ぐだぐだしてます
ウルの町に魔物の大群が押し寄せているというティオからの情報により、なるべく急いで町へと戻るために車を飛ばして山を下っているハジメは、当初は三千程の数であった魔物の数がおおよそ十倍近くまで増殖していることに気づく。
「魔物達がウルの町に到着するまで、ざっと一日半といったところか……」
約三万もの大群に襲撃されてしまえば、ウル町はあっという間に壊滅するのは目に見えている。
「三万って、どうにか出来る数じゃあ……」
「あの……ハジメ殿達ならどうにかできるのでは?」
誰が見ても止めるにはそれ相応の武力が必要だと思う中、保護された少年ことウィルが暴走した竜状態のティオに食い下がれたハジメ達ならばなんとかできるのではないかと聞いてくる。
しかしハジメは一番の後ろの席にて、山道で車が大揺れをしているにも関わらずシアを半分抱き枕にしながらグースカと寝ているイッセーの様子をミラー越しに伺いながら、その意見を否定する。
「オレ達の仕事はあくまでお前の保護だ。
さっきの戦いでイッセーも疲弊しているし、仮にやるにしてもこんな山の中で殲滅戦なんてやりにく過ぎる」
「「……」」
実質自分とほぼ互角の実力を持つイッセーが現状動けず、ハジメ自身もティオとの戦闘で負ったダメージが抜けきれていないし、場所が場所だと説明すれば、それを聞いていたウィルと愛子が後ろの席で呑気に寝ているイッセーと、そんなイッセーの頭をニコニコしながら撫でているシアを見る。
「しかしドライグ殿が居れば……」
「残念ながら、ドライグにも事情があってさっきのようには戦えないんだよ。
恐らく表に出ていられる時間も残り少ない筈だ。
それならばさっさと町に戻って、町の住人達に事情を話してなるべく避難させた方が最善だ」
そう言いながら車を飛ばすハジメのおかげでどうにか町に戻ると、ウィルが早速とばかりに車から飛び出すようにして降りて町の中へと走っていく。
どうやらこの町の長にでも魔物の大群の件の説明をしに行ったようで、それを見たハジメは面倒そうな顔をしながらもまだ寝ていたイッセーを起こすようにとシアに言ってからその後を追う。
「そ、そんな馬鹿な話があるか!?」
「ま、待て! 豊穣の女神の言葉だ! 嘘ではないのかもしれない……」
ウィルを追ってみると、案の定町の長に話をしていおり、当初は一切信じて貰えなかったのだが、横に何故か豊穣の女神等と呼ばれている愛子が居たせいか、勝手に信じて貰えるように。
「ほ、本当なのですか豊穣の女神!?」
「や、あの……その呼び方はちょっと……」
「………。そんな呼ばれ方されてるのかよ先生は?」
「あまり触れて欲しくないです……」
こんな調子で徐々にパニックになりはじめる中、ウィルが妙に張り切りながら代表者に言う。
「この町は危険です! 皆さんは一刻も早く避難を!」
彼なりの正義感による行動らしいのだが、ハジメはそんなウィルを止めようと口を開く。
「おい、あまり勝手な事はするんじゃない。
あくまでもお前は保護対象なんだ、さっさとフューレンに戻るぞ」
「なっ!? こ、この町を見捨てろというのですか!?」
そんな冷酷にも取れるハジメの言葉にウィルは憤慨する。
ちなみにその辺りのタイミングで起きたイッセーとシアとドライグが共に入室し、そのままソファにどっかりと座ってぬぼーっとした顔をしており、なんなら許可もなくシアとドライグの三人で勝手にテーブルに置いてあったお茶やらお菓子やらを飲み食いしていた。
「笑けるくらいに体力落ちたなぁ俺……」
「身体の痛みはどうですか?」
「はっつぁんに貰った湿布が中々効いてくれたおかげか、結構楽になってるよ。
ただ、まだ100%じゃあないけど」
「分離している間は回復力も多少は高まる筈だ。
とにかく今は休むことに専念をしておけ」
ハジメ印の湿布のおかげで全身の筋肉痛自体はかなり楽にはなったものの、完全な回復には至ってはいないらしく、シアとドライグの二人と話をしながらチマチマとお菓子を食べているのを目にしながらハジメは、見捨てるのかと責めるような言い方をしてくるウィルに返す。
「見捨てるもなにも避難する他ないだろう? そもそもこの町はオレ達にしてみたら観光地でしかない。
加えて避難するだけなら居ようが居まいが関係ない」
「町の人々を置いて自分だけ逃げるなんてできません! ハジメ殿が何を言おうとも私はこの町に残ります!」
そう頑なな態度を取るウィルにハジメはハァとため息を吐きつつ再びイッセー達の方を見る。
