【完結】京‐kyo‐ ~咲の剣~   作:でらべっぴ

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最終決戦は三話連続投稿で。
書く前は全体で六話くらいのつもりだったのに……小説書くのって難しい……。


「真実」

「ツモりましたわ! 四暗刻は16000オール! これでわたくしのトップですわね!」

「2000点差なのになんで役満狙ったんですか……」

「それをアガらせてしまう私達も私達だが……」

「あー……どうもすんません。薄墨さんが小四喜アガったんで、透華のやつ妙な対抗意識燃やしちまったみたいで……」

 

場所は東京の白糸台高校。

日が落ち始めたこの名門校では現在、多くの麻雀部員達がしのぎを削っていた。

 

「そうではありませんわ、純! 子の役満が出たんですのよ? ならそれ以上のインパクトは親の役満以外ないではありませんか!」

 

広い遊技室で何台も稼動している自動卓。

その一つが終局する。

 

「それを対抗意識って言うんだっつーの。デジタル打ちがアガリトップで48000アガるなよ」

「手なりで打ったらこうなってしまっただけです。ええ、完全に手なりでしたわ。ですからこれもまた完全なデジタルですわね」

「嘘つけ、一面子落としてんじゃねーか。よそ様に招待されて目立とうとするな、頼むから」

「…………裏目っただけですわ」

 

こめかみを押さえて溜息を吐く井上純と、フイッと視線を逸らす龍門渕透華。

同卓していた弘世菫と薄墨初美は顔を引きつらせて愛想笑いするしかない。

 

「透華お嬢様」

 

そんな微妙な空気を入れ替える執事。

 

「どうしました、ハギヨシ?」

「お嬢様にお電話が入っております」

 

気配を完全に殺して控えていた萩原が、持っていた携帯電話を両手で差し出す。

 

「わたくしに? ですがこの携帯はわたくしのではありませんわよ?」

 

その通り。

執事が差し出した携帯はお嬢様のものではなかった。

 

「はい。これは私めの携帯でございます」

「は? どういう事ですの?」

 

意味が分からない。

自分に用事のあるものが、なぜ執事へ連絡する。もしかしたら電源が切れてしまっているのだろうか。

 

「申し訳ありません、お嬢様。執事としてあるまじきことですが、これは私めの私事でございます」

「私事? ハギヨシの?」

「嘘だろ……。パーフェクト執事の萩原さんがそんな事するなんて、明日は雪が降るのかよ……」

 

人生初となる従者のわがままを耳にし、透華はポカンと口を開けた。

純に至っては天変地異の前触れかと慄く。

菫と初美にはよく分かっていなかったが、どこからともなく現れた執事に目を見開き続けていたので、とりあえず全員驚愕だ。

 

「お電話の相手は須賀京太郎君といいまして、清澄麻雀部の男子部員でございます」

「清澄の男子……?」

「ああ、あいつかぁ」

 

萩原の説明に記憶が繋がらない透華と、すぐ思い出した純。

お嬢様は下々の事には疎いのだ。

 

「ほら、プールの時にも会っただろ? タコスチビに纏わりつかれてた金髪君だって」

「……ああ、たしかにそんな方がいましたわね」

 

しかし、純の言葉でうっすらと記憶をよみがえらせる。

 

「全国大会の折、宿舎で偶然お会いした彼にタコス作りを指南させていただきました。少々縁のある少年でございます」

 

完璧執事は、主が疑問を口にするより早く簡潔にまとめた。

 

「なにやら透華お嬢様へお願いがあるとか」

「お願い? このわたくしにですの?」

 

コネとすら言えない薄い縁。

これが京太郎に残された最後の糸だった。

 

「はい。相当切羽詰まっている様子でしたので、お叱りを承知でお繋ぎする事にいたしました。罰はいかようにもお受けいたします」

「かまいませんわ。わたくしに関わる事であるならば、わたくし自身が話を聞かなければ判断できません。不問とします」

「寛大なお言葉、ありがとうございます。透華お嬢様」

 

