何度だって言ってやる。
俺は悪くない。
絶対に俺は悪くない。
何がなんでも俺は悪くない。
天地天命に誓って俺は悪くない。
悪くないったら悪くない。
そもそもあれだけ言われた相手――それも昨日今日知り合っただけのそこら辺のチンピラ一人に対してあんな真似をしてくるあのチビ女が筋金入りの人の好さが悪いのであって、俺は間違いなく悪くない。
だからしつこいくらいに言うかもだが……。
「お、俺は悪くねェ!!」
『………』
「うぐ……!? そ、揃いも揃って変な顔して見てくるんじゃない! 普通にこのチビ女が悪いだろうが! 俺は悪くねェ!!」
俺は悪くないんだ。
救命活動をしたつもりが、逆に救命活動をされてしまったイッセーは、シアと愛子の交互から散々な目に逢わされたものの、解毒自体は成功し、元来のしぶとさもあって既にある程度は動けるまで回復をしていた―――が、メンタル的には寧ろボロボロも良いところだった。
「はぁ!? 俺の吐いた血を飲んだだと!? あ、アンタ頭イカれてんじゃねーか!?」
「だ、だってそうでもしながら無理矢理にでも飲ませなかったら本当に危なかったと思ったので……」
「いやいやいや、普通気持ち悪くなって吐くだろうが! 飲むってなんだよ!?」
「咄嗟の事だったので……」
そもそもハジメに騙された形で出会った畑山愛子というちんちくりんな女性。
ハジメのガセ情報に騙されていたというのもあり、彼女への当たりは割りと強く、完全に彼女からは嫌われているだろうと思っていたし、なんなら別に好かれたいという願望も無いし、寧ろ自分の性格の事を考えたら彼女とは永劫噛み合わないだろうと思っていた。
「嘘ですね。
イッセーの症状が良くなった時点で止めなかった辺り、この人見た目によらずのとんだ泥棒女です」
「ど、泥棒女ってなんですかー!?」
そんな女を今は向こうで先ほどまでの自分以上のダメージを受けて死にかけている少年の人質にされ、自分とハジメの挑発に乗った隙を点く形で一応助けてやろうと動いたのは、大なり小なり彼女には『借り』があったからに他ならかったからだ。
助けて借りを返せばそれで終わりの筈だったのだ。
弱体化した自分がここまで毒の耐性すらも弱くなってしまったのは予想外だったし、割りと真面目に死にかけたのは事実だが、まさかこの女に助けられるとは思わなかったし、その助ける手段が手段すぎる。
「泥棒女は泥棒女ですー! イッセーが弱ってる隙を突くなんて卑怯者ですよー!」
「べ、別にそんなつもりじゃないですー! 第一、私が動く前に貴女がやればそれで良かったのに、テンパってたじゃないですかー!」
しかもどういう訳か今の愛子は、割りと本気出しているシアと手を組んで力比べをして拮抗している。
どこからどう見ても喧嘩のけの字すら経験もない貧弱な女が紛いなりにも二年掛けて今の自分と同等――もしくはそれ以上の強さを持ったシアとだ。
「ドライグ様が言うにはお主の血を大量に取り込んだ影響で急激に力を増したとの事だが……」
「さっき聞いたよ。
けどよぉ、そんな都合の良いことなんてあるのかよドライグ?」
「あるから今あの小娘教師がシアとまともに力比べができている」
ドライグの言うとおり、『ぐぬぬぬー!』とシアと組み合いながら力比べをする愛子を見ればただの冗談ではないのはイッセーでもわるし、かつてギャスパー自身が制御できなかった神器の制御を完全なものにする手伝いの一貫で己の血を取り込ませた事で確かに成功はしたという前例もある。
「オレとしても正直言ってかなり驚いている。
本来なら赤龍帝に加えてお前自身の『異常』による進化を重ねた血を一般人が取り込んだら、逆に取り込んだ本人を殺しかねない猛毒になっていた筈だ」
「………。死ぬどころか溌剌としながらシアと押し相撲してるが……」
「オレと分離した状態の、そして弱くなった今のお前自身の血だからこそ上手い具合に小娘が適応できたのかもしれんが、事実の程はわからん。
とにかく今の小娘教師はただの小娘ではなくなったのだけは確かだと言えよう……」
「…………」
「ドライグ様の血………」
弱体化した事でリスクという名の毒素も弱体化したから愛子が死ぬことなく寧ろ強靭化したのかもしれないというドライグの考察に、イッセーは実に複雑な顔をしていると、然り気無く傍で話を聞いていたティオが、何やら物欲しそうな眼差しで人化状態のドライグを見つめている。
「このオレの血が欲しいのか砂利?」
「じゃ、砂利……? 小娘から更に格下げされたような気がするのですが……。
その……気にはなります」
