和の唯一の武器にして最高の防具でもあった。
「東三局でもう『のどっちモード』とか勘弁してほしいじぇ……」
「泣きごとを言ってる暇があるなら早くツモってください。いいかげんにしないと本当にゲンコツですよ?」
「ゲンコツも嫌だけど、役満くらうのはもっと嫌だじょ……」
あまり頭のよろしくないタコスガールは無駄ヅモをツモ切り。
「(京ちゃんもリーチ掛かっちゃったし、そろそろオリ時かなぁ)」
咲も引いてきた安牌をツモ切る。
「一発はないけどツモっちまえ!」
高め役満テンパイにドキドキの京太郎はツモ山に手を伸ばす。
しかし無駄牌の{⑦}。
「あー駄目だぁ、和の一発消しでツキも一緒に消えたかもしれね~」
期待が大きかっただけに思わず愚痴る。
「そんなオカルトありえません」
「そうだじぇ。京太郎が即ヅモなんてオカルト、あるわけねえじょ」
「なんで俺が即ヅモしたらオカルトなんだよ! 別に俺が即ヅモしたっておかしくないだろうが!」
「「「え……?」」」
「なんで咲と和まで驚いてんの!? しまいにゃ泣くぞ!」
「冗談です」
「冗談だじょ」
「冗談だから泣かないでね、京ちゃん」
「君達どんどんタチが悪くなっていきますね!?」
京太郎がヤケクソ気味に強打する姿に女子三人が軽く頬を緩ませつつ、十二順目の和、ツモ{七}。
{七八八九} ツモ{七} {横六六六} {横発発発} {横中中中}
一瞬の淀みなく{九}を切った。
{七七八八} 打{九} {横六六六} {横発発発} {横中中中}
これが最終形。ホンイツトイトイ{発中}の跳満、12000点。
当たり牌の{二}を槓され、一時はアガリ目なしとなったにも拘わらず、僅か数順でさらに高打点で復活。
中学生大会とはいえ、全国一位とは技術だけで獲れるものではない。
持って生まれた強運と高い技術。その二つが見事に融合しているからこそ、和は世の魔物達と対等以上に渡り合えるのだ。
そして逆に、京太郎は運と技術をミックスさせる感性に乏しかった。
和が今ツモった{七}。もしも{1}を切ってリーチしていれば、京太郎は和に食い流される事なく一発でツモアガっていた。
”坊主に至っては、わざとアガれない待ちを選んでいるとしか思えんな”
まさしく、何度もアガるチャンスがあったこの局で、京太郎は全ての裏を選択してしまったのだ。
「この待ち引けないのはショックだじぇ……」
優希、{5}ツモ切り。
「あちゃー、もう駄目だ。悔しいけどオリるよ」
咲、京太郎の当たり牌である{1}を引かされ、暗刻である{西}を切る。
和の鳴きがなければ優希が打ちこんでいた{1}だった。
「山にいるはずだろ、ツモれ――あ」
そして、十三順目、京太郎ラス牌の{八}を掴まされる。
「……………………」
京太郎の読みでは100%振り込む牌。
リーチしている以上、アガリ牌でなければツモ切るしかない。
京太郎は恐る恐る河に置いた。
「それだじぇ! ロン、高めだ!」
「残念でしたね、ゆーき。ロン、頭ハネです」
「じょおおおおおおおおおおお!?」
ダブロンなしのために上家取りされた優希は、そのまま力尽きるように卓へ突っ伏す。
だが、本当に倒れたいのは京太郎の方だった。
人生初の『親ッ跳拒否』なんて真似をし、人生初の四暗刻単騎をテンパイする事ができた。
アガれると思った。アガる為に力を振り絞った。
けれどアガれなかった。
アガれない役満などまさに絵に描いたモチだ。何の意味もない。
初めて皆に一矢報いる事ができたはずなのに、全て水泡に帰してしまった。
京太郎の頭がグラリと揺れる。
「跳満ですので、12000です」
「……………………」
「……須賀君?」
アガれなかった手牌を見詰めたまま身動きが取れない。
「どうかしたの、京ちゃん?」
そんな京太郎の顔を、咲が覗き込んだ。
「お、おおう!? い、いや、なんでもねえぞ!」
「そう? なんかボーっとしてたけど?」
「いやいや、ホントなんでもねーから! あ、12000だっけ? いやーやっぱ和は強ぇーわ」
我に返った京太郎は慌ててバタバタ手を振り、和へ点棒をし払う。
「いえ、最後の{八}は偶然です。誰が引いてもおかしくありませんでしたし、須賀君の当たり牌が先にいた可能性もありました」
「ア、アハハ。そっか、俺がアガる可能性もあったかぁ」
「ええ、確率的には須賀君のアガリの方が上だったと思います」
そうだろうか? 本当にそんな可能性はあったのか?
