【完結】京‐kyo‐ ~咲の剣~   作:でらべっぴ

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「咲の剣」

運命のオーラス。

全員が1本場に進む事はないと確信し、衣のラス親がスタートした。

 

 

南四局0本場 親衣 ドラ{①}

 

 

なんと小蒔と照、共に三順でイーシャンテンという超速の手牌。

 

小蒔手牌

 

{①①①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑨西}

 

しかも小蒔は筒子なら九種、何を引いても九蓮宝燈テンパイという凄まじさ。

 

照手牌

 

{七八567⑥⑦北北北白白白}

 

照は、{六七八九⑤⑥⑦⑧}の八種を引けばテンパイ。

異常な速度で多面受けイーシャンテンを手に入れた二人は、やはり正真正銘の魔物と言えるだろう。

 

(くっ、上家の宮永照はまだしも、対面の神代小蒔から噴き出す運気が尋常ではない……っ)

 

しかし、オーラスにより極限まで集中力の高まっている衣は即座に危険を察知。

 

(だが舐めるな!)

 

瀑布が如き怒涛の水。

衣は己が支配に持てる力の全てを注いでいく。

それはここから照と小蒔の、長いイーシャンテン地獄が幕を開ける事を意味していた。

魔物二人を強引に、力尽くで卓ごと海底へと叩き落とし、超絶な水圧で封じ込めた衣。

強者故に満ツモ、もしくは8700以上の直撃条件ではなく、出アガリ可能な跳満を目指す彼女の手は脅威的な伸びを見せる。

 

衣三順目の手牌

 

{一二八九34489東南南中}

 

これが七順後には、

 

{八九九44488南南南中中}

 

この形。十順目で四暗刻イーシャンテン。

二体の化物を封じ込めつつ、さらに得意の高打点麻雀を維持する。

天江衣もまた化物の一人である事の証左だ。

しかし、その支配も六順で力尽きた。

さすがに照と小蒔、自身と同クラスの化物二人を抑えきるのは無理だったのだろう。

 

「ふっ!」

 

北家の照の十順目のツモ番、四順から九順の間に貯めた力で一気に水を吹き飛ばしテンパイ。

 

{七八567⑥⑦北北北白白白} ツモ{⑧}

 

照は{⑧}を引きこむと、瞬時にアガり枚数と安牌を選択する。

 

({七}と{八}は山に一枚ずつ、だけど{六九}は山に六枚眠ってる。{北}も{白}も完全安牌。……勝った)

 

流れるように、打{白}。{六九}待ち。

アガリトップである以上、当然ダマテンに受けた。

 

(化物めっ、衣の支配を何度力ずくで破れば気がすむ! しかし勝つのは衣だ!)

 

化物なのはお互い様だというように、十一順目開始直後、衣が{中}を引きテンパイ。

 

{八九九44488南南南中中} ツモ{中}

 

そしてノータイムで{八}を切り捨てた。

{九}同テンの{8}シャボ。出アガリ親っ跳、ツモり四暗刻の、文句なしの逆転手である。

 

({8}は場に一枚、{九}は山に丸々生きておる! 残り三枚、必ず引いてみせる!)

 

しかし、ここで衣が{八}を切ったという事は、照がミスをしたようにも見える。

もし一手前に{白}切りではなく、{七}切りの{八}単騎に受けていたなら衣を打ち取っていた。

だがそれは仮定の話であり、もし{八}単騎にしていても、感覚が鋭敏になっている衣はおそらく{九}切りで回避していただろう。

所詮はIFという事だ。

 

(あと一手……頼む、こい!)

 

水面下でそんな激しい攻防が行われていた十一順目。この時、京太郎もまた起死回生の四暗刻イーシャンテンだった。

本来なら序盤で照か小蒔のアガリによりトんでいた筈の京太郎。

彼の命をここまで繋いだのは、皮肉にも衣のイーシャンテン地獄である。

前局の衣との共闘が、最悪である筈の支配を有利に作用させたのかもしれない。

 

{222赤555①②②発発発中} ツモ{六}

 

が、ツモったのは{六}。

一発で照のアタリ牌を掴まされた。

{中}は生牌、筒子は小蒔に恐ろしい。{六}は無スジだ。

もう既に十一順目の今、誰が張っていてもおかしくはない。

京太郎には化物達に匹敵する脅威的な『目』があるが、照と小蒔は三順以降ツモ切り。

さきほど照が一枚手替わりしたのみなので、京太郎の武器である読みが十全に発揮されない状態なのだ。

絶体絶命とはこの事か。

 

(……いや、間違いなくこれだ。この{六}を切ったら即死する……)

 

しかし、まだ武器はある。強者達と戦えるようにと師から贈られた、生死の牌を直感できる『鏡』が。

化物三人との最後の一局。

両目から碧の炎が噴き出しっぱなしの京太郎もまた、その感覚は研ぎ澄まされていた。

彼の読み、第六感、そして指運は、{六}が運命の牌だと満場一致で告げている。

 

”馬鹿め、後ろに下がるな。追撃されてじり貧になるだけだ。前に出て躱せ”

 

一週間前の京太郎なら即死していただろう。

 

(前に踏み込め!)

