五ヶ月ぶり、でしょうか……
長らくお待たせしてしまいました。
申し訳ありません。
パソコンを触れられる機会がたくさんあればいいんですが……
ではでは、どうぞ
ガタガタとうるさい騒音と共に、蓮太郎の頬が何者かに叩かれる。
誰かが、俺の名前を呼んでいる。
難儀しながら眼を開けると、天井を蛍光灯が次々にスライドしていき、視界の端に白い服を着た救急救命士らしき人が見える。
どうやらストレッチャーで救急病院に運ばれているらしい。
口の中には際限なく鉄くさい血の味が広がって呼吸できない。
肺に血が入ったのか、死ぬほど苦しい。
『大丈夫ですから』『すぐに助かりますから』と唱えながらストレッチャーを押す救急救命士の空言が耳から耳に抜けていく。
大きな音を立てて手術室の一番奥に体当たりすると、緑色の手術衣を着た一人の女医が俺を覗き込んだ。
その体つきは骨と皮ばかりになっており、眼球のある部分にある落ち窪んだ瞳だけが爛々と輝いていた。
首を横に傾け、手術室に据えられた鏡を見た瞬間、叫びそうになった。
右手右足が千切れており、左目が抉られていた。
その奥には、―――右目が抉れていて、頭部の一部がなくなっている少女がいた。
……そうか、これは昔の―――
女医は両手に持ったペラ紙を、死にかけの俺に突きつける。
『やあ、里見蓮太郎君だね、はじめまして、そしてもうすぐさようなら。私が左の手に持っているのは死亡診断書だ。あと五分もすれば、私がこちらに一筆入れて手続きを終え、君は速やかに戸籍から抹消される。そして右手に持っているのは、契約書だ。こちらは君の命を助けられるが、君には命以外のすべてを差し出してもらう。選べ。左腕で差すだけでいい。君の隣に寝ている少女は先ほど私の右手を選んだがね。考える時間はもうない。彼女の手術に移らねばならないからだ。意味がわかるね?』
そう、いつもこの夢で、この時先生はこう言う。
だから俺は、何度も夢の中で、俺がしてきたことをする。
馬鹿みたいに手が震えて口からあふれた血がストレッチャーを汚した。
ふと、天童菊之丞の言葉が脳裏に浮かんだ。
『死にたくなければ生きろ、蓮太郎』
そして隣から、
『がんばれ! 私もがんばるからっ!』
と声が。
もちろん幻聴かもしれない。
それでも、その声に励まされて腕をあげる。
もう首を傾けるほどの力はなかった。
馬鹿みたいに白くなった手で片一方を差すと、女医は「いい子だ」と言って満足そうに微笑んだ。
俺はそこで、目の前が真っ暗になった。
―――――
『急げ! 早く運ぶんだ!』
『駄目だ! 間に合わない!』
『間に合わせるんだ! 神流家の生き残りの一人なんだぞ!?』
ストレッチャーを押しながら討論しているのは救急救命士。
たまに夢に見る、私が菫先生の手術を受ける直前の出来事だ。
そしてそこで、ある女医から声がかかった。
『その娘はセクション22に運びなさい。私が手術する』
『ッ、はい! わかりました!』
ガタンと扉に体当たりし、手術室に入る。
そして先ほどの女医が私を上から覗き込んで言った。