「ふん、確かに砂利であるとはいえ貴様も一応は竜である以上、オレの血を取り込めば何かしらのプラスにはなるかもしれん。
だがオレは砂利に施しをくれてやるつもりなぞ無い」
「あぅ……! し、渋いお声な上に妾をそこら辺の石ころと同等だと言わんばかりなな言い草……。
とてもドキドキするのじゃぁ……」
「……………。二人とも、実は仲良くないか?」
徹底的な見下し発言をするドライグに対して、寧ろ頬を染めながら喜ぶティオのやり取りにイッセーは思わず素で突っ込んでしまいつつ考える。
もしかしたらあの愛子のように、今の自分の血をハジメやユエにも取り込ませたら今より二人が強くなるのではなかろうかと。
(はっつぁんには割りと騙されちまってるとはいえ、世話になりっぱなしだしな。
ユエっちも吸血鬼だし、俺の血を取り込ませたら……)
ハジメの旅の目的や今後の事を考えれば、強さを増す手段として行使した方が良いのではと考えるイッセーの考えを見抜いていたのか、ドライグがすぐ横でくねくねとしているティオをガン無視しながら口を開く。
「ハジメの小僧とユエの小娘に血を取り込ませるというのならやめておけ」
「! 何でだよ?」
分離しているというのに、当たり前のように自分の考えを言い当てて来たドライグに少しドキッとなりながら理由を訊ねる。
「オレの考えもあくまで予想でしかない。
もしかしたらあの小娘教師が稀に見る高い適応能力を潜在的に持っていた者だったのかもしれん。
確証が無い以上やるべきではないし、そもそも第一、あの二人がそれを望むと思うか?」
「……。確かに。
てか言われた方は普通に気持ち悪いわな」
言われてみれば『俺の血を接種したらパワーアップするかもだぜぃ☆』なんて言ってみた所で、断るどころか普通に気色悪がられるオチにしかならないような気がする。
「それならまずはお試ししてみるかな……」
「お試し……? おいイッセー?」
イッセーはこの考えを一旦保留にしつつ、ある意味こうなってしまった元凶であり、今現在死にかけている清水幸利の前に見下ろすようにして立つハジメの元へと近づくのだった。
この傷ならばこのまま放っておいても清水は死ぬだろう。
「………」
「ま、まだ死にたく……ない……!」
そう判断したハジメは大量の出血と元々の血色の悪さも相俟って、最早死人のような顔色をしている清水を見下ろしていると、実に微妙な顔をしているイッセーがやって来る。
「よしよし、どうやらまだ死んでないみたいだな?」
「一応はな。
だがこのまま放っておいてもその内死ぬだろうが……どうした?」
「おう、ちとこの坊主に用事があってさぁ?」
ハジメの淡々とした言葉に、イッセーは虫の息状態である清水を見下ろしながら小さく舌打ちをすると、その傍に膝をついてしゃがむと……。
「チッ、思い返すと段々とムカついてきたぞ。
おうゴラ、狸寝入りかましてないで起きろやボケ」
「ぶべべべべ!?」
胸ぐらを掴みながら往復ビンタをして無理矢理清水の意識をたたき起こし始めた。
「ひゅー……! ひゅー……! ごほっ!」
「テメーのせいで色々と厄介な事になっちまったぞボケカスコラァ……! どう責任取るんだよ……!」
「ギゲ!? ぶべらっ!? ぐげきばがばばば!?!?」
正直、この清水という少年に対しての関心はほぼゼロだったイッセーだったのだが、元を辿れば彼が色々とやらかしてくれたお陰でこんな事になってしまった訳で。
「一銭にもならねぇサビ残やる羽目になるわ、喰らった事無い毒で割りと死にかけるわ、あんな寸胴チビ女に借り作る事になるわ……全部テメーがはしゃいでくれたせいだぞ? あ? どうケジメつけるんだよ?」
「ひぃ……! ぁ……ぁ……」
「聞こえねーよ!! もっとハッキリ喋らんかいこのボケェ!!!」
「ぎぇぇぁぁぁぁっ!?」
故にイッセーは半ば八つ当たりのように虫の息である清水の顔面を何度も殴打する。
「だ、だすげ……!!」
「さっきお前が人質にしていた先生がもし『助けて』と言ってたら、お前は助けたのか?」
そんなイッセーを止めずに静観していたハジメに向かって命乞いをする清水に、ハジメは極めて冷静に返す。
「自分は良いが、イザされるのは嫌だなんて話が罷り通ると思わないことだな」
「くっくっくっ、潰れたトマトみてーにぐしゃぐしゃにしてやんぜオメー?」
ニタニタと嗤い、清水の返り血まみれになりながらも、構うことなく任せに拳を叩きつけるイッセーの暴力性がしゃれではない身を以て体験させられその恐怖に、清水は皮肉な事に生まれて初めて『狩られる恐怖』を知る。
(な、なんで笑ってやがる……! どうしてそんな事がコイツには出来る……!?)