 

もっとも、一週間前の京太郎ならだ。

 

{222赤555①②②六発発発} 打{中}

 

京太郎、魂を投げ出すかのような打{中}。

 

(おのれっ、入り目を打たれた!)

(……止められた、かな?)

 

一手前の衣のツモが{九}か{8}なら18000直撃で死んでいた。

衣と照、二人の隙間を縫うかのような超暴牌。

 

(通った! あとは{②}を引きこんで{六}単騎に受けるだけ! ドラの{①}は死んでも通す!)

 

そして下家の小蒔のツモ。

 

{①①①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑨西} ツモ{⑤}

 

照より一順遅かったが、小蒔もとうとう衣の支配を打ち破り、待望の筒子。

僅か一周で化物三人がテンパッた。

 

(ぐっ、神代小蒔も衣の支配を突破したか……っ)

 

テンパイを察した衣は顔を歪めてしまう。

小蒔の体から尚一層噴き上がる気勢。

 

「リーチ」

 

{西}を河へと並べ、自動九蓮製造機と化している小蒔は決められたプログラムに従うかのようなリーチ。

 

小蒔 リーチ(-1000)

{①①①②③④⑤⑤⑥⑦⑧⑨⑨}

 

{⑤⑨}待ち。(残りの{⑤}は二枚とも{赤⑤})

{⑨}で九蓮宝燈、{赤⑤}をツモればリーチツモチンイツドラ4の三倍満。

安目はツモ条件、もしくは照直撃なら文句なく逆転である。

しかも、裏表示牌が{④⑧⑨}なら数え役満なので安目出アガリでも条件を満たしてしまう。

 

(小蒔ちゃんが勝ちましたね)

(勝ったですよー)

({⑨}はドラ表示牌に一枚。けど残りの待ち三枚は山です。これは引きます)

(……南一局と同じ、いつものように姫様がツモるパターン)

 

小蒔の後ろで見ていた霞、初美、巴、春の六女仙が確信する。

しかし、ここで歓喜の声を上げる者がもう一人いた。

 

(きた! 他家からのリーチ棒! これで逆転への道が開けた!)

 

京太郎である。

たしかに、場へ1000点棒が出た事により、照へと役満を直撃すれば微差でまくれる。

だが、京太郎の手で役満を直撃させるには四暗刻単騎にするしかない。

運よく{②}を暗刻らせたところで、{六}は照と同テンだ。実質、トップ目の照への直撃は不可能となった。

十一順目の照は、無駄ヅモである{西}をツモ切り。

小蒔のリーチ宣言牌なので安牌である。

そして場は十二順目へと突入する。

ちなみに、現時点での全員の持ち点と手牌はこうだ。

 

十一順目終了時点。ドラ{①}。場にリーチ棒1本(1000)

 

小蒔 19300  {⑤⑨}待ち

{①①①②③④⑤⑤⑥⑦⑧⑨⑨}

 

照  47200  {六九}待ち

{七八567⑥⑦⑧北北北白白}

 

衣  32500  {九8}待ち

{九九44488南南南中中中}

 

京太郎  0  イーシャンテン

{222赤555①②②六発発発}

 

 

運命の十二順目。親の衣に、もう一度たりともツモ番が回ってこない最後の順目。

照と同じく、衣も引いてきた無駄ヅモである{西}をツモ切りする。

小蒔から始まった三者連続の{西}打ちは、三人の力が拮抗している為に違いない。

では拮抗していない者のツモはどうなのか?

十二順目の京太郎のツモ番。

ここで京太郎は、凡人にはどうしても越えられない壁の存在を知る。

 

{222赤555①②②六発発発} ツモ{赤⑤}

 

なんと、照に続きまたしても一発で小蒔の当たり牌を引いてきてしまったのだ。

 

「ヒッ!?」

 

京太郎は見た。

先程照と衣の攻撃をかわし、まだ戦えると闘志を燃やした矢先に、横合いから巨大な龍が顎を開けて迫ってくるのを。

 

”その鏡は餞別だ。えらくショボイが、坊主の身を守るくらいはできるだろう”

 

「くあっ!」

 

京太郎はとっさに両手を重ね合わせると、手の中の小さな鏡を前へと突き出した。

そして全身で踏ん張った直後に凄まじい衝撃をうける。

 

「うぐぅっぅぅぅ……」

 

鏡の斥力によりなんとか龍の突進を防ぐも、手のひら大の小さな鏡はビシビシとひび割れていく。

鏡が砕ける時、それは京太郎の心が砕けた時だ。

 

({赤⑤}は駄目だ絶対駄目だ死しかない! ならどれだ{六}は打てない筒子も打てない他の暗刻を切ったらこの手は死ぬ死んじまう!)