今までで一番頭使って打った実感もあるし、絶対にアガれるって俺も確信してたんだぞ?
これでアガれないなら、じゃあ、いつならアガれるんだ?
京太郎の心に澱の様なものが溜まっていく。
「どーれ、京太郎。お前はどんな手でリーチしたんだじぇ」
そう言って、対面から優希が手を伸ばしてきた瞬間――
「やめろ! 見るんじゃねえ!」
「ヒッ!?」
――怒鳴り散らして牌を伏せてしまった。
「ぁ……、ス、スマン」
いきなりの大声に驚く優希へ反射的に謝罪しつつも、京太郎はガシャリと手牌を崩し河とかき混ぜる。
優希は驚くというより怯えていたようだったが、手牌を確認できないようにする事の方が遥かに優先度が高かった。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「きょ、京ちゃん? ど、どうしたの?」
一瞬で気まずい空気になってしまった空間。
しかしそんな中、欠片も躊躇わずに咲が口を開いた。
おそらく滅多にない姿を見せた京太郎への疑問の方が強かったのだろう。ポカンとした顔で問う。
「あー……いや、その、スマン。いきなり大声上げちまって、優希にも謝るわ。ほんとゴメン、優希」
「う、べ、別にいいじぇ……」
「あーあれだ、その……恥ずかしくて見せられなかった……」
「「「恥ずかしい?」」」
京太郎はしどろもどろになりつつも謝罪した。
皆大事な仲間で友達だ。
こんな八つ当たりみたいな事でケンカなんてしたくないし、これからも仲良くやっていきたい。
だから自分の非を認め素直に口にする。
「俺のさっきの手、実はな……」
「「「……実は?」」」
「ノーテンだった……」
だが、出てきた言葉は全くのデタラメだった。
「「「は?」」」
「よく見たら張ってなかったんだよ! あんなにツッパっといてノーテンリーチとか恥ずかしすぎて見せらんねーよ!」
何故だろうと思う。
ワザとらしくおどけながら言い訳するも、京太郎にもどうして自分が嘘を吐いたのか分からなかった。
「「「……………………」」」
「……な、なんだよ、その呆れたような目は?」
「実際に呆れてんだじぇ! ド素人か! 特訓はどうした!」
「もう、脅かさないでよ京ちゃん。間違える事なんて誰にでもあるんだから」
「そうですね。切り間違いや見間違いを0%にする事はできませんから」
『恥ずかしい』は合っている。
『恥ずかしいから見せたくなかった』も合っている。
けど、張ってた手は『四暗刻単騎』の役満だ。凄い手だ。
決して『ノーテンリーチ』なんていうショボイ上にみっともない手なんかじゃない。
「特に今の須賀君のレベルでは無理もありません。これから一緒に練習して強くなればいいんです」
「ぁ……」
そして京太郎は気付く。
なんて事のない和の言葉。
「うん、大丈夫。頑張れば京ちゃんだって強くなれるよ、私がそうだったわけだし」
「しょーがないから、この優希様が弱っちぃ犬を全国レベルまで引き上げてやるじぇ。お礼はタコスでいいじょ」
咲と優希の言葉。
ありがたい話だ。
弱い己を皆で鍛えてくれて、全国へ行けるほど強くしてくれるらしい。
別に上から目線だとは思わない。実際に自分は弱いのだ。
大事な仲間達は良い奴らばかりだから、きっと心の底から『京太郎』の力になろうとしているのだろう。