つい先日イッセーの持つ残虐性の餌食となったデビッドと同じ疑問を、全身を丹念に破壊される痛みに叫びなら思う清水は、漸くこの目の前の変態男が『場合によっては一切話が通じない異次元の男』だと痛感していく。
「や、やめてよ!」
「これ以上は本当に死ぬぞ!?」
気づけばイッセーの方が悪役ムーブをかますせいで、それまで清水に翻弄されていたクラスメート達や、シアと押し相撲をしていた愛子が止めようとする。
「へぇ? キミ等だって散々この小僧に振り回されてきたってのに、殺さないでくれとは恐れ入ったぞ?」
そんな彼等にイッセーは返り血まみれの顔面で振り向き、ニタニタと悪魔のような笑みを浮かべる。
そのあまりの迫力にクラスメート達や愛子は一瞬だけ圧されるも、先日のデビッドの件もあるのでこのまま止めなければ本当に殺してしまうと、食い下がろうとする。
「清水君をこのまま王宮に拘束して貰えばそれで良い筈です……! それにアナタが殺す事なんて――」
「………………」
愛子のその言葉を聞いたイッセーが、清水の胸ぐらを掴んでいた手を放すと、清水が糸の切れた人形のように倒れる。
「ぁ……が………ぁ…………!」
「はっつぁん、なんか拭くもん持ってるか?」
「おう」
そんな清水をそこら辺に落ちていた石ころでも見るような目で見下ろすイッセーが、ハジメから受け取った布きれで自身に付着せさていた返り血を拭き取る。
その様子を見た愛子達は安堵しつつイッセーに声をかける。
「あ、ありがとうございます……」
良かった、自分達の声が届いたと安堵する愛子だが、イッセーはある程度返り血を拭き終えると静かに口を開いた。
「別にキミ達に言われたから止めた訳じゃない。
………そもそも今ここで殺すつもりもなかったしね」
「え……?」
本気で殺す気はなかったと話すイッセーに、愛子達やハジメも眉を潜めていると、徐にイッセーが僅かに痙攣しながらもなんとかまだ生きている清水の傍に落ちていた小型のナイフを拾い―――
「…」
『え……!?』
自身の手首を切り裂いたのだ。
当然切り裂かれたイッセーの手首からは鮮血が溢れ、地面を汚す訳で、ハジメ達全員がイッセーのその行動に目を見開いていると、虫の息である清水を見下ろしていたイッセーがこう言い出す。
「実験ってやつだ。
今ここで俺の血をこの小僧に与えたらどうなるか……のな」
『は?』
「………そういうことか」
最初から清水にそのままトドメを刺すつもりは無かったイッセーの言葉に困惑するハジメ達とは逆に、納得した様子のドライグ。
「清水君だったかな? 今からお前にチャンスをくれてやるよ。
俺の血は少々特殊でな……? 見えてるかは知らんけど、あそこに居る寸胴チビロリ教師は俺の血を偶然取り込んだ途端、パワーアップってやつを果たしたんだ。
で、だ……それが本当かどえそれを今からお前で試したいんだよね」
「………ぇ?」
『!?』
それまでの狂犬っぷりが嘘のように――されど逆に恐怖を感じてしまう優しい声色で話すイッセーに全員が再び目を見開く。
「もしあの寸胴女みたいに適応できたら、その傷も治るだろうし、パワーアップも出来る。
けど適応できなかったら――――」
キミは間違いなく死ぬ。
悪魔の囁きのようなその言葉にそれまで瀕死であった清水の目がカッと見開いた。
「ほ、本当……か?」
「ああ、現にあの教師は俺の血を取り込んだ途端、今の俺に匹敵するだけのパワーを持ったらしいしな――ほれ」
「きゃっ!? い、いきなり何をするんですか―――って、あれ?」
急激に瞳に生気を取り戻した清水の問いに、イッセーは論より証拠とばかりに拾った拳大の石ころを愛子の顔面めがけて投げつければ、それまでなら反応すらできずに顔面に貰っていた筈の愛子がその石を片手でキャッチしたばかりか、そのまま豆腐のように握り潰して粉々にしたのだ。
「あ、愛ちゃん先生……」
「え……えっ!? わ、私今……」