 

許容量を超えた心理的圧迫に、京太郎は折れる寸前である。

『牌に愛された子』の一人、神代小蒔から向けられたのは絶対強者の圧力。

 

(神代小蒔は出アガリ役満ツモ三倍満に倍直条件そうだよ俺からなら役満以外は見逃すいやほんとにそうか?あの自動操縦状態で?)

 

なんとか思考をまとめようとするもまるで纏まらない。

 

(もし二着確でもアガったらどうすんだよまてまて第一役満じゃない保証もないどんな手だ?え?九蓮?九蓮宝燈?なんだそれ!)

 

ガチガチと歯が鳴り始めながら防ぎ続けるも、小さな鏡はボロボロと崩れていく。

 

(おかしいおかしいおかしいおかしいそんなのおかしいだって九蓮ってアガったら死ぬらしいぜ?え?神代小蒔死んじゃうの?嘘?)

 

思考がおかしな方向にループしだした京太郎は、右手にあるツモってきた{赤⑤}を見たままピクリとも動かない。

そんな京太郎を見詰める者もいる。

 

(もう筒子は打てん。この手は詰みだ。が、随分と長考しているな……諦めきれないか……)

({六}が先に出ちゃうかな? ま、がんばったとは思うけどねー)

(……この卓はどう考えても魔卓。オーラスまでもっただけで十分だよ。お疲れ様、須賀君。後でお茶をいれてあげるからね)

 

後ろで観戦していた白糸台メンバーの、菫、淡、尭深。

少々照が憐れな気もするが、チャンピオンとはいえ部員仲間の闘牌など腐るほど見てきた。

ここは風変りな男子の打ち筋を見たいと思っても許されるだろう。

と、その時、京太郎の右手がゆっくりと動いた。

 

「「「ッ!?」」」

 

三人の顔が驚愕に歪む。

何故なら、京太郎が右手の中にある{赤⑤}をそのままツモ切ろうとしているからだ。

 

(……駄目だ……切る牌がない……勝つ為にはこの{赤⑤}はいつか必ず切らなきゃいけない……なら今切っても同じだ……)

 

勝負を諦めないのなら、どうしても切らなければならない{赤⑤}。

鏡が砕けたわけではない。

心が砕けたわけではない。

だが京太郎は、出口の見えない迷路で、ほんの少しだけ楽になろうとしてしまった。

京太郎は鏡を構えた両手をゆっくりと下ろしていく。

 

(緊張の糸が切れたか……)

(あっちゃー、最後の最後でだっさい麻雀打っちゃったよコイツー)

(君は悪くない。悪いのは大人気ない悪魔達三人だから。後で何杯でもお茶を飲んで、ゆっくり養生するといいよ)

 

アガリを諦めた一打ではなく、思考を放棄した一打でもなく、逃げる為の一打でもなかった。

しかし楽な一打ではあった。

が、

 

――京ちゃん――

 

手が河に伸びようとした体勢で止まる京太郎。

俯いたまま構えた鏡を下ろそうとした京太郎は、誰かに呼ばれた気がして顔を上げた。

 

 

長野県清澄高校麻雀部室

 