シアはともかく、イッセーの披露がかなり深刻なのは見ていてもわかるし、そもそも任務外の事に関してをイッセーやシアに無理強いさせるわけにもいかない。
どちらにしても、とてもではないが一緒に闘ってくれなんて言えないし、今の自分が約三万大群相手に無事に生き残れる保証もない。
もっとも、どうしてもと頼めばシアもイッセーも、そしてドライグも助けてはくれそうだが……。
「オレ達の仕事はあくまでお前をフューレンまで連れ帰る事であってこの町を守ることじゃない。
あんまりウダウダ言っていると、力付くでも連れていくぞ?」
そもそもイッセーとハジメの考え方に関してはそれなりに似通っていた。
自分が大切だと思うモノ以外の全てが壊れてしまおうが関係ないと考えるところなんかが特にそうだ。
つい先日、シアに対して色々と言った神殿騎士に対するあの返しをした事に関してもハジメはイッセーがスイッチを切り替えた理由に理解と納得をしている。
「ダメだ。
正義感を振りかざしてくれるのは勝手だが、こっちにも都合があるんだよ。
オレ達の仕事はあくまでお前をフューレンに連れ帰ることであって、この町を守ることじゃない」
だからこそハジメはイッセーに対して親近感と同時に信頼もしていた。
だからこそ、自分の方から旅に誘ったイッセーとシアにばかり頼る訳にはいかない。
だからこそ、ここは力付くでもウィルをここから連れ出そうとしたその時、それまで不安そうに見ていた畑山愛子が声を出す。
「待ってください! 南雲君達なら魔物の大群をどうにかできますよね……?」
「…………3万以上の大群だぞ?」
「いえ、出きる筈です!」
否定しようとするハジメに愛子は先ほどまで聞いていたハジメ達の会話を引き合いに理由を語る。
「南雲くんは決して『不可能』とは言っていません。
なにより南雲君と彼が居れば……」
そう言いながら愛子の視線はぬぼーっとしながらまだお菓子を食べているイッセーを見る。
「今から避難指示を出しても町の住人全員が避難できるとは限りません。
下手をすれば多くの命が失われます!」
そう力説する愛子にハジメは冷めた目をする。
「教師として生徒を元の世界に帰す義務がどうとか言う割にはその生徒に戦わせるのかよ?」
「っ……そ、それは――」
「それに勘違いするなよ。
オレはともかく、車の中でも言った通り、今のイッセーは疲労が激しくてまともに戦える状態じゃない。。
そんな状況で3万の大群を相手に勝てるなんて保証はない」
『もっとも、前に一度だけ見てくれた『無理矢理リミッターを外した状態のイッセー』ならどうにかできる可能性はあるけど』と心の中で呟きながら、うとうとし始めているイッセーと支えるシアを一瞥しつつ愛子に冷たく言う。
「それに前提としてオレ達にこの町を守る理由はない。
それなのにオレ達に魔物と殺し合えと? ハッ! 例の教会の連中みたいな言い草をするじゃあないか……え? 先生?」
痛烈な皮肉をぶつけるハジメに愛子は真っ直ぐ色々と形が変わってしまった『生徒』を見つめながら口を開く。
「わかっています。
当然私にとって生徒達の安全は最優先です。
でも、これだけは聞いてください」
教師として、大人として――そして畑山愛子としての想いを口にする。
「世界は確かに違えど、私たちと同じ人間が生きています。
そんな人々を可能な限り見捨てたくはない――そう思うのは人として当然ではないでしょうか?」
「…………」
「南雲君、アナタはそうやって自分の大切な人以外の全てを切り捨てて生きていくつもりなのですか? それはとても寂しい生き方だと思いますし、南雲君や南雲君の大切な人たちにも幸せをもたらさない。
南雲君が元々持っていた、他者を思いやる気持ちだけは忘れないでください……!」
願うように、過去のハジメを知る者としての懇願をする愛子に、ハジメは暫し愛子を見てから口を開く。
「なら、ひとつだけ聞かせてくれ」
「なんですか……?」
「先生はこれから先、何があってもオレの先生か?」
「と、当然です……!!」
小さいが頑固な愛子のその一言に、ハジメ自身は仕方ないと折れるように表情を一瞬だけ崩す。
「言ったな? 何があってもだからな? わかった、そこまで言うのならひとつ条件がある」
「! なんですか?」
そこまで言われてはと思いつつもハジメにとっては重要でもある条件を出された愛子はそれは何かと訊ねれば、ハジメはソファに座ってうつらうつらとしているイッセーを顎で指しながら言った。
「イッセーを説得してみろ。