そう、『初心者で、麻雀をよく知らなくて、すごく弱い京太郎』の為に。
「おー、頼むわ。だがタコスは断る。じゃ早速続き打とうぜ。東ラスで和の親からだっけ?」
――でももう俺は初心者じゃない――
「ええ、ではサイコロ回します」
――弱いのは知ってる――
「最後の東場だから気合入れてくじぇ!」
――みんなと差があるのも理解できてる――
「なんで優希ちゃん、この元気が南場までもたないんだろう……?」
――けどちゃんとおまえらと戦えるはずだ、俺はちゃんと強くなっている――
京太郎の内に芽生えていたのは闘争心だ。
弱いままだと思われている事に我慢できない。気遣わなければならないと、そう皆が思っている事が許せない。
先程恥ずかしかったのは、アガれると確信した手をアガれなかった事。
ミスもしたが相手と場をきちんと読んで、運も引きこんで、アガれると確信したのなら、手牌を晒すのはアガった時だけだろう。
ノミ手だろうと役満だろうと、アガれなければノーテンと同じ。
つまりあの四暗刻単騎はノーテンと同じなのだ。
そんなのを晒して、『四暗刻単騎張ってたんだ、すごいね京ちゃん』なんて言われた日には羞恥と憤怒で爆発しかねない。
子どもの頭を撫でるような真似など許して堪るものか。
京太郎は本日、雀士としての一歩を踏み出した。
相手が自分より強い事を認めても、負けまで認めたりはしない。
――みてろよ、オーラスまでにひっくり返してやるぜ――
そして、京太郎が雀鬼へと変貌する原因となった、運命の東四局が始まる。
現在持ち点
優希 31300
咲 29600
京太郎 2800
和 36300
東四局0本場 親和 ドラ{八}
絶対に挽回すると気合を入れた北家の京太郎は、この東ラスでのスタンスを決める。
(残り2800点しかねえからな。ここは凌いで優希の力が弱まる南場で勝負だ。とにかく1000点でもいいから早い手を作る)
南場に入れば勝機はあると、トばされる前に死に物狂いで親を蹴る覚悟。
そしてもらった配牌はこれだ。
{二五六七九①②⑨29東西白}
(なんじゃこりゃ!? とてもアガれるとは思えねえよ!?)
シャンテン数を数えるのも馬鹿馬鹿しい程の、目を覆いたくなるような配牌。
{二五六七九①②⑨29東西白} ツモ{発}
しかも第一ツモは{発}だった。
(おお、もう……。どうせなら九種九牌にしてくれよ……)
八種しかないので、九種九牌で流す事もできない。
(こうなったら役牌大事にして重ねるしかねえな……)
それでも諦めずになんとか生きる道を探り、牌を切る。
{二五六七九①②⑨2東西白発} 打{9}
(もし流局しても一人ノーテンならトんじまうからな、全力でテンパイを目指すぜ!)
東四局、京太郎は第一打{9}でスタートした。
そして場は進み七順目。
「チー」
咲が上家の優希から{⑨}をチーする。
(チー? ポンやカンはよくするけど、咲がチーから入るのは珍しいな……)
京太郎は咲の捨て牌に目を向けた。
(ん~、筒子に染めてる風でもないし、チャンタかイッツーか役牌……いやいやコイツには嶺上開花って役があったわ)
そして読むのは不可能と判断。
嶺上開花が常時計算に入るなど、もはや麻雀とは何だったのか。
(んでもって優希は索子のホンイツまっしぐら。和はタンピン系っぽい……?)