携帯を差し出したままの体勢なのに、深々と頭を下げる姿は見事なものだった。

菫と初美は、『これがマジモンの執事か……』と初めて目にしたセレブ世界にビビるしかない。

 

「貸しなさい、ハギヨシ」

「はい、お嬢様」

 

透華は椅子に腰かけたまま受け取る。

 

「代わりましたわ。龍門渕透華です」

 

そしてしばらくやり取りする様を、同卓している純、菫、初美が黙って見ていた。

五分ほど話をすると、透華は難しい顔をしたままチラリと菫へ視線を向ける。

 

「……?」

 

視線には気付いたものの、相手は電話中だ。

菫は首を捻る事しかできない。

 

「……その願いはわたくしの権限を超えています。ホストはあくまでも白糸台。頼む相手を間違っていますわ」

 

しかしそんな透華のもの言いに、どうやら自身にも関わりがあるようだとあたりを付ける。

 

「そうですわね。そこまでおっしゃるのであれば、白糸台部長弘世菫さんへの取り次ぎはいたしましょう」

「…………」

 

部長としての最後の仕事で、問題ごとが発生したのだと確信した。

 

「あとはあなたの交渉次第。今からそちらにハギヨシを向かわせますが、おそらくあなたの願いは叶いませんわよ?」

 

と言って電話を終了させる透華。

 

「ハギヨシ」

「はい、お嬢様」

「聞いた通りです。ここまで案内してさしあげなさい」

「かしこまりました、お嬢様」

 

そして一瞬で姿を消す執事。

瞬動術は執事の基本技能の一つだ。

 

「まずは謝罪いたしますわ、弘世さん。招かれた立場でありながら勝手な事をしてしまいました。申し訳ありません」

「あー、どうやら問題が起こったようだな」

 

頭を下げる透華に、菫は少し困った顔をする。

 

「インターハイ優勝校の清澄、そこの男子部員があなたへお話があるそうです」

「そこが分からん。私とは完全に初対面だろうに、いったい何の用なんだ?」

 

透華の電話でのやり取りで、どうやら他校の男子生徒が自身に用事があることくらいは推測できていた。

この合同練習は、部長職を亦野誠子へ引き継がせる前の最後の仕事である。

全国の強豪校との顔つなぎはもちろん、連絡方法や合宿のノウハウを新部長や二年生全員へ学ばせる為のものだった。

さらに三年の送別会、壮行会的な意味合いもあるので、余計な厄介事は御免被りたいのが本音なのだ。

 

「どうやらこの場に参加したいようですわよ?」

「なんだと? この合同練習にか?」

「ええ」

 

肩をすくめて言う透華に、はあ? と意味が分からない菫。

 

「おいおい……。無茶しやがんなあ、あの一年。そんなもんできるわけねーだろ」

「一年生なんですか? まあ私は構いませんけど姫様は純粋培養ですからねー。男子の参加に霞ちゃんが賛成するとは思えないですよー」

 

純は苦笑し、初美もまた苦笑する。

 

「何を考えているんだ、その須賀とかいう男子は……」

 

菫は眉間を押さえて溜息を吐くしかない。

 

「申し訳ありませんわ。ですがおそらく電話の向こうでは土下座していましたので、無下にするのも憚られてしまいましたの」

「だからといってこちらに丸投げしないでくれ」

 

あっけらかんと言う透華に、益々頭が痛くなってしまう。

 

「透華、おまえ面白そうだと思ってやがるな?」

「人聞きが悪いですわね。断る権利も了承する権利も、わたくしにないのは事実でしょう?」

「嘘つきやがれ。ハデ好きなおまえの事だからな、なにかハプニングを期待してるんだろうさ」

「おいおい……」

 

もはや勘弁してくれだ。

 

「主としてハギヨシの顔も立てねばなりませんし、ホスト役である弘世さんの仕事を奪うわけにもいきません。苦渋の選択でしたわ」

「それを面白がってるっつーんだよ。弘世さんも災難に」

「ご愁傷様ですよー」

 