周りは当然として、本人も自身の腕力の強さに困惑するのを背にイッセーは改めてジャイ○ンパンチを貰ったの○太みたいな顔面となっている清水に問う。
「どうする? 俺が思うに、あのまな板女が適応できたのだからキミも大丈夫だと思うんだよ。
ここで適応できて復活できたら、キミはその……なんだ? 勇者とやらを今度こそ目指せるポテンシャルを持てる筈だぜ?」
「…………………」
あの愛子ですらパワーアップさせる方法を聞いてしまった清水は、このまま殺される絶望で死んでいた気力を再び蘇らせると、間髪入れずにイッセーの提案を受け入れた。
「わ、わかった! もしこれでパワーアップできたら俺はアンタの言うことをなんでも聞いてやる。
俺は闇魔法が得意なんだ……! アンタの為の魔物の軍団だって作れるし、もし気に入った女が居たらアンタに忠誠を誓わせる事もできるぞ!」
「…………………ほーーーーーーーーぅ?」
助かりたいという生存本能と、本来なら警戒すべき『餌』に対する欲求も相俟って、イッセーへの心象をよくせんと色々と口走る清水だが、その言葉を聞いたその瞬間からイッセーの表情が恐ろしく冷たくなっていたことには気づけなかった。
「それじゃあGood luck」
(動けるようになった瞬間、テメー等なんか皆殺しにしてやる! 当然このよくわからねぇ変態野郎は俺の闇魔法で洗脳して最強の僕にしてやる!!)
イッセーの掌から滴り落ちる鮮血を浴び、口を開けて取り込む清水の脳内は当然復活後の復讐しかなく、少しでも妙な動きをすれば撃つぞとばかりに銃口を向けるハジメや、他の者達が固唾を飲みながら見守る中、血を取り込んだ清水の肉体に変化が始まる。
「ぐ……お、おぉぉっ!!?」
「……………」
『!?』
血を取り込んでから最初に始まったのは、死にかけていた肉体が凄まじい速度で回復をする所であった。
灰と腹部に風穴を開けられていたその傷はみるみると塞がり、イッセーの拳で破壊された顔面も元の顔へと修復。
「は、アハハハハハァ……!! 力が…力が漲るぞぉぁぉっ!!!」
重傷であった身体が嘘のように再生し、そればかりか今までにない力が全身を駆け巡る感覚に清水は三徹はした後の謎テンションそのままに飛び起きると、狂ったように高笑いをする。
「ほ、本当に清水の傷が……」
「で、でも様子がおかしい……」
そのあまりのハイテンションにドン引きするクラスメート達を背にじーっと高笑いを決め込む清水の様子を観察するイッセーに、銃口を向けたままのハジメが声をかける。
「お前が今した話が本当なら、清水はお前の血でパワーアップをしたのか……?」
「……」
「何故清水に? やつは敵なんだぞ? この後その牙をオレ達に 向けてくるかもしれない―――」
わざわざ敵を治したばかりか、パワーアップまでさせたことへの疑問を投げ掛けるハジメにイッセーは答えることなくただひたすら清水の姿を見据え続ける。
すると案の定、急激に漲る力に脳内麻薬的なものがドバドバと分泌されて『ハイ』になっていた清水から、明らかに次元の壁を越えた闇の魔力が放出される。
「くくく! くひひひひっ! 感謝するぞそこの間抜け野郎! 俺を治したばかりかパワーアップまでさせてくれるなんてなァ!!」
その魔力は質そのものから変質するほどに凶悪化されており、真正面から受けたハジメをも顔色を変えるものであった。
「礼だ。
テメーはこれからも俺のパワーアップの為に洗脳して生かしてやるが、その他は今ここで皆殺しにしてやるよォ!!」
「んっの野郎ォ……! やっぱりこうなるか……!」
歯をむき出しに嗤う清水に、ハジメは悪態を付きながらも戦闘態勢に移行しようとするが、ふと横を見てみると、イッセーが構えることもせずただじーっと清水を見ている事に気がつく。
「さぁて、まずは俺の手を煩わせたそこの良い子ぶり先生から殺してやろうかァ!!」
「くっ! やめてよ清水!」
「うるさい!! 邪魔をするならお前達も殺す!!」