中盤に差し掛かり、捨て牌から色々と情報が零れてくる。
京太郎は両目に小さな碧の火を灯らせ、皆の手を推測し始めた。
そんな京太郎は未だ三シャンテン。
{五六七七九①②②④東白白発}
なんとか{白}を重ねるも河に一枚切れ。{東}も一枚切れの上、{発}はすでに二枚切れだった。
しかし、咲の鳴きで東が流れてくる。
{五六七七九①②②④東白白発} ツモ{東}
これで役牌が二つ重なった。
(うおっ、ナイス咲! これで{白}か{東}のどっちかが鳴ければアガリも夢じゃねえぞ!)
咲に喝采を送りつつ、打{④}。
面子は足りてるので、安全そうな{発}を残す。
そして八順目。
{五六七七九①②②東東白白発} ツモ{②}
すごく、{②}。
(お見事! 咲のツモはほんとお見事だわ! こんな生き生きとしたツモならそりゃいくらでも勝てますよ!)
咲のツモ筋になった途端{東}が重なり、さらに{②}が暗刻る。
あのボロボロの配牌が八順でイーシャンテンになったのだ。
京太郎は咲のツモ運に嫉妬しつつも、ホクホク顔で打{①}。
{五六七七九②②②東東白白発}
しかしラッキーはここまで。
「リーチ」
九順目、下家の和から親リーが飛んできた。
(ヤッベ! 親の和にツモられたらトんじまうぞ!?)
京太郎はビクリと肩を震わせつつ、和の捨て牌に視線を飛ばす。
(二順目にダブ{東}切って索子を{821}で整理。萬子バラ打ちで{⑤}切りリーチ……、ピンフ手なら{①④③⑥⑨}は切れねえな)
碧に燃える瞳で必死に待ちを読んだ。
これが惜しいところまで当たる。
和の八順目までの手牌。
{三三四四五五④⑤⑤⑥⑦⑦⑧}
このイーシャンテンから{⑦}をツモり、
{三三四四五五④⑤⑥⑦⑦⑦⑧} 打{⑤}
打{⑤}でリーチ。
「(私の待ちは誰も持っていません。山に生きてる枚数は残り九枚、三順以内に確実にツモりますね)」
{③⑥⑨⑧}の四面待ちリーチである。
「(ダマツモでは須賀君がトばないので私のトップが確定しません。ここはリーチして満貫ツモを狙います)」
ツモを確信して即リーした和は、京太郎をトばす気満々だった。
デジタルの天使は心もデジタルなのだ。
そして南家の優希のツモは生牌の{北}。
{4556678中中中南南南} ツモ{北}
なんと、優希は僅か八順でメンホンをテンパッていた。待ちは{58}。
京太郎がこれを見たら発狂しかねなかった。
「(ぐぬぬぬ……、{北}は生牌だじぇ。のどちゃんには通るだろうけど咲ちゃんには危険牌。カンされたら死ぬじょ……)」
槓されて死ぬとはどういう事か。
まるで槓したら必ずアガれてしまうみたいではないか。
「(でも{8}はのどちゃんの現物。咲ちゃんと京太郎がすぐ出してもおかしくない。最後の東場だしここは勝負だじぇ!)」
生牌とはいえ、オタ風の字牌を歯を食いしばって強打。
清澄の麻雀に救いはない。
「ポン」
「ヒィッ!?」
そして咲がポン。
オタ風の{北}を鳴いて{東}を切る。
「び、びっくりしたぁ……。ポンでよかったじょ、カンだったら心臓止まってたじぇ……」
「大げさだよ、優希ちゃん……」