『やあ、神流海夜ちゃんだね、はじめまして、君のことは神流君から聞いているよ。私が左の手に持っているのが契約書。こちらは君の命を助けられるが、君には人類のための実験の被験者となってもらう。右の手にもっているのも、契約書。こちらも君の命を助けられるが、君には人類のために実験の被験者となってもらう。さあ、選びなさい。といっても、両方おなじなのだが。手で差すだけでいい。それとも、第三の選択肢、死亡診断書というのもあるが、君はどうするかい?』
手を持ち上げるだけで鋭い痛みが眼と頭を襲う。
それでも私は生きたかった。
体から血が抜けていくせいか、とても冷たくなった手をどうにか動かし、右の方を差した。
『いい娘だ』
女医はそう言って満足そうに微笑んだ。
直後、私が乗ったストレッチャーが入ってきたドアがガタンと開き、カラカラと音をたてながら、なにかが近づいてきた。
それはストレッチャーで、上には誰か…………――
そこで私の意識は途絶えた。
――――――
「起きて? お姉ちゃん」
聞こえてきたのは、妹の声だった。
目をゆっくりとあけると、そこは真っ白な空間で、そう離れていない場所に、妹が立っている。
優しそうな、心が和むような声。間違いなく妹の、“空夜(そらよ)”の声だった。
「……空夜? どうして、空夜がここに?」
「もぉ、やだなぁお姉ちゃん。まだ死んじゃいけないんだよ?」
私の問いには答えず、妹はにっこりと笑顔でそう言った。
“月夜”と同じ笑顔で、そう言った。
突然、真っ白だった空間に真っ黒な亀裂が走る。
ピシ、ピシと音をたてながら、白がはがれていく。
「待って! 空夜!」
「ごめんね、お姉ちゃん。まだ、一緒にいることはできないんだ。また会おうね!」
壊れていく空間と共に、空夜の姿が徐々に光のかけらとなって消えていく。
そうして、視界が真っ黒に染まった瞬間、体にふわりとした感触のものが触れる。
それがベッドで、私はその上に寝ているとわかったとき、がばっと布団を跳ね除けながら、
「空夜!……」
「っ……!?」
そう、妹の名前を叫ばずにはいられなかった。
私の妹は……空夜は、あの時の襲撃で――死んだはずなんだ。
「海夜ちゃん、大丈夫?」
木更が驚きながらも声をかける。
今海夜が寝ているのは、病院のベッドで、もちろん個室である。
木更は蓮太郎と海夜の病室を行ったりきたりしていて、二人とも治療が終わってから起きるまで、そうしていた。
「え? あぁ、うん、大丈夫」
今のは体大丈夫? って意味だよね? 頭大丈夫? って聞かれたわけじゃないよね?
でもそんなことより、そんなどうでもいいことより、
「蓮太郎君はッ!? 死んでないよね!?」
「お、落ち着いて海夜ちゃん。里見君は生きてるわ。まだ意識は戻ってないけど、ちゃんと生きてるわ。あなたのおかげよ」
「よかった……ほんとに、よかった……」
頬をなにかが伝う感覚に、自分でも少し驚く。
よかった……ちゃんと救えたんだ。
「海夜ちゃんは大丈夫よ。骨折とかのひどい傷はないから。女の子なんだから、もっと体に傷をつけないよう努力しなさいっ」
「……うん、わかってる。ありがと」
それはそれとして……海夜ちゃん!?
私いつから木更さんにそう呼ばれるようになったっけ?
それは別にいいんだけど、そうなると木更さんの呼び方も考えなきゃ。
ん~、そうだ!