ニヤニヤしている龍門渕メンバーと永水女子メンバー。

 

「終局してないのはあと一卓か……。ちょうど食事休憩に入る時で助かったな……」

 

そんな視線に気付きつつ、溜息を吐いて周囲を見渡す。

他校への迷惑だけは避けられそうだと、菫は僅かに残った運で自身を慰める以外にできる事がなかった。

雀鬼到着まで、あと三分。

 

 

 

 

    ※

 

 

 

 

「こちらの遊技室に皆様いらっしゃいます」

「ありがとうございます、萩原さん!」

 

京太郎は走った。

全速力で走った。

 

「迷惑ばかりですみません! 本当にありがとうございます!」

「いえ、お気になさらず。礼ならば透華お嬢様へお願いします。第一、須賀君の望みはまだ叶ってはいません。これからですので」

 

久の携帯を強奪した日からこの場所へ辿り着くまで、一直線に駆け抜けた。

 

「それでも萩原さんが取りなしてくれなかったらここには来れませんでした! 龍門渕さんはもちろん、あなたにも感謝します!」

 

タコスなどという小さな縁を針とし、目の前の扉へと打ち込む。

京太郎は大きく深呼吸した。

 

「このご恩は一生忘れません。萩原さん」

「ご武運をお祈りします、須賀君」

 

完璧な礼をとる執事を背に、鍛え上げた両手で扉を開く。

そして胸を張り、腹の底から声を出した。

 

「清澄高校一年! 須賀京太郎と言います! 今日はお願いがあってきました!」

 

急な大声にビックリしたのだろう。

室内にいた全女子達の視線が集中する。

 

「その前に龍門渕透華さん! あなたにお礼を! あなたのおかげで中に入る事ができました! ありがとうございます!」

 

人数が多くてどこにいるのか分からなかった京太郎は、その場で深々とお辞儀。

 

「構いませんわ! ですがこれ以上の手は貸せません! あとはこちらの白糸台部長、弘世菫さんと交渉なさい!」

 

異常に目立っている京太郎へ対抗意識が生まれたに違いない。

透華は負けじと大きな声を出す。

 

「なんでそこで対抗すんだよ……」

 

立ちあがってふんぞり返る姿に、純は透華の頭を心配するしかなかった。

透華の声で場所を特定した京太郎は、特大の決意で菫の下へ向かう。

もちろん菫は微妙な顔だ。

厄介事が近づいてくるのだから当然だろう。

 

「なになに? なんか面白そうな事はじまってるよ?」

 

目をキラキラと輝かせたのは大星淡。

彼女もまた魔物の一人であり、白糸台の一年生でありながら宮永照の後継者と目されている。

性格に少々難のある困った少女なのだが、意外とおもち持ちの美少女だった。

 

「はじめまして、弘世菫さん。須賀京太郎と言います」

「あ、ああ、はじめまして、須賀君。弘世だ――おいっ!?」

 

菫に挨拶した京太郎は、流れるように必殺の土下座を敢行。

久にはまるで通用しなかったとはいえ、この必殺技は数多の敵を葬り去ってきたのだ。

出し惜しみすることなく、京太郎は最初から菫を殺しにかかっていた。

 

「お願いします、弘世さん。一度だけ、半荘一回だけ俺にも打たせてください」

「頭を上げてくれ! 見てる! 男子を土下座させる女だと全員が私を見ている!?」

 

菫は悲鳴を上げるしかない。

いったい何の恨みがあってこんな事をするんだと、目の前の後ろ頭を踏みつぶしたくなった。

 

「とても失礼な事も、無茶を言っているのも重々承知しています。それでもお願いします。俺に一度だけここで打たせてください」

「分かった分かった。半荘一回だけだな? 分かったから顔を上げてくれ。なんなんだ君はいったい……」

「ほんとですか!?」

 

菫は簡単に折れた。

事情は知らないが、さすがにこんなに人目が集中している状態では断れない。

ここで断ったら鬼女として認識されてしまうではないか。

菫はガックリきながら了承してしまう。

 