胸を押さえる優希の姿に呆れかえる咲だったが、京太郎も胸を押さえてビビリまくっていたので全然大げさじゃなかった。
(カンじゃなくてポンか……、でもすぐ{北}カンして嶺上ツモっちまいそうなんだよな……)
京太郎は顔をしかめつつも、最後まで足掻く。
「その{東}ポン」
そして安牌の{発}を切った。
{五六七七九②②②白白} 打{発} {横東東東}
ドラの嵌{八}待ち。
どう考えても出ない待ちだが、それでもクソ配牌からなんとか辿り着いたテンパイだ。
(和はリーチしてるし、掴めば出る。ギリギリまで待って、筒子引いたら{白}切ってなんとか回ろう)
京太郎は自身にできる全てで精いっぱい頑張っていた。
十順目、和は不要牌の{①}をツモ切り。
次の優希。
{4556678中中中南南南} ツモ{⑥}
和のアタリ牌である{⑥}を掴まされてしまう。
「(ぐえ……、とんでもないのが食い流れてきた……これはさすがに切れねえじぇ……)」
泣く泣く現物の{8}を切り、{⑥}筒単騎に受けた。
{⑥455667中中中南南南} 打{8}
とりあえず仮テンにとり、{⑥}周りを引いてきて二面待ちにしようと画策。
ここら辺の押し引きをきちんとするあたり、清澄高校先鋒として全国のエース級達と鎬を削っただけの事はあるといえよう。
そして咲。
引いてきた{②}をツモ切り。
「(うん、次だね。次のツモで{北}を引いてきて、嶺上で{七}をツモアガリだよ)」
自身の超感覚が次順のアガリを確信し、現物{⑤}のスジを追った。
もはやただの超能力者である。
(あ~やっぱ誰も出さねえかぁ。ここでスルッとドラの{八}引いてこねえかなぁ……)
祈る様に山へと手を伸ばす京太郎。
しかし。
(……ん? 待て、ちょっと待てよ!?)
山へ手が触れる前に気がつく。
(咲が捨てた{②}……、でも親がリーチしてるのにそんな馬鹿な事していいのか……?)
悩んだのは一瞬。
(いや、和のアガリは阻止できないかもしれないけど、咲のアガリなら確実に阻止できる!)
両目に宿る碧の火が、ボッと炎へと噴きあがった。
「カンッ!」
京太郎は咲が捨てた{②}を大明槓。
{五六七七九白白} {横②②②②} {横東東東}
通常、親がリーチしている状況で大明槓などありえない。ドラを増やして喜ばれるだけだからだ。
「ぇえ!?」
「うはっ、よくやった犬」
しかし、それは通常の麻雀だった時の話。
超能力者がいる時点で、この卓は麻雀とは違う競技へと変貌しているのだ。
今度は咲が驚き、目を見開く。
優希は喝采を上げた。
{五六七七九白白} ツモ{七} {横②②②②} {横東東東}
咲の感覚通り、嶺上牌は{七}。
(これか! この{七}が咲のアタリ牌!)
京太郎はニヤリと笑い、チラリと咲に目を向ける。
驚いて目を丸くしている姿に、
(どうだ! 一泡吹かせてやったぜ!)
と満足感が広がった。
(これで{九}を切れば、{白四七}の変則三面待ち! 咲とは同テンだ!)
ツモってきた{七}を手の内に入れ、{九}を掴む。
(咲のアガリを止めてやった! どうだ! 俺だって強くなってんだよ!)