「京ちゃん今何してるのかなぁ……」

「どうせくだらない事だじぇ。自分探しの旅ってなんじゃそりゃ。っと、リーチだじょ」

「旅が悪いとは言わんが、学校サボったっちゅうのは感心せんのう。お、それポンじゃ」

「いーじゃないの。大会ではずっとサポートだけだったんだから、しばらく好きにさせておきなさい。ほい、現物っと」

「それをおんしが言うんか……。それチーじゃ」

「そうだじょ。元部長が散々こき使ったから、きっと疲れすぎて体を休めに旅立ったんだじぇ」

「優希ちゃんも言っちゃダメだと思うんだけど……」

「ほんとね。タコスタコスって、どれだけ京太郎を走り回らせたと思ってるの?」

「それを言うなら咲ちゃんが迷子になるたびに駆けずり回ってたから、おあいこだじょ」

「うっ……、い、いやでも、私のは迷いたくて迷ってるわけじゃ……あ、それポンです」

「んじゃぁ、久が悪いから京太郎が旅に出たっちゅう事で異存ないの?」

「賛成だじぇ」

「じゃ、じゃあ私もそれで」

「ハイハイ私が悪い私が悪い、ぜーんぶ私が悪い。おっかけリーチ!」

「あ、それカン。もいっこカン。さらにカン。リンシャンツモ。親倍です」

「なによそれ!? やめてよ、トラウマになっちゃうでしょ!」

「うるさいですよ皆さん! ネトマに集中できないじゃないですか! 麻雀中にガールズトークしないでください!」

「「「「おおう!?」」」」

「大体なんで竹井先輩が打ってるんです! 受験勉強に集中するんじゃなかったんですか!」

「や、やーねぇ。息抜きよ息抜き。息抜きに京太郎に麻雀教えようと思ったらいないんだもの」

「息抜きはともかく、先輩、須賀君に教える気あったんですか?」

「人聞きが悪い事言わないでね!? 初心者の京太郎でも春季大会には間に合うように、ちゃんとプラン作ったんだから!」

「「「「…………へぇ」」」」

「なによあなた達、その目は。ほんとだからね?」

「ならそのプランっちゅうのを聞いてみようかの」

「フフ、清澄を全国優勝に導いた名将、この竹井久の『須賀京太郎強化計画』は凄いわよ?」

「いいから言いんさい」

「まずある程度打てるように基礎を叩きこむでしょー」

「「「「ふむふむ」」」」

「そしたら私の『悪待ち』を教えるのよ!」

「「「「は?」」」」

「インターハイで裏方に徹してくれた京太郎には、私の後継者として直々に『悪待ち』を伝授するわ!」

「できるわけねえじぇ……」

「さすがに無理ですよ」

「あんなの悪影響にしかなりません」

「久は京太郎に近づくな」

「ひどい!?」

 

 

京太郎が顔を上げ、視線を向けた先には、見覚えのある四人の後ろ姿が。

 

「優希、和……それに染谷先輩と部長……?」

 

ボロボロだった鏡が消え、その代わりに仲間四人が、突き出した腕で龍の突進を食い止めている。

 

「ぇ……」

 

目を見開き呆然としていると、背後から二本の腕が首に巻きついてきた。

そのままギュッと抱きしめられる。

 

「……ぁ……さ、さ……き……」

 

ポロリと自然に涙が零れるまま、京太郎は勢いよく振り返った。

 

「咲!」

 

しかしそこには、麻雀がくそ強い幼馴染みではなく、一本の剣が佇んでいるだけ。

 

「……ぁあ?」

 

どういう事かと混乱し、己を守ってくれている皆に再び振り返ると、視線の先には碧光を放つ真新しい四枚の鏡が。

それらは龍の攻撃を完全に防ぎ続けていた。

 

「……ぉお……ッ」

 

まだ戦える。

 

「……ああ……ッ」

 

楽なんかさせないと、皆が言っている。

 

「ぅおああああああああああああ!」

 

京太郎は剣を握りしめた。

 

{222赤555①②②赤⑤六発発発}

 

捨てようとした{赤⑤}を素早く手牌の内に入れた京太郎。

 

({⑤}を引くまでは{①}は通すと決めていた。なら初志を貫徹する!)

 

{222赤555②②赤⑤六発発発} 打{①}

 

渾身の気迫で打{①}。

{①②②⑤}からの打{①}は、京太郎の背で観戦している菫達三人を驚かせた。

 

(ッ!? なにそれ!? オリずに結局筒子ツッパるの!?)

(筒子を処理だと!? ドラの{①}が通ったとはいえ、いやだからこそ{⑤}は確実に打ちこむぞ……ッ!?)

(うわぁ、すごい勇気……というか無謀すぎな気がするけど)

 

だが、彼女達の驚愕はここからだった。

十二順目の小蒔のツモは{発}。

アガリ牌でないので当然ツモ切りだ。

その瞬間、

 

「ポン!」

 

京太郎の発声が響き渡る。

 

(((はあ!? 四暗刻は!?)))

