今でも忘れることなんて出来ない。
ドライグ以外で初めて俺を俺として見てくれたトモダチの命が消えていくあの光景を。
腕の中で冷たくなっていくあの感覚を。
誰に対してもビビりだったアイツが、俺を守る為だけに勇気を出したあの小さな背中を。
『どっちにもなれない僕のような半端者を僕自身として見てくれたのはイッセーくんだけだった。
だから……無事で………………良かっ……た……』
俺が馬鹿だった。
舞い上がってた。
俺と関われば、どうなるかなんて解っていた筈だったのに、どうしても離れたくはなかった。
子供のように、幼児のように泣きじゃくる俺に先に逝くことを最期まで謝りながら逝ってしまったアイツを失ったあの時から、俺はきっと『終わった』のだと思う。
『………』
『こ、こいつ、何故ここに……!?』
『チマチマチマチマチマチマと数だけはゴキブリみたいに増えやがって……!
そんなもんじゃあ俺は止まらねぇぞゴラァ!!!!!』
『! この人間の小僧、目がイッてる。
正気とは思えん……!』
『い、いい加減にしておけよ小僧! 貴様は自分が何をやっているのか―――グギャアッ!?』
アイツの仇討ちだなんて言い訳を理由に、アイツを殺した連中に復讐をしたこともあったけど、満たされることなんて一度もなかった。
『テメー等頭数だけの虫けらなんぞ何匹ぶち殺してもなんの自慢にもなりゃしない。
だから、さっさとそこを退けやボケがァァ!!!』
失って初めて知った途方もない寂しさしか残らなかった俺が出来ることは、死んで行ったアイツの目となってこの先を生きる事だけだった。
その為には力がなによりも必要だった。
この先の未来をアイツの
きっとこんな生き方をしたところでアイツは笑ってはくれないなんて解っていた。
死んだらアイツとは違うどこかに逝くことになるだけの真似をしている自覚もあった。
だけど……それでも。
『あ、アナタはギャスパーの……』
『……アンタが、アイツの主なんだろう。
すまなかったな、俺のせいだ。俺のせいでギャスパーは殺された……』
『! そうじゃないわ! ギャスパーが殺されたのはアナタのせいではない! 私のせいなのよ! アナタを排除するという者達を止められなかった私の弱さのせいで……!』
『………。そうか、ギャスパーが懐いてた理由がわかった。
アンタは確かに悪魔だけど優しいんだな……』
俺は止まれなかった。
気にくわない奴等をぶちのめして生き延びるという生き方しかできなかった俺に他の生き方なんてわからなかったから。
『何度かアイツからアンタやその仲間の人達の事は聞いていた。
……一度で良いからこうして会ってみたかったとは思ってたけど、会えて良かったよ』
『この先どうするの? アナタは――言いにくいけど私達の同族である悪魔からも、他の種族からもその………』
『『害虫』として見なされ、駆除しようとしている……だろう? はん、わかってるさ。
それだけの真似をしてきたのは他でもない俺自身だからな。
………死ぬまで抵抗してみるよ』
ギャスパーの主とその仲間の悪魔達と会い、止めようと伸ばしてきたその手を振り切ることしか出来ない俺は『害虫』としての生き方しかできなかった。
『ここで会った事はお互いに忘れた方が良い。
アンタ達だって『害虫』である俺と会ったせいで立場が悪くなるだろうからな。
なに、俺にはドライグが居てくれる――絶対に独りなんかじゃない』
あの日、あの時、『私が絶対になんとかするからもうそんな生き方をやめて欲しい』……なんて言いながら手を差し伸べてきたギャスパーの主だったあの悪魔の手を取っていたら今ごろどうなっていたのか。
一度は考えた事はあったが、今となっては考えても無意味なものだろう。
だって俺は、この生き方を変えられなかったクソ馬鹿だったからこそ世界から追い出され――そしてこの世界に辿り着き、獲たのだから。
「ぜぇ、ぜぇ……シア、やったな……!」
「はい!」
もう二度と間違えないチャンスを……。
全力のドラゴン波により大多数の魔物達を消し飛ばすことに成功したイッセーとシアだが、やはりスタミナの消費は激しかったらしく、暫くシアの肩を借りなければ立つことすらやっとのとこまで疲弊してしまう。
「ハジメさん、こっちは殆ど殲滅させました」
「………」
