本当なんだ
絶対に俺は悪くない。
何がなんでも俺は悪くない。
悪くないったら悪くない。
人が寝てる近くで喧しく騒いでた寸胴さんが悪いんであって、俺は絶対に悪くない。
だから、つまり……。
「俺は悪くねェ!!」
『………』
俺は悪くないんだ。
「全員動くな! 一歩でも動いてみろ! こいつの命はないからな!!」
寝ぼけたイッセーによる盛大なやらかしにより、確実に人間関係が拗れたのはさておき、ハジメによって逃走を阻止されて気絶していた清水幸利はといえば、勇者として迎え入れられるという条件によって魔人族側に着いたのだと吐露しつつ隙を見て、色々と隙だらけだった畑山愛子を人質に改めて逃走を図ろうとしていた。
「刺せば血反吐を吐いて苦しみながら数分で死ぬ毒針だ! 全員武器を捨てて手を上げろ!!」
当初は確実に己の人生も含めた意味で『詰み』を悟った清水だが、どういう訳か見知らぬ茶髪の男に押し倒されていた畑山愛子が警戒心ゼロで意識を取り戻した自分に近づいて来たお陰で、割りと簡単に人質にすることが出来た。
(クヒャヒャヒャァ!! 詰んだと思いきや思わぬチャンスが転がって来たぜ! やはり本物の『勇者』はこの俺だァ!)
今までのあまりイケてはなかった人生における初の『確変』到来に、脳内麻薬が溢れ出ているかのように嗤う清水に、自分の計画の邪魔をした白髪男ことハジメや茶髪男ことイッセーは他の者達があわてふためく中、冷静に清水を見据えていた。
「あの寸胴ロリめ。
人が良すぎるにも程があるだろ、あっさり人質にされちまってよ」
「同感だが、元の世界でもあんな調子だったからな。
素なんだよ」
「ハウリア一族の皆に似てるってか? まったく……」
「む、絶対に似てません。
私は人の旦那様を横取りするようなふしだらな女じゃありませんから」
思えば生き方から考え方に至るまでの何もかもが真逆だったと、毒針の切っ先を首筋に向けられながら拘束されている愛子の、それこそ反吐すら出る甘さにイッセーは悪態を付きながらもハジメやシアと共に清水少年の隙を伺う。
「清水君、どうしてこんな事を……?」
「魔人族と契約をしてるんだよ。
ハジメ達が虎視眈々と隙を伺う中、締め上げられている愛子と問いに対して清水少年は歪んだ笑みを溢しながら理由を語りはじめている。
「なんだ? 自分は魔人族から目を付けられてないとでも思ってたのか?
豊穣の女神ってのはある意味勇者より厄介なんだってよ」
「……え」
「くくく、魔人族は俺の価値をわかってくれていた。
『勇者の下でくすぶっているのは勿体無い』ってなぁ!」
「そんな……ダメです清水君。
どうか考え直して――うぐっ!?」
「うるさいよ。
この期に及んでいい人ぶりやがって。
そんな台詞を博吐く割りにはさっきまであそこに居る茶髪のよくわからない男と寝てたくせによぉ……!」
「ねっ!? ち、ちち、違います! あれはただの事故と言いますか! か、彼が無理矢理――」
「なんとでも言えるさ。
とにかくお前は俺がここから撤退する為の道具になれば良いんだよ!」
本人なりの屈折した理由を語り終えた清水少年は、然り気無く構えていたハジメ達に吠える。
「お前らも何時まで武器を持っている! さっさと捨てろ!」
「くっ……」
清水の形相を前に、下手に刺激をしたら本当に愛子が刺されかねないと思ったのか、園部達クラスメートが次々と武器を捨てる中、ハジメは引き続き銃を構え、イッセーやシアはそもそも武器を持っていないので何時でも飛び掛かれる体勢を維持しているのを見た清水が口を開く。
「そこの厨二野郎もさっさとその武器を捨てろ――いや、こっちに寄越せ」
そうハジメに向かって言う清水だが、ハジメ本人は誰に言っているのか解らず思わず周りを見渡すと、その行動自体がバカにされたと感じたのか、清水少年が激昂しながらハジメを指す。
「お前の事だよ!」
「……。あぁ、オレの事か? 厨二野郎か……今の言葉は割りとぐさりと来たぞ」
元の世界では割りとオタク寄りだったのもあってか、清水からの言葉にはそれなりに思うところがあるハジメ。