 

菫、淡、尭深は目を見開いてしまった。

周りに分かってしまうほど表情に出すなど、観戦者としてのマナーを著しく欠く行為なのだが、まあ仕方あるまい。

逆転には役満が絶対条件であるのに、京太郎はいきなりそれを投げ捨ててしまったのだから。

 

(チンイツ麻雀の神代小蒔が{発}をツモ切った。天江衣の支配を突破してテンパイしたのにだ。おそらく三人の力が変に拮抗してる)

 

{発}が河にでた瞬間、迸った京太郎の思考はこう。

 

(つまり俺以外は全員テンパイ。化物達の事だ、待ちは山にわんさか眠ってるんだろう)

 

手牌や心理読みではなく、相手の特性だけを考え読みを展開する。『加治木ゆみ』のようにだ。

 

(でもこいつらは化物だから、そう簡単には振り合わない。割りを食うのはいつだって俺みたいな凡人だ)

 

自身と相手との力の差すらも読みの範疇に入れた。

 

(つまり、俺が引いてきた{六}と{赤⑤}は100%アタリってわけだ。となると、これから先俺がツモればその牌は全部アタリ牌)

 

あまりの暴論だが、『牌に愛された子』達の力は牌を書き換えているとしか思えない。

 

(正面から向かっていっても勝ち目はない。これ以上順目を迎えてもアタリ牌を引かされるだけ)

 

だから京太郎は、そんな流れを鳴いて捻る事にした。

 

(十三順目を迎えない為だったら何でもする。俺にイーシャンテン地獄を破れない以上ノーテン罰符でトぶんだから、足掻くだけだ)

 

そう、何か確信があって鳴いたわけではない。

十三順目になれば死ぬ。

正常な流れでは誰かがツモって死ぬ。

たとえ誰もアガらなくても流局までいけば死ぬ。

どうやっても死ぬ。

だからとっさに鳴いたのだ。

 

{222赤555②②赤⑤六発} {発発横発}

 

そして京太郎はここから、

 

(うおらぁっ!)

 

打{②}。

 

(((ぶふぉ!?)))

 

100%アタリと読んだスジの、何が何だか分からない身投げの様な打{②}である。

あまりの事に菫達が吹き出す。

 

{222赤555②赤⑤六発} 打{②} {発発横発}

 

掟破りのリャンシャンテン戻し。

超超超ド危険牌を切り飛ばしたのに、リャンシャンテンに戻すとはどういう事か。

もう無茶苦茶だ。

しかし、この無茶苦茶は化物達の感覚を狂わせる事に成功した。

 

(……{発}ポン? {①②}と危険牌を処理した以上はテンパったね。でも大三元と字一色はできないよ?)

(京太郎の手はイーシャンテンだったはず。なのに鳴いてもテンパイ気配を感じん。というより屍になったような……?)

 

照は京太郎の鳴きに違和感を感じ、衣は自身の感覚が狂ったのかと戸惑う。

特に、衣に至っては意味不明だっただろう。

『イーシャンテンでポンしたらリャンシャンテンになりました』は、いくらなんでもおかしすぎるのだから。

しかし、京太郎の中ではおかしくはない。

『天江衣』のイーシャンテン地獄はアガリに向かう鳴きはできないのだ。

という事は、アガリに向かわない鳴きならできるという事。

 

(さあこい、鳴ける牌をだせ!)

 

両目から碧い炎を轟々と噴き上がらせ、全身から気迫を漲らせる京太郎の姿。

それに牌が応えたのか、小蒔の引いた牌は不要牌の{2}。

 

「ポン!」

 

鳴く気満々の京太郎は当然ポン。

 

{2赤555②赤⑤六発} {22横2} {発発横発}

 

ここからさっき通った{②}を、血走った目で切り飛ばす。

 

{2赤555赤⑤六発} 打{②} {22横2} {発発横発}

 

これで更に、照と衣の感覚がズレた。

 

(まだ張ってなかった? {2}ポン? ……そうか、緑一色。でもこの土壇場でもう張れてるかな?)

(二鳴き……、しかしやはりまるで力を感じん。第一、衣の手に{4}の暗刻と{8}の対子がある。緑一色はできんぞ……え、どゆこと?)

 

照は衣の{4}暗刻を読む材料がなかった為に、京太郎の手を緑一色だと確信。

衣は衣で京太郎の無茶苦茶に振り回されて、普段使った事がないような語尾になってしまった。

 

(……まさか緑一色に見せかけたブラフか?)

(他に考えられないけど、でもノーテンでもトぶよねこれ)

(メチャクチャやってる様にしか見えない……。けど全然諦めてる感じがしないのはなんで?)