イッセーの身体を支えながら、事前にハジメから渡されていた簡易的な通信機を使ってハジメに報告をするシアに対して、ハジメもまた大方の殲滅を完了させたとの返答が返ってきたので、直ぐ様合流をしようと、シアはイッセーの身体を抱き抱えながら走る。
「………どうやら終わったみたい」
塀の上から後方支援をしていたユエもその様子を見ており、三人とも無事であることにホッとしている中、イッセーを抱えたシアがハジメと合流する。
「ハジメさーん!」
「おう、シア………に、イッセーか。
なんでそうなってるのかは聞かない方が良いか?」
割りと元気そうなシアが軽々とイッセーをお姫様抱っこしている絵面に少々面を喰らうハジメの配慮した言葉に、抱えられているイッセーは苦笑いを浮かべながら手を軽く振る。
「体力が貧弱なアホがアホやって自爆しただけだからな……。
はぁ……」
「アホなんかじゃありません。
寧ろドジ踏んで危なかった私のためにイッセーがリスクを承知で助けてくれたのですから」
「? リスク……?」
リスクという言葉にハジメは首を傾げる。
というのもハジメもユエも実の所イッセーが『裏技』を持っていることをまだ知らないのだ。
だが人には言いたくはないことのひとつや二つはあるだろうし、なにより既にハジメもユエもイッセーのことは信用していたので、敢えて聞くこともしてこなかった。
「そうか……なんにせよ助かったぞイッセー?」
「おー……けどこんだけやってもサビ残扱いでなんも無いと思うと微妙にやるせないかなぁ?」
「言うなよ。代わりに後で飯くらいは奢るぜ?」
お互いに軽口を叩き合いながら笑うイッセーとハジメに、シアが口を開く。
「取り敢えず皆さんの所に戻りますか?」
「ああ……奴と一緒にな」
シアの質問に対してハジメはそう返しながら肩で抱えていた大型ライフルを構えてそのまま発射すれば、数十メートル先に居た何者かに直撃をする。
「今のは……?」
「ああ、多分この騒動を引き起こした奴だ。
色々と話を聞かないとだろう?」
「なるほど……」
「あー、悪いはっつぁん、めちゃ眠いから取り敢えず寝て良いか?」
「おう、後の事は任せておけ」
こうしてハジメチームの激闘は終わるのだった。
魔物の群達の残りが逃げていくのを目にした畑山愛子達は急いでハジメ達の元へと走っていくと、そこには白目を剥きながら気絶している清水幸利とシアに抱えられながら爆睡しているイッセーというシュールな光景が待っていた。
どういう事だと、何故かジメジメとした目をした愛子や他の生徒達に説明をしつつ意識の無い清水が起きるのを待つことになった訳だが……。
「zzz」
「よ、よくこんな所で寝てられるわねこの人……」
「言ってやるな。
かなり無茶したらしいからな」
「そりゃあ見てたからわかるよ。
起きたらちゃんとお礼言っとかないとね……」
「…………………………………………」
「? 愛ちゃん先生?」
途方もない母性を醸し出すシアに撫でられながら、その膝を枕にしてすやすやと眠るイッセーの寝顔をクラスメート達が覗くようにして見る中、何故かやはりジメジメとした目をしている愛子。
「すぴー……」
「ふふふ……♪」
「……………………」
今に限れば別にイッセーから何時もの悪口を言われた訳ではないのに、何故か気にくわなそうな目をしている愛子は、それこそなにを考えたのか、地面に転がっていた小さめの石を拾うと、すやすやと寝ているイッセーの身体に軽く投げた。
「………」
「………。ちょっと、いきなり何をするんですか?」
畑山愛子とは思えない行動にハジメも含めた生徒達がギョっと目を剥く中、小さな事とはいえイッセーに攻撃を仕掛けてきたと解釈をしたシアがそれまでの母性を引っ込め、冷たい目で愛子を見据える。
「特に、別に、深い意味はございません」
「それならやめて貰えますか? 見ての通りイッセーは疲れて寝ているので」
「………………」
そう言ってから再びイッセーの頭を優しく撫でるシアに、余計湿度が高まった目をした愛子は、のそのそと近寄ると割りと穏やかに眠るイッセーの顔をじーっと見つめる。
「な、なにしてんの愛ちゃん先生?」
「あのイッセーって奴と会ってからの先生って色々と変になってるよな……」
「まあ、80%はイッセーのせいだからな……」
「え、じゃあ残りの20は?」
「………オレが話を盛ったせいだな。
イッセーってほら……好みのタイプがよ」
『あぁ……』