「ああ、幸いこれから食事の時間だ。君の相手は次期部長の亦野がする」

「ちょっ!?」

 

しかし、他校へ迷惑さえかからなければ問題は内々で処理してしまえばいいと、あらかじめ考えてはいた。

 

「ついでに渋谷と大星もつけよう。食事の時間を犠牲にして君と対局させる」

「ご飯抜き!?」

「……悪魔という人種を私は何人か知っている。弘世先輩もその一人」

 

最初に誠子の悲鳴、そして淡の悲鳴と渋谷尭深の憎しみを生み、菫は見事問題解決だ。

 

「すみません、それじゃ駄目です」

「は?」

 

もちろん、全く解決していないのだが。

ぬか喜びした京太郎は正座したまま告げる。

 

「白糸台の宮永照さん、龍門渕の天江衣さん、永水女子の神代小蒔さん。この三人と打たせてください」

「「「「「ッ!?」」」」」

 

当然みんなビックリ仰天だ。

色々とツッコミたいが、なんかもうそんな言葉を吐いた事にビックリである。

一瞬ポカンとした菫は、再度溜息を吐いた後で視線を鋭くした。

 

「……たまに君みたいなのがいる。まあ、男子でというのは初めてだが」

 

なんとなく京太郎の目的を察した菫。

 

「腕に覚えのある者ほど力を試したい。当然と言えば当然なんだろう」

 

だからはっきりと言った。

 

「悪いが帰ってくれ。君みたいな人間を全て相手にしていたら時間がいくらあっても足りん」

 

怒りか呆れか失望か。

とにかく様々な感情を乗せ、菫は切って捨てた。

 

「おねがいします。なんでもします」

「駄目だ。ウチの照だけならば事情次第で一考したかもしれん。が、君の手前勝手な事情に他校まで巻き込むわけにはいかない」

 

再度の土下座は既に必殺足りえない。

菫には部長としての責任がある。

それは個人的感情など入る余地はないのだ。

 

「どうしてもおねがいします」

「駄目だ。そこまでするぐらいだからよほど訳ありなのは見てとれる。しかし、これは白糸台部長としての決定だ。覆さんよ」

 

額を擦りつける姿を苦い顔で一瞥し、菫は席を立った。

 

「亦野。みなさんを食堂へご案内しろ」

「え、あ、はい。分かりました」

 

これは別に菫が無情というわけではない。

至極当たり前の事なのだ。

もちろん菫の胸はとても痛んでいるし、できる事なら事情を聞き、力になってやりたいとも思っている。

しかし他校まで巻き込んでしまうなどできるわけがない。

今までが幸運に恵まれたんであって、菫の対応は全く正しかった。

 

「あー、まあ……、なんつーか、顔上げろって」

「……………………」

 

土下座したまま動かない京太郎へ、純が屈んで声をかける。

 

「ほら、同じ長野だしよ。清澄と練習試合でも組んで、そんときお前もこいよ。衣とはそれで打ちゃいいだろ?」

「……………………」

 

純アニキはとてもアニキだ。

空気が恐ろしく悪い中、頭を下げっぱなしの少年を放っておく事などできはしない。

面白がって協力した透華のせいもあると、当の本人に非難の視線を送るくらいの気遣い女子なのだ。

透華は透華で、想定の斜め上をいく事態に冷や汗が止まらなかった。

 

「そ、そうですわね、元気をお出しなさいな。ま、まだ一年生なのですから、打つ機会などいくらでもありましてよ?」

「……………………」

 

いつもの態度のでかさはどこにいったというのか。

京太郎のしでかした迷惑は、目立ちたがりのお嬢様にも多大なダメージを与えてしまう。

 

「……俺、麻雀弱いんです」

 

と、土下座したままの京太郎から弱弱しい声が出た。

 

「今年のインターハイは予選一回戦負け。咲達に勝った事も、一回もありません……」

 

しかし場の空気が重すぎて、弱い声は室内に響いてしまう。

 

「けど、たとえ勝てなくてもよかったんです。麻雀面白いし、みんなと打つのも楽しいですし、対局できるだけで十分でした」

 