 

実際に後ろで見ている菫達は頭を抱えるしかない。

この鳴きも、リャンシャンテンをリャンシャンテンのままにするというわけの分からない鳴きだ。

勝ち目が無くなってトチ狂った様にしか見えないが、なぜか目の前の背中は気迫で満ち溢れている。

そして終わらない十二順目。小蒔三回目のツモ。

京太郎の悪運もここまでか、誰にも使えない{1}をツモ切った。

 

(あとは宮永照がツモアガらず、なお且つ俺の鳴ける牌を切ってもらうしかない……)

 

おそらくはその牌で全てが決まる。

生か死か。

アガられればそこで終わり。

たとえ誰もアガらなくても、自身が鳴ける牌でなければ終わり。分が悪すぎる。

しかし十三順目に突入した時点で負けなのだ。

 

(頼む……)

 

京太郎は拳を固く握り、更に勢いを増した炎眼で照を睨みつけた。

 

(凄い気迫……。あの様子じゃどう考えても張ってるね)

 

実際にはリャンシャンテンなのだが、全国の猛者達と同等か、あるいはそれ以上の気を感じた照。

京太郎の狂った打牌のせいで、その高校麻雀界最高の感性が明らかに誤作動を起こしていた。

 

(私はトップ目。悪いけど振り込まないよ。全力で打つって約束したからね)

 

その通り、照は別にリーチをかけているわけではない。

オリないにしても、危険牌を引けば回す事ができる。

そんなまるで隙のない、インターハイチャンピオンのツモ。

 

{七八567⑥⑦⑧北北北白白} ツモ{8}

 

{8}だった。

 

(うっ……)

 

照は内心呻いた。

自身の類い稀な超感覚が、この{8}を死の牌だと直感させたからだ。

 

(凄い……。この{8}は確実にアタリ牌。この土壇場で緑一色を作り上げて、なお且つトップ目の私に掴ませた。凄いよ須賀君)

 

そして感嘆する。

ありえない事だが、もしリーチをかけていれば死んでいた。

持ち点0という重圧の中で、勝つには役満を直撃させ、さらに場にリーチ棒がなくてはならないという厳しい条件をクリアしたのだ。

あとたった一歩というところまで。

これが一年生。しかも最近まで初心者だったなど信じられない。

 

(本当に凄い。これだけの力があるなら、君はいつか必ず頂点に立てる)

 

何もかも全て、誤作動を起こした照の勘違いである。

その{8}は京太郎ではなく、衣のアタリ牌なのだ。

衣の形はこれ。

 

{九九44488南南南中中中}

 

{九8}待ち。

しかも実はこの照が引いてきた{8}、京太郎が二回無理鳴きしなければ、京太郎自身が引かされていた牌なのである。

なんと信じられない事に、京太郎は照、小蒔、衣のアタリ牌を三連続で引かされていたのだ。

 

(でも悪いけど振り替えさせてもらう。私も負けたくないから)

 

京太郎が化物に蹂躙されるだけの凡人である事は、どうあっても覆せない事実だった。

 

{七八5678⑥⑦⑧北北北白白}

 

だがまあ結果的に、衣のアガリ牌を一つ潰した事に変わりはない。

 

({5}は……うん、大丈夫。これはアタリ牌じゃない)

 

そう、{5}は誰のアタリ牌でもない。

 

{七八678⑥⑦⑧北北北白白} 打{5}

 

アタリ牌ではないから、照は、{5}を切った。

 

 

 

 

 

――それですよ、インハイチャンピオン――

 

 

 

 

 

静まり返った室内に、京太郎の声が木霊する。

全員の視線が集中する中、京太郎は、遂に剣を抜いた。

 

「……ぇ?」

 

きょとんとする照に構わず、透き通った碧光の花弁を振り撒く剣を構え、そしてこちらへの攻撃を止めない龍へと一気に斬りかかる。

 

「カンッ!」

 

京太郎は暗刻の{5}を大明槓。

そして流れるように王牌へと指先を伸ばす。

めくられた新ドラは{①}だ。

つまり、新ドラ表示牌も{⑨}。小蒔の高目のアガリが消えた。

 

(ああ!? 小蒔ちゃんの{⑨}が……ッ)

(姫様の九蓮宝燈が消えたですよー!?)

(でもこれでドラ7確定です!)

(……出アガリでも数え役満)

 

永水メンバーが驚愕する中、王牌のドラ表示牌に{⑨⑨}が並べられる。

京太郎が振るった剣は、龍の首を一撃のもとに叩き落とした。

 

{2赤⑤六発} ツモ{六} {赤55横55} {22横2} {発発横発}

 

嶺上から引いてきたのは{六}。

京太郎が100%振り込むと確信して止めた、照のアタリ牌。

これで純粋に連続三回アタリ牌を掴まされる。

 

(三人の力は王牌には及ばない――なら、ドラ表示牌に引きずりだしてやるっ!)