ハジメの微妙に気まずげな言い方に対して、付き合いこそ短いがそのイッセーの濃さもあってか、色々と察した生徒達が納得の声を出す。
「だから会うなり愛ちゃん先生にあんな事言ってたんだ」
「それはそれで普通に酷いとは思うけど……」
「南雲も割りと悪い奴だな……」
「わかってるけど、イッセーをその気にさせるにはああ言うしか無かったんだよ。
それに、体型はともかく年に関しては一切嘘偽りはねぇ」
『だからこそ余計がっかりしたんじゃないのか?』と、割りと生徒達も愛子の体型に関して酷い事を思いつつ再び視線を愛子達へと戻すと、何故か今度は愛子が無表情のジメジメじとじとな目で寝ているイッセーの背中を叩いていた。
「ちょ、ちょっと愛ちゃん先生!?」
「本気でなにしてんの!? その人も疲れて寝てるのに!」
「…………なんでかわからないけど無性に気にくわないだけですので大丈夫です」
「どこも大丈夫じゃねーだろ! どうしたんだよ先生!?」
流石に今回ばかりは助けて貰った手前もあるのでイッセー側に立つ生徒達が、怖いくらい無表情の愛子を止めようとしていると今の衝撃で意識がほんの少し戻ったイッセーが目を軽く開ける。
「…………ぅ?」
「大丈夫ですかイッセー? あの貧相さんが五月蝿いみたいですが、そろそろ本気で黙らせるのでまだ眠っていてください」
「…………ん」
そんなイッセーにシアが優しく言いながら眠るように促すと、イッセーは再び目を閉じながらシアの腰辺りに腕を回すと、そのまま抱き枕のような体勢で眠る。
「っしぃ!」
「…………………zzz」
抱き枕にされた瞬間、シアはまってましたとばかりに軽くガッツポーズをすると見ていた生徒達――特に女子達はあわわと顔を赤くする。
「こ、こんな外であんな格好に……」
「ね、ねぇ南雲? やっぱあの二人って……」
「シアの方は見ての通りだけど、イッセーの往生際が悪いからな……」
ハジメから見ても、イッセーとシアは互いにただのコンビではないやり取りもしていると思うので二人の女子に頷いていると、同じく見ていた愛子がまたしても何故かシアを抱き枕にして寝ているイッセーの背中をげしげしと踏み始めた。
「……………」
「ちょっと…! 本当にいい加減にして貰えませんか? そろそろ本気で怒りますよ?」
流石に許容できなくなったシアが殺気混じりに――されどイッセーに抱き枕にされた姿で愛子を睨むと、それまでじとじと無表情目をしていた愛子が小さく俯きながらこれまた小さな声でなにかを言い出す。
「私だって、町の人達を助けてくれた人にこんな真似をするのは最低だって思ってますよ」
「は?」
「けど……けど! 何故か知りませんけど無性に気に入らないんです! ただ寝るだけならまだしも、アナタに対してそうしながら寝てるのが! 何故かムカムカするんですぅ!!」
それまでじとじとしていた目が突然感情渦巻く光を宿しながら叫ぶ愛子に、シアも聞いていたハジメ達もポカンとなってしまう。
「その気になれば私なんて一瞬でバラバラにできてしまう人なのに、何故か悪口しか言ってこないし! 間違いなく彼からしたら私の言ってる事なんて綺麗事で中身の伴わない戯言なのに、そこに関しては何も言わないし! 粗暴で、乱暴で! デビッドさんにあんな残虐な事を笑いながらやるくせに妙にタップダンス上手いし! なんなんですか彼は!? 私をどうしたいんですか!? ええっ!?」
『お、おぉう……』
イッセーという存在が解らなくなってしまったからなのか、感情がめちゃくちゃになった顔で叫ぶ愛子に、ハジメ達も軽く圧されてしまっていると、暫くイッセーの中で休んでいたドライグが五月蝿そうに声を出しながらイッセーの中から飛び出す。
「喧しいぞ、なんなんだ?」
「ほら! なんか左腕の鎧のような籠手から変な男の人とか出てくるし!」
五月蝿そうに顔をしかめる赤髪の男性を指差しながら引き続き叫ぶ愛子。
「何を騒いでるんだコレは?」
「ど、ドライグ様……! お加減は如何ですか?」
「…………………。なんだ、お前もまだ居たのか?」
「う!? 寝起きのせいか先程よりも不機嫌そうな目なのじゃ……。
こ、このまま怒らせたら一体妾は何をされてしまうのじゃ? くふふふふ♪」
「……………………………………………」