「ねぇきさらん、私どれくらい眠ってた?」
「その“きさらん”って私のことかしら?」
「もちろん! 他に誰がいる? 蓮太郎君でもないし、延珠ちゃんでもないし、月夜でもないよね? それにきさらんも私の子と海夜ちゃんって呼んだからいいじゃんっ」
「わ、私は社長だからいいのよ! これまでどおり木更さんって呼びなさい! ……病院から連絡があったの。『天童民間警備会社の社員さんらしき人が運ばれてきた』ってね。もう六時間になるわ」
うん、きさらんって美人だから少し照れた仕草するとかわいいよね。
主におっきなナニカがゆらゆら揺れてさ……きさらんって、女の子にとっては強敵でしかないよね……。
それはさておき、
「えぇ~、女の子同士あだ名で呼び合おうよ~。……そっか。もう六時間か」
「そ、それはまた今度ね! でも、よかった、本当に心配したのよ? だって――――」
きさらんは現況について詳しく説明してくれた。
影胤たちがステージⅤを呼び出すため未踏査領域に逃亡したということ。
“七星の遺産”のことは私のアクセスキーレベルがあればそこそこ調べられるから、知っていた。
聖天子様からも聞いてたしね。
……もうすぐあれが、ゾディアックガストレアが、来ちゃうのか……
あれ、
「きさらん、月夜は?」
「月夜ちゃんはね、さっき政府の役人さんが来て、その人達についていったわ。聖天子様からの命令だとかで」
木更がそこまで言うと、計ったかのように、ピピピッ、ピピピッと私の携帯が鳴る。
私が起き上がって取ろうとすると、きさらんがそれを止めて携帯を取ってくれた。
さすがきさらん、美人な上に優しいね。
ありがと、と言ってから携帯を受け取る。
電話の相手は、聖天子様だった。
『お怪我の方は大丈夫? 海夜』
聖天子様から海夜と呼ばれるときは、友達としてのとき。
だから自然に口調が崩れた。
『うん、おかげさまでね。ありがと、心配してくれて。私はこんなんじゃ死なないよ』
『ほんとに心配したんですよ? 無事でよかった……。さて、神流さん、目を覚ましてすぐに悪いのですが、任務を与えます』
聖天子様が私を神流と呼ぶときは、仕事の話のとき。
だから自然と、態度と口調は、依頼する側とされる側になる。
『神流さん、蛭子影胤追撃作戦が始まります。多数の民警が参加する史上最大の作戦です。病み上がりで申し訳ありませんが、私はあなたにこの作戦に参加してほしいと思っています。すでに月夜さんには民警のグループに特別枠として参加させてあります』
『月夜が……すぐに私も行けということですか?』
『申し訳ありません。そういうことになります。』
『……兄さんは、来るのですか?』
『朝海さんについては、まだ連絡が取れていません』
『そう、ですか……。わかりました。私は蓮太郎君が回復し次第、参加します』
『わかりました。月夜さんにはそう伝えておきますね』
はぁ……。
私は電話を切り、小さくため息をつく。
兄さん、どこにいるんだろう?
最後に兄に会ったのは、いや、見たのは、あの時……襲撃の日だっただろうか。
「何度も思うけど、海夜ちゃんってやっぱりすごいわよね」
「え? なにが?」
「聖天子様とお友達ってところよ。どこか名のある家の生まれだったりするの?」
その木更さんの問いに、答えようかどうか、一瞬迷う。
そして迷った末、
「ううん? さぁて私の生まれはどういったものでしょう? 調べてみる?」
「いいえ、やめておくわ。社員の個人情報すべて握ろうって思ってるわけじゃないしね」
ていうか、みんな知らないと思うけど、聖天子様は結構きさくで、優しくて、気が回るいい娘なんだよ?
ちょっと天然が入ってるかもだけど。
そんな笑い話をしてると、急激に眠気が襲ってきた。
バフンと音をたててベッドに倒れこむ。
うん、やっぱりふかふかベッドは気持ちいいね。
「ちょ、海夜ちゃん大丈夫!?」
「ふぁ……うん、おやすみ」
私はゆっくりと眠りに落ちた。
次に目を覚ましたのは、近くから大きな声が聞こえてきたときだった。
「百三十四位ッ!」
病室内にその声が響いたときに、私は目を覚ました。
百三十四位……?
学校での成績かな?
うちの学校、一学年百六十人だから、結構下のほうだね。
ん? ……この声、
「蓮太郎君!?」
「っ神流! 大丈夫だったか? すまなかった、俺を助けるためにお前に怪我させちまって……」
「……かった。よかった!」
海夜は蓮太郎の顔を見て瞳に涙を浮かべながら、もういつもの制服姿に戻っている蓮太郎に、思いっきり抱きついた。
よかった、ほんとによかったと、心の中で何度もそう言いながら。
どうでしたでしょうか?
すぐに投稿できればいいのですが……
次も待っていてください!
感想など書いてくれると嬉しいです!