 

龍の首を落とした京太郎は、今度は水を操る化物へと即座に斬り込む。

反撃の隙など与えない。最速で斬り殺すと決めた。

 

「もいっこカンッ!」

 

手の内にあった{2}を連槓する。

そして新たにめくられたドラは{一}。つまり表示牌は{九}だ。

衣に残された二枚のアガリ牌の内、その一つが消える。

 

{赤⑤六六発} ツモ{六} {赤55横55} {222横2} {発発横発}

 

さらに嶺上から引いてきたのはまたも照のアタリ牌、{六}だった。

 

(そんなに俺に振り込ませたいのか! いいぜ、どんどん引いてこいよ! ただし! まとめてなあ!)

 

これで四連続アタリ牌を掴まされる。

 

「「「「「な!?」」」」」

 

トランス状態の小蒔を除き、卓上卓外の区別なく全てのものが息を呑んだ。

知っていた。この流れを全員が知っていた。

槓を自在に操る、ここにはいないもう一人の化物。

 

(王牌の支配者はこの世でただ一人――)

 

清澄高校麻雀部大将――

 

(――俺のポンコツ幼馴染みだけ!)

 

――宮永咲。

 

「さらにカンッ!」

 

手の中の{発}を送り槓。

水の化物は慌てて大量の水で壁を作るも、無駄。

なぜなら、京太郎が手にしている剣は、一度その化物を討った『咲の剣』なのだから。

 

「こ、衣の待ちが……ッ!」

 

衣は悲鳴を上げた。

新ドラはまたも{一}。

表示牌に並べられた、{⑨⑨九九}の四枚の牌。

これで衣の待ちは全てなくなった。

京太郎が突き出した剣は水の壁を易々と貫き、水の化物を突き殺す。

 

「そ、そんな……、それは咲の……ッ」

 

風を操り竜巻を起こす化物が慄いている。

しかし知った事ではない。

 

”体勢を崩すな。頭の天辺から大地へ突き刺さる鉄心をイメージしろ。体が流れてもそれは変わらん”

 

攻撃動作は師がこの身に叩き込んでくれた。

相手が動揺しようが、たとえ自身が動揺しようが、その型が崩れる事などありえない。

だからお前も斬り殺す。

 

「があああっ!」

 

京太郎の口から吐き出される獣の咆哮。

魂を震わせながら嶺上牌をツモる。

 

{赤⑤六六六} ツモ{六} {赤55横55} {222横2} {発発発横発}

 

嶺上から三枚連続で引いてきたのは、{六}。

これで五連続アタリ牌を引かされる。

無防備な風の化物が、その身を晒していた。

 

”分かっていないようだな、坊主。牌の扱いに慣れていない奴が、どうやって牌に応えてもらうつもりなんだ?”

 

馴染む。本当によく馴染む。

手にした剣(牌)が自在に動かせる。

 

「カンンンッ!」

 

目は血走り、こめかみに血管が浮かび、バキリと奥歯を砕く鬼の形相。

京太郎、六萬暗槓。

 

{赤⑤} {■六六■} {赤55横55} {222横2} {発発発横発}

 

京太郎は神速をもって一刀両断にし、風の化物を即死させた。

この{六}暗槓により照の待ちは全て消え、小蒔と京太郎、共に{赤⑤}ただ一枚。

二人倒した。

だがもう一人いる。

龍(神)なんてものを呼び出す正真正銘の化物が。

 

(あと一歩……ッ。あんなに遠いと思えた場所が、あとたったの一歩……ッ)

 

だから前へ。

 

”アガれるかどうかは所詮運。だが、意志なくして運は引き寄せられん。どれだけ人事を尽くしたかで天命が決まる”

 

(尽くしたっ。俺ができる事、持ってるもの、新しく生み出した力、全部絞り尽くしたっ。もう何もないっ!)

 

京太郎の両目に浮かぶ碧の炎が凝縮し、玉へと変じていく。

いや、嶺上牌へと手を伸ばすその全身が変じていった。

 

(なら――)

 

両目に宿る八尺瓊勾玉と、

 

(この牌は――)

 

周囲を浮遊する四枚の八咫鏡。

 

――タコス食うか?――

 

――こちらもどうぞ――

 

――来年頑張ればええんじゃ――

 

――みんな仲間でしょ? 恥ずかしいなんて思わないで――

 

そして後ろ腰に草薙剣を携え、白く輝く神御衣(かんみそ)に身を包む、清澄高校麻雀部員『須賀京太郎』。

 

――京ちゃん、元気だして――

 

王牌に残った最後の嶺上牌を高々と掲げ、

 

「ツモォッ!」

 

叩きつける。

京太郎は持てる力の全てを絞り尽くして、最後の化物を斬り捨てた。

 

{赤⑤} ツモ{赤⑤} {■六六■} {赤55横55} {222横2} {発発発横発}

 

ツモ{赤⑤}。地に塗れた死に体リャンシャンテンからの、嶺に咲く花まで一気に駆け抜けた嶺上開花。

 