京太郎は顔を上げ、誰にともなく心情を吐露する。

 

「だけど二週間近く前に、プロ雀士の大沼秋一郎師匠と出会って考えが変わりました」

 

その言葉は全員の興味を引いた。

シニアリーグのトッププロ。「The Gunpowder」の名を知らない部員など、この場には一人もいないのだから。

 

「ちょっとした偶然で弟子にしてもらって、九日間特訓してもらったんです」

 

虎の威をかるなんとやらだが、もう京太郎には師の名前を出す以外に状況を打破するすべがないのだ。

 

「その時はラッキーって思いましたよ。いつもトばされまくってたけど、プロに教えてもらえるなら強くなれるんじゃないかって」

 

京太郎は立ち上がる。

 

「師匠凄いんすよ? 高校から始めたばっかの超初心者の俺を、たった五日で初心者脱出させてくれたんですから」

 

これは自慢だ。

自分の師匠がどれだけ凄い雀士なのか、世界中に言いたくて仕方がない。

 

「俺は駄目です。もう初心者じゃないって言われたのがうれしくって、浮かれて調子に乗って師匠の言いつけ破るくらい駄目な弟子っす」

 

そう。あれがなければ、きっとこんな事はしていない。

 

「まだ打つなって言われてんのに、アホな自惚れで咲達と打ちました。ちょうど一週間前です」

 

周囲に視線を飛ばした京太郎は、牌山がセットされたばかりの卓を見つけると、一歩踏み出す。

 

「初心を忘れた馬鹿な弟子は、根拠のない自信を引っ提げ、いつものように何もできず、いつものようにトばされました」

 

卓上にセットされた、牌の背中しか見えない四つの山。

 

「ものすごく悔しくて、はらわた煮えくり返るほどムカついて、何もかもが許せなくて……」

 

京太郎は鏡を生み出すと、その牌山を睨みつけた。

 

「けどそれはあいつらにじゃねえ!」

 

両眼から碧の炎を一気に燃え盛らせ、その中の一枚へ無造作に手を伸ばし――

 

「あいつらについていけない俺自身にだ!」

 

ダンッ、と卓に叩きつける。

 

「あまりにも差がありすぎて、みんながスゲー遠くに感じました。けど、俺だって清澄麻雀部の一員だ。みんなの仲間なんだ」

 

卓上に一枚だけめくられた牌は、『東』。

 

「必ず追いつく。あいつらが倒した人達を、俺も倒せるんだって証明してみせる」

 

ギラギラと威嚇する京太郎の目からは、ボロボロと涙が零れていた。

京太郎は叩きつけた『東』を両指にはさみ、相手へ確認できるように見せる。

 

「場決めです。俺は『東』。宮永照さん、天江衣さん、神代小蒔さん、引いてください」

 

つまりは皆においていかれたくないだけの、たんなる子どもの駄々だ。

泣き喚いて無関係な人達に多大な迷惑をかけている。

だが、そんな事は百も承知でこんなところまできたのだ。

 

「……随分と自分勝手な事を言うんだね」

 

溜息を吐いたたくさんの女子達の中から京太郎を非難する声が。

『宮永照』がゆっくりと進み出た。

あまりにも勝手な言い分に呆れたのかもしれない。

しかしなぜか卓へ近づきそのまま牌山へと手を伸ばすと、京太郎と同じく残り135枚の中から一枚裏返す。

 

「私は『西』」

 

清澄高校麻雀部の男子部員。妹と同じ部の一員であり、友人。

仲直りしてからの電話でたまに出てくる『京ちゃん』とは、きっとこの子の事なんだろう。

妹をたくさん傷つけた姉として、ここで一肌脱ぐのは多少の慰めになるだろうか。

咲を妹に持つ照には、京太郎は少しばかり縁のある相手だった。

 

「烏滸(おこ)の沙汰、と口で言うは易し。闇路にのたうつ後生を導くのもまた、先達の務めであろう」

 