どう見ても先程とは違って苦戦しそうな戦いになりそうだというのに、全く動じる事なくひたすら清水の様子を伺うだけのイッセーに疑問を感じてハジメも戦闘態勢を解きながら清水をよくよく見てみる。
すると本人は気づいていないのか、清水の鼻から夥しい量の血が流れはじめており、それはやがて両目、両耳からも流れ―――
「あがっ!? がァァァァァァァァっ!?!?!???」
先程イッセーが受けた猛毒と同じように、清水は全身から血を吹き出しながら苦しみ始めたのだ。
「なっ!?」
「清水君!!?」
あり得ない量の血を吹き出しながらその場にのたうち回る清水に愛子達は駆け寄ろうとするが、その肩をイッセーが掴んで制止しながら苦しむ清水の元へと近づき、石像を思わせる無感情の瞳で見下ろす。
「残念だ。どうやらお前は適応できなかったらしい」
「て、適応……だと……!?」
「言っただろう? 俺の血に適応できなければそのまま死ぬとね。
血を取り込ませた当初は『お?』と思ったが、こりゃダメだな。
とてもじゃないがはっつぁん達には提供できねーわ」
一気に先程と同じ状況へと戻された清水は、絶望の形相に歪む。
「お前、清水を実験台に使ったのかよ?」
「ああ、銭にならない仕事やらされて手間かけさせたんだ。
そのまま殺すよりは少しくらいこっちの役に立ってから死んで貰おうとな。
けど、この通りだな……やっぱそのままはっつぁん達には俺の血は取り込ませられないってのはわかったよ」
「なんでまた……」
「俺の血を取り込んだあのまな板は死ぬどころか適応してかなり力を増しただろう? だったらはっつぁん達にもと思ったんだよ。
………ヤバそうだから止めるけど」
「……………」
人を実験台に使ったのだと、一切悪びれもせず言いきるイッセーは清水の全身から吹き出た血がどういう訳か発火していることに気づく。
「ひっ!?」
「あら? 俺の血を取り込んで適応しないと血が燃えるらしい。
あちゃー……こりゃもうダメだな」
「ふ、ふざけるな! なんとか―――――」
「ならねーな? そのまま炭になって死ね」
全身が燃えるように熱くなるばかりか、吹き出した血が小さく燃えていることに気づいた清水は焦りながらイッセーにどうにかしろと言うが、イッセーは他人事のように手をヒラヒラとさせながら無理と断ると、それが引き金とばかりに清水の全身が一気に燃え上がった。
「ギィヤァァァァァァッ!!!!! あ、熱い!? あづい!! あづぃぃぃぃっ!?!!!?」
「うっわー……俺の血ってやべーな」
「お前の血というより、お前の血に適応できずに拒絶反応が起こった場合の現象のひとつかもしれんな」
「清水君! 清水君!!!」
「おいおいよせよまな板先生。
どうであれ、生きるか死ぬかのギャンブルに乗ったのは彼なんだぜ? それに負けたんだから仕方ないだろ」
「し、仕方ないですって!? アナタはこうなることをわかってたのではないのですか!?」
「いーや? そもそも俺の血を取り込んだらパワーアップするなんて事すら知らなかったんだ。
偶々アンタが俺の血を取り込んだ結果パワーアップしたから、物は試しで提案しただけだよ。
まあ、彼はアンタと違って適応できなかったみたいだけど」
「そ、そんな……!」
「それに症状が現れる直前の清水を先生も見ただろう? 完全に懲りてなかったばかりか、もし適応していたらコイツはオレ達に襲いかかってきた筈だ。
もうオレ達が妥協するラインを完全に乗り越えてたんだよ」
「だからって……!」
「そんな事より、寧ろ俺が気になるのはアンタだよ。
なんでアンタみたいなひ弱なチビ女が適応できたのか。
ギャスパーのように吸血鬼の血も持たないアンタがどうして……ふーむ」
こうして清水利幸の人生は上がって下がって……そして上がったかと思えばどん底に突き落とされる人生のまま幕を下ろすのだった。
「さてと、一応迷子探しの仕事はなんとかなったんだろ?」
「ああ、後はこのウィルをフューレンまで連れていけば完了だ」