「そもそもお前らが邪魔しなければ計画は成功していたんだ! 魔人族から超強い魔物を借りたのに、そこの変態っぽい茶髪野郎含めた全員が勇者より明らかに強いじゃないか―――」
「んだとこのガキャア!! 確かに変態なのは否定はしないが、俺は割りと人に優しい変態だ! てか紳士だ!!」
『……………』
イッセーを変態男と呼ぶ清水に、厨二野郎と呼ばれたハジメのように反応をしたイッセーが紳士だと宣うが、その言葉に対して隣に居たハジメやシアは愚か、人質にされている愛子も、後ろに居たクラスメート達やユエ……果てには静観していたドライグやティオからも『生暖かいジト目』を向けている。
「黙れ! なんなんだよお前ら―――」
「………なぁ、正直な感想を聞きたいんだけど、今のオレの見た目ってイタイか?」
「俺は紳士だよな? 弁えた変態だよな!?」
「ハジメはいつでもかっこいいけど、イッセーはなんとも言えないかも……」
「ハジメさんは個性的だとは思いますけど、イッセーはもれなく変態さんだとは思いますよ。
あとかなりの浮気性です」
言われて初めて今の自分の見た目を気にするハジメにはフォローが入るが、案の定イッセーへのフォローは誰からも無く、なんならドライグですらイッセーのドスケベさ加減に対するフォローはなかった。
そんな緩めの空気が流れ始めた事に腹を立てた清水が怒りで顔を歪ませ、力任せに愛子を締め上げる。
「どこまでもふざけやがって……! それ以上ふざけたらマジでコイツを殺すぞ……!」
「うぅ……!」
苦しそうに呻く愛子の声に、ハジメ達の空気も一応元のシリアスさを取り戻すと同時にハジメが清水に問いかける。
「お前の契約とやらは先生を殺して初めて成立するんだろう? だったらここでお前に武器を渡すだけ損じゃないか」
「!? う、うるさい!! 黙って言うことを聞けぇ!!」
ハジメの指摘に対して反論できずに怒りに任せて叫ぶ清水が持っていた毒針の切っ先を愛子に再び突きつける。
「それ以上近づくんじゃねぇ!! 本当に殺すぞぉ!!!」
「………………」
そう喚き散らすように叫ぶ清水を前に、ハジメは言う。
「どこかで聞いたような台詞だなと思ってたが、少し思い出した。
お前の今の行動とその台詞はまるで物語に最初に倒されるゲスい小者と同じだ」
「!」
その言葉は勇者に拘っていた清水の精神にクリティカルヒットしたらしく、パクパクと声が出せずに居ると、横に居たイッセーがそれこそ『ゲスい』顔をしながらこう言い出す。
「人質とやらを取って有利になった気でいるみたいだがな小僧。
考えてみろよ? そのまな板殺したらそれこそ『詰み』だぜ?」
「ち、近づくんじゃねぇ! 俺が本気で殺らないとでも――」
「殺りたきゃ殺れや? 別に俺はそのまな板が死のうがどうでも良いんでね。
むしろ、今はテメーをどう拷問してからぶち殺すかを考えるのが楽しくて仕方ない」
「なっ!?」
デビッドを半殺しにした時のような、人を人とも思わない狂気的な笑みを溢しながらバキバキと左右の指を鳴らしながら恥目共に少しずつ近づいてくイッセーに圧されるように、清水が一歩ずつ下がる。
「確か血反吐吐いて苦しみながら死ぬ毒針だっけか? 良いじゃん、その様を見て見たいから是非刺してみろや?」
「なっ!? な! お、お前、本気で……」
「そりゃそうだろ? だって仮にそこの貧乳先生が血反吐吐きちらかしながら苦しむことになったとしても――――」
『俺はまったく苦しくも痛くもない』
ニタニタと、それこそゲスの極致を地で行くような台詞を堂々と言いながらバキバキと近づいていくイッセーに、清水はここに来て言い様のない恐怖を感じた。
「く、クッソォォォォッ!」
その恐怖を誤魔化す為に、そして錯乱した清水はついに勢い任せに愛子を刺さんと腕を振り上げた。
しかしその瞬間こそハジメとイッセーは待っていたのだ。
「……!」
(
ハジメがすかさず清水に向かって銃を撃ち、そのタイミングなた合わせた形でイッセーが密かに時間を停止する親友の形見となる力を再び強引に発動させる。
「時は止まった……」