次に前へ出たのは『天江衣』。

衣は残り134枚の牌山へと腕を伸ばし、そのまま四つある牌山の一つを至極乱暴に払いのける。

しかし、払いのけたのは二段になった牌山の上段部分だけ。

現れた下段の十七枚から無造作に一枚を掴むと、卓へと叩きつけた。

叩きつけられた牌は、『北』。

 

「わーい! 衣は『北』だー!」

 

衣には、京太郎の言う弱者の気持ちなど欠片も理解できなかった。

だが、おいていかれる気持ちはこれ以上ない程理解している。

幼い頃に両親が黄泉路へと旅立った記憶は、今も褪せる事なく深い悲しみとして刻み込まれているのだから。

ならば『年上のおねーさん』として、困った年下の子の面倒は見てやるべきだろう。

 

「では私は『南』ですね」

 

『東』『西』『北』が出た以上、引くまでもなく残りは『南』。

小蒔はそのまま京太郎の下家へと進む。

 

「えっと、事情はよく分かりませんが、私が一緒に打てば貴方の涙は止まると、そういう事でよろしいのでしょうか?」

「そ、そうです。あーでもですね……さっきは感情が高ぶりすぎただけなんで、もう泣いたりとかしませんから……ほんとスミマセン」

 

少々天然さんなので相手を困らせてしまう事もあるが、根はとても心優しい少女だ。

学校は違えど、同じ麻雀を嗜む後輩が泣いているのならば、できるだけの事をしてあげたい。

一緒に麻雀を打つだけで涙が止まると言うのなら、何十何百何千回と共に打とう。

 

「いえ、大丈夫ですよ。私は本気で打てばいいんですね?」

 

『東』の京太郎を起点に、上家へ衣、対面へ照が腰掛けた後、小蒔は下家に座った。

 

「はい、ありがとうございます。神代小蒔さんだけでなく、宮永照さんと天江衣さんも全力でお願いします」

 

そう言って深々と頭を下げる京太郎。

 

「分かりました。もちろん、全力以上であたらせてもらいます」

「元々手加減は得意じゃないから」

「贄か供御となるかは貴様しだい。安心するがいい、元より加減など知らぬ」

 

それが開始の合図。

これより京太郎は、化物三人へ戦いを挑む。

打たれ、蹴られ、振り回され。

抉られ、嬲られ、絞めつけられ。

何度も何度も叩きつけられる、そんな戦いへと。

 

 

被害者は菫編 カン

 

 

 

 

 

 

「見ろ、これで悪者は私一人だ。私にどんな恨みがある、龍門渕? そんなに私が憎いのか?」

「……これは予想外の展開ですわね」

「予想外ですむか! これで私は鬼女決定だ! シンデレラの継母も裸足で逃げ出す女として語り継がれるぞ!」

「実際鬼のような仕打ちにドン引きいたしましたが……」

「せざるを得ん状況を作ったのはお前だろう……ッ! 責任を取ってくれ……ッ!」

「おいおい、弘世さん涙目になってるぞ」

「これがほんとの鬼の目にも涙ですかねー」

「泣きたくもなるわ! なんで私がこんな目に……ッ。いつもそうだ……ッ、いつも貧乏くじばかり……ッ」

「責任と言われましても……、なにかいい案はありませんの? 純?」

「当の須賀に責任とってもらえばいいんじゃねえの?」

「それもそうですわね」

「あのクソガキがいったい何をしてくれるというんだ!」

「結婚してもらえばいいですよー」

「「「なん……だと……?」」」

「幸い見た目は悪くないですし、一生かけて償ってもらうです」

「ナイスアイデアですわ!」

「さすが永水の鬼門使いだな」

「どこがだ! 初対面だぞ!? 名前しか知らん! あいつはいったい何者なんだ!?」

「誰でもはじめは初対面ですわ」

「行動力も並じゃねえし、将来性はありそうじゃん」

「ウチの神社で式を挙げてください。友人価格でお安くしとくですよー」

「もうやだコイツら……」

 

 

もいっこ カン

 


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