「そうか……じゃあはっつぁん達は先に戻っておいてくれないか? 俺は少しこの町でやることが残っててね……」
「やること……?」
「ああ、あの後一切俺とは口を聞かなくなっちまってるとはいえ、あのまな板教師は俺の血に適応してしまった。
……あのまま放っておくと自分の力の加減が制御できずに、意図せず周りの人達を殺ってしまう可能性がある」
「つまり、力の使い方を教えるということ?」
「使い方というよりは抑え方って奴かな。
大丈夫だ、一応分離したままのドライグをはっつぁん達に付いていかせるし――ああ、ティオだっけ? キミも付いていくんだろ?」
「うむ……妾はドライグ様の下僕になったからのぅ」
「貴様のような砂利を下僕にした覚えなんぞオレには無い」
その後、ウィルをフューレンへと連れ帰る任務を終わらせる為にウルの町から出ようとするハジメ達とは一旦別れる事になったイッセー。
「私はイッセーと一緒に町に残ります。
色々とあの人には言いたいことがありますから」
「わかった。
じゃあオレ達な先にフューレンへと戻る」
こうして後から現れた園部達と共にハジメ達を見送ったイッセーとシアは、その後の様子を園部達に聞いてみると、誰も彼も気まずそうな顔だった。
「その、清水が焼死するのを止められなかったと自分を責めて荒れてるというか……」
「アンタの言うとおり、凄く力が上がったせいかちょっと取り乱すだけで部屋が滅茶苦茶になるというか……」
「顔面包帯だらけのデビッドさんがビビりながら止めようとしたけど、片手で投げ飛ばされたというか……」
「とにかくアンタの言うとおり、今の先生は自分の力を全く制御できてなくて……」
「「………」」
らしいといえばらしい理由で荒れていると聞かされたイッセーとシアは、彼女等に案内される形で愛子が寝泊まりしている部屋へと行ってみる。
すると皆の言う通り、大分荒れていたのか部屋は強盗にでも入られたのかと思う程にしっちゃかめっちゃかになっており、破壊されたベッドの残骸を横に部屋の隅で体育座りをしている愛子を発見する。
「じゃ、じゃあ後はよろしく……」
「アンタだったら愛ちゃん先生も話を聞いてくれそうだし、説得もできそうだから……」
そう言ってさっさと退散していく園部達を見送ったイッセーとシアは、部屋に入り、隅の方でぶつぶつ言いながら体育座りをしていた愛子に近づく。
「おう、まな板先生」
「随分と荒れてますねぇ?」
結果的に清水に引導を渡したイッセーだが、本人に一切の罪悪感は無く、シアと共に軽い調子で声を掛けると、体育座りをしぬがら俯いていた愛子がゆっくりと顔を上げる。
「………南雲君ととっくに行ってしまったとおもってましたけど」
その言葉にイッセーは肩をすくめながら返す。
「そうしたかったんだが、アンタにまだ用があるから先に行って貰ってる」
「用? なんですか、私にはありませんよ……」
余程生徒である清水が目の前で焼死したのに堪えたのか、何時ものテンションではない愛子にイッセーはその場に腰を下ろしながら目的を話す。
「別にこのままアンタが力の制御の方法を知らないままで良いならそれでも良い。
だけど、どうであれ今のアンタは俺の血を取り込んだせいで力の壁を一段階超えている。
下手すりゃあ素のパワーだけなら俺やはっつぁんと同等かもしれない。
そんな状態で抑える方法も知らずに一般人や生徒の子達と接したらどうなると思う?」
「………」
「運良く大ケガ、悪ければ殺してしまうぞ? そんなの嫌だろ?」
「………………。だったらもう誰とも会いませんし誰にも近寄らなければ良いんです。
自分で自分の生徒を助けられない口だけ女にはお似合いなんです……」
「………………」
実際に守ることもできずにこれまで口ばかりだったこれまでの自分に嫌悪感を示すかのように話す愛子にイッセーは『さてどうするか……』と考えつつなんとなく傍に居たシアを見て――――固まった。
「……………」