強引に世界の時間を止めたイッセーが、愛子に向かって腕を振り上げたまま停止している清水に全身に襲いかかる激痛を我慢しながら近づく。
「ったく、世話の掛かるまな板教師だよ……。
だがまあ……貸し作っちまった以上は返さないとな」
そう呟きながら清水から愛子を引き剥がしたイッセーだったが……。
「グギッ!?」
全身に襲いかかる激痛が今までの非ではなく、両目から血の涙を流しながらその場に踞る。
「や、やべぇ……! これ以上は限界か……! くそカッコ悪いなオイ――だがよォ!」
とっさに愛子をシアの方へと突き飛ばしたイッセーはこれ以上の発動を維持できずに時を再始動させる。
「きゃっ!?」
「!?」
「っ!?」
『えっ!?』
再始動と共に愛子は清水の拘束から抜け出し、そのままの勢いで此方に向かって走ってきていたシアと激突。
そして毒針を振り下ろしていた清水は見事にスカし………。
「ってぇな……!」
「なぁっ!? カハァ!?」
愛子ではなく、一瞬で自分の目の前で膝を付いていたイッセーの肩を貫くと同時にハジメの撃ち出していた弾丸と別の方向から飛来していた魔力の光弾が清水の右胸と脇腹を貫いた。
「な、なんで……?」
一瞬の出来事に清水はそう呟くようにして倒れる。
「ちっ!」
自分とは別の方向からの攻撃を即座に察知したハジメは眼帯を外し、その方向を見ると、飛翔する魔物の背に乗って去ろうとする何者かを発見し、直ぐ様銃撃をするが致命傷を与えることはできずに逃走を許してしまう。
(ヒットはさせたが致命傷には至っていない。
このまま追うことはできるが……)
「イッセー!!」
直ぐ様追跡をしようと思えば出来たハジメだが、それよりもイッセーが『自分の感知すらすり抜けるような速度』で愛子を清水から助け出した際に招じた代償の事を考えてしまう。
「ごほっ!? お、おぉう、割りとハッタリでもなかったみたいだぞ。
この毒は初めて受ける……」
血反吐を吐きながら、それでもなんとか軽口を叩こうとするイッセーを見捨てるという選択肢はそもそもハジメには無いのだから。
「ま、またあの力を!? しかも私やドライグのお義父様ごと止める規模の……!」
「まぁな。
だってシアやドライグに見られたらカッコ悪いとおもって……ごふっ!?」
両目や口からかなりの量の血を吐きながら、それでも軽口を叩こうとするイッセーだが、明らかに毒が全身に回り始めているのがわかる。
「チッ! バカ野郎! オレかシアを『入門』させていたら対処なぞいくらでも出来ただろう!」
「ご、ごめんて。
実を言えばまだそこまで上手くコントロールできないってのもあるんだよ。
割り咄嗟だったし……ごほっげほっ!!」
イッセーの先程の不可解な動きに関して、シアとドライグは何やら知っているようだが今はそれどころではない。
疲弊した状態の今のイッセーでは毒の耐性も弱まっているので、早急に解毒をしないと本当に危険なのだ。
「あ、まずい。
目が霞んでき……」
「イッセェ!!」
「ぐ、小僧!! 例の薬はまだあるか!?」
「当然だ!」
かなり焦った様子のドライグに、ハジメは躊躇なく自身の作成した万能薬的な薬を取り出すと、ドライグよりも速くシアがそれを受けとり、意識を朦朧とさせながら倒れるイッセーに飲ませようとする。
「の、飲んでください……!」
「…………ごふっ!」
「くっ! こんな程度の毒でお前が死ぬわけがないんだ!」
しかし口に入れようにも血と共に吐き出されてしまい、上手く飲み込ませることができない。
「そ、そんな……! お願いだから飲んでくださいよイッセェ……!」
「こうなれば今あるオレの力を――いや、命もろともイッセーに……」
二年前以上に弱りきったイッセーを前に、シアがぽろぽろと涙を流しながらも、どうにかして飲ませようとし、ドライグは自分の命を含めた全てのパワーをイッセーに注ぎ込んでまで延命させようと覚悟をしようとしたその時だった。
「どいてください……!」
それまでイッセーに助けられたという現実を上手く呑み込めずに呆然としていた愛子が、覚悟を決めたような表情と共にイッセーのもとへと駆け寄る。