まるで犬のようにいそいそと近寄ってくるティオの存在に今気づいたドライグの冷たい言葉に、何故か頬を紅潮しながらくねくねとしている中、ドライグに指を指していた愛子の人差し指の矛先が再びシアの胸に顔を埋めながら寝ていたイッセーに向けられる。
「私が五月蝿いんでしょう!? 胸無しまな板女なんでしょうが!? ほら、起きて私を罵倒するなりなんなりしなさい!」
「邪魔するなです! 一々貴女なんかに構うほどイッセーは暇じゃあないんですよ!」
イッセーを庇うように抱き締めるシアと愛子から、兎と子犬と威嚇合戦のような絵が見えた気がしたと後にハジメは語る訳だが、事件はこの直後に起きてしまった。
「………うるしゃい」
当たり前だが寝ている近くでこんなやりあいがあれば寝ていられる訳もなく、再び起きてしまったイッセーはシアから離れながら目を擦る。
「あ、アナタが五月蝿いせいでイッセーが起きてしまったじゃないですかー! 折角私の事を抱きながら寝ていてくれたのに!」
「こんな場所でやることじゃないでしょうがそもそも! 寝るならちゃんと寝室で――」
うがーと喧嘩をするシアと愛子に挟まれる形となっているイッセーはまだ寝ぼけていたのか、暫くそんな二人をじーっと見つつ、再び襲いかかる猛烈な睡魔に負ける形でうとうととする。
「……………」
「ですから私は―――ひゃっ!?」
眠い、怠い、ていうか煩い。
そんな思考しかなかったイッセーは取り敢えずその音源を黙らせようとうとうとしながら手を伸ばして愛子の腕を掴む。
「な、ななな!? なんですか!? 煩いから私を黙らせようとするつもりですか!? じょ、上等です! 私は決して暴力には屈しない――」
突然の事だったので少しだけドキっとなった愛子はしどろもどろな口調でそう捲し立てるが、本人は殆ど寝ているも同然だったので何も聞こえてはいない。
故に睡眠の続きがしたいという欲求そのままに愛子の腕を引っ張って自分の手元へと引き寄せると……
「………………………は?」
「………………ぐぅ」
そのまま抱き締めるような格好で押し倒し、再び寝てしまった。
『……………………………』
「……………………………」
「このバカ、シアと間違えたな?」
「え、えぇ? ま、間違えるなんてあるのですか?」
「寝ぼけた状態だとオレとですら間違えるからな。
多分寝ぼけた状態であの教師小娘が近くに居たからだろうが……」
誰しもが絶句している中、ドライグだけが無駄に冷静に語るのをドキドキしながら聞いているティオが然り気無くドライグに触れているのだが、そこへの突っ込みは特になく、全員が愛子を押し倒したまま寝てしまっているイッセーと、押し倒されて暫くフリーズし、段々と状況がわかってきたのか茹で蛸のように真っ赤になっている愛子に視線が向く。
「…………………………………………………遺言はありますか?」
ただひとり、左右の指をバッキバキに鳴らしながら、イッセーばりにスイッチが切り替わったシア以外は。
「わ、私のせいじゃありませんからねっ!? か、彼が急に……!」
「んん……」
「ひゃあ!? ど、どこ触って……ぇ……っ……」
「んん……温い……」
「………殺――」
「よせシア!」
「は、離してくださいハジメさん! あ、あの泥棒女だけはこの手で始末しなければいけないんですぅ!!」
「お、おぉ……愛ちゃん先生ったらエロイ顔してる……」
うがー! とキレ散らかすシアをユエと共に止めるハジメと、もぞもぞと動く度に起こる愛子の反応に興味深々な生徒達……。
「こ、ここ……は?」
「む、ガキが起きたか……」
「しかし誰も気にしてないのじゃ。
ある意味それどころじゃないから……」
清水が意識を取り戻しても誰も気付かない程、現場はカオスと化すのだった。
「……。いや、俺のせいじゃねーだろ。
そもそも煩いこのまな板が悪いんだし」
「う、煩かったのは認めますけど……! だ、だからって人前であんな……!」
「知らねーよ。俺は悪くない」
「んが!? へ、へへーんだ! そんな事を言っておいて本当のところはやっぱり私が好きなんでしょう!? だからあんなことまで……」
「あり得ませんからっ! 取り敢えずイッセーについたそこの泥棒女の匂いを私で上書きしますから!!」
「お、おぅ……ちょっと苦しいぞシア」
「ふ、ふっふーん、私はお姉さんですもんねー? ああ、困ったなぁ……」
終わり
補足
やっちまったなー!!
しかし本人は俺は悪くねぇと言い張る。