「お、おう、シア?」
基本的に感情豊かすぎるシアとは思えない冷たい表情にイッセーは圧されてしまっていると、シアはそのまま愛子の前まで近寄ってしゃがむと、無理矢理顔を上げさてから思いきりビンタをしたのだ。
「良い身分ですねぇ? イッセーの血をグビグビ飲んで盛っておきながら、今度は子供みたいに駄々っ子ですか?」
「だ、駄々っ子……?」
「そうですよ。今のアナタなんて自分の思いどおりにならなくて喚いているだけの子供です。
何度でもハッキリ言って差し上げますよ、アナタが弱いからアナタの生徒は死んだのです。
アナタは大層ご立派な思想とやらをお持ちのようですが、アナタにはそれを貫けるだけの強さなんてありません。
口だけの――ただの夢想家です」
「!」
珍しくハッキリと言いきるシアにイッセーは驚くように目を丸くし、言われた本人である愛子もまた目を見開く。
「――――まあ、一番気にくわないのは、アナタみたいな昨日今日会ったような人がイッセーに気にかけられている事ですけどね。
私が二年かけてここまで来れたのに、アナタはイッセーの血に適応できたという理由だけで簡単に私に追い付いてきたのがね……!」
簡単にイッセーに近づけるだけの才能があるくせに、その才能を腐らせようとするのが気に入らないと言うシアに愛子は一瞬だけ目を泳がせつつ返す。
「す、好きでこうなったんじゃありません! 私だってこんな力が欲しかった訳じゃない!」
「だったら捨てれば良いでしょうが! 私だってイッセーの血とか飲んでみたかったのに!」
「そ、それならあの時アナタがああすれば良かったじゃないですか! 慌てるだけだったから思わず私がする羽目に――」
「飲んで悦に浸って盛り始めた時点で説得力なんてないんですよ! この変態女!!」
「変態!? あ、アナタにだけは言われたくありませんよ!!!」
気づけば何時もの調子で喧嘩をし始めるシアと愛子。
「表に出てください。
この際です、イッセーの血を飲んで力を増した程度のアナタなんか簡単に倒せることを教えてあげますよ」
「い、良いでしょう。
アナタとは一度とことんやってみたかったので……!」
「…………………」
こうして売り言葉に買い言葉が上手く行った形で愛子を部屋から引きずり出す事に成功し、力の制御を叩き込む手筈を整えるのであった。
「あ……そ、その前に少しだけお時間をください」
「なんですか、まさか怖じ気ついたのですか?」
「ち、違います! そ、その……お風呂に入りたいだけです」
「どうせまた汚れるんだからそのままで良いんじゃないか?」
「そ、そうかもしれませんけど! 臭うとか思われたくないし……」
「臭う……んー?」
「あ゛ー!?」
「ひゃあ!? な、ななな、なにを!?」
「すんすんすんすん………………んー……別に変な臭いなんてしねーぞ?」
「なっ……なっ……!?」
「イッセー!!!」
「いで!? な、なんだよ!?」
「どうしてイッセーはいつもそうなんですか!? どうして関わりを深く持つ人にはそう犬みたいなんですかぁ!!!?」
「犬!? いででで!? 訳わかんねーよ!?」
イッセーの悪い癖の被害に遇いながら。
「だって本人なりに気にしてるっぽいから……」
「デリカシーゼロですか!」
「いや、別にこのチビ女に気を使う必要性が無いと思ったからであって。
あ、でも俺はシアの匂いの方が好き―――いでぇ!?」
「っ!! っ!!! っっっ!!!!!」
「な、なにしやがるこの寸胴チビ!!?」
「うるさいですよこのスケベ! 変態!!」
終わり
補足
某柱○細胞並の万能細胞化している理由は、進化による弊害です。
ただし、適応できない者が取り込むと細胞に殺されるというギャンブル細胞
その2
はっつぁん達を先に帰らせ、イッセー&シアコンビによる地獄の修行をしなければならなくやった愛ちゃん先生。
当初はメンタルが死にかけていたが、シアによる檄とイッセーのデリカシーの無さに調子を取り戻した模様