そして満面の笑みで河へ放った。
その瞬間。
「「「ッ!?」」」
優希と和も感じた凄まじい重圧。
嶺に咲く花へ無邪気に手を伸ばした瞬間その腕を掴まれ、体ごと引っこ抜かれたと思った刹那には抜き手で心臓をぶち抜かれている。
「か……は……」
京太郎はあまりの出来事に呼吸ができなくなった。
「……カン」
この世のものとは思えない闇色の声。
咲は京太郎が切った{九}をさらに大明槓する。
「ツモ。嶺上開花」
そしてごく当たり前のようにツモアガリ。
己の支配領域に土足で入ったものを許す筈もなく、逆鱗に触れた京太郎を一撃で即死させると、そのまま投げ捨てた。
「ドラドラで6400」
責任払いで京太郎がトビ、咲のトップが確定した。
咲のアガリ形はこれ。
{八789} ツモ{八} {九九九横九} {横北北北} {横⑨⑦⑧}
そして京太郎が大明槓する前の咲の手牌はこうだ。
{八九九九789} {横北北北} {横⑨⑦⑧}
{七八}待ちのチャンタ三色ドラ一。ドラの{八}では役無しでアガれず。
しかし、魔物にそんなものは関係ない。
普通の人間が小細工をしたところで強引にアガリをもぎ取ってしまう。だからこそ魔物。
「はぁ、びっくりしたぁ。京ちゃんいきなりカンするんだもん」
「……………………」
「さ、咲ちゃんキツすぎ、というか恐すぎだじぇ!」
「偶然の嶺上開花とはいえ、全国優勝してからの咲さんのアガリは何か貫禄が出てきましたね」
トんだ京太郎はまるで動けず呆然自失の状態だ。
「そ、そんな事ないよ。一瞬やられたって思ったし、運がよかっただけだよ」
「……………………」
「いーや。最後のカンでぞわ~ってなった。まだトリハダやべえじょ」
「そういえば少し寒気がしました。汗をかいて冷えたのかもしれません」
してやったと思った瞬間にトばされたのだ。当然だろう。
女子三人が騒ぐ中、京太郎は自問自答を繰り返していた。
(なんだこれ……。こんな事ってあるのか?)
初心者を脱し、意気揚々と臨んだ対局。
(俺は咲のアガリを阻止したと思った。いや実際にアタリ牌を止めた。なのになんでいきなり振り込んだんだ?)
しかし終わってみればいつも通り。
(これが本当に麻雀なのか? 俺だけみんなと違う事してるんじゃないのか? 全然理解できない……)
一回アガる事さえもできなかった。というか、南場へ突入する事すらできずにまたトばされてしまった。
(こんなに? こんな、全く理解できない程に差があんのかよ?)
一週間前より10倍強くなった実感はある。
だが、100倍の差が10倍になったところで、咲達が遥かに強い事に変わりはない。
「京ちゃん?」
「どうかしましたか、須賀君?」
――ナンデ普通ニ話ス事ガデキンダヨ――
「オイ、死んだのか? いい加減目を覚ませ、犬」
「お、おお。大丈夫、起きてるぞ」
――優希ト和モサッキノ見タダロ?――
「まあ咲ちゃんの必殺技くらったからな、生きてるだけで儲けものと思え」
「やっぱ必殺技だったか~。確かに殺されたかと思ったわ」
――アレ見テ何トモ思ワネエノカヨ?――
「実際にトんでライフ0になってるじぇ!」
「必殺なんだろ? インターハイで何人殺したんだ、咲のやつ」
――コイツラ三人共バケモンダ――
「もう京ちゃん!」
「麻雀に必殺技なんてありません」
――追イツケル気ガシナイ――
終局
優希 31300
咲 37000
京太郎 -3600
和 35300
この後、京太郎は普通に帰った。
「さすがに五日間の特訓じゃまだ勝てなかった。というわけで今日も特訓してくるわ」
「五日特訓してノーテンリーチとか、ほんとに特訓してるのか」
「うっせ。メチャクチャがんばってるっつーの」
「ほんとか~?」
「師匠が宮崎帰っちまうまで、練習できるのあと四日しかねえんだよ。怠けてられるわけねーだろ」
「京ちゃん、その師匠って誰なの?」
「あ、それ私も興味ありますね」
「絶対に内緒だ。お前らに勝ったら教えてやるよ」
「じゃあ一生知る事ができねえじょ」
「言ってろ。んじゃまたな~」
「うん、またね。京ちゃん」
「さようなら、須賀君」
「四日経ったらちゃんと帰ってくるんだじぇ。帰巣本能を忘れるな」
「犬じゃねえよ!」
こんなやり取りの後、少々早いがそのままバスに乗り、師匠の元へ向かう。
いつものようにバスを降りて、いつものように自販機へ寄り、いつものように酒を二本買ったあと、いつものようにチャイムを押した。
「…………どうした坊主」
「じじょう……ッ、俺をもっどづよぐじでぐだざい……ッ」
京太郎、雀鬼への道を踏み出す。
プロローグ カン