「な、なにを……!」
「なんのつもりだ小娘……!」
「上手く飲み込めないのでしたら……こうするまでです!」
複雑な感情を向けているシアの手から薬の瓶を取った愛子は、その薬を自らの口に含むと、倒れるイッセーを抱き寄せ――
「んっ!」
『あっ!?』
口移しの容量でイッセーに飲ませたのだ。
「なっ! ななっ!?」
「この小娘……」
割りと突然過ぎる行動にドライグも驚くが、一番ショックなのはテンパり過ぎてその方法を思い付けなかったシアだろう。
「んっ! ん……んっ………ぁ……」
「ちょ、ちょっと!? 薬を飲ませてるんですよね!? な、なんなんですかその意味深極まりない声は!?」
「んっ……! んむ……んぁ……!!」
「絶対おかしいんですけど!? ちょっと長すぎ――」
「!? こ、この小娘! イッセーの吐いた血を飲んでいるだと!?」
「はぁぁぁぁっ!?」
なんとか薬を飲み込ませたことで効果が出てきた――のは良いが、その過程で愛子がイッセーの血を飲み込んでいる事に気づいたドライグがギョッとする。
「ど、どういう事だドライグ? イッセーの血がなんだってんだ?」
「ここまで弱ってるとはいえ、イッセーの血はオレを宿している事と『もうひとつの理由』もあって特殊なのだ」
「特殊……?」
「ああ……下手をすればこの小娘のパワーが今のイッセーと同等に跳ね上がる可能性が……」
『…………』
「うがー! もうイッセーは大丈夫だからとっとと離れろですー!!」
明らかに小康状態へと変わっているというのに、まだイッセーから離れようとせず、寧ろ求めるように艶かしい声を出しながらぶちゅぶちゅやる愛子を全力で引き剥がそうとするシアだが、ドライグの言うとおり、多量の――それもほぼ直接イッセーの血を体内に取り込んだせいなのか、愛子はびくともしない。
(あー……? なんだか騒がしいな。
一体なん―――!?)
やがてイッセーも意識を取り戻すのだが、自分の措かれている状況を理解したのか、急激に思考がクリアとなる。
「んぷぱ!? な、ななな、なんだ!? 何が起きた!? お、俺は今なんでこのまな板教師に……!?」
愛子に思いきり押し倒された挙げ句、想いきりキスされてるという、イッセーからすれば意味不明な状況に、本人はテンパりながら愛子を引き剥がそうとするのだが……。
「………………」
(な、なんだこのまな板教師……!? とんでもねぇ腕力してやがるぞ!?)
剥がそうとしても、艶かしい顔をしながら自分と同じくらいの腕力で引き寄せんとしてくる愛子に面を喰らう。
「ま、まだお薬を飲まないと……毒が……」
(お、思い出した! 昔、自分で神器の制御できてなかったギャスパーに俺の血を飲ませて制御できるようにさせた事があったが、そ、その時のギャスパーみたいな顔だ……!」
愛子のその表情から、昔の事を思い出したイッセーは首をブンブンと横に振りながら両腕を掴んで顔を近づかせてくる愛子に叫ぶ。
「も、もう平気だ! やめろ! アンタ正気じゃないんだよ!」
「イッセーが取られたぁ……!」
「な、泣くなシア! 色々とすまん! とにかく今すぐこのまな板を―――んぐぐー!!!?」
先程と同様、あまりにも突然過ぎるイベントの発生により、殆ど虫の息状態の清水は完全に忘れられているという悲しき事になり、ハジメ達やクラスメート達はただひたすらあの畑山愛子がイッセーを押し倒しながら何度も何度もあれこれしているのを赤面しながら見るしかできなかった。
「うわーん! 私だってぇ!」
「お前まで何言って――んんんんんっ!!?!?」
「……まるでケダモノ」
「ああ……居たたまれねぇ……」
「ど、ドライグ様? 止めなくて良いのですか?」
「………。もう知らん。
最早当人同士でどうにかしろとしか言えん」
サービス残業編、厳かに終わる
補足
こうしてイッセーの血を取り込んだ挙げ句嘘みたいに即座に適応したせいで、ひんぬー会長枠化するのでした。
完全全盛期だったらそもそも毒なんてどうにでもなってたのに……結果このオチよ