それで先生からアイツを説得できたらこの話を飲んでやるよ」
「へ?」
イッセーを守るように説得してみろ。
その言葉に愛子はピシリと固まった。
「か、彼を……ですか?」
「そうだ。
もし説得が無理だったら――」
「わ、わかりました! 説得してみせます!」
説得できなければ終わると思ったのか、嫌に張り切り始める愛子が、勢い任せにイッセーのもとへと近づく。
「……?」
「なにか?」
「………」
そしてイッセー達の前に立った愛子は、眠そうな顔をしているイッセーに向かって、若干警戒している顔のシア、あまり興味が無さそうな顔をしているドライグに見られながらも懇願する。
「お願いします、この町の人たちを助けるために、南雲君と一緒に戦って欲しいのです……!」
「…………」
懇願する愛子に対して暫くぼけーっとした眼差しをしていたイッセーはというと……。
「ダルいから嫌です」
普通に、呆気なく却下してしまった。
「んがっ!? な、なんでですか!?」
そのあまりのアッサリさに思わずずっこけた愛子が何故か問うと、イッセーは身体を伸ばし、欠伸混じりで返す。
「あれでしょう? 三万だかなんだかの魔物の大群から町守るための肉壁かなんかになれって話でしょう? そんなのをタダでやる訳ないじゃないですか。
やらせたいのならそれなりのモノを用意して貰わないとねぇ?」
そう言いながらお金のジェスチャーをするイッセーに愛子は完全に嫌だからという理由ではないのだと少し安心しながら、いくらなのかと問う。
「そうだな、昨日神殿騎士からカツアゲしてそれなりに余裕もあるし、出血大サービスで100万ルタきっかりってところか? 勿論サービスなんで追加料金は無しでも良いぜ?」
「…………」
3万の魔物の大群から安全を買うという意味では安いような気もしないでもないその金額に愛子は思わず自分の財布の中身を確認する。
「分割払いとかには……」
「ウチは何時もニコニコ現金一括払い主義です」
「も、もう少しサービスは――」
「では今回のお話は無かったことに……」
当然、100万ルタなんて持ってる筈もない愛子はどうにかして安くならないかを訊ねるが、イッセーの返答はきっぱりとしたものだった。
「いやぁ、先生さんがお色気ムンムン黒タイツスーツなお姉さんだったらデート一回で喜んで引き受けたんですがねぇ……」
「だ、だったらそのデートを一回してあげますので……!」
「は? なんでアンタみたいな寸胴チビなんぞと? 何の罰ゲーですか? 寝言は寝て言っててくださいよ?」
「お、大人ですから!! 私は歴とした大人なんです! お姉さんなんですぅ!!!」
「…………………へっ、まな板が寝言言ってらぁ」
「は、鼻で笑うなー!! まな板って言うなー!! あ、ありますよ! ちょ、ちょっとだけ! ふにってしますぅ!!」
「…………ふふっ」
「なんですかシアさん!? なんなんですかその勝ち誇った顔は!?」
「い、いいえ? 特に意味なんてありませんよ? ただ必死だなぁと……」
「はぁ!? 必死な訳じゃありませんけどっ!? 大体そんな重そうな贅肉ぶら下げるだけ邪魔なだけです!」
「落ち着けよ先生さん? 世の中にはアンタみたいな体型が好きな性癖の野郎――ああ、あの神殿騎士みたいなのが居るんだからそんなに僻むなって? まあ、俺にはわからん世界だがね」
「慰めるフリをして追撃しないでくれます!?」
「どっちにしても、貴女にはお金以外にイッセーは動かせませんよ? だってイッセーは私のような女が好みですからっ!」
「あ゛ー!!! これ見よがしに見せつけないで貰えませんか!? そんなに胸が良いんですか!? ええっ!?」
愛子が提案した途端、急に真顔になって拒否るイッセーによって大人としての尊厳が一瞬にして砕かれてしまう。
そんな愛子を見兼ねたのか、ハジメがため息混じりに会話に入ってくる。
「その辺にしろアホカップル。
100万ルタならオレが立て替える。
加えてある程度動けるようにオレが作った回復液もやる。
流石にオレだけじゃああの大群には対応できないからな」
「ハジメさんったらぁ! そんなに私とイッセーがカップルに見えるんですかぁ? うへへへ!」
「はっつぁんに言われちゃあやるしかないな。
あぁ、それなら100万は要らんからその例の回復液だけくれ。
それなりに貴重なんだろアレ?」
「そうだが、こういう時にこそ使わなきゃ意味ねーだろ」
真っ白な灰となる愛子を放置して、ハジメだからとあっさり金額を0に減額したイッセーがハジメから渡された特製の回復液を受け取り、即座に飲む。