「「「「「……………………」」」」」

 

砕けた奥歯から血が溢れ、口端からポタポタと流れるに身をまかせながら、京太郎は終局を告げる。

 

「四槓子。連槓からの責任払いで32000は――リーチ棒を含めて、500点差で俺の勝ちです」

 

そして霞む目を天井のライトへ向けると、全身の力を抜いた。

 

「照が、負けただと……?」

「ス、スゴー……、テルーがラス引いたの初めてみた……」

「というかあの悪魔……もといあの人、役満振り込んだのも初めてだよ、きっと」

 

白糸台のチームメイト、菫と淡の呆然とした呟きはもう聞こえなかった。

それどころか耳鳴りが酷くて何も聞こえない。

 

「へへ……見たか……」

「……うん、負けました」

「うむ、見事なアガリだった。天晴れというほかない」

「……………………」

「あらいけない。早く小蒔ちゃんを祓わないと」

 

やり切った余韻に浸った瞬間、急速に目の前が暗くなる。

 

「たとえ、化物でも……倒そうと思えば……倒せる……」

「……それは、まあそうだね」

「衣も無敵というわけではない」

 

京太郎の呟きは、同卓している化物二人の耳に届いた。

 

「……だから……恐くない……」

「…………?」

「…………?」

 

しかし、朦朧としている言葉は支離滅裂である。

 

「……恐がったら……きっと、泣いちまう……」

 

一週間前の対局で心臓をぶち抜かれ、恐ろしいと感じてしまった。

でも、もうあの時ほどは感じない。

 

「……ああ、そういう事」

「惻隠の情を催す慟哭。結局は痴話の類いであったか。犬も食わんな」

 

恐がられてきた二人には理解できた。

恐がってきた周りの者達の多くも、そういう事だったのかと納得する。

対戦しなかった魔物は「ふーん、それだけの為にこんな無茶するんだ……、合格かも」と、何が合格かは分からないが少し顔が赤かった。

 

「……これ、で……」

「?」

「む? 京太郎、どうかしたか?」

「というか血が出てるですよー。大丈夫ですかー?」

「唇でも切ったか? すぐ医務室まで案内しよう」

 

白糸台の元部長、弘世菫が京太郎の肩に手を置いた瞬間、その体は前のめりに倒れていく。

 

「……帰……れ……る……」

 

ガシャリと牌をなぎ倒す姿に何人もの悲鳴が上がるも、京太郎にとって幸運だった事が一つ。

 

「ハギヨシ!」

「はい、透華お嬢様。既に救急車の手配は完了しております。到着まで気道を確保し、氷を包んだガーゼで傷口を押さえておきましょう」

 

万能執事にできない事など何もないのだ。

 

最終収支

小蒔  19300(雀技:神降ろし『九面』)

照   15200(雀技:照魔鏡・連続和了)

衣   32500(雀技:海底撈月・イーシャンテン地獄)

京太郎 33000(雀技:凡人奥義『アタリ牌六連続引かされ』)

 

 

 

 

 

 

 

たくさんの人達に迷惑をかけまくった京太郎の旅。

最後は気絶して病院送りなどという事態にまで発展してしまったが、パーフェクト執事のパーフェクトな処置により事なきを得た。

方々に謝りまくった後で長野に帰還した京太郎は、月曜日の朝を迎える。

奥歯の違和感に顔を顰めつつ、いつものように通学路を歩いた。

 

「あっ、京ちゃん!」

 

そして幼馴染みに出くわした。

いつものように軽く挨拶するも、なにやらご機嫌斜めらしい。

週末どこに行っていただの、おもちの事ばかり考えちゃ駄目だの、朝っぱらからプリプリと怒っている。

せめてもう少しだけでもおもちがあればと思いながら、己にだけ強気な幼馴染みへ締めの言葉を言う。

 

「ただいま、咲」

 

いきなりな言葉に不意をうたれたのか、幼馴染みはキョトン顔だ。

そして大きく溜息をついた後、しぶしぶ返してくる。

 

「おかえり、京ちゃん」

 

ちょっとはにかんでしまったのは、きっと照れたからに違いない。

 

「もうっ、そんなんじゃ誤魔化されないからね!」

「へいへい」

 

清澄は今日も仲良しだ。

 

 

京‐kyo‐ ~咲の剣~ カン

 




幕間「始動」で咲が感じていた不安。伏線回収完了。
約一月、お付き合いありがとうございました。
これで終了。
あとは、蛇足的なエピローグを書こうかどうか迷ってまっす。
疲れたんで書き切った余韻に浸りつつ、要望があれば一週間後にでもエピ書きますね。

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