「はぁ、やっぱはっつぁんの作る薬ってめちゃ効くよ。
よーし……ドライグ、シア。どうやら残業確定らしいぜ」
「おっと、そうみたいですね。
でもその前にユエさんもですけど、さっきの戦いで服がボロボロになってますので着替えたいです」
「勿論、この前買っておいた新しいのがあるからアレに着替えれば良いさ。
それとドライグには戻る前に『アレ』を頼む」
「言われなくてもだ……。
だがオレの力も残り少ない。
だからあの小娘の力も借りなければならん」
「あ、そっか……一応竜だもんな」
「そういう訳だ、勝手に付いてきた以上は役に立って貰わんとな」
こうしてサービス残業が確定したハジメ一行は戦闘準備に取り掛かるのだった。
「はっつぁん、一応頼んでおきたいんだけど、あの回復液を後でもうひとつくれ。
今回は最初から『リミッター』を外すからな」
「よしわかった」
「それとシア、新しい服だぞ」
「ありがとうございます。
今回の服はずいぶんとフリフリなんですね?」
「そりゃあシアに似合うだろうからな……。あの先生じゃ無理だろうが」
「い、一々比較しなければ済まないんですかね!? なんですか!? ひょっとして好きなんですか私が!?」
「大丈夫ですよ先生。仮に今ここで先生さんが全裸でポールダンス踊っても俺は絶対反応しませんから」
「うがー!!!」
「どうどう……落ち着けよ先生」
「そんなに怒ると疲れる」
終わり
「ドライグとキミのドラゴンの力を俺に全部貸してくれ。
無理矢理にはなるが、それがあればフルパワーになれるし、俺は絶対に負けねぇ!」
こうして愛子的には大人としての尊厳をへし折られたものの、魔物の大群との戦いに乗り出すことになった。
「と、まあドライグには説明されたとは思うけど……」
「う、うむ…。
妾の竜としての力をお主に分け与えれば良いのじゃな? しかし妾は本当に戦わなくて良いのか……?」
「くどい。
さっさとパワーを渡してイッセーをフルパワーにしろ」
「は、はい……!」
ハジメが準備をしている間にシアとユエは新たな衣装へと着替え、イッセーはドライグとティオからもたらされるドラゴンの力を身体に取り込む。
「こんなものか……って、着替えたのかユエにシア?」
「うん。
これで準備万端」
「相変わらずイッセーが選んでくれる服は何故かしっくりきます!」
「そ、そう、みたいだな……。(シ、シアの服装がまんま服が篠◯之束のそれなんだが
アイツの世界にもラノベがあったのか?)」
着替えて来たシアの服装が、ハジメの元の世界に連載されていたラノベの登場人物の天災兎のそれであり、若干驚いてしまったり。
「……………………………………」
「の、のう……先程からずっと小娘がお主を睨んでいるぞ?」
「え? あぁ、寸胴チビ先生か……。
良いよ、ほっとけ」
「コイツに散々体型のことで貶されて根に持っているのだろう。
そっとしておけ……それよりも集中しろ」
「う、うむ……」
フルパワーになる為の準備の最中、町の住人達の避難先導を終えた愛子が終始イッセーに対して睨みまくっていたり。
こうしてハジメチームは三万どころか六万まで膨れ上がった魔物の群れを相手にしたサービス残業が始まるのだった。
「おー、やっぱ似合うなその服」
「本音を言うなら、この格好でイッセーとデートとかしたかったのですがねぇ……」
「生き残れたら考えておいてやるよ。
まあ、お前は絶対に死なせやしないけどな……!」
「ええ、イッセーも限定的にフルパワーになっているようですし、六万だろうが十万だろうが負ける気がしません……! それをひとつ、教えてあげましょう――イッセー!!」
「………あぁ!」
「お前の力を借りるぞギャスパー……。
シアよりも前に自分を受け止めてくれた親友の形見となるその瞳と共に……。
終了
補足
このルートのイッセーの切り札のひとつにソレが存在します。
ただし、いつでもフルパワーにはなれない現状ではおいそれと使えません。
その2
フルパワーに一時的になれる条件は、どこぞの某4がサイヤパワーで回復できる的な感じでドラゴン的なパワーを外部から取り込めば一時的に復活できます。
……短時間に加えてすさまじくチャージに時間かかりますがね。
その3
シアさんの衣装の歴史。
最初……一族の服。
二代目……よそ行き一族の服
三代目……イッセーにプレゼントされた服(駒王学園女子制服風)
四代目……これまたイッセーにプレゼントされた服(某天災兎初登場時のそれ)